第一章 第二章 第三章 第四章 黒斑洞黒の館気洞溶解雨の湿地デュアディナムトンネルランゲルハンス島スーゼミの神殿血路癌臓宮癌臓宮中枢部ダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミー 第五章 クリア後

癌臓宮中枢部


宮殿の、最も奥まった場所と思われる
その部屋に、骨と肉で組み上げられた
玉座が設えられていた。それと一体と
なったかのように、巨大な角を持つ
骨の仮面がそこにあった。

玉座に深く腰を下ろした暗黒僧は、
仮面に穿たれた空洞の眼窩で物憂げに
一行を見渡した。

暗黒僧:
よもやこの癌臓宮の最奥部まで辿り
着こうとはな。さすがは伝説の魔人、
地獄の皇太子とまで謳われたD・Sだ。
癌生物どもでは足止めにもならん……

ゆらり、と暗黒僧は立ち上がった。

暗黒僧:
だが、これで本当に、私自らがお前の
最期を看取らねばならなくなった――

D・S:
ケッ。余裕かましてくれるじゃねーか。
その鬱陶しい仮面を外しやがれっ!

刹那、D・Sから殺気の塊が放射され
た。膨大な“気”は物理エネルギーの
刃となって空間を駆け、あえて避けよ
うとしない暗黒僧を正面から撃つ。と、
骨の仮面に縦に亀裂が疾り、それは
左右にゆっくりと割れ落ちていく――。

ガラ:
むっ! オマエは!?

ネイ:
そうか……やはり……

D・S:
そうかよ。思い出したぜ――

仮面の下から現れたのは、凶相を浮か
べた男の貌であった。撫でつけた髪を
乱し、半目に開いた双眸は狂気の光を
宿している。

アビゲイル:
ふははは……すぐに思い出して頂ける
とは光栄ですね。そう、暗黒僧とは
この私、アビゲイルのことなのですよ
――

アビゲイル――予測した通り、暗黒僧
の正体はD・S四天王最後のひとりで
あった。彼もまたガラやネイと同じく
敵の精神支配を受けていることは明白
であったが、ふたりとは違って名前を
封じられてはおらぬ。記憶も奪われて
はいない様子で、彼の精神を拘束して
いるのは、これまでとは全く異なる術
であるらしかった。

D・S:
アビゲイル! テメーこの俺様に敵対
するつもりかよ!

アビゲイル:
貴方に、ではありませんね

改まった口調で、アビゲイルはその場
にいる全員を見渡した。

アビゲイル:
――貴方がた人類と呼ばれる種、全て
に対してですよ

アビゲイル:
虚神と呼ばれる神々とのコンタクトを
通して、私は遅まきながら悟ったの
です。この宇宙に人間など必要ないと!

アビゲイル:
貴方の力を手に入れるのは、人類根絶
計画への第一歩なのですよD・S。
これは私のやり残した仕事、旧世界の
罪を清算するただひとつの手術――

D・S:
そうかアビゲイル……テメエ、かつて
のトラウマを衝かれてやがるな!

アビゲイル:
ふぁははは――! 人類は滅びるしか、
宇宙から消滅するしかないのです!
貴方がたは幸せだ。ここで死ねば、
滅亡の瞬間を見ずに済むのだから――

アビゲイル:
あはあああああぁ…神の加護を受けた
この私が、破れるなんて……これが、
人間の――力?

D・S:
やいアビ公! テメエが良心の呵責と
やらに囚われるのは勝手だぁ! だが、
その罪は人類全てを消したって消えや
しねえ!

D・S:
償おうってんなら、俺のもとに戻れ!
それが十賢者どもから離れた、テメエ
の結論だったハズだぜ!

アビゲイル:
う……うう……これは、探していた、
答えなのか――?

暗黒神に仕える僧侶として、D・Sの
四天王の一角を担っていたアビゲイル
――その正体は、突出した生体技術に
よって四百年以上を生きる、旧世界の
科学者のひとりであった。

かつて繁栄を極めた旧世界の科学文明
は、原子力も光子力をも超える無限の
エネルギー理論に到達していた。魂の
力を源に、無公害の莫大な出力を生み
出す霊子エネルギー――この理論の
確立に世界は狂喜し、人類は歴史上で
最大の栄華を誇る時代に突入した。

しかし、その理論をもってしても、
人の戦いに終止符を打つことはできな
かった。霊子力は軍事の分野において
最大限に活用され、その結果、人類は
生み出してはならない存在を現世に
誕生させた。

