雷神塔


風力による送電は断たれているが、
この塔自体に蓄電能力があるのか、
内部の電気的装置はまだ問題なく作動
しているようであった。
構造は風神塔と酷似しており、この
塔が風神と対になる鬼神の名を冠して
雷神塔と呼ばれるであろうことは
容易に想像できた。










通路の暗がりから、獣のような荒い
息が響く。ぎらりと光を反射するのは
こちらを凝視する目か、それとも研ぎ
すまされた鋼の刃か――。

闇の向こうから、突如として鋭い斬撃
が襲った。牙を噛み鳴らす肉食獣の顎
を彷彿させる、熱風の如き殺気籠もる
一撃であった。

ヨルグ:
おおっ!

ヨルグのかざした白刃が、D・Sを
正確に狙った斬撃を辛うじて弾いた。

D・S:
誰だ! 出てきやがれ!

ジオン:
くそっ、外したか――シェン!
お前だけでも逃げろ!

シェン:
できませぬ! 兄者を置いてなど
……うぐっ!

暗い通路に潜んでいたのは、会話から
判断して兄弟であるらしい二人の剣士
だった。一目でそれと判るほど似ては
いなかったが、どこかしら血の繋がり
を確信させる共通の雰囲気がある。

ジオン:
言葉が通じるならば言っておく!
弟シェンに手を出そうとする者はこの
俺がことごとく斬り捨てる! その
覚悟があるなら俺にかかってこい!

シェンという名らしき弟は、塔の中に
放たれている魔物に襲われたのか、
浅からぬ手傷を負っているようだった。
それを庇う兄剣士は、手負いの獅子の
如き気迫で立ちはだかる。

ヴァイ:
おい、待てよ! 俺たちゃ別に戦う
つもりなんかないぜ!

D・S:
いーや、俺に斬りつけてきやがった
罪は万死に値する! ブチコロス!

ロス:
わわ、キレかけてるわ。ホラホラ、
アンタも早く謝って!

ジオン:
……? 敵ではないのか?

D・S:
ふんぬーっ! もう敵だあ!

兄はジオンと名乗り、いきなり斬り
つけた非礼を詫びた。この兄弟は
雷神塔に迷い込んで以来無数の怪物に
襲撃され、傷を癒す術もないまま
塔内を彷徨っていたらしかった。

ジオンとシェンも、やはり記憶の
ほとんどを失っていた。思い出せる
のは、ともに目覚めた相手が兄弟で
あるということだけ――。

しかし、奇妙なことに、二人は己の
記憶がないことにどこかホッとして
いる節があった。それは当人たちも
気づいておらぬ微妙な感情であるらし
かった。

D・S:
……まあ、しょうがねーってコトに
しといてやらあ。テメエらも追い詰め
られてたみてえだしな

ジオン:
済まぬ……弟が傷を負っているとは
言え、敵かどうか確認もしなかった
のは迂闊に過ぎた

シェン:
許してくれ……兄者はオレのことを
気遣うあまりに……うっ

懸命にこらえているが、シェンの傷は
見た目以上に酷いようだった。

QUESTION:
ヨーコ玉の法力を使うか?
惜しみなくいこう
温存して使わないと……

シェン:
おお……身体の奥底から癒されていく
ようだ

ジオン:
非礼を働いたうえに、貴重な治療呪文
をシェンのために割いて貰えるとは
……重ねて済まぬ!

ジオン:
……聞けば貴殿らは砦に打ち入り、
囚われの姫を救う心算とか。我ら兄弟、
剣にいささか心得がある。せめてもの
礼に、暫し同道させては貰えぬか?

シェン:
先刻は多勢の魔物に遅れを取ったが、
オレたちは“影流”と呼ばれる剣法を
使う。こと剣の戦いに関しては、必ず
役に立てる自信がある

ボル:
影流……ほほう、侍の刀法でも異端、
裏の裏に属する門外不出の暗殺剣と
聞いた覚えがござる。相対した者は
必ず斬られる、とも――

D・S:
手勢は多いほうがいい。いいぜ、
その剣技とやらを見せてもらおうじゃ
ねえか。期待してるぜ

シェン:
……少し痛みが和らいだようだ。
これで動けるように……うっ

ジオン:
シェン! 無理はするな

ジオン:
D・S……色々と済まぬ。我らは
もうしばらく体力の回復を待ち、
この塔を出て旅を続けるつもりだ

D・S:
どこに向かうってんだ?

