政府がイングランドにおいて進めてきた地方分権政策としては、2000年のグレーター・ロンドン・オーソリティー(Greater London Authority、GLA)の創設、「地域審議会(Regional Assemblies)」と「地域開発公社(Regional Development Agencies、RDAs)」の創設が挙げられる。
(1) グレーター・ロンドン・オーソリティー(GLA)
ロンドンは、1986年にサッチャー政権によってグレーター・ロンドン・カウンシル(GLC)が廃止されて以来、32のロンドン区(London Borough)と金融街のシティ(City of London Corporation)からなる一層制の地方自治体で構成されていた。
その後、1997年の総選挙でロンドンにおける広域自治体の創設を公約のひとつとして掲げて勝利を収めたブレア労働党政権は、その公約に沿って、広域自治体であるグレーター・ロンドン・オーソリティー(GLA)を2000年7月に創設した。(3-1(2)参照)
2007年10月には、「2007年GLA法(Greater London Authority Act 2007)」が成立し、その中で政府によるロンドン市長の権限拡大が行われた。特に、ロンドンにおける住宅、都市計画、廃棄物処理、文化・スポーツ、保健、気候温暖化対策、エネルギー政策などの幅広い分野で、市長の戦略面における権限が強化された。
(2) 地域審議会(Regional Assemblies)
(a) 背景
メージャー保守党政権は1994年、イングランドを8つの地域に分け、この8地域及びロンドンに政府地域事務所(Government Offices)を設置した。
続くブレア労働党政権は、1998年に施行の「1998年地域開発公社法(The Regional Development Agencies Act 1998:RDA 法)」によって、地域開発公社と共に、「地域会議(regional chambers)」を設置した。「地域会議」は、地方自治体議員とその他有識者で政府が任命した者からなる。「地域会議」は、現在では「地域審議会(Regional Assemblies)」と呼ばれている。
地域審議会のメンバーは、ガイドラインに従って国務大臣が承認する。メンバーの構成は地域によって異なるが、下記③に示した形が一般的なものである。
地域審議会のメンバーは、ガイドラインに従って国務大臣が承認する。メンバーの構成は地域によって異なるが、下記③に示した形が一般的なものである。
(b) 設置単位
地域審議会は、ロンドンを除く政府地域事務所単位である8つの地域(イングランド北東部(North East)、イングランド北西部(North West)、ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地方(Yorkshire & the Humber)、ウエスト・ミッドランド地方(West Midlands)、イースト・ミッドランド地方(East Midlands)、イングランド東部(East)、イングランド南東部(South East)、イングランド南西部(South West)に設置されている。(参考図表7-2参照)
(c) 構成
国務大臣のガイドラインは、地域審議会は最高70%まで地方自治体の議員を含むことができるが、一方で最低30%は「地域の関係者(regional stakeholder)」が含まれなければならないと定めている。「地域の関係者」とは、高等教育関係者、英国産業連盟(CBI)、全英労働組合会議(TUC)、商工会議所のメンバー、小規模企業、パリッシュ(*1)、国民医療保健サービス(NHS)関係者、非営利団体、学習・技術協議会(Learning and Skills Councils)、地域の文化関連団体連合、田園地方保護・環境団体のメンバーなどである。
(d) 主な機能
「2004年計画・強制収用法(the Planning and Compulsory Purchase Act 2004:PCPA)」により、地域審議会は「都市計画機構(Regional Planning Bodies: RPBs)」としての役割を与えられ、交通計画や地域の廃棄物処理計画を含む地域空間計画策定の義務を担うことになった。これは、地域の都市計画に関する権限が、カウンティ・カウンシルから地域審議会に移譲されたことを意味する。
地域審議会は、「都市計画機構」として、「地域交通計画(Regional Transport Strategies:RTS)」を含む「地域空間計画(Regional Spatial Strategies: RSS)」を策定する義務を有する。RSSは、都市計画および交通政策の策定、監視、見直しが含まれ、最終決定権は国務大臣にある。
地域審議会のもう一つの機能は、地域支援・政策展開である。これは、政府や地方自治体の関係機関に対し、地域の代表としての機能を果たす役割である。地域審議会は、地域における政策展開にパートナーシップの手法を組み込むための戦略的な方針等を提示する。
地域審議会にはまた、地域開発公社の業務の政策評価(監視)を行うという機能もある。さらに、その他の公共サービス団体の業務に係る政策評価を行う地域審議会もある。
