第一章 第二章 第三章 第四章 黒斑洞黒の館気洞溶解雨の湿地デュアディナムトンネルランゲルハンス島スーゼミの神殿血路癌臓宮癌臓宮中枢部ダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミーダミー 第五章 クリア後

黒の館


館の内部は、奇妙に美しく整えられて
いた。床には精緻な柄を織り込んだ
絨毯が敷き詰められ、黒一色の外見
とは対照的な色彩をたたえている。

だが、注意深く観察すれば、その柔ら
かな床は織物などではないことに気づ
くだろう。それは細かな、あまりにも
微細な突起の集合物であり、洞窟に
繁殖している黒い肉腫と同種のもので
あった。柔らかな肉の突起を踏みつけ
る、吐き気を催すような感触が足下
から這い上ってくる。

ガラ:
オレ、こーゆーの苦手なんだよなあ。
ウエッ、オレまで調子悪くなりそ

ネイ:
イヤな気配のする館だな……これは
腐臭? いや、違う……死を直前に
した者の臭い――“死”そのものの
臭気だ――










バ・ソリー:
ええい! 何なんどわあぁこの館わぁ!

マカパイン:
おお! バ・ソリー! 貴様ここに
いたのか!

バ・ソリー:
あお? マカパインではないかあ!

バ・ソリーは蟲たちを使い、この館を
探ろうとしていたらしい。だが、体内
から放たれた蟲は、床の柔突起に阻ま
れてろくに身動きが取れない。何匹か
はそのまま床に飲まれ、どうやら消化
されてしまったようであった。

バ・ソリー:
ううう……俺様の蟲がァ、蟲がァ

ガラ:
おーおー可哀想にね

バ・ソリー:
貴様、全然同情しとらんだろ!?

ロス:
こういうグロいトコは貴公が得意そう
だと思ってたんだけどねー。アタシ
みたいに根が高級だとなじめないわぁ

バ・ソリー:
それじゃ俺様は低級かい! おにょれ、
そのうち貴様が寝ているうちに、蟲の
卵を飲ませてやるっ!

ロス:
……想像しただけで気絶しそう。いく
らでもアヤまるからそれだけはヤメテ










床の模様とは別に、そこに活発に蠢く
癌細胞の群れがあった。一行に微かな
反応を見せたが、あまりにも群体が
小さいため通過の障害にはなり得ない。
ただ、細胞は倍々に、急激な速度で
分裂増殖を繰り返しつつあった。

柱の間で蠢動する癌細胞の群体は、
今や一帯の床を覆い尽くすほどに成長
を遂げていた。接近する獲物の気配を
嗅ぎつけ、それは迅速に盛り上がり、
番兵の実体を顕し始めた。










開かれた宝箱の前で、ひとり佇む侍の
姿があった。

シェンであった。その箱から取り出し
たのであろう、脇差を手にその刀身を
食い入るように見つめている。
もの静かなシェンの貌に、錯覚か、
鬼神の激しい憤怒の相が浮かんでいる
ように見えた。

D・S:
……シェン?

シェン:
! ああ、D・S……無事か

夢から覚めたように――そしてその
内容をD・Sに覗かれてしまったと
感じているかに、シェンは慌てた様子
で脇差を鞘に収めた。その腰には兄・
ジオンから受け渡された黒夜叉と、
白鞘の脇差が下げられている。

D・S:
あんまり、無事じゃ、ねえな……。
オメエ、兄貴はどうした?

シェン:
――そちらとも一緒ではなかったか
……オレは虹の中ではぐれてしまった。
いや……オレを避けて、姿をくらませ
たのかも知れんな――

D・S:
……? どういう意味だ?

シェン:
……いや、気にしないでくれ

それ以上、シェンは何も語ろうとは
しなかった。ただ、ジオンのことを
問われた瞬間、幽かだがあの鬼相が
シェンの貌を過ぎったように思えた。










ダイ:
おおお――っ! 美しいーっ! 心の
琴線を掻き鳴らすこのセンス! 足下
から伝わる総毛立つような肉の感触!
素晴らしいぃぃぃ!!

