ドラえもん・のび太のポケモンストーリー@wiki

ミュウ その17

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akakami

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「どうしよう…全然作戦が思い浮かばない……
 早くしないと見つかるし、何か、何か作戦を考えなくちゃ…」
のび太は焦っていた。
余りに広大なフィールドに姿の見えない敵。
これ程作戦を立てにくいバトルは初めてだからだ。
「サンダーにはホウオウが使えない……
 ルカリオに苦戦してたら負けは決まる様なもんだ。
 隙を突いて、ルカリオになるべくノーダメージで倒さな…」
のび太の言葉はそこで途切れた。
「うわぁっ!?」
突然轟音が鳴り響き、店の商品がいくつも落ちてきたのだ。
音を立てないようゆっくりと立ち上がり、窓から外を眺めるのび太。
その目に映った物は――
―――――――――――
「フン、この店には居なかった様だな。
 ルカリオ、面倒だ。 片っ端から建物に波動弾を放て!」
ルカリオの手に、光が集まる。
そして、その光は多数に分かれ、多くの建物に向かって放たれた。
「し、しまっ…」
その光の一片は、真っ直ぐのび太の居る方に向かってくる。
のび太は後ろに跳び、頭を伏せた。
「う、うわぁぁぁぁぁッ!!!」
音をたて崩れる雑貨屋。
その雑貨屋から響く叫び声を、ジンは聞き逃さなかった。

「フン、そこか」



「フフッ、のび太さーん。
 そこに居るのは分かってるのよ。 出てきてぇー」

無惨に崩れさった店に、わざとらしい声で呼び掛けるジン。
もちろん、のび太から返事が返ってくる事はない。
「フフッ、のび太さんの意地悪。 私怒っちゃった。
 今から、この店の残骸をぜーんぶ消しちゃうんだから。 ルカリオ」
ルカリオが待ってましたと言わんばかりに両手を上に掲げた。
「……消せ」
両手に集められた巨大な光の弾が、元は雑貨屋だった物に直撃する。
その瞬間、辺りは光に包まれ、光の中から小さなクレーターが現れた。
「……ばいばい、のび太さ…」
「ちょっと待ってよ」 「!?」
のび太の声が後ろから聞こえ、ジンは振り返った。
「何故お前が…」
「咄嗟に店にあった"穴抜けの紐"を使ったんだよ。
 もう少しで死ぬ所だったじゃないか、全く!」
「……少し、甘いんじゃないか?」
のび太を見て、ジンはニヤリと笑う。
「余りに突然の事で、ポケモンを出すのを忘れてるぞ?
 俺が一声かければ、ルカリオの拳に貫かれて、お前は死ぬ!」
ジンがそう言うと、ルカリオは戦闘体勢をとった。

「フン、「爪が甘かったな、ジン!」

「何!?」
のび太がジンの言葉を遮ると同時に、ルカリオの下から黄色い尻尾が飛び出た。
「こいつは!?」
「ピカチュウ、アイアンテールで地中に引きずり込め!」



ピカチュウに捕まり、ルカリオの姿は一瞬で見えなくなった。

「ルカリオ、そんなネズミ引き剥がしちまえ!」
ルカリオはジタバタと足を下へ振り回そうとする。
だが、地中では上手く体を動かせない。
ルカリオはおとなしく地面に埋まっていくしかなかった。
「ルカリオのスピードも、地面の中なら関係無い。
 このままピカチュウが止めを刺して終わりだ!」

自信満々にそう言い放つのび太。
だが、ジンは眉間にしわを寄せて叫んだ。
「俺達を舐めるな!
 ルカリオ、真下に向かって波動弾だ!」
地中にも届く程の声でジンがそう叫ぶと、ルカリオが拳に光を溜める。
そして、次の瞬間地面から光が吹き上がった。
地中から飛び出すピカチュウとルカリオ。
二体の体は、波動弾の暴発を間近で受け、傷ついていた。
「自分の体を傷つけてまで脱出するなんて…」
ルカリオの鬼気迫る表情に、足を下げるのび太。
のび太は確信した。

