竜船


甲板から船の内部に入り込むと、
周囲の空気ががらりと変わった。
時すら止まっていたかに思える静寂が、
侵入者を引き金に、密やかな鼓動を
刻み始める。船自体が長い眠りから
醒めた巨大な生物であるかの如くに、
今や船内は動くものの気配に満ち
溢れていた。

D・S:
俺たちに気づいたみたいだな

ヴァイ:
誰が……この船が?

D・S:
そんな気配だ。幽霊船のほうが
マシだったかも知れないぜ










あたかも大気中の微粒子が意志を持っ
たかの如く、そこに凝集して何かの
形を取り始める。
鬼火のような双眸が浮かび上がった。
それは鎧に似た外骨格を持つ、人型の
骸骨兵士だった。侵入者を排除する
目的で配置された疑似生命体である。

守護者は警告なく、襲いかかってきた。

ヴァイ:
来るぞ! D・S!

ヴァイ:
何だってんだ、この兵隊どもは

D・S:
竜の眷属の牙やら、骨やらを媒体に
意のままにできる疑似生命体を創る
魔法だ。ゴーレムの一種だな

ヴァイ:
結構手強かったぜ……でもなあ、俺、
自分がもっと強かったって気がするん
だけどな

D・S:
テメエは気のせいかも知れねえが、
俺様は確実にそうだ。こんな安っぽい
魔操兵もどきに苦戦するD・S様じゃ
ねえハズだ

D・S:
……そうか。戦いに関する経験も、
記憶と一緒に消されてやがるのか!
少しずつ勘を取り戻していくしかねえ
ってコトか……くそっ、イラつくぜ!

D・S:
それと小僧、テメエとはちゃんと
隊列を組んだほうが良さそうだな。
あまり気は進まねえが――

ヴァイ:
そーそー、忘れんなよっ!










船室内は、通路とは異なる穏やかな
空気が流れていた。

足を踏み入れた瞬間、整然とした
室内は無人であるように思えた。
だが、そこには一人の剣士がいた。

黒髪を伸ばした、陶磁の人形のように
端正な顔立ちの青年だった。正座し、
黙想するその姿は、生ける者の気配を
完全に消している。無人と見えたのも
無理からぬ気息の静けさであった。

ヨシュア:
――来られたか

ヴァイ:
おわっ! だ、誰かいたのか!?

D・S:
俺たちが来ることを知ってたって
口振りだな。船ん中をうろついてる
疑似生命体どもは、するとテメエの
差し金か?

ヨシュア:
いや、そうではない。あれは船内に
侵入してくる者を襲うよう命令されて
いるらしい。私とてこの部屋を出れば
襲われるかも知れないのだ、D・S

D・S:
テメエ……俺を知っているな?

ヨシュア:
……やはり記憶を無くされていたか。
するとヴァイ、お前も……

ヴァイ:
俺のことも……待てよ、見覚えが
あるぞ……いや、それどころじゃねえ!
長い間、俺たちは一緒だった!
それなのに、肝心なコトは何も……!

ヨシュア:
ヴァイ、慌てるな。そのうちに必ず
思い出せる

D・S:
色々と知ってやがるようだな。やい、
もったいつけずに説明しやがれ。
テメエはどこの誰で、ここはどこだ?
俺の敵か? 味方か?

ヨシュア:
今、答えられることは多くない。
ただ言えるのは、私があなたの味方で
あるということだけだ

ヨシュア:
私はヨシュア・ベラヒア。あなたを
助けるため、ここに目覚めた

D・S:
それを信じろってのか?

ヨシュア:
そう言う他はない。私自身も、
あなたを納得させるだけの記憶は
残っていないのだ。そして恐らく、
他の仲間たちも……

D・S:
他の仲間?

ヨシュア:
この船の中にもまだ、目覚めて
いない仲間がいるはず。それも全て、
あなたの力とならんがために、
この地へやってきたのだ

D・S:
……

ヨシュア:
少なくともこの船は敵ではない。
我々の本当の敵――私にも漠然としか
判らないが――は、現時点では大きく
先んじているようだ

ヴァイ:
その敵ってのが、ヨーコをどこかで
閉じこめてやがるのか!

ヨシュア:
! 彼女も囚われの身か。これは
できる限り急がねば――

ヴァイ:
どこへ行くんだよ、ヨシュア!

ヨシュア:
私には私の使命がある。だが、
危急の折には必ず戻って力となろう。
ヴァイ、あとは頼んだぞ

D・S:
おい!

