ウイングバッジを受け取り、晴れてキキョウジム認定トレーナーとなったのび太。
その名前は入り口の認定トレーナー欄にもきちんと刻まれていた。
ニコニコ笑いながら、満足げに自分の名前を眺めるのび太。
しかし、よく見ると、ジャイアン・スネ夫・出木杉の名前もある。彼らは自分よりも先を行っていたのだ。
「しずちゃんやドラえもんはまだなのかぁ……なにやってるんだろ?」
「あたしはここにいるわ」
唐突に背後から声がした。この声は――間違えようもない――しずかの声だ。
しずかは、のび太より早くキキョウに着いたものの、新入りのハネッコを鍛えていたためにジムに来るのが遅くなったのだった。
「しずちゃん! ど、どうしてこ、こここに?」
「どうしてって……それにしてものび太さん、ジムリーダーに勝ったのね。おめでとう」
しずかはのび太の慌てっぷりにくすくす笑いながら友人の勝利を祝福した。
「いやあ、それほどでも……しずちゃんも頑張ってね。……あ、そうだ!」
バッグをごそごそと探ると、のび太の手には先ほど手に入れたきれいな石が握られていた。
「これ、きれいだからしずちゃんにあげるよ!」
「あら、石……? そうね、もらっておくわ。ありがとう、のび太さん」
しずかはのび太のあまりの元気のよさに若干戸惑いながらも石を受け取り、ポケットに入れた。
一見ただの石だが、この石からは吸い寄せられるような美しさを感じたからだ。
石を受け取ったしずかを見て、のび太は満足げに一人頷いた。
「じゃあ、しずちゃん、ジム戦頑張ってね! ぼくはウパーを回復させてくるよ!!」
「ええ、じゃあまたね」
「バイバーイ!」
のび太は、ひらひらと手を振りながら、足取り軽くポケモンセンターへと向かっていった。
「あたしも頑張らなくっちゃ!」
しずかは、勝利の美酒に酔いしれるのび太を見て、そう、自分を奮い立たせたのだった。



その手にジムバッジを携えてポケモンセンターへと戻ってきたのび太は、回復を済ませ、夕涼みに庭へと出た。
もうすっかり春とはいえ夕方にもなると少し肌寒い。のび太は、だんだんとオレンジ色に染まっていく桜の花びらを眺めながら、ごろり、と原っぱに寝転がるのであった。
こうして緊張を解いてみると、体が鉛のように重い。思えば今日は、長い長い30番道路を越え、ジム戦までこなし―――疲れていて当然である。
のび太は大きな欠伸の後、眠りの世界へと導かれていった―――

「のび太くん、のび太くん」
何かがぼくの体を揺すっている……ほっといてくれ、ぼくはまだ眠いんだ……
「のび太くん、のび太くん……のび太ー!」
高めのガラガラ声が辺りに響き渡る。この声の主は……青い丸顔に赤い鼻、ドラえもんだ!
「ドラえもん!」
ドラえもんの姿を確認するや否や目の覚めたのび太はガバ、と勢いよく体を起こした。
眼前ではドラえもんがその大きな顔をほころばせながら自分を見ている。
「ふふふ……のび太くん、心配してたんだから」
「それはこっちの言うことでしょ!」
のび太はドラえもんに飛びついた。やはり、この二人は友情を越えた何かで結ばれているようだ。
こっちの世界に来てからのドラえもんの行動の奇妙さを差し引いても、このような状況下においてお互いがお互いの身を案じていたのだから。
二人は連れ立って談笑しながら、センターの自動ドアをくぐり抜けた。



その晩はセンターに居たしずかとジャイアンとも合流し、テーブルを囲みながらの報告会となった。
ちなみにハヤトによると、スネ夫は朝一番にジムに挑戦してきたらしい。今頃つながりの洞窟にでもいるのだろう。
出木杉の方はしずかが街の西へ向かうのを遠くから見たそうだ。彼のことだから何か目的があるはずだがゲームをプレイしていない4人には分かるはずもなかった。

