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       #34「それぞれの思い」

  ――CASE1 ジャイ子――

個室に入り、ベッドに腰掛けた私は、小さく溜息をついた。
その原因は勿論、明日の試合のことだ。

――先程は言わなかったが、私が6thを相手に選んだ理由は“2つ”ある。
一つは皆に言った通り、彼とかつてチームメイトだったこと。
だが、はっきり言ってキングスにいたころの記憶はかなり曖昧なものだ。
むしろ、大事なのはもう一つの方の理由である。

そう、それは私に洗脳をかけたのが、他ならぬ彼自身だということ――

私が洗脳をかけられる、その寸前の光景。
微かに私の頭に残ったその記憶の中に、たしかに彼の姿があった。
そして私はその時、何だか物凄く酷い仕打ちを受けていた気がする。
いまも腕や足に、青い痣が残っているのがその証拠だ。

暴力を受け、洗脳され、敵の下で非常な行為を強制された……
これは、そのことに対する“恨み”からきた気持ちなのだろうか。
――彼とは、絶対に私が決着をつけなければならないという思いがある。

だが、頭の中にはもう一つの感情が渦巻いている。
  そう、それは“恐れ”だ。



6thからの暴力や洗脳は、私に恨みだけでなく、恐れという感情も残していった。
明日戦ったとき、本当に自分は勝てるのだろうか?
敗れて、再び前のような仕打ちを受け、彼の従順な手駒と化してしまうのではないか。
そんな恐れで、思わず身震いする。

しかも、彼はこの大会で、一度も全力というものを見せなかった。
自分は相手の真の実力を知らない、だが相手は自分の全てを知っている……
どんどん、不安要素が頭を過ぎっていく。
不安と重圧で、押しつぶされそうになる。

誰かに、誰かにすがらなければ、心が折れてしまいそうな程に……

「おいジャイ子、いるか?」
ふと、ノックの音とともにそんな声が響いた。
長年聞きなれた、兄――武の声だ。
私が返事をする間もなく、兄は室内に入ってきた。

「オッス。 ジャイ子、元気か?」
何気なく交わされる、兄の声。
けれどその何気ない声は、いまの私にとって何よりもかけがえのないもので……

「お、おいジャイ子! 何ない泣いてんだよ!」
兄のうろたえる声を聞いて、初めて気付いた。
いつの間にか自分の頬を、涙が伝っていることに。

「もう。 タイミングがよすぎるんだよ、お兄ちゃん」

涙を手で拭いながら、そう言った。
兄は訳が分からないという風で、いまだに慌てふためいている。
その姿を見ているうちに、自然と笑みがこぼれた。



それからは兄と、いろいろな他愛無い話をした。
幼い頃の話や、それぞれの学校生活の話、手持ちポケモンの話、などなど……
この緊急事態に、こんな呑気な話をしているのはおかしい話だろう。

……でもこの会話は、いまの自分にとっては何よりも大切なものに思えた。
会話をしているうちに、だんだん気が楽になるのを感じたから……

「ありがとう、お兄ちゃん。
私はもう大丈夫だから、そろそろ行っていいよ」
笑顔で会話をする兄に、そう告げた。
彼にもまた、抱えている不安があるはずだ。
これ以上自分に、つき合わせるわけにはいかない……
「あ、ああそうか。 じゃあ、俺はそろそろ失礼させてもらうかな」
彼はそう言って、部屋を出て行った。

部屋を去り行くその背中を見て、ようやく気付かされた。
私が彼と戦うのは、恨みを晴らすためではない。

この大会に出場した、全ての選手たち。
今頃トキワで帰りを待っているであろう、友達や両親。
明日共に戦う仲間、そして長い時を共に過ごした大切な兄……
  ―――私は、それらを守るために戦うのだ。