ヨシュア:
覚えていてくれ、D・S。多くの
仲間たちがあなたの助けとなるために
この地にいるはずだ。記憶を消され、
敵に利用されていたとしても――

ヨシュア:
信じることを決して忘れないでくれ。
そして一刻も早く彼女の――ヨーコの
もとへ向かってくれ。では、さらば!

言うなり、ヨシュアは室外へと走り
去った。止める間もない、風の如き
迅さだった。

D・S:
ウソは言ってねえようだったが……
隠し事の多そうな奴だったな

ヴァイ:
はっきりとは思い出せないけどよ、
あいつは信用できるってコトだけは
断言するぜ。俺とヨシュアはずっと
仲間だった……そうだったはずだ

D・S:
テメエの仲間か……あいつのほうは
バカには見えなかったけどな

ヴァイ:
ぐ……こんな奴のお守りを頼むたあ
キツイぜ、ヨシュアよう










扉を開けると、シュッと空気が流れ
込む音がした。どうやらこの部屋は、
通路との気圧差が生じるほど完全に
密閉されていたらしい。

その船室は、耳が痛くなるほどの
静寂に包まれていた。正面の壁に
巨大な彫像が置かれている他は、
目を引く物もない殺風景な部屋だった。

彫像は3メートルあまりの高さで、
その大きさから見て大型の亜人種を
象ったものと思われる。頭部は天井に
つかえそうで、細部は視認できない。

ヴァイ:
誰もいないな……おい、D・S。
見ろよ、このバカでかい像を。良く
見えねえけど、不っ細工な面構えだぜ。
悪趣味だよな

D・S:
この像を作ったヤツは、きっと
俺様のような超絶美形にお目に
かかったことがねえんだろう。
芸術的題材だからな、俺様は

ヴァイ:
どこからそういうふざけた自信が
湧いてくんだろうな……ん?

D・S:
この部屋、何かいるな

今や、室内は強烈な気配に満ちていた。
しかし、がらんとした船室に何かが
現れた様子はない。

と、彫像の頭部で、それまで虚ろな
穴のようだった眼窩にぎらりと光が
灯った。見開かれた両眼はゆっくりと
室内を見下ろし、次いで小山の如き
巨体が動き始める。

ヴァイ:
像じゃねえ! 生きてやがる!

D・S:
まさか――人間か!?

紛うことなく、それは人間だった。
怪物じみた体躯を誇るその男は、
あたかもこの瞬間に石化の呪縛から
解き放たれたかのように、少しずつ
動作に滑らかさを増しながらD・Sに
近づいてくる。

ブラド:
うーむ……頭に綿でも詰め込まれた
ようだわ。おい、そこの銀頭に黒頭。
ここはどこだ?

D・S:
テメエ、うすらデケエ分髪の色しか
見えねえのか。超絶美形様とその他
どーでもいいオマケと言い直せ

ヴァイ:
そのオマケってのはもしかして俺の
コトなのか?

D・S:
俺様と行動をともにする者は誰でも
取るに足らないオマケになってしまう
……超絶美形とは罪深いぜ

ブラド:
ぬうう……思い出せん。貴様ら、
ワシの質問に答えんか!

D・S:
エラそーにぬかすな、デカブツ。
テメエが乗ってきた船だろうが

ブラド:
船……判らん。目覚めたらお前らが
そこに立っていた。それ以前のことは
何も思い出せん……

巨漢――ブラド・キルスと名乗る男は、
どうやら本当に、D・Sたちが部屋に
入ってきた瞬間に、仁王立ちのまま
覚醒したようだった。

ブラドはふたりと同じく、名前を
除いては何も覚えていなかった。いつ
船に乗ったのか、そしてどこで気を
失ったのか――。
ただ、誇り高き騎士であらんとする、
その思いだけは常に、ブラドの意識の
底から浮かび上がってくるようだった。

D・S:
それで、テメエはどうするつもりだ。
この寂しん坊のヴァイみてえに、俺の
あとをついてくるか

ブラド:
騎士は人の後ろにて進むにあらず。
ここで目覚めたことが何者かによって
仕組まれたものなら、ワシひとりで
そやつを叩きのめしてくれよう

ヴァイ:
言っとくけどなあ、俺だって
この自信過剰野郎をあてにしてる
ワケじゃあねーんだかんな!

ブラド:
だったら何故、ひとりで行こうとせん
のだ? 見たところそれほど仲が良い
同士とも思えんが?

ヴァイ:
そりゃ……ひとりよりパーティ組んだ
ほうが効率がいいからだよ

ブラド:
その考え方がいかんのだ! 若い者は
何かにつけ効率効率と……なっとらん!

