ドラえもん・のび太のポケモンストーリー@wiki

トキワ英雄伝説 その6

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akakami

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 #9 「来訪者」

巨大な面積をもつコロシアムの試合会場はいま、大きな壁によって16のブロックに分けられていた。
これは一度に全てのグループの試合を行うため、そして壁によって他の試合の邪魔にならないようにするためだ。
のび太たちはその内の、『D』と書かれたブロックへ向かう。
中に入るための扉を開けると、すでに審判と対戦相手『テンガン山愛好会』が待っていた。
審判はのび太たちが入ってきたのを確認すると、試合開始を告げる。

最初のダブルバトルに出るのはスネ夫と静香だ。
「スネ夫・静香ちゃん、絶対勝てよな!」
ジャイアンの励ましに2人は笑顔で答える。

―――それから数分が経ち、ダブルバトルはすでに終盤を迎えていた。
ここまでの展開は完全にドラーズが優勢だった。
「静香ちゃん、おそらくあのゴローニャ仕掛けてくるよ……」
スネ夫がひっそりと耳打ちをし、静香がうなずく。
「ゴローニャ、大爆発だ!」
敵が形勢逆転を狙って大爆発を仕掛けてきたが、スネ夫と静香のポケモンはまもるを使用していたので通じない。
「さあ、残り1匹だ! たたみかけよう!」
敵の最後の1匹を2匹で集中攻撃し、倒した。
「勝者、『ドラーズ』骨川スネ夫・源静香ペア!」
審判から勝利の宣告を言い渡された2人は満足気な顔で選手が立ち位置から下がって行く。

「すげーな! 圧勝だったじゃん!」
「そんな……スネ夫さんの読みが凄かっただけよ」
静香の言うとおり、この試合はスネ夫の読みが冴えまくっていた。

「じゃあ次は僕の番だ、みんな行ってくるよ」
のび太が仲間に微笑みかけ、フィールドへ進んでいった。



―――試合が進むに連れて、のび太の呼吸が荒くなってくる。
「え、えーと……フシギバナ、毒毒だ!」
最後の1匹まで追い詰められたのび太が焦って命令するが、敵は鋼タイプを持つハガネールなので毒タイプの技が効くはずがない。
「もー、何やってんだよのび太の奴は!」
ジャイアンがイラついた様子で言う。
結局フシギバナはハガネールに倒され、のび太は負けてしまった。
その後大将戦でジャイアンが見事に勝利を収め、ドラーズは何とか二回戦進出を決めた。

「425」と書かれた鍵を受け取り、4階にある自分たちの部屋へ向かう途中にジャイアンがのび太を叱っていた。
「おいのび太、何だよさっきの試合は!」
「ごめん、何かその……頭の中が真っ白になっちゃって……」
「次にあんな試合したら、承知しねえからな!」
部屋に着くまでの道中、のび太は頭を下げっぱなしだった。

部屋に着き、荷物を降ろして休憩を取る。
ここへ来るまでの道中で、4人はこのコロシアムの構造を大体理解していた。
コロシアムは真ん丸い形をしていて5階建て
中央に巨大な試合会場があり、2階から5階は観覧席になっている……また全ての階の壁際には選手が泊まる部屋がある。
だがまだまだこのコロシアムについて理解できていないことは多い、だからこれから分かれて散歩でもしようという話になった。
ジャイアンは試合観戦のために観覧席に向い、他の3人は適当にコロシアム内を歩き回る。

1人になり、3階をうろつくのび太は先程の試合のことを考える。
……やる気はあった、調子も悪くなかった。
でも、試合が始まると急に頭の中が真っ白になった、やる気が空回りしたのだろうか。
先程の敗戦で何か心の中にぽっかりと隙間ができてしまったみたいな気がする。
「だれか、この隙間を埋めてくれないかな……」
のび太が呟いたその時だった、目の前に青い狸のような生物が現れたのは。
のび太は思わず、その者の名を大声で叫ぶ。

「ド、ドラえもん! どうしてこんなところに?」



のび太を立派な人間に育てるために未来からやって来て彼の家に居候したロボット。
そして7年前、のび太は立派に成長したと判断して未来へ帰っていたロボット。
そしていま、再び目の前に現れたロボットこそが、ドラえもんである。

ずっと会いたいと思っていた、伝えたいことが沢山あった。
心の奥から溢れてくる思いに身を任せ、のび太はドラえもんの元へ駆け寄る。
ドラえもんはそんなのび太を、何も言わずに抱きしめた。

