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[[前へ>トキワ英雄伝説 その10]]        #23 「憧れ」 『ドラーズ』と『チーム・コトブキ』、若いトレーナー同士の戦いもついに大将戦を迎えた。 フィールドではのび太と出木杉の最初のポケモン、ルカリオとスターミーが向かい合っている。 (スターミーとルカリオ、どちらも2発くらえば倒れるはず。 ということは単純なスピード勝負、勝つのは僕のスターミーだ。) 「スターミー、波乗り!」 「ルカリオ、悪の波動だ!」 両者が攻撃技を命じ、お互いを傷つけあう。 出木杉の予想通り、両者とも体力を半分以上削られた。 次の一撃を受ければ倒れてしまうだろう。 「もらった。 スターミー、なみの……」 「神速だ!」 のび太の言葉が出木杉の命令を遮る。 ルカリオは目にも止まらぬ速さでスターミーに攻撃をくわえ、僅かに残った体力を奪う。 「スピードで敵わないなら、先制技だ!」 のび太が勝ち誇った顔で言う。 「よし、まずはのび太が先取した!」 ジャイアンがガッツポーズをとる。 「だけど相手はあの出木杉さん、少しの油断も許されないわ……」 静香が緊張した面持ちで付け加える。 ---- 出木杉はスターミーを回収し、新たにサンダースを繰り出す。 「ルカリオ、神速」 ルカリオはまたも先制技を使い、サンダースよりも速く攻撃する。 「こざかしい……10万ボルトだ!」 サンダースの体から、ルカリオ目掛けて電撃が放たれる。 攻撃を受けたルカリオが立ち上がることはなかった。 「お疲れ様、ルカリオ。  次はガルーラ、君に決めた!」 のび太の2匹目、ガルーラがフィールドに姿を現した。 (ガルーラか……確か眠ると早起きを組み合わせた型だったな。 サンダースじゃあ分が悪いかもしれないな……) 出木杉は少々不安を持ちながらも、サンダースのまま勝負を続行する。 「サンダース、10万ボルト」 サンダースの体から再び電撃がほとばしる。 「耐えて地震だっ!」 ガルーラが足踏みをすると、激しい震動がフィールドを襲った。 サンダースはシュカの実で耐えたが、いまにも倒れそうなくらい疲労している。 「クッ、地震を覚えていたか…… ワタル戦の時は覚えていなかったから、てっきり無いものだと思い込んでいたのに」 出木杉はたまらずサンダースを引っ込め、代わりのポケモンを出す。 「そ、そいつは……」 現れたポケモン、ゲンガーを見たのび太がうろたえる。 ガルーラに命令していた地震は、浮遊しているゲンガーには効かなかった。 ---- 「ゲンガー、以前はこいつ1匹にやられてしまった。 でも今回は負けない、あの時との違いを見せてやる!」 のび太が敗戦の苦い記憶を断ち切るように叫ぶ。 「このゲンガーは倒せないさ、気合球だ!」 ゲンガーが球体を作り上げ、ガルーラ目掛けて放つ。 それを受けたガルーラが崩れ落ちていく。 「……あれ?」 バトルを見守るスネ夫が不意に言葉を漏らした。 「妙だな……なんでのび太はガルーラを交代しなかったんだ?」 ガルーラの攻撃技はのしかかりと地震、ゲンガーにダメージを与えることはできない。 当然、他のポケモンに交代するとスネ夫は思っていたのだ。 「のび太さんにも何か考えがあるのよ……私たちは黙って見守りましょう」 静香がフィールドに目を向けて言った。 (あのゲンガーに太刀打ちできるのはカイリューしかいない。 でも、でもここは……) のび太が3匹目に選んだのは、パートナーのギャラドス。 激しく威嚇するが、特殊型のゲンガーにはあまり意味が無い。 出木杉が思わず嘲笑する。 「よりによって、10万ボルトで一発のギャラドスでくるとは……」 早速10万ボルトを命じるが、ギャラドスは倒れない。 「電気を半減するソクノの実だよ。 今度はこっちの番だ、アクアテール!」 ギャラドスの長い尾がゲンガーを襲う。 強烈な一撃が命中し、ゲンガーにかなりの痛手を負わせた。 「まあいい……10万ボルトだ」 2発目の10万ボルトを受けたギャラドスは、ゆっくりと崩れ落ちていった。 ---- 残りポケモンの数は3対5、明らかにのび太が押されている。 「こいつで、この状況を変えてみせる!」 のび太が四匹目に選んだのは、パーティー内でもっとも弱いバリヤード。 「バリヤード、だって?」 意外な伏兵の登場に、出木杉は驚きを隠せない。 (ゲンガーの体力は残り僅か、敵の攻撃を一発でも受けたら倒れてしまうな。 対してこちらは一撃では敵を倒せない……ならここは……) 「ゲンガー、道連れだ!」 出木杉が選んだ選択肢は、ゲンガーを犠牲にしてバリヤードを倒すことだ。 決まれば残りポケモン数は4対2、出木杉の勝ちは約束されたようなものだ。 出木杉の命令を聞いたのび太が小さく呟いた。 「……かかった」 ニヤニヤと笑いながら、のび太がバリヤードに命じる。 「アンコール!」 アンコールを浴びたゲンガーは、しばらく道連れしか使うことができない。 「クソッ、やられた……」 出木杉がこの試合で初めて焦りをみせる。 この間にバリヤードは瞑想を3回積み、能力を上昇させる。 すでにポケモン交代を使った出木杉は、ゲンガーを戻すことができない。 