大袈裟な身振りで、ひとりこの奇怪な
館を讃える筋肉の塊がいた。ダイの
ねじくれた美的感覚には、生理的に
嫌悪感を催すこの建物こそ、至高の
美に値するものであるらしかった。

ダイ:
思わず頬ずりしたくなりますねェェ!
柔突起、サイコー!!

ネイ:
やかましいっ!

ダイ:
はぐっ!? あ、ネイ様ぁ?

ネイ:
相変わらず美的感覚のズレた子だね、
オマエは! それなりに可愛い子供
だったのに、いつの間にやら醜い筋肉
ダルマになって! うーっ、天誅!

ダイ:
あぎゃあああ――!

ダイ:
……ふうぅー

ネイ:
何っ? 私の雷撃からもう回復する
なんて!?

ダイ:
効きませんねぇネイ様。私はもはや、
母代わりである貴女を超えたのです!
魔雷妃であった貴女に奪われた以上の
闇の魔力を取り戻したのですよぉぉ!

凄まじい妖気の噴出が、ダイの蝙蝠
マントを羽根の如くに膨らませる。
巨体をわずかに浮き上がらせ、ダイは
激しく哄笑した。

ダイ:
ふははははは! 見ればD・Sは
ずいぶんと具合が悪そーではありま
せんか? これは大変な好都合!
わははははは――

ダイ:
私ももう思い出しちゃいましたよ。
以前アナタに邪悪な呪いをかけられ、
ヒドい目に遭わされたことをねぇ。
今こそが復讐の、千載一遇のチャンス!

D・S:
そう言えば思い出したぜ。昔、この
世界に放り込まれる以前、テメーには
青爪邪核呪詛を施したハズ……だが、
どうしてその印がねえんだ?

D・S:
アレは絶対に解けねえ呪いだってのに
……

ダイ:
ははは――! 服従する必要がなくな
った今、高貴なる私の取るべき道は
復讐だ! 支配者たる私を青爪などで
辱めた罪ィ、その身体で思い知れェェ!

ダイ:
はぐう……私が負けるなんて、あり
得ないコトですよぉ。これは、夢?

D・S:
やい……人が調子悪りい時に、言い
たい放題吹いてくれやがったなあ……

ダイ:
はああ……わっ、判りましたよ。もう
以前のコトは水に流してあげましょう!
だからまた呪いをかけるなんて真似は
やめるのです! ね?

D・S:
ね? じゃねーだろうが!

ダイ:
ぎゃああっ! そ、ソコを踏むのも
やめなさい!

ネイ:
ねえダーシュ、もう許してやって。
私が拾った頃から、この子は素直に
謝れないタチなのよ。育て損なったの
は私にも責任があるわ。だから――

ダイ:
ネ……ネイ様ぁ

D・S:
ち……クソッ、また苦しくなってきや
がった。いーだろ、可愛い娘に免じて
青爪邪核呪詛だきゃあカンベンして
やらあ――

ネイ:
ありがとう、ダーシュ! ……ダイ?
これからはダーシュに感謝して、心を
入れ替えて働くのだ。いいな?

ダイ:
しかたありませんね

ネイ:
ダーシュ、やっぱりやっちゃって

ダイ:
あああ、ハイィ! 喜んで、お供を
させて戴きますですぅ……

ダイも、他の仲間の手がかりを得ては
いないようだった。どうやらここで
グロテスクな館に見惚れっ放しだった
らしい。

ネイ:
ダーシュが苦しんでるぶん、オマエが
ちゃんと働くんだぞ。いいわね?

ダイ:
ハイハイ。幾らD・Sが弱ってても、
この青爪の効力がある限り逆らえませ
んからねェ。好きなよーに、奴隷の
よーにコキ使えばいーじゃないですか

D・S:
ホントに、イイんだなぁ? 俺様が
考えるドレイのよーに扱って?

