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#18 「兄妹」
「ジャイ子、本当に俺と戦うのか?」
バトルが始まる前に、ジャイアンが確認するように呼びかける。
しかしジャイアンの目の前にいる敵は答えない。
「ジャイ子、俺だよ! お前の兄ちゃんの武だよ! 分からないのか?」
敵はまたもや答えてはくれない。
ジャイアンは一瞬顔を下に向けた後、再び顔を上げて言う。
「そっか。お前はジャイ子じゃない、Mr.ゼロの配下の5thなんだな。
なら戦うしかないな……俺が勝って、お前を再び元の優しいジャイ子に戻してやる!」
改めてジャイアンが己の決意を確認したところで、審判が試合開始を宣言する。
最初の一匹目はジャイアンがジュカイン、5thがマタドガスだ。
それを見たスネ夫が舌打ちを交えて言う。
「まずいな。 あのジュカインの技構成は毒タイプとの相性が最悪なんだ……」
ジュカインの技で一番マタドガスに通用するのは、効果がいまひとつの気合球だ。
まさにスネ夫の言うとおり、相性は最悪である。
気合球は大したダメージを与えられず、逆にジュカインはマタドガスの毒毒によって脳毒状態になってしまった。
続く2ターン目もジュカインは気合球を放ち、マタドガスの体力を少し削る。
それに対して、マタドガスはのろいで能力を上昇させる。
その後もジュカイン側は気合球が当たったり外れたりで、体力は毒によって徐々に削られていく。
対するマタドガスは攻撃する様子も見せずひたすらのろい、しかも先程眠るで体力を全快させた。
「攻撃すればすぐ倒せるのに、あえて毒のダメージで倒れるのを待ってやがる」
「敵を苦しめて楽しんでるっていうのか……なんて奴だ!」
観覧席から5thへの批判と恐れの声が漏れる。
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そしてジュカインの体力が残り僅かとなり、次のターンで倒れるところまでになった。
「まずいよ、ここで倒されたらこの後ものろいを積んだマタドガスにやられちゃう……」
のび太が慌てた様子で言う……だがジャイアンは違った。
彼はのび太たちの方を振り返ると、微笑みかけてみせた。
それは苦し紛れなどではない、その顔には余裕が見え隠れしていたのだから。
ジャイアンが声を張り上げ、高らかに指示を出す。
「ジュカイン、リーフストームだあああ!」
指示を受けたジュカインのリーフストームは、マタドガスを一撃で葬り去った。
予想外の展開に、5thはローブで隠れた顔に戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼女に、ジャイアンは得意になって説明をする。
「さっき毒のダメージで体力が残り僅かになったとき、二つのものが同時に発動した。
一つはジュカインの特性である“新緑”、草タイプの技の威力を上げる効果がある。
もう一つはジュカインに持たせていた“ヤタピの実”、特攻を上げるアイテムだ。
どちらもピンチの時に発動する……そして、リーフストームの威力を上げてくれる。
大幅に威力が上昇した草タイプ最強の技なら、効果がいまひとつでも大きなダメージを与えることができたのさ!」
ジャイアンの説明を聞き終えたのび太が、感動したように言う。
「まさかこの短時間で、あそこまで戦術を身につけるとは……
ん……そういえばジャイアンのジュカインって、いままではリーフブレードを使ってなかったけ?」
のび太の疑問にスネ夫が答える。
「僕が変えさせたんだ、『ジュカインは攻撃より特攻のほうが高い。 龍の舞を覚えてないなら技は特殊系のほうがいい』って言ってね。
でもまさか、あのジャイアンが素直にそれを聞いてくれるとは思わなかったよ。
それに意外にも、戦術を理解するのもかなり早かった……
やっぱりジャイアンは、妹を必死で救おうとしてるんだろうね」
スネ夫はジャイアンの思いの深さを改めて感じ、彼に尊敬にも似た念を抱く。
説明を終えたジャイアンが、5thに叫びかける。
「遊んでないで全力でぶつかってこいよ! じゃないと、俺には勝てないぜ」
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ジュカインはそのターン毒のダメージで倒れ、お互い手持ちは残り5体となった。
5thの二体目はゴウカザル、対するジャイアンはリザードンだ。
お互い炎タイプを持ち、実力も似たようなポケモンである。
「なあジャイ子、よく2人で俺のヒトカゲと一緒に遊んだよなあ……覚えてるか?
あのヒトカゲ、進化してこんなにでかくなったんだぜ」
相変わらず5thからは、なんの反応も返ってこない。
ジャイアンは少し残念そうな顔を浮かべ、再び気を引き締めて戦いへ戻る。
先手を取ったのはゴウカザル、ストーンエッジでリザードンに攻撃する。
「まずい、岩タイプの攻撃はリザードンに4倍のダメージだ!」
のび太が思わず身を乗り出して言う。
だがリザードンは倒れなかった、気合の襷で耐えたのだ。
「リザードン、カウンターだ!」
カウンターによる倍返し攻撃を受けたゴウカザルは倒れた。
「へえ、カウンターなんて技も覚えさせてたのね」
静香が驚いた様子でスネ夫に言った。
「ああ。 ジュカインと同じで、リザードンも技構成を大幅に変更したんだ。
以前のリザードンの技はエアスラッシュ、燕返し、火炎放射、瓦割り。
特殊と物理が入り混じっているし、飛行タイプの技が2つもある……本当に滅茶苦茶だったんだ。
だから攻撃技は全部特殊技に変更したんだ、ジャイアンの手持ちは物理型が多かったしね。
それにジュカインやリザードンだけじゃない、他のポケモンも技をいろいろと変えたんだ。
でも……でもカウンターを入れたのはジャイアンの提案だったんだよ。
たぶん、四天王戦でシバにカウンターを決められた経験を生かそうと考えたんだろうね」
そう、ジャイアンだっていままで様々なバトルを経験してきたのだ。
このバトルは、スネ夫の戦術にただジャイアンがのっとっているだけだけではない。
スネ夫の戦術に、ジャイアンがいままで戦ってきた様々な経験が上乗せされているのだ。
いままでがむしゃらに戦ってきたあの日々は、決して無駄ではなかった。
ジャイアンはいま、心からそう感じていた。
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ジャイアンにリードを許してしまった5thの三匹目はトドゼルガ。
水タイプを持っているポケモンなので、リザードンとは相性がいい。
リザードンは火炎放射を吐いた後、トドゼルガの波乗りによって倒されてしまった。
だがトドゼルガも、火炎放射によって半分以上のダメージを受けてしまった。
リザードンの火炎放射が、猛火の特性でパワーアップしていたからである。
そのせいでトドゼルガは、ジャイアンの次のポケモンホエルオーに一撃で倒されてしまった。
常にジャイアンに一歩リードを許してしまっている5thは次にカイロスを出す。
カイロスとホエルオー……この光景を見た瞬間、ジャイアンはふと昔のことを思い出して呟いた。
「そのカイロス、まだ使っててくれたのか……」
そう呟くジャイアンの顔は、少し嬉しそうに見えた。
―――それは、ジャイアンがトレーナーズスクールを卒業してすぐの頃の話だ。
剛田一家は春休みを利用して、家族全員でセキチクシティに向かった。
この時のジャイアンの目的はただ一つ、サファリゾーンである。
サファリゾーンにはケンタロス、ガルーラ、カイロス、ストライクといった捕獲困難な珍しいポケモンがいる。
ジャイアンはそれらを捕まえて、トレーナーズハイスクール進学早々に見せびらかして目立とうと考えていたのだ。
だから街中を観光する両親から離れ、一緒についてきたジャイ子と2人でサファリゾーンへ向かった。
そしてジャイアンは運よく、一回目の挑戦でカイロスを捕まえることができた。
だがその様子を見たジャイ子が、
『私もカイロスが欲しい』と駄々をこね始めてしまった。
妹には甘いジャイアンは、迷った末こう言った。
「よーし、まかしとけ! 兄ちゃんがもう1匹捕まえてきてやるからな!」
だがカイロスを捕まえるというのはそんなに簡単なことではない。
ジャイアンは日が暮れるまで何度もサファリゾーンに挑戦した、なけなしのお小遣いも全て……
そして11回目の挑戦で、ついにジャイアンはカイロスを捕まえた。
捕まえたカイロスは、ジャイ子のホエルコと交換された。
それ以降、ジャイ子はカイロスを宝物のように扱っていた、という“悲しい話”だ。
だっていまその2体は、昔の主人と戦っているのだから……
