風哭きの谷間


そこは、深い谷間の中腹だった。
険しい山肌を削り取るかに、乾いた
風が激しく駆け抜けていく。その風に
乗って、強いイオン臭が漂っていた。
大気は張りつめたように震え、肌に
ピリピリとした感覚が疾る。

D・S:
別の峡谷に出ちまったようだな

ヴァイ:
(パチッ)痛てッ! 何だかやけに
静電気が溜まりやすくなってるな

サイクス:
大気中の電荷が異常だな。これは
破界門とは関係ないようだが――










峡谷を挟んで、崖にへばりつくように
ふたつの塔が建てられていた。塔は
谷に渡されたケーブルによって繋がれ、
風がそれをか細い弦の如くに揺らして
いる。

こちら側の塔には、大峡谷にあった
ものと同じ、数基の巨大風車から幾本
ものケーブルが伸びている。

風力を束ねて巨大な電力へと変換する
大規模発電施設――それがこの奇怪な
塔の正体であった。風はなおも強く、
塔の勢力を増大させてゆく。

対岸の塔は、時折微細な稲妻をその
巨大な外面に疾らせている。恐らく
凄まじいまでの電荷の網が張り巡ら
されているのだろう。

送電線を通じて受け取る膨大な電力が、
その塔を何者の侵入をも拒む電撃の
要塞に仕立て上げていた。紫の放電が
周囲の大地を灼き、大気を焦がす。

D・S:
さっきからの静電気やイオン臭は
コイツのせいか。凄まじい高電圧が
溜め込まれてやがる。大峡谷の風車も、
こっちの塔に電気を送ってやがったな

ヴァイ:
風で電気が起きるの? ああ、風が
吹くと桶屋が儲かるってヤツか

D・S:
どこのことわざだソレは。テメエは
風力発電も……知らねえんだろーな

イングヴェイ:
自走砦と同じ印象の建物だな。と、
すれば敵地であることに疑いあるまい

サイクス:
自走砦と設計のコンセプトが同じだ。
間違いなく鬼忍将の勢力下だろうな

D・S:
まずはこちら側の塔に行ってみるか










ヴァイ:
! 誰かいるぜ!

塔の入口に、男がひとりこちらに背を
向けて立っていた。扉に何か細工を
しているらしく、ヴァイの声が耳に
届いているはずだが振り返ろうとも
しない。

D・S:
さっきのザックみたいに門番を
やらされてるって様子じゃねえな

ヴァイ:
よう、そこのアンタ!

ロス:
あっ! ……あーあ、もうチョット
だったのに……ええい、うざいッ!
アンタらね、こっちがあえて無視して
んだから、放っときなさいよッ!

急な剣幕で振り返ったのは、張った
顎骨が特徴的な青年だった。整った
顔立ちではあるが、美男子と呼ぶには
少々アクが強い。怒った表情の中にも
垣間見える飄々とした雰囲気が、男に
年齢不詳の不思議な印象を与えている。

ヴァイ:
何だよ……何か悪いコトしたか?

ロス:
鍵開けってのはね、細心の注意力と
精緻な指先の感覚で成り立ってんのよ!
アンタのバカでかい声はそのドッチも
パーにしたの!

ロス:
まったく……あとホンのちょっとで
この強情な鍵が音を上げるトコだった
のに。またイチからやり直しだわよ

ヴァイ:
あ……鍵を開けてたの……

D・S:
ところでオメエは何モンだ? この
塔に入り込んでどうしようってんだ?

ロス:
あら……まさかアナタ、風神塔の
管理のヒト?

D・S:
いーや。この塔を守る奴がいるなら、
その敵になるんだろうな

ロス:
あ! あーあ! アナタがD・Sね。
そこらをうろつく鬼忍将の手下どもが
ウワサしてるわよー。アタシはロス。
よろしくー!

ロスと名乗る剣士は、自分もやはり
記憶のほとんどを失っていると語り、
さしあたってこの谷を中心に探索を
行っているのだと告げた。

ロス:
……探してるモノがあるってのは
うっすら覚えてるのよねー。それで、
亜人種どもから聞き出した話によると、
この谷の塔に秘密があるらしいワケよ

ロス:
連中も下っ端だからロクな情報を
持ってないんだけど、最重要警備地点
なんだって。ってコトは、アタシの
探すモノがあるかも知れないでしょ

ロス:
ま、どっちにせよ、まだしばらくは
解錠に時間がかかりそうよ。アナタも
この塔を調べるつもりなら、先に他を
回ってきたらどう?

D・S:
……そうだな。俺も開門の呪文を
ド忘れしちまってるようだし

ロス:
人がいると精神集中できないからね。
あ、ところで言っとくけど、アタシは
オカマじゃないわよ。この言葉づかい、
みやびな感じなのよ。ワカる?

ヴァイ:
……ワカらん

固く閉ざされていた入口は開放され、
すでに内部へ侵入したのか、ロスの
姿もそこにはなかった。

D・S:
せっかちなヤロウだ。俺たちも
行くぜ!










ロス:
今話しかけないでよ! ここまでの
作業がまた台無しになっちゃうんだ
から! 気が散るからどっか行ってて
ちょうだい! いーわね?



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最終更新:2020年10月31日 21:09