けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!30

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mioritsu

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だれでも歓迎! 編集
 私は、ファストフード店の隅っこの席に座っていた。
 高校に入学したすぐ後、軽音部のメンバーを増やす作戦会議をここでした。
 ちょうど同じ席で、私の今座っている席はりっちゃんが座っていた。
 あの時はまだりっちゃんの事を好きではなかったし、
 りっちゃんと澪ちゃんのやり取りに惹かれて軽音部に入ったも同然だった。
 懐かしいと同時に、自分が嫌になった。
 テーブルの上には、買ってきたハンバーガーとポテト。別に食べたかったわけじゃない。
 でも、何も食べていないのにテーブルについていたらおかしいと思ったからだった。
 だけど、結局席に着いたら考え事ばかりで、またハンバーガーの包みすら開いていない。
 目に浮かぶのは、三人で話したあの光景。あの時私は初めてファストフード店に入ったんだ。
 まだ慣れてなかったけど、話すのは楽しかったな。
 でも。
 でもあの頃から、既にりっちゃんと澪ちゃんは好き合っていたんだ。
 じゃなきゃあんなに容赦ない突っ込みを入れる澪ちゃんも、遠慮なく冗談を言えたりできるわけがないんだ。
 あの二人の絆は、何年もの積み重ねだ。
 それをどうこうしようだなんて、私が馬鹿だったんだ。
 ……自己嫌悪の渦に呑まれると泣きそうになる。
 まだ朝の八時でこのお店に人がそんなにいないとしても、泣くのはさすがにまずいと思う。
 もちろん場所の指定をしたのは私で、ここを選んだ私が悪いといえば悪いけど、ここぐらいしか思いつかなかった。
 澪ちゃん――……。
 どうして澪ちゃんは、私に会おうなんて思ったんだろう。
 私の事、きっと大嫌いなはずなのに。
 それぐらい私は酷いことしたのに。
 それなのに……。

 そしてまた痛みに溺れそうになった時。
 左側から声がした。


「ムギ」


 はっとして、顔を上げた。左を向く。


「時間通りに来たのに、随分早いんだな」


 笑って言いながら立っていたのは、澪ちゃんだった。
 それから私の向かいに座ると、テーブルの上のハンバーガーとポテトに目を向ける。
 まったく手つかずのそれは、多分もう冷え切っているだろう。
 澪ちゃんは何食わぬ顔でそれを指さした。

「食べないのか?」
「……買っただけで、あまり食べたいとは思ってないの」
「……そうだな」

 私の気持ちを受け取ったのだろうか。考え事ばかりで食欲すら湧いてこないという事を。
 りっちゃんと澪ちゃんに申し訳がなくて、何かを食べることさえ遠慮がちになりつつあるのに。
 澪ちゃんの表情は柔らかかった。それに裏を感じさせないような小さな微笑み。
 本当は私に言いたいこと、文句を言いたいことがたくさんあるはずなのに、その兆しも見せない。
 あんな事があって、私は澪ちゃんに気まずい思いでいっぱいだ。だけど澪ちゃんはそんな素振りも見せないのだ。
 どういうことなんだろう……。

「ここ懐かしいな」
「……うん」
「私と律とムギで、ここであと一人の軽音部のメンバーどうするか考えたりしたっけ」
「……」
「結局律の奴が考えるのに疲れて、お開きになっちゃったけどさ」




 なんで笑えるんだろう。
 りっちゃんの事を思い出して、笑うことができるんだろう。
 だって、愛してるのに別れたはずなんじゃないの?
 今もりっちゃんの事思うと胸が苦しいってなるぐらいじゃないの?
 私には澪ちゃんがわからないよ。どうして大好きな人と距離を置いてしまったのに、それを懐かしんで笑えるのかが。
 思い出すのも辛い相手の事を、そう簡単に思い出せる事が。

「……そうね」
「……」

 澪ちゃんには悪いけど、私は相槌を打ってただ一言返すしかできなかった。
 本当は誰にも会いたくなかったし、特に澪ちゃんとは会いたくなかった。
 自分の情けなさを嫌でも思い知るから。
 でも、あんなに傷ついた澪ちゃんが私と話をしたがるなんて。
 不思議でならなかったんだ。

