鬼哭関~寄岩砦
ヴァイ:
おいD・S!そっちじゃねーよ
ヴァイ:
ハアハア、走ったあ! こんなに
全力疾走した覚えはないぜはあー
D・S:
当たりめーだろ。記憶が半端なんだ
からよ
ヨルグ:
むっ! 門の前に誰かいるぞ!
D・S:
何だあ? ザックひとりじゃねえぞ
ザック:
馬鹿デケえ図体しやがって、威張り
散らすんじゃねえや! 俺は絶対に
どかねえぜ!
ブラド:
ええい、いつまでこんな場所で手間
取らせるつもりだ、小ネズミめ!
身体が小さいとアタマの中身も少ない
のか? いいから通せ! 通さんか!
ザック:
俺の脳が少ないだあ? いいかあ?
脳ミソってのはシワの数で決まるんだ!
って誰かが言ってた! お前の脳ミソ
なんてきっとつるつるだぜっ!
ブラド:
何がぎぐご……
ザックと争っているのは、別れたきり
のブラドであった。ふたりは口喧嘩に
熱中するあまり、今や峡谷を揺るがす
エネルギーの高まりにも気づいては
おらぬ様子だった。
D・S:
わざわざ助けに来て良かったのか
悪かったのか……ここまでバカ正直に
門番を務めるたあな
ザック:
あっ、お前ら! 諦めずにまた
きやがったのか?
ブラド:
む……貴様らは! ここはワシが
先約だぞ! 先を越そうなど、いくら
見知った間柄でも許さん!
ブラド:
順番を守らん奴はほれ、ここに転が
っておるわ!
ザックとブラドの向こうに、見覚えの
ある男がひとり地面にのびていた。
ヨルグ:
マ、マカパイン!?
ヴァイ:
送電線から、こっちに逃げてきて
やがったのか
ザック:
知り合いかあ? どけどけっなんて
偉そうに俺たちの間に割って入って
きやがったから、一発喰らわせて
やったんだ。悪かった?
ヴァイ:
いや、悪くない悪くない。そいつは
ホントに山賊みたいな奴だから
ブラド:
おい、小僧! ワシの拳が効いたん
だぞ、ワシの!
ザック:
ふざけんな! 俺ので気絶した後で、
お前ののろいパンチが当たったんだ。
何ならまた直接勝負するかあ?
ブラド:
おう、望むところよ
D・S:
こいつらに同時に殴られたのか。
そりゃマカパインの奴も気の毒に……
って、そんな場合じゃねえっ!!
大峡谷の彼方が、地鳴りとともに強烈
な光を放ち始めた。大地が割れ、そこ
から地龍の輝きが噴き上がる。雷神塔
の地下から続く洞窟は、この峡谷の
直下にまで延びていたらしい。
たわめられたエネルギーの解放が、
今まさに行われようとしていた。
D・S:
ここはヤベエんだよ! 見ろっ!
ブラド:
むうっ!?
ザック:
な、何だ、ありゃ? りゅ、龍!?
耳をつんざく咆哮を四方に撒き散らし、
ついに地龍が地表に姿を現した。
地底の寝所で見た時とは比較にならぬ
大きさに膨れ上がった龍は、長大な
胴で螺旋の軌道を描きながら、峡谷に
沿って鬼哭関へ突進してくる。次第に
螺旋の回転速度を上げて迫るその姿は、
さながら水平線からせり上がる津波の
如き、圧倒的な破壊力を漲らせていた。
シェラ:
龍からもはや言葉は伝わってこない!
まるで荒れ狂う暴風のよう――いや、
原初の世界に生命が誕生する、その
瞬間の無垢な魂のようだ!
ロス:
わーん、もお間に合わないわよう!
D・S:
龍は止めようがねえ。他に何か手は
……待てよ。ザック! マカパインは
ここを通ろうとしたんだな!?
ザック:
そうだけど、それどころじゃ――
聞くや否や、D・Sは駆け寄って気絶
したままのマカパインの頬を連続で
張った。
D・S:
起きねえかっ! 寝てると今度は
本当にテメエの命もねえぞ!
マカパイン:
……うっ、あっ痛、イタ、やめ――
はっ! 貴様D・S? 何故、貴様が
ここにいる!?
D・S:
んなコタぁどうでもいい! あれを
見ろっ!
凄まじい勢いで迫る龍を目の当たりに
して、まだ混濁していたマカパインの
意識は一瞬に戻った。
D・S:
状況を把握したか? オメエ、確か
鋼の糸を操るよな。そいつを使って
鬼哭関を越えるつもりだっただろ?
マカパイン:
あ……ああ、そうだが……
D・S:
それを今すぐやれ! 死ぬ気で急げ!
