第一章 第二章 第三章 第四章 黒斑洞黒の館気洞溶解雨の湿地デュアディナムトンネルランゲルハンス島スーゼミの神殿血路癌臓宮癌臓宮中枢部ダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミー 第五章 クリア後

ランゲルハンス島


そこは再び、巨大な地底空洞であった。
だが、この地には足下から這い上って
くる熱気と、鼻を衝く硫黄の臭気が
充満している。天を覆うドームは、
大地から噴き上がる溶岩の炎を映して
赤く染まっていた。

ガラ:
今度は火山地帯かよ。まっ、濡れた
カラダを乾かすにゃーちょうどいー
ケドな

D・S:
心臓が、疼きやがる……呪詛の源は、
近いぜ……

ネイ:
ダーシュ! 急がないと……










鮮血を思わせる真っ赤な地下水が、
一行の立つ渚を洗っていた。血の色を
たたえたこの地底湖が、火山地帯を
島状にぐるりと囲んでいるようだった。

ヴァイ:
うへえ……ホントに血みたいだぜ?

ザック:
うん。何かドロっとしてるもんな

マカパイン:
湖底からそういった色素成分が湧出
しているのだろうが――

ダイ:
チョット飲んでみていいデスカー?

ネイ:
ダイ! 拾い食いはおやめっ!

カイ:
そーそー。ネイ様のしつけは、そりゃ
厳しかったものさ

青白い肌をした青年が、血の池地獄に
かがみ込んでいる。その男は、長く
渦を巻いたストローを渚に突っ込んで、
血のような湖水をチュウチュウと
吸っていた。

ダイ:
まろやかーなノドごしですねぇ。渇き
きった五臓六腑に染み渡るよーです。
おお……きたきたきたァ! 失った
パワーが漲ってきましたよぉぅ!

ラン:
あれは――!?

カイ:
ダイ!

恐らくは蝙蝠の形態で虹に入り込み、
この地底までやってきたのだろう。
その青年は、かつて妖魔たちに魔力を
搾り取られ、みじめに下働きをさせら
れていた貧弱な美形の吸血鬼ダイで
あった。

ダイ:
おや? そこにおられるのは鬼道衆の
同志――おお、ネイ様もいらっしゃる
――それに、私をさんざんいたぶって
くれたD・Sではありませんか

D・S:
そーだっけ? うっ……不整脈……

ダイ:
おやおや。ずいぶんと調子が悪そうだ。
これは好都合、私の復讐の時が来たと
いうコトですかねえぇぇェェ?

ネイ:
ダーシュに復讐ですって? ダイ、
もういっぺん言ってごらん!

ダイ:
ヒィッ! ……お、脅かしたってダメ
ですよネイ様。私はね、もはや母代わ
りの貴女すら超えた魔力を身につけた
のです! 人間以上、エルフ以上のね!

ダイ:
みーなぎるゥ! パーワフリャァーッ!

雄叫びとともに、天蓋を仰いだダイの
喉から赤い水蒸気が噴き上がる。
それは霧となってダイの貧弱な肢体に
纏わりつき、白い肌に染み込んでいく。
内と外から魔力の源を吸収し、その
肉体は急激な変化をきたし始めた。

肌の薄皮が弾け、剥き出しとなった
筋肉繊維が凄まじい速度で紡がれて
いく。骨格すらも変化し、身長は見る
間に1メートル近くも伸び上がる。
それを筋肉の束が何重にも包み込み、
新たな肌が瞬時に全身を覆い尽くす。
魔力によってもたらされた質量の変化
は優に三倍を越えていた。

ダイ:
おおおおお――っ! 今ここに、究極
の美が復活ゥ! 私を崇めよ! 私は
今、世界で一番美しいぃぃぃ!

そこに誕生したのは、呪術的効果を
生む奇怪な刺青に顔面を彩られた、
見るもおぞましい筋肉質の巨漢吸血鬼
であった。

先刻までのはかなげな面影は全く消え
去り、闇の眷属特有の邪悪な魔力が
全身から放射されている。頭部の骨格
も根底から変形し、美形であった容貌
は今や暑苦しい大顔面と化していた。
赤い地下水が、あたかも乙女の血潮の
如き効果を吸血鬼に与えたようだった。

D・S:
み、醜い……とんでもないバカにしか
見えねー……

ネイ:
鬼道衆の母として恥ずかしい限りだわ
……

ダイ:
いきますよおぅ! 復讐の焔が私を
より美しく彩るゥ――!