「じゃ、カンパーイ!」「いただきまーす!」「あ、ジャイアンずるい!」
それぞれ好きなものを注文して、届いたところでそれぞれがこれまでのことを話し始めた。
ジャイアンは朝一番に出発してジムを攻略した後マダツボミの塔に挑戦していたようだ。
昨日の迷子のおかげでワニノコがよく育っており、相性の悪さをものともせずに塔を駆け上がって行った、という武勇伝を聞かされた。
もちろん、「流石俺様だぜ」という自画自賛つきで。
一方、しずかはジムバトルでの感想を事細かに語る。
特に、まねっこによる燕返しの打ち合いや、天使のキッスによる自滅という意外な結末に3人は思わず息を呑むのであった。

そして―――
「ハヤトさんのピジョンが倒れた後、ピンプクの体が光り始めたの」
「え!? それってまさか……」
「ええ、進化しちゃったのよ、この子。ね、ラッキー?」
モンスターボールを見つめてしずかはそういった。
早々と進化してしまった友人のポケモンにのび太とジャイアンは驚きを隠せない。
「でも、確かピンプクの進化にはまんまるいしが……」
「多分、のび太さんのくれた石がそうだわ。あれをお守りとしてあの子に持たせてたのよ」
なるほど、そういうことか。のび太はポン、と手を打った。
「のび太、勝手に納得しないで俺にも教えろよ!どういうことなんだよー!?」
のび太は話に置いていかれてつかみかかるジャイアンに納得の理由を説明する羽目になってしまった。
短気を起こすジャイアンと慌てるのび太。そしておびえたようにジャイアンを制止するしずか。
そんないつもの光景を眺めながらドラえもんはやれやれとばかりにスパゲッティをすするのだった。



―――こうして楽しかった晩餐会は終わり、各自個室に戻って休憩となった。
個室への帰りがけもドラえもんの異常行動の話で盛り上がったが、各自出発は別々になるだろう。これで一旦お別れだ。

お風呂上がりにのび太がロビーでくつろいでいるとドラえもんがあの独特の音と共にやってきた。
「座ってもいい?」
うん、とのび太が返答した後しばらく二人は言葉もなくジュースをちびちびやっていた。
一分ばかりの沈黙が続いた後、唐突にのび太は口を開いた。
「ねぇ、ドラえもん、実はぼくさ……」
のび太は淡々と今までのことを話し始めた。ドラえもんにはどうしても話しておきたかったのだ。
ゴロウとのバトルのこと、ウツギ博士のこと、そしてチャンピオンを目指すとウパーに誓ったこと。
密度の濃すぎる二日間だった。
ドラえもんは時折うんうんと頷きながらのび太の話を聴いていた。だが、話が終わると鼻をすすり、下を向いたままこう言った。
「のび太くん……きみにしてはよく頑張ってるじゃない。見直したよ。
 ぼくは心配して一緒に旅しようかと思ってたけど……。
 でも、何かあったら……ぼくを……」
ドラえもんは最後まで言い終わらないうちに席を立ち、走って行ってしまった。
「そんな泣くほどのことでもないのに……。ドラえもんは心配性なんだから」
のび太は独り言を言うとジュースの缶をゴミ箱へと捨てた。
「ありがとう、ドラえもん……」

散り始めの桜に満月の夜。2つの忘れられない夜が奇妙なところで重なった。
快晴だった空にもいつのまにか霞のような雲が漂い始めていた。



3日目、午前10時。
のび太の姿はキキョウシティの南西に位置する「アルフの遺跡」にあった。
何を目的にしたというわけではない。単純な話、迷い込んだのだ。
研究所のような小さな建物がひとつあるだけだったが、人がいることに安心したのび太は遺跡内をそれとなしに歩いていた。
ぽかんと開けた口から「ほぇ~」などと漏れ出していることなど本人も自覚しては居ないが、とにかく、遺跡は壮大なものだったのだ。
しかも、この遺跡はほんの一部で、洞窟が古くなって崩落してしまった箇所もあるらしい。その資料はエンジュ大学に所蔵してある、と看板が出ていた。

