大峡谷


目の前に開けた光景は、誰にも予想
し得ぬものであった。
先刻抜けてきた峡谷をスケールアップ
したような、左右を峻険な岩壁に
挟まれた大峡谷に一行はいた。そして、
その谷間を塞ぐが如く、生物とも
建造物ともつかぬ巨大な物体が眼前に
聳え立っていた。

それは、砦であった。鈍く輝く装甲は
鋼のようにも、外骨格生物の甲皮の
ようにも見える。そうした印象を
与える最大の理由は、その砦が動いて
いることだった。膨大な質量を支える
昆虫めいた巨大な脚が、地響きを立て
ながら一歩一歩城砦を移動させていく。
にわかに信じ難い眺めであった。

ヴァイ:
……マカパインが言ってた砦って、
コレのことなのかよ……

シーラ:
誰か、誰か助けて!

その自走砦に追われ、ひとりの娘が
必死に谷を走ってくる。砦の動きは
一見緩慢だったが、歩幅が大きいため
移動速度は想像以上に速く、見る間に
娘との距離を詰めていく。

ブラド:
ええい、あのようにか弱き娘御に
何と大がかりな真似を! 許せぬわ!

D・S:
まったく気に入らねー。この世の女は
全てこのD・S様のモノだ!
断りもなくその尻を追い回すたあ、
盗人猛々しーぜ! 行くぞ野郎ども!

ヴァイ:
おい! あの砦をどうしようって
……あーもう、やっぱ行くしかねえ!
武士道ってヤツを、見せてやろうじゃ
ねーかよ!

娘は駆け寄る一行に一瞬怯えた表情を
見せたが、すぐに追っ手の仲間では
ないと悟り、先頭を切るD・Sの胸に
飛び込んできた。

激しい疾走に髪はほつれ、すぐには
口も利けぬほど息を乱しながらも、
娘は隠しようのない気品を漂わせて
いた。絶世の美姫とも言うべき高貴な
容姿と、それでいて驕った風のない、
誰からも愛されるべき魅力を備えた
娘であった。

シーラ:
ああ! どなたか存じませんが、
助けて下さい! 鬼が……門が……

D・S:
落ち着け。追われた美女を助ける
ってのは超絶美形の宿命だからな。
安心していーぜ。守ってやるからよ

鬼忍将:
無駄だ

動きを止めた自走砦から、低く、
しかし鞭の鋭さを持つ声が峡谷に
響き渡った。

砦の天守閣に当たる高みに、その声の
主であろう男が姿を現していた。
大きな男である。2メートルを優に
超える背丈は言うに及ばず、首回りや
腕の太さ、分厚い胸板の逞しさまで、
肉体全てが巨漢と表現するに相応しい。
一片の贅肉もない、鍛え上げられた
身体がそこにあった。

そして、男は鬼の貌を被っていた。
口元を除いて顔を覆う、鬼の面である。
巨躯が秘める肉の圧力が、鬼面を通じ
凄まじい殺気となって放射されている。
抗う精神力がなければ、射竦められて
動けなくなるほどの鬼気であった。

次の瞬間、巨漢は宙に跳んでいた。
小山の如き砦から、遥か下方にある
地面に向かって。常人であれば墜死は
免れぬ高さであった。だが、男は
全身のバネで難なく着地の衝撃を殺し、
まるで羽毛のようにD・Sの眼前に
降り立った。

D・S:
いかにもって野郎だな。テメエが
鬼忍将か

鬼忍将:
妖縛士め……しくじったばかりか、
俺の名まで漏らしたか。所詮、褒賞に
つられてこちらについた輩、当てに
できるものではないな

鬼忍将:
しかし、斥候の役割は果たしたか。
記憶を失い無力のままと思ったが、
奴らを退けたとなれば、それなりに
闘える力を取り戻したと見える

D・S:
その口振りじゃ、やっぱりテメエが
俺様の記憶を消しやがったんだな

鬼忍将:
ククク……まだまだ状況を把握して
いないようだな。ならばそれで良い

鬼忍将:
さて、まずは娘を渡してもらおう。
我が自走砦を目の前にして怯まぬのは
大した度胸だが、これを見れば
抵抗する気も失せるだろうよ

鬼忍将が腕を振り上げた。
それを追って見上げると、いつの間に
忍び寄っていたのか、周囲の岩棚に
忍び装束に身を包んだ多数の人影が
姿を現していた。忍者軍団――暗殺と
格闘に長けた異能の戦闘集団である。
ただ、忍びたちはいずれも、どこか
非人間的な歪さを漂わせていた。

イングヴェイ:
くっ……退路も断たれたか!

