地龍の寝所


そこは自然が造形した、地中に広がる
洞窟であった。雷神塔の地下部分は、
この天然の洞穴に連結すべく、後から
掘削されたものらしかった。

D・S:
この洞窟にも巨大な電界が敷かれて
やがる。風力発電のほとんどがここに
費やされてるな。莫大なエネルギーも
封じ込められるぜ、こりゃあ










D・S:
こんなトコに玄室があったのか……
むっ!? 何かきやがる!

電荷が急激に高まりつつあった。直後
にプラズマ球が発生して玄室内を飛び
交い、青白い稲妻が激しく交錯する。
スパークは床の中央で、人の輪郭を
描いているように見えた。そこに、
凄まじい擦過音と爆発にも似た閃光が
生じる。

焦げた臭いが鼻腔を衝いた。膨大な
光量に眩んだ視力が戻るにつれ、漂う
薄煙の向こうに、蹲る巨大な裸身が
浮かび上がってきた。筋骨逞しい男の
肉体から、湯気とも蒸気ともつかぬ
気体が立ち上っている。

貌を上げた巨漢の双眸が、一瞬赤く
輝いたように見えた。

呆気に取られた一同を尻目に、巨漢は
同じく周囲に実体化した衣服を悠然と
身につけた。そしてこちらに向き直る
と、無表情のまま歯だけを剥き出して
にっと笑った。

ヴァイ:
ア、ア……

ヨルグ:
アンガス!?

アンガス:
……(にいっ)

D・S:
そーいや、こんなヤツいたっけ。
ちょっと覚えてっぞ。でもなあ……
何か大事なコトを忘れてるような気が
すんだけどなあ。アンガス……?

ヴァイ:
アンガスぅ……俺のこと覚えてるか?
ヨルグのこととかもさ?

ヴァイ:
オマエ、相変わらず無口だなぁ……

D・S:
いきなり実体化しやがったが……
オメエ、どこから来たんだ?

アンガス:
……

D・S:
コイツだきゃあ、記憶があろうと
なかろうと関係ねえな、ったく……










空気に、濃密な妖気が漂い始めた。
流入する電気の力によって増幅された
その気配は、ほとんど物理的な圧力と
なって肌を刺してくる。










魔法陣の中の石に突き立てられる形で、
一本の刀が地面に打ち込まれていた。
霧を吹いたように濡れた刀身は、見る
者を虜にするほどに美しく輝き映える。
名のある刀であることは疑いようも
なかったが、その美しさは同時に滅び
をも想起させる妖艶さに満ちている。
即ち、剣士を魅せる妖刀の美であった。

D・S:
コイツが封印になってるのか――。
確かに凄まじいエネルギーが漏出して
きやがる。妖気もハンパじゃねえ。
生身で触れたら魂を抜かれるぜ

D・S:
おい、ジン! 早くヨーコさんから
離れて、この刀を何とかしやがれ!

と、ヨーコ球からエクトプラズム状の
霊が抜け出し、再びジンの姿を取った。

ジン:
“……ああ、いい気持ちだ。こんなに
安らかな心持ちになれたのは亡霊に
なって以来のことだ。ヨーコ殿の
御霊の、何と慈愛深きこと……”

D・S:
(ぎり、ぎり)

ヴァイ:
おいおい、余計なコト言うなって!
D・Sのヤツ、歯が砕けそーなくらい
ぎり、ぎりとかやってんじゃねーか!

ジン:
“あ? ……ああ、すまん。悪気は
なかったんだ。ただ、許されるなら
もう少しああしていたかっただけで
……”

D・S:
許すかタコッ! ユーレイのくせに
色気づきやがって! 刀んトコまで
連れてきてやったんだから、とっとと
この妖気をどーにかしろっ!

ジン:
“うむ。思った通り、オレが離された
せいで刀の妖気が暴走しているな。
だが、オレが宿り直せば大丈夫だろう。
アンタにも刀を引き抜けるはずだ”

ジン:
“ただ、一度刀に戻ってしまえば、
増大した妖気を抑えるためにオレは
しばらく霊体として姿を現すことが
できなくなる――”

D・S:
全っ然構いません! 大体テメエは
ヨーコさんに取り憑いたっきりウンと
もスンとも言わなくなったじゃねーか

ジン:
“いや、居心地が良くて……いやいや、
そうではなくてD・S、アンタに
頼んでおかなくてはならないんだ。
オレの、友のことを――”

D・S:
――何だよ

ジン:
“この刀の持ち主も、きっとどこかに
無事でいるはずだ。刀を抜いたなら
この場から持ち去り、その男に届けて
やって欲しいんだ。”

ジン:
“アンタを男と見込んで、頼む!”