メガネをかけた、白衣姿の若い研究員を眺めながら、のび太はふと、遺跡内にもう一人子供らしい人影があるのに気づいた。
メモ帳を手にしているあの後姿は―――
「出木杉くん?」
振り向いたその姿は間違いなく出木杉だった。
研究熱心な彼はゲームのテーマに関わってくるこのアルフの遺跡の謎も調べておきたいと思ったらしい。
というわけで壁に刻まれたアンノーン文字をメモしているのだ。
のび太はそのメモを見せてもらったが、アルファベットでなにやら細々とかかれており、のび太にはちんぷんかんぷんだ。
一方、そんなことなどお構いなく出木杉は語り始めた。アンノーンの下に小さく書かれたAやらBやらが気になるという話だ。
出木杉はどうもこういうものにロマンを感じるらしいが、のび太にそのようなものを求めるなど逆に酷であろう。



一通り出木杉の話を聞き流したあと、せっかくなのでのび太は勝負を申し込むことにした。
彼はそれを快諾し、遺跡の外に出ると二人はお互いモンスターボールを手に対峙する。
「のび太くん、まさか君とこんなに早く戦うことになるなんてね」
「いや、ぼくは負けないよ」
まるで答えになってない。出木杉は苦笑しながらモンスターボールを放り投げる。
「出てこい、ゴース!」
出木杉はゴースを使ってきた。抜け目なく強いポケモンをゲットしてきている。
のび太のウパーも続いて登場し、戦闘開始だ。
「ゴース、催眠術!」
試合開始早々、ゴースはいきなり催眠電波を発し始める。しかし次の瞬間、ゴースの顔面には勢いよく水が浴びせかけられた。
もはやトレーナー・ポケモン両者完全に使い慣れたウパーの水鉄砲だ。催眠術は外れていたのだ。
「いいぞ、ウパー! 出木杉、次の一撃でゴースは負けちゃうよ?」
のび太は余裕たっぷりに言い放った。出木杉相手に優位に立てることが嬉しくて仕方がないらしい。
思わず出木杉を呼び捨てにしている。面と向かっては呼び捨てなど出来ないあののび太が。
出木杉はのび太の言葉を無視し、きっと眉を吊り上げてゴースにこう指示した。
「呪い!」
指示を受けたゴースの周りをなにやら黒いものが漂い始め―――ウパーに憑依した。



その副作用でゴースは力尽きてモンスターボールへ戻っていったが、呪いの力がウパーの体力を削る。
「ウパー!」
思わずウパーに駆け寄っていくのび太に出木杉はこう忠告した。
「のび太くん、勝負はまだ終わってないんだ。それに、危ないから下がって!
 ……言って来い、ホーホー! 催眠術だ!」
モンスターボールから次のポケモンが現れる。現れたときには既にウパーは催眠術の餌食となっていた。
どうやら出木杉の戦略は催眠術で時間を稼いでウパーが呪いにやられるのを待つ、というもののようだ。
そしてその作戦通り無常にもウパーの体力はなくなっていく。
「のび太くん、僕の勝ちだ!」
自分の策に嵌まったのび太を見、出木杉は勝ち誇った笑みを浮かべる。普段の落ち着いた彼からは考えられない表情だ。
「負けないよ! 待っててね、ウパー……」
ウパーに傷薬を拭きかけながら出木杉にそう気丈に返すのび太だが、これはただの空元気だ。
出木杉の言うとおり、自分は負けるかもしれない……でも、負けたくない気持ちの表れがこの傷薬だ。
ウパーと「絶対負けない」という約束を交わしてまだたったの2日。忘れるわけがない。
あとはウパーが早く目を覚ましてくれることを祈るばかりだ。
そうすれば必ず勝てる。根拠はないが、その確信がのび太にはあった。

だが、世の中はそう甘くはない。運の悪いのび太ならなおさらのことだ。
のび太の瞳には、未だ瞼が閉じられたままつつく攻撃を受けるウパーの姿が映っていた。
いたたまれないその光景、たまらずのび太は叫びだす。
「ウパー、起きてよ! このままじゃ負けちゃう! 約束したでしょ!」
「のび太くん、残念だけどバトルだから遠慮はしないよ。つつく!」
うつ伏せになったままのウパーをホーホーのくちばしは確実に捉えた……