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先手を取ったカイロスは、一撃必殺技のハサミギロチンで攻撃してきた。
ハサミギロチンは外れ、対するホエルオーはド忘れを積む。
「敵は一撃必殺を使ってきたか……のんきに積んでる場合じゃないな」
ジャイアンは作戦を変更し、速攻で敵を倒すことにする。
次のターン、カイロスのハサミギロチンは再び外れた。
「よし。 ホエルオー、潮吹きだ!」
HPが多いほど高いダメージを与える技、潮吹き。
体力満タンのいまのホエルオーの潮吹きなら、カイロスを一撃で倒せるだけの威力はあるだろう。
しかしカイロスは気合の襷で耐えた、ジャイアンの誤算である。
そして次のターン、ついにカイロスはハサミギロチンを成功させた。
「くそ、なら次はこいつだ!」
ジャイアンが4匹目にヘラクロスを選ぶ。
ヘラクロスとカイロス、2体のライバル的虫ポケモンが向かいあう。
といっても、カイロスはもう虫の息だったので勝負は一瞬で終わったのだが。
「いい感じだ! 常にジャイアンが一歩リードの状態でバトルが続いてる」
のび太は笑顔を浮かべるが、スネ夫と静香は対照的な様子だ。
「どうしたの2人とも? そんなに心配しなくても、いまの調子だと勝てるって!」
相変わらず能天気なのび太に、静香は冷静な様子で告げる。
「気付かないの? さっきからずっと不利な状況に置かれてるのに、ジャイ子ちゃんはずっと余裕を見せているわ。
たぶん彼女には、いまの状況を確実に逆転する自信があるんでしょうね。
私の予想では、その自信の源となっているは“絶対的なエース”の存在……
まだこの勝負はわからないわ。 そのエースが出てこない限りはね……」
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5thの5匹目はキュウコン、ヘラクロスが苦手とする炎タイプだ。
早速炎タイプの技、火炎放射を繰り出す。
「甘いな! ヘラクロス、堪えるだ」
ヘラクロスは堪えるでなんとか生き残った。
おまけに体力が減少したことによってカムラの実が発動、素早さが上昇した。
そして次のターン、先手を取ったヘラクロスは起死回生でキュウコンを撃破した。
「ジャイアンが堪える+カムラの実→起死回生のコンボを使うなんて……
以前は攻撃技しか使わなかったのに、凄くなったもんだなあ」
のび太が感心したように言い、こう続ける。
「大丈夫、敵にエースがいようがジャイアンの勝利は揺るがないよ。
敵はもう残り1体、対してジャイアンはまだ3匹も残ってる。
もしかして次のポケモンは出てきた瞬間、起死回生一発でやられる可能性もあるんだよ。
それにジャイアンだってエースのボーマンダをまだ残している、あきらかに状況はジャイアン有利だ。
たとえ敵のエースがどんなポケモンであろうがジャイアンの勝利は間違いない、断言するよ」
確かにのび太の言うとおりだ、この状況でジャイアンが負けることはあまりに考えがたい。
でも……でもなぜか不吉な胸騒ぎがする、嫌な予感がする。
静香とスネ夫はまだ不安を隠しきれない。
そして、その不安は的中する……5thが最後のポケモンを出した瞬間に。
同時に、先程までジャイアンの勝ちを確信していたのび太の考えも揺らいだ。
5thの最後のポケモンは、緑色の巨大なドラゴンポケモン……
天まで届きそうなその咆哮が、その場の全ての者を圧倒する。
のび太が思わず、伝説として語り継がれてきたそのポケモンの名を口に出した。
「あれは……レックウザ……なのか?」
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レックウザの迫力に負けないよう、ジャイアンは必死に抵抗していた。
『いくら伝説といっても、自分のものと同じ“ポケモン”である。
こっちにはまだ3体もいるんだ、あいつ一匹くらい絶対に倒せるはず!』
心にそう何度もそう言い聞かし、希望を繋ぎとめようとする。
レックウザは逆鱗をしてきたが、ヘラクロスは堪えるでこれに耐え切った。
だがダメージを受けていないとはいえ、ヘラクロスはかつてない苦痛の表情を浮かべている。
もし逆鱗をくらったら……と想像したジャイアンが苦い表情を浮かべる。
2ターン目、先手を取ったのは素早さが上昇しているヘラクロスだ。
繰り出した技は起死回生、効果はいまひとつだがなかなかのダメージを与えることができた。
対するレックウザはなおも逆鱗で暴れ続ける。
攻撃を受けたヘラクロスは場外まで吹っ飛ばされ、瀕死状態となった。
同時に、レックウザの逆鱗は一度収まった。
「この状況を打破してくれるのはお前しかいねえ! 頼むぞ、ボーマンダ!」
ジャイアンは切り札、ボーマンダを繰り出した。
「拘りスカーフ持ちのこいつなら先手がとれる! ドラゴンクローだ!」
効果抜群のドラゴンクローがレックウザの顔をゆがませる。
「……頼む……倒れてくれ」
ジャイアンの願いも虚しく、レックウザはまだ体力の4分の1ほどを残していた。
「くそ、もしあれがドラゴンダイブだったら……」
スネ夫が思わず舌打ちをする。
今までジャイアンはボーマンダにドラゴンダイブを使わせていた。
だが今回は、命中率を重視してドラゴンクローに変更していたのだ。
そして、それを進言したのはスネ夫である。
『もし自分がドラゴンクローを進言しなければ』……スネ夫が自分を呪うように呟く。
フィールドでは攻撃を終えたボーマンダが、再び逆鱗で暴れだしたレックウザに倒されていた。
「もう後がない……頼むぞ!」
ジャイアンが祈るようにして最後のポケモンを繰り出した。
----
「うそ……」
ジャイアンの最後のポケモン、カイロスを見た静香は少々驚いた様子を見せる。
ジャイアンの手持ちのはカイロスとヘラクロスという、2体の似たタイプのポケモンがいる。
そして2体のレベルを比べれば、圧倒的にヘラクロスの方が上である。
7匹のポケモンを所持しているジャイアンは、当然カイロスを外してくると思っていたのだ。
だがジャイアンはヘラクロスとカイロス、両方を手持ちに入れていた。
『何故性質の似た2体を共存させたのか?』という静香の疑問を察したスネ夫が解説する。
「僕も反対したよ、カイロスは主力のヘラクロスと被ってるから入れないほうがいいってね。
でも何故かジャイアンはカイロスを手持ちに入れることを譲らなかった。
それがこの試合の全てを僕に任せた彼の、唯一のわがままだったよ……」
カイロスを出したジャイアンは、5thに向かって叫びかける。
「ジャイ子……カイロスは俺とお前の思い出のポケモンだ。
こいつならお前の目を覚ましてやれる! 俺はこいつでお前を倒す!」
そう、それがジャイアンがカイロスを手持ちに加えた理由である。
カイロスならジャイ子を救ってくれるかもしれない……
そんな微かな希望が、ジャイアンのなかにはまだあったのだ。
ジャイアンは大きく呼吸をした後、再び大声で叫ぶ。
「行くぜジャイ子! これが最後の戦いだ!」
そんな様子を、仲間の3人は不安げな目で見守る。
おそらく純粋なスピード勝負なら、先手を取るのはレックウザだ。
気合の襷もカムラの実もすでに登場した、もうカイロスにこのスピード差を覆す手段はない。
そしてレックウザに先手を取られるということは、即ち一撃で倒されてしまうと言うことだ。
レベルで劣っているカイロスが、あの逆鱗に耐え切れるわけがないのだ。
このままだとジャイアンは……負ける。
全ての観客が緊張して見守る中、ついにジャイアンと5thがポケモンに命令を下す。
……先手を取ったのは、レックウザだった……
----
その時、だれもがジャイアンの負けを確信していた。
ドラーズの仲間3人でさえ、思わず目を背けていた。
―――だが、ジャイアンだけは決して目をそむけようとしない。
そして彼の勇敢な瞳に、待望の光景が映る。
「……ドウイウコトダ! レックウザがウゴカナイ、ダト?」
攻撃を行わないレックウザを見て、5thが思わずこの試合中で初めての大声を出した。
この状況を見てニヤつく男が1人……ジャイアンである。
「レックウザが動かない理由……それは“混乱”して自分を攻撃しているからさ。
……ヘラクロスを倒した時、レックウザの逆鱗は一度収まった。
つまりあの時から、レックウザは混乱状態になっていたんだよ!」
ジャイアンは誇らしげに話を続ける。
「それに気付いた俺は、この試合で“2回”勝負を仕掛けた。
1回目はお前のレックウザが俺のボーマンダを攻撃した時。
そして2回目は今、レックウザがカイロスに攻撃してきた時だ!
俺の狙いはこの2回のうち、どちらかでレックウザが攻撃に失敗することだ。
そして1回目はお前が勝った、だが2回目は俺の勝ちみたいだな!