ただ黙って、敵が積むのをみていることしかできなかった。 そして次のターン、のび太がついに動く。 「バトンタッチだぁ!」 バリヤードがフィールドにバトンを残し、ボールへ戻っていく。 「出て来い、フシギバナ!」 瞑想3回分を引き継いだフシギバナが、フィールドにその姿を現した。 ---- (まずい、こいつは早く倒してしまわないと……) 焦る出木杉の目に、待望の光景が映る。 やっと、アンコールの効果が切れたのだ。 「よし、道連れだ!」 出木杉が命令をするが、ゲンガーは動かない。 「無理だよ、道連れのPPはさっき切れたのさ」 のび太が余裕の面持ちで言う。 「……な、なら催眠術だっ!」 出木杉がイライラしながら命令する。 フシギバナは一瞬目蓋を閉じるが、すぐに目を覚ました。 「残念、カゴの実を持たせていたのさ。  今度はこっちの番だ! エナジーボール」 フシギバナの放った緑色の球体が、ゲンガーの残り体力を奪い取った。 出木杉はやっと気付いた、全てはのび太の策略だったことに。 「……ゲンガーの残り体力を僅かまで削り、僕に道連れを使わせる。 そしてアンコール、バトンタッチ、道連れのPP切れ…… 全ては彼の計算通りだった……この僕が、彼の手のひらで踊らされていた…… そんな、そんな馬鹿なっ!」 出木杉の顔が曇り始める。 ―――勉強でも、運動でも、ポケモンバトルでも、何一つ劣ることはなかった。    ずっと、その男は自分より下の存在だと思っていた。    ……でも、その男はいま…… これ以上は続けたくない、認めたくない。 出木杉は考えていたことを無理やり断ち切った。 ---- 一方、のび太は満足感に浸っていた。 自分の作戦が見事に成功した、それも、それもあの出木杉に…… 思わず緩みそうになる表情を、必死に引き締めようとする。 でもやっぱり、出木杉を出し抜いた快感には勝てない。 情けない昔の自分の姿が思い浮かぶ…… 自分には無いものをいくつも持っていた出木杉。 そんな彼を妬み、忌み嫌っていた昔の自分。 いまも、その気持ちは変わっていない。 『嫉妬』か……本当に、情けないなあ。 ………いや、これは嫉妬なんかじゃない、これは…… 「出木杉、やっとわかったよ!」 突然ののび太の一言に、出木杉は目を丸くする。 のび太はゆっくりと、感傷深そうに言い放つ。    「……僕はずっと、君に憧れていたんだ」 その才能が羨ましかった、自分の目には輝いて見えた。 ずっと思っていたんだ、『出木杉みたいになりたい』って。 「出木杉、僕は君に憧れていた……昔も、いまも…… ……でも、でも僕は永遠に憧れのまま終わるつもりはないよ。 僕はこのバトルで君に追いついてみせる! そして、君を追い越してみせる!」 出木杉の頭を、先程考えたフレーズが流れていく    ……その男はいま、自分を越えようとしている…… ----        #24「ライバル」 フィールドに横たわるゲンガーを見て、出木杉は冷や汗を掻いていた。 相手は瞑想を3回分積んだフシギバナ、かなりの強敵である。 いま彼の手持ちで、それを倒すのは至難の技だ。 (ここはあいつを……いや、あいつじゃあ返り討ちに合うだろう。 しかたない、ここはこいつを犠牲にして……) 出木杉が選んだのは、いまにも倒れそうなサンダース。 「何故そいつを? まあいい、エナジーボールだ」 「素早さでは僕のサンダースの方が上だよ。  サンダース、電磁波だっ!」 サンダースの体から電撃が迸る。 それはフシギバナへと向かい、その体を麻痺させて苦しめる。 その後、エナジーボールを受けてサンダースは倒れた。 「囮、だな」 スネ夫が不意に呟いた。 「あのサンダースの役割は、あくまで敵を麻痺させること。 とすると、次に出てくるのは……」 「フシギバナより遅いポケモン、ってことか」 スネ夫の解説にジャイアンが割って入る。 「その通り、だいぶわかってきたね」 ジャイアンの成長ぶりに、スネ夫が思わず舌を巻く。 そして出てきたポケモンは彼らの予想通り、素早さの遅いポケモンだった。 ---- 「ガラガラ、か……」 敵の姿を見たのび太が呟いた。 「いまなら、鈍足のガラガラでも先手をとれる。 ……そしてこのガラガラは、太い骨持ちの超強力アタッカーだ!」 出木杉が力説するとともに、ガラガラが己の拳に炎を宿らせる。 「炎のパンチ!」 次の瞬間、ガラガラの灼熱の拳がフシギバナの巨大な体を吹き飛した。 だが…… 「残念、フシギバナは炎半減の実を持っていたんだよ」 のび太の言葉とともに、フシギバナがゆっくりと起き上がる。 「チッ」 出木杉の顔がどんどん蒼白になっていく。 その後、ガラガラはエナジーボールを浴びて倒れた。 ついに残り2体まで追い込まれた出木杉は、次にムクホークを繰り出した。 「ムクホーク、懐かしいな……」 ムクホークは、出木杉のパートナーポケモンだ。 7年前のフジツーとの戦いで、敵にとどめを差したのもこいつだった。 ただ一度、自分と出木杉が共闘したあの戦いで…… 懐かしい記憶が甦ってくる。 だがいまは、過去に浸っている場合ではない。 『集中しろ! 最後まで気を抜くな! ……相手は、あの出木杉だぞっ!』 のび太が自分に言い聞かせる。 ―――人は時に、己でも信じられないような力を発揮する。 いまののび太も、まさにその状況に当てはまっている。 この日の彼の集中力は尋常ではなかった。 ---- 「ムクホーク、ブレイブバード!」 出木杉が命じると、ムクホークが光の速さでフシギバナに突撃する。 攻撃を受けたフシギバナは、ゆっくりと崩れ落ちていった。 「やっと、フシギバナを倒せたか。 しかし……」 出木杉は溜息を漏らすと同時に、一つの疑問を抱く。 『……何故野比君は、フシギバナを交代させなかったんだ?』 あの状況では、フシギバナがやられるのは確実だった。 でものび太は交代をしなかった、そこには何か考えがあるはずだ…… 「行け、カイリュー!」 フシギバナを失ったのび太は、ついに切り札のカイリューを投入した。 「逆鱗!」 「ブレイブバード!」 のび太と出木杉、2人が同時に命令をする。 先手をとったのは、拘りスカーフを持つのび太のカイリューだった。 カイリューの激しい怒りに触れたムクホークは、ゆっくりと地に墜ちていった。 (なるほど。 一撃でやられたのは、先程のブレイブバードの反動ダメージがあったからか…… あそこでフシギバナを交代させなかったのは、逆鱗一発でムクホークを倒すためだった。) 「やられた。 いや……」 (まだ勝負は捨てたものじゃない、勝利の可能性は残っている…… いまこそ対ドラゴンポケモン用に育てた、こいつの出番だ!) 出木杉が、最後のポケモンが入ったモンスターボールを握り締める。 分厚い毛皮に覆われた体、地を揺らす太い足、全てを貫く2本の牙…… 「マンムー、か……」 のび太がそのポケモンの名を発した。 ---- (マンムー、カイリューの苦手な氷タイプか…… 敵はカイリューより遅い、逆鱗を一撃与えることができる。 後は次のバリヤードで倒す……僕の勝ちだ!) のび太が勝利を確信し、笑みを浮かべる。 ……これがこの試合で唯一、彼が油断した瞬間だった。 「カイリュー、げきり……」 「マンムー、氷の礫!」 のび太の言葉は、出木杉の一言によって遮られた。 氷の礫……先制技だ。 効果は4倍、カイリューは一瞬にして崩れ去った。 「形勢逆転だね、野比君。」 出木杉がこの試合で初めて笑みを浮かべた。 『ヤラレタ……』 自分には目の前の勝利しか見えていなかった。  先制技の可能性を見落としていた。 バリヤードじゃああいつに勝てない……僕の、負け? 「う、うわあああああああ!」 のび太の悲痛な叫びが響き渡った。 『敗北』の二文字が何度ものび太の頭を過ぎる。 思わず膝をつくのび太、その心はもう折れかかっている。    「諦めんな、のび太ぁ!」 その時、のび太の耳に不意に声が聞こえてきた。 思わず後ろを振り向く。 ―――そこには、いままで共に戦ってきた仲間の姿があった。 ---- 「何をやってるんだのび太! まだ諦めるところじゃないだろう?」 「私たちは信じてるわ、のび太さんなら出木杉さんを救えるって」 「立て、のび太! 前を向け、戦うんだ! お前には……俺たちがついてるっ!」 3人とも、言葉は短かった。 でもそれはどんな偉人の言葉よりも、深くのび太の心に突き刺さる。 そして、のび太の心に熱い炎を灯す。 そうだ、僕には自分を信じてくれる仲間がいる…… 僕は彼らのために、戦うんだ! のび太がゆっくりと立ち上がり、己の両手で左右の頬を激しく叩く。 「みんな、ありがとう……おかげで目が覚めたよ。 出木杉、勝負はこれからだっ!」 突然のことに戸惑いながらも、出木杉は笑みを浮かべる。 「面白い。 行くぞ、野比君!」 のび太はバリヤード、出木杉はマンムー。 どちらも体力は満タン、補助効果も特にない。 でも…… (野比君のバリヤードは、僕のマンムーよりレベルが低い。 おそらく、敵は地震一発で倒せるはずだ。) 出木杉は確信する、分は自分にあると。 「野比君、これで終わりだ。 地震!」 出木杉の命令を聞いた瞬間、のび太は小さく呟いた。 「僕の勝ちだ、出木杉!」 ---- のび太の一言に一瞬うろたえたが、バリヤードが攻撃してくる様子は無い。 『やはり、勝ったのは僕だ』  そう思った矢先、出木杉の目に衝撃的な光景が映る。 「地震じゃない……氷の礫?」 己の血の気が引いていくのを、出木杉は感じた。 のび太がゆっくりと解説をする。 「僕はバリヤードに、アンコールを命令した。 よってマンムーはいま、氷の礫以外の技は使うことができない」 だから、地震ではなく氷の礫が発動したのだ。 のび太は話を続ける。 「氷の礫は威力が低い、僕のバリヤードでも2発は耐えられる。  たいしてこっちは、サイコキネシス2発で君のマンムーを倒すことができる!」 のび太が力説する。 しかし、いまの話で出木杉の顔に再び余裕の色が戻った。 「こりゃあ傑作だね……野比君。 氷の礫は先制技だ。 サイコキネシスが2発当たる前に、氷の礫が3発命中する。 つまり君は、自分で自分の負けを宣言したんだ!」 出木杉は、もう一度勝利を確信した。 フィールド上では、氷の礫とサイコキネシスの応酬が繰り広げられていた。 マンムーが2発目の氷の礫を放ち、バリヤードもサイコキネシスを返す。 「もうすぐだ……次のターンで僕の勝ちだ!」 