雷神塔地下


転送された先は、塔の基底部のようで
あった。静けさに満ちた通路に、時折
漏電した微電流がパチリと弾ける音が
反響する。

D・S:
雷神塔に大した電力消費の仕掛けが
見当たらねえところを見ると、塔自体
はただの蓄電設備のようだぜ。ここ
から先に電力を供給するための、な

ロス:
いろいろ秘密がありそうね。お宝も
いっぱいだといーケド

ヴァイ:
それどこじゃないだろーが。いいか、
俺たちはなあ……何だっけ?

ヨルグ:
地龍の封印を解くんだろ! それを
忘れてどうする

ヴァイ:
そーだったそーだった。そう言えば
ヨルグ、お前にはこんな風に良く突っ
込まれてたような気がするなあ

ヨルグ:
うむ……思い直せば俺は昔、あの
マカパインに酷い目に遭わされた
覚えがある。少しずつ記憶が蘇って
きつつあるのか?

D・S:
考えてみりゃあ、ここにいるのは
大なり小なり記憶を失くした健忘者
ばかりか。ぎゃはは、そんなのが群れ
なしてるってのもマヌケだぜ

ヴァイ:
笑ってる場合かーっ! アンタが
その群れを引っ張ってんだろが!










サイクス:
……D・S。ひとつ気になることが
ある

サイクス:
私はこの世界に目覚めてから、次元
跳躍能力を使ってあちこち飛び回って
みた。おかげで人より多少の知識を
得ることができたわけだが――

サイクス:
ここまで諸君らと行動をともにして、
ずっと引っかかってきた疑問が明確に
なってきたよ

D・S:
何だ。もったいぶるなよ

サイクス:
その前にひとつ確認したい。諸君は
これまでにこの世界の住人――つまり
人間やエルフなどの人類種に出会って
いるかね?

ヴァイ:
俺たちとか、あとマカパインのヤツ
とか?

サイクス:
いや、そうではなく、この地に生活
する人間だ。マカパインやザックも、
どうやら我々同様記憶があやふやな
ままこの世界に放り出されたクチだ

サイクス:
鬼忍将率いる忍軍にしても、あろう
ことか中身はゴブリンなどの亜人種
だった。私の推察するところ、どうも
この世界には人間はいないらしい

D・S:
大胆に決めつけるじゃねえか。元々
この世界にいて、記憶を消された奴が
この中にもいる可能性があるだろう?

サイクス:
私もそう考えていた。だが、話を
聞くうちに私はある確証を得た。即ち、
我々は皆、記憶を失う前に何らかの
関わりを持つ者同士である、と

D・S:
! ……なるほど。言われてみりゃ
そんな記憶は微かにある

D・S:
ヨシュアも似たようなこと言って
やがったな。仲間が力となるために
この地にやってきた、とか――

D・S:
だが、誰がそんな真似を?

サイクス:
今は私もここまでしか推測できん。
しかし、そう考えるともうひとつ、
気になる疑問が浮かび上がってくる

D・S:

サイクス:
この世界にいる人間が全て我々の
係累であると仮説を立てたとしよう。
ならば鬼忍将はどうか? 例外的な
存在か、それとも――

サイクス:
彼も我々と関わりのある者なのか?
背後にいる魔性が操っているのなら、
その可能性は十分にある

D・S:
あのうすらデカイ鬼ゴリラがか?
……ゴリラ? うーん……

ヴァイ:
なあD・S。俺、ひとつ気になる
コトがあんだよな

D・S:
あ? 怒らないから言ってみろ

ヴァイ:
どうして俺が怒られにゃならん!
……あのな、ひょっとしてここにいる
メンバーは皆、記憶を失う前に面識が
あったんじゃねーかな?

ヴァイ:
それだけじゃなくあのマカパインや
ザック、それにブラドとか、出会った
奴らはどいつも前から知ってるような
気がしてならねえんだよ

D・S:
ふん……言われて見りゃそうだな。
シーラにしても、初めて会った気が
しねえもんな

イングヴェイ:
うむ。私もそうだ。彼女が我が主で
ある可能性は捨て切れぬ

シェン:
兄者……どうもあの蟲使い――バ・
ソリーとか言ったか、奴を見ると三途
の川辺の花畑とやらが思い起こされて
ならん。傷による錯覚か……?

ジオン:
臨死体験か? 傷のせいで記憶が
蘇ったとも考えられるが、それでは
お前とあの男が命のやり取りを……?
許せん! 俺が叩き斬って――

シェン:
いや、兄者、やめてくれ、ホントに!
オレを思ってくれるのはありがたいが、
ただの気のせいで人を殺めることに
なっては! 兄者ってば!