ブラド:
貴様ぁ、数の脅しにこのブラドが
屈すると思ったか! 婦女子を多勢で
追い回すなど卑劣の極み、これでも
くらえい!

D・S:
待て! ブラド!

ブラド:
ぬおっ!?

次の瞬間、ブラドの巨体は宙に浮き、
D・Sたちの頭上を越えて後方に弾き
飛ばされていた。鬼忍将が構えもせず、
軽く振るったように見えた拳の一撃が、
体格において遥かに勝るブラドを
易々と宙に舞わせたのである。
尋常ならざる膂力であり、底知れぬ
鬼忍将の能力であった。

シーラ:
(いけない……このままでは、私の
ためにゆかりなき人たちまでが……)

包囲された情勢を見て、それまでは
怯えるばかりであった娘の表情が
変わった。それは、一瞬に覚悟を
決めた貌であった。

シーラ:
私を、あの男に引き渡して下さい

D・S:
何だと?

イングヴェイ:
いや、姫君。敵わぬまでも我々が、
必ず突破口を切り拓いてみせましょう。
貴女だけでもお逃げ下さい

シーラ:
いいえ。貴方たちを頼って危険な
思いをするよりは、このまま捕まった
ほうが私にとっても安全でしょうから

ヴァイ:
! アンタ何て言い草だよ!

鬼忍将:
フハハ! それが賢明だぞシーラ姫。
もちろんお前を傷つけるような真似は
しない。さあ、こちらへ来い!

D・Sの腕をすり抜ける刹那、
シーラ姫と呼ばれた娘はわずかに
振り返り、彼の瞳を見つめながら
素早く唇を動かした。
“あの男だけは引き離します。生き
延びて……私は後で救って下さい”

D・S:
おい、オマエ――

指先からこぼれ落ちる水のように、
シーラは身を翻してD・Sの腕を離れ、
鬼忍将に数歩近づいた。そして、
やにわに腕を天に掲げ、目を閉じて
何かを念じる仕草を見せた。

鬼忍将:
むうっ!? やめろ、シーラ!

シーラ:
うっ……

鬼忍将がシーラに当て身を入れた
その時、大峡谷の遥か先から雷鳴が
轟いた。瞬間、凄まじいエネルギーが
大気中を駆け抜けたかに感じられた。

鬼忍将:
同調を済ませたのが徒となったか!
ここで霊子炉が暴走しては元も子も
ない……ええい、撤退だ!

D・S:
テメエ! 逃げようってのか!

鬼忍将:
この女のせいで、貴様らを始末する
暇がなくなってしまったわ。多少は
寿命が延びたことを感謝するんだな

D・S:
逃がすかよ!

鬼忍将:
邪ッ!!

追いすがろうとしたD・Sたちを、
鬼忍将が放った裂帛の気合いが撃った。
殺気が颶風の如くに叩きつけられ、
その場の全員が弾き飛ばされる。
ほとんど物理エネルギーと化した、
凄まじいまでの“気”の放射であった。
余りにも強いエネルギーを不意に受け、
D・Sの全身に一時的な痺れが疾る。

シーラを抱えた鬼忍将は、驚異的な
体術で砦の脚部を駆け上がっていく。
同時に自走砦は後退を始め、金縛りが
解ける頃には、月夜の浜辺を走る蟹を
思わせる迅さで急速に遠ざかりつつ
あった。崖に取り付いた異形の忍軍も、
自走砦を追って撤退していく。

D・S:
く……そっ、自由がきかねえ……

ボル:
手練れでござるな……我ら全員を
“気”で居竦ませるとは……

イングヴェイ:
ぬうああああっ!