……かに見えた。
そう、「見えた」だけだ。
実際には『ホーホーのくちばしがウパーを捉えた』のではなく『ウパーの尻尾がホーホーを捉えた』のだった。
ウパーは目を覚ましていたのだ。技は「たたきつける」。
のび太の声は確かにウパーに届いていた。負けたくない、という思いは両者一致のようだ。
その証拠に、ウパーの小さな瞳の奥には間違いなく炎が燃え盛っていた。

「やった!」「まさか……」
のび太と出木杉の立場が完全に逆転していた。
のび太は飛び上がって喜び、出木杉は唇を噛む。

結局出木杉の作戦通りには行かなかった。ホーホーはあと一撃叩きつけられれば間違いなく落ちるだろう。
ゴースの育成に注力していたためポケモン一体一体のレベルに不安のあった出木杉はゴースを犠牲にしながらもこのような作戦を採ったのだ。
あともう一度つつくが決められていたなら出木杉は勝利していただろう。
だが、その思惑とは異なった光景が眼前では展開されている。

しかし……と出木杉は考える。作戦の失敗だけが気になるのではない。
もっと重要なことだ。

のび太がここまで熱い人物だとは思わなかったのだ。

ドジで、勉強もスポーツも苦手。だけどその優しさと愛嬌でなぜか憎めない。
自分の中の「野比のび太」はこういう人間だった。
それは間違ってはいないだろう。しかし、こんな熱い心や土壇場での踏ん張りが効く人物だとは思っていなかったのだ。
どうやら人物像を修正する必要があるようだ。
そして、目の前に居る少年が今後自分のライバルとなる日も近いのかもしれない。
それは現実世界に戻っても、だ。
今、自分はのび太に負けたくない。友達として、ライバルとして、全力でぶつかりたい。
今負けたらいつか自分はのび太に負ける気がするから。
出木杉は心からそう思った。



そして再び場面はバトルへと戻る。

元気よくホーホーを地面へと叩きつけたウパーにも直後に呪いが襲い掛かり、体力は2割も残っていない。
そして叩きつけられたホーホーは体勢を立て直したものの、まだ少しよろけている。体力は半分より若干少ないくらいだ。
どっちにしろ次の攻防で勝敗が決まる。出木杉はもちろん、いくら頭の悪いのび太にもそれは明らかだ。
お互いの拳に力がこもる。こうなればもう単なる力比べだ。
「ウパー、たたきつける!」「ホーホー、つつく!」

二匹のポケモンの一瞬の攻防。それを制したのはウパーだった。
最後の呪いが襲いかかろうとしてよろめくウパーをのび太は慌ててボールに戻す。
出木杉もボールにホーホーを戻しながら、のび太に向かってこう言った。
「ありがとう、のび太くん。この借りは必ず返すよ。次あったときにね。」
一瞬のび太はきょとんとした―――あの出木杉が「借りを返す」、しかも自分に向かってだ―――だが、それを認識したのび太は笑顔で返した。
「わかった。でも結果は変わらないよ!」
出木杉はハハ、と短く笑い、手を振るとゲートへと駆けていった。
ゲートにはこう書かれている。

この先、32番道路/つながりの洞窟

「出木杉くんがライバル、なんてね」
そうつぶやくのび太の頭上には霞のような雲に覆われた太陽がきらきらと輝いていた。
西の空には厚い雲がある。春に三日の晴れ間なし、ということなのだろう。
それを知って知らずか、忘れ物を思い出したのび太は遺跡内へと戻っていった。
忘れ物を「思い出す」なんてのび太にしては珍しい話だが、ここから少しずつ歯車は回り始めるのである。



ここはヒワダタウン。
ジョウト地方は歴史の深さから全国一神社や寺院が多いとされるが、ここも例外ではない。
事実、西にあるウバメの森には「森の神様」を祀ったほこらがあるし、町を囲む山地も古くから神が住んでいるとされてきたのだ。
また、この町のいたるところにはヤドンが寝そべっており、初めて来た人はぎょっとすることも少なくないという。
ヤドンの欠伸によって飢饉から救われたという歴史によるもので、町の東には「ヤドンの井戸」なるものが設けられている。

