大雪原


岩壁の短い隧道を抜けると、そこは
一面の銀世界であった。

見渡す限りの広大な雪原が、視覚を
麻痺させるかの如くに白い輝きを放っ
ていた。低空を覆っていた雲が晴れ、
天空からは目映い光が降り注いでいる。
――だが、それは太陽の光輝ではない。
空を彩るのは、刻々とその色調を
変えるオーロラであった。

地表に投げかけられる極光は、白魔の
世界を妖しく照らし上げる。およそ
尋常のものではない、長く浴び続けれ
ば精神に変調をきたしかねぬ毒々しい
光である。天の理が狂ったとしか
思えぬ、禍々しき魔光の景観であった。

D・S:
こりゃまただだっ広い雪原だな。あの
オーロラと言い、本当に極地にでも
来ちまったってのか……む!?

蠢くオーロラの光が生んだ幻影なのか
――その時、遥か地平線に並び聳える
双子のような山の頂を繋ぐ巨大な氷の
橋が――そしてそこから天高くそそり
立つ塔らしき建造物が、彼方の空に
はっきりと浮かび上がった。

ネイ:
あれは……氷の、塔?

その塔の出現と呼応するかに、雪原を
一陣の突風が駆け抜けた。ざあっ、と
積雪が舞い上げられ、眼前に白い旋風
が踊る。

それが止んだ時、風の渦の中心に巨馬
が忽然と現れていた。あたかも、風が
その漆黒の魔馬を運んできたかの如く
――。

鞍上に、逆光を受けて影となった人物
がいた。細身の男であるということ
以外、見て取ることはできない。

D・S:
……誰だ?

イングヴェイ:
……はっ! あの姿、もしや――

オーロラの光が変化し、馬上の男を
鮮やかに、妖美に照らし出す。

目元を覆う仮面を着けた、貴公子然と
した青年であった。一見して魔導士と
思しき軽装で、馬上の威風堂々とした
姿は、人の上に立つことでのみ備わる
風格を感じさせる。

男は一行に向き直り、凛とした、良く
通る声を発した。

至高王:
誓いを思い出せ。魔戦将軍よ――

至高王:
卿らは我が忠実なる下僕であるはず。
その男について我が領地を踏みしだく
など、あってはならぬことだ。私を
忘れたか? 魔戦将軍イングヴェイよ

イングヴェイ:
ああ……貴方は――

至高王:
そうだ。氷の至高王たる我が名を呼べ!
イングヴェイよ! 私は誰だ――?

イングヴェイ:
氷のハイ・キング――カル=ス!
我が主、カル様!

イングヴェイがその名を答えた瞬間、
D・S一行に閃光の如き衝撃が疾った。
カル=スの名を引き金に、一部の者の
脳裏に失われた記憶が蘇っていく――。

ラン:
カル様!?

ボル:
はっ! カル様!?

ブラド:
むうう! カル様だとお?

ザック:
その名前は……そうだ、俺は……!

サイクス:
カル様? バカな……いや……

バ・ソリー:
カル=ス……カル様ァ? カル様が!
おおお! 俺様の中の蟲たちも蠢いて
いるわぁ!

ロス:
あらら……カル様がD・Sと敵対?
メンドーなコトになったわね

イダ:
カル様……美しい響きです

シェラ:
あの方が……カル様……?

マカパイン:
カル様が私の目の前に……そうか!
私は魔戦将軍……マカパイン

D・S:
カル=スだとぉ? テメエ! 今のは
どういう意味だ! テメエは俺の舎弟
だろうが!

至高王:
フ……知らぬな

至高王:
思い出したな、魔戦将軍たちよ!
ならば為すべきことも判るはずだ。
我がもとに集え! この至高王の居城、
氷獄塔へと集え――

至高王:
長くは待たぬ。私に捧げた誓い、
必ず果たせ――

言い残し、仮面の至高王は馬首を
返して駆け去った。彼方の空で煌めく、
氷の塔に向かって――。

最初に歩き出したのは、イングヴェイ
であった。

イングヴェイ:
私は行かねばならぬ……それがD・S、
貴方に弓を引くことになろうとも

シェラ:
待て! 待つんだイングヴェイ!