兄との会話で安らいだ心に、強い決心が加わる。
もう、6thに対する恐れは消え失せていた。
後は明日の試合に、自分の全てを賭けるだけだ。



  ――CASE2 ジャイアン――

ジャイ子の部屋から出た俺は、何となくムシャクシャして壁を蹴った。
「全く、いまは他人の心配なんてしてる場合じゃないっていうのに……」
そんな、自己嫌悪の呟きがこぼれる。

本当は、自分自身の問題で手一杯だった。
でも、解散した時のジャイ子の暗い顔が気になって、つい彼女の部屋を訪れてしまったのだ。
結果として、彼女の笑顔が見れたことはよかった。
だが、おそらく彼女に見抜かれてしまった。
……俺もまた、不安な気持ちを抱えているということに。

対戦相手に指名した、1stのことを思い出す。
力と技が融合した、華麗かつ大胆な戦い方。
手持ちにいた、キングドラやカイリキー……

間違いない。
何度も自分の考えを疑った。
絶対に、認めようとしなかった。
……けれど、心の奥底ではその考えが正しいということに気付いていた。

  1stの正体が、先生だという考えに。



先生は、俺と修行した時より確実に強くなっていた。
普段実力を隠していたのか、それともドラえもんに強いポケモンをもらったのか……
俺の推測からすれば、おそらく両方とも当てはまるのだろう。

……ふと、先生と共に修行した日のことを思い出した。

…………………………

「コラッ、剛田! 力押しばかりじゃだめだと言ってるだろう!」
「大丈夫大丈夫、俺はいままでこれで勝ち続けて来たんだかれよぉ!
それに、俺はこのなかじゃ一番強いんだぜ!
俺なんかより、他の奴を見てやってくれよ!」
先生の怒声を、俺はそう言って軽やかにかわす。
もうこんな会話を、トレーナーズスクールの頃からずっと繰り返してきた。

今思えば、修行中も四人の中で一番俺が注意されていた。
言われるのはいつも同じ、戦い方を変えろということだ。
だけど、先生から何度注意されても俺は無視し続けてきた。
あの頃の俺は、この戦い方で最強になれると本気で信じていたから……

先生は、いつだって俺には皆の時より強い力でぶつかってきた。
俺に敗北をさせて、考え方を変えさせようとしたのだろう。
だが、何度敗れても俺は考え方を変えなかった。
次こそは絶対に勝ってみせると、ただ歯軋りをするだけだったのだ。

――そして最後の勝負、俺は始めて先生に勝った。
当時は、やっと勝てたなどと純粋に喜んでいた。
だがそれは違う、あの時先生はいつもより力を抜いていたのだ。
自分に勝つことで、俺に自信をつけさせるために。

……つまりあの時先生は、俺の戦い方を変えさせることをついに諦めたのだろう。
そして代わりに、戦いに向かう俺を励ます道を選んだのだ。



――だがこの大会で、俺はようやく変わることができた。

挫折を味わった。
自分の戦い方に、限界があることを気付かされた。

窮地に立たされた。
人質に取られた選手たち、敵として対峙した妹。

そして、守るべきものができた。
共にここまで歩んできた、大切な仲間たち。

そして俺は変わった。
力押しだけではなく、技をうまく融合した戦い方へと。
――そう、まるで先生のような戦い方だ。


先生が何故敵として対峙しているのか、はっきりとしたことは分からない。
だが、彼が自らの意思で敵のもとへ行くとは考えがたかった。
とすれば答えは一つ……ジャイ子のように、操られている可能性だ。

ならば俺が、彼を倒して正気に戻してあげるしかないと思った。
彼がずっと俺に求めていた、いまの自分の戦い方で。
それが俺にとって、彼にできるただ一つの恩返しなのだ。
ずっと、俺を間違いに気付かそうとしてくれた彼への……