 なんでそんなに、微笑んでいられるんだろう。
 私は、澪ちゃんが怖い。

 私は黙っていた。
 澪ちゃんも、呼んだなら呼んだで早く話をしてほしい。
 窓の外をじっと見つめて、ときどき息を吐いたり、唇を舐めたり。
 ……時折、麗しく目を細めるのも。
 私は居た堪れなくなって、俯く。テーブルの下の足元を見つめた。

 息を吸う音がした。
 そして。



「ムギ、私……律とよりを戻した」


「――」


 私は顔を上げた。
 澪ちゃんは、とても優しい顔でこちらを見つめていた。
 声を上げそうになるけど、店内にいる数人に気取られる。
 喉の奥の衝動を堪え、息を呑み、声をゆっくり漏らした。


「……そう、なの」
「うん。ムギにとっては、あんまりいい報告じゃないかもしれないけど」


 私はもうりっちゃんを諦めた。
 この胸の痛みは、彼女への失恋ではない気がする。
 自分の情けなさと、醜さ。そしてりっちゃんと澪ちゃんに対する懺悔の気持ちだ。
 あの二人を別れさせてしまったこと。
 澪ちゃんを傷つけたのをいい事に、抜け駆けしてりっちゃんを手に入れようとしたこと。
 自分の愚かさが、身に染みてるんだ。
 だから心が痛かった。


「ムギは律のことが好きなんだから、よりを戻したって聞いて嬉しいわけな――」
「いいえ」


 嬉しくはないよ。
 やっぱり好きだった人が届かない位置に行ってしまうんだから。
 でも。
 だからって嫉妬もない。今はそんな感情は湧いてこなかった。
 あるのは。
 ここにあるのは、安堵だ。


「よかった……よかったわ……」
「ムギ?」
「澪ちゃん達の仲が戻って……よかった」


 仲が戻ってよかった。
 ……やっぱり最低ね私。
 別れてなんて言った癖に、戻って喜んでる。

 いや、そっちじゃない。
 喜んでるのは。

 私が許された気がしたからだ。
 別れさせてしまった罪悪感が、晴れたような気がするのは。
 結果二人が寄りを戻すことで、その事実が消えたように思えるから。
 私の罪が、なかった事になるような気がしたから……。


「ムギは、私たちに別れてほしかったんだよな?」
「……そうね。最初はそうだった」
「じゃあなんで、よかったの? 後悔してるのは、聞いたけど……」


 澪ちゃんの声は、優しい。
 私を見据える双眸も。
 言うべきか言うまいか迷う。



「……私、澪ちゃんに別れてって言った後、りっちゃんに告白したの」
「――それは、知ってる、けど……」
「……私、澪ちゃんからりっちゃんを奪おうとした……」


 澪ちゃんの顔から、一瞬笑顔が消えた。
 それは仕方なかった。
 私は、悪い事をした犯人が自白する気持ちで続ける。


「最低よね……澪ちゃんにあんな事言っておいて」
「ムギ……」


 むしろ罵られた方がほっとすると思った。
 文句を言ってほしい。私の事をもっと悪く言ってほしい。
 許されたくなかった。
 だけど。澪ちゃんは笑った。


「最低じゃないよ。確かに言われた時は、ショックだったけど……」
「……」


 私が何を言っても、言い訳にしかならない気がした。
 やっぱり傷つけてたよね。


「でも、もう立ち直ってるから」
「……本当に、ごめんなさい」


 謝るしかなかった。
 あの日、澪ちゃんに酷いこと言った時は、これでいいんだと思っていた。
 りっちゃんの苦しみがなくなるのならこれでって。
 でも唯ちゃんに、それは間違いだと言われて。
 梓ちゃんが私と同じことをして、だけど私と違って後悔してると知って。
 私は本当にそれでよかったのかって。
 怖くて。少しずつ後悔が押し寄せてきて。
 澪ちゃんを傷つけたんだからせめて自分がってりっちゃんに告白して。
 馬鹿みたいに玉砕して。
 泣いてる。
 本当に恥ずかしいし、情けない。
 だから謝るしかない。


「ごめんね、澪ちゃん……」


 謝れば済む問題じゃないのに。
 あの二人がよりを戻したって聞いても、それを裂こうとした事実は変わらないんだ。
 私がやったことは、ずっと傷になるんだ。



「ムギ……顔上げて」


 足元の視界が滲みかけて、そんな声が掛かった。
 私はゆっくりと顔を上げる。

 澪ちゃんは、まだ笑っていた。


「そんなに謝られても困るよ。私と律は仲直り……まあ喧嘩してたわけじゃないけど、元の関係に戻ったんだ。
 もうそんなに自分を責めないでいいんじゃないかな」
「違うの……」