『このルカリオは……他のポケモンと格が違うのだと』

「フン、終わりだ。
 ルカリオ、波動弾でネズミごとメガネを消し去れ」



「…僕は……僕はまだ負けられない!」
「ぐっ、この煙は!?」
大きな音が鳴り、ジンの視界を真っ白な煙が包み込んだ。
のび太が使ったのは煙玉。
雑貨屋に置いてあった、逃走を確実に成功させる為の道具だ。
「……チッ、メガネの分際で!」
バタンッ 「波動弾!」
音が聞こえた方に、波動弾が放たれる。
だが、そこに居たのは、住人が居ない間に空き巣に入ろうとしていたオッサンだった。
「フン、ゴミが……
 精々必死に逃げてろ、メガネ!
 逃げてばっかじゃ俺には勝てないがなぁ!フハハハハハハ!!!」

住人を消した商店街に、ジンの笑い声が鳴り響いた。
その笑い声を背に、悔しさを圧し殺して走るのび太。
「ぴか、ぴかぴぃ…」
ピカチュウも飼い主を心配をしている。
のび太は、そんなピカチュウに優しく笑いかけ、言った。
「ピカチュウ、大丈夫だよ。
 昔の僕なら、プライドを守る為にあの場に残ってた。
 でも、今は違う。
 僕は自分の為に戦ってるんじゃないんだ」
のび太の足が止まる。
まずジンが居ない事を確認し、息を整えた。
そして周りを見つめ、冷静になった頭で作戦を構成していく。
その目に、もう恐れは無かった。
「……プライドなんか、もういらない。
 どんなにカッコ悪くても、僕はしずかちゃんを、皆を助け出すんだ!」



「出木杉、全てを憎め。
 お前を苦しめたこの世界に、復讐するんだ。
 大丈夫、わしの言うことさえ聞けば、全てお前の思い通りに行く……
 わしに……従うんだ」


闇の中で潜む老人は、笑みを浮かべながらそう言った。

僕の体は、その言葉を拒まない。
むしろ、自らが望む様に、僕はその老人の手を取った。


「はい、従います。 だから教えて下さい。
 この世界に、僕と同じ苦しみを与える方法を……」



「フン、あのメガネ……どこ行きやがった」
ジンは、のび太を見付けられずに居た。
煙玉で見失い、この商店街、
いや、この広い町のどこかに逃げたのび太を、1人で探すのは流石に困難なのだ。
と言っても、闇雲に町を破壊すれば、相手に自分の居場所を教えることになる。
さっきのように、のび太が商店街に入るのを見ていたのなら話は別だが、
今回の様な場合では、地道に町を見回っていくのが、最善の策と言えるのだ。
「クソッ、メガネの分際で…
 俺にこんな無駄な歩行をさせるとは、絶対に許さんぞ!」
商店街の出口が見えてきた。
どうやらのび太は商店街から抜け出したようだ。
「フン、ちょこまかと…」
だが、そんなジンの予想を、簡単に裏切られる事になる。
プシュッ! 「つッ!」
ジンの後頭部に、何かが当たった。
プシュッ! 「舐めるな!」
今度は一瞬でそれに反応し、その何かを掴む。
「……これは」
それは小さなエアガン用の弾。
それが誰が発射した物かは、もうハッキリしている。

「メぇガネェェェェェェェェェェッ!!!!」

叫び声と共に、1人の少女と1匹は走り出した。



「こんなショボい弾で、俺を倒せると思ったかァァァッ!」
女とは思えないスピードで、のび太との距離を縮めるジン(しずか)。
どら焼屋の屋根に座るのび太の姿が、だんだんハッキリしていく。
「フハハ、100000000倍返しだ!
 お前の後頭部をグチョグチョにしてやるッ!!!」
だが、またもジンの予想を裏切る展開が待っていた。
「くっ、何だこれは!?」
小さな爆発音が数発鳴り、ジンの視界を白い煙が包んでいく。
「クソが! またさっきの煙幕か!
 逃げてばかりじゃ俺は倒せないぞ!」
煙を掻き分けながら、ジンはそう叫んだ。
すると、その言葉に反応する様に、隣から声が聴こえた。
「おっはー」 「ルカリオ、波動弾だ!」
すかさずルカリオの攻撃がその音の主を襲う。
だが、そこに居たのは……