ダイ:
はぐう……私が負けるなんて、あり
得ないコトですよぉ。これは、夢?

D・S:
やい……人が調子悪りい時に、言い
たい放題吹いてくれやがったなあ……

ダイ:
はああ……わっ、判りましたよ。もう
以前のコトは水に流してあげましょう!
だからまた呪いをかけるなんて真似は
やめるのです! ね?

D・S:
ね? じゃねーだろうが!

ダイ:
ぎゃああっ! そ、ソコを踏むのも
やめなさい!

ネイ:
ねえダーシュ、もう許してやって。
私が拾った頃から、この子は素直に
謝れないタチなのよ。育て損なったの
は私にも責任があるわ。だから――

ダイ:
ネ……ネイ様ぁ

D・S:
ち……クソッ、心臓がヤられてるって
時に余計な運動させやがって……いー
だろ、可愛い娘に免じて青爪邪核呪詛
だきゃあカンベンしてやらあ――

ネイ:
ありがとう、ダーシュ! ……ダイ?
これからはダーシュに感謝して、心を
入れ替えて働くのだ。いいな?

ダイ:
しかたありませんね

ネイ:
ダーシュ、やっぱりやっちゃって

ダイ:
あああ、ハイィ! 喜んで、お供を
させて戴きますですぅ……










火口へと続く山道の途中で、不安げに
立ち竦むシェラの姿があった。

イングヴェイ:
シェラ!

シェラ:
おお、みんな――会えて良かった……

マカパイン:
どうしたのだ? 酷く憂えた貌をして
いるが――?

シェラ:
……声が聞こえた。この火山島の山頂
から、龍の声が――。だが、それは
これまでのものとは全く違った……

シェラ:
破壊し、貪ろうとする、ただひたすら
凶暴に吠え猛る声……あれが龍のもの
であるなら、その龍は――

D・S:
暗黒僧が言い残した、黒い龍か……?

その時、山の頂から凄まじい咆哮が
轟いた。大地が揺るぎ、まるで噴火が
始まるかの如き震動が断続的に一行を
襲う。

シェラ:
何という叫び……“死”を与える悦び
を謳っているのか!?

D・S:
こいつぁ、万全な体調でお相手したい
化け物らしいな。だが、そうも言って
られねえ。いよいよ心臓が保ちそうに
ねえぜ……










山の頂には、巨大な噴火口が赤い顎を
開いていた。真っ赤に燃えるマグマが
渦を巻き、時折火口の縁まで炎を
噴き上げてくる。

そこに、龍はいた。

漆黒の巨体を溶岩に沈め、闇色の龍は
無機質に輝く双眸でD・Sを見上げた。
その姿は地獄の業火の中に棲む悪魔の
王の如くで、見る者に悪夢の光景を
想起させる恐怖の波動を纏っている。

黒き龍は火口からゆっくりと身を起こ
した。その眼はD・Sと並び、やがて
遥か頭上より見下ろす高さにまで昇っ
てゆく。マグマに隠されていたのは、
想像を越える長大な巨躯であった。

D・S:
――確かにこれまでの龍じゃねえ。
こいつは敵……俺の生命を貪り喰う
邪龍だ――

ガラ:
くるぜ!

大気を震わす絶叫を残し、漆黒の龍は
その巨大な頭部を火口の縁に引っかけ
た状態で絶命した。

黒い鱗が溶け始め、その下にある黒い
肉も凄まじい速さで分解し始める。
それは以前、黒い館にはびこっていた
肉腫と全く同種のものであった。

ものの数十秒で、巨体は原型を止めぬ
ほどに溶け崩れた。黄ばんだ骨格が
露出し、やがて自重を支えきれなく
なった屍は頭部だけを残して頸骨から
千切れ、溶岩流に飲み込まれていった。

D・S:
……! 心臓が――

ネイ:
ダーシュ!? まさか、限界に――!

D・S:
……いや、アーシェス、もう心配いら
ねーぜ。たった今、呪詛が消えた――

D・S:
クックック……さあ、哀れに怯え狂っ
ていた手下どもよ! この超絶美形
D・S様の完全復活を祝え!

ガラ:
まーた始まりやがった。誰がオメー
みたいな虚弱魔導師の手下なんだよ!

D・S:
んだとぉ? 虚弱たあ上等じゃねーか!
久々に勝負してやっかぁ?

ガラ:
この野郎、ここまでさんざメーワク
かけやがったクセに! 元気になった
途端にコレかよ!