妹の笑顔を、仲間たちの笑顔を―――
そして、修行を終えたときの先生の泣き顔を思い出し、そう決意した。



  ――CASE3 スネ夫――

気がつくといつの間にか、玄関の辺りまで来ていた。
決して、逃げようと思ってきたわけじゃない。
ただなんとなく歩いていたら、いつの間にかここまで来ていたのだ。

―――他の皆と違って、僕には相手との因縁なんてものが無い。
だから皆ほど、真剣に思いつめるようなことがないのだ。
でも、でも……一つだけ、気にかかることがあった。
そのことを思うと、悔しくて、歯がゆくて、胸が痛くなる……
「やめでやめだ! 考えすぎはよくない!」
僕は自分にそう言い聞かせて、これ以上考え込むことをやめた。

「そういえば、ここから出ようとした人はいないんだろうか?」
ふとそんな疑問が浮かび、玄関の扉に触れてみる。
だが扉は、押しても引いてもビクともしない。
そういえばMr.ゼロ――ドラえもんがここからは絶対に出られないって言ってたっけ。

「おいおい、怖気づいて逃げたくなったのかい?」

ふと、背後からそんな声が聞こえてきた。
聞き覚えがないような、あるような声―――

慌てて振り向いたその先にいたのは、僕の対戦相手である3rdだった。



「ちょっと調べていただけだ、逃げようなんて思っちゃいないさ」
目の前の敵に、堂々と胸を張って答える。

突然謎だらけの対戦相手が話しかけてきて、正直戸惑っていた。
だが、ここで敵に無様な姿を見せるわけにはいかない。
もし見せてしまったら、その時点ですでに勝負に負けてしまうような気がしたからだ。

「フフフ、本当にそうなのかい?」
「本当さ、何度も言わせるなよ」
「……なら、そういうことにしておいてあげよう」
3rdはそう言って、僕を嘲り笑った。
正直、この相手と話しているとかなり腹が立ってくる。
似たような怒りを、いつかどうかで覚えたような気がする……

「じゃあ、僕はそろそろ行かせてもらうよ」
これ以上声を聞くのが嫌になり、この場を去ろうと足を進める。

そして、3rdと交差する刹那―――
ふいに、彼の足が伸びてきた。

3rdの足に躓き、転びそうなる僕。
そんな僕を見て、愉快そうに笑う3rd。

――胸の内が、カッと熱くなった。

「てめぇ、何しやがるんだよ!」
いつのまにか、3rdの胸を掴んでいた。
奴はなおも、高い笑い声を響かせている。

落ち着け。熱くなるな。相手にしたらダメだ。
自分に必死で言い聞かせる。
そして奴を殴ろうとした寸前で、ようやく僕は我を取り戻すことができた。



僕から解放された3rdは、いまだに笑い続けている。
そして、そのままの調子で僕に言う。
「やれやれ、相変わらずクズどもはすぐに熱くなるな……
どうやら全く成長していないみたいだねぇ、骨川スネ夫君」
「気安く、僕の名前を呼ばないでくれ」
奴にそう言い返してから、ふとある“異常”に気付いた。

「待て! お前はいま、なんと言った……」

奴は言った、“相変わらずだ”と。

僕は……僕はこの相手を知っている?
この、人を馬鹿にしたような態度を。
この、ひたすら人をムカつかせる高い笑い声を。

ふと、幼いころの記憶が頭を過ぎった。

「お前は、まさか……」

僕が気付いたことを見た3rdの笑い声は、また一段と高くなる。

「そう、そのまさかだよ。
久しぶりだねぇ、骨川スネ夫君――」

そう言って奴は、己の身を隠すローブを払いのけた。

そしてその時、僕は微かに身震いした。

だいぶ変わってしまったけれど、そこには確かにに残っていたからだ。
かつての同級生、木鳥高夫ことズル木の面影が……



「ど、どういうことだ……何故お前がここにいる!」
いくら意識しても、動揺を隠すことはできない。

「何故って……決まってるじゃないか。
君たち落ちこぼれのクズに、裁きの鉄槌を下すことさ」
高飛車な態度だけは、昔と全く変わっていない。
「僕たちを裁く? 一体どうして!」
「さあね、君に知る権利はないよ」
ズル木は、憎たらしいほどの笑みを浮かべていた。

