送電線


すでに送電システムは破壊され、
大気のイオン臭も消え去っていた。
ただ、風は変わらぬ烈しさで谷間を
吹き抜けていき、送電線は大きく
左右に揺れ動いていた。

ヴァイ:
こ、ここを渡るのかよ

D・S:
それしかねえだろう。肚ぁくくって
きりきり渡るぞ

ボル:
この上で襲われたら、かなりまずい
ことになりそうでござるな

D・S:
それは相手も一緒だろ

ボル:
まあ、それはそうでござるな。
それがしはどうも心配症でいかん

サイクス:
こちらが風神塔……と、なると
向こうは雷神塔になるかな

ロス:
ねえ、ちょっとちょっと待って!
アタシも一緒に行くわよう

送電ケーブルを渡り始めようとした
その時、風神塔を探索する間姿を見せ
なかったロスが現れた。

ヴァイ:
あ! テメエ俺たちを出し抜いて
お宝を荒らしやがったな!

ロス:
あらバレた? だあって、あの塔の
守護者はアタシひとりじゃどうにも
ならないんだもの。ま、過ぎたコトは
忘れて! ねっ、D・S?

D・S:
ふふん。この先も隙があれば出し
抜こうって面だな。ま、これだけは
約束しとけ。テメエに必要のないもの
までは荒らし回らないってな

ロス:
オッケーオッケー! アタシだって
そんなにがっついたりしないわよお

ヴァイ:
どーだか










強風に揺れる送電線を、ほぼ半分、
峡谷の中央まで渡ったところであった。
眼下の谷底からは目も眩むばかりの
高度であり、足を滑らせようものなら
五体が砕け散るほどの落下速度を
容易に得ることができるだろう。

マカパイン:
待ちかねたぞ

ケーブルの上に、ふたりの男の姿が
あった。妖縛士マカパイン、そして
侍ヨルグ――D・S襲撃に失敗し、
逃走したふたりが再び、眼前に立ち
はだかっていた。

マカパイン:
約束通り首を獲りに来たぞ、D・S!
もはや前のような油断はせぬ!

D・S:
懲りねえヤロウだな。あれだけ
ハッキリ負けて、また叩きのめされ
てえなんてテメエはマゾか何かか?
あ、妖縛士って自分を縛ったりする?

マカパイン:
黙れ! 妖縛士の侮辱は許さんぞ!

D・S:
どう許さねえってんだ? 逃げ足
ばかり達者なテメエが?

マカパイン:
状況が判っていないようだな。
我ら妖縛士は自ら張り巡らせた糸の
上を自在に歩く。このように不安定な
足場では、貴様らに勝機はない!

ロス:
……確かにこれは戦い難いわね

マカパイン:
ククク……ここで待ち伏せた意味が
理解できたか。さあ、ヨルグ、今度
こそ汚名を返上し、奴の首級を鬼忍将
への手みやげとしようではないか!

ヨルグ:
……

ヴァイ:
ヨルグ! オマエそいつに騙されて
いるんだって! 以前だってオマエを
放っといて逃げただろ。それに……

ヨルグ:
俺はマカパインを信じている訳では
ない

ヴァイ:
! だったら――

ヨルグ:
俺は誰も信じない。ここで生きて
いくためには、鬼忍将軍に迎え入れて
もらうのが最も良策と考えるからこそ、
俺は貴様らを倒さねばならんのだ

ヨシュア:
信じろ、ヨルグ!

その時、一行の背後から、ヨルグを
追って姿をくらませていたヨシュアが
姿を現した。

ヨルグ:
貴様か……しつこいな

ヨシュア:
目を覚ませ! ヨルグという男は
損得で動く人間ではない! 正義を
貫き、友を信じ、情を重んずる侍の
中の侍だったはずだ!

ヨルグ:
知らぬ! 何故貴様は俺にそんな
ことを語る! 他人がどう生きようと
勝手ではないか。正義があるとすれば
それは自分が生き延びることだ!

ヨシュア:
違う! 生き延びることのみを目的と
した生など、我ら侍にとっては価値
なきものだ。記憶を失っても、侍の
魂はお前の中で息づいているはず!

ヨシュア:
俺を信じろ! いや、かつて自分の
中にあった正義を信じるんだ!

ヨルグ:
俺の……正義……

マカパイン:
むうっ……甘言に乗せられるな、
ヨルグ! 今なら我々は容易に勝てる。
この優位を捨てさせるための妄言だ!
それとも怖じ気づいたか?

ヨルグ:
怖れなどない! ヨシュアとやら、
正義など俺は知らぬ! ゆくぞ!

ヨシュア:
ヨルグ! ……仕方ない。D・S、
あいつを止めるためにも加勢させて
もらうぞ!

マカパイン:
くそっ! 何故だ? どうして私が
こうも敗北する?

マカパイン:
だが、私はあきらめんぞ! もはや
鬼忍将など関係ない。D・S、私は
必ず貴様を倒す! 必ずだ!

叫び、マカパインは眼下の虚空へと
身を投げた。
しかしそれは死のダイヴなどではない。
送電線にくくられた鋼糸を伝い、
強風に煽られながら、マカパインは
蜘蛛のように谷底へと降りていく。

ヴァイ:
あの野郎、また逃げやがった!