―――そこには7年経っても変わらぬ、確かな絆があった。

しばらくして、ドラえもんが言う。
「皆を部屋に集めておいて欲しい、話があるんだ」
のび太は急いで仲間の3人を集める。
3人とも最初は文句を言っていたが、久しぶりにドラえもんに会えると聞くと目の色が変わる。

部屋に4人が集まって数分経つと、ドラえもんが25歳くらいの青年を連れて部屋に入った。
「ドラえもん、久しぶり!」
「ドラちゃん、元気だった!」
早速皆が声を上げるが、ドラえもんは厳しい顔つきを崩さない。
「再開を喜びたいのは山々なんだけど、いまはそれどころじゃないんだ
まず紹介しておこう、こちらはタイムパトロール隊員のリュカ君だ」
ドラえもんに紹介された青年、リュカが頭を下げて挨拶をする。
ドラーズの4人は、『タイムパトロール』という言葉に反応する。
タイムパトロールは未来の警察組織で、タイムマシンを使って過去を変えたり、過去の物を持ち帰ったりする『時間犯罪』を摘発するために存在している。
そのタイムパトロールがここにいるということは、何かしら良くない話があるに違いない。
悪い予感がして、4人の表情が曇り始める。

そしてそんな彼らに、ドラえもんは暗い声で告げる。
「実はこの大会に、『時間犯罪者』が関わっている可能性が高いんだ」



時間犯罪者とは名の通り、時間犯罪を犯す者たちのことである。
いまいち展開が読めない4人は困惑する。

「とりあえず、順を追って説明するよ
実は僕は未来に帰った後も、ときどきタイムテレビでのび太君の様子を見てたんだ
そしてつい最近、この大会のことを知った……
君たちも知ってのとおり、この大会にはおかしな点が多すぎる
気になった僕はリュカ君と一緒にこの時代に戻ってきた、ちょうど君たちが修行を終えた頃かな
そしたら突然、現在と未来を繋ぐ『タイムゲート』が閉じられてしまったんだ
このタイムゲートというのは時間犯罪者の動きを封じるためにあるもので、閉めた本人しかあけることが出来ないんだ
つまり、僕たちは未来に帰れなくなってしまったんだ
そして帰るためには、ゲートを閉めた犯人を捜さなきゃいけないんだ」
ドラえもんが未来に帰れなくなったことを知り、4人は驚く。

「―――それから僕たちはタイムゲートを閉じた犯人を捜さなきゃいけなくなった
でも犯人がどこにいるか全く見当がつかないし、ゲートを閉じられたら未来と連絡を取ることもできない
だから僕たちは時間犯罪者がいる可能性がもっとも高い、このトーナメント会場へ行くことにしたんだ
そしてこっそり船に忍び込み、テレポートに紛れてこの会場に来たって訳さ
そしたら驚いたことに、この会場では全ての秘密道具が使えないようになっているんだ
最早この大会に時間犯罪者が絡んでいるのは間違いない、だから僕たちはいまその手がかりを探していたというわけさ」
ドラえもんは一通りの説明を終えると、深い溜息をついた

「で、この大会にいる時間犯罪者ってのは誰なの?」
のび太が首をかしげる。
「おそらく一番可能性が高いのは主催者のMr.ゼロだ
まだ確信はないし、彼が大会を開催した目的も分からないけど……」
ドラえもんはもう一度、深く溜息をついた。



一通りの会話を終えると、リュカが提案をする。
「ドラえもんさんはのび太君と話したいことが沢山あるでしょう
私たちは外へ出ますので、2人きりで話をしたらどうですか?」
ジャイアン・スネ夫・静香の三人もそれに賛成し、リュカと一緒に部屋を出て行く。
部屋の中には強制的に、のび太とドラえもんの2人だけが残された。

長い沈黙が続き、それに耐えられなくなったのび太が口を開く。
「ドラえもん、大変だったんだね……」
ドラえもんは「うん」、と小さく頷く。
するとのび太は突然俯き、涙声で喋り始めた。
「君は大変だったのに、僕はそんなことも知らずに君に甘えようとした
ごめんねドラえもん、僕は全然一人前の立派な人間なんかじゃない! 昔から何も変わっていない!」

悲観的になるのび太に、ドラえもんは優しく言う。
「それは違うよのび太君……君は家族を救うためにこの大会に参加した
そのためにキツイ修行にも耐え抜いた!
君は立派になった、君を見守り続けてきたこの僕が保証するよ」
ドラえもんの言葉がのび太の心に深く響く。
彼の言葉はのび太にとって、いままで聞いてきたどんな話よりも重みがあった。