地域審議会にはまた、地域開発公社の業務の政策評価(監視)を行うという機能もある。さらに、その他の公共サービス団体の業務に係る政策評価を行う地域審議会もある。
(e) 財源
地域審議会の財源は、地方自治体と「地域の関係者」からの負担金、および中央政府からの補助金である。
(f) 地域審議会の「地域議会」への格上げの試み
政府は2002年5月9日に政策報告書「あなたの地域、あなたの選択(Your Region, Your Choice)」を公表し、イングランドにおける「地域議会」の創設を提案した。地域審議会の位置づけを、選挙によって選出された議員で構成される「議会」に高めようとするものである。
しかし、2004年11月4日にイングランド北東部(North East)において行われた住民投票では、圧倒的多数で否決された。この大差による否決という結果を受けて、当時の国務大臣、ジョン・プレスコット副首相は、他の地域における住民投票の実施を中止することを発表した。
この背景には、地域議会が第三層目の直接選挙による地方自治体となるのを避けるため、地域議会が設置される場合には二層制の地方自治体をカウンティの廃止などを含む一層制の地方自治体へと再編することが求められており、このことに対する反対意見が多かったことも一因として挙げられる。
(g) 地域審議会(Regional Assemblies)の今後の改革
政府は、2007年7月に、イングランド8地域における経済開発、地域開発の見直し作業の結果報告書(Sub-National Review)を発表した。策定にあたり、地域審議会、地域開発公社なども意見を呈示した。
報告書は、イングランド全土で都市の経済再生が促進されるよう、イングランドの地方自治体の役割を強化すべきものとしている。
すなわち、2010年4月以降、地方自治体に、管轄区域を越えたより広い地域における優先事項の決定に対して、より大きな権限を付与するのに伴い、地域審議会は、イングランド8地域すべてで段階的に廃止するとし、地域審議会の経済成長や都市計画などの分野における責務は、以下に述べる地域開発公社(RDA)に新たな権限として引き継がせることとされた。
すなわち、2010年4月以降、地方自治体に、管轄区域を越えたより広い地域における優先事項の決定に対して、より大きな権限を付与するのに伴い、地域審議会は、イングランド8地域すべてで段階的に廃止するとし、地域審議会の経済成長や都市計画などの分野における責務は、以下に述べる地域開発公社(RDA)に新たな権限として引き継がせることとされた。
しかし2008年12月3日に発表された政府法案の中で、「サブ・ナショナル・レビュー」の内容の法制化を目指す「地域民主主義・経済開発・建築法案(Local Democracy, Economic Development and Construction Bill)が提案された。この提案には、地域審議会を廃止し、替わりに各地域に「地方自治体リーダー委員会(Local Authority Leaders’ Boards)」を設置することも含まれており、地方自治体リーダー委員会は、「地域戦略」の策定に関して地域開発公社(RDA)と責任を共有することとされた。
(3) 地域開発公社(Regional Development Agencies)(RDA)
(a) 設置
イングランドでは、地域開発公社(Regional Development Agencies)(RDA)が、イングランド地方の経済開発と成長の戦略的リーダーとして、ロンドンを除く8つの政府地域事務所の区域ごとに1999年に設立された。ロンドンには、グレーター・ロンドン・オーソリティ(GLA)創設後の2000年7月に、ロンドン開発公社(London Development Agency)が設立された。(図表7-2参照)
(b) 目的
地域開発公社設立の目的は、イングランドの各地域における経済開発、地域全般にわたる社会的、物質的再生を実現することにあり、具体的には次のような目標が法律上定められている。
- 経済開発及び再生を促進すること
- 事業効率・競争力を高めること及び投資を促進すること
- 雇用を促進すること
- 雇用に結びつく技能の開発及びその応用を促進すること
- 英国における持続的発展に資すること
さらに、全ての地域開発公社は、「2006年ロンドン・オリンピックパラリンピック大会法」の施行により、2012年のロンドン・オリンピック大会に向けて準備するという義務を負うこととされた。
(c) 理事会
地域開発公社には、意思決定機関として国務大臣によって任命される8~15名の理事から構成される理事会が設置されており、理事の中から理事長が任命される。理事には商工会議所、労働組合、地方自治体などの代表が含まれる。
(d) 予算
地域開発公社には、「単一プログラム(Single Programme)」(または「単一資金(Single Pot)」)と呼ばれる資金調達方法が採用されている。これは、ビジネス・イノベーション・技能省、コミュニティ・地方自治省、エネルギー・気候変動省、環境・食糧・農村地域省、文化・メディア・スポーツ省、英国貿易投資総省からの補助金を一つにまとめ、各地域開発公社に割り当てるシステムである。各地域開発公社は、「地域経済戦略(RES)」 や「コーポレート・プラン」 で示された取り組みの達成に必要と判断した場合、適宜この予算を使うことができる。