とりあえず、このまま屈辱を味わい続けるのだけは嫌だった。
ズル木向かって言い返す。
「君も相変わらずだね。 何年経っても落ちこぼれ、落ちこぼれの一つ覚えか。
そういう君こそが、落ちこぼれと呼ばれるべき人物じゃないのかい?
……なんといっても、トレーナーズスクールを卒業することすらできなかったんだからね」
僕も彼のように、嫌らしい笑みを浮かべる。

7年前、ポケモン消失事件を解決した少し後―――
突如ズル木は学校をやめ、遥か遠くの地方へと引っ越して行ったのだ。
結局彼は、4年生に上がることすらできなかった。
その点だけ見れば、彼のほうがよっぽど落ちこぼれであると言い切れる。

そんな僕の挑発を聞いたズル木は、意外な返答をしてきた。

「僕がトレーナーズスクールを卒業できなかった、だと……
何を人事のように言っているんだ、お前はぁ!
僕が卒業できなかったのは、貴様ら落ちこぼれのせいだろうがぁ!」



挑発は予想以上の効果を発揮したが、と同時にズル木は気になることを言った。
「卒業できなかったが、僕たちのせいだって?」
「ああ、そうだよ!
貴様らさえいなかったら、僕は天才として卒業することができた。
……いや、それどころか……」
ズル木はそこで一度息を吸う。
そして次に放たれた言葉は、今までの中で一番衝撃的なものだった。

「僕は、藤理科雄の野望を阻止した英雄と讃えられるハズだったんだ!」

フジリカオ。
彼はたしかにそう言った。
一瞬頭が真っ白になったあと、その一言がどれだけ衝撃的なものであるかに気付いた。

「藤理科雄、だって!」
思わずそう叫んでしまった。
藤理科雄――トレーナーズスクールの教師の仮面を被っていた、ポケモン消失事件の犯人。
一生徒に過ぎなかった彼が、何故国家レベルの秘密であるそのことを知っているなんてありえない……
なら、なら――
「一体何故、僕が藤理科雄のことを知っているか――そう聞きたいんだろう?
教えてやろう、それはな―――」
ズル木は僕の顔を見て、満足そうな笑みを浮かべている。
どうやら、図星だったことが顔に出てしまったようだ。

その後突然、ズル木の顔から笑みが消えた。
そして、今までにない迫力を帯びた声で言う。

「僕が、あの事件に関わっていたからだよ。
それも、藤理科雄の協力者としてね」



「お前が、ポケモン消失事件に加担していただと……」
ポケモン消失事件の犯人である藤を、僕はいまでも憎んでいた。
彼のせいで何匹かのポケモンが犠牲になり、静香の心には巨大なトラウマが植え付けられた。
彼の罪は、果てしなく重いのだ。
――だが、彼はもういない……死んだのだ。

だから、もういいんだと自分に言い聞かせてきた――

言い聞かせてきた、ハズだったのに――

いまここに、突然共犯者だと名乗る男が現れた。
しばらく呆然としていたが、その直後にある感情が湧きあがってくる。
憎しみという、感情が。

「さて、僕はそろそろ行かせてもらおうか。
あ、そうだ。 一つだけ言い忘れていたことがあったよ――」
去り際にふと、ズル木は僕の方を振り返る。
その顔に、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら。

「トイレで君を襲ったのも、僕だったんだよ。
死なない程度に手加減してあげたんだから、感謝しろよな」

その言葉を残し、ズル木は僕の前から姿を消した。

―――1人残された僕の胸には、メラメラと怒りの炎が燃え上がっていた。



「まさか、3rdがあのズル木だったなんてな」
閑散とした玄関に、僕の自嘲気味な笑い声が響く。
ふと頭の中に、ズル木と会う前に考えていたことが再び浮かんだ。
それは僕が抱えていた、たった一つの悩み……
自分の無力さ、という悩みだ。

