秘された抜け道
洞窟に侵入して少し進むと、背後の
入口が再び塞がれる音が響いた。
イングヴェイ:
祠の仕掛けを動かした者がここを
通れば、入口が自動的に閉ざされる
仕組みになっているのか。これで
あの男が消えたのもうなずける
ヴァイ:
そいつがヨルグだったとすると、
ヨシュアは? もう峡谷には誰も
いなかったぜ
D・S:
ヨルグのすぐ後を追っていたなら、
入口が塞がる前に入れたのかも
知れねえな。どっちにしろ、俺たちは
前に進むしかなさそうだぜ
ブラド:
騎士たる者、決して後退はせぬ。
背後が閉ざされたのはかえって
スッキリするわ。わはははは
それは、彼方に轟く号砲に似ていた。
地響きを伴ったその音は、次第に
大きく、近くなってくる。洞窟も
その度に揺れ、細かな石片が天井から
剥がれ落ちてきた。
ヴァイ:
じ、地震か!?
D・S:
いや、コイツは違うぜ……むっ!?
定期的に響く轟音に掻き消されながら、
微かに、しかし懸命に叫んでいるので
あろう、助けを求める声がD・Sの
耳に届いた。空耳ではないことは、
仲間たちの反応で明らかだった。
イングヴェイ:
何か聴こえた……! 女性の悲鳴?
ブラド:
婦女子の窮地を救うは騎士の本懐!
おのおの急げい!
ボル:
光を感じるでござる! 間もなく
出口でござるよ!
ボル:
む?糸が仕掛けられているでござる。
おのおの、注意されよ
目を凝らして見ると、奇妙な柱の間に
幽かに光る筋が無数に張り巡らされて
いた。
D・S:
マカパインの奴もここから逃げたな。
ご丁寧に妖斬糸とやらの罠を仕掛けて
いきやがった
ヴァイ:
ボルがいなきゃ、引っかかってたとこ
だったぜ
罠が作動した!
D・S:
うっ!?
奇妙な柱の間を通過した途端、鋭い
痛みが一行を襲った。見ると、返り血
を浴びて浮かび上がった妖斬糸が、
そこに無数に仕掛けられていた。
D・S:
くそっ! マカパインの野郎か……
逃げるついでに罠を仕掛けていきや
がったか
ヴァイ:
痛てて……罠はここだけじゃなさそう
だぜ
突如として、目の前の空間に亀裂が
生じた。それは次元の壁に開いた
“穴”であり、異界の何かが裂け目の
向こう側で、目まぐるしく形態を
変えているのが見て取れる。
“穴”は不安定で、今にも閉じて
しまいそうに揺らめいていた。
ヴァイ:
お、おい! 何だよこりゃあ!?
D・S:
次元の障壁に開いた“穴”だな。
向こう側は恐らく異次元……おい、
この穴が閉じねえうちに、ちょっと
手を突っ込んでみろ
ヴァイ:
ば、バッカ野郎! そんな薄気味
悪いところに腕なんか入れられるか!
D・S:
手がかりになるかも知れねえぞ。
大丈夫、腕なんざ千切れたってまた
生えてくらあ
ヴァイ:
生えるワケねえだろ! アンタが
やれよ、アンタが
QUESTION:
どっちが手を入れてみる?
俺様
ヴァイ
“穴”から掴み出したのは、
腕に装着すると思われる奇妙な
アクセサリーだった。
D・S:
……次元の穴はこれのせいか?
空間の歪みを増幅するブースター
かも知れねえ
ヴァイ:
使えるのか?
D・S:
いや、どうやら特定の所有者以外は
機能にロックがかかるようだ
ヴァイ:
それにしても、記憶がないくせに
良くそんなコト判るな
D・S:
知識は消えちゃいねえようだ。ただ、
何か対象がなきゃダメだな。知識だけ
思い出すってワケにはいかねえ
“穴”から掴み出したのは、複雑な
紋様が彫り込まれた、竪琴の一種と
思われる楽器だった。
ヴァイ:
楽器?
D・S:
ああ。呪力がこめられたハープだ。
次元の狭間に落ち込んでいたようだな
ヴァイ:
ちょっと弾いてみるぜ
ギュイイオオオオン!
ヴァイが軽く爪弾いただけで、竪琴は
怒ったように不協和音を奏でた。
脳髄や腹の底まで響く呪力の音波が、
聴く者に吐き気と眩暈を惹き起こす。
D・S:
やめろ! この下手くそめ!
ヴァイ:
うげえ……こりゃ、面白半分に
弾いたりするもんじゃねえな
微妙なバランスが崩れたのか、
“穴”は瞬時に塞がってしまった。
一切の痕跡を残さず、そこは元通りの、
何もない虚空に戻っていた。
ヴァイ:
こっちからじゃ開けられそうにないぜ
最終更新:2020年10月31日 21:07