背後から、吟遊詩人シェラが現れた。
しばらく前からこの成り行きを
見守っていたようであった。

イングヴェイ:
シェラ……そうか。お前も魔戦将軍だ
ったな。だが、それならば引き留める
いわれはあるまい

イングヴェイ:
我ら魔戦将軍はカル様に従うのみ。
そうではなかったか? 無理強いは
せぬ――しかし、私の剣はカル様に
捧げたものなのだ

シェラ:
イングヴェイ……あのカル様を、
おかしいとは思わないのか? そして、
D・Sに背を向けてでも?

イングヴェイ:
カル様はカル様だ。何らかの理由を
見つけ、誓いを破ることは騎士には
許されぬ――

イングヴェイ:
D・S……済まぬ。貴方とカル様が
敵するなら、私は貴方の敵となる他
ないのだ

D・S:
仕方ねえんだろ。好きにしな。ただ、
敵として出会ったなら、負けてやる
ワケにゃいかねーぜ

イングヴェイ:
覚悟しよう。では、さらば――

シェラ:
イングヴェイ!

シェラの呼びかけを背中で拒絶し、
頑なな騎士は駆け去っていった。

ザック:
俺も行かなきゃな。俺はあの人に――
カル様に命を救われたんだ。それは
アンタも同じだけど……ダメなんだ!
俺は魔戦将軍だから――

ロス:
まさかこんな形でアナタの敵に回る
羽目になるなんてね、D・S。悪く
思わないで頂戴よ。これじゃしばらく
お宝探しはお休みかしら――

バ・ソリー:
俺様の夢は蟲の楽園建設! だが、
それに唯一優先させねばならぬのが
カル様への忠誠よ――カル様に褒めて
もらうため、俺様は行くのだあ!

ブラド:
今、判った……ワシが何故、騎士の
修行を続けてきたのかを。あのお方
への忠誠を貫き続けるため……
ただそれだけのためだったのだ!

ブラド:
許せ、ともに修行の道を歩んだ者よ!
戦場で遭ったなら、騎士道に則り正々
堂々と果たし合おうぞ! さらば!

ボル:
D・S殿……それがしは思い出して
しまったでござる。それがしはカル様
に仕え、初めて生きる意味を知ったの
だと……許して下され!(ぶわわっ)

D・S:
ったくオメエは涙腺がゆるいな、もー。
キタねえヒゲ面を余計に見苦しく
するんじゃねえよ。泣くな!

魔戦将軍であることを思い出した
者たちが、次々と雪原の彼方に
去っていく――。

マカパイン:
D・Sよ……私も、行かねばならん。
だが、次に戦う時は私闘ではない。
あの方の楯となり、刃となって貴様に
立ち向かうことになろう――

マカパイン:
……魔戦将軍は一騎当千の強者たちだ。
カル様を戴いた今、その力はこれまで
とは比ぶべくもない。油断するなよ

ヨルグ:
マカパイン、お前……

マカパイン:
フ……決着をつけるなら私自らが、と
思ったまでだ。
勝つにせよ、敗れるにせよ、な――

かつての宿敵であった妖縛士は、再び
敵陣へと身を翻していった。その左目
に微かな躊躇いの色を残して――。

ラン:
……シーンよ。お前の兄、ランは今
この時、死んだものと思え

シーン:
兄さん?

カイ:
ラン! お前まさか――

ラン:
俺もまた、カル様の理想に剣を捧げた
魔戦将軍のひとり……鬼道衆を去り、
放浪を重ねた果てのことだ。この誓い、
決して曲げることはできん……

ラン:
D・S……黒騎士だった俺を快く迎え
てくれたあなたに刃を向ける不逞は
重々承知しているつもりだ。この上、
あなたに頼み事をする非礼も――

ラン:
だが、あえて頼む……カイとシーンを
守り、導いてやってくれ。
たとえ行く手を塞ぐ者が、この俺で
あったとしても――

D・S:
ああ。俺はいつだって女優先だかんな

ラン:
ありがとう……ネイ様も、御無礼を
お許し下さい

ネイ:
お前が信じた道なら、私は止めぬ――
だが、いいのか? 故に鬼道衆を
去ってまで避けた道を選ぶことに
なっても?