D・S:
……まあ、オメエがいなけりゃこの
刀も抜けねえんだから、持っていく
ぐらいはしてやるけどよ。その野郎を
探して回るワケにゃいかねえぜ

ジン:
“構わない。刀と所有者は必ず惹き
合うはずだ。巡り遭うのは、そう遠い
ことじゃないだろう”

ジン:
“では、いくぞ――”

ジンが刀に近づくと、妖気がにわかに
増大し、烈風の如くに叩きつけてきた。
それは、混沌の妖気を好む低俗霊たち
が、刀の守護霊の帰還に抵抗する騒霊
現象だった。活性化した邪気の刃が
霊体をも傷つけ、ジンの輪郭はぶれた
ように削り取られていく。

ジン:
“ぬあああっ――”

満身創痍になりながら、ジンは朧に
霞む両手で刀の柄を掴んだ。瞬間、
妖気は爆発的に膨れ上がり、そして
消失した。その時D・Sの目に映った
のは、限りなく透明になったジンが
微かな笑みを浮かべて刀に吸い込まれ
ていく姿であった。

静寂が支配する中、D・Sは刀の柄に
手をかけ、無造作にそれを引き上げる。
氷上を滑るが如く、刀身は何の抵抗も
なく石から引き抜かれた。

妖刀は刃こぼれひとつなく、冷たい
光を放っていた。

D・S:
……? この刀の刃紋、見覚えがある
――確かムラサメ……ムラサメ・
ブレードか……?

ロス:
ねえねえ、D・S! 封印が解けた
のかどうか知らないけど、正面の扉が
開くようになったみたいよ










ヴァイ:
何でえ、何もねえじゃんか

D・S:
アホウ。覚悟を決めて下を覗いてみな

ヴァイ:
え? ……おうわっ!!

シェラ:
ああ……これが私に呼びかけてきた
龍なのか……

深く落ち込んだ亀裂の底に、巨大な
龍が横臥していた。長い胴を幾重にも
くねらせたその姿は、大地の力を
統べる龍神に相応しい威風を漂わせて
いる。

伏した龍は微かに身じろぎし、その
首をわずかにもたげた。地龍の目が
D・Sを視認し、鈍く輝く。その時、
彼の脳裏に直接響く声がした。

D・S:
これは……モノリスから響いてきや
がった声と一緒か……?

地龍:
“力を奪われし者、D・Sよ。よくぞ
我を縛るくびきを解いた。これより
螺の道が開かれる。汝の力の根源と
なる、生命の龍が昇る道が――”

始め、それは穏やかな陽光を思わせた。
だが、ムラサメと電界の封印により
滞留していたエネルギーは、急激に
本来の怒濤の如き勢いを取り戻しつつ
あった。龍から放射される力の波動は
ぎらつく夏の日差し、そして燃え盛る
溶鉱炉の熱へと膨れ上がっていく。

地龍の姿は内から溢れるエネルギーに
よって目映く輝き、全身の鱗ひとつ
ひとつが別の生き物であるかのように
蠢き始める。

D・S:
せき止められてた力が奔出しかけて
やがるのか! くそっ、これじゃ暴走
しちまうぞ!

D・S:
やい、地龍! テメエ、ただの龍の
眷属じゃねえな? むしろエネルギー
体に近い存在だ!

D・S:
テメエは何だ!?
封じ込めたヤツの正体は!?
答えろ!

地龍:
“我は唯一の力なり。敵は力を欲する
古き虚ろなものたちなり――”

龍の波動が影響を及ぼしたのか、洞窟
全体が激しく震動し始めた。

ヴァイ:
おい、D・S! この洞窟持ちそうに
ねえぞ! 龍と見つめ合って、
何やってやがんだよ!

地龍:
“我は間もなく螺の道に昇る。
道は谷に沿って進み、汝の行く手を
阻む関をも砕くであろう。我が道を
避けよ。急ぎ離れよ――”

それを最後に、地龍の声は途絶えた。
龍の双眸は爛々と輝きを増し、その
喉からは言葉ではない、天地を震わす
咆哮が轟き渡る。

D・S:
エネルギーが増大し過ぎて理性まで
飛びやがったか! こいつは、早く
逃げねえとアブねえ!

ヴァイ:
にににに逃げるったってドコへ!?

ヨルグ:
奥に転送機らしきものが見える!
どこに出るかは知らんが、一刻も早く
あそこへ!










ロス:
そっちじゃないわよ! 早く逃げ出さ
ないとヤバいってば!



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最終更新:2020年10月31日 21:10