破壊神アンスラサクス――魂の力を糧
として半永久的に活動するこの人造神
は、核兵器を遥かに超える究極の生体
兵器として開発された。

世界を統一する、共栄のための抑止力
――しかしその大義名分は、皮肉にも
人類滅亡の序曲へと取って代わられた。
人工知能を与えられた生体兵器群は
反旗を翻し、その圧倒的な破壊能力を
もって全人類の根絶を開始したので
ある。

だが、アンスラサクスの反逆はまだ、
次なる破局の幕開けに過ぎなかった。

魂なき虚ろな生体兵器に宿ったのは、
有史以来その姿を幾度も目撃されなが
ら、科学に存在を否定され続けてきた
“天使”の軍団であった。彼らは神の
領域を侵す霊子力に到達した人類に
対し、破壊神以上の苛烈さをもって
攻撃を加えた。

続いて生じた、悪魔王サタンの降臨と
天使軍団との闘争。それは文字通り、
人類を絶滅の縁に追いやる最終戦争の
様相を呈した。超存在同士の熾烈な
戦いは地軸をも震わせ、地球全土の
環境を激変させた。この激闘が終結し、
彼らが元の次元へと帰還した時、実に
人類の90パーセント以上が死滅して
いたのだった――。

霊子力理論の構築にあたり、中心と
なった十人の科学者グループがいた。
大破壊後の世界に生き残った彼らは、
再び人類を繁栄させるべく力を奮った。
科学者たちはいつしか十賢者と呼ばれ、
旧世界の記憶を持たぬ人々に神にも
等しい存在として崇められるに至った。

だが、彼らこそが――科学に溺れ、
神の怒りを買った十賢者こそが、人類
の大半を死に追いやったのだ――。
科学者のひとりアビゲイルの脳裏には、
常にこの思いがあった。人の魂だけは、
科学の力で弄ぶべきではなかった――
その慚愧が、いつしか彼を十賢者の
立場から離れさせた。

アビゲイルが可能性を見出したのは、
ある程度の復興を遂げた世界で、魔人
と畏れられながら奔放に生きる旧世界
の遺児D・Sであった。

D・Sもまた、霊子力理論によって
派生した科学の産物であった。破壊神
とはコンセプトを全く異にした、人の
脳に施された霊的能力のリミッターを
外すことで無限の霊子力を生み出そうと
する試み――その実験の中でD・S
は誕生した。

人の男女から生み出されたのではなく、
無から合成された完璧な人体――そこ
には人類が生まれた時から背負う霊的
リミッターは存在しなかった。人類は
神に倣い、新たな人間を創造したので
ある。汲めども尽きぬ無限の霊子力を
生み出す器――それがD・Sだった。

大破壊後の地上に投げ出されたD・S
は、その霊子力を用いて太古の秘術を
復活させ、強大無比の魔導師として
混沌の世界に一大勢力を築いていた。
彼を観察しながら、やがてアビゲイル
は新世界の一住人としてD・Sの軍団
に参入することになる。

世界は狂った科学者に制御された箱庭
ではない。時代を築いていくのは、
現実に生きる者たちなのだ――それは
旧世界の壊滅以来、アビゲイルが探し
求めていた答えであった。

D・Sとともにある時、アビゲイルは
数十億の人類を死滅させた罪に苛まれ
ずに済んだ。それほどまでにD・Sは
自由であり、善も悪も、罪も功も関わ
りのない存在だったのだ。霊子力が
生み出したひとつの答えがD・Sなら、
それは決して間違いではなかった――
そう思えた。

だが、この世界に呼び込まれた時、
アビゲイルはこのトラウマを衝かれた。
人類史上、最大の死者を出した責任の
一端――D・Sから引き離され、彼は
その罪の重さを支える拠り所を失って
いた。それを正当化するために、虚神
に差し出された救いの綱は“人類は
滅亡すべき存在だ”と言う思想だった。

引き上げられた後、その縄で縛り上げ
られると知りつつも、溺れかけた彼は
掴む他に道がなかった。暗黒僧として、
虚神に従うしかなかった。

そして今、D・Sによってその縛めは
解かれた。消えぬ業を背負った旧世界
の科学者は、冥界の預言者と呼ばれる
四天王アビゲイルへと立ち返ったので
ある――。

アビゲイル:
……仰る通りです。人の滅ぶ滅ばぬは、
人間自身が決めること。それがたとえ
神であろうと、自由にする権限など
ありません――

アビゲイル:
ありがとうD・S。お陰で精神に
施された術が解けましたよ

D・S:
世話のかかるナス頭だぜ、テメーは。
とっとと四天王の責務を果たしやがれ!

