邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

【死して】白虎地に堕つ・最終章~最終奥義、双児宮の陣~【友情遺る】

最終更新:

jyakiganmatome

- view
メンバー限定 登録/ログイン
試験開始から、実に20分を超す時間が経過している。


時間的には折り返しとなる段階であるが、試験と言うものは見直しの時間も加味しなければならない。
時間が半分だとしても、解けている問題が半分では落第点。
本来ならばこの時点で、残り2、3問という段階が理想的と言える。

対して、樹咲。

現時点で、全25問の問題中、空欄を埋める事が出来たのは10問前後。
このペースを保ったままでは、時間内に全ての欄を埋める事すら不可能であることは自明である。

しかし、それでも10問を解いたのは、樹咲からしてみれば重労働。
既に体力はレッドゾーンに突入し、体中を伝う汗が蒸発して、体温が冷え始めている。
答案用紙の端に付着した赤色は、唇を噛みちぎったが故の痕跡。
その焦点は殆ど定まらず、瞼はぴくぴくと痙攣し、指先はまともに反応しないほどであった。


このままでは不味い。

ちく、たく、ちく、たく、と急かすように刻む秒針の音は、既に樹咲の精神を置いてけぼりにしている。

自力で解ける段階は限界を迎え、正攻法が通用するステージを通りすぎている。
覚悟を決める時だった。



視線を、真横に向ける。

樹咲の隣は永久の席。
この試験が始まる直前、樹咲と永久は協定を結んでいた。

あらかじめ、樹咲は問題の前半分を重点的に解き、永久が後ろ半分を担当する。
それによって仕掛けられた知恵の爆弾を、ここぞというタイミングで炸裂させる、必勝の策。

三人寄らずとも、文殊の知恵には届かなくとも。
そう。
一人では駄目でも、二人ならきっと闘える筈。

厳しい教師の監視に対し、注意を払う側と試験を進める側を分担する事で、お互いの情報を安全に共有する究極のコンビネーション。
即ち、相互カンニングを実行しようと言うのである。


幸い、今回の監視担当は学年担当教師一の虚け、純白。
純白の残念な動体視力では、死にかけた蠅程度しか捕らえる事は出来まい。
苦手である歴史の試験の担当に純白が来たのは、僥倖と言う他無かった。



とんとん。
クーゲルシュライバーの尻が、机の角を二回リズミカルに叩く。
それが、二人の息を合わせるための秘密の合図。


「とわー」


永久もまた、既に脳の処理能力は限界に達している。
永久が欠伸の真似をして返し、コンビネーションの発動が成立するのはスムーズな流れであった。


二人の視線が同時に、純白の動向を注視する。
丁度その時、純白は大きく伸びをして、眼をきつく閉じていた。


――――好機。


手際良く、それぞれの答案用紙を相手に見える位置にずらし、邪魔にならないように手を退ける。
しゅるりと机を紙が滑る音が、二人の間で完全に重なって、空気の中に弾けて、解ける。

尚且つ、さり気無く音の鳴らないように、机を数センチの範囲で近づける。
事前にお互いの有効視界を把握し合い、それぞれギリギリで回答欄を確認できる、ベストの位置を陣取って見せる。

同時に、教師からは見えないように、自分たちの腕を駆使して手元をガード。
その動きは完全なシンメトリーを描き、永久の長い緑がかった黒髪が、さらりと透き通った嘶きを上げて靡いた。


「……あの技はっ!」


その一部始終を後ろの席で目撃した郭嘉は、思わずか細い声を上げる。
誰であろうと、その完璧な二人の呼応を目の当たりにすれば、嘆息を漏らさずにはいられない。
不穏な動きに気付いた他の生徒すら、教師に進言しようとする気が失せるほどの、「美」に達したカンニング。
シンプル故に洗練されたその連携に、ある男子生徒は自覚なく、頬に涙すら伝わせていた。

そう、これぞ不正の真骨頂。
古来より洗練されし戦闘学徒の決戦体勢、双児宮の陣である。

歴戦の士である樹咲はともかく、入学して間もない永久がこれを使いこなしたのは、そのポテンシャルの高さを証明する。
敵に回せば恐ろしいが、味方であってこれほど頼もしい女はいない。
樹咲は己の相棒として選んだ相手が、間違ってはいなかった事を確かに知った。

