影角洞


ボル:
ぐうわああああっ――!

ヴァイ:
おい! どうしたオッサン?

D・S:
こりゃ、竜船の時と一緒か――?

ボル:
やめろ、やめてくれ……ぐうう

頭を抱え、脂汗を浮かべてボルは
うずくまった。他の者には感じ取れぬ
何かが、この剛直な武人に耐え難い
恐怖を感じさせているらしい。

と、前方の空間に巨大な影が生じた。
蠢く生きた闇とも言うべきその空間は、
絶えず形を変化させながら行く手を
塞いでいた。触手のように伸縮する
影が、その危険性を本能に訴えてくる。

D・S:
強行突破……って具合にはいきそうに
ねえな。あの影、影使いの能力なら
探ることもできそうだが……肝心の
ボルがこれじゃあ――

ヴァイ:
ここからいったん離れようぜ!
ボルが泡吹きやがった!

ボル:
うう……はっ!?

D・S:
正気に戻ったか。オメエ、あそこで
何を感じたんだ?

ボルを襲ったのは強烈な恐怖の記憶で
あるらしかった。五感は暗闇に絡め
取られ、圧し包む無数の殺意がボルの
命を絶とうと襲いくる。船で目覚めて
以来、ボルを苦しめてきた焦燥感が
具現化したかのような、抵抗できぬ
恐怖が彼を苛んでいたようであった。

D・S:
その幻覚とあの影に何か関係があるの
かも知れねえが、影使い本人が正気を
失っちまうんじゃ調べようもねえ。
先に他を当たるぜ










ボルを襲う幻影は消えたが、あの闇の
集合体はまだそこにわだかまっていた。

D・S:
この影は幻覚の類じゃねえってこと
だな。ボル、影使いの能力でこれが
何だか判るか?

ボル:
調べてみるでござる

ボルの足下の影が伸び、暗黒空間に
探査の触手を潜り込ませる。同質の
影の侵入に、蠢く闇は刺激された
様子もなくただ変形を繰り返している。
一秒、二秒……閉じられていたボルの
目が突如見開かれた。額に汗が浮かび、
その口から恐怖の呻きが漏れる。
しかしボルは持ちこたえ、即座に影を
引き戻した。

ボル:
はあっ、はあっ……判ったでござる、
この影の正体が――!

その時、巨大な影はにわかに激しく
蠢き始めた。輪郭が急速に変形し、
人型――それも見上げるほどの巨人の
シルエットを形作る。闇色の顔の中に
双眸の光が宿り、裂け上がった口から
怨嗟の叫びが沸き起こった。
影の魔神――それは一瞬に実体化し、
地響きを立てて前に踏み出してきた。

ボル:
魔神の狙いはそれがしでござる!
おのおのがた、お逃げくだされい!

D・S:
バカ言ってんじゃねえ! 実体なら
戦いようもあらあ! 一秒でカタぁ
つけてやる!

飛び散った魔神の肉体は再び影に戻り、
磁石に引き寄せられる砂鉄のように
ボルの足下へと集まっていく。そして
迎えるボルの影に融合し、一片残らず
吸収されてしまった。

ボル:
……

D・S:
こりゃあ、どういうワケだ?

ボル:
この影の魔神は、それがしの中から
生まれたものでござる――

ヴァイ:
じゃ、ヒゲのお母さん?

D・S:
だあってろ! アホウ

ボルは影を走査した際に、ある程度の
記憶を取り戻していた。

操影術とは、人里離れた地に隠れ住む
一族に密かに受け継がれてきた特殊な
技能であった。戦局すらも左右する
諜報能力ゆえに、一族は代々その力を
外の世界には出さず、里の者の多くは
極めて閉鎖的な社会で一生を終えた。

しかしボルはこの因習を嫌った。力を
大きな舞台で活かさずして、何のため
の修行であるのか? やがてボルは
禁を破り、里を抜けて一族を捨てた。

だが、一族は掟を破る脱走者を許さな
かった。ボルを抹殺すべく次々と刺客
が送り出され、彼は生き延びるために
かつての仲間との殺し合いを余儀なく
された。長い逃亡生活の果て、ボルの
手はともに修行した影使いたちの血に
まみれた。