その「ヤドンの井戸」の入り口から、髪の毛がつんつんに前に張り出した頭が顔を出した。
南中した太陽からの陽光が元々細い彼の目を細めさせる。
「フフ、ロケット団なんてやっぱりちょろいもんだったね」
昨夜この街に到着したスネ夫は午前中かけてロケット団を利用したレベル上げを行っていたのだった。
おかげでヒノアラシもマグマラシになり、さらに強さに磨きがかかったようだ。
ガンテツの賞賛を得意げな顔で受けながら、スネ夫はスピードボールを受け取る。
次はヒワダタウンでのジム戦である。
「ま、こいつが居れば楽勝だけどね」
マグマラシの入ったモンスターボールを目の高さまで持ち上げ、スネ夫はそうほくそ笑むのであった。



「はぁ、はぁ、はぁ……ここまで来れば……はぁ、はぁ……ん?」
アルフの遺跡で忘れ物を取りに行ったはずののび太は日も暮れかかった現在、つながりの洞窟の入り口前にいた。
息を切らしている彼が見たものとは、青いフーセン頭にピコピコ揺れる赤い尻尾の後姿。
ドラえもんだ。
「ドラえもん!」「なんだ、のび太くん。結局また会っちゃったね」
そうだね、と二人は笑うが、次の瞬間ドラえもんはいきなり肩をつかまれ揺さぶられた。
「そうだよ! こんなことしてる場合じゃないんだよドラえもん!! 早く逃げなきゃ捕まっちゃうよ~」
「ちょちょちょ……ちょっとじじょじょ事情を話してくれなきゃわか、わからないじゃな……」

十分後、ようやく落ち着いたのび太はドラえもんに事情を話す。
「えーっ!! アルフの遺跡の壁を壊したぁ!!?」
「シーッ! 声が大きいよ……」
かくかくしかじかとドラえもんに詳しいことを話すと、ドラえもんは仕方がない、とばかりに
「じゃあ、急いでこの洞窟を抜けるよ!」
「え? あ、う、うん……」
のび太の襟を引っつかんでドラえもんは洞窟へと突入する。こういうのを世話好きというのだろう。
「迷路探査ボール!」
四次元ポケットから出てきたピンク色の玉は入り組んだ洞窟の内部を全て調査し、確実に出口へと導いてくれる。
ものの一時間で二人はヒワダタウンの土を踏むことになった。
もっとも、迷路探査ボールという手を採ったことはあとから大きな誤算を招くことになるのだが……



ヒワダのポケモンセンターでドラえもんと別れたのび太はヒワダの街並みを背に、ポケモンジムへと足を向ける。
外は雨が降っている。春雨、というのだろうが出木杉ならいざ知らず、のび太の語彙にそんな言葉はなかった。
センターで借りたビニール傘片手に通りをひたひたと歩くのび太。
しかし、ジムまでまっしぐら、というわけには行かなかった。小さななにかが路地でうずくまって震えていたのだ。
どうやらポケモンのようだ。茶色い小ぶりなボディにそれに不釣合いな頭に被った大きな仮面。ポケモン図鑑によると―――カラカラ。
のび太は恐る恐る近づき、こう話しかける。
「君、捨てられたの? ポケモンを捨てる人もいるんだね……」
カラカラはチラとこちらを振り向くと、おびえながら一目散に走り出した。
「あ、待ってよ!」
のび太が追いかける前にカラカラは路地裏へ消えて行ってしまった。
どこか後ろ髪を引かれる思いを残しながらのび太はヒワダジムへと向かった。

ジム戦は楽勝の一言だった。今までの経験値はウパー一匹に集中。そして出木杉戦もある。
試合は終始のび太のペースで進み、最後のストライクもテクニシャン銀色の風を何とかギリギリで耐え切り水鉄砲で勝利に持ち込んだ。
ストライクに対してはのび太のほうがよっぽどビビっていたほどだ。
自分は仲間内では最後の挑戦者となったようだった。そして自分の名前も認定トレーナーとして刻まれる。
トレーナーケースに収まったインセクトバッジの輝きは強くなったウパーのシンボルとなってのび太の目に映った。