この時、出木杉が勝利を宣言した。 だが、勝利を飾るマンムーの氷の礫はバリヤードの横をすり抜けていく。 その光景を見たのび太が、小さくガッツポーズをとった。 「……バリヤードには光の粉を持たせていたんだ。  僕は、3ターンのうち、一度でも攻撃が外れるのにかけた そして賭けは成功した、僕の勝ちだ!」 出木杉の顔が絶望に染まっていく…… 「そんな……僕は、僕は認めないっ!」 出木杉の叫びもむなしく、バリヤードが2発目のサイコキネシスを放った。 攻撃を受けたマンムーは、ゆっくりと崩れ落ちていく…… ……出木杉はその光景から、目を背けることしかできなかった。 ---- 『勝者、『ドラーズ』野比のび太選手!』 マンムーの瀕死を確認した審判が、のび太の勝利を宣告した。 それは同時に、出木杉の敗北を宣言するものでもあった。 ……ボクガ、マケタ? 出木杉は膝をつき、己の拳で地面を叩きつける。 ずっと自分の足下にいたのび太に負けた悔しさ。 世界一のポケモントレーナーになる、という父との約束を果たせなかった背徳心。 様々な負の感情が呼び起こされていく。 だんだん呼吸が荒くなる。 頭が痛くなる。 出木杉の心は苦しめられ、追い詰められていく…… そんな出木杉に歩み寄る者が1人……野比のび太だ。 「……負けた僕を、嘲笑いに来たのかい?」 のび太を見上げ、出木杉が冷たく言い放つ。 「僕は君に負けた! 父への罪滅ぼしができなかった…… いまの僕は、ただのみじめな人殺しなん……」 「そろそろ目を覚ませよ、出木杉」 出木杉の言葉を、のび太の言葉が遮る。 その短い言葉には、彼の『怒り』がこもっていた。 「僕は君のお父さんのことなんて知らない。  悪の組織と戦った勇敢なトレーナー、くらいにしか聞いたことが無い。 でも僕は……僕はお父さんがいまの君を見て喜ぶとは思わないよ!」 のび太の激しい声が、フィールドに響き渡る。 「僕の父が本当に望んでいる事……君に、そんなことがわかるのかっ!」 出木杉も声を荒げる。 のび太は間を少し置いた後、笑みを浮かべていった。 「お父さんは君に、ずっと笑っていて欲しいんじゃないかな?」 ---- 「笑って欲しい? いったい、何が言いたいのかい?」 疑問を浮かべる出木杉にのび太は言う。 「……出木杉、周りを見てごらんよ」 『何が言いたいんだ?』そう思いつつ出木杉は周囲を見渡す。 そこにあったのは、自分を心配に見守る者たちの姿。 バク、コウジ、ヒカリ、スネ夫、ジャイアン、静香……そして、のび太。 「君には、君の事を思ってくれる大切な仲間たちがいる…… なのに君は、それに気付けない。 いや、心を閉ざして気付こうとしていないんだ 僕はこの大会で、仲間の大切を知ることができた! だから君にも気付いて欲しい、仲間の大切さに……」 仲間……突然放たれたその言葉に、出木杉は何も言うことができない。 「くやしいけど……全部そいつの言うとおりだぜ?」 後ろから、バクたちが頭を掻きながら言う。 「俺たちはずっとお前を救いたかった、でもお前は俺たちに何も相談してくれない」 「私たちは仲間でしょ? 仲間って、一緒に悲しみを共有するものじゃないの?」 「……バク、コウジ、ヒカリ……」 出木杉がうろたえる。 「出木杉、選ぶんだ。 心を閉ざし続け、ひたすらバトルに打ち込み続けるのか。 それとも、仲間と一緒に歩んでいくのか……」 のび太はそう言って、手を差し伸べる。 出木杉はしばらく躊躇った後、ゆっくりと口を開く。 「僕は……僕は君たちの仲間でいたい!」 出木杉の目から涙が零れ落ちる。 でも出木杉は笑っていた、涙まみれのグシャグシャの顔で笑っていた。 それは、いままでの彼のどんな笑い顔より美しかった。 ---- しばらくして、落ち着きを取り戻した出木杉は言う。 「野比君、僕はバクたちや武君たちの仲間でいたい…… でも、君の仲間でいる気はないよ」 のび太が何か言おうとするのを、出木杉は言葉で制止する。 「今日の君とのバトル、いままでのどんな戦いよりも楽しかった。 僕は君と、ずっとライバルでいたい」 出木杉がのび太の手を握り締める。 のび太は笑いながら、出木杉の体を引き寄せた。 立ち上がった出木杉は、のび太に言う。 「野比君、僕は信じてるよ。 君たちが優勝して、僕たちを、みんなを救うことを」 今度は、出木杉から手を差し出す。 「うん。 誓うよ、絶対優勝するって」 のび太は出木杉の手を握り締め、再び握手を交わした。 「じゃあ、僕たちはそろそろ行かなきゃいけない……」 出木杉がフィールドの出口を指差す。 彼らがこれから向かう先は、死を待つだけのあの地下室だ…… 「僕たちの命、君たちに預けさせてもらうよ」 出木杉はそういい残し、仲間たちと一緒にフィールドを去っていった。 向かう先はあの地下室だというのに、出木杉は笑っていた。 いまの彼は、以前とは違う。 いままでになかったものが、仲間のぬくもりが得られたのだから。 だから彼は笑える。 仲間がいるから、仲間を信じているから。 「答えなきゃいけないね、出木杉たちの信頼に……」 のび太の一言に、ドラーズの仲間たちが頷く。 ―――優勝までは、残りあと2試合だ。 ----