ラン:
……それが、運命なら

ヨシュア:
ラン……

ラン:
ヨシュアか……貴公とは別の形で、
存分にやりあってみたかったな。
男同士なら拳がいい。だが、それも
もう叶うまい――

ラン:
カイ、シーン。達者でな――

言い残し、ランは身を翻した。
カイとシーンに呼び止める隙も与えず、
逞しき青年戦士は魔光の煌めきの
中へと消えていった。

それが、魔戦将軍最後の離脱者だった。

D・S:
オメーらは行かなくて良かったのかよ?
もし気を使ってるつもりなら、遠慮は
いらねえぜ

D・S:
シェラ、オマエは良かったのか?
女を敵にしたかねえが、後悔してる
女も見たくねえぜ

シェラ:
いや、私はD・S、貴方とともに行く。
カル様が何者かに操られているなら、
それに従うのはカル様の御意志に
反することになるだろう

シェラ:
吟遊詩人としての力は未だ未熟だが、
貴方のお供をさせてもらおう

サイクス:
カル様への忠誠を忘れた訳ではない。
だが、我々の置かれた現況を考えれば、
今のカル様に従うことがプラスに働く
とは思えんからな――

イダ:
貴方たちの美しさに打たれてしまった
以上、ここでカル様の側に舞い戻る
ことはできません。私にとってそれは
最も美しくない行為ですから

マカパイン:
たとえ不忠の烙印を押されようと、
私は決めたのだ。D・S――貴様に
ついていくと。フ……私は魔戦将軍
失格かな……

カイ:
D・S……やはりランを追わせてくれ!
俺が説得してみせる!

ヨシュア:
カイ!

カイ:
引き留めないでくれ、ヨシュア。あの
戦災さえなかったらアイツと俺は……。
いや、俺が止めてやるしかないんだ!

ヨシュア:
……

カイ:
シーン、ランは必ず説得する。お前は
残り、皆の助けになってくれ

シーン:
……判ったわ。カイ……兄さんを、
ランをお願い――

シーン:
……やっぱりわたし、兄さんを追う!
追いかけて、説得してみる!

カイ:
シーン!

シーン:
兄さんだって判ってくれるはずよ!
ネイ様や、わたしたちを捨てて選んだ
道が、こんな結果になって良いわけが
ないって――

シーン:
それに……本当なら、あの戦災さえ
なかったら、カイと兄さんは……

ヨシュア:
――?

カイ:
……判った。今となっては俺がランを
止めることはできまい。血の繋がった
妹であるお前でなければ――

ネイ:
ねえダーシュ。気になることがあるの

D・S:
カルのことか?

ネイ:
ええ。魔雷妃として操られていた私や、
ガラの話を考え合わせると、私たちの
敵はダーシュの腹心を利用して、妨害
の核とする方策を採っているわね

ネイ:
カルにしても、操られていることに
間違いはないと思うわ。ただ、私たち
の時とは決定的に違うことがあるの

D・S:
何だ?

ネイ:
ガラも私も、名を伏し、禁ずることで
仲間との関わりを断たれ、敵の走狗と
して利用されていたわ。それが鍵にな
って、私たちは記憶を取り戻した――

ネイ:
でも、カルはすでに名を明かしている
――それはつまり、至高王を名乗る
カルに正気を取り戻させる手段がない、
と言うことになるわ

D・S:
なるほどな。これまでとは違うやり方
で精神を支配している公算が高いって
ワケか――

ネイ:
魔戦将軍たちにしてもそう。わざと
記憶を取り戻させて、カルへの忠誠心
に訴える形で自分の陣営に取り込んで
いる……これは厄介だわ

ネイ:
ダーシュ。私、単独で探りを入れて
みたいの。魔戦将軍が多数離反した今、
これ以上パーティの戦力を低下させ
たくはないけれど――

ネイ:
ひとりなら敵方のマークも甘くなるで
しょう。きっと役に立つ手がかりを
掴んで帰ってくるわ。少し、気になる
こともあるし……

D・S:
アーシェス……危険だぞ

ネイ:
私は雷帝よ、ダーシュ……あっ、ダメ、
そんなトコ触ら、れ……たら、くうっ!