「ただの……テレビ…だと? クソッたれ!!!」

それは、のび太がリモコンで操作した電気屋のテレビの音だった。
そして、更なる混乱がジンとルカリオを襲う。

「ピカチュウ、かみなりだ!」

何処からともなく聴こえたのび太の声で、上空から雷光が降り注いだ。



「ル、ルカリオ!」

雷の直撃を受け、膝を着くルカリオ。
だが、ジンは見逃さなかった。
雷を撃たれる直前の一瞬の輝きを。
ポケモンが雷を撃つ前に、必ず起こるその光を。
「そこだ、ルカリオ!」
ジンの指を見た瞬間、全てを理解するルカリオ。
そして、膝を着いた状態のまま腕を上げた。
    「 波 動 弾 ! 」
波動弾は、方向さえ合えば確実に相手を捉えてくれる。
ジンは勝利の笑みを浮かべながら、その閃光の様子を眺めていた。

「戻れ、ピカチュウ」 「何!?」

だが、今回はのび太の方が一枚上手だった。
全ての攻撃を確実に避ける唯一の方法。
それは、ポケモンをモンスターボールに戻す事だ。
普通のバトルでは次のポケモンがダメージを負ってしまうが、
今回はステージ上ではなく、広い町中。
デメリットなど何も無い。
のび太はその事を充分に理解していたのだ。
「ルカリオ、立て!
 今のでメガネの場所が分かった! 追い掛けるぞ!」
その言葉で、フラフラと立ち上がるルカリオ。
すぐに二人は、ピカチュウが戻される時に見えた光の元に走った。
そして、煙の空間を抜ける。

「メガネ、ガキの遊びもここまでだッ!」



「バカな、俺はすぐに走ったはずだ……
 あの男が、こんなに早く見えなくなるなんて…ある訳が……」

ジンは、だだっ広い空間の真ん中で、そう呟いた。

誰も居ない、真っ直ぐ続く商店街の道の真ん中で。

「…殺してやる……」
ジンの、本能とも言うべき何かが、目覚めていく。
「…あのメガネを……八つ裂きにしてやる……」
久しぶりに味わった敗北感が、ジンの中で野生を蘇らせた。
ルカリオは、その静かなる殺意に体の震えを抑えられない。
「ルカリオ、怯えなくて良いぞ。
 俺は少し、今まで感情に流され過ぎていた様だな」
ルカリオの頭を撫でながら、そう話すジン。
その目は、のび太に対する静かで激しい憎悪に満たされていた。

「行くぞ、ルカリオ。
 今まで受けた屈辱を、全てアイツに返してやるんだ」

コツ…コツ……コツ………コツ…………コツ……………コ…

ジン達の足音が遠退いていく。
地下に隠れていたのび太は、ゆっくりとため息を吐いた。

「ふぅ、何とかやり過ごしたぞ…」



のび太がジンに見つからなかった理由。

それは、のび太がマンホールの中に身を隠していたからだ。
だが、それだけじゃない。

あの時、のび太はジンから逃げるのではなく、ジンに近づいたのだ。
視界にマンホールの蓋が見えれば、必ずジンは不審に思うだろう。
だが、マンホールがジンより後方に有れば、話は別だ。

つまりあの時、マンホールは煙の中にあったのだ。
もちろん、あらかじめ蓋が開いた状態で。
のび太が屋根の上に居たのも、蓋が開いてるのがバレない為。
あれは、ジンの視線を上に集中させるのが最大の目的だったのだ。


これだけの作戦を、のび太が思い付くのは少し不思議に思う人が居るだろう。
だが、これは別に不思議な事でも有り得ない事でも無い。
のび太は、人を困らせる力と、道具を最大限に活かす力に昔から長けていた。
その2つの力が、この戦いにおいて大きな戦力になっている。
のび太はこの時、
自分でも気付かない内に、天才戦略家としての才能に目覚めようとしていた。



「これでルカリオの体力は僅か……
 でもさっきの様子だと、もうジンに半端な作戦が通用するとは思えない。
 ここは、どうするべきかな?」
のび太の手持ちにあるのは、もう穴抜けの紐2本に煙玉1つ。
どこかでアイテムを補充するのも良いかも知れない。
だが、それは同時にジンに不意討ちされる可能性も高くなる。
のび太は気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと思考を回転させてみた。