アビゲイル:
そうさせて頂きましょう――

アビゲイル:
トゥイ・ステッド・イントゥホーム
血の聖餐杯よ
還らざる怨霊の罪で満ちよ……
封獄死霊砲――!!

アビゲイルの唱えた呪文が、何も存在
しないはずの虚空に放たれた。
次の瞬間、高エネルギーを帯びた怨霊
の群れは、そこに潜んでいたものに
幾重にも巻き付いて、その姿を淡く
浮かび上がらせる。

オクトール:
おおおおおお――! アビゲイル、
裏切りおったな――

負の爆発エネルギーに晒され、その
神は半透明の肉体をわずかに実体化
させた。触手めいたものが幾本も蠢き、
アビゲイルへの憎悪をもって空間を
掻く。

アビゲイル:
私は単に正気を取り戻したまで――
古代の神の亡霊などに、裏切り者呼ば
わりされるいわれはありませんね

オクトール:
ぬうう……こうまで予定外となっては、
かねてよりの方針に従うよりあるまい
――

ネイ:
えっ!?

D・S:
何だと……オマエは……!?

仮面の下から現れたのは、暗黒僧の
不気味な外観からは想像もつかぬ、
この世のものとは思えぬ美貌を持った
女の顔であった。

漆黒の法衣をするりと脱ぎ捨て、女の、
肌も露な姿が晒される。わずかな衣服
に包まれたその肢体は、豊満かつ完璧
なプロポーションを誇っている。

長く豊かな水色の髪は、仮面の角の
部分に収められていたのか、側頭部
から束ねられて二本の角のように貌の
左右を飾っていた。その表情は蠱惑的
で、挑発するかの如き微笑をたたえて
いる。

その場にいる者の中で、この女の貌を
知る者は少なかった。驚きを露にした
のはD・Sとネイのふたりのみ――
四天王としては古顔のアビゲイルも、
わずかに表情を変えたに過ぎない。

女の名はイーカル・モンロー。ガイン
と同時代にD・S旧四天王の一角を
担った女傑であり、その魔力はD・S
に比肩するほど強大な魔導師・呪術士
であった。

常人では通常持ち得ない、闇の魔人に
並ぶ魔力――その秘密は、イーカルの
正体にあった。彼女は人間ではない。
否、エルフなどの亜人種を含めた上で、
彼女は人類ではなかった。

魔族――俗に悪魔と呼ばれる、別次元
を棲処とする知的生命体――その中
でも、人類の生命力を吸収することで
能力を成長させていく高位の種族・
夢魔。サキュバスと呼称されるこの
魔族こそが、イーカルの正体であった。
魔界を逐われた彼女は人間界でD・S
と相対し、闘争の末、力ずくで配下に
取り込まれたのである。

だが、このイーカルもすでにこの世の
存在ではない。ガインが死に、カル
が四天王となった時代――D・Sの
軍勢を巻き込んだ巨大な戦乱の中で、
彼女は憎悪の対象であった主D・Sを
庇い、永遠にも等しいその命を投げ
出して彼を救ったのである。四天王の
後継者であるアーシェス・ネイに全て
を託して――。

蝙蝠めいた皮の翼をばさりと開き、
イーカルは形の良い唇を艶めかしく
吊り上げた。

イーカル:
驚いたようね、D・S。百年近くも
前に死んだはずのあたしがここにいる
なんてね。でも、あのガインまでが
蘇ったんだから、不思議はないでしょ?

ネイ:
イーカル……どうして貴女がダーシュ
の敵なんかに――

イーカル:
考え違いをするな、ネイ。四天王とは
言えど、あたしは常にD・Sの命を
狙い続けていた女だ――

イーカル:
あの時命まで落とす羽目になったのは、
あくまでその男の首を他の者に獲らせ
たくなかっただけ……別に救おうと
思ったわけではない

イーカル:
虚神とやらの持ちかけてきた復活話に
乗ったのも、あたしのこの手でD・S
の命を奪える――そう思ったまでさ

ネイ:
……

D・S:
イーカル……オマエもガインのように、
その虚神ってヤツの肉体を借りて
やがるのか――?

イーカル:
さあ、どうでしょうね。あたしと
闘って、確かめてご覧なさい――

イーカル:
さすがね、D・S……あたしを屈服
させた唯一の男……負けたわ

D・S:
イーカル……オマエ、本気じゃあ――

オクトール:
腑抜けめが――

何もない空間から、殷々たる怒声が
轟いた。いや、そこにはすでに何かが
存在していた。透明の触手めいたもの
がぬるりと、しかし鞭の迅さで脱力
したイーカルを打ち据える。

イーカル:
ぐっ! ……オクトール、何を――

オクトール:
高位魔族も所詮は女か――彷徨う魂に
肉を与え給うた恩を忘れ、男への情に
溺れるとはな。貴様には神罰を与える。
愛する男の前で、醜く崩れて死ね――

イーカル:
き……貴様、分解毒を――!