D・S:
んんー? こんなに育った娘を送り
出すのは忍びないなー、父としてぇ

ヴァイ:
な、何やってんだぁアンタは! この
大変な時にっ! ヨーコ玉、発射ァ!

D・S:
あっ、ウソッ、ヨーコさん顔はヤメて!
超絶の美貌が、ああーッ! ムギュウ

ネイ:
はぁ、はぁ(いいトコなのにっ!)、
そ、それじゃみんな、あとを頼む。
ダーシュ、他の娘にこんな真似しちゃ
ダメよ!

カイ:
ネイ様も、行ってしまわれたか……

シーン:
ネイ様も、行ってしまわれたわ……

ヴァイ:
ずいぶん寂しくなっちまったなあ

ヨルグ:
今こそ我々がD・Sを支えねばならん。
お互い頑張ろう

シェン:
魔戦将軍……何だ? この響き、何か
を思い出しそうだ……黒い、姿――?

ヨシュア:
シェン? どうした?

シェン:
い、いや……記憶が蘇りそうになった
と思ったんだが……イヤな感じだった。
あの黒い姿、兄者のようにも――何を
バカな! オレもどうかしてる!

シェラ:
――それで、どこへ向かうつもりだ?
D・S?

D・S:
俺様の考えじゃあ、カルのヤロウを
とっ捕まえていろいろ聞くのが
手っ取り早いんだがな

ヴァイ:
何だソレ? まんまじゃんか

D・S:
う、うっせーな! 今んトコ右も左も
判らねえんだ。俺たちもあの氷獄塔と
やらを目指すしかねえだろが!

シェラ:
……我々が歓迎を受けるとは、思え
ないがな――どのみち仲間とぶつかる
ことになるか……










ズ、ズ、ズと低い地響きが足下を埋め
尽くす雪から伝わってきた。

ヴァイ:
な、雪崩じゃねえか!?

ヨシュア:
いや、周囲に雪崩を起こしそうな斜面
はない。これは――?

ヨルグ:
見ろ! 雪原が――割れる!?

数キロほど離れた場所であろうか――。
見る者の距離感覚を狂わせる光景が、
そこに繰り広げられようとしていた。

まるで、そこから新たな山が造り
出されるかのように、雪原それ自体が
凄まじい勢いで隆起しつつあった。
数秒で隆起は百メートルを超え、
なおも膨れ上がってゆく――。

持ち上げられた雪原の頂点が割れ、
被さった雪が急速に雪崩れ落ちていく。
さらに隆起し続ける剥き出しになった
それは、しかし大地の造山運動では
なかった。それが雪原を割って跳ね、
天空に大量の雪を舞い上げる。

それは、信じられぬほど巨大な生き物
であった。鯨とも海竜の類ともつかぬ
姿で、ヒレ状の四肢を使って厚く堆積
した雪の中を泳いでいる。ひとつだけ
言えるのは、どう少なく見積もっても
その巨獣の体長は二百メートルを下ら
ないということであった。

巨獣の備えた魔法的な能力なのか、
雪原はあたかも大海原のように抵抗
なくその巨体を埋没させる。巨獣の
周囲の雪だけは、瞬時に液状のそれと
同じ物理法則に置き換えられるようで
あった。

法螺貝に似た響きを立てて体内の空気
を大量に放出すると、巨獣は再び雪原
深くへと潜航していった。太い尾が
吸い込まれた後の雪原は、何事もなか
ったように平坦で、ただ大気中に
舞い上げられてオーロラを乱反射する
雪の細片だけが、巨獣の出現が幻では
なかったことを証明していた。

ヴァイ:
何だ……ありゃあ……?

D・S:
途轍もなくデカい化け物だぜ……。
あんなのがこの大雪原の下を泳ぎ
回ってやがるのか――

シェラ:
龍とは違うが……あの生き物から強い
力を感じるな。邪悪なものではないと
思う

ヨルグ:
だが、巻き込まれたらひとたまりも
ないぞ

D・S:
どうやらこの一帯が奴のテリトリー
らしいな。早いトコ離れるとしようぜ

D・S:
巨獣を見たのはこの近辺だったよな

ヴァイ:
あれ……見覚えのあるヤツがいるぜ。
蟲好きのオッサンだ

雪原を割って生えた新種のキノコの
如き姿は、丸い編み笠を被った蟲使い
バ・ソリーであった。雪を熱心にほじ
くり返し、またしても何かを探して
いる。

ヴァイ:
サカナに喰われたのを恨んでるみたい
だからな……また襲いかかってくるん
じゃねーか?

