木星宮
宮殿の内部は、奇妙に息苦しい波動に
満たされていた。可聴域外を不協和音
が流れているような、調律の狂った
音波――そんな波動が、エーテルを
通じて全身を幽かに震わせている。
D・S:
何かがおかしい――そんな感じだぜ
シェラ:
自然の均衡が狂っている……地表で
オーロラに感じたものに似ているな
シーン:
誰かいる……兄さん!?
ラン:
シーンか……
現れたのは、魔戦将軍の中でも最も
純粋に武器を用いた白兵戦闘に秀でた
戦士ランであった。その目的は明らか
に、この地の探索を始めたD・Sたち
の抹殺である。忠誠を誓った至高王と、
短い間ながらもともに戦った仲間――
そして実の妹との間に挟まれ、ランの
端正な貌は苦悩に翳った。
シーン:
やめて兄さん! もう操られている
わけじゃないんでしょう!?
ラン:
そう……もはや黒騎士ではない。だが、
俺は自分の意志でカル様に従う。
ネイ様のもとを去った後、俺の
生き甲斐はカル様とともにあった――
ラン:
その命とあらば、抗うわけにはゆかぬ。
それがたとえ――妹と刃を交えること
になっても!
シーン:
兄さん!
ラン:
く……太刀筋が鈍い。俺はまだ迷って
いるのか……?
シーン:
兄さんお願い……カイだって、兄さん
を止めようと追っていったのよ
ラン:
何!? カイが――
シーン:
間違いに気がついて……カル=スは
正気じゃない。本当は判っているんで
しょう?
ラン:
……いや。カル様の理想を信じ、数多
の戦いを貫いてきた俺だ。これだけは
曲げることはできん――この刃の下に
倒れていった者たちのためにも!
ラン:
ここは退かせてもらう、D・Sよ。
次に遭う時は、迷いなき太刀にて
臨ませてもらおう――
シーン:
ラン! 兄さん……
カイ:
……! この気配は、ランか!?
ラン:
カイ……やはり、こうして向かい合う
ことになってしまったか――
現れたのは、魔戦将軍の中でも最も
純粋に武器を用いた白兵戦闘に秀でた
戦士ランであった。その目的は明らか
に、この地の探索を始めたD・Sたち
の抹殺である。忠誠を誓った至高王と、
短い間ながらもともに戦った仲間――
そして幼なじみのカイとの間に挟まれ、
ランの端正な貌は苦悩に翳った。
ラン:
できることなら、お前にはここにいて
欲しくはなかった……あの日立てた
誓いを破りたくはなかった
カイ:
何故俺たちが戦わねばならん!?
カル=スの命令はそんなにも重いのか?
ラン:
……そうだ。鬼道衆を去ってから、俺
の生き甲斐はあのお方とともにあった。
ネイ様は母の温もりを与えてくれたが、
カル様は理想を与えてくれたのだ――
ラン:
そのカル様の命に抗うことはできぬ。
それがたとえカイ――お前と刃を
交えることになろうとも!
カイ:
くっ!
ヨシュア:
危ない! カイ!
ラン:
く……太刀筋が鈍い。俺はまだ迷って
いるのか――? あの日の誓いを……
ヨシュア:
ラン! もうよすんだ! カル=スが
正気ではないと、貴様にも判っている
のだろう!?
ラン:
ヨシュアか。フ……そうか。もう
誓いは他の男が果たしてくれるのかも
知れないな――
ヨシュア:
……?
カイ:
シーンもお前を連れ戻そうと追って
いったのだぞ! 目を覚ませ、ラン!
ラン:
シーンが……くっ、この兄を許せ……
ラン:
だが、引き返すことはできん。理想を
信じた戦いの中で、この刃の下に
散っていった者たちのためにも!
カイ:
ラン! ばかやろう……何でだよ……
ヨシュア:
カイ……
幽かな震動が続き、止まった。
木星宮は正しい座標へと移動した。
そこには巨大なレバーを始めとする、
原始的な操作盤が据え付けられていた。
ヴァイ:
アンタ、操作できんの?
D・S:
ふん。目ぇつぶっててもできらあ。
天才様に不可能はないのだ
D・Sは安全装置らしきものを外し、
淀みない手つきで次々とレバーを
倒していく。操作した経験があるかの
如き、流れるような手際であった。
ヨルグ:
ほう。凄いな、D・S
D・S:
ハッハッハーッ! 超絶美形は何でも
できる! それがこの世の普遍の法則
なのだ……にしても、俺どうして判る
んだろ? 思ってたより複雑なのにな
最後のレバーが倒され、短い沈黙が
流れた。と、宮殿の基部らしき辺り
から低い振動音が響き、やがて微震が
足下から這い上ってきた。
ヴァイ:
壊しちまったんじゃねーの?
D・S:
いや、ちゃんとメカニズムが作動して
いる音だぜ。俺様に失敗はない!
ガコン! という重い響きを立てて、
しばらく続いた振動は止まった。
ボル:
止まったようでござるな
D・S:
何か起きたとも……ん?
シェラ:
判るか、D・S? 宮殿に満ちていた
違和感が消えている……狂いが調律
されたような……
ヨルグ:
外に出てみよう
最終更新:2020年10月31日 21:22