オクトール:
我はこの世界を廃棄する。癌生物に
よる汚染は失敗に終わったが、もはや
事の収拾は虚神王に任せる他はない。
D・S――貴様の力は諦めようぞ

透明の触手は薄れ、その存在が別次元
へと転移を開始したのが判る。
だが、次の瞬間、朧な触手は弾かれた
ように震え、先刻よりもはっきりと
実体化し始めた。

オクトール:
――! 次元障壁が強まっている?
まさか虚神王が……
これでは、逃げられぬ――

異次元への転移に失敗したそれは、
急速に光の透過性を失い、真の姿を
露にしつつあった。多重にぶれた肉色
の巨体が、次第にひとつに重なって
焦点を合わせていく。

現れたのは、頭足類を彷彿とさせる
グロテスクな怪物であった。全身を
包む外套膜は半透明で、内側で脈打つ
器官や体液の流れを見て取ることが
できる。高い知性の光を宿した双眸が、
ぎょろりとD・Sたちを見据えた。

その神が、逃走の失敗に取り乱した
のは一瞬に過ぎなかった。即座に抑制
を取り戻し、醜悪な神は気怠そうに
触手を振った。

オクトール:
失策の後始末は自分でつけろという
ことか――虚神王も手厳しい。不完全
なD・Sにこのオクトールをぶつける
おつもりとは……

オクトール:
あえて無駄な戦いを避けるつもりだっ
たが、こうなっては仕方あるまいな。
貴様ら全てに病魔の呪いを施し、永劫
の苦痛を与えてくれるとしよう――

D・S:
ケッ! 下等な三流神が、吹き上がっ
てくれるじゃねーか

アビゲイル:
古代に崇められた医療神のなれの果て
です。お気をつけて――

オクトール:
馬鹿な……この力……D・S、貴様
まさか、もう気づいているのか……?
この世界のこと……龍のことを!?

D・S:
オメエ、舐めすぎだぜ――今の俺の
力がどれほどのものなのか、見せて
やらあ!

D・S:
大いなる力の三角 六芒五芒
光と闇 円盤に満つる月と
竜王の英霊に申し上げる!

D・S:
ふうっ、ふうわああぁぁ――っ!

D・Sの足下から、目映い光の魔法陣
が噴き上がる。凄まじいエネルギーの
高まりに、オクトールの眼に恐怖の
色がありありと浮かぶ。

D・S:
天の理 地の理 人の理
力の円錐ディマジオの紋章もちて
我に聖なる炎 三頭黄金竜の力
与え給え――

D・Sの背に、魔法陣から召喚された
巨大な三ッ首の龍の姿が浮かび上がる。
全身を黄金色に輝かせながらも、その
首はそれぞれ地龍、翼龍、水龍のもの
であると知れる。

オクトール:
りゅ、龍の力を制御しているのか?
貴様、完全に謎を――龍が秘めた意味
を解き明かしたな――!

D・S:
ふははは! 当たりめーだ、このタコ!
龍とはひとつの力、この世界の背骨を
巡る生命の力――そしてそれは俺自身
だ! 第四の龍とは、この俺様だ!

D・S:
さあ、オメエの望み通りこの世界から
消し去ってやるぜぇ。塵も残さず蒸発
しやがれえっ!

D・S:
皇龍破――ッ!!

三匹の龍の頭が、一斉に吐息を放射
した。水龍からは限りなく絶対零度に
近い極低温のブレス、翼龍は超高電圧
を内包した雷のブレスを――そして
地龍は炭素を一瞬にダイヤモンドへと
変換するほどの、極大の質量を秘めた
気化金属のブレスを超圧力で浴びせ
かける。

異なるエネルギー波は互いに威力を
増幅させ、神の肉体を構成する物質を
完全に分解していく――。

オクトール:
グゥオオオオォォォォ――

D・S:
精神体も残しゃしねえぞ! 死ねえっ!

