氷結湖迷宮


横穴から続くのは、予想外に広い氷の
地下迷宮であった。この湖は底までが
完全に凍結しているらしく、その巨大
な氷の塊をくり抜いて大洞窟が造り
上げられている。故に壁や床は、全て
硬く凍結した氷で構成されていた。

ヴァイ:
ううーっ、寒い! 誰がこんな迷宮を
造りやがったんだ!

D・S:
水龍が封印してたところを見ると、
カルの奴が建造したんじゃなさそうだ。
最初からこの地にあったもの……か?










ヴァイ:
なあ、D・S。ココって絶対いるよな

D・S:
ああ、いるいる。ちょっと粘ってみる
のが通でしょうな

シーン:
何がいるの?

カイ:
何がいるんだ?

D・S:
それは出てのお楽しみ……って、別に
楽しいモンじゃねーけど。バ・ソリー
くらいかな、喜ぶのは

窪地の底の氷はシャーベット状に細か
く砕かれ、一種砂地のような感触を
足下に伝えた。それに適した生物で
あれば、この氷の下を泳ぐようにして
移動することもできそうだった。

氷の細片が再結合していないのは、
それが常に砕かれ続けていることを
示している。そう思い至った瞬間、
氷を巻き上げて何かが飛び出してきた。

シーン:
何か来るわよっ!

カイ:
ななっ、何だ!

力尽きたのか、その蟲のような生物は
ピクリとも動かなくなった。と、見る
間に体表から湯気が立ち上り始める。
やがて、大量の水分を急速に放出した
蟲は拳ほどの大きさにまで干涸らび、
サナギのようになって地面に転がった。

D・S:
……仮死状態になりやがったのか

ヴァイ:
ヘンな蟲だなぁ

サイクス:
外敵に喰われないための知恵だろう。
それにしてもこんな習性を持つ蟲は
極めて珍しい

D・S:
ヴァイ、拾っとけ

ヴァイ:
ええーっ!? もしかして喰うの?

D・S:
水で戻せば……ってバカ言うな!
この生命力に興味があるんだよ

ヴァイ:
自分で拾えばいいのに……荷物の中で
生き返っても知らねえぞ

D・S:
これをな、バ・ソリーの奴は喰って
吸収しやがんだ

シーン:
イヤーッ! 想像しちゃったぁー!

カイ:
げええっ! だからアイツ、あんなに
蟲持ちなのか!










それは赤く輝く、強い魔力を秘めた
宝玉であった。珠の内側は赤く靄が
蠢き、その煙が薄れた部分から時折
赤い光が漏れる。恐らく紅玉の中心に、
激しく輝く魔力の核があるのだろう。

D・S:
この珠が魔力の塊をコーティングして
やがんのか――。ブチ割って核を取り
出すこともできそうだが、魔力はすぐ
霧散しちまうだろうな

D・S:
魔力の使い道がない以上、ここで核を
解放しても仕方ねえな……

D・S:
この珠、魔力の塊をコーティングして
やがんのか……! そうだ!

D・S:
巨獣が地表に出たところで、コイツを
ブチ割って魔力の核を取り出せば、
好物と間違えて寄ってくるかも――。
よし、雪原へ戻るぜ!

サイクス:
しかしその魔力、霧散させてしまう
のも惜しいものだな

D・S:
今のところ、特に使い途があるわけ
でもねえ。他に巨獣をおびき寄せる
手がありゃ別だがな――










液体らしきものに満たされた穴が、
この迷宮の底らしき場所に穿たれて
いた。洞窟の母体である湖自体が
完全に凍結しているにもかかわらず、
その液体は凍ることなく微かな細波を
走らせている。

穴は深く、その下までがこの無色の
液体に満たされているようであった。
この場所が氷結湖の最深部なら、穴の
底は剥き出しの湖底になるはずである。
だが、穴の向こうはほのかに明るく、
時折何かの影が光を遮るように蠢いて
いる。

液体に手を浸したD・Sが、小さく
驚きの声を上げた。それは空気のよう
に抵抗がなく、熱くも冷たくもない。
液状でありながら、極めて気体に近い
性質を持つ物質であった。

D・S:
こりゃあ……水じゃねえ。エーテルだ

ヴァイ:
機械の体をくれるネーチャンか?

D・S:
うるさいだまれ。ベタなボケには
ツッこんでやらねー

ヴァイ:
うっ……

シーラ:
エーテルとは、何ですの?

D・S:
こいつは宇宙を満たして、光や電波を
伝えてるって話の代物だ。
ただ、あくまで仮想の物質で、存在が
否定されてるものなんだが……

D・S:
このエーテルの泉の底に何かあるよう
だが、ここからじゃ俺にも見通すこと
ができねえ――おっ! そうだ!

ヴァイ:
何だよ? 邪悪な目つきで俺を
見るなっ!