僕はこの大会で初めて、自分の力に自信を持つことができた。
自分で言うのもなんだが、現に予選やグループ戦ではかなり活躍できたはずだ。
皆にも、お前のおかげで勝ちあがってこれたとなんて言われた。
だから僕は、すっかり舞い上がっていた……
舞い上がって……しまったのだ。

長い戦いを経て辿り着いた、強者たちが集う決勝トーナメント。
僕はその舞台では、全く活躍することができなかった……

自分の全力をもってして挑み、敗れたチーム・コトブキ戦。
無様な敗北を喫した、決勝のジョーカーズ戦。
唯一勝ったキングス戦も、後から聞けば相手は手加減していたという話だ。
(ジャイ子が、少し躊躇いながらそう教えてくれた。)
そしてフロンティアブレーンズ戦にいたっては、ズル木に襲われて戦うこともできなかった。
僕のせいで、危うく不戦敗になるところだったのだ。



こうして思い返してみると、僕は皆の足を引っ張ってばかりだ。
そのことを思うと、悔しくて、歯がゆくて、胸が痛くなる……

 だから、次こそはみんなの力になろう。

 僕の力で、皆の命を救うんだ。

敵は7年前、散々僕を見下し、落ちこぼれと罵ってきたズル木だ。
相手にとって不足はない。
失った自信を取り戻すには、むしろ最高の相手だ。

落ちこぼれと呼ばれて育ち、いま皆の命を救うために戦っている僕。
天才と称されて育ち、いまは皆の命を脅かしているズル木。
“落ちこぼれVS天才”
“正義VS悪”
傍から見れば、そんな図式が浮かび上がってくることだろう。
「面白い、最高のシチュエーションじゃないか」
思わず、顔がにやけてくる。

この7年間、僕は血の滲むような努力を幾重にも積み重ねてきたんだ。
凡才の僕が、天才に追いつくにはそうするしかなかったから。
今こそその成果が、本当に発揮される時が来たのだと直感した。

  そう、明日の決戦は、僕の7年間の集大成なのだ。



  ――CASE4 出木杉――

今僕は、自分の部屋で物思いにふけっていた。

話し合いが終わった後、僕は真っ先に退出させてもらった。
少々、1人で考えたいことがあったからだ。
……対戦相手、2ndのことで――

2ndと3rd、二つの選択肢の中から、僕は迷わず2ndを選んだ。
何故、僕は2ndを選んだのだろうか?
自分の方がスネ夫より強いから、強い相手と当たった方がいい――
そんな考えもあっただろうが、おそらく真の理由はそれではない。

たぶん……たぶん、ずっと焼きついていたからだ。
決勝戦で見た、2ndのローブから覗く赤い髪が……

「赤い髪、か……」
確信はない。
だが、赤い髪の持ち主など滅多にいない。
だから、可能性はあると思っている。
2ndが、“あの男”である可能性が……



“あの男”のことを考えていると、いつのまにか過去の事件を思い出していた。
自分の全てを変えた、あの事件を……

――響き渡った、一発の銃声。
あれが、僕から様々なものを奪っていった。
かつては思い出すだけでもつらく、死んでしまいたいとまで思っていた。
だが今は違う。
自分を支えてくれる、たくさんの人の人たちの存在に気付けたから。

目を閉じると、あの時の光景が走馬灯のように流れて行った。
地に落ちていた銃。
鳴り響く銃声。
流れ落ちる黒い血。
驚いて現れた“あの男”

……その時ふと、ある可能性が頭を過ぎった。

いままでは、考えもしなかった可能性だ。

そんなわけはないと思えば思うほど、逆にその可能性を否定しがたくなってくる……
そして、思い出した。
――あの時の鳴り響いた銃声は、“2つ”だったのだ。

思考はますます暴走し始め、とどまろうとしない。
どんどん、仮説に過ぎなかったものが現実味をおびていく。
でも、もしこの仮説が現実だったとしたら……
 僕は、僕は――