『―ルカリオ―アイテム―下水道―次のポケモン―町中―』

のび太の頭の中で、勝利の設計図が高速で作成されていく。
そして、その設計図はのび太の考えを1つの答えへと導いた。

『何でだろ? 僕は今、とても冴えてる。
 ジンの行動パターンも、それを打ち破る策も手に取る様に分かる。
 行けるぞ…これならあのジンに必ず勝てる!』


「ハッサム、出てきて」

そののび太の声を合図に、ハッサムが姿を現した。
ハッサムは、以前のジンとの戦いでルカリオに一蹴されている。
ハッサムからしたら、ルカリオは因縁の、どうしても戦いたい相手だ。
「ルカリオには、君で止めを刺したい。 出来るかい?」

ハッサムは短くうなづいた。



「フン、メガネめ……何のつもりだ?」

――数分前
大きな轟音が鳴り響いた。
そしてジンが様子を見に来ると、商店街の道の脇から大量の水が吹き出していた。
「水道管を破裂させたか。
 すると、狙いはピカチュウの電撃だな。
 だったら……ルカリオ、俺の体を持て 」
ルカリオがジンの体を持ち、足に力を入れた。

一方、のび太は屋根の上で待っていた。
ジンが、ここに上って来るのを……
「来い…ジン」
下で音がした。 のび太の前方に、ジンとルカリオが姿を現す。
ジンは少し驚いたが、すぐに状況を理解して言った。
「待ち伏せ……いや、待っていた、と言うのが正しいか。
 メガネの分際でサシの戦いを望むとは、舐めてくれるじゃないか」
ジンとのび太の距離は、およそ10m。
店を1つ隔てて、二人は直線上で睨み合っている。
「フン、どうせまた狡い手で逃げながらルカリオの体力を削る気だろ?
 悪いが、もう俺に策は通じん。 徹底的に……潰すぞ」
ジンが、強烈な殺気を出しながらそう言う。
のび太はその殺気に震えた。
だが、足は引かない。 逆に一歩踏み出す。 そして言った。

「来い!!!ジン!!!」



「ルカリオ、神速だ!」

のび太がそう叫んだ瞬間、ジンはそう叫び返した。
のび太の脳裏に、以前の記憶がよぎる。
以前の戦い、ルカリオの攻撃で腹に瀕死の怪我を負った時の事を。
更に思い出す。
数日前、洞窟内でした修行の事を。

『裁きの穴で学んだ事……それは、勇気』

数多くのポケモンに命を狙われた。
そして、多くの傷を負い、多くの事を学んだ。
 ビュゥッ!
ルカリオが目前に迫る。 風が切れる音がした。
『怖くない…避けられる』
のび太は足を後ろへ伸ばし、腹の位置を数cmズラす。
すると、ルカリオの右ストレートはズラす前の腹の位置を真っ直ぐ貫いた。
「な、なん…」
瞬間の中で、人が出来る行動なんてほんの僅かだ。
だが、そのほんの僅かな行動が、人の生死を分ける事になる。
「ぐぁッ!」 のび太の顔が歪んだ。
さっきの攻撃、当たらなかったのではなく、実はカスっている。
のび太は、避ける為に体を動かしたのではなく、勝つ為に体を動かしたのだ。
本来ルカリオの攻撃は回避不可だが、怪我をする覚悟さえあれば話は別。
急所を外すだけなら、一瞬の、ほんの僅かな行動で充分なのだ。
「…だと!?」
そして、ルカリオの居る場所。
つまり、のび太がさっき立っていた場所の下から、
屋根を突き破ってハッサムが姿を現した。