ここにいる全員を、そこの崖の上まで
引っ張り上げろ! いいか、テメエの
肩に全員の命がかかってんだかんな!
マカパイン:
無茶な! 定員オーバーだ! 大体、
何で私がそんな――
D・S:
早くやらんかあああッ!
マカパイン:
はいー
D・S:
全員糸に固定されてるか! よーし、
マカパイン、とっとと上げろい!
マカパイン:
く、くそっ……何故私がこんな……
うおおおっ、重いいぃ
ヴァイ:
おおっ、上がる上がる! こんなに
細いのによく切れねえな、この糸
マカパイン:
あ……たり、前だ……ぐぬぬっ。
私の妖斬糸が、この程度で、千切れ
……うーん
ロス:
鬼哭関に地龍が突っ込むわよっ!
マカパイン:
ぐっ……うおおおおおっ!
鋼糸にぶら下がった一行は、間一髪で
地龍の螺旋軌道を外れ、鬼哭関を挟む
崖の上に到達した。
もはや輝くエネルギー流と化した龍は、
鬼哭関に正面から激突した。
破壊不可能と思われたぶ厚い扉は
想像を超えた力の奔流に抉られ、
飴のように歪み、砕け散った。
地龍は瞬間、湖水を大量の水蒸気に
変えながら進み、湖中央の自走砦を
掠めて、対角の外輪山上空へと飛び
去っていった。
マカパイン:
ぜはっ、はあっ、ハッ――
D・S:
でかした、マカパイン!
ヴァイ:
見ろよ! 湖の水が引いていくぜ
湖水を堰き止める役割を果たしていた
鬼哭関が破壊され、膨大な水は激流と
なって大峡谷に放出されつつあった。
谷は大河と化し、海岸方向に向かって
勢いよく流れ続けている。人造湖の
水位はみるみるうちに減少し、本来の
カルデラ盆地の姿を取り戻していく。
この時、D・Sは肉体の奥底から、
得体の知れぬ力が漲ってくるのを
感じていた。尾骨に沿って湧き上がる
その力は、しかし本来そこにあった
器に注ぎ込まれたようでもあった。
脳に電流が疾り抜け、魔力の増大する
感覚がD・Sの中枢に刹那の快楽を
生じさせる。
ザック:
……どうやら正しかったのはお前らの
ほうだったみたいだな。自分たちが
巻き込まれるかも知れないのに、俺を
助けにきてくれるなんて……
ザック:
俺はもう一度、何が正義で何が悪
なのか、ひとりで考え直してみるよ。
……いずれまた、どっかで会おうぜ
ヴァイ:
ザック……元気でやれよ
ザック:
ハッキリと目が覚めたぜ! シーラ
とかいう女を助けるってんなら、俺も
一緒に行かせてくれ。鬼忍将に正義の
鉄拳を喰らわせてやるぜ!
D・S:
あっさりダマされてたクセにな。
ま、いいだろう。馬鹿がもうひとり
増えたところで苦労は一緒だ
ヴァイ:
前からいるバカって誰のコトだよ!
やい、オッサン! こっち向け!
ザック:
そう怒るなって。若いなあ、小僧
ヴァイ:
小僧はオマエだあ! オマエだって
バカにされてんだぞ!
ザック:
何いいいい! いつ?
D・S:
はーあ……
ブラド:
図らずも助けを得る羽目になって
しまったか……
ブラド:
危険を顧みず、あのザックとかいう
若造を助けにきた行為は騎士道精神に
照らしても称賛に値するぞ
ブラド:
しかーし! 真の騎士道とは、かの
姫君を敵の手から救い出してこそ
認められるものだ
ブラド:
砦への道も開けたことだし、ワシは
あくまでひとりで救出を敢行する!
騎士道のあり方、とくと見ておけい
ブラド:
以前にまみえた時より、格段に精進
してきたようだな! しかーし、真の
騎士にはまだまだ足りぬ!
ヴァイ:
だから騎士なんか目指してねーって
ブラド:
ワシもあんな若造と戯れてしまう
ようでは修行が足りぬ! 騎士は自ら
厳しくあらねば。というわけでワシは
行く。敢えてイバラの道をなっ
ヴァイ:
行っちゃった
D・S:
……あの時点でザックと争ってた
ところを見ると、アイツ行動が相当
のろいんじゃねーのかな? それか
見当違いの方向オンチ、とか
ヨルグ:
むっ! マカパインはどこだ!?
D・S:
あっ、あんなトコにいやがる
険しい外輪山の断崖を、マカパインは
糸を使って器用に伝っていく。D・S
たちのいる位置から弧を描くように、
妖縛士は懸命に遠ざかりつつあった。
ヴァイ:
おーい! オマエお手柄だったんだ
から、俺たちもう怒ってないぞう!
