自走砦
空間転送による五感の揺れが収まると、
そこはすでに自走砦内部に巡らされた
通路であることが判った。内壁や床は
甲虫の外骨格のような材質で構築され、
そこに機械的な部品が融合している。
D・S:
ずいぶんと有機的だな。この自走砦
ってのは生体兵器の一種か。霊子炉を
自前で備えてるってことは、原子力を
越える超破壊兵器も内蔵してやがんな
D・S:
……鬼忍将の奴、いや、アイツの裏に
いるヤロウは、破界門を開いてこれを
異次元に運び出そうとしてやがるって
のか――
サイクス:
そこは我々の元いた世界であるかも
知れないのだが……こんな物騒な砦を
持ち出させるわけにはいかんな
イングヴェイ:
破界門が開ききれば、シーラ姫の命に
かかわる。姫が私の探す主であるなら
このイングヴェイ、命に代えても
お守りせねばならん!
その一帯には、砦を警護する守護者の
屍が散乱していた。いずれも、なまな
かな腕前でそうは斬れぬ、鮮やかな
切断面を晒している。見覚えのある
剣の冴えであった。
刃を手に、息を整えてこちらを振り
向く人影があった。長い髪が、薄暗い
照明の下でふわりと広がる。
D・S:
――イングヴェイか?
イングヴェイ:
その声は――D・S! 無事に
ここまで辿り着かれたか
D・S:
オメエもうまく自走砦に入り込んで
いたようだな。こっちは遅れたお陰で
ずいぶんと苦労させられたぜ
イングヴェイ:
うむ……だが、こちらも手詰まりに
なってしまった。通路の隔壁が幾つか
閉ざされたままで、私にはそれ以上
探索しようがない
D・S:
そこの隔壁もか。おーし、まかせろ。
この砦の中のエネルギーの流れは、
ある程度まで俺の制御下にある。隔壁
のロックを外すぐらい造作もねえ
D・Sの念に呼応し、外部の水晶群が
力のバランスを変えてエネルギー流を
操作する。隔壁を固定していた電子錠
は瞬時に無力化された。
その区画は、強烈なエネルギーの収斂
で生じる重苦しい気圧と、ブンブンと
短く周波数を上下させる唸りとに支配
されていた。
この繭のような物体こそが、霊子炉と
呼ばれるエネルギー出力装置であった。
自走砦の中核とも言える機関であり、
カルデラ上空を覆うほどに巨大な次元
の穴を穿つだけの膨大なエネルギーを
搾り出し続けている。
そして、その触媒となっているのが、
半ば繭に埋め込まれるように囚われた
シーラであった。本来、魂の秘めた
根元的な力である霊子エネルギーを、
霊媒として優れた資質を持つシーラを
核として集め、増幅するのがこの動力
システムの原理であった。
D・S:
くそっ、ひでえ真似しやがって。
破界門を開くために効率を重視して
やがる。これじゃ使い捨てだぜ!
D・S:
おい、俺が霊子炉の運転機能を低下
させる。そのうちに早いとこシーラを
引き剥がせ! ぐずぐずしてると
手遅れになっちまうぜ
D・Sが臨界運転を続ける霊子炉に
エネルギー干渉し、出力を下げようと
したその時――。
この動力炉の見張りであるらしき、
巨大な影が繭の内側から滑り出して
きた。
D・S:
シーラ! シーラ、無事か!?
霊子炉から解放されたシーラは、その
魂の全てを吸い尽くされたかの如くに
何の反応も見せなかった。だが、
転がり出たヨーコ球がその胸元に触れ、
数秒明滅するうちに、シーラの瞳に
少しずつ生気が蘇ってきた。
シーラ:
誰……ティア? ティア・ノート・
ヨーコなのですか……?
霊子炉の触媒として狂わされた魂の
波長が、ヨーコ球との同調で自らの
リズムを取り戻し始めていた。
幸い肉体に傷はなく、素肌にへばり
つく有機質の粘膜を取り除くうち、
シーラの体力は歩ける程度には回復
した様子だった。
同時に、シーラは失った記憶の一部を
取り戻していた。自分がかつてD・S
と短い冒険の旅をし、そしてその身を
狙う邪悪な力から守られたことを――。
それらは断片的であったが、D・Sに
とってもシーラとの関わりを思い出す
充分な手助けとなった。
シーラ:
……本当に助けにきて頂けるなんて、
D・S、あなたはやはり……うっ
D・S:
無理するんじゃねー。もうちょっと
遅れてたらヤバかったんだぜ。霊質を
全部吸い出されて、破界門の生け贄に
なってたトコだ
イングヴェイ:
シーラ姫……貴女は私の思い描いた
通り、慈愛に満ちた素晴らしい女性で
あるようだ。だが……
イングヴェイ:
蘇った記憶をお聞かせ頂いた限り、
残念なことに貴女は、我が剣を捧げた
主ではないようだ
イングヴェイ:
しかし、もし私に誓いを立てた主が
未だなくば、必ずシーラ姫、貴女に
この剣を捧げていたでしょう
シーラ:
私などに過分な……ありがとう、
イングヴェイ。この上なく光栄に
思いますわ
ヴァイ:
俺も俺も……ってイテテ! 耳が、
耳がチギレるって!
D・S:
俺様の従者が図に乗るんじゃねえ。
そもそもテメエはシーラのこと悪く
言ってやがったじゃねーか
ヴァイ:
あっ、それナイショだって! ……
ゴメンな、俺あん時誤解してて――
シーラ:
いいのです。私のほうこそ、鬼忍将を
油断させるためとはいえ、あのような
態度をとってしまって……
D・S:
残るはその鬼忍将か。どこに隠れて
いやがるんだか
イングヴェイ:
もう一カ所、封鎖されている隔壁が
あったな
D・S:
主動力の霊子炉が停止した今、この
砦で俺の自由にならねえ隔壁はねえ。
よーし、ケリつけに向かうぜ!
シーラ:
D・S……実は私、他にも思い出した
ことがあるのです
D・S:
? 何だ?
シーラ:
鬼忍将のことです。雰囲気こそ違い
ますが、私の記憶の中にはあなたと
ともに戦ってくれた、良く似た人物の
姿があるのです
シーラ:
大きな体で、右目の横に傷のある、
無骨だけど優しかった忍者が……でも、
どうしても名前が思い出せない。そこ
だけ記憶が削り取られたように――
シーラ:
それから霊子炉で私を見張っていた、
蟲のような影がいましたね。囚われて
いる間、あの影は時折、何かを囁いて
いるようでした
シーラ:
別の場所にいる、鬼忍将に向かって
……
D・S:
あの、逃げやがった影か。ただの
見張りとも思えねえ、とらえどころの
ねえ妙な気配を発してやがったが……
D・S:
それと、鬼忍将か――。ええい、
考えても仕方がねえ! 目の前でツラ
突き合わせりゃ、忘れちまった記憶も
思い出せるだろ
D・S:
奴はたぶん、俺を待ち構えてるハズ
だぜ。霊子炉が止まった今、破界門を
開くためには俺の制御する六水晶の
エネルギーを奪うしかねえからな
最終更新:2020年10月31日 21:12