D・S:
でもなあ。俺たちもここで巨獣が顔を
出すのを待たなきゃならねーし……

ヨルグ:
あ、こっちに気づいたぞ

D・S一行を認めたバ・ソリーは、
雪を蹴立てて一目散に走ってくる。

バ・ソリー:
うおおおおおおお――

ヴァイ:
わー、やっぱり戦うのかぁ!

バ・ソリー:
この匂いわぁぁ!? 貴様ら、俺様の
変蟲ちゃんを連れとるな! そうだな?

D・S:
変蟲ちゃん?

ヴァイ:
あ! もしかしてこの干涸らびた蟲か?

バ・ソリー:
おおお! それだあ! 可愛い変蟲よ!
たたた、頼むっ! それをくれっ!
今までのコトは謝るから! 言うコト
何でもきくからあ――!

D・S:
んんー、くれてやってもいーぜ。その
代わりと言っちゃ何だが、俺たちに
力を貸せ。どうせオメエもワケも
判らずここにいるクチなんだろ?

バ・ソリー:
どおしてそれを? いや、んなコトは
どーでもいい! 仲間になるなんて
お安いご用だわい! ささ、蟲をくれ、
ムシクレッ!

バ・ソリーは愛おしそうに蟲の干物を
受け取ると、霧吹きのように唾液を
吹きかけた。

すると水分を感知したのか、蟲は見る
間にそれを吸収して蘇生を開始する。
やがて拳大のサイズのまま蠕動し始め
た蟲は、バ・ソリーの口腔にさらなる
水分を求めて入り込んでいく。食道、
胃を経由し、それは蟲使いの体内に
同化吸収されたようであった。

ヴァイ:
まさかホントに喰う奴がいたとは……

バ・ソリー:
喰ったんじゃないわい。バ・ソリー様
の体は蟲たちの小さなパラダイス!
俺様は快適な住環境を提供し、可愛い
蟲たちは俺様のためにガンバルのだあ!

D・S:
あばら屋っつーカンジだがなあ

シェラ:
バ・ソリー……思い出してきたぞ。
やはり貴公、魔戦将軍では――?

マカパイン:
そう言えば……私と貴様、ともに
戦ったことがあったように思う

バ・ソリー:
ひょっ?

シェラたちと話すうち、バ・ソリーは
急速に記憶を取り戻していった。

バ・ソリー:
そうか。カル様があ……

遠く聳える氷獄塔を見やり、しかし
バ・ソリーは首を振った。

バ・ソリー:
俺様にとって、カル様はただひとり、
我が理想を理解してもらえたお方……
だから俺様が忠誠を誓う人間もカル様
おひとりだぁが――

バ・ソリー:
この身体の中の蟲たちが、貴様らに
従えと告げておるのだ。カル様の真意
が測れぬ以上、その声に沿ってともに
行くとしよう……

その時、地鳴りとともに雪原が隆起し、
あの巨獣が再び地表に姿を現した。
雪原を割り、巨体が宙に跳ねる――
その光景は何度目撃しても圧倒的で
あり、その質量は近づくもの全てを
粉砕する竜巻の如き破壊力を有して
いた。

ヴァイ:
あ、あれをおびき寄せるの?

D・S:
地底空間に降りるにゃアイツを利用
するしかねえ。覚悟決めていくぜ!

D・Sは氷結湖で手に入れた魔紅玉を
頭上に差し上げ、呪法で括られたその
外殻を解いて魔力の中心核を解放した。

真紅の輝きが、周囲の雪原を赤く染め
上げるほどに激しく迸った。魔力は
すぐに大気中へと四散し、光も薄れて
いったが、巨獣にその存在を示すには
充分であった。

赤い光を捉えた巨獣は方向転換し、
一直線にD・Sを目指して進み始めた。

バ・ソリー:
うおおおっ! 貴様らぁ、尋常に勝負
しろおっ! 三度目の正直、見せて
くれるわあ!