  ――CASE5 フォルテ――

「いよいよ、明日か……」
何気なく呟いたその一言に、かなりの重みが宿っている気がした。

ここ数年、ずっとMr.ゼロ――ドラえもんを追い続けてきた。
一つは、彼を含む大切な者たちのため。
もう一つは、自分自身の過ちを消し去るためだ。

残念ながら、大会開始までにドラえもんを止めることはできなかった。
この大会でも、自分たちは敵の力に屈してしまった。
そして最後の希望である、あの少年たちも……

一度は諦めた。
そして、ドラえもんを止められなかった自分の力不足を嘆いた。
だが、少年たちは立ち上がった。
諦めず、希望を最後まで最後まで捨てなかった。
自分の教えをよく守ってくれた――いや、違う。

彼らは、自らの意思で希望にすがりついたのだ。

おそらく、自分の教えなど関係ない。
自分の言葉がなかったとしても、きっと彼らは立ち上がっただろう。
今まで彼らを観察してきて、自然とそんな結論がでてきた。



他の仲間たちへの心配は、何故か浮かんでこなかった。
たぶん、自分は信じているのだろう。
彼らは、絶対に勝つだろうと。
話を交わした回数はほんの少しだが、確信を持っていた。
彼らは、特に野比のび太は、きっとどんなことがあっても挫けないと。
「なぜなら彼は、私の……」

そこで思考を一度止め、自分の試合に考えを切り替えることにした。

明日の試合で、皆はあらゆるものに決着をつけようとしている。
ならば自分も、決着をつけなければならない。
自分の過ちであり因縁の相手である4thと……

この大会は、あまりにも悲しすぎる。
たくさんの人の悲しい運命が幾重にも絡まりあった、悲劇の結晶だ。
それでもこの劇の登場人物たちは、戦いへと身を投じて行く。
だがら自分も、全力で戦おう。
自分自身の罪と向き合おう。
――この悲劇の、一人の登場人物として。



部屋を出て、廊下を歩き始めた。
なんとなく、散歩をしたい気分だったのだ。

観覧席に入り、試合場を見下ろす。

『明日、僕はあそこでドラえもんと戦うんだ――』

戦うことにもう迷いはなかったが、謎は多すぎた。
それも全部、明日明らかになるのだろうか?
疑問が頭に、浮かんでは消えて行く。

同時に、戦うことへの恐怖心が湧き上がってきていた。
『もし負けたら、どうしよう。』
やはり、心の底にはそんな不安がたまっていた。
自分が背負う責任は、あまりも重すぎる。
こんな重荷を1人で背負うなんて、僕には無理かもしれない――

そんな思いを吹っ切るため、僕は再び歩き出した。

無心で歩き続けると、いつのまにか5階の最北端まで来ていた。

そこには、先客がいた。

「あれ、のび太さん?」

静香だった。
驚いた顔で、こちらを見ていた。



  ――CASE6 静香――

コロシアム5階の最北端。
ここだけ壁が透明のガラスでできており、外の無数の星々を見ることができた。
すっかりお気に入りになったこの場所に来るのは、これで三度目だった。