「ありがとう、ドラえもん」
のび太は涙を拭いて顔を上げると、満面の笑みを見せた

……一方部屋から少し離れた廊下では、ドラーズの3人がリュカの話を聞いていた。
「うわー、リュカさんの上司って厳しいんですね」
「うん。 でもいい人だよ、僕は彼に憧れてタイムパトロールに……」
リュカが突然話を切り、少し離れた廊下の方に目をやる。
目線の先にはMr.ゼロとは正反対の、白いローブを着た人物がいた
そいつはこちらと目が合うと、慌てて逃げ出していった。
「一体何者ですか、さっきの奴は? 僕たちの会話を盗み聞きしてたみたいですけど……」
「分からない……でも時間犯罪者の正体と関係があるかもしれないな……」



しばらくして部屋に戻って来たリュカたちは、先程の白いローブの人物について報告する。
「なるほど、確かに怪しいね……」
ドラえもんはそう呟くと、何かを考え込み始めた。
そんな彼に静香が提案する。
「ねえドラちゃん、その白いローブの人について調べるんでしょう
なら、この部屋を拠点にしたらどう? 私たちに出来ることは、それくらいしかないから……」
他の3人もそれに同調する。
「じゃあ、好意に甘えさせてもらうね
とりあえず、僕たちはもうちょっと調べてくるよ」
ドラえもんはそう言うと、部屋の出口のドアへ向かう。

部屋を出る前に、ドラえもんはのび太に話しかけた。
「のび太君、僕は絶対に時間犯罪者の正体を突き止める
君は絶対にトーナメントで優勝して家族を救う、約束だ!」
ドラえもんはそう言って手を差し出す、指が無いので小指を差し出すことは出来ない。
「うん、約束だ!」
のび太はそう言って自分の手のひらでドラえもんの手を包み、強く握り締めた。

―――この約束が果たされるかどうかは、この時にはまだ誰も分からなかった

ドラえもんとリュカが部屋を去り、部屋にはドラーズの4人だけが残された。
のび太は覚悟を決め、仲間に告げる。
「明日の試合、僕を大将にしてくれないか?」と。
のび太の決意の固さを悟った3人は首を縦に振り、「がんばれよ」と告げる。
のび太は「ありがとう」と返し、明日の試合に備えて寝床に着く。

「ぽっかりと空いた心の隙間は、ドラえもんが埋めてくれた。
ドラえもんとの約束を果たすため、明日こそ必ず勝つんだ!」
小さくそう呟いたのび太の瞳は、いままでにないくらい燃えていた。



 #10 「のび太」

「おいおい、何だよあれ……」
二回戦の相手、『ジャックス』を見たジャイアンが思わず呟いた。
彼らは全身を黒いローブで包み、声も明らかに生身のものではない。
テレビのインタビューなどでよく聞く、無機質で不気味な低い声だ。
その姿はまさに開催者“Mr.ゼロ”と瓜二つだった。
4人の頭に開会式の時、同じ格好をした司会者の言葉が甦る。

『あ、それとこの大会には、主催者側からも4チーム出場しております』

「なるほど、こいつらはMr.ゼロの刺客ってことか」
よく見ると彼らの肩には、13や15といった数字が書かれている。
「なるほど、そういうことか……」
その数字を見たスネ夫が探偵気取りに言う。
「どういうことだ?」
「後で説明するよ、それよりいまは試合だ。」
ジャイアンの疑問を流し、スネ夫はフィールドへ向かう。

最初のタッグバトルはスネ夫と静香、昨日圧倒的な勝利を収めたコンビだ。
「まあ、この試合も楽勝だろう」
自信満々なスネ夫とは対照的に、静香は未知の敵に対して不安を隠せない。

「試合開始」と審判が叫ぶと、4人の選手はポケモンをフィールドに出す。
スネ夫はクロバット、静香はヤドラン、敵は15thと書かれたほうがクロバットと、16 thの方がキュウコンだ。
最初に動いたのは敵のクロバット、怪しい光でスネ夫のクロバットを混乱させる。
スネ夫のクロバットは自分を攻撃してしまい、次は敵のキュウコンのターンになる。
「キュウコン、怪しい光だ!」
敵が不気味な声で命令し、ヤドランも混乱状態になる。
「に、2体とも混乱状態だと?」
スネ夫の顔に焦りの表情が浮かび上がってくる。



ヤドランは混乱によって攻撃失敗、続いて敵のクロバットは身代わりを出現させる。
対してスネ夫のクロバットは再び自分を攻撃してしまう。
「何やってるんだ、クロバット!」
スネ夫が彼らしくもない冷静さを欠いた声でクロバットを怒鳴りつける。