ジオン:
今は、少しでも我ら兄弟の記憶を
取り戻す手がかりを探す他にない。
貴殿らがやってきたと言う、海岸線も
調べてみるつもりだ

シェン:
……オレには妻がいたような記憶が
ある。ああ、しかし曖昧としてそれが
事実であるのかどうかも判らない

シェン:
……しかも、思い出すことが良く
ないような、奇妙な感じが心の底に
わだかまっている。このまま、兄者と
旅するのが一番良いような――

ジオン:
何を言うのだ! この状況で――
記憶を失ったままで良いはずがない。
恐れずに記憶を蘇らせるきっかけを
探すのだ

シェン:
そう――そうだな。オレがどうかして
いたようだ。ただ、記憶が戻ると、
兄者と別れることになりそうな予感が
しただけさ。子供でもあるまいしな

ジオン:
そうだとも……錯覚だろうさ……










雷神塔の最上層には、彼らが予想して
いたような守護者も、そして探索を
進める手がかりらしきものも見当たら
なかった。フロアの中央には塔の一階、
そして地下まで続いているであろう
吹き抜けが深く口を開いている。

ヴァイ:
てっきり風神塔みたいに、雷機神っ
てな化け物が守りを固めてると思った
んだけどな

ロス:
これといった重要設備もないわね。
無駄足だったんじゃない?

その時、ヨーコ球が淡く輝きながら、
吹き抜けに向かってふわりと漂い
始めた。

D・S:
お、おい。ヨーコさん! 穴に落ち
ちまうって!

慌てて手を伸ばそうとしたその刹那、
D・Sははっきりと見た。鏡面の如き
輝きが薄れた聖玉の中に、見覚えの
ない男の姿が映ったのを。男の幻影は
D・Sを導くように吹き抜けの中央を
指差し、一瞬に掻き消えた。同時に
球は垂直に落下し、奈落への穴に吸い
込まれる――。

D・S:
ヨーコさん!

カツン! と硬い音を響かせ、聖玉は
吹き抜けの上の、何もないはずの空間
でバウンドした。そのショックで目を
覚ましたのか、浮力を取り戻してゆら
ゆらとD・Sの手に帰ってくる。

D・S:
今のは……? ヨーコさん、誰だよ!
今のヤローは!?

舞い戻ったヨーコ球は、戸惑った様子
で赤と青に点滅するばかりだった。
今この瞬間、何が起こっていたのか
ヨーコ自身覚えていないようであった。

D・S:
……霊の憑依か? この球は霊魂の
受信機みたいなもんだから、強い霊に
一時的に制御を奪われるってことも
考えられる。だが、あいつは何を――

ヨルグ:
橋が架かっているぞ! 今、その
球が跳ねたところに!

ボル:
何もないように見えるが――おっ、
本当でござる。全く影を造ることの
ない、透明な橋でござる!

空洞と見えた吹き抜けに、透明の橋が
架かっていた。ガラスのように光を
反射することもない、完全に不可視の
物質で造られた橋は、吹き抜けの中心
に向かって真っ直ぐに伸びているよう
であった。

ロス:
こりゃ、渡ってみない手はないわね










透明の橋の先、吹き抜けを挟んだ反対
側の足場に転送機が設置されていた。
このテレポーターの周囲は偏光性の
シールドに覆われていたらしく、橋を
渡らない限り発見できない仕組みに
なっていた。

D・S:
ヨーコさんの球に映ったヤロウは、
これを俺に教えようとしたのか……?

ロス:
んー、通電してるわ。動くわよコレ。
ねっねっ、早く降りましょ!



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最終更新:2020年10月31日 21:10