しばらくそこで星を眺めていると、ふいに来訪者が現れた。
のび太だった。
「あれ、のび太さん?」
驚き、わかりきっていることを聞いてしまった。

のび太はしばらく考えた後、私に問う。
「隣、いいかな?」
私が無言で頷くと、彼は私の横に座り込んだ。

しばらく沈黙が続いた後、のび太が話しかけてきた。
「星、綺麗だね」
「うん」
その後、また沈黙が続いた……

「ねえ、静香ちゃん」
また、のび太がふいに声をかけてくる。
「静香ちゃんは、ドラミちゃんと戦うのが怖くないの?」



「怖くないよ」
のび太の目を見て、真剣に答えた。
そして、真剣な声で聞き返す。
「のび太さんは、ドラちゃんの戦うのが怖いの?」

のび太はしばらく考え込み、はっきりと私に告げる。
「実は、ちょっと怖いんだ。 それで……」
「それで?」
その続く言葉が気にかかって、問う。

「僕はドラえもんと戦おうって決めるのに、物凄く悩んだ。
恐怖心と、必死に戦ったんだ。
なのに静香ちゃんは、あっさりとドラミちゃんと戦おうって決めちゃった。
それで、怖くないのかなって気になったんだ」

のび太の言葉に、ゆっくりと返答する。
「私だって、勿論怖くなかったわけじゃないよ。
でもね、それでも戦わなきゃって思った。
そうしたら、自然と怖さも薄れていったの。
……以前の私じゃ、絶対にこんなふうに思うことはできなかったわ」
自分の記憶を、一つ一つなぞらえていくように話す。

「……私ね、この大会に出てよかったって思ってるの」
私がそう言うと、のび太は驚いて目を見張った。



この大会での体験を思い出しながら、のび太に自分の思いを告げる。
「そりゃ、苦しいこともたくさんあったわ。
でも、それ以上にたくさん大切なものを見つけられた。
大切な友達、大切な仲間……
そして何より、私は自分が戦う理由を見つけられたの」

「戦う理由?」
のび太が、よくわからないというふうに聞き返す。

「前も言ったけど、私はずっと戦うことが怖かった。
ポケモンの、傷つく姿を見るのが嫌だったの。
なんで戦わなきゃいけないんだろうって、ずっと悩んでた」
のび太は、無言で私の話を聞いてくれている。
その姿を見て、私は一度微笑んでから話を続けた。
「でもね、この大会に出てその悩みは吹っ切れた。
自分が、戦うことの意味を見つけられたから」

「君は、何のために戦うの?」
いままで黙り込んでいたのび太が、ふいに問うてきた。
私は、精一杯の笑みを浮かべて答えた。

「私はね、“守る”ために戦うの」

そう、それが私が戦う理由。
傷つけるために戦うことはできなくても、守るためになら戦うことができるから――
だから私は戦うんだ、どんなに辛くとも。
この大会で得た、たくさんの守りたいものがある限り……



  ――CASE7 のび太――

『私はね、守るために戦うの』
静香はそう言った。
その一言で、はっとさせられた。

僕は、たくさんの人に守られているんだ。
僕は、皆に守られてここまできたんだ。

いつだって、僕は1人じゃなかった。
ジャイアン、スネ夫、出木杉、そして静香……
皆に支えられて、ここまできたんだ。
皆の力があったからこそ、ここまでこられたんだ。

そして、それは明日だって同じことだ。
皆が僕を守り、支えてくれる。
自分の荷物を、仲間が一緒に背負ってくれる。

僕は1人で戦うんじゃない。

――僕は、僕らは皆で戦うんだ。

胸の奥に、なんともいえない思いがこみ上げてきた。
勇気が、活力が湧いてきた。

いつのまにか、もう戦うことは怖くなくなっていた。



もう一度、正面の星空を眺めてみる。
……不安が消え、心の靄が晴れたせいだろうか。
先程までより、その空は何倍も綺麗に見えた。
この空をガラス越しではなく、直接この目で見られたらどんなに素晴らしいことだろうか。
そんなことを考えていると、静香が話しかけてきた。

「ねえ、のび太さん」
「ん、何?」
静香はそこでしばらく止まり、照れくさそうに言った。

「また一緒に、星空を眺めましょう。
今度は、トキワシティに帰って……」

僕は大きく頷き、心の底から笑みを浮かべて言う。

「うん。 僕も、僕も一緒に星を見たいよ。
だから明日絶対に勝って――」

静香の手を取って、約束する。

 「一緒に帰ろう、僕たちの町へ!」