小降りになった雨の中、のび太がポケモンセンターまで戻るとそこにいたのはドラえもんだけだった。
どうやら他のみんなは先を急いでコガネに向かったようだ。
結局夕食はドラえもんと二人で食べることになった。
ハンバーグを箸でかぶりつきながらドラえもんにカラカラのことを話した。やはりのび太の心からはあの寂しげな目が消えないのだ。
ドラえもんは共感していたが、やはり実際に見たものでないと分からないのだろう。どこか的外れな気がした。

部屋に戻り、もう一度カラカラのことを考える。
捨てられた動物がどんな気持ちをしているのか、イチのことを思い出した。
「せっかく生まれてきたのに住むところがないなんてかわいそう」
「捨てるなんて自分勝手すぎるわよ」
イチを拾ったときのスネ夫としずかのセリフが頭をよぎった。
それに、ポケモンは現実世界の動物に比べ頭がいいだけに自分のおかれた状況が分かるのだろう。あの寂しそうな目は……
やっぱりほうっておけない。明日もう一回探してみよう。
のび太はそう決心して布団にもぐりこんだ。



翌日。
空はうす雲に包まれて日ごとにきつくなっていく陽光をやわらげてくれている。
ドラえもんはカラカラを捜しにいくというのび太に同行することを申し出たが、のび太はそれを断った。
ドラえもんにはもう頼らない、といっておいてそれはないと思ったからだ。
一足先にウバメの森へ分け入っていくドラえもんを尻目に、のび太はカラカラ捜索を開始した。

一時間後。
カラカラは一向に見つからない。路地を中心に捜しているのだが、あいつはいったいどこで暮らしているのだろう?
現場百回、のび太は再び昨日カラカラを見かけた場所へと戻ってみた。
一番最初に来て見たときにはいなかったから諦めモードだったのだが……
――――いた。
カラカラはびくびくとした様子で物陰からこちらを見ていた。
のび太は姿勢を低くしてアプローチを試み、カラカラに話しかける。
「あっ、お前、ぼくずっとさがして……ん、なんだ!!?」
突然の出来事。
いきなりリュックが暴れ始めた。上下に動き、左右に動く。
必死でそれを押さえつけるのび太と逃げることも出来ず腰を抜かして動けないカラカラ。
カラカラは慌てることも出来ずにただ腰を引いて驚いているようだ。
十秒後、何とかリュックのファスナーを開いたのび太の目の前では光が輝き……
クリーム色の小さなポケモンが新たな命を芽吹かせた。ウツギ博士から貰ったタマゴが孵ったのだ。
「トゲピーじゃない!」
のび太が素っ頓狂な声を上げるのもよそに、トゲピーは生まれて早々元気よくカラカラの方に近づいていく。
トゲピーはカラカラに擦り寄ってうっとりとした表情になったのだった。ママとでも思い込んだのだろうか?
カラカラはおっかなびっくりしながらあたふたとしていたが、そのうちトゲピーの頭を不器用に撫でる。
「へぇ~」
のび太は感心しながらそれをしばらく眺めていたが、ん、と気が付くとリュックからモンスターボールを取り出し、両者をボールに収めた。
2匹とも抵抗なしにボールに収まってくれた。カラカラが素直にボールに入ってくれるかどうか心配だったが、杞憂に終わったようだ。
こうして1匹だけだったのび太のポケモンは一気に3匹となった。仲間が増えてウパーも喜ぶだろう。
鍛えたウパーで勝ちまくり、仲間を増やして次の町へ。目指すはコガネシティだ。
のび太は意気揚々とウバメの森入り口のゲートをくぐったのだった。



「何で落ちてこないんだよ、クッソ!オラオラオラオラァ!」
うっそうと生い茂った草木が太陽光をほぼ完全に遮断し、昼でも真っ暗というウバメの森。
普段はポケモンたちの鳴き声が不気味に響いているだけ、というこの森独特の静寂(しじま)を破っている少年がいる。