混乱による攻撃失敗確率は1/2、理論上でも俺の勝ちは約束されていた……」
大きく息を吸い込み、止めと言わんばかりに大声で叫ぶ。
「お前の敗因は、レックウザの強大な力に溺れすぎたことだよ!」
―――そう、かつて力の差だけを武器に戦い続け、力に酔いしれていた自分のように……
だがいまは違う、自分は妹を救うために泥沼のそこから這い上がったのだから。
もう絶対に力に溺れたりなんかはしない
目の前にいる最愛の妹に、そして後ろで見守る最高の仲間に誓おう。
「これで終わりだ……カイロス、ギガインパクトだあああああ!」
この戦いに終止符を打つために、カイロスがレックウザに飛び掛っていった。
----
カイロスの攻撃によって激しい衝撃がコロシアムを包む。
そしてその直後、巨大なものが倒れる鈍い音が響き渡った。
「勝者、『ドラーズ』剛田武選手!」
静寂に包まれた会場に審判の声が響き渡った瞬間、放心状態だった観客たちが再び我に帰る。
そして次の瞬間、ジャイアンを讃える拍手と歓声が爆発的に起こる。
だが当の本人にはそんなことは頭にもない。
カイロスを回収することも忘れて、急いで対戦相手のもとへ駆け寄っていった。
「ジャイ子! 俺だ! 武だよ! わからないのか、ジャイ子……」
ジャイアンが必死で彼女の体を揺すってみても、反応一つ返ってこない。
仲間の3人はそんな様子をただ黙ってみていることしかできない。
「おい、俺がわからないのか?」 「ジャイ子、頼むから目を覚ましてくれよ!」
ジャイアンが何度声をかけても、相変わらず彼女は眉一つ動かさない。
力なく座り込んでいるその姿はまるで、糸の切れたマリオネットのようだった。
「あいつはもう、使い物にならないな……」
フィールドの隅でふと、その様子を見た6thが呟いた。
「くそ! ……昔の優しかったジャイ子はもう、戻ってきてくれないのか……」
ついにジャイアンが諦め始めてしまった。
……とその時、突然彼女が体を起こした。
そしてジャイアンの目をまじまじと見つめ………
「お兄ちゃん……」
力なく放たれたその言葉を聞いたジャイアンの目から涙がこぼれる。
そしてジャイアンは何も言わず、力いっぱい彼女を……ジャイ子を抱きしめた。
―――もう彼女は“5th”などではない、ジャイアンの大切な妹、“ジャイ子”なのだ。
ジャイアンとジャイ子はいまこそ、本当の再開を果たしたのである……
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大粒の涙をこぼしながら、ジャイアンとジャイ子はしばらく抱き合っていた。
その光景を見る仲間の目からも、涙が流れる。
彼らの持つ兄妹の絆に、強く心を打たれたのだろうか。
しばらくして、落ち着きを取り戻したジャイアンは早速ジャイ子に問うた。
「なんでお前は、Mr.ゼロの手下になんかになったんだ?」と。
ジャイ子は少し間を置くと、予想外の言葉を返してきた。
「私、なんだか操られていたみたい……」
ジャイ子はMr.ゼロの手下であったときの記憶も、微かに残っているらしい。
だがその間は体の自由が全く聞かず、勝手に体が動かされていたらしい。
そして自分の意思とは関係なくポケモンを痛めつけ、またそれを無理やり楽しまされていたのだ。
『まるで自分じゃない他の誰かが、第2の自分がいたみたいだった』ジャイ子はそう語った。
「ひでえ……どういうことだよ?」
ジャイアンがもっとくわしい話を聞こうとしたところで、審判が近づいてきた。
「次の試合が遅れる、そろそろフィールドから去ってもらおうか。」
その言葉にジャイアンが反論しようとしたとき、フィールドにMr.ゼロの配下と思われる男たちが入ってきた。
「敗者はさっさと、地下室へ入ってもらおうか。」
男たちはそう言いながら、ジャイ子を連れて行こうとする。
「てめえ、何するんだよ! ジャイ子は絶対に連れて行かせねえぞ!」
ジャイアンがそう言いながら男たちに殴りかかろうとする、だがそれを遮る者がいた。
「止めて、お兄ちゃん」
振り上げられたジャイアンの拳は、意外な人物からの言葉によって解かれた。
ジャイアンを止めたのは他でもない、いま連れて行かれようとしているジャイ子である。
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「なんで止めるんだよ! このままじゃあお前はあの地下室に入れられちまうんだぞ?」
怒りに震えるジャイアンに、ジャイ子は悲しむ様子など見せずに言う。
「敗者はあの地下室に入らなければならないわ……それがたとえMr.ゼロの手下であっても。
抵抗しても無駄、私はそれを受け入れるわ。 だって……」
「だって何だよ?」
ジャイアンがイラつきながら言う。
「私は信じてるもの、お兄ちゃんが優勝して私を救ってくれるって」
ジャイ子はそう言うと、Mr.ゼロの配下の男たちに連れられてフィールドから姿を消した。
ジャイアンはもう何も言えなかった……
ただ、ジャイ子が自分のもとから離れていくのを見送っていた。
そして1人残されたジャイアンは、ある決意を胸に秘める。
そして、それを仲間たちに告げた。
「ジャイ子は、俺が自分を救ってくれると信じてくれた。
なら俺がすることは一つ、この大会で優勝することだ……
たとえ相手が、四天王だろうがフロンティアブレーンだろうがMr.ゼロの部下だろうが関係ねえ!
どんな敵にも俺は勝つ! そして俺は、ジャイ子の信頼に答えてみせる。
俺が、俺が勝ってあいつを救うんだ」
熱く語るジャイアンの頭を、のび太は軽く小突いた。
「なーに言ってるんだよジャイアン。 これはチーム戦、1人じゃ勝つことはできないんだよ」
のび太は一度間を置き、笑みを浮かべて言った。
「1人じゃなくて4人で……4人でジャイ子を救うんだ!」
その言葉を聞いたスネ夫と静香も合わせて微笑んだ。
そしてジャイアンも笑顔になり、頭を掻きながら言った。
「そうだよな。 だって俺らは仲間……“4人で1つ”だからな」
----
#20「一回戦」
ドラーズの劇的な勝利から数分が経ち、再びトーナメントが動き始めた。
第3試合は『爆走同盟』対『ナナシマ連合』というなんとも微妙なカード。
爆走同盟はタイプに偏りがあったのが仇となり、そこを付かれて負けてしまった。
試合に負けた爆走同盟の暴走族たちを、黒服の男たちが連れて行こうとする。
暴走族たちは必死に抵抗したが、あっという間に取り押さえられてしまった。
「いやだ、いきたくない! 死にたくないよー!」
と泣き叫び、普段からは想像できないような惨めで悲惨な姿を晒す暴走族。
明日は我が身かもしれない……その姿を見た選手たちの心に恐怖の念が宿る。
第4試合は『セキチク忍者軍団』対『フロンティアブレーンズ』、強豪同士の試合である。
だが、勝負はすぐに終わってしまった。
フロンティアブレーンの圧倒的な強さに忍者軍団のポケモンは次々と倒されっていったのだ。
セキチク忍者軍団は、大将のキョウまで回せずに敗北した。
負けた悔しさからか、それともあの地下室に行く怖さからかはわからない。
だがとにかく涙を流していたアンズを、父であるキョウが慰めている姿が印象に残った。
第5試合は『レジスタンス』対『ポケモン救助隊』。
人々の目は、全く実力が未知数であるレジスタンスに注がれる。
………………………………
観衆たちは、思わず言葉を失ってしまった。
ポケモン救助隊は決勝トーナメント出場チームの中でもかなり弱いチーム、敗北は誰にでも予想できた。
―――でも、まさかこうもあっさり決着がつくなんて……
レジスタンスがポケモン救助隊を倒すのは、僅か10分もかからなかったのだ。
実を言うとこれが、この大会中での最速のタイムだった。
----
「す、すげえ……なんだよあいつらは……」
やっと我に返った観客たちが、途端にざわめき始める。
それは勿論、のび太たちも例外ではない。
「まさかあいつらが、あんなに強かったなんて……」
「Mr.ゼロの手下たちとは別みたいだけど、一体何者なのかしら?」
「あのリーダーの人物が何故僕らの会話を盗み聞きしていたのか、いまはまだ分からないよ。
それに、『彼らが敵か味方』か、もね……」
レジスタンス……彼らに対する謎は、深まるばかりであった。
続いての第6試合……ついにMr.ゼロのチームの一つ、『クイーンズ』が姿を現した。
観客たちの目の色があきらかに変わる。
……そしてそのバトルは、彼らの想像を遥かに超えていた。
対戦相手である『カナズミスクール』、の選手たちはまだ10代前半の小さな子供たち。
クイーンズの選手たちに威圧され、まともに指示を出すことも出来ない。
彼らはそれをいいことに徹底的に敵ポケモンをいたぶり、1匹1匹を死んでもおかしくないくらいまで追い詰める。
子供たちがどんなに怯え、悲しみ、泣き叫んでも攻撃は決して止む事はなかった。
その代わりにリーダーであり、子供たちの教師であるツツジが必死にバトルを止めようとする。
だが一度始まったバトルを止めることはできない、審判に訴えかけてみても無駄。
審判はただバトルの判定だけを冷静に、機械のようにこなしていた。
ツツジは何もできない己の無力さを痛感し、立ち尽くして涙を流していた。
―――そこに彼らのチーム名、『女王』のような気高さは微塵も感じられなかった。
「ひでえ、最低だ……」
口を開ける度にそう言い放つ観客たち、だが所詮は口だけである。
彼らが席を立ち、バトルを止めようとすることは決してない。
なぜなら彼らもまた、クイーンズの圧倒的な残虐性にのまれてしまっているのだから。
クイーンズの選手たちバトルに飽きてきたところで、無限に続くかと思われた試合はようやく終了した。
コロシアムに、子供たちの泣き叫ぶ声が響き渡る。
それが収まったとしても、選手たちからその声が離れることはない。
その声は彼らの心の中で、いつまでも……いつまでも響き渡っていた……
----
続く第7試合が始まる前に、1人の男がある決意を固めていた。
脳に焼きついた先程の光景、耳にいつまでも聞こえる子供たちの声……
絶対に、絶対にあんなやつらに勝たせてはいけない。
たとえやつらがどんなに強かろうが、必ず自分が倒してみせる。
それが『チャンピオン』と呼ばれる自分の使命、あんな奴らに負けるようではその名に笑われてしまう。
「だから自分は絶対にこの大会で優勝する、チャンピオンの名に誓って」
ホウエン地方チャンピオン、ダイゴは心に深くその言葉を刻みつける。
そしてその公約通り、彼は見事に敵に完勝して見せた。
相手が全員ジムリーダーで構成された『シンオウジムリーダーズ』であることなど全く感じさせずに。
「安心してくれ、僕たちが絶対に優勝してみんなを救ってみせる!」
観覧席にそう呼びかけたダイゴの言葉に、選手たちは希望の光を見出す。
……だがこの後すぐ、その希望を打ち砕かれることとなった。
一回戦最終試合、片や運に頼って勝ちあがってきた弱小チーム、『ポケモン大好きクラブ』。
そしてもう一方はMr.ゼロの配下で最強のチーム、『ジョーカーズ』
先程のクイーンズのバトルを思い出し、選手たちの心に不安が宿る。
また先程のような一方的で残酷なバトルが繰り広げられるのではないか、と。
しかしこのバトルは、彼らの想像を遥かに卓越した展開を見せた。
「はは…………冗談、だろ?」
だれかがそう言った、まるで見るもの全員の気持ちを代弁するかのように。
いま目の前で起こった光景は、今までで一番信じがたいものだった。
ジョーカーズは相手をいたぶったりはしなかった。
でも、見るもの全てに先程とは比べ物にもならないようなショックを与えた。
……彼らが勝利するまでにかかった時間はたったの『五分』
先程レジスタンスが塗り替えた記録を、あっという間に上書きして見せたのだ。
『こんな奴らに勝てるわけ無い』 選手たちの心が折れていく……
ダイゴたち四天王による希望の光は、それを遥かに上回る強大な絶望の闇によってかき消されてしまった。
----
全ての試合を見終え、部屋に帰っていくのび太たちの足取りは重い。
「まさか敵があんなに強いなんて……」
スネ夫が諦めたように呟く。
「いくら四天王でも、絶対に勝てるわけがないわ」
静香もスネ夫と同じように、暗い声で呟いた。
「僕たち、死んじゃうのかなあ……」
いつもは能天気で楽観的なのび太でさえ、沈んだ口調になっていた。
すっかりドラーズ内では絶望的なムードが蔓延していた……
「なに言ってんだ、お前ら!」
突如、この重い空気を打ち破る者が現れた。
―――そう、ジャイアンである。
「絶対に優勝するって、さっきみんなで誓い合ったばかりじゃないか!