QUESTION:
ヴァイに助け船を出しますか?
はい
いいえ

D・S:
でもよブラド、仮にだぜ? オメエが
さらわれた誰かを助けなきゃならねえ
として、早く敵地に辿り着かなきゃ
そいつが殺されちまうとする――

D・S:
それでも、効率は考えねえのかい?
手遅れになっても、ひとりで頑張った
なら結果は問わねえって?

ブラド:
う……むむ……だが、それを手遅れに
しないのが真の騎士――

QUESTION:
さらに突っ込みますか?
はい
いいえ

D・S:
じゃあよ、もし間に合わなかったら
どうすんだ? 真の騎士じゃなかった
ってコトで反省して済むのかよ?
そんなのは俺はゴメンだね

D・S:
効率よく、どんな手段を使っても目的
は必ず果たす――それが俺のモットー
だ。やられたらやり返す、人質を取ら
れたらコッチも取る。これが必勝法よ

ブラド:
ぬぬぬ……何と卑劣な! それでは
自らも非道の輩と同じになってしまう
ではないか!

D・S:
構わねーじゃん。目には目をってゆー
じゃねえか。要は勝てばいーんだよ、
勝てば

D・S:
手遅れにしねえタメには手段を選ば
ねえ――それがモテる男、頼りになる
スーパー美形の信条だぜ。要は結果だ、
結果ぁ! 過程は問題じゃないね

ブラド:
うぬぬぬ……言わせておけば好き放題
抜かしおってェ……卑怯卑劣な手段を
用いてコトを成したとて、それにいか
ほどの価値があろうか!?

D・S:
いーんじゃねえの。価値なんざなくて
も結果さえよけりゃよ

ヴァイ:
なっとらんってアンタなあ、こちとら
惚れた女がさらわれてんだぜ? 急が
なきゃならねえってのに、のんびり
騎士道ゴッコなんざやってられっかよ!

ブラド:
何おぅ? 貴様、騎士道ゴッコとは
どういう了見だ! 返答次第では決闘
も辞さんぞ、ワシは!

QUESTION:
話を収拾しますか?
はい
いいえ

D・S:
決闘もいいけどよ、俺様はヒマって
ワケじゃねーんだ。俺の大事な女が
得体の知れねえ相手に捕まってる――

D・S:
ヨーコさんを助け出すこと以上に重要
なものなんざねえ。それが少しでも
早くなるんなら効率を追うし、どんな
手だって使うぜ。卑怯な手だろーとな

D・S:
俺様にとって闘いは勝たなきゃ意味が
ねえ。過程は関係ねえ。勝って勝って、
勝ち続けりゃそれが正義に――騎士道
にだってならあ

ブラド:
ぬ……な、な――

ブラド:
なっとらーん!

ブラド:
そのような心構えでは、到底一人前の
騎士にはなれぬ!

D・S:
おい、俺は別に騎士を目指してるって
ワケじゃあねーぞ

ブラド:
貴様らに試練を与える意味でも、ワシ
自身の鍛錬のためにも、ここは別々に
行動すべきだな! うむっ!

ヴァイ:
全然聞いてないみたいだぞ、この
オッサンは

ブラド:
行く道すがら、また出会うことも
あろう。その時まで、精進せいよ!

呆気にとられるふたりを尻目に、
ブラドは巨体を揺るがし去って行った。

ヴァイ:
決闘だぁ? 上等じゃんか! 俺たち
侍はいつだって、命を賭ける覚悟は
できてんだ!

ブラド:
む……常住坐臥、命を賭すと?

ヴァイ:
あったりめーよ! 侍ってのはなあ、
大義のためなら腹だって切っちまうん
だぜ! 俺だってヨーコを助けるコト
ができなかったらハラキリすんぜ!

D・S:
おー、言う言う

ブラド:
ハ……ハラキリ……オォウ

ブラド:
大した心構えだわ! 気に入った!
このワシも一緒に行くとしよう。
ただーし! その心意気がメッキで
あったなら、ワシはひとりで行くぞ

D・S:
勝手ぬかしやがって。テメエこそ、
足引っ張りやがったら置いてくぞ










その部屋は、墨を流したような影が
色濃くわだかまっていた。それ自体、
生命を持って息づいているかの如き
揺らめく影――その中心に、ひとりの
男がいた。

短く刈り込んだ髪と、頬から顎を覆う
手入れされた髭が、鍛え上げられた
精悍な姿態と相まって、“武人”と
いう言葉を強く想起させる。
しかし、常は剛胆とも見えるこの男が、
今は恐慌に支配された表情でそこに
凍りついていた。扉が開く瞬間まで、
時が止まっていたかの如く――。

それが男の悲鳴であると気づくまで、
数秒を待たねばならなかった。
始めは、低いうねりでしかなかった
音の波は次第に振動の周期を早め、
人の声に近い音域へと高まっていく。
停止していた時間が、ゆっくりと
加速して通常の時の流れに戻っていく
――そんな音の変化であった。

ボル:
くわああああああああああっ――!