ジャイアンこと剛田武である。

昨夜出会った若い男性の言うことには、この辺りの木に頭突きをするとポケモンが落ちて来るそうだ。
落ちてくるポケモンの中にヘラクロスの名前を聞いたジャイアンは喜び勇んで頭突きを始めた。
深夜か早朝に出現するというヘラクロスだが、深夜のトライはむなしく失敗に終わり、こうして早朝から現在まで手当たり次第木を揺さぶっているというわけだ。
もちろん最初は本人ではなく昨日進化したばかりのアリゲイツが木を揺らしていたが、そのアリゲイツが頭に何重ものたんこぶを作ってのびてしまったのだから仕方がない。
木を揺らし続けて既に4時間。流石のジャイアンにも疲労の色が見える。
しかし何が何でもヘラクロスが欲しい。
一応つながりの洞窟でイワークを捕まえたものの、アリゲイツと通称"最高の見かけ倒しポケモン"だけでは戦力的に心もとないのだ。

「あーあ、見つかんね……」
両手をゴリラのようにブラブラさせてジャイアンは森をうろついている。
「ああ、もう! アイツは嘘つきだったのか!」
しかしジャイアンはこの発言をすぐさま撤回するハメになる。八つ当たりで蹴った木から紺色の勇ましい角をつけたポケモンが姿を現したのだ。
「あ……あ――あれは!! ヘラクロス!!! 出てこい、アリゲイツ!」
たんこぶをさすりながら不機嫌そうにアリゲイツが現れた。ジャイアンを恨めしそうな目でちらりと見やったあと、頭をぽりぽりとかいてため息をついた。
「水鉄砲!」
どことなくやる気のない水流が飛びだす。打たれたヘラクロスはきっとした目でこちらを振り向いた。
「マジメにやれ! じゃないとぶん殴るからな!! 怖い顔!」
じとーっとした目でジャイアンを見つめるとその恨みを込めるようにしてヘラクロスに向かって怖い顔をするアリゲイツ。
ヘラクロスはあまりの怖さに固まっている。そしてここぞとばかりにアリゲイツは水鉄砲を連発した。半分はストレス発散であることは想像に難くない。



ポケギアに表示されるヘラクロスの体力がレッドゾーンを示したとき、ジャイアンのリュックからモンスターボールが取り出された。
「みやがれ、ジャイアンズ・エース、ジャイアン様のピッチングを!」
のび太だったら外しているところなのだろうがそこはそれでもジャイアンである。
きちんとヘラクロスに命中したボールは数秒の間隔を置いて動かなくなった。
「ガハハハハハ! これで俺様は無敵だぜ!」
アリゲイツをボールに戻しながら飛びきりの声で「無敵宣言」するジャイアン。
「気分もいいし、歌うぞー!!」
ウバメの森でポケモンの生息数が一時的に激減すると言う事件が発覚するのは数日後のことであった。



なぜか道行くポケモンたちが軒並み失神していたウバメの森を通り抜け、のび太はコガネシティにやってきた。
ジョウト地方最大の都市であり、古くから商業で栄えた街でもある。
それだけにそこに住む人々の舌の回る速さは髄一だ。中でもおばちゃんは最強クラスであるといわれる。
街のど真ん中にはラジオ塔がそびえ立ち、隣接しているコガネ駅から走るリニアは超特急でカントーへと乗客を運ぶ。
ただ、現在カントーで起きている発電所事件の影響でリニアは運休中だということだ。再開のメドは立っていないらしい。
ポケモン転送システム管理人のマサキもこの街に住む人間の一人だ。

森に入る前は空に薄くかかっていた雲も、今では西の方で茜色に染まっている。
今日もずいぶん歩いたなぁ。のび太はポケモンコミュニケーションセンターでロビーに座って一日の疲れを癒していた。
しかし、初日は相当しんどかった徒歩での旅も、4日目となれば体が慣れてきたようだ。動けないほどではない。
この一日でおびえていたカラカラも徐々にパーティに慣れてきた。とりわけ、トゲピーとは仲が良いようだ。

現在時刻は午後6時を少し回ったところだ。だいたいどの局でも夕方のニュース番組をやっている。
のび太がジュースを片手に見ていた番組ではまずトップニュースとしてアルフの遺跡に新しい部屋が見つかったという話題を扱っていた。
続いてコガネシティの治安悪化によりヤマブキより回された警官隊が発電所事件により立ち往生している問題を報道し、アナウンサーが次の原稿を受け取った。
「お知らせのあとは特集です。ジョウト地方を襲うミステリー、いったいどのようなものなのでしょうか。」