それなのにお前らはもう諦めちまうのかよ……だらしないにも程があるぜ!
おいのび太! 今朝俺を殴り飛ばしたあの威勢は、いったいどこに行っちまったんだ?」
ジャイアンの熱い言葉を受けたのび太は、ゆっくりと顔を上げる。
そしてその両手を顔に近づけ、自分の頬を思いっきりビンタした。
仲間の3人が驚きながら、無言で彼の方を見つめる。
のび太はその静寂の中で、一言ずつ絞り出すように話していった。
----
「そうだよね、ジャイアン。 どんな敵が相手でも、僕たちは絶対に諦めてはいけない。
さっきそう心に決めたばかりだったのに……僕は弱い人間だね。
でも、でもそんな弱い僕を支え、助けてくれる仲間たちがいる。
だから僕は強くなりたい……優勝して、大切な仲間たちを守るために……」
のび太はそこで口を塞ぎ、黙って手を差し出した。
ジャイアンは一瞬、嬉しそうな表情を浮かべる。
そして無言で、のび太の手に自分の手を重ねた。
「そうよね、のび太さん。 私もこの大会に出て気付くことができた。
自分には、守るべきものが沢山あるって……
私はそれを守るために、絶対にこの大会で優勝しなちゃいけない!」
静香は言葉を吐き終えた後、のび太とジャイアンの手の上に自分の手を重ねた。
「まったく……みんなカッコつけちゃって。 馬鹿じゃないの……」
スネ夫はそう言い捨てると、黙って自らの手を仲間たちの手の上に重ねた。
「……どうやら僕も、馬鹿な奴だったみたいだね」
スネ夫が照れくさそうに笑うと、それに続いてみんなも笑い出した。
「よし。 いいな、俺たちは絶対に優勝する……優勝しなくちゃならねえ」
ジャイアンがそこで言葉を止め、3人の顔を見回す。
3人は無言で頷いた。
ジャイアンもそれに頷き返し、深呼吸をした後大声で叫ぶ。
「残りの3試合、絶対に勝つぞおおお!」
―――少しずつ、少しずつ彼らの絆は深まりつつあった。
だが運命はそんな彼らを弄ぶかのように、様々な試練を与える。
次に彼らが乗り越えなければならない壁はかつての友、出木杉英才との戦いだ……
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#18 「兄妹」
「ジャイ子、本当に俺と戦うのか?」
バトルが始まる前に、ジャイアンが確認するように呼びかける。
しかしジャイアンの目の前にいる敵は答えない。
「ジャイ子、俺だよ! お前の兄ちゃんの武だよ! 分からないのか?」
敵はまたもや答えてはくれない。
ジャイアンは一瞬顔を下に向けた後、再び顔を上げて言う。
「そっか。お前はジャイ子じゃない、Mr.ゼロの配下の5thなんだな。
なら戦うしかないな……俺が勝って、お前を再び元の優しいジャイ子に戻してやる!」
改めてジャイアンが己の決意を確認したところで、審判が試合開始を宣言する。
最初の一匹目はジャイアンがジュカイン、5thがマタドガスだ。
それを見たスネ夫が舌打ちを交えて言う。
「まずいな。 あのジュカインの技構成は毒タイプとの相性が最悪なんだ……」
ジュカインの技で一番マタドガスに通用するのは、効果がいまひとつの気合球だ。
まさにスネ夫の言うとおり、相性は最悪である。
気合球は大したダメージを与えられず、逆にジュカインはマタドガスの毒毒によって脳毒状態になってしまった。
続く2ターン目もジュカインは気合球を放ち、マタドガスの体力を少し削る。
それに対して、マタドガスはのろいで能力を上昇させる。
その後もジュカイン側は気合球が当たったり外れたりで、体力は毒によって徐々に削られていく。
対するマタドガスは攻撃する様子も見せずひたすらのろい、しかも先程眠るで体力を全快させた。
「攻撃すればすぐ倒せるのに、あえて毒のダメージで倒れるのを待ってやがる」
「敵を苦しめて楽しんでるっていうのか……なんて奴だ!」
観覧席から5thへの批判と恐れの声が漏れる。
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そしてジュカインの体力が残り僅かとなり、次のターンで倒れるところまでになった。
「まずいよ、ここで倒されたらこの後ものろいを積んだマタドガスにやられちゃう……」
のび太が慌てた様子で言う……だがジャイアンは違った。
彼はのび太たちの方を振り返ると、微笑みかけてみせた。
それは苦し紛れなどではない、その顔には余裕が見え隠れしていたのだから。
ジャイアンが声を張り上げ、高らかに指示を出す。
「ジュカイン、リーフストームだあああ!」
指示を受けたジュカインのリーフストームは、マタドガスを一撃で葬り去った。
予想外の展開に、5thはローブで隠れた顔に戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼女に、ジャイアンは得意になって説明をする。
「さっき毒のダメージで体力が残り僅かになったとき、二つのものが同時に発動した。
一つはジュカインの特性である“新緑”、草タイプの技の威力を上げる効果がある。
もう一つはジュカインに持たせていた“ヤタピの実”、特攻を上げるアイテムだ。
どちらもピンチの時に発動する……そして、リーフストームの威力を上げてくれる。
大幅に威力が上昇した草タイプ最強の技なら、効果がいまひとつでも大きなダメージを与えることができたのさ!」
ジャイアンの説明を聞き終えたのび太が、感動したように言う。
「まさかこの短時間で、あそこまで戦術を身につけるとは……
ん……そういえばジャイアンのジュカインって、いままではリーフブレードを使ってなかったけ?」
のび太の疑問にスネ夫が答える。
「僕が変えさせたんだ、『ジュカインは攻撃より特攻のほうが高い。 龍の舞を覚えてないなら技は特殊系のほうがいい』って言ってね。
でもまさか、あのジャイアンが素直にそれを聞いてくれるとは思わなかったよ。
それに意外にも、戦術を理解するのもかなり早かった……
やっぱりジャイアンは、妹を必死で救おうとしてるんだろうね」
スネ夫はジャイアンの思いの深さを改めて感じ、彼に尊敬にも似た念を抱く。
説明を終えたジャイアンが、5thに叫びかける。
「遊んでないで全力でぶつかってこいよ! じゃないと、俺には勝てないぜ」
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ジュカインはそのターン毒のダメージで倒れ、お互い手持ちは残り5体となった。
5thの二体目はゴウカザル、対するジャイアンはリザードンだ。
お互い炎タイプを持ち、実力も似たようなポケモンである。
「なあジャイ子、よく2人で俺のヒトカゲと一緒に遊んだよなあ……覚えてるか?