[[前へ>トキワ英雄伝説 その10]]        #23 「憧れ」 『ドラーズ』と『チーム・コトブキ』、若いトレーナー同士の戦いもついに大将戦を迎えた。 フィールドではのび太と出木杉の最初のポケモン、ルカリオとスターミーが向かい合っている。 (スターミーとルカリオ、どちらも2発くらえば倒れるはず。 ということは単純なスピード勝負、勝つのは僕のスターミーだ。) 「スターミー、波乗り!」 「ルカリオ、悪の波動だ!」 両者が攻撃技を命じ、お互いを傷つけあう。 出木杉の予想通り、両者とも体力を半分以上削られた。 次の一撃を受ければ倒れてしまうだろう。 「もらった。 スターミー、なみの……」 「神速だ!」 のび太の言葉が出木杉の命令を遮る。 ルカリオは目にも止まらぬ速さでスターミーに攻撃をくわえ、僅かに残った体力を奪う。 「スピードで敵わないなら、先制技だ!」 のび太が勝ち誇った顔で言う。 「よし、まずはのび太が先取した!」 ジャイアンがガッツポーズをとる。 「だけど相手はあの出木杉さん、少しの油断も許されないわ……」 静香が緊張した面持ちで付け加える。 ---- 出木杉はスターミーを回収し、新たにサンダースを繰り出す。 「ルカリオ、神速」 ルカリオはまたも先制技を使い、サンダースよりも速く攻撃する。 「こざかしい……10万ボルトだ!」 サンダースの体から、ルカリオ目掛けて電撃が放たれる。 攻撃を受けたルカリオが立ち上がることはなかった。 「お疲れ様、ルカリオ。  次はガルーラ、君に決めた!」 のび太の2匹目、ガルーラがフィールドに姿を現した。 (ガルーラか……確か眠ると早起きを組み合わせた型だったな。 サンダースじゃあ分が悪いかもしれないな……) 出木杉は少々不安を持ちながらも、サンダースのまま勝負を続行する。 「サンダース、10万ボルト」 サンダースの体から再び電撃がほとばしる。 「耐えて地震だっ!」 ガルーラが足踏みをすると、激しい震動がフィールドを襲った。 サンダースはシュカの実で耐えたが、いまにも倒れそうなくらい疲労している。 「クッ、地震を覚えていたか…… ワタル戦の時は覚えていなかったから、てっきり無いものだと思い込んでいたのに」 出木杉はたまらずサンダースを引っ込め、代わりのポケモンを出す。 「そ、そいつは……」 現れたポケモン、ゲンガーを見たのび太がうろたえる。 ガルーラに命令していた地震は、浮遊しているゲンガーには効かなかった。 ---- 「ゲンガー、以前はこいつ1匹にやられてしまった。 でも今回は負けない、あの時との違いを見せてやる!」 のび太が敗戦の苦い記憶を断ち切るように叫ぶ。 「このゲンガーは倒せないさ、気合球だ!」 ゲンガーが球体を作り上げ、ガルーラ目掛けて放つ。 それを受けたガルーラが崩れ落ちていく。 「……あれ?」 バトルを見守るスネ夫が不意に言葉を漏らした。 「妙だな……なんでのび太はガルーラを交代しなかったんだ?」 ガルーラの攻撃技はのしかかりと地震、ゲンガーにダメージを与えることはできない。 当然、他のポケモンに交代するとスネ夫は思っていたのだ。 「のび太さんにも何か考えがあるのよ……私たちは黙って見守りましょう」 静香がフィールドに目を向けて言った。 (あのゲンガーに太刀打ちできるのはカイリューしかいない。 でも、でもここは……) のび太が3匹目に選んだのは、パートナーのギャラドス。 激しく威嚇するが、特殊型のゲンガーにはあまり意味が無い。 出木杉が思わず嘲笑する。 「よりによって、10万ボルトで一発のギャラドスでくるとは……」 早速10万ボルトを命じるが、ギャラドスは倒れない。 「電気を半減するソクノの実だよ。 今度はこっちの番だ、アクアテール!」 ギャラドスの長い尾がゲンガーを襲う。 強烈な一撃が命中し、ゲンガーにかなりの痛手を負わせた。 「まあいい……10万ボルトだ」 2発目の10万ボルトを受けたギャラドスは、ゆっくりと崩れ落ちていった。 ---- 残りポケモンの数は3対5、明らかにのび太が押されている。 「こいつで、この状況を変えてみせる!」 のび太が四匹目に選んだのは、パーティー内でもっとも弱いバリヤード。 「バリヤード、だって?」 意外な伏兵の登場に、出木杉は驚きを隠せない。 (ゲンガーの体力は残り僅か、敵の攻撃を一発でも受けたら倒れてしまうな。 対してこちらは一撃では敵を倒せない……ならここは……) 「ゲンガー、道連れだ!」 出木杉が選んだ選択肢は、ゲンガーを犠牲にしてバリヤードを倒すことだ。 決まれば残りポケモン数は4対2、出木杉の勝ちは約束されたようなものだ。 出木杉の命令を聞いたのび太が小さく呟いた。 「……かかった」 ニヤニヤと笑いながら、のび太がバリヤードに命じる。 「アンコール!」 アンコールを浴びたゲンガーは、しばらく道連れしか使うことができない。 「クソッ、やられた……」 出木杉がこの試合で初めて焦りをみせる。 この間にバリヤードは瞑想を3回積み、能力を上昇させる。 すでにポケモン交代を使った出木杉は、ゲンガーを戻すことができない。 ただ黙って、敵が積むのをみていることしかできなかった。 そして次のターン、のび太がついに動く。 「バトンタッチだぁ!」 