瞬間的な気勢の高まりとともに、
イングヴェイの肉体はいち早く縛鎖を
解き放った。鬼忍将の不意打ちに対し、
彼だけは一瞬早く反応できたらしく、
刹那の気構えが金縛りのかかり具合を
幾分弱めたようであった。

イングヴェイ:
思い出した! いや、わずかに
蘇ったに過ぎないが……私は、誰かに
仕えてきた。そのお方は、素晴らしい
御心の持ち主だった。まるで――

イングヴェイ:
まるで、あの姫君のように。そして
私は誓っていた。そのお方のお導きに
この身全てを捧げると――

イングヴェイ:
もしあの姫君が我が主であれば、
その誓約を果たすことこそが私の
行くべき道。D・S、私は鬼忍将を
追い、姫君を救出するつもりだ

D・S:
おーよ。一刻も早くあの砦を追え。
俺もこの痺れが取れ次第後を追うぜ。
うまくすりゃ、先にオメエと再合流
できるかも知れねえ

イングヴェイ:
かたじけない。では、さらば

その言葉が耳から消え去らぬうちに、
脱兎の如く駆け出したイングヴェイの
背は彼方に揺れ、自走砦が向かった、
わずかに湾曲する峡谷の先へと消えて
いった。瞠目するに値する、尋常
ならざる迅さの追走であった。

ヴァイ:
あいつ、無茶苦茶速いなあ……

D・S:
俺たちほどじゃねえが、まだ身体に
痺れは残ってるはずだ。万全なら、
アイツのスピードについていける奴は
いねえかもな

ヴァイ:
でもよ、あのお姫様って、結構ヤな
感じだったぜ。助けにきたってのに、
危険はイヤだから手を出すな、とか

D・S:
アホウ。判らねえガキだぜ

ヴァイ:
え? 何で?

D・S:
あのシーラって女はな、俺たちを
助けようとあんな言い方をしたんだ。
忍者どもに包囲されて逃げようも
なかったからな

ヴァイ:
あ……!

D・S:
実際、鬼忍将のヤロウひとりに
俺たちはこのザマだ……俺としちゃ、
砦が一番ヤバい相手だと思ってたが、
鬼面ゴリラめ――手強いぜ

ヴァイ:
ちっくしょおっ! 俺はバカだ!
あの人は俺たちのために犠牲に……

D・S:
バカヤロウ。犠牲になんてさせねえ。
俺はあの女、すっげー気に入ったぜ。
絶対に助け出して、近い将来実現する
俺様のハーレムの一員に――

ヴァイ:
おい、ヨーコ球が赤く光ってる……
怒ってるんじゃねえか?

D・S:
アチッ! ヨーコさん、や、ヤメて!
まだ俺動けないんだから! ハーレム
なんてウソですっ! シーラは助ける
だけだってば!

ヴァイ:
おー、青く点滅した。助けるのは
大賛成ってコトだな

ボル:
可憐な姫君でござったな。しかし、
鬼忍将めはなにゆえシーラ姫を狙う
のでござろう……むっ!? それがしの
影の亜空間に揺らぎが?

その時であった。彼らの眼前の空間
――何も存在せぬ虚空に、そこだけ
陽炎が揺らめくような、あるいは
大気に波紋が生じたかの如き変化が
起こり始めた。向こう側の風景は
歪なレンズを通して見たかに屈折し、
やがて全く異なる光景――ねじれた
異次元の眺めを映す窓となる。

サイクス:
フム……ここに出るのか

その、次元間の壁が消失した窓から、
するりとひとりの男が抜け出してきた。

あでやか、という言葉の似合う青年で
あった。ウェーブのかかった金髪に、
貴人のそれを思わせる麗しき美貌――
しかしその姿に女々しい印象はなく、
静かに輝く瞳は叡智を求める者特有の、
強靱な意志と神経質さを同居させて
いた。

ヴァイ:
わっ! 何だコイツは!?

D・S:
テメエ……次元を越えてきたな。
何モンだ? 鬼忍将の手先か!?