あのヒトカゲ、進化してこんなにでかくなったんだぜ」
相変わらず5thからは、なんの反応も返ってこない。
ジャイアンは少し残念そうな顔を浮かべ、再び気を引き締めて戦いへ戻る。
先手を取ったのはゴウカザル、ストーンエッジでリザードンに攻撃する。
「まずい、岩タイプの攻撃はリザードンに4倍のダメージだ!」
のび太が思わず身を乗り出して言う。
だがリザードンは倒れなかった、気合の襷で耐えたのだ。
「リザードン、カウンターだ!」
カウンターによる倍返し攻撃を受けたゴウカザルは倒れた。
「へえ、カウンターなんて技も覚えさせてたのね」
静香が驚いた様子でスネ夫に言った。
「ああ。 ジュカインと同じで、リザードンも技構成を大幅に変更したんだ。
以前のリザードンの技はエアスラッシュ、燕返し、火炎放射、瓦割り。
特殊と物理が入り混じっているし、飛行タイプの技が2つもある……本当に滅茶苦茶だったんだ。
だから攻撃技は全部特殊技に変更したんだ、ジャイアンの手持ちは物理型が多かったしね。
それにジュカインやリザードンだけじゃない、他のポケモンも技をいろいろと変えたんだ。
でも……でもカウンターを入れたのはジャイアンの提案だったんだよ。
たぶん、四天王戦でシバにカウンターを決められた経験を生かそうと考えたんだろうね」
そう、ジャイアンだっていままで様々なバトルを経験してきたのだ。
このバトルは、スネ夫の戦術にただジャイアンがのっとっているだけだけではない。
スネ夫の戦術に、ジャイアンがいままで戦ってきた様々な経験が上乗せされているのだ。
いままでがむしゃらに戦ってきたあの日々は、決して無駄ではなかった。
ジャイアンはいま、心からそう感じていた。
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ジャイアンにリードを許してしまった5thの三匹目はトドゼルガ。
水タイプを持っているポケモンなので、リザードンとは相性がいい。
リザードンは火炎放射を吐いた後、トドゼルガの波乗りによって倒されてしまった。
だがトドゼルガも、火炎放射によって半分以上のダメージを受けてしまった。
リザードンの火炎放射が、猛火の特性でパワーアップしていたからである。
そのせいでトドゼルガは、ジャイアンの次のポケモンホエルオーに一撃で倒されてしまった。
常にジャイアンに一歩リードを許してしまっている5thは次にカイロスを出す。
カイロスとホエルオー……この光景を見た瞬間、ジャイアンはふと昔のことを思い出して呟いた。
「そのカイロス、まだ使っててくれたのか……」
そう呟くジャイアンの顔は、少し嬉しそうに見えた。
―――それは、ジャイアンがトレーナーズスクールを卒業してすぐの頃の話だ。
剛田一家は春休みを利用して、家族全員でセキチクシティに向かった。
この時のジャイアンの目的はただ一つ、サファリゾーンである。
サファリゾーンにはケンタロス、ガルーラ、カイロス、ストライクといった捕獲困難な珍しいポケモンがいる。
ジャイアンはそれらを捕まえて、トレーナーズハイスクール進学早々に見せびらかして目立とうと考えていたのだ。
だから街中を観光する両親から離れ、一緒についてきたジャイ子と2人でサファリゾーンへ向かった。
そしてジャイアンは運よく、一回目の挑戦でカイロスを捕まえることができた。
だがその様子を見たジャイ子が、
『私もカイロスが欲しい』と駄々をこね始めてしまった。
妹には甘いジャイアンは、迷った末こう言った。
「よーし、まかしとけ! 兄ちゃんがもう1匹捕まえてきてやるからな!」
だがカイロスを捕まえるというのはそんなに簡単なことではない。
ジャイアンは日が暮れるまで何度もサファリゾーンに挑戦した、なけなしのお小遣いも全て……
そして11回目の挑戦で、ついにジャイアンはカイロスを捕まえた。
捕まえたカイロスは、ジャイ子のホエルコと交換された。
それ以降、ジャイ子はカイロスを宝物のように扱っていた、という“悲しい話”だ。
だっていまその2体は、昔の主人と戦っているのだから……
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先手を取ったカイロスは、一撃必殺技のハサミギロチンで攻撃してきた。
ハサミギロチンは外れ、対するホエルオーはド忘れを積む。
「敵は一撃必殺を使ってきたか……のんきに積んでる場合じゃないな」
ジャイアンは作戦を変更し、速攻で敵を倒すことにする。
次のターン、カイロスのハサミギロチンは再び外れた。
「よし。 ホエルオー、潮吹きだ!」
HPが多いほど高いダメージを与える技、潮吹き。
体力満タンのいまのホエルオーの潮吹きなら、カイロスを一撃で倒せるだけの威力はあるだろう。
しかしカイロスは気合の襷で耐えた、ジャイアンの誤算である。
そして次のターン、ついにカイロスはハサミギロチンを成功させた。
「くそ、なら次はこいつだ!」
ジャイアンが4匹目にヘラクロスを選ぶ。
ヘラクロスとカイロス、2体のライバル的虫ポケモンが向かいあう。
といっても、カイロスはもう虫の息だったので勝負は一瞬で終わったのだが。
「いい感じだ! 常にジャイアンが一歩リードの状態でバトルが続いてる」
のび太は笑顔を浮かべるが、スネ夫と静香は対照的な様子だ。
「どうしたの2人とも? そんなに心配しなくても、いまの調子だと勝てるって!」
相変わらず能天気なのび太に、静香は冷静な様子で告げる。
「気付かないの? さっきからずっと不利な状況に置かれてるのに、ジャイ子ちゃんはずっと余裕を見せているわ。
たぶん彼女には、いまの状況を確実に逆転する自信があるんでしょうね。
私の予想では、その自信の源となっているは“絶対的なエース”の存在……
まだこの勝負はわからないわ。 そのエースが出てこない限りはね……」
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5thの5匹目はキュウコン、ヘラクロスが苦手とする炎タイプだ。
早速炎タイプの技、火炎放射を繰り出す。
「甘いな! ヘラクロス、堪えるだ」
ヘラクロスは堪えるでなんとか生き残った。
おまけに体力が減少したことによってカムラの実が発動、素早さが上昇した。
そして次のターン、先手を取ったヘラクロスは起死回生でキュウコンを撃破した。
「ジャイアンが堪える+カムラの実→起死回生のコンボを使うなんて……
以前は攻撃技しか使わなかったのに、凄くなったもんだなあ」
のび太が感心したように言い、こう続ける。
「大丈夫、敵にエースがいようがジャイアンの勝利は揺るがないよ。
敵はもう残り1体、対してジャイアンはまだ3匹も残ってる。
もしかして次のポケモンは出てきた瞬間、起死回生一発でやられる可能性もあるんだよ。
それにジャイアンだってエースのボーマンダをまだ残している、あきらかに状況はジャイアン有利だ。
たとえ敵のエースがどんなポケモンであろうがジャイアンの勝利は間違いない、断言するよ」
確かにのび太の言うとおりだ、この状況でジャイアンが負けることはあまりに考えがたい。
でも……でもなぜか不吉な胸騒ぎがする、嫌な予感がする。
静香とスネ夫はまだ不安を隠しきれない。
そして、その不安は的中する……5thが最後のポケモンを出した瞬間に。
同時に、先程までジャイアンの勝ちを確信していたのび太の考えも揺らいだ。
5thの最後のポケモンは、緑色の巨大なドラゴンポケモン……
天まで届きそうなその咆哮が、その場の全ての者を圧倒する。
のび太が思わず、伝説として語り継がれてきたそのポケモンの名を口に出した。
「あれは……レックウザ……なのか?」
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レックウザの迫力に負けないよう、ジャイアンは必死に抵抗していた。
『いくら伝説といっても、自分のものと同じ“ポケモン”である。
こっちにはまだ3体もいるんだ、あいつ一匹くらい絶対に倒せるはず!』
心にそう何度もそう言い聞かし、希望を繋ぎとめようとする。
レックウザは逆鱗をしてきたが、ヘラクロスは堪えるでこれに耐え切った。
だがダメージを受けていないとはいえ、ヘラクロスはかつてない苦痛の表情を浮かべている。
もし逆鱗をくらったら……と想像したジャイアンが苦い表情を浮かべる。
2ターン目、先手を取ったのは素早さが上昇しているヘラクロスだ。
繰り出した技は起死回生、効果はいまひとつだがなかなかのダメージを与えることができた。
対するレックウザはなおも逆鱗で暴れ続ける。
攻撃を受けたヘラクロスは場外まで吹っ飛ばされ、瀕死状態となった。
同時に、レックウザの逆鱗は一度収まった。
「この状況を打破してくれるのはお前しかいねえ! 頼むぞ、ボーマンダ!」
ジャイアンは切り札、ボーマンダを繰り出した。
「拘りスカーフ持ちのこいつなら先手がとれる! ドラゴンクローだ!」
効果抜群のドラゴンクローがレックウザの顔をゆがませる。
「……頼む……倒れてくれ」
ジャイアンの願いも虚しく、レックウザはまだ体力の4分の1ほどを残していた。
「くそ、もしあれがドラゴンダイブだったら……」
スネ夫が思わず舌打ちをする。
今までジャイアンはボーマンダにドラゴンダイブを使わせていた。