D・S:
つまらねーボケかました罰だ。オメエ
ちょっと潜って見てこい

ヴァイ:
水より空気に近いんなら、真っ逆さま
に底まで落ちちまうだろが!

D・S:
ロープで括っといてやる。さ、皆の者

ヴァイ:
あっ!? ヨルグ何を? シェラまで!
やめろー! 俺に縄を結ぶな!
大体そんなものどこから出したんだ、
おい!?

ヴァイ:
あっ!?ヨルグ何を? ヨシュアまで!
やめろー! 俺に縄を結ぶな!
大体そんなものどこから出したんだ、
おい!?

D・S:
オメエが見たものを俺も観られるよう、
一時的に視神経を魔力回路で繋いで
おこう……よし。
それでは、行ってらっしゃーい!

ヴァイ:
ひー! ヤメテ――がぼごぼがぼ……

穴に放り込まれたヴァイは、エーテル
の抵抗もなく、ほとんど自由落下の
勢いで沈降していく。

ヴァイの視界がD・Sに直接送り
込まれてくる。氷の竪穴の終端が
急速に近づき、それを通り抜ける――。

眼下に広がるのは、エーテルに満たさ
れた広大な地底空間であった。雪原に
蓋をされた恰好で、恐らく二、三千
メートル近く下になるこの空間の底
こそが、真の大地であるらしかった。

エーテルの海には、この物質の中を
泳ぐ能力を持った魚らしき生物が無数
に漂っていた。中には発光するものも
おり、空間のあちこちで赤や緑、黄色
の淡い輝きが、イルミネーションの
ように灯っては消える。

それらを透かし見て、遥かな直下に
林立する建造物群をD・Sの超視覚は
捉えていた。五芒星の形に配置された
宮殿らしきものが、一群の古代遺跡を
形成している。

そして――その一画から、巨大な何か
がゆっくりと浮かび上がってくる。

ヴァイ:
がぼあっ! むぐむぐあっ!

遺跡から離れて浮上してきたのは、
雪原で見たあの巨獣であった。
この巨大な生物は天を覆う雪の層を
抜け、エーテルの海を自在に泳ぎ
回っていたのだ。

ヴァイ:
むーっ! むーっ!?

D・S:
よーし、ロープを引っ張れ

ヴァイは急速に引っ張り上げられ、
エーテルの海に浮かぶ氷山の如き
氷結湖の底穴へと引き込まれていく。

視界が遮られる最後の瞬間、D・Sは
観た。巨獣が赤く点滅する魚に向きを
変え、それを飲み込んだのを――。

ヴァイ:
がぼげへっ! ハァハァ……ななな、
何てコトしやがるんだよう! もう
ちょっとで喰われるか、溺れるかする
トコだったんだぞう!

D・S:
オメエ、がぼがぼ言ってたけどよ、水
じゃねえんだから呼吸できたハズだぜ

ヴァイ:
え……そーなの?

D・S:
それからな、あの巨獣はオメエには
全然興味を示してなかったぜ。赤く
光る魚を餌にしてるようだったな

ヴァイ:
それにしたってアンタ……

D・S:
いやいやヴァイ君、良くやってくれた。
キミのお陰で有用な手がかりを得る
ことができたのだ! まさに英雄だよ!

ヴァイ:
そ……そお? エヘ、エヘヘヘ……
っとかゴマカせると思ってんのかぁっ!

D・S:
チッ!

ヴァイ:
何が“チッ!”だあ――っ!

シーン:
――それでD・S、何が見えたの?

ヨシュア:
――それでD・S、何が見えた?

D・Sはヴァイの視覚を通して見た、
雪原に隠された地底空間と遺跡群、
そしてそのエーテルの海を回遊する
巨獣のことを語った。

シェラ:
その遺跡こそ、水龍が示そうとした
ものかも知れないな。ただ、我々に
エーテルの海を泳ぐ能力がない以上、
飛び込むわけにもいかないか――

ヨシュア:
その古代遺跡、調べてみる必要があり
そうだが――我々にエーテルの海を
泳ぐ能力がない限り、高空から飛び
降りるに等しい行為だな

ヨルグ:
マカパインの鋼糸では降りられないか?

マカパイン:
さすがに距離があり過ぎるな

ヴァイ:
……あの巨獣を利用できねえかな。
奴の背に乗るなりすりゃあ、底まで
辿り着けるんじゃねーの?

D・S:
バッカ、あんなのに近づいたら、乗る
より先に潰されちまわあ……待てよ。
それ、いい案かも知れねえな――

D・S:
よし! まずは巨獣をおびき出す手を
考えるとするか――

D・S:
あいつが地上に出てきたところで、
この紅玉の核を解放すりゃあ、光を
好物と間違えて寄ってくるかも――。
よし、雪原へ戻るぜ!



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年10月31日 21:20