戦闘中に集団で捕えられた敵兵の処断 @工事中


その二は、戦闘中に集団で捕えられた敵兵の処断である。同じように戦闘中に捕えられながらも釈放された支那兵が多数いたことを見れば(前出『南京戦史』第五表を参照)、日本軍の側に捕えた敵兵を組織的に絶滅させる計画的な意図が無かったことは明白である。具体的な 熾烈な戦闘状況を調べてみると(本稿では詳述する余地がない)、日本軍の関係部隊には緊迫した「軍事的必要」が存在した場合のあったことが知られる。
『オッペンハイム 国際法論』第二巻が、多数の敵兵を捕えたために自軍の安全が危殆に瀕する場合には、捕えた敵兵に対し助命を認めなくてもよいと断言した一九二一年は、第一次世界大戦の後、一九二九年捕虜条約の前であって、その当時の戦時国際法の状況は、一九三七年の日支間に適用されるペき戦時 国際法の状況から決して甚だしく遠いものではないことを想起すべきであろう。


 ハーグ陸戦規則第四条は「俘虜ハ、敵ノ政府ノ権内二属シ、之ヲ捕ヘタル個人又ハ部隊ノ権内二属スルコトナシ」と規定するが、往昔、捕虜が捕獲者たる将兵の個々の権内に属して、彼等に生殺与奪の権を握られることがあったのである。
 「敵ニ捕へラレタル者」が交戦者としての適法の資格を欠く場合には、単なる被捕獲者に過ぎず、国際法上正当な捕虜であり得ないことは理論上明白であるが、現実の戦場でのこの点についての識別が実際上困難な場合もあり、紛糾を生ずる原因ともなり易い。
 第二次世界大戦の経験に鑑みて、一九二九年捕虜条約をさらに大幅に改善し拡大した一九四九年のジュネーブ第三条約(捕虜の待遇に関する条約)の第五条は、「本条約は、第四条に掲げる者〔捕虜の待遇を受ける資格のある者〕に対し、それらの者が 敵の権力内に陥った時から最終的に解放され、且つ送還される時までの間、適用する」、「交戦行為を行って敢の手中に陥った者が第四条に掲げる部類の一に属するか否かについて疑いが生じた場合には 、その者は、その地位が権限のある裁判所によって決定されるまでの間、本条約の保護を享有する」と規定している。
 一九四九年捕虜条約は、一九二〇~三〇年代の捕虜に関する国際法規に比較して飛躍的に進歩した内容を示していて、もちろん支那事変当時の関連諸問題に直接影響を与えるものではないが、少なくとも右の第五条に見られる「敵の手中に陥った者」のことごとくが「敵の権力内に陥った者」(捕獲国から国際法上の捕虜としての待遇を保証された者)とは限らないことを示唆している点において、注目に 値しよう。(P312)

「封印の昭和史」 p66-68 小室直樹 渡部昇一
 さらに根本的なことを言っておきますと、一つは、捕虜というのはたいへんな特権だということです。これはもっとも大切なことであるにもかかわらず、「南京大虐殺」を論ずるとき、日本の国際法の学者も指摘していません。捕虜であるかないかということは、最終的には攻撃するほうが決定する。だから、捕虜でないと決定すれば即座に殺してもいいのです。
 それに、投降さえすれば捕虜になるのかというと、けっしてそうではありません。降参しかけたと見せかけて、ピストルを出してドンとやるかもしれない。そんなことがどこでも起きているわけですから、敵軍の軍司令官が正式に降伏し、「はい、受け入れました」と両者で約束ができれば明らかに敵軍は捕虜となることができるわけですが、ついさっきまで戦闘していて目の前で手を上げたから「もう、捕虜なんだ」というようなことは断言できないわけです。
 また、境界領域ということも重要です。境界領域とは、どちらか分からない場合には主権国家に有利に解釈されるという原則を定めたものです。さらに言っておかなければならないのは、軍隊は国際法に明確に違反しない限り何をしても合法となるということです。なぜこんなことを言うのかといいますと、殺したと一口に言っても次のように分けて考えなければならないのです。
① 純然と戦争で殺した場合は合法です。
② 戦闘員の資格を有しないで違法に戦闘する者を殺すのは合法です。
③ 捕虜を殺せば、非合法です。
④ 捕虜であるかどうか分からない者を殺した時には、国際法上主権国家に有利なように解釈されます(これは、刑法とは正反対です)
 つまり、明らかに捕虜でないものを殺すのは自由、捕虜であるかどうか分からない者を殺すのも自由、明らかに捕虜だということが明白な場合に、これを殺すことは違法であるということです。南京が陥落したときには、さきに該当する「明らかに捕虜である」者など、一人もいなかったのではないでしょうか。

軍司令官が逃亡したので、南京陥落時には正式な捕虜は一人もいなかった----渡部
 「明らかに捕虜である」者など、一人もいませんでした。なぜならば、蒋介石が後を任せた軍司令官が、南京が陥落する前に逃げてしまったからです。小室さんもご指摘になったように「軍司令官が正式に降伏し、両者で約束ができれば敵軍は捕虜となることができる」ということですから、南京陥落に際しては「明らかに捕虜である」者など、理論的には一人もいなかったわけです。



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最終更新:2012年02月26日 04:41
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