ダイ:
……やはり、奴隷というのは言い過ぎ
でしたね。我々は仲間! そう、仲間
なのですね! この私、皆さんのタメ、
頑張る所存ですよぉぉ

D・S:
俺にウソをついても、爪が赤くなるん
だよなあ

ダイ:
へああっ!? ウソウソウソウソ
ウソォ!

D・S:
……ワカりやすい奴

ダイ:
ヒィィ……今こそ反撃のチャンスなの
ですが、今度はネイ様が……やっぱり
子供よりオトコを取るのでしょーね。
児童虐待ですよ……ブツブツ

ネイ:
バカでかい図体になって何が児童だ!
……しかし、私がダーシュの娘である
ように、オマエは私の息子だ。頼りに
しているぞ――

ダイ:
ハイッ、ネイ様! でも、そーなると
私はD・Sの孫ってコトになりません?

D・S:
うっ……病状が悪化しそうな事実だぜ










イングヴェイ:
D・S! 皆も――!

ガラ:
おう、イングヴェイじゃねーか!

マカパイン:
ありがたい! 魔戦将軍の筆頭と
ここで巡り会えるとは――

一行はイングヴェイと短く情報を交換
した。やはり状況は同じようなもので、
虹突入時にはぐれ、この館の近くで
意識を取り戻したらしい。

イングヴェイ:
残念ながら他の仲間たちの消息は掴め
ていない。洞窟にも館にもいないと
すれば、館が塞いでいるその先に
跳ばされたと考えるべきだろう――

イングヴェイ:
D・Sが変調を来した今、ここにいる
我々が力を合わせてこの館を突破
しなければならん。カル様の行方も
心配だが、今はこちらが先決――

マカパイン:
うむ。あのガインと狼麒には我々魔戦
将軍の忠誠を利用されてしまった。
今一時、カル様への想いを殺して団結
しなければな――

イングヴェイ:
マカパイン……貴公、少し変わったか?

マカパイン:
ん? ……そうだな。以前の私なら、
魔戦将軍筆頭と呼ばれ、カル様の信頼
篤い貴様に対して、反発こそすれ同調
することなどなかったが――

マカパイン:
学んだ、ということか。つまらぬ意地
よりも、もっと重要な張りどころが
あるということをな。D・Sと幾度も
闘い、ようやくそれが判った……

マカパイン:
らしくないか? イングヴェイ?

イングヴェイ:
いや……我々魔戦将軍が皆そのように
考えることができれば、我々はもっと
カル様のお役に立てただろう。そして
それは、これからでも遅くはない

マカパイン:
そうだな――

シェン:
――イングヴェイ、ひとつ訊かせて
欲しい。兄者は……いや、ジオンは
魔戦将軍だったのか?

イングヴェイ:
? ああ、その通りだが。そう言えば、
それを思い出したのはこの地に来て
からだな。氷獄塔では、ジオンが我々
の仲間だと気づかなかった――

イングヴェイ:
ジオンも、魔戦将軍であることを忘れ
ていたのだろうが――他の者が皆、
至高王の姿を見た時点で思い出して
いたのに……何故だろう?

シェン:
忘れていたほうが良い記憶もある……
だからだろう

イングヴェイ:
シェン? どうした、恐い貌をして?

シェン:
……何でもない。つかぬことを訊いた

イングヴェイはこの小部屋で癌細胞の
番兵と戦い、鍵を入手していた。

ガラ:
この館のどこかで使う鍵だろうな。
探して回る手間が省けたぜ










館の最奥部と思われる大広間は、その
中心部を底なしの広い溝が囲み、外周
から切り取られたようになっていた。

部屋の中央に、巨大な釜が見える。
釜からはぐつぐつと湯気が立ち昇り、
時折黒いものが吹きこぼれるように
その縁から流れ落ちる。

それは、洞窟にはびこる黒肉腫だった。
肉腫は蠕動しながら溝へゆっくりと
移動し、そのまま次々と落下していく。
恐らくは溝の底から洞窟へと通じる
排出孔があり、そこから肉腫が外に
送り出されているのだろう。

ネイ:
“死”の臭いの塊だ……あれこそが、
この館の中枢部であるに違いない

ガラ:
こっからじゃチョイと渡れそうにねえ
な。真ン中の扉から入ってこねえとよ










再び、作動音が響いた。それに続いて、
広間の中央の扉が重々しい音を立てて
開く。

ネイ:
やはりな……これであの大釜に辿り
着ける。頑張って、ダーシュ!