CMの間に用を足し、帰ってきたのび太は画面に映し出されていた似顔絵に目を疑った。
アレは――――――ドラえもん!?
画面には「新種のポケモン発見か!? ささやかれる青い狸の都市伝説!」と書かれている。
「――――ここが、先日その青い生物が訪れたというヨシノシティのポケモンセンターです。
 こちらのスタッフの方が被害に遭われたということですが……」
「――――青い生物はつながりのどうくつにも現れ、煙の出る謎のボールに付き従ってあっという間に抜けていったということです。
 ちなみにその際には黄色いシャツを着た少年が目撃されており、青い生物に催眠術などにより操られていたのではないかという説がまことしやかに――――」
「――――ポケモンリーグに本部を置くポケモン協会は『早急に調査の必要がある、ただし正体不明なので十分気をつけて欲しい』とコメントし、
 この青い生物を捕まえたトレーナーには報奨金を出すとの発表を――――」
な、なんだってー!!!
特集は15分ほどだったが、その終わりには衝撃の発表。冗談じゃない。
のび太は先ほどとった部屋にわめき散らしながら戻り、やかんのようなポットと枕を引っつかんで室内をどたどたと駆け回った。
「アッーーーーー!!! そうだ電話電話電話電話ァ!」
しばらくの大騒ぎののち、そのテンションを保ったままポケギアのダイヤルをひっ叩く。
無関係の2人に掛け間違えたあと、ドラえもんと電話がつながった。



《あ、のび太くん。元気?》
いたってのんきだ。まあ当たり前だろうが、今ののび太の状態とは食い違いすぎている。
「どどどどドラえもん! テ、テテテテレテレビ!」
《テレビがどうかしたの?》
「やかんが、じゃなくて、ドラえもんが、催眠術師の、この間の迷路探査ボール使って、報奨金の被害に……」
支離滅裂。ドラえもんには理解できるはずもない。
《まあまあのび太くん落ち着いて。何があったのかゆっくり話してよ。》
こういったテクニックは子守ロボットとして心得たものだ。ドラえもんはなんとかしてのび太を落ち着かせ、テレビの内容を聞き出し――――
《えええええええええ!!!!!!???? あわわわわわわわわ…………大変だ大変だ大変だ!!》
ようやく落ち着いたのび太に反し、今度はドラえもんが慌てる番だ。こういうところはどうにも似ている。
結局、ドラえもんは道具でその身を守りながら旅をする羽目となった。この世界では移動に道具が使えないというおまけ付きで。



「負けちゃったわ……ポポッコ、お疲れ様」
明くる日の午前、コガネジムでアカネへと立ち向かったしずかはミルタンクの前に全滅させられてしまった。
手持ちポケモンは4体。ラッキー、ポポッコ、モココ、イーブイだ。
今まで無敗だっただけに、ショックは大きい。
「うん、しずかちゃんやっけ? なかなか強かったで? こんなヒヤヒヤした勝負は久しぶりやわ。
 昨日のキツネ小僧は手ごたえなかったし……ああ、こっちの話や。また挑戦しに来てな! ほな、バイバーイ!」
アカネは笑顔で一気にこれだけのことをまくし立てた。
しずかは手を振るアカネにコクリと頷きだけで返すと、矢継ぎ早にその場を去ろうとする。
しかし、それに待ったをかけた人物がいた。冴えないメガネ少年と明らかにサイズの大きいピカチュウの着ぐるみである。
「あら、のび太さん! ……そっちはドラちゃんね……あなたもジム戦?」
「うん! しずかちゃん、絶対勝つからみてて!」
しずかはそれには答えず異様な姿のドラえもんを凝視している。アカネも同様だ。
実はこれ、昨夜ポケモンセンターでのび太と合流した後、「フリーサイズぬいぐるみカメラ」で作ったものなのだ。
それをドラえもんがしずかにこそこそ説明しているのを尻目に、のび太はアカネに宣戦布告する。
「アカネさん、勝負だ! しずかちゃんの前で、絶対に勝ってやる!」
「おませさんやなぁ……なんやらおもろいことになっとるみたいやけど、うちは手加減せぇへんで?」
3個目のバッジをかけたバトルが今始まった。