ヴァイ:
うへえ……やっぱやる気だぁ

D・S:
そーいや巨大魚はアイツを、あっと
言う間にパクッといったな。蟲が詰ま
ってるからか? だったら巨獣も……

バ・ソリー:
うぐおお……また負けたぁ

D・S:
コイツすぐ回復するからな、
とりあえず縛り上げとこう――

バ・ソリー:
あ、ヤメんか! 俺様は自由を愛する
ロマンチストなのだあ! 放シテ!

D・S:
まったくしぶてえヤロウだぜ。さあて、
どうしてくれようかな? コイツを
餌にして巨獣をおびき寄せるってのも
手だな。魔紅玉も取っておけるし……

ヴァイ:
いや……でもちょっと、それは
ヤリ過ぎじゃねーの?

QUESTION:
バ・ソリーを巨獣の餌にしますか?
魔紅玉を温存したいからな
さすがにムゴいかな

D・S:
ま、勘弁しといてやっか。巨獣に
喰われた日にゃあ、さすがにコイツも
ただじゃ済まねーだろうしな

バ・ソリー:
ホッ……

D・S:
バ・ソリーよ。オメエ、反省してる?
今までのコトを考えても、俺たちが
恨まれる筋合いはねえよな?

バ・ソリー:
ウムム……考えてみるとそんな気も
するな。あの時の俺様は鬼忍将とやら
に乗せられていたワケだし――

D・S:
だったら俺たちに争う理由はねーだろ?
出くわす度に襲いかかられたんじゃ
メーワクだっつーの

バ・ソリー:
うう……私が悪かったって気持ちに
なってきましたあ……反省しますぅ

D・S:
よーし、んじゃ放してやれい。
その気持ちを忘れずに生きていけよ

バ・ソリー:
ま……待ってくれい! どこへ行くの
か知らんが、俺様も連れていってくれ!
可愛い蟲たちはさっぱり見つからんし、
ひとりではどーにもラチがあかんのだ!

D・S:
コイツ、今の今までケンカ売って
きてたクセしやがって

ヴァイ:
蟲使いだけに、虫のいい話ってヤツ
ですか? ワハーハッハッハ!

D・S:
それ、面白いと思って言ってんのか?
オメエの頭はジョーク飛ばすにゃ
向いてねえ。判ったね?

ヴァイ:
ハ、ハ、ハ……ううう、ダメェ?

D・S:
ま、いーだろ。コッチも人手が足りね
えトコだったからな、オメエみてえに
タフな奴が仲間にいると何かと都合が
いい。歓迎するぜ

D・S:
いーや、もう勘弁ならねえ。こういう
ヤロウは野放しにしとくとまぁた襲い
かかってきやがるんだ

ヴァイ:
けどよ……さすがにあの巨獣に喰われ
たら、このオッサンの再生能力でも
助からねえんじゃねえかな?

バ・ソリー:
そそそ、そうですって! 私ゃカラダ
弱いんです! ホラ、もお無抵抗だし、
やめましょーよ、ねっ? 可哀想です
って……でしょ?

D・S:
ダァメ。キミには巨獣の寄せ餌に
なってもらいます。決定っ!

バ・ソリー:
ヒイィィィィ――

D・S:
うりゃあ! いってこーい!

バ・ソリー:
ひぃえぇぇぇぇ――!

D・Sに蹴り飛ばされたバ・ソリーが、
高い放物線を描いて巨獣と一行の間に
落ちる。

その叫びに気づいたのか、それとも
バ・ソリーの体内に飼われた蟲に惹か
れたのか――巨獣の向きが変わり、
一直線に蟲使いへと進み始めた。その
延長線上に、一行がいる。

バ・ソリー:
きぃやああぁぁぁぁ――! イヤぁぁ!
やぁめぇてぇいぇいぇいぇ――!

雪原に巨体の上半分を露にして迫って
くる巨獣が、少しずつその口を開いて
いく。直径数十メートルにも及ぶ
歯のない顎が、進行方向にある全てを
飲み込んで突き進む――。

大量の雪塊とともにバ・ソリーが
吸い込まれた。そして巨獣はそのまま、
勢いを失うことなく一行に迫る。

ヴァイ:
どどど、どーすんのさ!