サイクス:
だとすれば、君たちはここで命を
絶たれているわけだ。満足に戦うには、
まだ身体に痺れが残っているだろう?

D・S:
……どうやら違うようだな

サイクス:
私はサイクス。探求し、助言する者
とでも言っておこうか

サイクス:
基本的には君たちと立場を同じく
する者だ。しかし少々厄介事を抱えて
いてね、あまり時間がない

D・S:
テメエも記憶を消されているクチか

サイクス:
君たちに比べればマシだけどね。
それと少々、越次元の真似事ができる
ものでね、限定された移動能力ながら
色々と嗅ぎ回ることもできる

サイクス:
ただ、今は本当に時間がないんだ。
これ以上の質問はなしにして、私の
話を聞いておいて欲しい。君たちに
とって少なからず有益な話だ

サイクス:
まず、シーラ姫のことだが、彼女は
鬼忍将によって霊子炉の触媒に利用
されている。奴はそのエネルギーを
使って、異次元の門を開くつもりだ

ヴァイ:
霊子炉?

サイクス:
質問はなし! かいつまめば精神
エネルギーを効率良く用いた動力機関
だと思えばいい。あの馬鹿げた砦も、
霊子力によって駆動しているようだ

サイクス:
シーラは霊媒として優れた資質を
持っている。鬼忍将はそこに目を付け、
この世界に放り出されたばかりの
彼女を拉致したのだ

サイクス:
彼女が脱走する前に、霊子炉との
調整は終わっていたようだ。奴らが
慌てて退却したのは、同調した炉を
シーラがあの場で稼働させたためだ

サイクス:
鬼忍将はあの自走砦を異次元に持ち
出すのが目的らしい。砦が所定位置に
つく前に門――“破界門”が開いては
元も子もないということさ

ヴァイ:
……何を言っているのかサッパリ。
霊子力? 破界門???

D・S:
オメエは判らなくてもいいって

D・S:
今の話は俺にもおぼろげにしか
判らねえが、シーラにでかい借りが
あるこたぁ間違いねえ。早いトコ救い
出さねえとヤバいことにもなりそうだ

D・S:
サイクス、少しだけ聞かせてくれ。
オメエは今、“この世界”と言ったな。
“ここ”は一体どこだ? どこか辺境
とか、そんな類の場所じゃねえな?

サイクス:
さすがはD・S、記憶はなくとも
気がついていたようだな。推察通り、
ここは我々が生きていた世界ではない

サイクス:
次元的にはひとつ、孤立した世界で
あるらしい。私の移動する亜空間も、
この世界以外にはアクセスできない。
我々はそこに放り出されているわけだ

D・S:
……やはりな。それと、もうひとつ。
俺たちをこの世界に連れ込み、記憶を
奪った奴の正体が知りてえ。こいつは
勘だが、鬼忍将の背後に何かいるな?

サイクス:
……恐ろしい男だな。ビンゴだよ。
正体は私にも判らないが、途轍もない
魔力を持つ者たちの存在が察知できる。
それらが我々をこの事態に陥れ……!

サイクスが鋭い視線を注いだ先に、
先刻彼が現れた時と同様の、次元の
裂け目が生じようとしていた。渦を
巻く亜空間のエネルギー流に乗って、
何か奇怪な叫び声が近づいてくるのが
聞き取れた。

サイクス:
いかん! やはり私の思考波を嗅ぎ
つけてくるのか!

ヴァイ:
何だ? 凄え殺気の塊が近づいて
きやがるぜ!

サイクス:
私の厄介事とはこれだ。越次元を
行った時から、何か獰猛な猟犬の
ような生物が常に私を追尾している。
ひとつところに長くは留まれないのだ

その時、以前次元断層から入手した
奇妙なアクセサリーが、時空の歪みに
共振したのか激しく震え始めた。
気づいたサイクスの目が見開かれる。

サイクス:
それは! それを一体どこで……
いや、それどころではない! 早く
その増幅器を私に! それさえあれば
追跡者と渡り合うことができる!

サイクスは受け取ったアクセサリーを、
両腕に手早く装着した。

サイクス:
ふふ……次元の狭間に失われたと
思っていたが。ここで決着をつける!
もう痺れは取れただろう。諸君の力も
借りるぞ!