―――もともと敵を状態異常にするいわゆる『嫌がらせ戦法』はスネ夫の十八番であった。
嫌がらせ技をくらった敵は頭に血が上ってイライラし、命令が単調になる。
故に、敵の行動を読んで行動するスネ夫と嫌がらせ戦法は相性がかなり良かった。
現に、スネ夫の手持ちの内半分のポケモンが状態異常技を覚えている。
だが状態異常技が指示に影響を与えるというのは、言い返せば相手にも当てはめることができる。
得意とする状態異常技に苦しめられているスネ夫は、すっかり冷静さを欠いてしまっていたのだ。

敵のキュウコンは悪巧みで特攻を上昇させる。
ヤドランは今度こそ攻撃に成功したものの、そのサイコキネシスはクロバットの身代わりによって消されてしまう。
いまこのバトルは、完全に敵が支配していた。

この後もこちらの攻撃は混乱と敵の身代わりによって阻まれ、敵は悪巧みを積み終えたキュウコンでどんどんこちらのポケモンを倒していった。
結局倒せたのはクロバット一体、圧倒的な負けを喫してしまった。
「完全な戦略負けだ…… ごめん、僕のせいで負けちゃった」
スネ夫が俯いて言う。
「大丈夫、僕とジャイアンが必ず勝つから」
のび太はそう言ってスネ夫に微笑みかける。

そして数分後、ジャイアンはまともや圧倒的なレベル差で勝利を収めた。
負けた敵の14thという男は大将にのみ頭を下げていた。
次はいよいよ大将戦、のび太の出番だ。



それでは大将戦、野比のび太対13th(サーティーンス)の試合を開始します」
審判が大将戦の始まりを告げ、両選手がフィールドに入る。
敵、13thの1匹目はハッサム、対するのび太の最初のポケモンはバリヤードだ。

「バリヤード?」
後ろでのび太の最初のポケモンを見たジャイアンが首をかしげる。
バリヤードはのび太のパーティの中でもっともレベルが低くて弱い、正直言って足手まといなポケモンだった。
それに船での会話で、のび太は新たな切り札を育成したといっていた。
てっきりバリヤードの出番はもう来ないと思っていたのだ。
「まあ、のび太にも何か考えがあるはずだ
ここは黙って見守ろうよ」
スネ夫の言うことに従い、ジャイアンは口を塞ぐ。

レベル差で先手をとったハッサムは、高速移動でステータスをアップさせる。
対するバリヤードはアンコールだ。
アンコールを受けたハッサムはしばらく高速移動しか出来ない、13thは軽く舌打ちをする。
次のターン、ハッサムは勿論高速移動そしてバリヤードはというと……
「バリヤード、トリックルームだ!」

「トリックルーム?」
意外な技の登場に、ジャイアンが再び首をかしげる。
そして次のターン、ここでのび太はポケモンを交代した。
「一度だけ認められているポケモンの交代をここで使ってきたか……」
スネ夫が解説者のように言う。
バリヤードの代わりにドンファンが現れる、対するハッサムはまだ高速移動しか使えない。
そして次のターン、のび太が以外な命令を下す。
「ドンファン、転がるだ!」

「転がる、だと?」
ジャイアンがまたまた首をかしげた。



転がるは何ターンも連続で使用することによって、どんどん威力が上がっていく癖のある技だ。
しかし一発目の攻撃力が低すぎるし、威力が上がっていく前にポケモンが倒されてしまう。
よって、この技を使用するトレーナーはまずいない。
……いまここにいるのび太を除けば、だ。

予想通り、転がるがハッサムに与えたダメージはほんの微量だった。
対するハッサムはまだ高速移動だ。
次のターンの転がるは、先程よりは与えるダメージが大分増えていた。
ハッサムはついにアンコールが解け、シザークロスでドンファンの体力を削る。
だが次の転がるはかなり威力が増加しており、ハッサムは瀕死に追い込まれた。
のび太が微笑む。
「この勝負、もらった!」

次に敵が出したヨノワールは、転がる一撃でやられてしまった。
「な、何故だ! ヨノワールの方が素早さが遅いはず、それに一撃だ何て……」
冷静さを保っていた13thが取り乱し、頭を抱えながら言う。
その様子を見たのび太は満足気に語る。
「トリックルームの効果は5ターンで切れるから、もうさっきのターンは終わっちゃってたんだよ
それから転がるはねー、毎ターン威力が“2倍”されていくんだよ
最初のターンは30、次は60、その次は120、そしてさっきのは威力は“240”
さらに次のターンは転がる最大の威力“480”だ! これを受けて立ち上がれるポケモンはいない!」

のび太が解説を終えると、その場にいる全員が脱帽する。
世界広しといえど、こんな大事な場面でこの戦略を実行しようと思う人間はのび太くらいだろう。
「どーだスネ夫、俺がのび太をリーダーに選んだ理由が分かったか?」
ジャイアンがスネ夫に問う。
「まあ、なんとなく分かったよ」
スネ夫が驚いた調子のままで言う。