さあ、準備は整った。
残り時間は決して多くは無い。
それぞれの答えを交換し、答案を埋める作業に移る。

しかし、ただ上から順番に回答欄を埋めて行くのは阿呆の所業。
時間が無い時だからこそ、より高得点を期待できる問題をお互いに写し合う。

樹咲の最優先すべき目当ては、ずばり



【設問19】
長崎に築造された扇形の人工島で、オランダ人の居住地として使われた場所を何というか。



である。

この問題、得点が何故か8点とやたらと高く設定されている。
出題者からしてみれば、平均点の底上げのためのサービス問題であるらしいが、樹咲にそれを理解する脳は無い。
それどころか、オランダが関わって来て日本史から外れた難問だから、と解釈していた。

永久はこの問題、何としっかり回答欄を埋めていた。
勿論いろはも郭嘉もサファイアもしっかり埋めていたし、当然と言えば当然なのだが。

永久は何と答えたのか。
樹咲では終ぞ考える事を継続できなかった此の超難問。
その一なる絶対の回答とは如何なる物なのか。







【回答】
おまんじゅうたべたい






―――――驚愕。


何と、幕府がオランダ人の居住地として、長崎の海辺に饅頭を浮かべて居たとは。
流石の樹咲も、いや、まさか、そんな馬鹿なと、否定的な思考が大脳皮質を席巻する。

しかし、ふと樹咲の脳裏に浮かんだ記憶。

そういえば、「中国では人柱の代わりに饅頭を使った」とか。

そうか、そうか。
だとすればこの珍回答、合点が行かない事も無い。

否。
むしろこれは、グローバルな歴史的背景を踏まえた、実に名答と呼べる物では無いのだろうか。

流石は蟲毒の巫女、迷人 永久。
こんな中間テストにも、その灰色の脳細胞を惜しまない。
やるな、とばかりに視線を送れば、永久はどうだ、とばかりに頬杖をつき、微笑を浮かべて頷いた。

これほどの知恵、生半可な返しで応ずる訳には行くまい。
樹咲も全力を尽くした前半の回答、その全てが確実に得点できるだけの裏付けを持って埋めたつもりだ。

永久が顎でしゃくるのに合わせ、自分の回答欄を開放する。








【設問6】
次の空欄の中に入る語句を全て答えよ。


【回答】

織田信長は、1575年に足軽による3000丁の鉄砲隊を編成し、[ 仲間たち ]とともに[ 男 ]の戦い(愛知県)
で騎馬隊で知られる甲斐(山梨県)の[ 障子 ]を破り、近江(滋賀県)に[ 家庭 ]を築いた。

信長は、経済を発展させるために、[ 関税自由化 ]の制度をつくり、自由に商売を行なえるようにした。

しかし1582年、信長は全国統一の寸前で、家臣の[ きまぐれ ]によって[ 刃物 ]で殺されてしまう。


豊臣秀吉は、ますやものさしの単位を統一して、田畑の面積や収穫高を調べ、それを石高で表する
[ 暴挙 ]を行い、農民は秀吉を中心とする大名の支配下に入り、今までの公家や寺社の権利を消滅
させると同時に農民を農地にしばりつけ、さらに[ SM ]を実施して一揆を防ぐとともに、武士と農民の
区別を明確にした。







畳みかけるような知的単語の羅列。
前後の違和感など微塵も感じられない、状況に応じた適切な連続回答。

これが。
これが、名家季紫の跡取りの実力だと言うのだ。

永久はその答えを見るや、思わず、うっとりと嘆息を漏らす。
永久にも解るのだ。
完成された回答欄と言う物の、その絶対的な美しさが。


これぞ、中間試験。

男たちが、女たちが、その汗と涙と若さを散らし、己の学んできた全てを打ち込む祭典。

そこに、最早悲しみは無い。
在るのは爽やかな余韻と、胸を満たす達成感。


樹咲と永久は、ただ見つめ合う。

お互いの背中を預けた戦友との間に、既に言葉は要らなかった。





























「先生、こいつらカンニングしてます」
「季紫さん、迷人さん。後で職員室来なさい
「「はい」」



※なんと挿絵はイザグラが描いてくれました!
添付ファイル
記事メニュー
目安箱バナー