極限の恐怖に追い詰められた者の
絶叫であった。他者の目には映らぬ
何かが、絶え間なく男を責め苛んで
いるかに見える。D・Sたちが部屋に
入ってきたことにも気づいておらぬ
様子だった。

ヴァイ:
おい、どうするよD・S? 何だか
普通じゃない感じだぜ。声をかけて
みるか?

QUESTION:
目の前の男に声をかけますか?
はい
いいえ

D・S:
おい、そこのヒゲ!

人の声に驚いたのか、それともヒゲと
いう言葉に反応したのか、男はハッと
D・Sを見た。しかしその表情から
恐怖の色は消えぬ。刹那の睨み合いを
経て、男は改めて悲鳴をあげ、襲い
かかってきた。

男は力尽き、昏倒したまま動かなく
なった。

D・S:
死んだかな?

ヴァイ:
急所は外してあるはずだぜ。それに
アンタだって手加減しただろ

D・S:
まあな。このD・S様が本気に
なったら、こんなヒゲ面野郎はもう
指先ひとつであの世行きだからな

ヴァイ:
いーや、そこまで楽勝じゃなかった
と思うぞ。すぐ調子に乗りやがる

D・S:
とにかく、起こしてみるか。また
暴れだしたりしねえように、しっかり
押さえつけておけよ……オラッ!

ボル:
がはっ! う……ここは……?

ヴァイ:
お、意外に元気だぜ。タフだなー、
オッサン

ボル:
それがしは一体……はっ! そうで
ござった! それがしは見るも不快な
化け物どもと戦って……敗れたので
ござる。あやつらはどこに……?

ボル:
それに、おぬしたちは……もしや、
あの化け物どもからそれがしを救って
くれたのでござるか?

D・S:
なあヒゲ面、その化け物ってどんな
ヤツらだった?

ボル:
一匹は見るからに頭の悪そうな、
刀を振り回す猿のようなヤツでござる

ボル:
それに、雲突くようにどデカい、
不細工極まりない亜人種でござった

ボル:
もう一匹は邪悪を絵に描いたような
いびつで下品な生き物でござった……
そう、ちょうどおぬしのように見事な
銀色の髪を伸ばしていたな

ヴァイ:
頭の悪い猿ゥ……

ブラド:
不細工極まりないだと……

D・S:
いびつで下品……せえのっ

ゴキバキッ!!

ボル:
あ痛、痛いでござる! 何するで
ござるか!?

D・S:
やかましいっ! テメエのような
低劣なヒゲ面に下品と言われちゃ
立場がねえや! ったく、加減なんざ
しねえでブッ潰してやりゃよかったぜ

男の名はボル・ギル・ボルといった。
やはり目覚めるまでの記憶はなく、
“影使い”と呼ばれる特殊な能力を
修めていること以外は何も覚えては
いないということだった。ただ、
何かに追われているという焦燥感が
常に彼の中にあり、その恐怖が高じて
D・Sたちを怪物に見せたのだった。

ボルは襲いかかった非礼を詫び、
D・Sに同行を願い出た。彼自身
記憶がないということもあったが、
それよりも、殺されていても文句の
言えぬ闘いで、D・Sたちは正気を
失っていた彼の命を奪わぬよう手加減
してくれたという事実が、義に篤い
ボルの心を大きく動かしていた。

ボル:
お願いでござる! このご恩を
返せなくば、それがし武人として
生きるに筋が通りませぬ。何卒、
それがしをお供させて下され!

D・S:
恩なんざ感じてもらわなくても
いいんだけどよ。そもそも俺は
そーゆー暑苦しいのは苦手なんだよ。
ヒゲ面とかも

ボル:
この髭はそれがしの大事なトレード
マークで……しかしこれを剃れと
言われるならば致し方ない。この場で
バッサリと、それがしの決意を……

D・S:
あーもう判った判った。そのヒゲを
剃ったら剃ったで不気味になるような
気がするぜ。ついてくるなら勝手に
しな

ボル:
かたじけない! 必ずお役に立って
みせるでござるよ

ヴァイ:
ニンニン、っと

D・S:
まずは落ち着かせるのがいいだろう。
そっと後ろに回り込んで、ぶん殴って
気絶させるってのはどうだ?