ジャイアンが唯一自分のライバルとしていた男、それがのび太だった。

―――トレーナーズスクールに入学してから今日現在まで、のび太のもっとも身近にいたジャイアン。
彼はうすうす感づいていた、のび太に秘められた才能があることを……
きっかけは7年前、『ポケモン消失事件』で改造ポケモンと戦った時のことだ。
敵に止めを刺したのは出木杉だったが、そのお膳立てをしたのはのび太だった。
あの時からジャイアンは、のび太の奥に潜む何かに注目するようになった。
スクールでもバトル科でも、のび太の実戦戦績は負け星だらけだった。
でも彼は時々、思いもつかないような戦略を披露したり、土壇場で大逆転を繰り広げたりする。
そんな様子を見てきたジャイアンは、のび太に底知れない才能があることに気付いた。
だからのび太は自分のライバルに相応しい男だと思っているだ。

しかしその才能はいまだ開花することはない。
よってその才能に気付く者は少ない、のび太本人ですら自分の才能に気付いていないのだ。
よって周りの者はのび太をダメなトレーナーだと思っている、そしてのび太本人もそう思い込んでいるのだ。
そんな彼を見るうちに、ジャイアンはこう思うようになった。
『あいつの才能を伸ばしてやりたい、周りの人間にあいつを認めさせたい』

だからジャイアンは今回、のび太をリーダーに指名した。
リーダーとしての責任感、家族を救うという使命感……
この状況なら、彼の才能が開花するかもしれないと感じたのだ。

そして今日、のび太の奥に眠るものはわずかにその姿を見せた。
この大会が終わる頃、のび太ははたしてどれだけ才能を伸ばしているのだろうか。
期待と同時に、わずかな恐れが生まれる。
『もしかして自分は、大変な奴を育てようとしているのかもしれないな』という恐れが。



「さあ、早く最後のポケモンをだしなよ!」
のび太が自信たっぷりに言う。
敵が最後にだしてきたのはウツボットだった。
「転がるの威力が凄いなら、こうすればいいだけのことだ」
13thはまもるを命令する、こうすれば転がるは外れ、次からまた威力30に戻るのだ。
「……そう来ると思ったよ」
のび太は勝ち誇ったように笑い、ドンファンに気合溜めを命じる。
この時13thは、負けを予感した。

次のターン、ウツボットの葉っぱカッターはドンファンの体力を削りきることができなかった。
そしてドンファン渾身の地震は気合溜めのおかげで見事に急所に命中し、ウツボットを倒した。
「勝者、『ドラーズ』野比のび太選手」
審判がのび太の勝利を高らかに宣言し、ドラーズはグループ戦準決勝進出を決めた。

満面の笑みを浮かべて、のび太が仲間のもとへ帰ってくる。
「凄かったでしょ」とアピールするのび太をスネ夫は叱り付ける。
「おいのび太! なんであんな戦略使おうと思ったんだよ
もしアンコールが解けるのがもう1ターン早かったら!
もし転がるが途中で外れたら!
もし敵の2体目がドンファンより早かったら! もし敵がもっと早くまもるを使っていたら……」
スネ夫の言い分は正しい、あんな戦略が次も成功することはまずないだろう。

そんなスネ夫にのび太はこう返す。
あの戦略が無茶だってことは分かってたんだけど、試してみたかったんだよ
それにもし失敗しても、僕にはこいつが残ってたからさ……」
のび太はそう言って、バトルで使われなかった3体目のモンスターボールを差し出す。
「こいつに、そんなに自信があったのか?」
スネ夫の問いにのび太は一言、「うん」と答えた。
「ったく、仕方ないなーお前は……」
スネ夫はそう言って、のび太の頭を軽く小突いた。



会場から自分の部屋までの道を、4人は談笑しながら進む。
「しかしMr.ゼロのチームって、そこまで強くなかったね
この調子なら、残りの3チームも大したことなさそうだ」
「それはどうかな」
調子に乗るのび太に、スネ夫は釘を刺す。
「そういえばジャイアンに説明する約束をしていたね、いまから話しておくよ」
3人はスネ夫の話に真剣に耳を傾ける。