D・S:
飲まれっちまおう

ヴァイ:
いいー?

D・S:
だーいじょぶ! 俺様が結界を張れば
……って、やっぱチョット不安に
なってきたな

ヴァイ:
バカーッ!

ヨルグ:
わああああ――

接近してきた洞穴の如き口は、一瞬に
全員を飲み込んだ。凄まじい衝撃が
一行を襲い、意識が遠退く。視界が
暗転する――。










凍結した湖の中央に、氷を掘り抜いて
造られた竪穴があった。穴の底からは
横方向に氷の洞窟が続いているらしい。

だが、竪穴の口は半透明の、液状の
物質に塞がれていた。それは明らかに
液体であり、流動してゆらゆらと揺ら
めいている――にもかかわらず、その
水の塊は穴に栓をする形で一定の位置
に留まっている。その上に乗っても
沈むことはなく、足元からは緩く
波打つ水の感覚だけが伝わってくる。

D・S:
これは……水の結界か

ヨシュア:
水の性質を残しながら、固体よりも
強固に侵入を阻むのか……これでは
竪穴を降りることはできないな

ヨルグ:
こうして護られている以上、何か
隠されていると見るのが自然だが――

D・S:
仕方ねえ。他を当たろう

D・S:
やっぱり入れねえか……

竪穴に栓をしていた液状の塊は、
固体の性質を失って流れ落ちたのか、
跡形もなく消失していた。

D・S:
あれは……水龍の身体の一部だったの
かも知れねえな

D・S:
水龍が言ってたのはこの洞窟のことか

シェラ:
そのようだ。潜ってみる必要があり
そうだな

ヴァイ:
うへえ。寒そうだなぁ










ヴァイ:
この迷宮、ちゃんと探索し終えてない
ような気がするんだよなあ……










ヨシュア:
……D・S。しばらく別行動を取らせ
てもらいたいのだが……これから巨獣
と対面しようという時に勝手を言うが
――

D・S:
例の、オメエの使命ってヤツ?

ヨシュア:
ま……まあ、そう言うことになるか

D・S:
……ハッハーン。そうか、ヨシュア、
判っちまったぞ

ヨシュア:
な、何をだ? 別に俺は――

D・S:
ランを追っかけてったカイが心配なん
だろ? あのふたり、何かいわくあり
そうだもんな。しっかしヨシュアくん
も男の子だねー。

ヨシュア:
ばっバカなっ! この非常時にそんな
コトを気にしては……いないとは……
(ゴニョゴニョ)

シーン:
そうなの!? うーん、確かにヨシュア
とカイってお似合いだけど、兄さんも
……どうなのかな

ヨシュア:
どうなのだ?

D・S:
やっぱ気にしてんじゃねーか。いーぜ。
行ってこいよ

ヨシュア:
かたじけない。では、後で会おう――

ヨルグ:
ヨシュアが恋か……フ、寂しいな

ヴァイ:
ヨルグ……それ友情と違うゾ。ヤバい










乗用生物は、氷結湖にほど近い雪上に
一行を送り届け、再び地底へと戻って
いった。

雪原の上には青空が広がっていた。
予想通り、遺跡の配置を正したことで
魔のオーロラは消え、降り注ぐ天の光
に雪原は純白に輝いている。

ヴァイ:
あーいい空! あの毒々しい光を浴び
ないでいいかと思うと気分いいなあ!

ダイ:
ううう……吸血鬼の私にはちょっと、
こういう健康的な光はキツいですねぇ。
あうう、肌が焼けるぅ――

D・S:
これであの山の電磁嵐も治まっている
はずだぜ。もう氷獄塔までの道を阻む
ものは何もねえ

シェラ:
しかし、まだ水龍を解放していないぞ

D・S:
それについちゃ考えがある。まずは
氷獄塔を目指すぜ!










ヨシュア:
オーロラが消え、もう谷間の電磁嵐は
治まっているはず――氷獄塔へ急ごう!
D・S!










ヴァイ:
おわっ!アンガスが元に戻ったぞ!



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最終更新:2020年10月31日 21:19