ヴァイ:
やりすぎじゃねえかなあ?

QUESTION:
気絶させますか?
はい
いいえ

D・S:
じゃ、しょうがねえ。ショックを
与えて正気を取り戻させるか。
いいか、一緒に叫ぶぞ

D・S:
せえの、わッ!!

ヴァイ:
わあ――っ!!

ブラド:
うおらあっ!!

ボル:
はうあうあああっ!?

しかしD・Sたちの叫びは、男を
さらなる恐慌に導いたに過ぎなかった。
血走った眼を彼らに向け、次の瞬間
男は飛びかかってきた。

男の背後に忍び寄るべく、大きく回り
込む。だが、濃く影の落ちた床に踏み
込んだ瞬間、そこは泥土のように足を
呑み、D・Sの自由を奪った。

D・S:
くっ! この影、亜空間に連結して
やがるのか!

同時に、その影は蜘蛛の巣の如くに、
主に接近する者の存在を伝えた。
男は弾かれたようにD・Sを見た。
その眼は恐怖に見開かれ、意味の
判らぬ絶叫が唇から迸る。そして、
男は襲いかかってきた。

D・S:
手強い野郎だったぜ。ま、今ので
死んじゃいねえだろ

ヴァイ:
でも、結構本気で闘っちまったぜ
……えっ!? まさか!

D・S:
まだ動けるのか?

倒れ伏した男の身体がピクリと動いた。
と、次の瞬間には、男はバネ仕掛けの
如くに跳ね起きていた。体力の消耗を
微塵も感じさせぬ、驚異的なタフさで
あった。

ボル:
ぬううっ! まだだ! このボル・
ギル・ボル、まだ討たれてやる訳には
いかぬ!

男――ボルは絶叫し、頭からにじむ
少量の出血を振り払った。そして
両手で素早く印を結ぶ。途端に、
恐らくは亜空間に通じている影が
床から盛り上がり、ボルの肉体を
包み込んだ。影の塊は瞬時に縮み、
床に吸い込まれるように消滅した。
そこにボルの姿はなかった。

D・S:
影から亜空間を渡りやがるのか……
“影使い”ってヤツだな

ヴァイ:
おい、それじゃまたどこからか
襲ってくるんじゃねえのか?

ブラド:
それも一興よ。また叩きのめして
やればよいわ

D・S:
安心しろい。近くに潜んでる気配は
ねえ。やっぱりそれなりにダメージを
負ってやがった。逃げたようだぜ

ヴァイ:
それにしてもあいつ……ボルって
いったか……討たれるとか叫んで
いたよな。やけに怯えた様子だったし、
何かに追われてたのか?

D・S:
それで、トチ狂って俺たちを襲った
ってのか。迷惑な話だぜ













D・S:
まだ何にも探索してねーだろが!

ヴァイ:
だって、脅かすんだもんよぉ

D・S:
オラ、とっとと戻る!

ヴァイ:
へえい

D・S:
調べ残しはねえようだな

ヴァイ:
竜牙兵とやらも、あらかた片付いた
みたいだぜ

D・S:
陸に戻るとしよう。ヨシュアの奴が
急いでたのも気になるしな

ヴァイ:
まだ探索してない船室があるんじゃ
ねーか?

D・S:
……そういやそうだ。もう少しこの船
をうろついてみるか










その船室の中心に、柔らかな光を放つ
球体が浮かんでいた。それは実体ある
物質ではなく、空間を越えて現出する
エネルギーの通り道のようであった。
それに触れると、D・Sの肉体と精神
に癒しのエネルギーが流れ込んできた。

ヨーコ玉の癒しと同じ種類の、より
根源から力を蘇らせる波動――。
溢れる光が治まった時、D・Sの肉体
には限界まで活力が充填され、消費した
魔力も完全に回復していた。ヨーコ玉
もその器いっぱいに法力が補充された
ようであった。

D・S:
こいつは――ヨーコさんが開いた思念
エネルギーの回路か? 凄え……完璧
に癒されたぜ! 愛の力か!?

ヴァイ:
だから俺も回復してるってば

D・S:
こういう場所を、ヨーコさんが他にも
作ってくれてるのかも知れねえな――

それを肯定するように、聖玉は青く
点滅してみせた。

D・S:
ありがとうヨーコさん。上手く利用
させてもらうぜ!



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最終更新:2020年10月31日 21:06