「今回の相手は13から16までの数字が名前になっていた、彼らとMr.ゼロにある共通点が分かるかい?」
「わかった、どちらも数字が名前についているわ」
考え込むのび太とジャイアンとは対照的に、静香は素早い返答をする。
「その通り。 Mr.ゼロのチームは4チームあるから4×4で選手は16人いる。
ということは、残り3チームに12から1までの数字を持った選手がいるはずだ
そして今回の対戦相手の内14thという男は負けた時、13thにしか頭を下げなかった
僕が察するに、Mr.ゼロのチームでは数字が低いほど階級が上なんだ
それに先程の試合を見る限り、16thと13thではかなりの実力の差があった
多分数字が低くなるに連れて階級と共に実力が上がっていくんだろう
となると、やつらの2ndや1stクラスの実力はかなり高いはずだ、決して油断はできないよ」
スネ夫の鋭い観察力に仲間の3人はただ脱帽するしかなかった。
そしてまだ見ぬ強敵に思いを馳せながら部屋へと無言で帰っていった。

「ただいまー! ドラえもん、勝ったよ!」
のび太が上機嫌でドアを開けるが、部屋の中にはドラえもんとリュカの姿はなかった。
「2人とも犯人捜しで忙しいんだろ。 そんなことより次の対戦相手の試合を見にいこーぜ!」
ジャイアンに従い、皆は観覧席へと向かう。
だが試合見物を終えて帰ってきてからも、2人が帰ってくることはなかった。
「ドラえもんとリュカさん、一体どうしたのかな?」
のび太は不安を抱きつつ寝床へ向かう。

―――彼らが2度とこの部屋に戻って来ないことを、この時の彼らはまだ知らなかった……



 #11 「限界」

Dブロックのフィールドで、8人の選手が向かい合って立っている。
『ドラーズ』と『キッサキ同盟軍』、今から行われる準決勝の対戦相手同士だ。
キッサキ同盟軍のなかには有名なキッサキジムジムリーダー、スズナの姿も見える。
「今日の相手に勝てないようじゃあ、四天王にはまず勝てないよ」
昨日作戦を立てていたとき、スネ夫はそう言っていた。

第一試合のダブルバトルの選手がフィールドに入る。
ドラーズはのび太とスネ夫、相手はトキコとレイミという女性の2人組みだ。
「のび太、絶対勝つぞ」
スネ夫が囁き、のび太が「勿論さ」と返答する。

―――バトルは進み、ちょうどジュゴンを倒されたレイミがマンムーを繰り出したところだ。
「のび太、マンムーは生かしておくと危険だぞ!」
「わかった、最優先で攻撃するよ」
のび太はスネ夫の指示通りルカリオに波動弾を命じ、マンムーを倒す。
「マンムーを一撃で倒すか、のび太のルカリオが良く育っている証拠だ」
予想以上の展開に、スネ夫は笑みを浮かべる。
昨日とは違い、この試合は完全にドラーズが、いやスネ夫が支配していた。

「もう昨日のようなヘマはしない、絶対に……」
昨夜、スネ夫は仲間にそう誓った。
今日のスネ夫のバトルに、仲間の3人も彼の思いを感じていた。



一方のび太もまた、胸にある思いを抱えて戦っていた。
先日、結局ドラえもんは帰ってこなかった。
調査が忙しいんだろ、とジャイアンは笑い飛ばしていた。

『でも、でももしかしたら……』

嫌な予感がする、でも今やることは一つ、目先の闘いに集中することだ。
自分はドラえもんとの約束を果たさなければいけない、もし彼がいなくなったとしても……
「ルカリオ、波動弾だ!」
敵の最後の一体、ルージュラが倒れる。
「勝者、『ドラーズ』野比のび太、骨川スネ夫ペア!」
審判がのび太たちの勝利を告げる、両選手がフィールドから交代する。

「静香ちゃん、頼んだよ」
戻って来たスネ夫が静香に耳打ちする。
静香は無言で頷き、フィールドへ足を進める。

昨夜、キッサキ同盟軍の試合を見たスネ夫は静香に話を持ちかけた。
「静香ちゃん、明日の試合は絶対に勝ってほしいんだ
さっき見たから分かると思うけど、次の対戦相手にはジムリーダーのスズナがくる。
おそらく明日は大将で来るはずだ……多分、多分ジャイアンは……」
そこでスネ夫は一瞬言葉を詰らせ、暗い顔で呟く。

「多分ジャイアンは、スズナには勝てない……」

いままでジャイアンはレベル差で勝ってきたけど、ジムリーダー相手にそれは通用しない、戦術勝負となると確実に負けるだろう。
だから大将戦までまわさずに勝負を決めなければいけない、スネ夫はそう静香に言った。
だがこの一言によって与えられたプレッシャーが、傷つくポケモンの姿に加わって静香の苦しみを増幅させる。