バリヤードがフィールドにバトンを残し、ボールへ戻っていく。 「出て来い、フシギバナ!」 瞑想3回分を引き継いだフシギバナが、フィールドにその姿を現した。 ---- (まずい、こいつは早く倒してしまわないと……) 焦る出木杉の目に、待望の光景が映る。 やっと、アンコールの効果が切れたのだ。 「よし、道連れだ!」 出木杉が命令をするが、ゲンガーは動かない。 「無理だよ、道連れのPPはさっき切れたのさ」 のび太が余裕の面持ちで言う。 「……な、なら催眠術だっ!」 出木杉がイライラしながら命令する。 フシギバナは一瞬目蓋を閉じるが、すぐに目を覚ました。 「残念、カゴの実を持たせていたのさ。  今度はこっちの番だ! エナジーボール」 フシギバナの放った緑色の球体が、ゲンガーの残り体力を奪い取った。 出木杉はやっと気付いた、全てはのび太の策略だったことに。 「……ゲンガーの残り体力を僅かまで削り、僕に道連れを使わせる。 そしてアンコール、バトンタッチ、道連れのPP切れ…… 全ては彼の計算通りだった……この僕が、彼の手のひらで踊らされていた…… そんな、そんな馬鹿なっ!」 出木杉の顔が曇り始める。 ―――勉強でも、運動でも、ポケモンバトルでも、何一つ劣ることはなかった。    ずっと、その男は自分より下の存在だと思っていた。    ……でも、その男はいま…… これ以上は続けたくない、認めたくない。 出木杉は考えていたことを無理やり断ち切った。 ---- 一方、のび太は満足感に浸っていた。 自分の作戦が見事に成功した、それも、それもあの出木杉に…… 思わず緩みそうになる表情を、必死に引き締めようとする。 でもやっぱり、出木杉を出し抜いた快感には勝てない。 情けない昔の自分の姿が思い浮かぶ…… 自分には無いものをいくつも持っていた出木杉。 そんな彼を妬み、忌み嫌っていた昔の自分。 いまも、その気持ちは変わっていない。 『嫉妬』か……本当に、情けないなあ。 ………いや、これは嫉妬なんかじゃない、これは…… 「出木杉、やっとわかったよ!」 突然ののび太の一言に、出木杉は目を丸くする。 のび太はゆっくりと、感傷深そうに言い放つ。    「……僕はずっと、君に憧れていたんだ」 その才能が羨ましかった、自分の目には輝いて見えた。 ずっと思っていたんだ、『出木杉みたいになりたい』って。 「出木杉、僕は君に憧れていた……昔も、いまも…… ……でも、でも僕は永遠に憧れのまま終わるつもりはないよ。 僕はこのバトルで君に追いついてみせる! そして、君を追い越してみせる!」 出木杉の頭を、先程考えたフレーズが流れていく    ……その男はいま、自分を越えようとしている…… ----        #24「ライバル」 フィールドに横たわるゲンガーを見て、出木杉は冷や汗を掻いていた。 相手は瞑想を3回分積んだフシギバナ、かなりの強敵である。 いま彼の手持ちで、それを倒すのは至難の技だ。 (ここはあいつを……いや、あいつじゃあ返り討ちに合うだろう。 しかたない、ここはこいつを犠牲にして……) 出木杉が選んだのは、いまにも倒れそうなサンダース。 「何故そいつを? まあいい、エナジーボールだ」 「素早さでは僕のサンダースの方が上だよ。  サンダース、電磁波だっ!」 サンダースの体から電撃が迸る。 それはフシギバナへと向かい、その体を麻痺させて苦しめる。 その後、エナジーボールを受けてサンダースは倒れた。 「囮、だな」 スネ夫が不意に呟いた。 「あのサンダースの役割は、あくまで敵を麻痺させること。 とすると、次に出てくるのは……」 「フシギバナより遅いポケモン、ってことか」 スネ夫の解説にジャイアンが割って入る。 「その通り、だいぶわかってきたね」 ジャイアンの成長ぶりに、スネ夫が思わず舌を巻く。 そして出てきたポケモンは彼らの予想通り、素早さの遅いポケモンだった。 ---- 「ガラガラ、か……」 敵の姿を見たのび太が呟いた。 「いまなら、鈍足のガラガラでも先手をとれる。 ……そしてこのガラガラは、太い骨持ちの超強力アタッカーだ!」 出木杉が力説するとともに、ガラガラが己の拳に炎を宿らせる。 「炎のパンチ!」 次の瞬間、ガラガラの灼熱の拳がフシギバナの巨大な体を吹き飛した。 だが…… 「残念、フシギバナは炎半減の実を持っていたんだよ」 のび太の言葉とともに、フシギバナがゆっくりと起き上がる。 「チッ」 出木杉の顔がどんどん蒼白になっていく。 その後、ガラガラはエナジーボールを浴びて倒れた。 ついに残り2体まで追い込まれた出木杉は、次にムクホークを繰り出した。 「ムクホーク、懐かしいな……」 ムクホークは、出木杉のパートナーポケモンだ。 7年前のフジツーとの戦いで、敵にとどめを差したのもこいつだった。 ただ一度、自分と出木杉が共闘したあの戦いで…… 懐かしい記憶が甦ってくる。 だがいまは、過去に浸っている場合ではない。 『集中しろ! 最後まで気を抜くな! ……相手は、あの出木杉だぞっ!』 のび太が自分に言い聞かせる。 ―――人は時に、己でも信じられないような力を発揮する。 いまののび太も、まさにその状況に当てはまっている。 