D・Sの口から迸るのは、アストラル
ボディまでを焼き尽くす超熱量の炎で
あった。四種類のブレスを同時に浴び、
オクトールの存在はその痕跡すら残す
ことなく、あらゆる次元から消滅して
いく――。

オクトール:
こうなることを……予測していたか、
虚神王――鏖帝も、トライヴンも……
そして狼麒と我も……力を利用した
あとは、始末されたほうが良いと――

オクトール:
口惜しや――だが虚神王! 貴様も
同じ道を辿る……必ずだ……この力を
御すことなど――おおおぉぉぉ……

太古の神はD・Sの予告通り、塵も
灰もなく、ただ呪詛だけを遺してその
存在を抹消された。役目を終えた龍は
輝くエネルギー体に戻り、D・Sの
肉体へと帰還していった――。

アビゲイル:
ご迷惑をおかけしました。この私と
したことが――

D・S:
テメーのソレは聞き飽きたぜ。前にゃ
アンスラのヤツにも操られやがったし
よお。そもそもそのナス頭がちゃんと
働いたコトあんのかぁ?

アビゲイル:
う……痛いトコロを……。しかぁし!
これからはこのアビちゃんの明晰なる
頭脳に期待して下さって結構です!

アビゲイル:
黙らないで突っ込んで下さいよ

オクトールの打擲を受け、倒れ伏した
イーカルにD・Sが駆け寄る。

D・S:
イーカル……オマエは――

イーカル:
みっともない恰好を晒したわね……

イーカルの貌から、急速に生気が失せ
ていくのが判る。オクトールに注入
された毒素が、彼女の肉体を凄まじい
勢いで冒しつつあった。

D・S:
イーカル! しっかりしやがれ!
まだ俺との決着はついちゃいねえ
だろうが――

イーカル:
ははっ……ずいぶん優しくなったわね、
貴方も……虚神王が手中に収めようと
躍起になってる、あのヨーコって娘の
せいなのかしら――うっ!

D・S:
待ってろ! 今すぐ癒してやる!

イーカル:
無駄よ……今のあたしの身体には、
癒しの術は猛毒――

イーカル:
オクトールが用意したあたしの肉体は、
癌龍やこの宮殿にはびこる細胞と同じ、
癌生命体……どのみち、長くは生きら
れない身体なのよ……

D・S:
――!

イーカル:
でもね……オクトールを恨む気はない
わ。こんな形でも、貴方にもう一度
逢うことができたんだから――

イーカル:
魔族に心なんてものがあるのか、ずっ
とあたしにも判らなかった……でも、
今なら判る――愛していたわ、貴方を
――初めて敗けた、あの時から……

D・S:
イーカル!

イーカル:
こんな身体になってまで蘇ったのも、
この一言を伝えたかったがため……
これで、思い残すことはないわ――

イーカル:
……そろそろ分解毒が、あたしの肉を
構成する癌細胞を溶解させる――でも、
そんな死に方をする気はないわ……
離れていて、D・S――

イーカルが仰向けのまま短い詠唱を
終えると、その周囲から淡い炎が噴き
出した。死滅しつつある肉体を自らの
呪文で灼きながら、美しい夢魔は穏や
かな微笑みを浮かべた。

イーカル:
……これでもう、魂を迷わせることも
なさそう……さようなら、D・S……
あたしに心を与えた男――

彼女を包む大地の焔は勢いを強め、
その浄めの火の中で、イーカルの魂は
静かに天へと――魔族であれ、穏やか
なる死後界へと昇っていった。

ネイ:
私に影響を与え続けた人だったわ……
愛し方も、憎み方も――あの時ヴァイ
の命を取らなかったのは、あの子が
少しダーシュに似ていたから……

D・S:
イーカル……あの頃から変わらねえ、
いい女だったぜ。あの世でも強気で、
性悪でいろよ――

イーカルとの邂逅が、D・Sの記憶を
呼び醒ましたのか――かつて彼を爆炎
の征服者と言わしめた強大な呪文が、
意識の奥底から蘇っていた。

D・S:
イーカルの、贈り物か……いいだろう。
この呪文で焼き払った奴らは、オマエ
への供物にするぜ――ありがとよ

オクトールの死により、癌臓宮の
全ての生体構造物が緩やかに崩壊を
迎えつつあった。

ボル:
この宮殿、長くは保ちそうにないで
ござるよ!

ヴァイ:
でもよ、これからどこに行きゃあ
いいんだ?

D・S:
決まってんじゃねーか。ヨーコさんの
いる場所さ

ヴァイ:
ヨーコの場所ったって……

アビゲイル:
その様子では、もう全て判っている
ようですね、D・S

D・S:
ああ。龍は俺の奪われた力――それが
判った今、俺は自分の意志で“螺”の
道を開くことができる。さらに高次の、
精神世界へと――

癌臓宮が加速的に崩壊を開始した。
接合材の役割を果たしていた癌細胞が
死滅し、無機物の建材が分解して降り
注ぎ始める。

D・S:
行くぜ!

