馬頭石像の森


巨石を彫り上げて造られた、馬の
頭部を象った石像が、林道の途中に
開けた空き地に据えられている。
人間を見下ろす高さにある巨馬の顔は、
どこか獰猛な魔物の類を想像させた。

D・S:
こんなデカい石像、誰が作りやがった
んだ

ヨルグ:
少々薄気味が悪いな。彫像とは判って
いても、まるでこちらを見られている
ように感じるな

ザック:
ん? どうした、ヴァイ?

ヴァイ:
う……うああ

馬頭の石像に近づいた途端、ヴァイの
様子が一変した。目は見開かれ、両手
は頭を掻きむしるように短い痙攣を
繰り返す。脂汗の噴き出た顔は苦痛に
歪み、激しい頭痛がヴァイを襲って
いることを物語っていた。

ヴァイ:
あ、頭が割れそうだ……誰の、声?
か、母ちゃん……?

D・S:
おい、ヴァイ! しっかりしろ!
頭が痛えのか?

ヴァイ:
ぐ、あああ、止めて……

D・Sが近づくと、一瞬ヴァイの
動きが止まった。焦点の合わぬ瞳で、
微かに何かを呟いている。

ヴァイ:
あ……コイツを……D・Sを倒せば
いいのかい? 判ったよ……母ちゃん
……

俯いた顔をゆっくりと上げ、ヴァイは
襲いかかってきた。

ヴァイ:
うう……

D・S:
ようやく静かになりやがったぜ。
このバカ力め

サイクス:
強力な催眠念波に操られているな。
この馬頭の石像が怪しい。ひとまず
ここを離れたほうがいいだろう

ヨルグ:
こいつ、母親のことを呟いていたか?
……妙だな。一度この場を離れてから
活を入れたほうがいいだろう

ヴァイ:
だ、ダメだ! 近づくんじゃねえ
D・Sァ!

絶叫し、そのまま白目を剥いてヴァイ
は失神した。何かに強烈に抗ったのか、
力をこめた指の痕がこめかみの辺りに
残っている。

D・S:
どうしちまったんだ?

サイクス:
石像から奇妙な念波が出ているようだ。
ヴァイの命に別状はないようだが、
一度離れたほうがいいだろう

ヨルグ:
気を失っているだけのようだ。だが、
この様子はただごとじゃないな。一度
この場所を離れよう、D・S

ヴァイ:
うう……やっぱりこの森、何か囁いて
くるぅ……俺、ダメだぁ

ヨルグ:
仕方あるまい。ヴァイ、休んでいろ










突如、空中から黒い影が、白い鋼の
閃きとともに落雷の如く襲いかかって
きた。

ジオン:
ぬううっ!?

凄まじい勢いをもって降り注ぐ巨大な
白刃を、ジオンのかざした漆黒の刀身
――黒夜叉が弾いた。刃の擦れ合う音
が響き、飛び散る火花が大気に焦げた
匂いを残す。

馬頭石像の上から飛び降りてきた影は、
剣を止められた反動を利用して大きく
飛び退った。

ジオン:
何奴か!

ラン:
俺の飛翔の太刀を躱すとは、剣士、
貴様なかなかの手練れだな――

黒い影と見えたのは、黒く染め上げら
れた鎧を着込み、幅広の大剣を手に
した戦士であった。美しいブロンドの
巻き毛と、彫像造形の模範となるほど
に整った容貌、そして肉体賛美の象徴
となりそうな、均整の取れた筋肉に
覆われた逞しい体躯――。
だが、青年の目には尋常ではない、
狂信的とも言うべき光が宿っていた。

ラン:
母なる森を踏みにじる侵略者どもめ。
樹海の守人たるこの黒騎士ラン、神聖
不可侵の母御がため、貴様らの血肉を
木々の滋養としてくれよう!

ラン:
ふ、やるな! だが、この樹海は俺の
狩り場だ。目障りな反逆者ともども、
どこに隠れようと葬ってくれる。
小手調べはこれで止めるとしよう

まだ充分に余力を残した様子で、
ランは高笑いとともに去っていった。

ジオン:
黒夜叉でなければ、初撃で俺の身体は
止めた刀ごと断ち割られていた……。
我流だが、恐ろしく実戦的な剣だ

D・S:
手強いな……何てえ森だ。厄介な
番人までいやがるのか。ヴァイは全然
役に立たねえしよ

ヴァイ:
うう……あんまり石像に近づかない
でぇ……アタマがぁ

ボル:
気になる言葉も残していったで
ござるな。母御と――反逆者とは、
誰のことでござろう?










