氷獄塔中層部


凄まじい闘気を放射する人影がそこに
いた。

ザック:
やっぱり強いんだな、アンタら。
魔戦将軍が雁首揃えてるのに、
ここまで昇ってくるなんてな

ボル:
ザック! もう止すでござる! あの
お方はカル様であってカル様ではない!
我々の手で、正気を取り戻さねば――

ザック:
……ダメだ。戦う前から折れるなんて、
武道家の面子にかけてできない。
この拳が砕けるまで、俺はカル様から
任されたこの場所を守る!

ヴァイ:
ザック! 無事だったのか?
オマエも魔戦将軍なのかよ!?

ザック:
そうだ。ずいぶんいろんなことを
思い出したよ。俺は昔、カル様に命を
救われたんだ……だからその命、
ここで使っても悔いはない!

D・S:
ザック……オマエも魔戦将軍か

ザック:
久しぶりだな、D・S。アンタにも
救われた命だが、俺はカル様のために
使わなくちゃならない。カル様がいな
かったなら、今の俺はないんだ――

ヴァイ:
ザック! それがお前の見定めた正義
なのかよ!?

ザック:
ヴァイ……こんな形じゃなく、戦えれ
ば良かったな。だが、俺は魔戦将軍
なんだ――行くぜ!

ザック:
く……あの時より、ずっと強い!
だけど俺は退かない! この命を燃や
し尽くすまで、ここを死守するんだ!

ヴァイ:
ザック――

その時だった。突如頭上で撃鉄が起き
るような音が響き、続いて無数の刃が
一行とザックの戦場に降り注いだ。

ザック:
うわああ――!

ヴァイ:
危ねえっ!

傷を負って避け切れぬザックを、飛び
込んだヴァイがすんでのところで罠の
外へと連れ出した。それがなければ、
ザックは刃の雨をまともに浴び、人間
と判らぬほどに寸断されていただろう。

ザック:
こ……こんな罠が、カル様が俺に守れ
と命令した場所に……俺を見殺しに?
ウソだ! そんな……

D・S:
こいつはお前が敗れた時の保険だぜ。
役に立たない部下もろとも、あわよく
ば俺たちまで片付けようって肚だな

ザック:
カル様がそんなことをするなんて……
ウソだ! ウソだ! ウソだ……

ヴァイ:
いくら昔救われた命だって、こんな風
に使われる覚えはねえだろが!
義理に囚われないで、何が正しいのか
自分で考えろよ、ザック!

ザック:
……正気のカル様が、こんな非道を
するはずがない。俺の正義は……カル
様にこんな真似をさせたヤツをブチ
のめすコトだ! それが俺の恩返しだ!

ヴァイ:
イイぞ! そうじゃなきゃウソだぜ!










仁王像の如く、完全武装の巨大な
騎士がそこに立ち塞がっていた。

ブラド:
遂に騎士の修行の成果を見せる時が
来たようだな――

ブラド:
この場所は何としても死守しなければ
ならん。カル様に仕える騎士として、
貴様らとて手加減はせんぞ!

ヴァイ:
おいおい、ブラドのオッサンまで
カル=スの配下だったのかよ?

ブラド:
ええい! ワシはまだ二十代じゃあ!
オッサンなどと呼ばれる歳ではないっ!

ブラド:
さあ、どちらが騎士として相応しく
生きてきたか、勝負だ! D・Sよ!

ブラド:
ぬうう? ワシが敗れるとは!?
修行が……修行が足りぬと言うのか?

D・S:
その通り、修行が足りねえ! 盲目的
に主に従うだけなら誰でもできる!
違うか? ブラド

D・S:
騎士の修行は正しき道を見極めるため
にあーる! 忠誠を誓うばかりでは、
真の騎士道にはほど遠いぜ!

ヴァイ:
アンタの口から、よもやそんな言葉が
出ようとは……

ブラド:
うおおお! 全てにおいて負けたわぁ!

ブラド:
貴様こそ真の騎士だ、D・S! かく
も正しく騎士の在りようを説かれては、
ワシも貴様に従う他ない――ともに
行き、カル様の真意を質す!

ブラド:
行け、D・Sよ。カル様が間違って
おられるのなら、貴様がその道を正し、
導いてくれい――

D・S:
オメエは、どうするつもりだ?

ブラド:
一から修行のやり直しじゃい。いつの
日かまた、こことは違う場所で会える
ことを神に祈っておるわ。その時には、
貴様に負けぬ真の騎士となってみせる!

ブラド:
さらばだ!
カル様を、よろしく頼む――

ブラドは再び修行の旅へ赴くべく、
巨体を揺らして氷獄塔を降りていった。










D・S一行は、氷獄塔の最上層と思し
きフロアに到達していた。塔頂への
出口が近いらしく、高空の冷たい空気
と、風が鳴る音が幽かに感じられる。

そこに、イングヴェイがいた。至高王
麾下の魔戦将軍最後のひとりとして、
カル=スを守り抜く決死の覚悟を
秘めた表情であった。

シェラ:
イングヴェイ! 剣を引いてくれ!
我々の話を聞いてくれ!

イングヴェイ:
……カル様のもとに身を置いてから、
私の人生は始まったと言って良い。
それまでの私は、国家に正当化された
殺人を行う理想も夢もない人間だった

イングヴェイ:
カル様は私の主君であり、親でもある。
今やそのカル様をお守りできるのは私
ひとりだ。ならばここで命を賭すこと
に何の躊躇いがあろうか――

イングヴェイ:
行くぞD・S! 至高王の命により、
貴方を討つ!

