佐藤論文はかく語りき - 戦数・復仇

1 戦数論とは
 国家の緊急事態(戦争の目的達成や重大な危険からの回避等)においては、戦争法を破っても違法ではないとする説。
 しかし、これを無制限に認めると戦数論の名の下に人道主義を没却することになり問題である。また、そもそも戦争法は、人道主義とともに国家の緊急事態を規定したものであるから、現在では条文に規定がある場合を除いて否定されている。
 戦数論を否定するには、様々な国家の緊急事態について戦争法が規定していることが絶対条件であるが、第二次世界大戦以後、ジュネーブ条約・追加議定書等により、大幅に戦争法が改善・補強されたことも現在否定されている根拠となる。

2 1937年南京事件時の戦数論の学説状況
 1937年当時において、戦数論の学説の全体的な潮流としては、否定する方向に流れていたが、肯定する学者もドイツを中心に存在していた。
 なぜなら当時においては、戦争法の規定が未だ不十分であり、国家の緊急事態を十分に網羅していなかったからである。
 特に、捕虜に関する規定は、第一次世界大戦を経て捕虜に関する規定が不備・不明確であることが判明し、1929年ジュネーブ捕虜条約にて、改善・補強されることになった(さらに第二次世界大戦を経て1949年ジュネーブ第三条約で大幅に補強された)。
 このような背景から、捕虜に関する規定について当時の学説も様々に展開されていた。

3 ラサ・オッペンハイム 戦数論否定の限界-ハーグ23条-
 戦数論の否定論者として代表的な学者に、L・F・L・オッペンハイム(1858-1919)が挙げられる。
 しかし、彼の著作『オッペンハイム国際法論』第二巻(永きにわたり戦時国際法の専門的な解説書として高く評価されてきた)において、およそ次のように書かれていた。

 「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」(第三版1921年)同書第四版(オッペンハイム死後)以降の改訂者は、同規則の存続は「信じられない」との意見を表明している。

 このように、戦数論否定論者の代表者であっても、捕虜に関しては戦数論や復仇を認めざるを得なかったことは、当時の戦争法が不完全であった証であるといえる。
 同様の記述が日本の国際法学者においても見られる。

 「故ニ戦數説ハ採用スルコトヲ得サルモノトス但シ報仇及自衛權ノ發動ト認ムヘキ場合ハ事實戦争法規違反ノ行動ヲ爲スモ敢テ非難スヘキモノニ非サルコト勿論ナリ」「国際法提要」P315~316(遠藤源六 清水書店 1933年)

4 結論
 日本は、捕虜を復仇の対象とすることを禁止する等を定めた1929年ジュネーブ捕虜条約を1937年当時批准していない。戦数論は完全には否定できず、復仇も許される。これらのファクターは南京事件を議論するうえで排除できないであろう。


参考資料
(月刊『正論』2001年3月号、産経新聞社)

  • 田岡良一『戦争法の基本問題』
126p
 要するに、戦数を論ずるに当つて之を否定する諭者も、個々の戦争法規を解説するに当つては、軍事的必要によつて法規の拘束が解かれる場合の在ることは認めざるを得ないのであり、
彼等の唱へる「軍事的必要によつて法規から離れることが許されるのは、法規が明示的に之を許す條款を含む場含に限られる」と言ふ断定を、自ら打破って居るのである。
かゝる矛盾の生じた理由を我々は反省して見なければならない。

133-134p
 從來戦時國際法の著述を書く者は、屡々其の序論的部分に於いて、戦数に関する一勧を設け、肯定説又は否定説を主張した。
そして此の場合に、肯定論者は、一般に戦争法規は軍事的必要によつて破られる、と唱え、否定論者は、一般に戦争法規は、軍事的必要約款あるものを除き、軍事的必要によつて破るを許さず、と唱へるのを常とした。
併し私の信ずる所によれば、軍事的必要と戦争法の効力との関係に就いて、斯かる概括的一般的な立言をなすことは危険であつて、問題は個々の戦争法規の解釋に移されねばならぬ
曾つて著はした戦争法の綜合的著述に、私は序論的部分に於いて一般諭として戦数を説かずして、個々の法規に就いて軍事的必要によつて破られる場合を、法規の存在理由と對照しつゝ説明する方針を採つた。
斯く普通の體系と異る方針を採つた所以を、其の著書中に説明する餘裕がなかつた爲に省略したが、講壇に於いては数年來説き來つたことであつて、今囘機會を得て、愚稿を公けにすることにしたのである。

  • 田岡良一『国際法Ⅲ』P347
 またオッペンハイム国際法の戦時の部にも「投降者の助命は、次の場合に拒否しても差支えない、第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、第二は、敵の戦争法違反に対する報復として、第三は、緊急必要の場合において(in case of imperative necessity)すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危くされる場合においてである」という一句がある。
|但しオッペンハイムの死後の版(第四版)の校訂者マックネーアは、第三の緊急必要の場合云々を削り去り、その後の版もこれに倣っている。恐らく校訂者は、この一句が戦数についてオッペンハイムの論ずるところと両立しないと認めたからであろう。両立しないことは確かである。
 しかし陸戦条規第二十三条(ニ)号の解釈としては、右のオッペンハイムおよびウェストレークの見解が正しいことは疑いを容れない。

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最終更新:2011年05月06日 03:49
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