ヴァイ:
諸君って……俺たちぃ?

ボル:
四の五の言える状況ではなさそうで
ござるな。空間が……破れる!

D・S:
ブラドは……まだ寝てやがるか

死を目前にした猟犬の、最期の咆哮が
大気を震わせる。風景が歪みそうな、
凄まじいまでの絶叫であった。

サイクス:
よし! 二度と再生できないように
次元断層に封じ込めてやる!

サイクスが装着したブースターの、
二対の羽根が肘を支点に開く。と、
そこから生じた波動がサイクスの掌を
包み、渦状の歪みを発生させる。

サイクス:
追跡する者よ、異次元の檻に還れ!

繰り出した手刀から、増幅された
歪空間が渦となって猟犬に放たれる。
猟犬の巨体は捻り上げられたように
ねじ切られ、迸る青黒い体液の一滴も
残さずに、そのまま亜空間へと続く
渦の中心に飲み込まれていった。

サイクス:
封殺完了。諸君の奮闘に感謝する

ヴァイ:
おおっ、凄え……って、いきなり
こんな化け物との戦闘に巻き込むか!?

D・S:
結構手間取っちまったぜ。これじゃ
イングヴェイには追いつきそうにねえ

サイクス:
すまないことをした。しかしこれで
私の厄介事は片付いた。これからは
私も同行して、欠けた仲間の働きを
補うとしよう

サイクス:
今の私の力では、到底この化け物と
渡り合うことなどできまい。選択肢は
ひとつ、逃げ続けることだけだ。
諸君、奴を振り切れたらまた会おう!

サイクスが手刀を振るうと、そこに
再び異次元の窓が開かれた。現れた
時と同様に、彼はそこに忽然と消えた。
この越次元を察知したのか、今にも
出現しそうに高まった追跡するものの
気配は急激に遠退いていった。

ボル:
あの御仁、とんでもないものに
追われているようでござるな

D・S:
サイクスか……面白え野郎だ

ブラド:
ぬおお――っ! この娘御はワシが
守ってみせるぞお――っ! あれっ?

鬼忍将に殴られ気絶したままだった
ブラドが唐突に目覚めた。だが、彼の
途絶えた記憶と現状とのギャップに、
呆然と辺りを見回している。

ブラド:
おい、D・S! 鬼の面を被った
奴はどうした? 砦も消えておるし、
それにあの娘は……?

D・S:
今頃目を覚まして、何言ってやがる

気を失っていた間の出来事を手短に
話すと、ブラドは突如鼻息を荒くして
いきり立った。

ブラド:
ぬうーっ、情けないわ! 大の男が
雁首揃えて、助けを求めてきた娘を
みすみす敵の手に渡してしまうとは!
なんたる失態! 騎士道不覚悟じゃい

D・S:
ケッ! 偉そーに。テメエだって
一発でのされちまったじゃねーか

ブラド:
そ、それは……いや、全く記憶に
ないわい! ええい、とにかくワシは
一人であの娘を救い出してみせるわ!
真の騎士道を貴様らに身を以て示す!

D・S:
勝手にしやがれ! おっ死んでも
知らねーぞ

D・S:
ようし、俺たちも自走砦を追うぜ

サイクス:
急いだほうがいい。関門らしき
建造物が峡谷の途中にあった。恐らく
そこを閉鎖してくるぞ

D・S:
ようし、痺れは完全に消えたぜ。
俺たちも自走砦を追うぞ! 急げば
イングヴェイの奴に追いつけるかも
知れねえ










峡谷は緩やかに曲がりくねっており、
遠方を見通すことはできなかった。
巨大質量を持つ自走砦の移動音は、
まだ足下から微かに伝わってくる
ものの、その姿と先行して追撃する
イングヴェイは視界に捉えられない。
と、谷間のそこここに数人の忍者の
屍が転がっているのが見えた。

ヴァイ:
俺たちを囲んでいた忍者どもだぜ。
どいつもバッサリと斬られてらあ

D・S:
イングヴェイだな。足も止めずに
斬り捨てながら駆け抜けたってトコか
……鬼忍将の野郎、やっぱり俺たちの
足止めに忍者を残してやがった

ヴァイ:
! 見ろよD・S! この忍者ども、
人間じゃねえぞ!