ロス:
でもアイツ、斬られたくらいじゃ
死なないわよ。それにしてもアンタら、
仲のいい兄弟よね。その割にあんまり
似てないケド

D・S:
……待てよ

と、この時、D・Sの脳裏で一枚の
扉がわずかに開いた。ヴァイの言葉に
触発されたその意識は、これまで漠然
と感じていた幾つかの事柄を手繰り、
紡ぎ合わせてひとつの答えを導き出す。

D・S:
おい、テメエら。誰でもいい、人間
らしき敵と戦った、あるいは遭ったっ
て奴はいるか? ただしヴァイの言う、
見知った奴らのコトじゃねえ

D・S:
つまり、この世界の住人だと思われる
人類にだ

ロス:
人類……って言うと人間かエルフ?
んー、見ないわね。ヒューマノイドは
亜人種どもがせいぜい

イングヴェイ:
忍者たちも、中身は亜人種だった。
マカパインたちを除くなら、敵対する
人間に出会った記憶はないな

ヴァイ:
忍者もゴブリンやら何やらの亜人種
だったしな。そう言やあ人間と戦った
覚えはねえや

D・S:
……他の奴もそうか。やっぱりな

D・S:
どうやらこの世界にゃ、俺たち――
記憶を失う前に何らかの関わりがある
同士を除いて、人類はいねえようだ

D・S:
サイクスの奴も言ってたが、ここは
次元的・空間的に孤立した世界らしい。
そこにいる人間は、放り込まれた
俺たちの係累だけってこった

D・S:
まだ予測の段階だがな。少なくとも
この地域には、ひとりとして土着の
人類は存在しねえと考えていいだろう

ヨルグ:
……記憶を奪い、同士討ちを誘って
いるのか? 俺たちをこの地に導いた
何者かが?

ヴァイ:
そうとも限らねえんじゃねーの?
結局俺たちはパーティを組んでる
ワケだし……

ヨルグ:
だが、だとすればひとつ引っかかる。
鬼忍将……並外れた巨漢だが、奴は
間違いなく人間のはずだ

ヴァイ:
デカいっていやブラドのほうが人間の
域を外れてるけどな

D・S:
鬼忍将か……あの鬼ゴリラは例外
なのか、それとも奴も俺たちに何か
関わりがありやがるのか……ゴリラ?
うーん……思い出せねえな










その部屋は、奇妙に温度が低く感じ
られた。物理的な冷気ではなく、肌が
粟だって初めて寒さに気づくような、
異質な寒気が室内を支配している。

ヴァイ:
さっみーな、ココは!

D・S:
気ィつけろ。霊的な温度変化だぜ。
かなり強力な霊障が生じてやがる。
物理攻撃を受けつけねえタイプの霊にゃ
オメエの馬鹿力は利かねえぞ

ヴァイ:
えっ、敵か!?

シェラ:
ああっ……哀しい旋律が響いてくる。
亡霊の……永遠に止むことのない悲哀
の思惟がこの部屋に渦を巻いている!

部屋の中心に、冷気が目に見えるほど
白く凝り固まっていく。それは緩慢に
人型を取り始め、最後には凄まじい
速さで細部を造形し、半実体化した。

D・S:
テメエは……!

姿を現したのは異風の忍び装束に身を
包んだ若い男であった。線は細いが
鍛え抜かれた肉体は、剃刀の冴えを
思わせる。生前は疑うことなく手練れ
だったであろう青年忍者の霊体である。
生真面目そうな、その端正な顔立ちは、
紛れもなく先刻、D・Sを導くべく
ヨーコ球に宿った亡霊の容貌であった。

D・S:
テメエはさっき、ヨーコさんの球に
憑依したヤロウだな。人のオンナに
断りもなく失礼な真似しやがって!

ヴァイ:
毎度のツッコミだけど、誰がアンタの
オンナなんじゃ!

ジン:
“生身を持たず、この部屋に封じ込め
られているオレには、ああする他に
地下の侵入方法を伝える術がなかった。
その聖玉の女性に心より謝罪したい”

ヨーコ球が青く穏やかに明滅した。
この霊に制御を奪われたことに対し、
何らわだかまりはないという意志表示
であった。

D・S:
チェッ、つまんねーの。あーゆー
コト俺がやったら怒るんだぜ

ヴァイ:
でも、この亡霊は悪いヤツじゃなさ
そうだよな。ちゃんと謝ったし

D・S:
アメえ! 亡霊ってヤツは油断させ
といて取り殺すなんてこた日常茶飯!
まして地縛霊の頭ン中は怨念でパンク
寸前! 助けて百太郎ってなもんだ

ヴァイ:
あーあ、ヘソ曲げてやがるよ

シェラ:
霊との交信は専門ではないが……
私には悪い気配や妄念は感じ取れない。
あるのは友を思う、哀惜に満ちた想念
だけ……

ジン:
“アンタたちを害する意図はない。
信じてもらうしかないが……頼む!
オレの話を聞いてもらえないか?”