ネイ:
そこがステキ……

ガラ:
そー思うのはオメエだけだっつーの

ヴァイ:
おいD・S……ヨーコの玉だけど、
まだ様子がおかしいぜ?

D・S:
何ィ?

D・Sの肉体を蝕む呪詛は解かれた。
だが、ヨーコ玉は変わらず、その表面
をくすませたまま力なく震えている。
ヨーコ自身を苛んでいるのは、D・S
のものとは別の呪詛であるらしかった。

D・S:
くそっ、一難去ってまだ、か……。
のんびりしちゃいられねえ!
山の反対側に降りるぜ!

D・S:
待ってろよヨーコさん……呪いなんざ
すぐに解呪してやるからな!

シェラ:
……黒き龍は、肉腫で造られた贋の
龍だった――ならばこの地に、真の
龍は存在しないのか……? 強い力の
うねりは感じられるのに――

火口に残された龍の頭蓋の中に、肉腫
に取り込まれていたのか、腕に装着
すると思われる奇妙なアクセサリーが
転がっていた。

ガラ:
何だコリャ?

ネイ:
何かの増幅器のようね。拾っといて

ガラ:
えーっ? オレがあの口の中に入んの?
あ、急に腹痛が……

ネイ:
急ぐわよ! ホラ、早く!

ガラ:
へーい……トホホ、この世界にゃ手下
の忍者はいねーし、天下のニンジャ
マスターが使いっぱしりとは……
男って、ツライねえ

ネイ:
ブツブツ言わない!

ガラ:
はうっ! 骨に噛まれたぁ!










見つけにくい脇道を経た火山の中腹に、
地下へと誘う入口がひっそりと開いて
いた。

D・S:
誰かが最近足を踏み入れた形跡が
あるな……

ヴァイ:
探ってみる? はぐれた仲間がいる
かも知れないぜ

ボル:
探索するにしても、リスクは少なく
なさそうでござるな

D・S:
感じるぜ……俺の中にいる二匹の神が
呼応して吠えてやがる。そうかよ……
ここにいやがるのかよ

D・S:
以前迷い込んだ、太古の邪神を祀った
神殿と同質のものだな。と、すると、
ここにも何かいやがるってコトだ

ヴァイ:
そういや、まだイダとはぐれたまんま
だな。またこーゆートコに迷い込んで
るんじゃねーの?










麓の終端にある洞窟の中に、別の火口
が開いていた。他にこの火山から
通じている場所はなさそうであった。

ガラ:
行き止まりになっちまったな

ネイ:
他に道はなさそうだが……まさかこの
火口に飛び込むわけにもいかないしな

D・S:
いや……ここしかねえぜアーシェス

ネイ:
ダーシュ?

黒き龍を滅ぼしてから、D・Sの知能
――洞察力や、直感めいた思考力は、
急激に上昇しつつあった。これまでの
龍の解放に伴う変化に似てはいたが、
根本の部分でそれは正反対の現象で
あった。

地龍や翼龍、そして水龍のエネルギー
は、D・Sを細胞レベルで活性化させ
る共振を引き起こした。しかし、今回
はむしろ、D・Sの身体機能を阻害
する病巣が消えたことにより、本来の
能力を取り戻したと言うべき変化で
あった。

その、解放されて昂った思考力が、
D・Sにある推論を導かせた。

D・S:
おぼろげだが、龍の正体が掴めたよう
な気がするぜ……この世界の、謎もな
――

D・S:
少なくとも、この火口が暗黒僧の隠れ
てやがる本拠地への、唯一の侵入口
だってこたあ間違いねえ。ここを降りるぜ

ヴァイ:
いいー? 無茶だろ、そんな――

D・S:
今の俺に不可能はねーぜ。抑え込まれ
ていた炎の力が漲ってきやがる……
俺様は人呼んで爆炎の征服者!
たかが溶岩流の熱で阻めやしねえ!

D・S:
じゃっ!

気合い一閃、放出された魔力の帯が、
溶岩を割って火口の底を露出させる。
そこに、地底へ続くと思しき通路が
現れた。魔力が連続して放たれ、渦を
巻く溶岩を固定する不可視の障壁と
なる。

ヴァイ:
ほえー、凄え……

ネイ:
ダーシュの魔力が増してきてるわ……
これもみんな、あの娘の――ヨーコの、
ため……?

D・S:
さあ、今のうちに行くぜ! 遅れっと
閉じたマグマに燃やされちまうぞ――










ラン:
戻るより、先へ行こう!



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最終更新:2020年10月31日 21:26