胴を真っ二つに両断された屍を見て、
D・Sは先刻感じた忍者たちの歪さの
正体を知った。全身を包む忍び装束の
下に隠されていたのは、人類の敵対
種族である邪悪な亜人種ゴブリンの
醜悪な肉体であり、他の屍も例外なく、
人間はただの一人も存在しなかった。

ヴァイ:
デミ・ヒューマンの忍者なんて、
聞いたこともない……ような気がする。
記憶が消されてるせいかな?

D・S:
いや、そもそも亜人種どもがツラい
忍者の鍛錬なんて行うワケがねえ。
と、なるとコイツらは魔力で一時的な
強化を受けたか、肉体改造されたかだ

ボル:
人材が不足しているのでござるかな

ヴァイ:
おっ! どうやら俺たちにも相手が
残ってるみたいだぜ

D・S:
悪鬼の類に遠慮の必要はねえな……
ククク、足止めの役にも立たねえよう、
薙ぎ払ってくれるぜ










ヴァイ:
いた! イングヴェイだぜ!

イングヴェイは数人の忍者を相手に、
目にも止まらぬ太刀捌きで渡り合って
いた。亜人種の忍者は攻撃を弾かれた
瞬間に返す刀で斬り倒され、その数を
見る間に減らしていく。しかし、彼も
これまでに襲ってきた忍者との連戦で
息が上がってきているようだった。

D・Sたちが駆け寄った時、最後の
忍者が血潮を噴き上げて絶命した。

D・S:
どうにか追いついたぜ

イングヴェイ:
ハア、ハア……D・Sか。すまぬ。
敵の数が多すぎて、あの砦に離されて
しまったようだ

D・S:
忍者はもう残っちゃいねえようだな。
よし、もうひとっ走り追うぜ










前方から、ズ、ズ、ズと巨大な何かが
地を擦る音と、続いて扉が閉ざされ、
かんぬきのかかる重い音が谷間に響き
渡った。

ヴァイ:
何だ? 今の音は?

サイクス:
どうやら関門が閉ざされたらしいな

D・S:
ケッ。そんなモン、俺がブチ砕いて
やるぜ

サイクス:
……ちょっと無理かも知れんぞ










峡谷の上空に、奇怪な物体があった。
それは左右の断崖から延びたケーブル
群によって宙に固定され、空を渡る
強風を五枚の羽根で受けている。この
巨大な風車が三基、谷間に回転音を
響かせていた。

ヴァイ:
何だぁ、あれ? 風車?

D・S:
今は構ってるヒマはねえ! 急ぐぜ!










それは、あまりにも巨大であった。
左右に聳え立つ岩壁と同じ規模の、
大峡谷の終点を塞ぐ関門――その扉は
すでに閉ざされ、内側に退避した砦と
D・Sたちの間を堅固に分断している。
人の力では破壊できぬ、難攻不落の
関所がそこにあった。

ヴァイ:
うわあ……何てモン造りやがる

D・S:
こりゃ確かにブチ砕くってワケにゃ
いかねーか。サイクス、オメエ亜空間
移動して内側に入り込めねえのか?

サイクス:
それがだな……猟犬を封印した際の
次元断層が亜空間に歪みを発生させて、
どうも私の越次元能力に過干渉して
いるらしい

サイクス:
ブースターの増幅が効き過ぎたのか、
歪みは一向に収まる気配がない。
有り体に言って、やり過ぎたという
わけだな。ハハハッ

D・S:
……役立たずになりましたと素直に
言わねーか

D・S:
さっきのはコイツが閉まる音か。
鬼忍将め、念入りに追跡を邪魔して
きやがる

ボル:
それだけシーラ姫の奪還を恐れて
いるのでござろうな

イングヴェイ:
自走砦に追いつきたかったところだが
……ひとまず関門を開く手段を探って
みよう

D・S:
ふん……イングヴェイが見当たら
ねえってコトは、関門が閉まる前に
潜り込んだみてえだな

D・S:
まずはあの扉を調べてみるか。
簡単に開くとは思えねえが、な










近づくと、関門は巨大でありながら、
蟻一匹這い出せぬほどに密閉されて
いることが判った。尋常ならざる
厚さの扉は数百万トンのエネルギーの
直撃にも耐えうる堅牢さで、現状の
D・Sが操る破壊呪文では穴を穿つ
ことさえできそうになかった。