ジン:
“この場所でずっと待っていたが、
アンタたち以外の人間は一度も塔に
やってこなかったんだ。頼む!”

ヴァイ:
聞くだけ聞いてやろうぜ。ホラ、
あんまりすねてるとヨーコ球もイラ
イラしてきたぞ

D・S:
(ギクッ!)ま、まあ話ぐらいは
聞こうじゃねえか。それで憑かれる
ワケでもなし。で、テメエは誰だ?
ここで誰ぞに殺されたか?

ジン:
“ありがたい! オレの名はジン。
ジン・シモンだ。死んでからもう、
ずいぶんと経つ。だが、本来は地縛霊
ではなかった――”

ジン:
“オレはずっと、ある刀に宿ってその
持ち主を見守ってきた。普段は眠って
いるようなもんだった。恨みを残して
死んだわけではなかったし……”

ジン:
“そもそもこんな風に半実体化すること
なんてできなかった。それがどうだ!
目を覚ましてみたら見知らぬ世界に
いて、しかも刀から引き離されていた”

D・S:
コイツは、物を媒介にこの世界に
引っ張られたクチか……

ジン:
“長年宿り続けた刀だけに、離れて
いてもその様子は伝わってくる。
あろうことか刀は持ち主の元さえ離れ、
邪な封印として悪用されているんだ!”

D・S:
その持ち主ってのは、誰だ?

ジン:
“それが……刀から離されてしまった
せいか、記憶から名前がぽっかりと
抜け落ちていて……オレの大切な友で
あったはずなのに!”

D・S:
オメエも記憶をいじくられたのかも
知れねえな。しかし刀……刀か

シェラ:
D・S。もしやと思うのだが、その
刀とは龍を封じている“鋼”ではない
だろうか?

D・S:
あり得るな。亡霊が宿る刀ってのも、
妖気漂う鋼って話に符合する。それに
地龍が封印されてる場所も、この塔の
近辺が臭そうだしな

D・S:
そう言やシェラが言い残してったな。
電気と、それから妖気漂う鋼が地龍を
封じていると……鋼ってのは、その刀
のことかも知れねえ

D・S:
おいオメエ、その刀はどこにある?
ここから遠いのか、近いのか?

ジン:
“近いはずだ。オレを遠くまで引き
離すことはできなかったらしい”

D・S:
いよーし、それじゃひとつ封印を
ブチ砕きにいくか。幽霊君、貴重な
情報をありがとう! サラバ!

ジン:
“待ってくれ! オレも一緒に連れて
いってくれ!”

D・S:
えーっ?

ジン:
“刀もだが、友のことが気になる。
それに、そもそもが妖刀の異名を取る
刀だ。オレが戻らない限り、封印から
外せないかも知れないぞ”

D・S:
でも、オメエはこの空間に縛られて
いるんだろ? 連れていこうったって
無理じゃねえのか?

ジン:
“それは……その、聖玉の力を借りれ
ば何とかなる。つまり、ここでオレが
直接その球に宿れば、一緒にこの部屋
から抜け出せるはずなんだ”

D・S:
……やい、まーた俺様のヨーコさん
に乗っかろうってのか、テメエわ?

ジン:
“いや、今度は制御を奪うようなこと
は……ただ、しばらく球に同居させて
もらうだけで……”

D・S:
ダメダメダメッ! 絶対ヤダね!
ヨーコさんと同衾なんて許さんもんね!
その純白無垢のキャンバスに足跡を
刻むのはこの俺、ダーク・シュ……

赤熱したかに染まったヨーコ球が、
勢い良くD・Sの顔面に食い込んだ。
そしてそのまま亡霊のそばに漂って
いくと、青く輝いて宙に停止した。

ジン:
“憑依を許してくれるのか……恩に
着る! ヨーコ殿と申されるのか。
決して無礼は働かん。この聖玉の一部
を借り、その時を待つとしよう!”

現れた時とは逆に、ジンの姿は一瞬に
ディティールを失い、白い煙と化して
ヨーコ球のメタリックな表面の一点に
吸い込まれていく。銀色のさざ波が
生じ、やがてジンの亡霊は残らず球の
中に消え去った。

D・S:
あ! クッソーっ! 何かすっげー
悔しい! ヨーコさんのバカ!

ヴァイ:
駄々ってもしょうがないだろ。
ホント、ヨーコのコトになるとガキ
だよな、アンタは!

D・S:
呼び捨てにすんなーっ! あーもう、
仕方ねえ! その刀とやらを探して、
早いところジンのヤツをひっぺがして
やらあ!










全身に微細な電流を疾らせ、守護者は
迅速に侵入者を認識した。風の機神と
対になるであろう巨体は、やはり奇怪
な仏像を思わせる。塔に蓄積された
電力をふんだんに帯びたその姿は、
まさしく怒れる雷神そのものであった。



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最終更新:2020年10月31日 21:10