同時に、ボルの影使いとしての力は
増大していった。倒した刺客の操る
影霊は自然、その場に生き残った
ボルの影に宿る。数え切れぬ友の
返り血が、史上最強の影使いを造り
上げていったのだ。

しかし、己の支配する影が強大になる
度、彼の心は慚愧に震えた。里を抜け
たのは生きる道を探すため。他者の
生きる道を閉じるためではなかった。

そうした念が蓄積したのだろうか。
この地に放り出され、かつて抜け忍と
して追われ続けた強迫観念に憑かれた
ボルから剥離した影霊は、彼の恐怖を
反映して刺客たちの怨念と化した。
そして“影”の性質を持つこの岩洞の
エネルギー源に引き寄せられ、ボルの
訪れを待ち続けていたのだった。

ボルを苦しめた幻覚は、言わば己の
記憶の鏡像であった。

ボル:
――思い出さなければ良かった。
記憶を失ったままでいられたなら、
どれだけ楽だったことか!

ボル:
それがしの手は血に染まっている!
それがしの足下には、無数の友の屍が
踏みつけにされているのでござる!

ボル:
ああ――そして影霊は、またも我が
身に宿って……この世界で目覚める前、
それがしはどのようにしてこの記憶に
耐えていたのでござろう?

ボル:
このまま命を絶ってしまいたい……
それがしなど、あのまま影の魔神に
殺されてしまえば良かったでござる!

D・S:
小僧ぉっ! 歯ぁ食い縛れぇ!

D・Sの拳が、ボルの頬に炸裂した。
遠慮仮借のない一撃が、ボルをコマの
ように回転させながら吹っ飛ばす。

ボル:
はぐぐぅ……何するでござる

D・S:
目が覚めたか! いかついヒゲ面の
クセしやがってメソメソメソメソ!
人間ってのはなあ、生きていくために
努力しなきゃあならねえんだ

D・S:
テメエは自分の力を役立てたくて、
バカらしい掟に縛られた里を出たんだ
ろーが! その時に決めてるんだよ、
テメエは!

D・S:
掟なんかより、自分の思ってることが
大事だってなあ。いーじゃねえか、
それで。だったら生き延びて、その
力を活かさねーでどうする!

ボル:
う……うう

D・S:
刺客にされた奴らだって、覚悟を
決めてオメエを追ってきたんだろーが。
そうやって生きよう、死のうって決め
てんだ。それでオメエを恨むかよ?

D・S:
恨むとすりゃ、テメエが今みたいな
弱音を吐いた時だ。死ねば良かったと
思うくらいなら、討たれてくれりゃ
いーじゃねーかってな!

D・S:
忘れんな! テメエが選んだ道を
進んでいる限り、死んでいった奴らも
意味があったんだってことをよ――

ボル:
うお……うおおーん!

ボルの目から、滝のような涙が止めど
なく溢れ出す。D・Sの言葉に打たれ
ての男泣きであり、またそれは、拭う
ことのできなかった罪の意識を洗い
流す浄罪の涙でもあった。影使いボル
  • ギル・ボルはここに、生きる意志を
取り戻したのだった。

ヴァイ:
いいとこあるじゃん。ちょっとは
見直したぜ、D・S

D・S:
ケッ……こんなトコで時間食っちゃ
いられねえからよ。オラ、キタネエ面
拭いて、とっとと行くぜ!

ボル:
ヒック、ズズッ……そう言えば、
それがしは形こそ違え、以前にも
こうやって誰かに生きる意味を与えて
もらった覚えがござる……ズズ

D・S:
へっ、そいつもヒマだったんだろ










D・S:
これで四つ目だぜ。エネルギーの
流れはほぼ把握できるようになって
きたぜ……へへ、隔壁のロックは
全て解除されてるな

D・S:
残りのブロックへ急げ!

三番目のクリスタルも。D・Sの描く
法印の中で静かに色を失い、無垢なる
白色へと変わっていった。

D・S:
これでよし。次のブロックに急ぐぜ










D・S:
ここから先はまたボルがおかしく
なっちまうな。まだ先にゃ進めねえ



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最終更新:2020年10月31日 21:11