巨獣体内


D・S:
う……?

目覚めると、そこは巨大な洞窟の中で
あった。否、その壁や床を構成する
のは体温を持つ生物の細胞であり、
大気の代わりに空間を満たしている
のはエーテル――そこは紛れもなく、
エーテルの海を潜航しつつある巨獣の
体内であった。

そこから奥は、巨獣の胃液らしきもの
が溜まっていて進むことができない。
恐らくここは食道にあたる場所だと
思われた。

D・S:
どーだ! 俺様の魔法障壁のお陰で
全員無事だろーが!

ヴァイ:
何言ってやがる! 行き当たり
ばったりで物事を進めんなよな!

シェラ:
しかしD・S、あの時本当に結界を
張ったのか? その前に我々は
飲み込まれ、意識を失ったように
思うのだが――

D・S:
……そうだっけかな。じゃ、アレだ!
この天才超絶美形ゆえに、無意識の
うちに結界を造り出した! ってので
どーだ?

ヴァイ:
どーだじゃないでしょーが

シェラ:
いや……私が言いたいのは、巨獣は
我々を餌として飲み込んだのではなく、
何らかの意志を持ってこの体内に吸入
したのではないか、ということだ

ヨルグ:
どういうことだ?

シェラ:
つまり……巨獣は我々――D・Sを、
運ぼうとしていると思うのだ。確証は
ないが、こうして助かったのが私には
偶然とは思えん

D・S:
ふーむ……こんなデカブツに好かれる
覚えはねえけどなあ

ヴァイ:
でも、バ・ソリーは喰われちまったん
だろうな……溶けちゃったのかな

シーラ:
お気の毒に……

D・S:
いずれにしても、口から外に出れなきゃ
しょうがねえ。この食道を戻ってみる
とするか――










ヴァイ:
さすがにここには敵はいないみたい
だぜ。少しは羽根が伸ばせるな

D・S:
……そうもいかねえようだ。ひとり、
俺たちを追ってきてる

シェラ:
ひとり?

その言葉に反応するように、前方の
暗がりから影が滲み出す。その影から
静かに、ひとりの武人が実体化した。

ボル:
――さすがはD・S殿。それがしの
操影術も、まるで用をなさぬか……

ヴァイ:
ボルか!?

至高王への忠誠がため、一行を離れた
魔戦将軍ボル・ギル・ボルがそこに
いた。影から繋いだ亜空間を伝い、
雪原からD・Sたちを追跡してきた
らしい。その表情には苦悩が濃く
翳りを落とし、以前よりも幾つか
老け込んで見える。

シェラ:
ボル! 貴公……

ボル:
言うな、シェラ

ボル:
D・S殿……至高王より貴殿の抹殺の
命を受け申した。それがしの敵う貴殿
ではござらぬが、逃げてカル様の命に
背くことだけはできぬのでござる――

D・S:
そうか――。なら、かかってこい

ボル:
かたじけない……。お命、頂戴――!

ボル:
く……消耗し過ぎた……カル様から
拝領したこの回復器にて――

ダメージを受けて朦朧としたボルは、
その裡に魔力を封じているらしき器具
を取り出した。トリガーをひねると、
その中心に埋め込まれた猛禽の瞳の
ような水晶体が激しい点滅を開始する。

シェラ:
はっ! 誰の声……バ、クハツ、スル?
いけない! D・S、止めて!
あの魔道器を遠くへ――!

D・S:
爆発だとお! くそっ!

D・Sが突進するうちにも、魔道器の
点滅は加速度的に間隔を狭めていく。
ボルからそれを奪い取った瞬間には、
もはや点滅していることも判別できぬ
状態にあった。凝縮された魔力が膨れ
上がり、D・Sの手の中で目映い閃光
が疾る。魔道器の外殻が散弾となって
四散する――。

D・S:
うぅおおおおおお――っ!

爆発の瞬間、D・Sは魔道器を掲げた
右腕ごと、球形の局所結界の中に封じ
込めた。障壁の内側は熱と炎、そして
飛散した破片が荒れ狂い、D・Sの腕
をぐずぐずに粉砕する。だが、咄嗟に
腕を犠牲にした判断で、至近で爆風と
破片を浴びていたはずのボルは無事に
護られた。

結界の内壁はD・Sの鮮血で赤く染ま
った。やがて結界が解除され、大量の
血液と魔道器の破片が、肉の焦げた
臭気とともにバラバラと足下に落ちる。

肘から先を失ったD・Sの右腕を、
ボルは惚けたように見ていた。体力を
回復するためのものとして至高王に
渡された魔道器は、ボルを巻き添えに
相手を爆死させる自決兵器であった。
D・Sの腕の惨状が、本当は自分に
降り注いでいたという思いが、ボルを
思考停止に陥らせていた。

D・S:
痛えじゃねーかよ、ちっくしょおぉ!
再生するったって、瞬間的な痛みは
人並みなんだぜ、くそっ!

言いながらも、D・Sの肘から先は
見る間に骨が再生し、そこに肉や血管、
神経繊維が絡みついて修復されていく。
無尽蔵に近い魔力によって細胞分裂を
賦活し、欠損した肉体を超高速で復元
する驚異的な再生機能――不死の魔物
や蟲使いとも並ぶ魔人D・Sの超回復
能力である。

その光景が、ボルを現実に引き戻した。
拳を白く固め、全身を震わせて、絞り
出すような声でボルは呟いた。

ボル:
かように強力な爆弾を……カル様が、
それがしに……部下もろとも爆死させ
るおつもりであったと――うおおっ!