シェラ:
やめて――

イングヴェイ:
ぐふっ……まだだ。私がお守りせねば
……カル様をお守りせねば!

シェラ:
イングヴェイ!

よろめきながら立ち上がる騎士を、
シェラが駆け寄って支えようとする。
それを振り払い、荒れた呼吸で剣を
構えるイングヴェイの姿は、気高く、
そして無惨であった。

マカパイン:
イングヴェイ……貴様が話を聞いて
くれるなら、このマカパイン、首を
落とされてやっても良い――

イングヴェイ:
……! 貴公――

マカパイン:
意外に思うのも無理はあるまいな。
魔戦将軍の中で反目し合っていた――
いや、一方的に貴様を敵視していた
私がこんなことを言い出すのは――

マカパイン:
だが、命を賭ける価値は充分にある。
私は貴様に、こんなところで死んで
欲しくはないのだ

イングヴェイ:
……

マカパイン:
他の魔戦将軍とて同じだろう。貴様は
常にカル様の――正しきカル様の側に
仕えていてもらいたいのだ。貴様も
本当は、気づいているのだろう?

イングヴェイ:
……良かろう。ならば卿らが至高王の
もとを去った理由、聞かせてもらおう
――

だが、さしものイングヴェイも、魔戦
将軍の多くがD・Sについた現状に、
少なからず動揺している様子であった。

イングヴェイ:
卿ら……卿らもカル様に絶対の忠誠を
誓った魔戦将軍のはず。それが何故、
こうも反旗を翻したのか……

ラン:
カル様は正気ではない。イングヴェイ、
それはお前も判っているはずだ――

魔戦将軍たちは、D・Sに従った経緯
をイングヴェイに告げた。彼の表情
には、慈悲深く聡明であったカルとは
思えぬ至高王の所業への、衝撃と苦悩
の色がありありと浮かぶ。彼自身も、
今の至高王に対して忠誠を貫くことに
微かな疑問を抱いていたのだろう――。
ほどなく、彼の手は剣の柄から離れた。

イングヴェイ:
――騎士と呼ばれながら、私のして
いることはただの人殺しだった……。
あの亡国の日、カル様にお会いする
までは――

イングヴェイはとある国の騎士階級に
ある男であった。出自正しき彼は騎士
を継ぐ者として幼い頃から訓練を受け、
正式に叙位されてからは、諸国に並ぶ
ものなしと称された剣の腕もあって、
瞬く間に騎士団の要職へと抜擢された。
はた目には順風満帆の、将来を約束
された人生であった――。

だが、イングヴェイは現実を見つめる
目を持っていた。国を治めるのはひと
握りの特権階級であり、酷税のほとん
どは王侯貴族の華やかな暮らしのため
に濫費される。民衆は貧しく、領土
拡大のために引き起こされる戦乱が、
さらにその生活を圧迫する。

道端では孤児が飢えて死に、城では
戦勝を祝う宴が夜毎開かれる。しかも
その戦の功労者は自分なのだ。腐敗し、
肥えた貴族をなおも太らせ、貧しき
民を痩せ衰えさせる罪深き王権の
守護者――。

懊悩しながらも、イングヴェイは従う
以外になかった。騎士階級の王族への
忠誠は絶対であり、家柄や縁故が様々
な形で彼を縛り付けた。

仮にその刃をもって王権を覆したとて
何になろう? 国は侵略され、民を
さらに過酷な状況へと追い込むだけ
ではないか――そう自分の良心に言い
聞かせながら、それが言い訳である
ことも承知していた。イングヴェイは
忠義と正義の狭間で、擦り潰されそう
になって生きていた。

人生が、劇的に変わる日を迎えた。
皮肉にもそれは、腐敗した王権の
終焉の日であった。

魔導士カル=ス率いる反逆軍の侵略に、
王国は瞬く間に滅ぼされた。完全に
統制されたカルの軍隊は庶民に対して
一切の略奪、暴行を行わず、堕落しき
った支配階級を徹底的に断罪した。
国家の機能はカルの手腕によってすぐ
さま改善され、民は新たな、そして
真の支配者を熱狂的に迎え入れた。

戦にすらならなかった。少数を除いて
腐敗した貴族中心の騎士団はものの
数分で壊滅していた。

イングヴェイはカル=スと相対し、
完膚無きまでに敗北した。戦いの中で
思想、胆力、実行力――そのいずれに
おいても器の違いを思い知らされた
彼は自ら命を断とうとした。新しい、
イングヴェイが夢想した国はカルに
任せればよい。支配階級の一端を
担っていた自分は、王権とともに最期
の時を迎えるべきだ――そう思った。

だが、己に向けた刃はカルによって
弾かれた。なおも舌を噛み切ろうと
するイングヴェイに新たな王は言った。

「捨てた命なら、理想の実現のために
私に預けろ。私が目指す平等な世界は
まだまだ遠い。私にはお前のように、
正しき夢を見る人間が必要なのだ――」

この時、正しくイングヴェイは蘇った。
ようやく巡り会えた。真に剣を捧げる
べき主君に――。腐敗した汚泥の中で
窒息しかけていた騎士は、初めて清浄
な世界への綱を得た。何があっても
この命綱を放すまい――そう誓った。

イングヴェイ:
――カル様は、私に正義を貫かせて
くれると約束した。ならば、今こそ
それを貫こう。D・S、私を導いて
くれ……

シェラ:
イングヴェイ……

イングヴェイ:
シェラ……世話をかけた。確かめよう。
俺たちの信じた理想を――

シェラ:
ええ……ええ!



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最終更新:2020年10月31日 21:24