 違うよ。
 戻ったのは嬉しい。確かに後悔と心の痛みは少し減ったかもしれない。
 でも、自分の事が嫌いなままだ。
 罪の意識がなくならない。


「二人を別れさせてしまったことは、変わらない事実だもの……」


 冷え切って寂しそうなハンバーガーとポテトを見つめる。
 口に出すことは、それはもう綺麗な謝りだった。簡単だった。
 でも心の中はそんなものじゃなくて、もっと深く抉れてるものだった。
 言葉にしにくい。


「そんなこと、私はどうでもいいよ」


 澪ちゃんは、文面でこそ辛辣に聞こえそうな台詞をさらっと言った。
 私は澪ちゃんに目を向けた。澪ちゃんは、真顔だった。



「変わらない事実がなんなんだよ。私は、ムギにそんなことで悩んでほしくない」


 『そんなこと』……。
 私がやった事は、たった一言で済まされるようなことじゃないのに。
 澪ちゃんは、怒るように――それでも柔らかい口調で告げた。


「確かにムギが私に言ったことは、ムギ自身を苦しめてるかも知れないよ。
 やってしまったことに後悔してるかもしれない……私がムギなら、自分を責めてるよ」


 一呼吸の間。
 澪ちゃんは滞らずに続ける。


「でも私と律はまた歩き出したんだ。一緒にいるって決めたんだ。
 ムギが別れさせたことに後悔してるなら、それだけでなんとか笑ってくれないの?
 私と律の仲が戻ったことより、後悔の方が心に響くのか」


 違うよ。


「そうした自分が嫌いなままなの」


 皆の事は好きだった。
 唯ちゃんが待ってるって言ってくれたのも嬉しい。
 りっちゃんと澪ちゃんの仲が戻ったのも、よかったと思う。
 だけど。
 だけど私が私を嫌いなままだから、笑えないんだ。
 もう何回これを反芻したんだろう。
 それぐらい自分が醜くて仕方ない。


「ここまで皆を悩ませて、苦しませた私が大っ嫌い」


「違うよ。ムギ」



 ――でも違うんだ!


 澪ちゃんの言葉に、唯ちゃんの電話が重なった。


「ムギが自分を大嫌いでも、私たちはムギのこと嫌いじゃないよ。
 律も私も、唯も。
 ムギの事、これっぽっちも責めたりなんかしてない。
 それに私は感謝してるくらいさ」


 澪ちゃんは、笑った。
 感謝……?


「感謝って……そんなこと……」
「……もしムギと梓がさ、私と律を一度疎遠にしなかったら、もっと苦しんでたと思うんだ。
 離れることで――失うことで、随分いろんな事に気付いたよ」


 私は死ぬほど後悔したのに。
 澪ちゃんはそれをよかったことだと受け入れているの?
 笑えるぐらい、いろんなことに気付いたの?


「何に……改めて気付いたの?」



 澪ちゃんは目を細めた。





「律の大切さ」



 澪ちゃんにとって一番大事な『律』という名前。
 その名前を呼ぶ澪ちゃんの表情は、愛しさに満ちていた。



「もちろん昔から律の事は大好きだったし、大切だった。私、素直になれなくてさ……。
 あまりそういうの口に出したことはないけど……でも、ずっとずっと好きなんだ。
 だけどムギに別れてって言われて。そして私自身も律を苦しめてるかもって不安だったから……
 律と会わないことにしたんだよ。ちょうど梓も同じことを律に言ったらしくて、お互い会うのをやめた」


 大好きだから、苦しめることが嫌で別れた。
 澪ちゃんがりっちゃんをどのくらい愛してるか、私には測り知れない。
 りっちゃんも澪ちゃんに会えない時間が、どれほど辛かったかも想像に難くないんだ。
 高校時代の二人を思い返せば、そんなの簡単だ。
 二人の間の『絆』や、『想い』は、私や梓ちゃんのそれと段違いだ。
 二人の間の『愛』は偽りなんてなかったんだ。
 だから二人が別れると決めた時、どちらも辛かったはずなんだ。
 だからこそ、私はこんなにも自分が嫌いなんだから。
 だからこそ、こんなにも別れさせたのを後悔したんだから。