―――そして再び、静香の脳裏にあの光景が甦る。



「静香ちゃん、落ち着いて!」
どんなに叫んでも、仲間たちの声は彼女に届かない。
今彼女の頭にあるのはあの光景だけ……
静香の最後の1匹、ロズレイドが敵の冷凍ビームをくらって倒れる。
「勝者、『キッサキ同盟軍』ヒデキ選手」
敵の勝利、即ち自らの敗北を告げられた静香は無言で後退する。

「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい……」
静香は俯き、何度もそう呟いていた。
汗を大量にかき、異様なオーラをかもしだす静香。
「ま、まあ仕方ないさ。 後ろで休んでなよ」
初めてみる彼女の不気味な一面に、のび太はそう言うしかできなかった。

「まあとにかく、俺が勝てば決勝進出だから大丈夫さ!」
ジャイアンが豪快に笑い飛ばし、フィールドへ向かう。
スネ夫は不安を抱えつつも、この試合をジャイアンに託すことにした。

審判がバトル開始を告げ、両者がポケモンを出す。
ジャイアンの一匹目はリザードン、そしてスズナの1匹目は……
「ユ、ユキノオーだと?」
意外な敵の1匹目に、ジャイアンが思わず声を漏らす。
この時、ユキノオーの特性で天候が霰に変更される。
「なんだかよくわからねーが、氷タイプなんてリザードン一匹で楽勝だ!
早速行くぜえええ! 火炎放射!」
ジャイアンが勢いよく叫び、リザードンの火炎放射がユキノーに大ダメージを与える。
ユキノオーは気合の襷で耐えて吹雪で反撃したが、次のターンにやられてしまった。
「何だ、この調子なら楽勝かな……」
呑気に呟くジャイアンとは対照的に、スネ夫は苦い表情を浮かべる。
「ユキノオーを最初に出して来た……間違いない、スズナは霰パーティーだ……」



「霰パーティー?」
聞き慣れない言葉を耳にしたのび太が繰り返す。
スネ夫は仕方ないなという顔を浮かべて説明を始める。
「霰パーティー、略して霰パとも呼ばれているこの言葉は、名前通り霰の天候を利用した戦術のことだ
雨パ(雨パーティー)や砂パ(砂パーティー)と違ってあまり使われることはないけど、なかなか強力な戦術だよ
霰パの利点の一つめは、氷タイプ以外のポケモンに毎ターンダメージを与えることができる
そして二つ目の利点は雪隠れやアイスボディといった氷タイプの強力な特性が発動すること
後三つ目は、吹雪が必中技になることだ、これが霰パ最大の魅力だと思うよ」
「そういえば、そんなこと授業で習ったなあ」
呑気に言うのび太に呆れつつ、スネ夫は再びフィールドに目をやる。
ジャイアンが霰パを攻略できるのだろうか……スネ夫の胸に不安が募る。

一方ジャイアンはそんなスネ夫の不安など知らず、自信満々な笑みを浮かべている。
そんなジャイアンに向かってスズナは次にグレイシアを出す。
「また氷タイプか、余裕だぜ! リザードン、火炎放射!」
次の瞬間、ジャイアンは目を疑った。
命中率は100、外れるはずのない火炎放射が当たらなかったのだ。
「ど、どーなってんだよ?」

「グレイシアの特性は雪隠れ、霰の時に回避率が上がるんだ
それにあのグレイシアは光の粉も持っているようだ、回避率はかなり高いよ」
後方でスネ夫が苦い顔をして言う。
さらに追い討ちをかけるかのように、グレイシアは影分身を積み始めた。
選手に具体的なアドバイスをすることは禁止されている、ジャイアンにこのことを伝えることはできない。
負けを確信し、絶望的な表情を浮かべるスネ夫。
だが彼とは対照的に、ジャイアンはいまだ状況を理解できていなかった。



「くそ! 何で火炎放射が一発もあたらねーんだ!」
もはや敵の回避率が絶望的な高さまで到達していることなど知らず、ジャイアンはイラついていた。
一方影分身を積み終えたスズナはついに攻撃に転じる。
霰でじわじわと体力を削られていたリザードンは、吹雪一発でやられてしまった。
「そ、そんな……」
ジャイアンの心は少しずつ折れかかっていた。

そんな様子を見ても、対戦相手のスズナは手を緩める気などさらさらない。
勿論当然のことなのに、「ジムリーダーのくせに大人気ない」などと彼女を非難するものが現れる。
だが彼女だって必死なのだ。
『4億円を手に入れ、寂れた故郷キッサキをもう一度活性化させる』
そのためにジムの門下生に頭を下げてまでトーナメントに参加したのだ。
絶対に負けるわけにはいかない、彼女にはのび太たちにも負けない固い決意があった。