登ることはできぬか――と、視線が
上に泳いだその時であった。

ザック:
お前らか。女ひとりをしつっこく
追いかけてくるっていう山賊野郎は

地面から数メートルの高さにある扉の
足場から、十代とも見える若い男が
一行を見下ろしていた。

着込んだ防具は鎧よりプロテクターと
呼んだほうが相応しい軽装のもので、
これといった武器も佩いてはいない。
だが、齢に似合わず鍛え上げられた
肉体と、そこから立ち上る炎の如き
闘気は隠しようもない。恐らく格闘を
得手とする戦士であり、気配から
察するに相当の手練れだと思われた。

ザック:
鬼忍将とやらの言う通りだったぜ。
お前らみたいな恥知らずはこのザック
様が退治してやる。特にそこの小僧、
若いくせに何てえ破廉恥ぶりだい

ザック:
お前みたいに若い頃から性根が
曲がった野郎はきっと将来取り返しが
つかない悪党になる。今のうちに俺の
拳で矯正してやるからな

さんざんまくし立てられて、ヴァイは
ようやく青年の目が自分に向いている
ことに気づいた。

ヴァイ:
破廉恥な小僧って俺!? この野郎、
テメエだって俺と同じくらいの年格好
じゃねえか! 俺が小僧ならテメエは
目張り坊主だ! 降りてきやがれ!

ザック:
目張りィ? これは目鼻立ちが
はっきりしてるって言うんだ、バカ!
思った通りねじくれてやがるな。よし、
その口が悪いのも直してやらあ!

言うなり、ザックと名乗る青年は
軽やかに飛び降りてきた。

ヴァイ:
いや、口が悪いって言やあこのD・S
にはかなわなえぜ

ザック:
ほう、その男がD・Sか。山賊の
親玉だって聞いたけど、いかにも
悪そうな面構えだぜ。お前みたいな
小僧が悪影響を受けるのもうなずける

D・S:
……ピィピィやかましいヒヨコども
だぜ。今朝まで寝小便垂れてたような
テメエらに、何で口だの面構えだのが
悪いと言われにゃならん?

D・S:
とにかくヴァイ、テメエは黙ってろ。
テメエが口を利くと話が逸れちまって
いけねえ。それと、ザックだっけか?
そこの頭が悪そうなガキ

D・S:
俺たちを山賊呼ばわりしてやがるが、
どこをどう見たって鬼忍将のほうが
賊だろうが。騙されるのも才能だが、
テメエほどバカだと救われねーぞ

ザック:
うぐぐ……確かに口の悪さも親玉級
だぜ……だが、これではっきりしたぜ!
D・Sって奴に関して鬼忍将が言った
コトに偽りはない! 成敗してやる!

ヴァイ:
ほーら、アンタが口を挟んだほうが
余計面倒になるじゃんか

ザック:
くそっ……多勢に無勢とはいえ、
山賊風情に俺が遅れを取るなんて……

ヴァイ:
だから違うって言ってるだろーが

ザック:
だがな、たとえ命を落とすことに
なろうと、俺は絶対にここをどかない
からな。まだやろうってんなら、
今度は殺すつもりでこい!

ヴァイ:
ええー? まだ元気なの?

ザック:
やるってんだな。よーし、もう俺も
油断しないからな!

D・S:
なあ、ザックよ。ところでオメエは
この扉を開けることができるのか?

ザック:
いーや。この“鬼哭関”の開閉は
自走砦からの遠隔操作だ

ヴァイ:
それじゃあお前をどかしたって無駄
ってコトじゃねえか。どのみちこっち
からは開けられねえんだろ?