のび太は、ハッサムにこう言っていた。

「僕が、ルカリオの注意を一秒牽く。
 だからその一秒で……君にルカリオを倒して貰いたい」と。

ハッサムは、ずっと屋根の下から耳を澄ましていた。
そして、風を切る音を聞いた。
足に力を込め、一気に飛び上がる。

「君は、僕を信じて真上を全力で貫けば良いんだ」

あれだけの信頼を自分にくれた主人の為、ハッサムは全身の力をその右手に込めた。
思い切り……振り抜く。
コンクリートの砕ける音が響き、目の前にルカリオの姿が見えた。
拳がルカリオに当たる。
ルカリオの体は、その一撃で勢い良く吹き飛んだ。
そしてハッサムは静かに着地し、横で倒れる主人の方を見る。
「……ハッサム、良いパンチだったよ」
主人の破けた服の下から、紫色の皮膚が見えた。
……酷い怪我だ。
きっと、かなりの激痛がしているだろう。
「ハッサム、僕の事は良い。 それよりも…」
ルカリオはフラフラと立ち上がった。
もう目は虚ろ……明らかに限界を超えている。
だがルカリオは、何かを訴える様に大きな唸り声をあげた。
「ルカリオ、もう良い。 後は……俺達がやる。
 お前は良くやった」
ルカリオは動かない。 立ったまま気絶したのだ。
ジンは、ゆっくりとそのルカリオをボールへ戻した。



「また、お前の策にやられちまったようだな」
下を向いたまま、ジンが短く笑う。
その表情はとても穏やかだが、隠しきれない殺意を漏らしていた。
「フン、さっきのお前の勇気と覚悟、恐れいったよ。
 お前達の事を舐めていたのは俺達だったのかもしれないな」
ジンは空にボールを投げ上げた。
そのボールから、雷電から奪い取ったサンダーが現れる。
「だけど次のポケモンには、覚悟も勇気も通じないぞ。
 さぁ、どうする? フハハハ…」
ジンの言葉に対し、のび太はこう言い返した。

「もちろん…………逃 げ る さ ! 」

また煙玉を下へ投げつけるのび太。
「サンダー、高速移動」
だが、その瞬間目の前にサンダーが現れた。
「なっ!?」
「フン、二度も同じ手を食らえばサルでも学習する」
のび太の額に冷や汗が伝う。
頭の中で『ハッサム、メタルクロー』と言う指示を出すが、声にならない。

「サンダー、10万ボルト」

のび太の視界を、真っ白な光が包み込んだ。



「死ね、メガネェー!」
ジンはのび太の行動を予想し、サンダーに指示を出していた。
不覚。それは、相手の力量を量り間違えた事による失敗。
のび太の思考回路が動き出す頃には、サンダーの攻撃準備は完了していた。
『ダメだ!殺られる!』
隣のハッサムに指示を出す前に、自分は黒コゲになる。
もう、間に合わない。 そう、思った時だった。
「ハ、ハッサム!?」
電流が弾け飛び、ハッサムの体を焦がしていく。
ハッサムは自らのび太の前に飛び出し、のび太の盾となった。
のび太の指示を聞く前に、自分の意思でのび太を助けに入ったのだ。
「……はっ、ピカチュウ、出てこい!」
倒れ込むハッサムを一瞬眺めていたのび太だったが、
直ぐ様に我に返り、ピカチュウをサンダーの目前へ呼び出した。
「サ、サン…」 「ヴォルテッカー!」
戦いの中で、想定外の事が起きるのは極めて自然な事だ。
大切なのは、いかにそれに適当な対応が出来るか。
今回は、一瞬その対応が早かったのび太に軍配が上がった。
「ピカチュウ、走るぞ!」
攻撃を加えると、のび太は直ぐ様後ろへと走り出した。
屋根の上ではサンダーの格好の的になる。
そして、のび太にはまだ策が残っているのだ。
サンダーが態勢を整えると、直ぐにフラッシュで目を眩まし、
のび太は商店街からの脱出に成功した。



「ピカチュウ、大丈夫か?」
商店街から500m程離れた地点。
そこでピカチュウは、力無く地面へと倒れ込んだ。
無理もない。
ピカチュウは一度ルカリオの波動弾の暴発を、間近で受けている。
その上、この緊迫した戦いでの度重なる呼び出し、そしてヴォルテッカー。
逆に、今意識を保っているのが不思議なくらいだ。
『ピカチュウの体力は僅か、ハッサムは約半分……だけど麻痺状態』
ハッサムを温存しておいたおかげで、体力が充分に残ってるのが唯一の救いだ。
ジンのまだ見ぬ切り札の為にも、ホウオウは無傷のままにしておきたい。
そして、あの作戦の為にも……