ロス:
やるわねーアイツ。逃げ足ってのも
才能だもんねえ

D・S:
オメエ、今回も見捨てられたみてえ
だな。言ったハズだぜ、次に仕掛けて
きたら手加減しねえって

ヨルグ:
……覚悟の上だ。今度こそ殺すがいい。
そうでなければ俺もいつまでも貴様を
狙い続けるだろう

ヨルグ:
マカパインも、所詮はこの世界で
生きていくために手を組んだ相手。
損得で利用し、利用される間柄だ。
さあ、殺せ! 侍は死も苦痛も恐れぬ

ヨシュア:
それだけの覚悟があって、何故思い
出すことができない? 恐れぬ心は
正義に、友情に殉ずる覚悟なくしては
持てぬはず!

ヨルグ:
知らぬ! 皆、口先ばかりだ!
自らの命が懸かれば、貴様とて正義も
友も捨てて逃げ去るだろうよ。
俺は騙されぬ!

ヨシュア:
ヨルグ……

D・S:
もういーや。約束通りテメエは
死んでもらうぜ。そら、ダムドォッ!

ヨシュア:
いかん!

爆裂の魔力が迸るその瞬間、ヨシュア
は躊躇うことなくヨルグとD・Sを
結ぶ線上に飛び込んだ。紅蓮の炎は
ヨルグに届くことなく、割って入った
ヨシュアを直撃する。

ヨルグ:
! バカな!

ヴァイ:
ヨシュア!

ヨシュア:
く……大丈夫だ

ヨルグ:
……何故だ!? 何故そうまでして俺を
かばおうとするのだ!? 俺は……俺は
さっきまでお前の命までも奪おうと
していた敵なのだぞ!

ヨシュア:
お前が忘れても俺は覚えている……
お前がどれだけの勇気を持って我々を
支えてくれたのかを……。その友を
救うためなら、俺は喜んで殉じよう

ヨルグ:
ヨシュア……お前はいつもそうして、
猜疑に黒く固まった俺の心を溶かして
いく……!

ヨシュア:
思い出したのか!?

ヨルグ:
ああ……ああ、そうだ! 俺は侍
百人隊長ヨルグ! お前と……侍大将
ヨシュア・ベラヒアと刎頸の契りを
交わした友だ!

ヨルグの目から、滂沱と涙が溢れた。
もはやその切れ長の瞳は餓狼の如き
渇望の闇に閉ざされてはいない。
ヨシュアの献身的な友情が、消された
記憶をヨルグの魂の奥底から蘇らせた
のだった。

ヴァイ:
……なあ、D・S。いくら何でも
あのダムドはやり過ぎだったんじゃ
ねーのか? ヨシュアが思ったよりも
元気だからいいようなものの――

ロス:
あら? ヴァイ、アンタ気づいて
ないの? さっきの呪文はフェイク、
幻影みたいなもんよ。実際には小突か
れた程度の衝撃波が当たっただけ

ヴァイ:
えええ?

ボル:
やはりそうでござったか

サイクス:
ヨルグの記憶を引き出すための
ショック療法だな

D・S:
ヴァイ、オメエホントに侍か?
呪文も少しはカジってなきゃならねえ
のによ。ダムドが直撃してあの程度で
済むわきゃねーだろ

ヨシュア:
しかし、俺も本物だと思っていた。
間に飛び込んだ瞬間、あなたと視線が
合うまでは――

D・S:
オメエが本気で飛び込まなきゃ、
ヨルグも引っかからねえだろうしな

ヴァイ:
じゃ、やっぱりヨシュアは死ぬ気で
身代わりになろうとしたってコトか?

ロス:
んー、友情ねー。アタシには真似
できないわあ。ヨルグ、いい友達を
持ってるわね

ヨルグ:
判っている……だが、その友に二度
までも刃を向けた俺は、どのように
償えばいいのか――

ヨシュア:
そう思ってくれるのなら、ヨルグ、
俺の代わりに彼らと行動をともにし、
D・Sを支えてはくれないだろうか?

ヴァイ:
ヨシュア……また行っちまうのか?

ヨシュア:
ヨルグが正気を取り戻した以上、
俺は自分の使命に戻らねばならん。
度々勝手を言うが、許して欲しい

ヨルグ:
ヨシュア……判った。お前の代役、
きっと果たして見せよう

ヨルグから得られた情報に、ほとんど
新しいものはなかった。ヨルグには
湖上の自走砦に渡る方法も知らされて
おらず、マカパインがいつでも裏切る
算段を整えていたことが読みとれた。
しかし、そのマカパインも鬼忍将から
信を得ていたわけではなく、都合良く
利用されていたに過ぎないようだった。

ヨシュア:
――それで、龍は電気の力で封じ
られていると?

D・S:
そこのシェラの精神感応によればな

D・S:
湖岸で会った吟遊詩人の女を信用
するんならな

D・S:
だとすりゃ、さっきまでこの送電線を
通じて膨大な電力を注ぎ込まれていた
対岸の塔が怪しいってことになる

シェラ:
……龍の声はこれまでになく強まって
いる。その塔が怪しいという推測は
間違っていないと思うのだが……

ヨシュア:
そうか……ならばD・S、あなたは
何としても地龍を、鬼忍将の施した
封印から解き放って欲しい。それは
必ずあなたを利するよう働くだろう

ヨシュア:
破界門のこともある。事態は急を
要する。砦への道を拓くには、
龍の解放が不可欠であるはずだ

ヨシュア:
では、俺は行く。ヨルグよ、あとの
ことは任せたぞ。可能な限りにおいて、
D・Sのサポートを頼む

ヨルグ:
心得た。再会を楽しみに待とう

ヨシュアは風神塔へととって返し、
送電線を駆け抜けて視界から消えた。
一行は再び、対岸の塔へとケーブルを
渡り始めた。



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最終更新:2020年10月31日 21:09