ヴァイ:
う……やっぱりココだよ……俺は
ダメェ……

D・S:
俺にも感じ取れるほど念波が高まって
やがる。ランの精神拘束を強めようと
してるな

シーン:
早く……早く兄さんの呪縛を解いて
あげたい――

ヴァイ:
うおお……

ヨルグ:
ヴァイ?

ヴァイ:
ダメだ……今までになく、声が、
強、まって、き……やがる……!

ヴァイ:
ヨルグ! 俺に当て身を入れてくれ!
こ……このままじゃ、操られちまう!

D・S:
判ったぜ! うるああっ!

ヴァイ:
ア、アンタじゃなくって……
アガァッ!(ガクリ)

D・S:
ふう……アブねえトコだったぜ

ヨルグ:
D・S……。アゴを殴るのは当て身
とは言わないぞ……

ボル:
手加減なしでござるな

D・S:
ヴァイがおかしくなったってコトは、
いよいよこの近くに念波の源がある
って証拠だぜ

カイ:
……歌? 歌が聴こえる――

耳を澄ますと、幽かに子守歌のような
旋律が聴こえてきた。警戒心を真綿で
くるみ、言いなりに操ろうとする甘い
囁くような歌声――それは毒を含んだ、
淫靡とも言える甘味である。

鎮座する三体の石像の、その中央に
魔雷妃の最後の幻体であろう、ハーフ
エルフの姿が浮かび上がっていた。

これまでの幻体の中では、最も年齢の
高い女の姿であった。それでも人間で
二十四、五といったところであるが、
その容姿はあまりにも妖艶で、もっと
成熟した女性の印象を醸し出している。

幻体に背を抱かれる形で、そこにラン
がひざまづいていた。母親の腕で眠る
幼子のような姿であったが、瞳には
念波の洗脳に抗おうとする意志の光が
灯っている。しかし、魔雷妃の甘美な
歌声は支配力を強め、ランの眼光は
次第に衰え始めた。

シーン:
兄さん! 負けちゃダメ!

カイ:
お前はその程度の男ではなかった
はずだぞ、ラン!

ラン:
う……うおおおっ!

ふたりの呼びかけが、屈服しかけた
ランの抵抗の炎を再び燃え上がらせた。
瞳に激しい輝きが戻り、幻体を振り
払うようにして飛び退く。その瞬間、
幻惑の子守歌は止まり、子供を慈しむ
母のようであった魔雷妃の表情は、
狂気の母性を露にした鬼のものへと
一変した。

魔雷妃(幻体):
私を拒否するのだね! お前までが!
ならばその黒き鎧に抱き殺されるが
いい。お前なんて、いらない――

ラン:
ぐうおおお――!

魔雷妃の呪詛とともに、黒騎士の象徴
たる闇色の鎧が、みしりとランの肉体
を締め付ける。万力の如き、狂った
母性の抱擁であった。肉体を搾られる
凄まじい激痛に、ランは絶叫を残して
倒れ伏す。その叫びに被さって、
鬼母の哄笑が響き渡る。

D・S:
やめねえか!

D・Sの怒声に、魔雷妃は鞭で打たれ
たように嗤笑を止めた。D・Sに向け
られた瞳には、これまでの幻体の時と
同様の、戸惑いの色が浮かんでいる。

魔雷妃(幻体):
あ……あなたは……? 何故私を
そんな瞳で見るの――ああ!

鎧の拘束が弛み、ランは激しく息を
吐いて意識を失った。動揺した幻体は
輪郭を不規則に歪め、妖婦の衣を剥ぎ
取られそうに揺らめく。
と、中央の石像の目が妖しく光り、
そこから真紅の巨馬の幻影が躍り出て
魔雷妃の幻体と融合した。

正体を現したのは、馬頭を象った兜を
被り、血の色に染め上げた甲冑を纏う
女妖魔であった。王鴉、毒乙女と
似通った容貌であり、この妖魔を
含めて三姉妹となることが窺い知れる。
美しいが、やはり拭い難い邪悪と
狂気を漂わせた魔性であった。

馬頭母:
邪魔をしてくれたものよ。あと少しで
あの男の意識を全て我が忠実な息子と
して書き換えることができたものを
……

D・S:
テメエが催眠念波を出してやがるな。
この森の石像どもはその増幅器って
ワケかよ

馬頭母:
それが判ったところでどうなるもの
でもないわ。お前たちはここで死ぬの
だからな。この馬頭母を姉者や妹と
一緒にしてもらっては困る

馬頭母:
そしてD・S――お前はこの私が
直々に洗脳してあげるよ。ヨーコなど
という娘を使うより、そのほうが早い
というものだ――

馬の嘶きに似た叫びを上げて、
馬頭母は手にした剣をかざした。
それが、闘いの合図となった。

馬頭母:
さあ、血を流しておくれ。私の身体を
もっと美しく染め上げておくれ!