だが今回は、命中率を重視してドラゴンクローに変更していたのだ。
そして、それを進言したのはスネ夫である。
『もし自分がドラゴンクローを進言しなければ』……スネ夫が自分を呪うように呟く。
フィールドでは攻撃を終えたボーマンダが、再び逆鱗で暴れだしたレックウザに倒されていた。
「もう後がない……頼むぞ!」
ジャイアンが祈るようにして最後のポケモンを繰り出した。
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「うそ……」
ジャイアンの最後のポケモン、カイロスを見た静香は少々驚いた様子を見せる。
ジャイアンの手持ちのはカイロスとヘラクロスという、2体の似たタイプのポケモンがいる。
そして2体のレベルを比べれば、圧倒的にヘラクロスの方が上である。
7匹のポケモンを所持しているジャイアンは、当然カイロスを外してくると思っていたのだ。
だがジャイアンはヘラクロスとカイロス、両方を手持ちに入れていた。
『何故性質の似た2体を共存させたのか?』という静香の疑問を察したスネ夫が解説する。
「僕も反対したよ、カイロスは主力のヘラクロスと被ってるから入れないほうがいいってね。
でも何故かジャイアンはカイロスを手持ちに入れることを譲らなかった。
それがこの試合の全てを僕に任せた彼の、唯一のわがままだったよ……」
カイロスを出したジャイアンは、5thに向かって叫びかける。
「ジャイ子……カイロスは俺とお前の思い出のポケモンだ。
こいつならお前の目を覚ましてやれる! 俺はこいつでお前を倒す!」
そう、それがジャイアンがカイロスを手持ちに加えた理由である。
カイロスならジャイ子を救ってくれるかもしれない……
そんな微かな希望が、ジャイアンのなかにはまだあったのだ。
ジャイアンは大きく呼吸をした後、再び大声で叫ぶ。
「行くぜジャイ子! これが最後の戦いだ!」
そんな様子を、仲間の3人は不安げな目で見守る。
おそらく純粋なスピード勝負なら、先手を取るのはレックウザだ。
気合の襷もカムラの実もすでに登場した、もうカイロスにこのスピード差を覆す手段はない。
そしてレックウザに先手を取られるということは、即ち一撃で倒されてしまうと言うことだ。
レベルで劣っているカイロスが、あの逆鱗に耐え切れるわけがないのだ。
このままだとジャイアンは……負ける。
全ての観客が緊張して見守る中、ついにジャイアンと5thがポケモンに命令を下す。
……先手を取ったのは、レックウザだった……
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その時、だれもがジャイアンの負けを確信していた。
ドラーズの仲間3人でさえ、思わず目を背けていた。
―――だが、ジャイアンだけは決して目をそむけようとしない。
そして彼の勇敢な瞳に、待望の光景が映る。
「……ドウイウコトダ! レックウザがウゴカナイ、ダト?」
攻撃を行わないレックウザを見て、5thが思わずこの試合中で初めての大声を出した。
この状況を見てニヤつく男が1人……ジャイアンである。
「レックウザが動かない理由……それは“混乱”して自分を攻撃しているからさ。
……ヘラクロスを倒した時、レックウザの逆鱗は一度収まった。
つまりあの時から、レックウザは混乱状態になっていたんだよ!」
ジャイアンは誇らしげに話を続ける。
「それに気付いた俺は、この試合で“2回”勝負を仕掛けた。
1回目はお前のレックウザが俺のボーマンダを攻撃した時。
そして2回目は今、レックウザがカイロスに攻撃してきた時だ!
俺の狙いはこの2回のうち、どちらかでレックウザが攻撃に失敗することだ。
そして1回目はお前が勝った、だが2回目は俺の勝ちみたいだな!
混乱による攻撃失敗確率は1/2、理論上でも俺の勝ちは約束されていた……」
大きく息を吸い込み、止めと言わんばかりに大声で叫ぶ。
「お前の敗因は、レックウザの強大な力に溺れすぎたことだよ!」
―――そう、かつて力の差だけを武器に戦い続け、力に酔いしれていた自分のように……
だがいまは違う、自分は妹を救うために泥沼のそこから這い上がったのだから。
もう絶対に力に溺れたりなんかはしない
目の前にいる最愛の妹に、そして後ろで見守る最高の仲間に誓おう。
「これで終わりだ……カイロス、ギガインパクトだあああああ!」
この戦いに終止符を打つために、カイロスがレックウザに飛び掛っていった。
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カイロスの攻撃によって激しい衝撃がコロシアムを包む。
そしてその直後、巨大なものが倒れる鈍い音が響き渡った。
「勝者、『ドラーズ』剛田武選手!」
静寂に包まれた会場に審判の声が響き渡った瞬間、放心状態だった観客たちが再び我に帰る。
そして次の瞬間、ジャイアンを讃える拍手と歓声が爆発的に起こる。
だが当の本人にはそんなことは頭にもない。
カイロスを回収することも忘れて、急いで対戦相手のもとへ駆け寄っていった。
「ジャイ子! 俺だ! 武だよ! わからないのか、ジャイ子……」
ジャイアンが必死で彼女の体を揺すってみても、反応一つ返ってこない。
仲間の3人はそんな様子をただ黙ってみていることしかできない。
「おい、俺がわからないのか?」 「ジャイ子、頼むから目を覚ましてくれよ!」
ジャイアンが何度声をかけても、相変わらず彼女は眉一つ動かさない。
力なく座り込んでいるその姿はまるで、糸の切れたマリオネットのようだった。
「あいつはもう、使い物にならないな……」
フィールドの隅でふと、その様子を見た6thが呟いた。
「くそ! ……昔の優しかったジャイ子はもう、戻ってきてくれないのか……」
ついにジャイアンが諦め始めてしまった。
……とその時、突然彼女が体を起こした。
そしてジャイアンの目をまじまじと見つめ………
「お兄ちゃん……」
力なく放たれたその言葉を聞いたジャイアンの目から涙がこぼれる。
そしてジャイアンは何も言わず、力いっぱい彼女を……ジャイ子を抱きしめた。
―――もう彼女は“5th”などではない、ジャイアンの大切な妹、“ジャイ子”なのだ。
ジャイアンとジャイ子はいまこそ、本当の再開を果たしたのである……
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大粒の涙をこぼしながら、ジャイアンとジャイ子はしばらく抱き合っていた。
その光景を見る仲間の目からも、涙が流れる。
彼らの持つ兄妹の絆に、強く心を打たれたのだろうか。
しばらくして、落ち着きを取り戻したジャイアンは早速ジャイ子に問うた。
「なんでお前は、Mr.ゼロの手下になんかになったんだ?」と。
ジャイ子は少し間を置くと、予想外の言葉を返してきた。
「私、なんだか操られていたみたい……」
ジャイ子はMr.ゼロの手下であったときの記憶も、微かに残っているらしい。
だがその間は体の自由が全く聞かず、勝手に体が動かされていたらしい。
そして自分の意思とは関係なくポケモンを痛めつけ、またそれを無理やり楽しまされていたのだ。
『まるで自分じゃない他の誰かが、第2の自分がいたみたいだった』ジャイ子はそう語った。
「ひでえ……どういうことだよ?」
ジャイアンがもっとくわしい話を聞こうとしたところで、審判が近づいてきた。
「次の試合が遅れる、そろそろフィールドから去ってもらおうか。」
その言葉にジャイアンが反論しようとしたとき、フィールドにMr.ゼロの配下と思われる男たちが入ってきた。
「敗者はさっさと、地下室へ入ってもらおうか。」
男たちはそう言いながら、ジャイ子を連れて行こうとする。
「てめえ、何するんだよ! ジャイ子は絶対に連れて行かせねえぞ!」
ジャイアンがそう言いながら男たちに殴りかかろうとする、だがそれを遮る者がいた。
「止めて、お兄ちゃん」
振り上げられたジャイアンの拳は、意外な人物からの言葉によって解かれた。
ジャイアンを止めたのは他でもない、いま連れて行かれようとしているジャイ子である。
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「なんで止めるんだよ! このままじゃあお前はあの地下室に入れられちまうんだぞ?」
怒りに震えるジャイアンに、ジャイ子は悲しむ様子など見せずに言う。
「敗者はあの地下室に入らなければならないわ……それがたとえMr.ゼロの手下であっても。
抵抗しても無駄、私はそれを受け入れるわ。 だって……」
「だって何だよ?」
ジャイアンがイラつきながら言う。
「私は信じてるもの、お兄ちゃんが優勝して私を救ってくれるって」
ジャイ子はそう言うと、Mr.ゼロの配下の男たちに連れられてフィールドから姿を消した。
ジャイアンはもう何も言えなかった……
ただ、ジャイ子が自分のもとから離れていくのを見送っていた。
そして1人残されたジャイアンは、ある決意を胸に秘める。
そして、それを仲間たちに告げた。
「ジャイ子は、俺が自分を救ってくれると信じてくれた。
なら俺がすることは一つ、この大会で優勝することだ……
たとえ相手が、四天王だろうがフロンティアブレーンだろうがMr.ゼロの部下だろうが関係ねえ!