D・Sの肉体から、膨大な量のオーラ
が噴出する。それは巨大な渦を――
螺旋を描いて迸り、目映い金色の光で
全員を包み込む。

癌臓宮の分解に伴い、それが寄生して
いた巨大な岩塊の、本来の働きが蘇り
つつあった。地脈を活性化させ、大地
に生命力を送り込む世界の心臓部――
それはオーラの描く螺旋に呼応し、
エネルギー波を増幅して別の器官へと
送り出す。

かつて見た、洞窟を塞いでいた奇妙な
花状の結界――サルデス器官が、波動
を受けて緩やかに、やがて花弁が見て
取れぬほどの迅さで回転を開始した。

そして、“螺”の道は開いた。

オーラの螺旋が心臓からサルデス器官
に向けて撃ち出される。それは高速で
回転する器官を通過する瞬間に爆発的
に加速され、その先にある闇の渦を
中和して高次空間への通路を開く。
オーラと一体化した一行は、“螺”の
道に導かれ、最後の戦いが待ち受ける
地へと飛翔したのであった。

彼らの旅してきた世界は、次元を異に
した別世界――そういった類のもの
ではなかった。

D・Sたちの行く手を阻んできた神々
の正体は、旧世界の人類の黎明期に、
畏怖すべき存在として崇められた古代
の大神、戦神の類であった。

彼らは高次空間に棲む存在であり、
低次元生命体の精神エネルギーを恐怖
や崇拝の形で受け取ることによって
その力を維持・拡大してきた。
糧となるものの多くは系統だった
知性を持たぬ動物類の原始的な恐怖で
あったが、それでもこれを無数に
集める神々の力は、低次元生命体に
対して圧倒的な優位を保ってきた。

しかし、人類が台頭することによって、
彼らは次第に勢力を衰えさせ始めた。

否、彼らが衰えたのではなかった。
人が“創造神”として崇める、彼ら
とは異なる宇宙的存在――天使の軍団
を擁し、現実に猿人を「人」に進化
せしめた大いなる神が、人類の優れた
霊質を信仰を通じて取り込み、その
次元における勢力を急速に伸ばし
始めたのだ。

同時に、創造神の権益を護る天使軍団
は、既存の信仰に対して徹底的な弾圧
を加えた。太古の神々は悪神邪神と
して貶められ、彼らを崇める宗教は
正義の名の下に滅ぼされた。

かつて大勢力を誇った彼ら旧き神々は
人類の記憶から葬り去られ、巨大な
信仰の器のみを残した虚ろな存在――
即ち“虚神”となって次元の狭間を
細々と漂泊することとなったのだった。

彼らの多くは、失った力の大きさに
打ちのめされ、気の遠くなるような
歳月の中でアストラルボディまでも
痩せ衰えさせ、遂にはその存在を消滅
させていった。

だが、往古の栄華を忘れることなく、
反攻の機会を窺う一派がいた。彼らは
辛抱強く、永遠の生命を最大限に
活かしてただひたすらに待ち続けた。

そして彼らは見つけた。底をついた
精神エネルギーを満たしてもなお、
尽きることなく霊子力を生み出す無限
の器を。多層宇宙の覇権を巡る争いに
再び参入することができるだけの力を
もたらしてくれる存在――D・Sを。

誕生から四百年、虚神たちは細心の
注意を払い、決して悟られぬように
D・Sを観察し続けた。息を潜めて
待ち続けた。狡猾で用心深い魔人に、
隙が生じる一瞬を――。

そして、その時はきた。刹那の時間、
ナノセコンドにも満たぬわずかな隙を
衝き、虚神たちは幾層にも張り巡らさ
れた防壁をかいくぐって、D・Sの
精神への侵入に成功した。

しかし、D・Sもそれを黙って見て
いた訳ではなかった。迎撃が間に合わ
ぬと見るや、彼は外敵に対抗すべく、
即座に四天王を始めとする仲間たちの
精神を自らの裡に召喚した。
これに対し、虚神たちは召喚直後の
無防備な記憶を消去することで対応を
遅らせようと謀った。