馬頭母が剣を振り上げた、その時で
あった。微かな風切り音とともに、
鋼がしなる響きが一瞬に近づく。と、
馬頭母の頬に細い傷が一筋刻まれる。

馬頭母:
何!?

マカパイン:
その男は私の獲物だ。手を出そうと
言うなら妖魅であろうと容赦せぬぞ

D・S:
マカパインか!

マカパイン:
D・S……貴様を倒すのはこの私だ。
それまでに誰かに負けてもらっては
困るのでな。助太刀させてもらうぞ

馬頭母:
ぐうっ……魔雷妃め……どこまでも
弱く不安定な女よ。これでは姉君も
毒乙女も苦杯を舐めるわけよな……

馬頭母:
これでは本体に戻らぬわけにはゆかぬ。
口惜しいが、私も樹棺城へ……

再び馬の姿に戻った妖魔は、跳躍する
とそのまま虚空に蹄の音を響かせ、
天を駆けて樹棺城の方角へと走り去っ
ていく。その姿はさながら、悪夢を
運ぶ魔性の馬――夢魔の如くであった。

D・S:
テメエッ! 待ちやがれ! ヨーコ
さんのことを言ったな……くそっ!

D・S:
……助かったぜ、マカパイン

マカパイン:
フ……余計な手出しだったかも知れん
な。ともに闘ってみて判ったが、
今の私では歯が立たぬ強さだ、貴様は
――

マカパイン:
またいずれ、腕を磨いてから決着を
つけるとしよう。さらば――

ヨルグ:
待つんだ! マカパイン!

マカパイン:
……何だ

ヨルグ:
もうそろそろ判っているのだろう?
お前の本当の敵は他にいることを――

マカパイン:
――ああ

ヨルグ:
ならば、もういいではないか。その
類なき力、俺たちに貸してもらえない
だろうか?

マカパイン:
……だが、私は幾度となくD・Sの
首を狙った人間だ。それに、貴様を
裏切ったこともある――

ヨルグ:
そのお陰で、俺は真の仲間を得る
ことができた。お前にできないこと
ではあるまい

D・S:
俺も構わねえぜ。どうしても気に
してえってんなら、今の助太刀で
チャラにしてやるよ

マカパイン:
……いいのか? また裏切るかも
知れんのだぞ?

D・S:
その時は気紛れじゃねーんだろ?
戦わなきゃならねえなら、気が済む
まで相手してやるぜ

マカパイン:
フ……とっくに判っていたのかも
知れんな。その度量の広さ、私には
真似のできぬものだ。これでは勝てる
わけもあるまい――

マカパイン:
改めてお願いしよう。よろしく頼む

マカパイン:
勘違いしてもらっては困る。D・S、
貴様を倒すのはあくまで私でなければ
ならんのだ。礼など言っていると、
あとで後悔することになるぞ

マカパイン:
――仮にも共闘の直後とあっては、
今は決着をつける気にはなれん。だが、
次に飛来する妖斬糸の目標は貴様だ!
首を洗っておくがいい!

D・S:
おっ! 首筋にウンディーネのキス
マークが!

マカパイン:
えっ! ……こ、この! そういう
引っかけはキタナイぞ! 覚えておけ
よ、D・S!

ヨルグ:
……行ってしまったか。あいつも
本当は、俺たちの仲間に加わりたいの
ではないだろうか?

D・S:
つまらねー意地張ってやがら

シーラ:
殿方の意地と言うのは、とかく厄介な
ものなのですね

カイ:
しっかりしろ、ラン! 目を……
目を覚ませ!

シーン:
兄さん!

ラン:
う……うう。カイ? シーンも……

息を吹き返したランは、鎧に締め付け
られた時間が短かったせいか、重大な
怪我を負ってはいないようであった。
もっとも、鍛え上げられた肉体を持つ
ランでなければ、黒い鎧は一瞬に犠牲
者の胴体を圧し潰していたであろう。
彫像の如き筋肉の壁が、収縮の強烈な
圧力から骨や内臓を護ったのであった。

馬頭母が撤退したためか、魔性の鎧は
拘束力を失って分解し、ランはすでに
自由の身となっていた。

ランは、黒騎士として操られていた
記憶がある程度残っているようだった。
わずかな説明をされただけで、現状を
ほぼ正確に把握した。

ラン:
……どのように詫びたら良いのか、
それすらも判らぬ。D・S――それに
カイ、シーンも……操られていたとは
言え、それも俺の心の弱さゆえ――

カイ:
いいさ。それにお前は、俺たちの
呼びかけで目を覚まそうとしてくれた
じゃないか

シーン:
兄さん……うん、もうはっきりと
思い出せるわ。子供の頃からずっと、
ラン兄さんはわたしを守ってくれた。
あの時も、そうだったんでしょう?