D・S:
ああ……ぐうぅ……いよいよ肺が
限界に近づいてきやがった……

宝箱の蓋と連動して、どこかでカチリ
と仕掛けが作動した。

ガラ:
何か、音がしたぞ?

ネイ:
うむ……反対側も調べてみよう










正面に大釜が湯気を噴き上げていた。
その蠢く水蒸気が、まるで薄嗤いを
浮かべる悪魔の貌のように見える――。

否、それは現実に嗤ったのだ。大釜を
抱きかかえるように、胡座をかいた
奇怪な悪魔がそこに実体化を始めて
いた。腹部に肉腫を生み出す釜を持つ、
おぞましい魔神がそこにいたのだった。

双眸が不気味に輝き、開いた顎から
剛槍の穂先の如き牙が剥き出される。
その口から啖った生物を体内に吸収し、
黒い肉腫として腹部から生み出す病巣
のような魔物――。新たな肉の原料を
前にし、魔神は歓喜の吼え声をあげて
巨体を震わせた。

ガラ:
うっ! D・Sに続いてオレもハラの
具合が……

ネイ:
コラ! ガラ! アンタがビビって
どうするの! 魔神剣出しなさいよ、
ホラ!

ガラ:
えーっ、やっぱオレぇ?

イングヴェイ:
しかし、何という化け物なのだ……。
D・Sの容態が悪いだけで、我々の
士気がこうも低下するとは――

マカパイン:
このまま戦ってはまずいかも知れんが
……選択できる状況ではないな。
奴が来るぞ!

その時、背後から一陣の風が
飛び込んできた。

ザック:
メテオ・ドライヴァー!!

闘気を纏って突進するザックの拳が、
魔神の下顎を抉った。数本の牙が
へし折れ、悪魔は苦悶と怒りの咆哮を
轟かせる。

イングヴェイ:
ザック!

ザック:
へへっ! 魔戦将軍の切り込み隊長
見参! イングヴェイ、ムズカしー
コト言って策を考えるより、ここ一番
の思い切りだぜ!

ザック:
俺たちが死力を尽くせばこんな奴ァ
目じゃねえぜ! 一人が一軍に匹敵
すると言われた魔戦将軍の力、見せて
やろうぜ!

イングヴェイ:
その通りだったな……よし!

ガラ:
みんな元気出てきたなっ! おーし、
いくぜいっ!

ネイ:
調子いいんだから……

魔神の動きが止まった。大釜にひびが
生じ、それが瞬時に全身に広がると、
悪魔は凄まじい絶叫を残して粉々に
砕け散った。

ザック:
やったぜ!

この魔神が本体であったのか――釜
からこぼれた黒い肉腫も、急速に溶け
崩れ、消滅を開始した。恐らく洞窟に
繁殖したものも、同じ運命を辿って
いるのだろう。

同時に、館全体が激しく鳴動し始めた。
この建物を構成する建材の大部分が
魔神から発生した生きた細胞部品で
あり、主を失った今、それらは接合
する力をなくして崩壊、死滅を始めた
のである。

ガラ:
ヤベえ! ここは崩れるぜ!

ネイ:
この先が館の裏口に通じているようだ。
急ぐぞ! ホラ、ガラ! ちゃんと
ダーシュを支えて!

ガラ:
へいへい。ちったあオレも大事に
されたいねェ

ネイ:
ダーシュの次ぐらいにはしてるわよ。
さ、早く!

ガラ:
え? ソレって……

ネイ:
はーやーくー!

ガラ:
おうよ! へへっ、我ながら単純だね










ガラ:
グズグズしてっとヤベエぜ、D・S!



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最終更新:2020年10月31日 21:25