ボルは膝を突き、両拳を床に
叩きつけて絶叫した。

ボル:
それがしはどうすれば良いのだ!
命まで救われたD・S殿を狙うこと
などできぬ! だが、もはやカル様の
もとに戻ることもできぬ――

シェラ:
ボル……貴公、カル様が正気だと思う
のか? あの聡明で慈悲深いお方が、
仮に何らかの考えがあったとて、己の
部下を殺すような真似をすると?

ボル:
……いいや、それがしにはまだ、
信じられん……あのカル様が……

シェラ:
カル様は正気を失っておられるのだ!
恐らくは我々の敵により、御心を支配
されている! そのカル様に盲従する
ことが忠義だと、貴公は思うのか?

シェラ:
我々が尽くす忠義は、カル様に正しい
御心を取り戻して頂くこと――ならば
我々魔戦将軍の取るべき道は、D・S
に従い背後の敵を討つことではないか!

ボル:
忠誠を、尽くす道……しかしそれがし
はD・S殿を殺そうと――

D・S:
やい、ボル! 俺様がこんな痛え思い
をした以上、オメエにも働いてもらわ
なきゃワリが合わねえ! ちゃんと
ついてきやがれよっ!

ボル:
D・S殿……貴殿は、何という器の
大きさなのでござろうか……それがし、
涙が、涙が……うおおおーん!

D・S:
また泣きやがって……ったくよお!
大体な、オメーらがカルの舎弟なら、
俺様の舎弟でもあるワケだろーが。
いちいち目くじら立ててられっか!

ボル:
うおおおーん……か、かたじけのう
ござるー

シェラ:
それにしてもあの、爆発すると教えて
くれた声……誰のものだったのだ?
水龍ではなし……まさか巨獣が?
だとしたら、巨獣とは……?










D・S:
ん……? また誰かいやがる――

ボル:
それがしの他に直接追跡を命じられた
者はいなかったはずでござるが……

シェン:
……D・Sか?

ヨシュア:
シェンではないか!

ヴァイ:
シェン! 無事だったのかよう!
おお、ジオンの兄貴もいるじゃん!

ジオン:
久しいな……あの時は済まなかった

カイ:
いいさ。皆無事だったのだからな

ジオン:
久しいな……

そこに現れたのは、妖魔の手によって
暗黒洞に放り込まれ、消息を絶って
いたジオンとシェンの兄弟であった。

ふたりは異次元のトンネルから導かれ、
この巨獣の体内に実体化したのだった。
鼻腔方面に出口を求めて彷徨い、今
この食道に出てきたらしい。

シェン:
あの暗黒洞に飲まれてから、さほど
時間が経ったようには思えんのだが、
話を聞く限りでは想像以上に時が流れ
ていたようだ――

シェン:
異次元は時間の進み方が違うのか……
それともこの世界が――?

ヨルグ:
ところでシェン、心なしかふたりとも
元気がないように思うのだが……?

シェン:
いや、そんなことは……

ジオン:
――異次元に飛ばされたショックで、
少し記憶が戻ってな。いい思い出も
あれば、嫌な思い出もある……

シェン:
兄者!

ジオン:
ああ……悪かった。俺とお前にとって、
父上を――先代継承者を悪く捉える
のは許されぬことだからな

シェン:
……

ヴァイ:
……あれ? シェン、それって黒夜叉?

シェン:
あ、ああ――

ジオン:
俺がやったのさ。どうも記憶が戻って
以来、手に馴染まなくなってな。代々
影流に伝えられた名刀なのだがな……

何を思い出したのか――ジオンの表情
には暗い翳りと、口元に浮かぶ歪んだ
笑みが纏わりつくようになっていた。
兄の変化に対し、シェンは気遣って
いるようではあったが、はっきりと
口に出せぬ気まずさがあるようだった。

D・S:
ま、どっちにしろふたりとも無事で
良かったじゃねえか。鼻腔からは出ら
れそうにねえんだな? それじゃ、
このまま口を目指すとしようぜ――

シェラ:
ジオン……? 魔戦将軍に同じ名の
魔剣士がいたように思ったが……。
影流とやらは侍剣法の流派――魔剣士
とは相容れぬ。人違いか……










ヴァイ:
あれえ? 行き止まりだぜ?

D・S:
のべつまくなし、何でも飲み込むワケ
にゃいかねえんだろ。ノドの部分は
弁が閉じるようになってやがら

ヨルグ:
このままでは出られんな

ヴァイ:
くすぐってみるか。こちょこちょこちょ
……お? きたかな?

ヨルグ:
ままま、待て! クシャミなどされて
エーテルの海に放り出されたら――

ヴァイが喉の終点を撫でた途端、巨獣
の食道がひきつったように不規則な
蠕動を始めた。鼻腔に続く弁から大量
のエーテルが吸い込まれ、続いて勢い
良く前方の弁が開く――

D・S:
ヴァイのバカ野郎――っ!

一行は巨獣の凄まじいくしゃみに巻き
込まれ、爆発的に放出されるエーテル
流に乗って口から外へと射出された。



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最終更新:2020年10月31日 21:21