ザック:
えっ? あ、まあ、そういうことに
なるか。でも、俺が門を守っている
以上、扉を開く必要もないだろ?

D・S:
……コイツもマカパインたちと同様、
鬼忍将に乗せられてかませ犬をやら
されてるワケか。こうも単細胞じゃあ、
騙されるのも無理はねえか

ザック:
何だとー! 誰が単細胞だー!

ヴァイ:
お前じゃ

QUESTION:
ザックと2回戦めをやるか?
叩きのめしてやるぜ
やっても無駄だ

ザック:
畜生っ! また負けちまった!

ヴァイ:
……なあD・S、コイツと戦っても
ラチがあかないんじゃないか? まあ、
鈍った勘を取り戻すにはいい模擬戦に
なるけどさ

D・S:
そうなんだよな。ここで時間を
つぶしてていいわきゃねーし

ザック:
やいやいっ! 殺す気でこいって
言っただろ! もう俺はテコでも
どかない。どかないからなっ!

ヴァイ:
あーあ、意地になっちゃったよ。
ガキだねー

ザック:
お前に言われたかねーや!

QUESTION:
ザックと3回戦めに突入するか?
練習台にしちまえ
時間の無駄だ

D・S:
ま、さっき鬼忍将の奴にいいように
あしらわれたしな。もう少し戦闘の
勘を戻しとくのも悪くねえ。俗に言う
稼ぎってヤツだな

ヴァイ:
稼ぎね。ふんふん

ボル:
しかしでござるな、あのザック、
戦う度に意固地になっているようで
ござるよ

ザック:
何だよ、まだやろうってのか?
しつっこい奴らだぜ。絶対にテコでも
どかないっつってんだろ!

ザック:
いい加減にしろよ! 何度も何度も
ヘビの生殺しみたいに負かしやがって!
さあ殺せ! 死んだって俺はどかねえ
かんな! へへーんだ!

ヴァイ:
ちょっとやり過ぎたんじゃねーか?

D・S:
うーん、そうだな。シーラも早いトコ
助けてやらなきゃならねーし。
他をあたるとするか。それじゃーな、
ザック。いい練習になったぜ

ザック:
バカにしやがってえ、チクショー!

D・S:
他をあたってみよう。どこかに道が
あるかも知れねえ

ザック:
おい! 逃げるのかよ

D・S:
この鬼哭関とやらが開かないことは
ハッキリしてんだ。これ以上テメエに
かかずらってるヒマはねーんだよ

ザック:
じゃ、俺の勝ちだな! へへーん、
ザック様が山賊野郎を撃破ぁ!

D・S:
はいはい、オメエの勝ちでいーや。
ずっとそこで門番でもしてやがれ

D・S:
別ルートを探すしかねえようだな。
この鬼哭関とやらは二度と開かねえ
だろうよ

ザック:
何だよ、白黒つけないのか

D・S:
そもそもテメエは一度負けただろが

D・S:
それとな、ザック。先に関わりを
持った鬼忍将に義理立てするのも
いいが、シーラを無理矢理さらった
のは奴のほうだぜ

ザック:
……ウソだ。汚いぞ、そんな口先で
俺を動揺させようなんて!

D・S:
信じる信じないはテメエの勝手だ。
開かない扉の番を続けるってんなら
好きにするさ。俺たちは他をあたるぜ

考え込むザックを残し、一行は鬼哭関
を後にした。

鬼哭関では、相変わらずザックが門番
を務めていた。

ザック:
また来たのか? 俺はどかないよ。
それともまだ闘うのか?

D・S:
そんなつもりはねえよ。邪魔したな

ヴァイ:
この峡谷に来てもしょうがねえんじゃ
ねえのか?

D・S:
そうだな。戻るか――










ヴァイ:
なあD・S、あそこの崖の下んトコ、
洞窟の入口みたいに見えねえか

鬼哭関の前庭部として、円形に広がる
大峡谷の終点を調べ始めた一行は、
周りを囲むように聳える垂直の崖の
一画に、洞窟と思しき入口を発見した。










不明
おい! 早く関を調べようぜ!



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最終更新:2020年10月31日 21:07