勝利に執念を燃やすスズナとは対照的に、ジャイアンからはいつもの貪欲に勝利を欲す闘志が消えかかっていた。
この状況を覆すことはできない、おそらくこのまま負けてしまうのだろう。
自分は最強ではなかった……その事実に気付かされる。
『こんな戦い方で、いつまで勝ち続けることができるんだろうか……』
予選のとき、何気なく考えたことを思い出す。
そうか、自分は所詮ここまでだったのか。
これが自分の限界だったのか……
ジャイアンの心が折れる……そのときだった。

「ジャイアン、授業で習ったことを思い出せ!」
のび太の叫び声が響く。
それを聞いたジャイアンの頭にあることが思い出される。
「そういえば授業で習ったな、『霰のとき、吹雪は必中技になる』って」
ジャイアンが思い出したように呟く。
まだ勝負を捨てるのは早いかもしれない、ジャイアンにわずかな希望が戻って来た。



ジャイアンの二匹目のポケモンはホエルオー、その圧倒的な巨体がフィールドを埋め尽くす。
スズナの使ってきた技は吹雪、天候のおかげで外れることがない。
「そう、霰状態で吹雪が外れることはない……
それは、俺たちにも当てはめることができるんだぜ!」
ジャイアンがニヤリと笑い、ホエルオーに命じた技は『吹雪』
スズナの表情がゆがむ、どんなに回避率を上げても必中技は避けられない。
「天候を逆に利用されちゃったか……」
スズナが悔しそうに呟く。

グレイシアとホエルオーは吹雪の撃ちあいとなり、耐久力で劣るグレイシアが先に倒れた。
最後にスズナが出したポケモンはトドゼルガ、耐久力も攻撃力も高い氷タイプの主戦力だ。
「吹雪はほとんど効かない、なら……」
ジャイアンはホエルオーに地震を命じる、対するトドゼルガは効果いまひとつの吹雪。
眠るを織り交ぜて粘ったものの、結局ホエルオーは敗れてしまった。
しかし地震をかなりくらわせた、後一発でもくらわせば倒れるはずだ。
そのわりには目先のトドゼルガはかなり元気そうだ、何故?
このときようやくジャイアンは、トドゼルガに“アイスボディ”という特性があったのを思い出した。
毎ターンアイスボディよ食べのこしで回復していたトドゼルガに、地震はほとんど意味を成さなかったのだ。
もうちょっと早く気付いていれば……ジャイアンが自分の愚かさを悔やむ。

最後のポケモンはカイロス、トドゼルガの弱点を付けるような技は覚えていない。
おそらくトドゼルガの攻撃を1、2発受ければ倒れてしまう、その間に攻撃技で敵を倒すことはできない。
となると残された道は一つ、運にすがることだ。
「カイロス、ハサミギロチンだ!」
―――霰が激しく舞う中を、自慢の鋏を構えてカイロスが駆け抜けていった。



ドラーズの4人はいま、部屋までの道を無言で歩いていた。

―――結局ハサミギロチンは命中し、ジャイアンは勝負に勝った。
スズナは泣きながらフィールドを去っていった。
彼女の仲間たちは「運が悪かった」と言い、彼女を必死に慰めていた。
一方勝ったジャイアンの心の中にも、何かやりきれない思いがあった。
途中で勝負を諦めかけたこと。
のび太の助言に助けられたこと。
運に頼って勝ったこと。
今回の勝負でジャイアンのプライドはズタズタになっていた。

部屋までの帰路で、沈黙に耐え切れなくなったスネ夫が四天王の試合を見に行こうと提案した。
「ごめんなさい、一人にさせてほしいの」
と言う静香を除く3人で観覧席へ向かった。
そしてそこで、3人は衝撃的な光景を眼にする。
となりのCブロックの試合で、片方の選手が相手のポケモンをいたぶるような戦い方をしていたのだ。
余裕で勝てる状況なのにあえて毒毒でじっくりいたぶり、とどめは強力な技でさす。
まさにそれは、悪魔のような戦い方だった。
黒いローブ、肩に書かれた5thの文字、おそらくMr.ゼロの配下だろう。
「最低だ、許せねえ」ジャイアンはそういって席を立ち、駆け出していった。

試合を終えた選手が出てくる一回の廊下、ジャイアンは先程の5thという人物に遭遇する。
「てめえ、ぶん殴ってやる!」
ジャイアンが5thのローブを掴む、ローブがはだけてその顔があらわになる。

―――その瞬間、ジャイアンも、後ろから追いかけてきたスネ夫とのび太も度肝を抜かれた。

「……ジャイ……子……なのか?」

ジャイアンが思わず、己の妹の名を口にした。


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