「ん?ピカチュウ、どうした?」

ふと横を見ると、ピカチュウが顔を真っ青にして震えていた。
こんな顔をするのは珍しい。
のび太はピカチュウの視線の先に、恐る恐る顔を向けた。
「…な、なんだ? あれ?」
さっきまで自分達が居た場所の上空に、眩しく光る何かが浮かんでいる。
のび太は、本能で察知した。
『ここに居たら死ぬ』と。
体力が残ってないピカチュウを抱かえ、のび太は走り出した。
「はぁ! はぁ!」
どんどん膨張していく、その光。

どこまで大きくなるのかとのび太が思った瞬間、その光は……一筋の光線となり、のび太に襲い掛かった。



「フン、よくやった、サンダー」
ジンは、上空のサンダーを見上げながらそう言った。
雷電が自ら改造を施した、この特別なサンダーの特性はリミッター解除。
ダイゴ、シロナペアとの戦いで見せた技がそれである。
このサンダーに、能力向上効果のある技のリミッターは無い。
つまり、このサンダーが充電(次の技の威力が倍になる)を使えば、
1度目で2倍、2度目で4倍、3度目で8倍と、誰にも止められない技となるのだ。
実際、今の技で町の一部分が跡形も無く消し飛んでいる。
このサンダーは、策も罠も必要としない、最強で純粋なパワータイプと言えるのだ。
「8倍でこれくらいか……
 フン…なら次は16倍で行くぞ」
ジンの指示に、黙って従うサンダー。
その目は、どこか悲しく、とても冷たい目をしていた。

「…ふぅー、間一髪!」
のび太は壁に寄りかかり、安堵のため息を吐いた。
すぐ近くには、残骸と化したスネ夫の家が転がっている。
のび太達は、ギリギリの所であの電撃を避ける事が出来たのだ。
「そう言えばスネ夫が言ってたな。
 あのサンダー、まるで能力の限界が無いみたいだ、って」
のび太は、あの作戦を実行に移す為の作戦を考えてみた。
あのサンダーの技を食らわずに、あの場所まで導く方法を。

「一か八か……これに賭けるしか無いかもね」
のび太は高まる心音を抑えつけ、ジンの所へと向かった。



「…よし、次は8倍だ」
ジンの指示で、ゆっくりと光が大きくなっていく。
その眩しさは、もう太陽の比では無い。
「フン、次はどこを狙うかな…」
次々と家を指で差していき、屋根がピンク色の家で指を止めた。
「あれだ……サンダー、16倍にしろ!」

光が、先程よりも更に大きくなっていく。
そして、遂にその光は全ての準備を完了した。
「クックック、メガネ……消し飛びなぁー!!!」
ジンがそう叫んだ、その時だった。
「ピカチュウ、今だ!」 「!?」
その言葉と同時に、ピカチュウがジンの前に現れる。
そして、瞬きをする間もなく、ピカチュウはジンの周りを回り始めた。
「な、何だ!? 何のつもりだ!?」
「お前を倒しに来たんだよ」
ジンの前に立つのび太。
それだけ言うと、のび太は片手を思い切り後ろへと引いた。
「ぐ、ぐぁッ!?」
突然の胸の圧迫感に、驚くジン。
のび太はニヤリと笑い、手に持っている物を見せた。
「そ、それは…」
「ピカチュウに"あなぬけの紐"をくわえさせていたのさ。
 使用法は違うけど、これでお前はもう動けないぞ! ジン!」



「フハハ!正気か?
 ここに来るってことはサンダーの的になるってことだぞ?
 お前は、わざわざここに死にに来たのかぁ?」
そうあざけ笑うジン。
だが、のび太には考えがあった。

「へんだ、的にはならないよ。
 だって今サンダーが攻撃をすれば、お前も巻き込まれて死ぬからね」
そう、サンダーの弱点……それはその余りあるパワー。
威力を上げることは出来ても、下げることは出来ない。
今、もしのび太を狙って攻撃すれば、もちろん近くに居るジンにも当たる。
つまり、サンダーの攻撃の恐怖から確実に逃れる方法は、
離れるのではなく、逆に近付くことだったのだ。