「でも、会わないって決めてからがとても辛かったよ。
 律と一緒にいたいために大学を辞めたけど、結局それは律を苦しめてたんじゃないかって。
 私が律と一緒にいたいって想いは、結局律にとっていい結果をもたらさないんじゃないかって。
 今までの想いが全部崩れていくみたいで、怖かった」


 怖いと語る澪ちゃんの瞳に『怖さ』はなかった。


「ずっと家で引き籠っててさ……いろんな事を考えた。
 ムギに言われたこと、梓に告白されたこと。
 律と一緒にいた時のことも。
 本当に迷って、痛かった。
 自分が選んだ道は、本当によい選択だったのかって。
 どうするべきだったかもわからないけど、自問自答に踏み切ってばかりで。
 毎日毎日、頭を抱えたんだ」


 自分の選んだ道。
 私は私の想いのままに行動して、失敗した。
 しなければよかったと後悔をした。
 りっちゃんと澪ちゃんの二人の想いをぶち壊した事に。

 澪ちゃんの葛藤は、悲痛すぎるくらいに胸に響いた。
 私が澪ちゃんに別れろと言ったけど、別れるかどうかの判断は澪ちゃんだった。
 そこに踏み切る澪ちゃんの痛みなんて、私の痛みの何千倍だ。
 それから、家でその選択を後悔したのかもしれない。
 りっちゃんと別れなければよかったと、その選択をしたことを後悔したかもしれない。


「でも――気付いたこともある。
 律の顔が見れないとさ、怖いんだ。泣いちゃうんだ……。
 一緒にいるときに感じなかった痛みを味わったんだ。
 一緒にいた時の痛みよりも、ずっとずっと辛かった。

 それに、会えない四日間。いつも律の顔が頭に浮かんでて……。
 ベッドに入ってる時も、部屋の隅で膝を抱えてる時も。ご飯の時もお風呂の時も。
 ずっと律の事を考えてた。
 それぐらい、律の事が大好きなんだって……」


「……」


「だからムギ。今回の事は、悪いことばかりじゃなかったんだ。
 二年の時、私と律が喧嘩したの、覚えてるか?
 あの時と同じなんだよ。
 離れなきゃ気付けないこともあったんだ。

 私がまだ、こんなにも律の事が好きだって気付かせてくれた。
 だからムギのやったことは、これっぽっちも悪くなんかない。
 ムギが自分を責めるなんてことしなくていいんだよ。

 こんな事、もしかしたらただの綺麗な慰めにしか聞こえないかもしれないけど……。
 でも本当だから。

 それに、私も律も、きっと唯も梓も、ムギがそんなに悲しそうにしてるの、見たくないし……。
 私も律も、誰かが泣いてたり悲しんでるの、嫌なんだ。
 だからまた前みたいに、皆で笑い合えたらなって……」


 ――笑い合っていたい。
 唯ちゃんの言葉が、また過ぎる。
 じりじりと胸に押し寄せる焦燥感と、自己嫌悪の波は、次第に収まっていっている気がした。
 こんなに簡単だったんだろうか。

 ここにきて、唯ちゃんの言葉が響いてる。




 ――待ってる。



 私なんか待たないでと、思ったのに。
 やめてって言いたいのに。


「……っ……」

「ムギ?」


 やめないでほしい。
 もっと皆と笑いたい。
 一緒にお菓子食べたいよ……。


「ありがとう……みお、ちゃん……」


 お店の中だったけど、涙が零れた。


 嬉しかった。
 嬉しかったんだ。
 まだ私を待ってくれてることが。
 私の事を、皆はまだ嫌っていないってことが。
 まだ五人で笑い合う『未来』を心待ちにできることが。

 澪ちゃんが優し過ぎて。
 唯ちゃんの言葉が優し過ぎて。
 私なんてって思うけど。
 でも、その私をまだ嫌いにならないでくれるなんて。
 自分のこと大嫌いで、嫌いになってほしいって思ってるのに。

 でも本当は。

 嫌いにならないでほしいよ。
 私を見捨てないでって。
 ずっと。







 だから。
 私は、幸せね。




 澪ちゃんと二人でポテトを食べた。
 すっかり冷めていたけど、気持ちは暖かかった。
「……澪ちゃん」
「ん?」
「……ありがとう」
 それだけだった。
 私はこの前まで、澪ちゃんの事をあまり好きでなかったのかもしれない。
 だけど今はそんな気持ちは一つもなかった。
 私も澪ちゃんが、大好きになっているから。
 それは恋愛感情ではないとはっきり言える。恋で感じるような心の高揚はなかった。
 だけどそれは悪い意味ではなく、とっても心地の良い気持ちであるのにも変わりはなかった。
 もう私は、りっちゃんに届かない。
 届きたいと思わない。
 届かなくてよかった。
 私のりっちゃんへの想いは、消えていたから。
 でも、それでよかった。
 代わりに私の中に、確かな確信が生まれていたから。