電撃の如き応酬の果て、D・Sもまた
記憶を奪われ、辛うじて虚神の侵攻
から確保した海岸地帯――精神の中枢
から最も離れた場所へと追いやられた
のだった。

一行が降り立ったのは、今までとは
その存在自体が根本的に異なる奇怪な
空間であった。

異様な色彩を孕んだ曇天は、台風の
直下の如くに、荒野の地平まで届く
渦を描いてゆっくりと回転し続けて
いる。その渦の中心となる天頂に、
巨大な――生物のそれとは思えぬほど
巨大な眼がひとつ、神秘的な光を
たたえた瞳で下界を見下ろしていた。

天の瞳に向かって屹立する塔が、荒野
の中央に聳えていた。その頂に球状の、
卵を思わせる白いドームを載せた高層
の塔――それは荒涼とした大地にあっ
て、神聖な白亜の輝きを放っている。

その塔を取り囲むように、異形の建造
物が荒野にへばりついていた。醜悪な
形状の、毒々しく彩られた巨大な城砦
である。虚神の砦であることは疑い
ようがなかった。

この地は高次意識界――即ち、D・S
の精神の中枢に最も近い場所であった。
遂に彼らは、“螺”の道を経てここに
辿り着いたのだった。

D・S:
――つまりだな、ここは……この世界
は、俺の創り出した世界だ

ヴァイ:
な、何だって!?

イングヴェイ:
それは、一体――?

D・S:
正確に言えば俺の精神世界――数ある
内宇宙のひとつだ。そこに入り込み
やがった虚神どもと、俺たちは闘って
いるのさ――

ザック:
ちょ……ちょっと待てよ! それじゃ、
今ここにいる俺たちは、生身じゃない
――現実じゃないってコトか!?

D・S:
いや、その考えは正しくねえ。俺の
内宇宙においては、テメーらは紛れも
なく現実の存在だ。精神体として召喚
され、ここで肉体を得ている――

アビゲイル:
死んでしまったなら、それはこの世界
においての現実の死となる――そう
いうことですね、D・S

D・S:
そうだ。まして虚神どもは本体ごと
俺の世界に乗り込んできてやがる。
奴らにとっても、命懸けってこった

D・S:
だが、奴らはそれなりに上手く、この
世界を利用してやがる。現実なら到底
建造できねえ自走砦も、ここなら俺の
イメージをいじくるだけで生み出せる

D・S:
樹棺城や氷獄塔――それに癌生物なん
てものまで生み出して、精神世界ごと
俺を滅ぼそうとしやがった。これは
あの大ダコの独断だったようだがよ

D・S:
虚神どもの狙いは俺の力だ。俺の精神
の中心部をいじくって、魔力の回路を
横取りしようとしていやがる。恐らく
はあの、白い塔のてっぺんでな――

シーラ:
ティアもあそこに……?

ヴァイ:
そうだ! D・S、アンタヨーコまで
この世界に召喚したのかよ!

D・S:
いや、そんなハズはねえ……どうして
ヨーコさんがここにいて、虚神に拉致
されているのかは俺にも判らねえ

ネイ:
ダーシュへの切り札にするため、人質
として虚神たちが連れ込んだ――?

D・S:
そうとも考えられるが……俺には何か
別の理由があるような気がしてなら
ねえ――。どうして奴らは俺じゃなく、
ヨーコさんを狙いやがったんだ……?

ヴァイ:
とにかく、あそこへ向かおうぜ。
早くヨーコを助けねえと!

イングヴェイ:
むっ? あ……あれはまさか……!

威容を誇る砦の近くに、倒れ伏す人影
があった。それを認めたイングヴェイ
に、尋常ならざる驚愕が疾る。

その人物はD・S四天王のひとり――
旧四天王ガインによって名を騙られた
真の至高王カル=スであった。

いつの頃よりか歳を取らぬ、少年の
如く美しい貌を荒野に這わせ、カルは
力尽きたようにそこに横たわっていた。
その周囲には激闘の痕を示す、魔力で
抉り取られたクレーター状の窪みが
広がっている。

イングヴェイ:
カ……カル様なのか?

マカパイン:
カル様……!

シェラ:
カル様ぁ!

熱烈な崇拝者である魔戦将軍たちは、
色を失って一斉にカルへと駆け寄った。
とりわけ、記憶を失ってさえカルを
探し求めたイングヴェイの動揺は
凄まじいまでだった。死んだように
動かぬカルを前に立ち竦む彼の肩を、
D・Sが力強く叩く――。

D・S:
安心しろい。死んじゃいねえよ。魔力
を限界まで吐き出して、眠っている
だけだぜ――シーラ、ヨーコさんの
玉を頼まぁ

シーラ:
はい

D・Sが抱き起こすと、その揺れで
カルは薄く目を開いた。

カル:
ダーク……シュナイダ……
本物、なの、か?