その声が聞こえたのか、マカパインは
ピタリと動きを止めて振り返る。
マカパイン:
私は貴様らと馴れ合うつもりはない!
貴様らを救う結果になったのは自分の
命がかかっていたからだ! 次に遭う
時は改めてその首を貰うぞ、D・S!
D・S:
おーおー、いつでもこい。ところで
オメエの今のカッコウ、蜘蛛男って
感じでオモシレーぞ
マカパイン:
うるさいっ! 覚えておれよっ!
ヨルグ:
……俺が言うのも何だが、奴にも
いいところはあったな。奴が拾って
くれなければ、記憶を失ったままの
俺は野垂れ死んでいたかも知れん
ロス:
結構いい奴かもよ。さっきだって
自分だけ助かるように糸を切ることも
できたんだろうし
イングヴェイ:
そうだな……
ロス:
さ、て、と。それじゃD・S、
アタシもここでオサラバさせてもらう
わねー
ヴァイ:
え? 何で?
ロス:
前に言ったでしょ。探してるモノが
あるって。警戒のキツイ雷神塔にある
と思ったのに、実は龍のためだった、
なんてね。アテが外れたワケよ
ロス:
ホントはもっと早く別行動しようと
思ってたんだけど、雷神塔からの行き
がかり上、途中でケツ……あら下品、
オシリまくるのもスッキリしないしね
ロス:
じゃ、また会いましょうねー。
スリルがあって楽しかったわよ。
バッハハーイ!
D・S:
見かけによらず律儀なヤロウだ。
ん? オカマって野郎なのかな?
ロス:
オカマじゃないわよーう!
ヴァイ:
げっ……地獄耳ィ
湖水はほぼ排出され、孤島のように
見えた砦も、その全容を露にしていた。
それは、カルデラ盆地の中央に嵌め
込まれた巨大な岩塊だった。釣り鐘型
の六角柱に近い形状で、高く隆起した
中央部が湖面から突出し、島と見えた
部分を形成していたらしい。
巨大な自走砦も、この一枚岩の塊の
上では寄生した蟲のようであった。
岩塊全てを砦と見れば、自走砦は本丸
部分であるとも見える。否、それは
仮説ではなく、自走砦は本来そこに
収納され、この大岩窟の天守閣として
機能する脱着部であったのだ。
その天守閣の真上で、黒雲が凄まじい
速度で旋回を続け、漏斗を逆さにした
ような大渦巻を天空に描いていた。
渦の底は空に向けてどこまでも細く
延び、時折黒雲の中で閃く稲妻が、
渦に吸い込まれて高空まで疾り抜ける。
地龍の超エネルギーの干渉によって
一時的に停滞していた破界門の進行が、
再び活性化し始めたようであった。
ヨルグ:
鬼忍将が自分の砦を“寄岩砦”と
呼んでいるのを以前耳にしたんだが、
このことだったのか……
D・S:
寄岩砦ね……へっ! あの岩柱の
台座ごとブチ壊してやるぜ。早いトコ
シーラを助けて、鬼忍将のヤロウに
思い知らせてやる!
サイクス:
そのほうがいいな。霊子力が極大に
まで高まっている。触媒となっている
彼女の負担は相当のものだろう
サイクス:
それに破界門が開ききってしまえば、
鬼忍将はあの自走天守閣ごと異界へ
逃げてしまうはずだ。急がねば――
D・S:
もう地続きで砦に渡れるな。行くぜ、
ヤロウども! 俺様に続けい!
ヴァイ:
パワーに満ち溢れてやがる。ヤバイ
薬でもヤッたんじゃねーだろうな?
D・S:
地龍が飛んでってから、何でか知ら
ねーが力が漲ってしょうがねえ。あの
波動の影響かな?
ヴァイ:
そお? 俺は何ともねーけど
カルデラ湖の底だった盆地を下り、
一行は高く聳える寄岩砦へと向かう。
途中、取り残された巨大魚が何匹も
ぬかるんだ地面でのたうっているのを
目にし、彼らは改めて湖を渡ることが
不可能であったと認識した。
ヴァイ:
化け物魚に喰われたあの蟲使い、
生きてっかなあ
D・S:
大峡谷に流されてった魚も無数に
いるからな。ことによると海まで
いっちまったかもな、ケケケ
巨岩の周囲をくまなく探索した一行で
あったが、外面を天守閣まで直接登る
術はなく、発見できたのは湖の底部に
面した岩塊部分の入口だけであった。
最終更新:2020年10月31日 21:08