この日の彼の集中力は尋常ではなかった。 ---- 「ムクホーク、ブレイブバード!」 出木杉が命じると、ムクホークが光の速さでフシギバナに突撃する。 攻撃を受けたフシギバナは、ゆっくりと崩れ落ちていった。 「やっと、フシギバナを倒せたか。 しかし……」 出木杉は溜息を漏らすと同時に、一つの疑問を抱く。 『……何故野比君は、フシギバナを交代させなかったんだ?』 あの状況では、フシギバナがやられるのは確実だった。 でものび太は交代をしなかった、そこには何か考えがあるはずだ…… 「行け、カイリュー!」 フシギバナを失ったのび太は、ついに切り札のカイリューを投入した。 「逆鱗!」 「ブレイブバード!」 のび太と出木杉、2人が同時に命令をする。 先手をとったのは、拘りスカーフを持つのび太のカイリューだった。 カイリューの激しい怒りに触れたムクホークは、ゆっくりと地に墜ちていった。 (なるほど。 一撃でやられたのは、先程のブレイブバードの反動ダメージがあったからか…… あそこでフシギバナを交代させなかったのは、逆鱗一発でムクホークを倒すためだった。) 「やられた。 いや……」 (まだ勝負は捨てたものじゃない、勝利の可能性は残っている…… いまこそ対ドラゴンポケモン用に育てた、こいつの出番だ!) 出木杉が、最後のポケモンが入ったモンスターボールを握り締める。 分厚い毛皮に覆われた体、地を揺らす太い足、全てを貫く2本の牙…… 「マンムー、か……」 のび太がそのポケモンの名を発した。 ---- (マンムー、カイリューの苦手な氷タイプか…… 敵はカイリューより遅い、逆鱗を一撃与えることができる。 後は次のバリヤードで倒す……僕の勝ちだ!) のび太が勝利を確信し、笑みを浮かべる。 ……これがこの試合で唯一、彼が油断した瞬間だった。 「カイリュー、げきり……」 「マンムー、氷の礫!」 のび太の言葉は、出木杉の一言によって遮られた。 氷の礫……先制技だ。 効果は4倍、カイリューは一瞬にして崩れ去った。 「形勢逆転だね、野比君。」 出木杉がこの試合で初めて笑みを浮かべた。 『ヤラレタ……』 自分には目の前の勝利しか見えていなかった。  先制技の可能性を見落としていた。 バリヤードじゃああいつに勝てない……僕の、負け? 「う、うわあああああああ!」 のび太の悲痛な叫びが響き渡った。 『敗北』の二文字が何度ものび太の頭を過ぎる。 思わず膝をつくのび太、その心はもう折れかかっている。    「諦めんな、のび太ぁ!」 その時、のび太の耳に不意に声が聞こえてきた。 思わず後ろを振り向く。 ―――そこには、いままで共に戦ってきた仲間の姿があった。 ---- 「何をやってるんだのび太! まだ諦めるところじゃないだろう?」 「私たちは信じてるわ、のび太さんなら出木杉さんを救えるって」 「立て、のび太! 前を向け、戦うんだ! お前には……俺たちがついてるっ!」 3人とも、言葉は短かった。 でもそれはどんな偉人の言葉よりも、深くのび太の心に突き刺さる。 そして、のび太の心に熱い炎を灯す。 そうだ、僕には自分を信じてくれる仲間がいる…… 僕は彼らのために、戦うんだ! のび太がゆっくりと立ち上がり、己の両手で左右の頬を激しく叩く。 「みんな、ありがとう……おかげで目が覚めたよ。 出木杉、勝負はこれからだっ!」 突然のことに戸惑いながらも、出木杉は笑みを浮かべる。 「面白い。 行くぞ、野比君!」 のび太はバリヤード、出木杉はマンムー。 どちらも体力は満タン、補助効果も特にない。 でも…… (野比君のバリヤードは、僕のマンムーよりレベルが低い。 おそらく、敵は地震一発で倒せるはずだ。) 出木杉は確信する、分は自分にあると。 「野比君、これで終わりだ。 地震!」 出木杉の命令を聞いた瞬間、のび太は小さく呟いた。 「僕の勝ちだ、出木杉!」 ---- のび太の一言に一瞬うろたえたが、バリヤードが攻撃してくる様子は無い。 『やはり、勝ったのは僕だ』  そう思った矢先、出木杉の目に衝撃的な光景が映る。 「地震じゃない……氷の礫?」 己の血の気が引いていくのを、出木杉は感じた。 のび太がゆっくりと解説をする。 「僕はバリヤードに、アンコールを命令した。 よってマンムーはいま、氷の礫以外の技は使うことができない」 だから、地震ではなく氷の礫が発動したのだ。 のび太は話を続ける。 「氷の礫は威力が低い、僕のバリヤードでも2発は耐えられる。  たいしてこっちは、サイコキネシス2発で君のマンムーを倒すことができる!」 のび太が力説する。 しかし、いまの話で出木杉の顔に再び余裕の色が戻った。 「こりゃあ傑作だね……野比君。 氷の礫は先制技だ。 サイコキネシスが2発当たる前に、氷の礫が3発命中する。 つまり君は、自分で自分の負けを宣言したんだ!」 出木杉は、もう一度勝利を確信した。 フィールド上では、氷の礫とサイコキネシスの応酬が繰り広げられていた。 マンムーが2発目の氷の礫を放ち、バリヤードもサイコキネシスを返す。 「もうすぐだ……次のターンで僕の勝ちだ!」 この時、出木杉が勝利を宣言した。 だが、勝利を飾るマンムーの氷の礫はバリヤードの横をすり抜けていく。 