「…フン、次はどうするつもりだ?
 俺を殺して、試合を終わらせるか?
 それとも…このままずっと黙り状態を続けるつもりか?」

圧倒的不利な状況だが、ジンの目にはまだ余裕が溢れている。
のび太には、それが不気味でならなかった。
だが、それに臆せず、のび太は会話を続ける。
「お前を殺したりはしない。
 お前の体が…しずかちゃんの物だって可能性も捨てきれないからね。
 だから、僕はお前との戦いに、ポケモンでケリをつける!」



『メガネめ、俺をどこに連れていくつもりだ?』
のび太はジンを拘束した状態で、ある場所へと向かっていた。
それも砂嵐で視界を無くしながらという、最悪の状態で。
『……フン、バカめ。
 お前が油断した瞬間、一瞬で縄を切って逃げ出してやる。
 せいぜい無意味な作戦を実行してるんだな』
ジンは、横目で後ろを覗き見た。
ハッサムが体を重そうにすぐ後ろに付いている。
サンダーは、頭上でこちらの様子を伺ってるようだ。
『フハハ、これなら…上手くいくぞ!』
勝機を感じるジン。
だが、そうしてジンが周りを見渡していると、足場に変化に気が付いた。
『……この足の感触、町を出たのか?』
砂場に似た感触を、足に感じる。
だが、のび太は何も言わず、ただ歩いていくだけ。
『ちっ…少し早いが、実行に移すか』
ジンは足場の変化に焦り、予定よりも早く行動を始めた。
『あのカニもどきは、明らかに麻痺状態だ。
 必ず、必ず一瞬……体が動かせない瞬間がある』
ジンが横目でじっくりと凝視する。
しばらく見つめていると、予想通りその瞬間は訪れた。
『フハハハハ! 見たぞ! 今の動作ぁ!』
ハッサムが一瞬体を硬直させた瞬間、
素早く縄を切り、回し蹴りをハッサムの腹に決めた。
体の中で唯一柔らかい部分を狙われたハッサムは、たまらずしゃがみこむ。
更に、ジンはその隙にのび太から10m程の距離を空けた。
「フハハハハ! 爪が甘かったなぁ!
 サンダー、あのメガネ猿に雷だッ!!!」
待ってましたとばかりに唸り声を上げるサンダー。
そして、目映い閃光がのび太へと放たれた。



大量の砂煙が辺りを満たす。
その中心で、ジンは満足そうな笑みを浮かべながら立っていた。
「フハハハハ、メガネぇ残念だったなぁ!
 結局、お前は女一人守ることが出来ない…クズなんだよぉ!」
砂嵐の中を笑い声が響き渡り、その静けさを更に引き立てる。
だが、その沈黙は突然破られた。
「ハッサム!」 「!?」
砂の中からハッサムが現れ、空中へと飛び上がった。
『どういうことだ!?
 砂を被ったくらいじゃあの雷は防げないはずだ!』
疑問はつきない。
だが考えてる暇は無い。
「サンダー、10万ボルトで撃ち落とせ!」
その指示に素早く従うサンダー。
「ハッサム、戻れ!」
だが、その瞬間ハッサムはボールの中に戻されてしまった。
「ジン、投げたボールからポケモンが出てくる条件を、知ってる?」
突然、のび太はジンにそんな質問をした。
「スイッチを押してから何か衝撃を加えると、ポケモンは現れるんだ」
そう言いながら、のび太は懐からエアガンを取り出す。
「さっきハッサムには、ボタンを押したままの状態のボールを持たせていた。
 サンダーの近くまで来たら、出来るだけ高く投げ上げろって指示をしてからね」
ジンが驚いて上を見ると、サンダーの頭上に、赤い何かが見えた。
それにのび太は狙いを定める。