D・S:
何言ってやがる。俺様は俺様だぜ、
カルよ

カル:
そうか……ここまで辿り着いてくれた
のか……魔戦将軍、卿らも――

ラン:
カル様……よくぞご無事で……

ザック:
良かったぁ……

ブラド:
うおおーん! ワシは猛烈に感動して
おりまするぅ!

ボル:
ガルざまぁー、えぐっえぐっ、ぐふぅ

ロス:
えーい、キッタないわね貴公はもー

イダ:
カル様……刃折れ矢尽きたお姿もまた、
お美しい――

バ・ソリー:
カル様に早く回復して頂かねばっ!
このバ・ソリーの体内より取り出し
たる再生蟲をお飲み頂いてぇ――

マカパイン:
やめんかバカもの

サイクス:
あの猟犬に追われた時も、カル様が
私の支えだった……生きておられた。
私はそれだけでいい……

ジオン:
――この命、捨てずにいて良かった。
今一度カル様にお会いできるとは……

イングヴェイ:
カル様……私は、私は――

カル:
イングヴェイ……心配をかけたな

イングヴェイ:
――勿体ないなお言葉です……カル様
さえご無事なら、私など……ううっ

カル:
私は素晴らしい部下たちを――いや、
仲間を持った。よくぞ私の果たせなか
った役目を――D・Sのサポートを
務めてくれた。礼を言うぞ――

D・S:
おいカル! テメエいつまで俺様に
だっこされてるつもりだぁ!
もう癒されてるハズだぜ。さっさと
起きやがれ!

カル:
あ……す、済まない

ネイ:
もーっ! どおしてああいう役はカル
なのよ! カルキライッ!

ガラ:
カルに妬いてどーするよ

ヨーコ玉の癒しによって力を取り戻し
たカルは、迅速に状況を語り始めた。

虚神侵攻の折、D・Sの精神世界に
召喚されたカルは、自分の置かれた
状態と敵の意図を瞬時に理解した。

カルの心には、あまりにも深く、消す
ことの叶わぬトラウマが刻まれていた。
母殺し――人ならぬ存在の血を引く
カルは、生来強大な魔力を持つ呪わし
い子供として疎まれ、彼の命を断とう
とした母親を無意識に殺してしまった
過去を持つ。

虚神から見れば、カルは最も精神支配
しやすい標的であった。だが、かつて
D・Sによりこのトラウマから救われ
たカルはもはや惑うことなく、予想外
に強靱な意志力をもって洗脳の網を
くぐり抜けた。そしてその精神支配の
念波を辿り、ただひとり高次意識界へ
とシフトしたのであった。

そこで彼が見たものは、ヨーコを手中
に収めようとするD・S――否、その
姿を模した全く別の存在であった。
即座にヨーコの守護に回ったカルは、
正体不明のその魔力に圧されながらも
抵抗を続け、ヨーコが自らの法力で
結界を――あの白い塔を築き上げた
ところで魔力を使い果たし、ここに
力尽きたのだった。

贋のD・Sはカルを捨て置き、塔の
周辺に巨大な砦を創出した。ヨーコを
求め、いずれこの地に到来するで
あろうD・Sの道を阻むために――。

D・S:
――なるほどな。この高次空間と、
俺たちが旅してきた世界とは時の進み
方が違うようだ。ここでの一瞬が、
あっちでは何日もの時間になる――

サイクス:
恐らくは外の――現実の世界では刹那
の刻しか経ってはいないのだろう。
我々は一秒にも見たぬ時間の中で
闘っているのだ

カル:
……私の力では彼女を――ティア・
ノート・ヨーコを守りきれなかった。
済まない、D・S……

D・S:
ったくぅ、テメエは謝ってばっかだな!
聖玉を見ても判る通り、まだヨーコ
さんは虚神の手には落ちちゃいねえ。
良く食い止めてくれたぜ、カル?

カル:
D・S……ありがとう

D・S:
今度は礼かよ。つくづく真面目で
損するタイプだぜ、テメエわ!

D・S:
さあて、いよいよ敵の本拠地だぜ!
待ってろよヨーコさん! 俺の贋者と
やらをギッタギタにブチのめしてやる
かんな!

カル:
奴が結界に向かってから、まだそれ
ほど時間は経っていない。急げば充分
間に合うはずだ――

カル:
奴が結界に向かってからかなり経つ。
ヨーコを狙う意図は不明だが、急が
ないと危険だぞ――

D・S:
よおし! 砦に乗り込むぜ!



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最終更新:2020年10月31日 21:27