その光景を見たのび太が、小さくガッツポーズをとった。 「……バリヤードには光の粉を持たせていたんだ。  僕は、3ターンのうち、一度でも攻撃が外れるのにかけた そして賭けは成功した、僕の勝ちだ!」 出木杉の顔が絶望に染まっていく…… 「そんな……僕は、僕は認めないっ!」 出木杉の叫びもむなしく、バリヤードが2発目のサイコキネシスを放った。 攻撃を受けたマンムーは、ゆっくりと崩れ落ちていく…… ……出木杉はその光景から、目を背けることしかできなかった。 ---- 『勝者、『ドラーズ』野比のび太選手!』 マンムーの瀕死を確認した審判が、のび太の勝利を宣告した。 それは同時に、出木杉の敗北を宣言するものでもあった。 ……ボクガ、マケタ? 出木杉は膝をつき、己の拳で地面を叩きつける。 ずっと自分の足下にいたのび太に負けた悔しさ。 世界一のポケモントレーナーになる、という父との約束を果たせなかった背徳心。 様々な負の感情が呼び起こされていく。 だんだん呼吸が荒くなる。 頭が痛くなる。 出木杉の心は苦しめられ、追い詰められていく…… そんな出木杉に歩み寄る者が1人……野比のび太だ。 「……負けた僕を、嘲笑いに来たのかい?」 のび太を見上げ、出木杉が冷たく言い放つ。 「僕は君に負けた! 父への罪滅ぼしができなかった…… いまの僕は、ただのみじめな人殺しなん……」 「そろそろ目を覚ませよ、出木杉」 出木杉の言葉を、のび太の言葉が遮る。 その短い言葉には、彼の『怒り』がこもっていた。 「僕は君のお父さんのことなんて知らない。  悪の組織と戦った勇敢なトレーナー、くらいにしか聞いたことが無い。 でも僕は……僕はお父さんがいまの君を見て喜ぶとは思わないよ!」 のび太の激しい声が、フィールドに響き渡る。 「僕の父が本当に望んでいる事……君に、そんなことがわかるのかっ!」 出木杉も声を荒げる。 のび太は間を少し置いた後、笑みを浮かべていった。 「お父さんは君に、ずっと笑っていて欲しいんじゃないかな?」 ---- 「笑って欲しい? いったい、何が言いたいのかい?」 疑問を浮かべる出木杉にのび太は言う。 「……出木杉、周りを見てごらんよ」 『何が言いたいんだ?』そう思いつつ出木杉は周囲を見渡す。 そこにあったのは、自分を心配に見守る者たちの姿。 バク、コウジ、ヒカリ、スネ夫、ジャイアン、静香……そして、のび太。 「君には、君の事を思ってくれる大切な仲間たちがいる…… なのに君は、それに気付けない。 いや、心を閉ざして気付こうとしていないんだ 僕はこの大会で、仲間の大切を知ることができた! だから君にも気付いて欲しい、仲間の大切さに……」 仲間……突然放たれたその言葉に、出木杉は何も言うことができない。 「くやしいけど……全部そいつの言うとおりだぜ?」 後ろから、バクたちが頭を掻きながら言う。 「俺たちはずっとお前を救いたかった、でもお前は俺たちに何も相談してくれない」 「私たちは仲間でしょ? 仲間って、一緒に悲しみを共有するものじゃないの?」 「……バク、コウジ、ヒカリ……」 出木杉がうろたえる。 「出木杉、選ぶんだ。 心を閉ざし続け、ひたすらバトルに打ち込み続けるのか。 それとも、仲間と一緒に歩んでいくのか……」 のび太はそう言って、手を差し伸べる。 出木杉はしばらく躊躇った後、ゆっくりと口を開く。 「僕は……僕は君たちの仲間でいたい!」 出木杉の目から涙が零れ落ちる。 でも出木杉は笑っていた、涙まみれのグシャグシャの顔で笑っていた。 それは、いままでの彼のどんな笑い顔より美しかった。 ---- しばらくして、落ち着きを取り戻した出木杉は言う。 「野比君、僕はバクたちや武君たちの仲間でいたい…… でも、君の仲間でいる気はないよ」 のび太が何か言おうとするのを、出木杉は言葉で制止する。 「今日の君とのバトル、いままでのどんな戦いよりも楽しかった。 僕は君と、ずっとライバルでいたい」 出木杉がのび太の手を握り締める。 のび太は笑いながら、出木杉の体を引き寄せた。 立ち上がった出木杉は、のび太に言う。 「野比君、僕は信じてるよ。 君たちが優勝して、僕たちを、みんなを救うことを」 今度は、出木杉から手を差し出す。 「うん。 誓うよ、絶対優勝するって」 のび太は出木杉の手を握り締め、再び握手を交わした。 「じゃあ、僕たちはそろそろ行かなきゃいけない……」 出木杉がフィールドの出口を指差す。 彼らがこれから向かう先は、死を待つだけのあの地下室だ…… 「僕たちの命、君たちに預けさせてもらうよ」 出木杉はそういい残し、仲間たちと一緒にフィールドを去っていった。 向かう先はあの地下室だというのに、出木杉は笑っていた。 いまの彼は、以前とは違う。 いままでになかったものが、仲間のぬくもりが得られたのだから。 だから彼は笑える。 仲間がいるから、仲間を信じているから。 「答えなきゃいけないね、出木杉たちの信頼に……」 のび太の一言に、ドラーズの仲間たちが頷く。 ―――優勝までは、残りあと2試合だ。 [[次へ>トキワ英雄伝説 その12]] ----

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