「つまりオモチャの鉄砲の衝撃でも、ポケモンはボールから現れるんだよ!」



パンッ、という炸裂音がした。
風圧、距離、物質の落下速度までも計算されたその弾が、
真っ直ぐに赤い球へと飛んでいく。

当たった。

そして、ピカチュウが現れる。
サンダーのすぐ頭上。 絶好な位地にピカチュウは現れた。
何も言わなくても、分かる。
身体中の電力を一点に集中し、サンダーの左翼へと突っ込んだ。
別に倒し切らなくても良い。
のび太がこの場所を選んだ理由は、良く分かる。
ピカチュウは、サンダーを地面に落とすことに全てを賭けた。
「サンダー!?」
片翼を失ったサンダーは、力無く地面へと落ちていく。
だが、それではまだ勝てない。
その事を知っているのび太は、勝利を決定付ける言葉を言った。
「カバルドン達、地震を頼む」
そう、この場所は、以前のび太が修行に使っていた裏山の砂漠地帯。
ここで沢山の修行をしたのび太は、
カバルドン達にその実力を気に入られ、仲間に認められていたのだ。
さっきの雷も、カバルドン達が盾になって防いでくれていた。
地面タイプのカバルドン達が一緒に戦ってくれれば勝てる。
それを見越して、のび太はこの場所で戦おうと決めたのだ。
地面へと吸い込まれていくサンダー。
それをカバルドン達が起こした地震が待ち受ける。

「ジン、悪いけど…僕には一緒に戦ってくれる、仲間が居るんだよ」

こうして、サンダーは遂に倒れた。



「皆、集まってくれたようだな」
暗闇の中に、無数の人影が集まる。
ジンとのび太の戦いの最中、町の地下では出木杉の計画が進行していた。
「諸君の頑張りのおかげでようやく見付かったんだよ。
この計画に絶対に必要な、あのポケモンを。
 今から捕まえにいく。 皆、僕の後に付いて来い」

ここには光が届かず、酸素も少ない。
流水によって取り付けられた機械により、人の出入りが可能になっている。
その暗黒空間を、出木杉は躊躇もせず進んでいった。
「ここだ…」
出木杉が立ち止まり、手を前に出す。
その瞬間、空間に歪みができ、周りに居た部下達を驚かせた。
「ふふっ、驚かなくて良い。
 ここが、ポケモン世界と現実世界の間……通称"暗黒世界"なんだ。
 この先に、僕達がまだ見たことが無いプログラムが隠されてるんだよ」
その場の皆が唾を飲む。
未知の世界への不安と、遂に来た計画実行への期待。
その2つが混じった、例えようもない空気が周りを満たしている。
その空気を切り裂くように、出木杉が口を開けた。
「それでは、この計画の最後の役割を決める!
 僕の周囲を守る幹部は、流水、清姫君、業火……そして雷電!
 他の者は反乱分子の鎮圧、及びタイムパトロールへの警戒だ!
 分かったなら返事をしろ!」
暗闇の中を幹部達の叫びが響く。
出木杉は、その様子を見て笑みを浮かべた。
『野比君、せいぜい頑張って足掻くが良いさ。
 僕の計画は絶対に止められない。 そう、絶対にだ……』

ついでにその頃、地上のゴクは最終決戦に着る衣装に悩んでいた。



「戻れ、ピカチュウ」
瀕死になったピカチュウを、のび太はボールへと戻した。
「遂に、最後だね。 ジン」 「…………」
「僕はお前に勝って、必ずしずかちゃんを助けだす。
 早く……最後のポケモンを出せ!」
「最後のポケモン、か…フハ、フハハハハハ!」
突然笑い出すジン。
それにのび太は驚き、怒りの言葉を発した。
「な、何がおかしいんだ!」
「何が? お前が言ったことが笑えるんだよ」
ジンの言葉の真意が分からない。
のび太は更に声を強め、叫んだ。
「どこがだよ! 僕は最後のポケモンを出せって…言っただけ…」
この時、のび太は2つの疑問の存在に気付いた。
目の前に居る、しずかの姿をした男。
もし、この男がしずかを操っているなら、あのブレスレットはどこにある?
どうして、あのルカリオはあんなにも強かった?
その2つの疑問が意味している答えは、1つ。
「ジン、お前はまさか……ウワッ!」
突風がのび太を襲った。
砂嵐は一瞬勢いを増し、そして晴れていく。
辺りは、砂煙に包まれてしまった。
「メガネ……お前の実力は認めてやるよ」
砂煙がゆっくりと消えていく。
正体を現したジンが、のび太の目前に現れた。
「だが、これで終わりだ」
今まで感じていた、ジンに対する恐怖感。
その理由を、ようやくのび太は理解した。

「ミュウ…ツー…」
何故なら自分が戦っていた相手は、人間ではなかったのだから。


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