どんな敵にも俺は勝つ! そして俺は、ジャイ子の信頼に答えてみせる。
俺が、俺が勝ってあいつを救うんだ」
熱く語るジャイアンの頭を、のび太は軽く小突いた。
「なーに言ってるんだよジャイアン。 これはチーム戦、1人じゃ勝つことはできないんだよ」
のび太は一度間を置き、笑みを浮かべて言った。
「1人じゃなくて4人で……4人でジャイ子を救うんだ!」
その言葉を聞いたスネ夫と静香も合わせて微笑んだ。
そしてジャイアンも笑顔になり、頭を掻きながら言った。
「そうだよな。 だって俺らは仲間……“4人で1つ”だからな」
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#19「一回戦」
ドラーズの劇的な勝利から数分が経ち、再びトーナメントが動き始めた。
第3試合は『爆走同盟』対『ナナシマ連合』というなんとも微妙なカード。
爆走同盟はタイプに偏りがあったのが仇となり、そこを付かれて負けてしまった。
試合に負けた爆走同盟の暴走族たちを、黒服の男たちが連れて行こうとする。
暴走族たちは必死に抵抗したが、あっという間に取り押さえられてしまった。
「いやだ、いきたくない! 死にたくないよー!」
と泣き叫び、普段からは想像できないような惨めで悲惨な姿を晒す暴走族。
明日は我が身かもしれない……その姿を見た選手たちの心に恐怖の念が宿る。
第4試合は『セキチク忍者軍団』対『フロンティアブレーンズ』、強豪同士の試合である。
だが、勝負はすぐに終わってしまった。
フロンティアブレーンの圧倒的な強さに忍者軍団のポケモンは次々と倒されっていったのだ。
セキチク忍者軍団は、大将のキョウまで回せずに敗北した。
負けた悔しさからか、それともあの地下室に行く怖さからかはわからない。
だがとにかく涙を流していたアンズを、父であるキョウが慰めている姿が印象に残った。
第5試合は『レジスタンス』対『ポケモン救助隊』。
人々の目は、全く実力が未知数であるレジスタンスに注がれる。
………………………………
観衆たちは、思わず言葉を失ってしまった。
ポケモン救助隊は決勝トーナメント出場チームの中でもかなり弱いチーム、敗北は誰にでも予想できた。
―――でも、まさかこうもあっさり決着がつくなんて……
レジスタンスがポケモン救助隊を倒すのは、僅か10分もかからなかったのだ。
実を言うとこれが、この大会中での最速のタイムだった。
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「す、すげえ……なんだよあいつらは……」
やっと我に返った観客たちが、途端にざわめき始める。
それは勿論、のび太たちも例外ではない。
「まさかあいつらが、あんなに強かったなんて……」
「Mr.ゼロの手下たちとは別みたいだけど、一体何者なのかしら?」
「あのリーダーの人物が何故僕らの会話を盗み聞きしていたのか、いまはまだ分からないよ。
それに、『彼らが敵か味方』か、もね……」
レジスタンス……彼らに対する謎は、深まるばかりであった。
続いての第6試合……ついにMr.ゼロのチームの一つ、『クイーンズ』が姿を現した。
観客たちの目の色があきらかに変わる。
……そしてそのバトルは、彼らの想像を遥かに超えていた。
対戦相手である『カナズミスクール』、の選手たちはまだ10代前半の小さな子供たち。
クイーンズの選手たちに威圧され、まともに指示を出すことも出来ない。
彼らはそれをいいことに徹底的に敵ポケモンをいたぶり、1匹1匹を死んでもおかしくないくらいまで追い詰める。
子供たちがどんなに怯え、悲しみ、泣き叫んでも攻撃は決して止む事はなかった。
その代わりにリーダーであり、子供たちの教師であるツツジが必死にバトルを止めようとする。
だが一度始まったバトルを止めることはできない、審判に訴えかけてみても無駄。
審判はただバトルの判定だけを冷静に、機械のようにこなしていた。
ツツジは何もできない己の無力さを痛感し、立ち尽くして涙を流していた。
―――そこに彼らのチーム名、『女王』のような気高さは微塵も感じられなかった。
「ひでえ、最低だ……」
口を開ける度にそう言い放つ観客たち、だが所詮は口だけである。
彼らが席を立ち、バトルを止めようとすることは決してない。
なぜなら彼らもまた、クイーンズの圧倒的な残虐性にのまれてしまっているのだから。
クイーンズの選手たちバトルに飽きてきたところで、無限に続くかと思われた試合はようやく終了した。
コロシアムに、子供たちの泣き叫ぶ声が響き渡る。
それが収まったとしても、選手たちからその声が離れることはない。
その声は彼らの心の中で、いつまでも……いつまでも響き渡っていた……
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続く第7試合が始まる前に、1人の男がある決意を固めていた。
脳に焼きついた先程の光景、耳にいつまでも聞こえる子供たちの声……
絶対に、絶対にあんなやつらに勝たせてはいけない。
たとえやつらがどんなに強かろうが、必ず自分が倒してみせる。
それが『チャンピオン』と呼ばれる自分の使命、あんな奴らに負けるようではその名に笑われてしまう。
「だから自分は絶対にこの大会で優勝する、チャンピオンの名に誓って」
ホウエン地方チャンピオン、ダイゴは心に深くその言葉を刻みつける。
そしてその公約通り、彼は見事に敵に完勝して見せた。
相手が全員ジムリーダーで構成された『シンオウジムリーダーズ』であることなど全く感じさせずに。
「安心してくれ、僕たちが絶対に優勝してみんなを救ってみせる!」
観覧席にそう呼びかけたダイゴの言葉に、選手たちは希望の光を見出す。
……だがこの後すぐ、その希望を打ち砕かれることとなった。
一回戦最終試合、片や運に頼って勝ちあがってきた弱小チーム、『ポケモン大好きクラブ』。
そしてもう一方はMr.ゼロの配下で最強のチーム、『ジョーカーズ』
先程のクイーンズのバトルを思い出し、選手たちの心に不安が宿る。
また先程のような一方的で残酷なバトルが繰り広げられるのではないか、と。
しかしこのバトルは、彼らの想像を遥かに卓越した展開を見せた。
「はは…………冗談、だろ?」
だれかがそう言った、まるで見るもの全員の気持ちを代弁するかのように。
いま目の前で起こった光景は、今までで一番信じがたいものだった。
ジョーカーズは相手をいたぶったりはしなかった。
でも、見るもの全てに先程とは比べ物にもならないようなショックを与えた。
……彼らが勝利するまでにかかった時間はたったの『五分』
先程レジスタンスが塗り替えた記録を、あっという間に上書きして見せたのだ。
『こんな奴らに勝てるわけ無い』 選手たちの心が折れていく……
ダイゴたち四天王による希望の光は、それを遥かに上回る強大な絶望の闇によってかき消されてしまった。
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全ての試合を見終え、部屋に帰っていくのび太たちの足取りは重い。
「まさか敵があんなに強いなんて……」
スネ夫が諦めたように呟く。
「いくら四天王でも、絶対に勝てるわけがないわ」
静香もスネ夫と同じように、暗い声で呟いた。
「僕たち、死んじゃうのかなあ……」
いつもは能天気で楽観的なのび太でさえ、沈んだ口調になっていた。
すっかりドラーズ内では絶望的なムードが蔓延していた……
「なに言ってんだ、お前ら!」
突如、この重い空気を打ち破る者が現れた。
―――そう、ジャイアンである。
「絶対に優勝するって、さっきみんなで誓い合ったばかりじゃないか!
それなのにお前らはもう諦めちまうのかよ……だらしないにも程があるぜ!