 澪ちゃんがりっちゃんと一緒にいるのを望んでる。
 諦めるとか、負けとかそんなんじゃない。
 私は、澪ちゃんにこそりっちゃんの傍にいてほしい。
 大好きなりっちゃんの隣にこそ、大好きな澪ちゃんがいてほしい。
 それが、私の幸福。
 あの二人が一緒にいることが、嬉しい。
 ずっとずっと、澪ちゃんとりっちゃんは一緒にいてほしい。



「ムギも、ありがとう」
「りっちゃんとずっと幸せにね」
「ああ」


 私たちは笑顔を交わした。
 穏やかで、気持ちの良い笑みを自分でもできたような気がして。
 ここまで随分時間がかかったと思った。
 嬉しかった。



 お店から出る。
 澪ちゃんと私は、正反対の方向へ帰るようだった。
 別れ際、澪ちゃんは思い出したように私に言う。
「そういえば、律から伝言があるんだ」
 りっちゃんからの伝言。
 でも、私に限った言葉ではないとは思った。
 りっちゃんが私に対してどう思っているかは、澪ちゃんの言葉に含まれていたから。
 案の定、そうだった。
「『放課後ティータイム』の曲、練習しとくようにだって」
 それは、近いうちの再会を示していた。
 私は、溜まらなく嬉しかった。
 前までの、『出会う事への嫌悪』が嘘みたいだった。
 また皆に会えるんだって。

 唯ちゃんの言っていた通りだ。
 高校時代の私たちは、集まる事に楽しみを感じていた。
 でも、いつからかそんな想いは無くなっていた。
 だけど。
 今ははっきりと感じるもの。
 会うことの楽しみを。
 『放課後ティータイム』として集まることへの、想いを。











 駅のホームに行くと、ベンチに唯ちゃんが座っていた。
「えへへ」
 こっちを見て笑った唯ちゃん。
「久しぶり、唯ちゃん」
 私も、笑った。










「ムギちゃん」
「なあに?」
「私、ロックな曲がやりたいな」
「どうして?」
「ロックってね、自分の中の強い想いを形にする音楽らしいんだ」
「全部が全部とは言い切れないけど、そうね」
「なんかねー、今の私たちにピッタリだと思わない?」
「――」
「ムギちゃんも、暖かい気持ちとか、そういう想いでいっぱいじゃない?」
「……うん。すっごく気持ちいいわ。ぽかぽかしてるし、何より優しい」
「でしょ? 多分澪ちゃんもりっちゃんも、あずにゃんも。
 今頃すっごい優しくて、穏やかで、楽しくて、幸せな気持ちなんじゃないかなって思うんだ」
「私も今すっごく幸せよ」
「だからね、ロックだよ! 私たちはロックなんだ!」
「ロック……」
「ある意味で放課後ティータイムって、ロックバンドじゃないかな?」
「うん……そうね! 私たち、ロックだわ!」
「おおー、ムギちゃんが乗ってきた!」
「よーし、唯ちゃん。今から私の家に来ない?」
「え? 何するの?」
「練習よ練習。澪ちゃんたちに言われたもの。そのうちまた放課後ティータイムで集まろうって」
「そうだったね。わかった、ギー太取りに戻ったらすぐ行くよ!」
「私も唯ちゃんの家までついて行くわ」
「うん。それでギー太持ってすぐにムギちゃん家!」
「それでね、梓ちゃんも呼ばない?」
「いいね! あ、でも、昼から部活だって言ってたよ憂」
「そう……あ、それじゃあ、私たちも部活に行かない?」
「ムギちゃんナイスアイデア。二人で部活行こう!」
「じゃあ私も、キーボード取りに帰らなきゃ!」
「うん。じゃあ、昼の一時に部室に集合!」
「あ、唯ちゃん……」
「えっ?」
「……ありがとう」
「……えへへ、どういたしまして」
「じゃあ、お昼にね。梓ちゃんにも連絡しなきゃ」
「あずにゃんには私が連絡するよ! それじゃあね!」
「うん! またあとでね!」


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