ラン:
シーン……。だが、何故俺たちは、
この森に目覚めた時にそんなことまで
忘れてしまっていたのだろう?

カイ:
鬼道衆としての記憶も、核となる部分
には靄がかかったように思い出せない
……いずれにせよその鍵は樹棺城に
――魔雷妃の正体にあるはずだ

ラン:
うむ……D・S。このようなことを
頼めた筋ではないが、俺も仲間に
加えてもらえるだろうか

D・S:
おう。もう黒騎士じゃねーんだしな

ランはこの森の番人を任されていた
ため、龍樹の入口を開くための鍵も
授けられていた。

シーン:
ところで兄さん、ダイはどこへ連れて
行かれたのかしら。一緒に樹海に
消えてしまったけれど……

D・S:
ダイってのは誰だ?

カイ:
もうひとりの仲間で鬼道衆のひとりだ。
もっとも俺たちとは故郷も、拾われた
経緯も違うのだが、正直なところ
詳しくは思い出せん

ラン:
あいつは何かの儀式に参加させられる
ということだったが……どこにいるの
かまでは、黒騎士の任務外だったので
判らないな――

D・S:
ダイ……ダイね。どーも不愉快な
よーな、笑えるよーな名前だな。
何かヘンな縁でもありやがるのか……

D・S:
――そうだ。龍樹に向かう前に、
この先の湖を確認してみねえとな










ヴァイ:
……はっ!?

D・S:
お。ようやく目を覚ましやがった

ヴァイ:
俺は一体……あーっ! D・S!
テメエさっきはよくも――誰が顔面
殴ってくれって頼んだよ!

D・S:
(チッ。覚えてんのか)それって
何の話だ? オメエは電波が、電波が
とか言ってぶっ倒れちまったんだよ。
顎はその時に打ったんじゃないかあ?

ヴァイ:
そ、そうだっけ……ってダマされて
たまるかあ! 何でアゴだって知って
んだよ。俺は顔としか言ってねえぞ!

D・S:
げ……知恵がつきやがった。打ち
どころが良かったのか? だったら
感謝されこそすれ責められる筋合いは
――

ヴァイ:
やかましーい!

D・S:
あっ、痛えなコイツ! やんのか!

ヴァイ:
じょおとおだぜ!

カイ:
うるさいな、もう。だから男ってのは
ダメなんだよな、ガキでさ……

シーン:
そお? どんな時でも元気でいいじゃ
ない。カイって頑なだもんね

ヴァイ:
……あれれ? 俺どうしたんだ?
痛、イテテテ……?

D・S:
あれれじゃねーよ。訊きてえのは
コッチのほうだぜ

何があったのかを聞いても、ヴァイ
には良く思い出せないようであった。
ただ、石像に睨まれたと思った瞬間、
抗い難い声が頭に直接響き、逆らおう
とすると頭蓋が割れるほどの激痛に
襲われたのだと言う。

D・S:
石像が原因と見て間違いねえだろう。
となると、ヴァイはあの森じゃあ役に
立ちそうにねえな

ヨルグ:
ヴァイ……母親のことを何か口走って
いたようだが?

ヴァイ:
俺が? ……そう言われてみると、
少しだけ思い出せるような気がするぜ
……

ヴァイ:
自分のお袋の記憶はまだ戻ってねえん
だけどよ、頭痛と一緒に囁きかけて
くる声が、まるで母親に言い聞かせ
られてるみてえで――

ヴァイ:
それがD・S……アンタを襲えって
囁くんだ。そうすりゃ痛みから解放
されるって……そこで、もう頭ン中が
真っ白になっちまった

D・S:
母親の声、か……すると、さっきの
小娘は関係ねえのか――?

ヴァイ:
……楽になってきた。もう大丈夫だぜ










没シナリオ
何があったのかを聞いても、ヴァイに
は良く思い出せないようであった。
ただ、石像に睨まれたと思った瞬間、
抗い難い声が頭に直接響き、逆らおう
とすると頭蓋が割れるほどの激痛に
襲われたのだと言う。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年10月31日 21:16