おいのび太! 今朝俺を殴り飛ばしたあの威勢は、いったいどこに行っちまったんだ?」
ジャイアンの熱い言葉を受けたのび太は、ゆっくりと顔を上げる。
そしてその両手を顔に近づけ、自分の頬を思いっきりビンタした。
仲間の3人が驚きながら、無言で彼の方を見つめる。
のび太はその静寂の中で、一言ずつ絞り出すように話していった。
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「そうだよね、ジャイアン。 どんな敵が相手でも、僕たちは絶対に諦めてはいけない。
さっきそう心に決めたばかりだったのに……僕は弱い人間だね。
でも、でもそんな弱い僕を支え、助けてくれる仲間たちがいる。
だから僕は強くなりたい……優勝して、大切な仲間たちを守るために……」
のび太はそこで口を塞ぎ、黙って手を差し出した。
ジャイアンは一瞬、嬉しそうな表情を浮かべる。
そして無言で、のび太の手に自分の手を重ねた。
「そうよね、のび太さん。 私もこの大会に出て気付くことができた。
自分には、守るべきものが沢山あるって……
私はそれを守るために、絶対にこの大会で優勝しなちゃいけない!」
静香は言葉を吐き終えた後、のび太とジャイアンの手の上に自分の手を重ねた。
「まったく……みんなカッコつけちゃって。 馬鹿じゃないの……」
スネ夫はそう言い捨てると、黙って自らの手を仲間たちの手の上に重ねた。
「……どうやら僕も、馬鹿な奴だったみたいだね」
スネ夫が照れくさそうに笑うと、それに続いてみんなも笑い出した。
「よし。 いいな、俺たちは絶対に優勝する……優勝しなくちゃならねえ」
ジャイアンがそこで言葉を止め、3人の顔を見回す。
3人は無言で頷いた。
ジャイアンもそれに頷き返し、深呼吸をした後大声で叫ぶ。
「残りの3試合、絶対に勝つぞおおお!」
―――少しずつ、少しずつ彼らの絆は深まりつつあった。
だが運命はそんな彼らを弄ぶかのように、様々な試練を与える。
次に彼らが乗り越えなければならない壁はかつての友、出木杉英才との戦いだ……
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#20 「決戦前夜」
夕食を食べ終え、一休みするドラーズ一行。
静香とのび太は部屋を出て行き、中にはスネ夫とジャイアンの二人だけが残っていた。
「ジャイアン、明日の試合のことだけど……」
突然、スネ夫がジャイアンに、明日の試合についての相談を持ちかける。
明日の試合で2人が出ることになったのは最初のダブルバトル。
対戦相手『チーム・コトブキ』のダブルバトル出場者は常に同じ、バクとコウジのコンビである。
そしてその2人はここまで、全ての試合で勝利を収めている強敵だ。
「スネ夫、もしかしてビビッてんのか?」
ジャイアンがからかうように言う。
すると、スネ夫は正直に首を縦に振る。
「不安なんだ……明日の敵に、僕の戦略が本当に通じるのかが……」
そう言うスネ夫の肩を、ジャイアンは軽く叩いて言った。
「大丈夫、お前の戦略にはどんな奴も勝てねえ! この俺が保障してやるよ。
だからスネ夫、もっと自分に自信を持て」
ジャイアンが頼もしそうな笑顔を浮かべて言う。
その言葉に勇気付けられたスネ夫は、笑みを浮かべる。
「ありがとうジャイアン、おかげで自信が湧いてきたよ」
その後、真剣な目つきになって言う。
「明日の試合、僕の戦略を信じて戦ってくれるかい?」
ジャイアンは迷わず、首を縦に振った。
そして2人は、明日の試合のために作戦会議を始める。
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一方部屋を出た静香が向かった先は、コロシアム5階の最北端。
無数の星たちが輝くこの場所を、静香は一度訪れたことがある。
……そこにはすでに先客がいた、白いニット帽を被った少女だ。
彼女は静香に気付くと、笑顔で声をかけてくる。
「ここにいれば会えると思ったわ、静香」
静香も笑顔で返す。
「私もよ、ヒカリ」
静香はヒカリの隣に腰を下ろし、話を切り出す。
「ついに明日だね、私たちの試合」
「……うん」
それ以上語ろうとしないヒカリの顔は、どこか寂しそうに見えた。
「どうしたのヒカリ、具合でも悪いの?」
静香が問うと、ヒカリは悲しそうに話し出す。
「……明日、負けたほうはあの地下室に連れて行かれちゃうんだよ。
私たちが負けちゃったら、英才を救うことができないかもしれない。
でももし私たちが勝ったら、あなたたちがあの地下室に連れて行かれちゃう!
こんなの、こんなのいやだよ…… 勝っても負けても、かならず誰かが苦しんじゃう
なんて……」
悩みを一気に吐き出した後、ヒカリは小さく呟いた。
「静香、あなたは怖くないの? 私たちと戦うことが……」
静香は笑みを浮かべ、迷わず答えた。
「怖くないよ。 だってもしあなたがあの地下室に入っても、私たちが必ずこの大会で優勝して救うからね」
そう言い切った静香の顔に迷いはなかった。
そしてヒカリに微笑みかけながら言う。
「それにあなたが教えてくれたんだよ、『相手を傷つけるだけがバトルじゃない』ってね」
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静香の言葉を聞いたヒカリは、力強く言葉を放つ。
「そうよね、静香。 私は相手を苦しめるために戦ってるんじゃない。
私は友を、結城英才を救うために戦っている……
ありがとう。 あなたのおかげでそのことに気付くことができたわ、静香」
ヒカリの顔には、ようやくいつもの笑みが戻っていた。
「なに、以前借りた恩を返したまでよ」
静香は当たり前のことをしたかのように言い、微笑んだ。
それからしばらく談笑した後、ヒカリは真剣な顔で話を始めた。
「私もバクもコウジも信じてる……この大会で優勝して始めて、私たちは英才とほんとの仲間になれるって。
だから私たちは絶対に負けられない、たとえ相手があなたたちでもね」
静香も真剣なまなざしを返す。
「私もよ、ヒカリ。 私たちには救うべき人がたくさんいる。
彼らを救うためにも、私たちは絶対に優勝しなくちゃならない……
悪いけど、あなたたちには負けられないわ」
ヒカリは立ち上がり、手を差し伸べて言った。
「明日の試合、お互い全力を尽くしましょう」
静香も立ち上がり、その手を強く握り締める。
そして2人は別れ、ヒカリは先に自分の部屋に帰っていった。
その後もしばらく、静香は1人で星を眺めていた。
「ヒカリたちは、あなたのために必死に戦っている……
なのにあなたは何故、彼女たちに心を閉ざし続けるの? 出木杉さん……」
誰もいない星空に向かって、静香は悲しそうに呟いた。
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「うーん……どうしたものか……」
ブツブツと呟きながらコロシアム内を徘徊しているのは、のび太少年だ。
ついに明日まで迫ってきた出木杉との戦い。
なんとも言えない感情が湧きあがってきたのび太は、意味もなくひたすら廊下をうろついていた。
特に意味はないけど、一人になりたい。 そんな気分だった。
『何故自分は、出木杉との戦いの前にこんな特別な感情を抱くだろうか』
いくら考えてみても、答えは一向に思いつかない。
「出木杉、か……」
のび太はトレーナーズスクール時代のことを思い出していた。
とにかく凄い奴だった、としか言いようがない。
勉強もスポーツもポケモンバトルも、何をしてもあいつは一番だった。
その上性格までいいときている、まさに人間のいい見本みたいな奴だった。
―――そんなあいつが、僕は大嫌いだったんだ。
のび太は次に、自分自身のことを思い出してみた。
……自分は何をしてもだめだった、勉強もスポーツもポケモンも。
散々人から馬鹿にされ、見下され、落ちこぼれの烙印を押され……
だから自分とは対照的な生き方をしていた出木杉が嫌いだったんだろう。
優秀な人間である彼のことを、自分は認めようとしなかったのだ。
今思うとあまりに馬鹿げた話である、昔の自分が恥ずかしい。
そんなことを考えていたのび太の目に、意外な人物が映る。
「噂をすれば……」なんて表現があるが、まさにいまがその通りの状況である。
先程まで考えていた人物と急に遭遇したことで、のび太は驚きを隠せない。
そしてなんとか、彼の名を口から発した。
「や、やあ……出木杉」
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何も言ってこない出木杉に、のび太は質問をぶつける。
「出木杉……きみは何故この大会に参加したんだい?」
「どうだっていいだろ、君には関係ない」
そう言い放つ出木杉に、のび太は思わず感情的になる。
「関係なくなんかない! 僕は君の仲間だったじゃないか。 それに……」
「それに、なんだい?」
のび太は一瞬言葉を詰らせつも、そのことを出木杉に告げた。
「僕、先生から聞いたんだ……君が『転校』した理由を……」
出木杉は驚かない。 ただ一言、「そうかい」と呟いただけだった。
のび太はそれ以降すっかり黙り込んでしまい、辺りには重い沈黙が流れた。
すると突然、出木杉が言った。
「僕の過去を知っているなら隠す必要もない……
教えてあげよう、僕がこの大会に参加した理由を」
この瞬間、のび太の目の色が変わった。
「この大会には、世界中の強いトレーナーたちが集まっている。
もし優勝すれば、僕は世界一強いトレーナーになれるかもしれない」
出木杉はそう思ってこの大会に参加したようだ。
「君は、世界一強いトレーナーになりたいのかい?」
のび太が問うと、出木杉は深刻な面持ちになる。
「父は僕に、世界一のトレーナーになって欲しいと言っていた……
だから僕は、世界一強いトレーナーになる……ならなくちゃならない。
……それが、父を殺してしまった僕にできる唯一の罪滅ぼしなんだ」
出木杉は、まるでそれが自分の使命であるかのように言い放った。
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出木杉の話を聞き終えたのび太は、考え込みながら言う。
「出木杉、君は間違っていると思うよ……」
突然そう言われた出木杉は、「何が?」とイラつきながら返す。
「確かに君のお父さんは、君が世界一のトレーナーになったら喜ぶだろうね。
でもお父さんが本当に望んでいるのは、そんなことではないんじゃないかな?」
のび太のその言葉によって、出木杉の表情が変わった。
彼は近くの壁を叩きつけながら、静かに、でも迫力をこめて言った。
「君に……君に何がわかるっていうんだよ!」
のび太はその言葉に言い返すことはできなかった。
確かに、自分は出木杉のことを理解できていない。
彼がどれだけ悩み、苦しんだのか……それを自分が軽々しく『知っている』などと言えるわけがない。
でも、それでもやはり、出木杉の考え方は間違っていると思う。
彼はいま、父を殺した罪を償うことしか頭にない、そのことに取り付かれているといったところか。
のび太はある決心を固め、出木杉に告げた。
「出木杉……確かに僕は君のことなんか何一つ理解できていないかもしれない。
でも、やっぱり君の考え方は間違っている……僕はそう思うよ。
君がこの大会で優勝することで過去への罪滅ぼしをしようというのなら、僕がそれを阻止してみせる!
僕が君に勝って、君の考えが間違っているということを証明してあげるよ!」
それを聞いた出木杉は、何も言わずに去って行った。
「やるしかないな……」
のび太は部屋への帰路の途中、心に念じる。
「僕が勝って、あいつを救うんだ!」
ぶつかり合うのび太と出木杉。
いったいどちらが正しいのか、そしてどちらが勝つのか。
全ては明日、明らかになる……
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