2008~2010年度に、各地域開発公社に割り当てられた補助金は下記の通りである。
【図表7-1 地域開発公社別補助金額】(単位: 百万ポンド)
区分 | 2008年度 | 2009年度 | 2010年度 |
イングランド北東部(One NorthEast) | 245 | 249 | 195 |
イングランド北西部(North West Development Agency) | 385 | 397 | 305 |
ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地方(Yorkshire Forward) | 297 | 317 | 228 |
ウエスト・ミッドランド地方(Advantage West Midlands) | 296 | 295 | 212 |
イースト・ミッドランド地方(East Midlands Development Agency) | 161 | 160 | 131 |
イングランド東部(East of England Development Agency) | 132 | 136 | 108 |
イングランド南東部(South East England Development Agency) | 161 | 165 | 133 |
イングランド南西部(South West of England Development Agency) | 170 | 157 | 125 |
ロンドン(London Development Agency) | 346 | 375 | 326 |
合計 | 2,193 | 2,253 | 1,762 |
(e) 業務
地域開発公社は、地域のパートナーと共同で、「地域経済戦略(Regional Economic Strategy、RES)」を策定し、これに沿って活動を行う。同戦略は、経済開発事業や再生事業など、所管地域全体での各地域開発公社の取り組みについて長期的な展望・指針を示すもので、関係各省の手引きとなることも意図されている。具体的には、「地域の戦略的開発に向けた、今後最低10年間の展望」「その展望を実現するため、主として優先させるべき活動展開、業務」「当該地域の長所、短所、直面している脅威、得ているチャンスに関する分析」「当該地域とその経済に関する情報および当該地域の開発に向けた政府の関連政策」――を必ず含むものとされている。また、地域開発公社は、定期的に地域経済戦略の見直しを行わなければならない。
より短期的なプランとしては、地域経済戦略に沿った形で、3年単位の「コーポレート・プラン」を策定し、ビジネス・イノベーション・技能大臣から承認を得なければならない。コーポレート・プランは、予算配分の方法や地域の優先的取り組みなどを示すものである。
地域開発公社は、これらに則り、目的を達成するための取り組みを地域のパートナーと共同で行う。これには、地域の起業支援、地域での企業間のネットワーク作り支援、雇用促進、小規模企業支援、職業技術取得支援などを目指す事業等が含まれる。
(f) 地域開発公社(Regional Development Agencies)の今後の役割
政府は、前述((2)(g))の通り2007年7月に、イングランド8地域における経済開発、地域開発の見直し作業の結果報告書(Sub-National Review)を発表した。
この報告書の中では、イングランド全土で都市の経済再生が促進されるよう、イングランドの地方自治体の役割を強化すべきであるとしている。具体的には、可能な限り、経済開発に関する機能は、地方自治体及び準地域(*2)への移譲を進めていくべきものとし、そして地域開発公社は、8地域毎に、各分野にまたがる単一戦略を策定すべきものとされた。なお地域開発公社は、地域協定(LAAs)及び地域連携協定(MAAs)(*3)の策定にも引き続き重要な役割がある。
今後は、経済開発のため、地域連携協定(MAAs)を通じた自治体間の連携を強化し、さらに地方自治体は、地域開発公社に対する監査機能を強化すべきものとしている。
<参考>
地域 | 政府地域事務所 | 地域審議会 | 地域開発公社 | |
1 | イングランド北東部 | ニューカッスル | ゲーツヘッド | ニューカッスル |
2 | イングランド北西部 | マンチェスター/リバプール | ウィガン | ウォリントン(チェシャー州) |
3 | ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバー地方 | リーズ | ウェークフィールド(ウェスト・ヨークシャー州) | リーズ |
4 | ウェスト・ミッドランド地方 | バーミンガム | バーミンガム | バーミンガム |
5 | イースト・ミッドランド地方 | ノッティンガム | メルトンモーブレー(レスターシャー州) | ノッティンガム |
6 | イングランド東部 | ケンブリッジ | サフォーク | ヒストン(ケンブリッジシャー州) |
7 | イングランド南東部 | ギルフォード(サリー州) | ギルフォード(サリー州) | ギルフォード |
8 | イングランド南西部 | ブリストル | サマセット | エクセター(デボン州) |
9 | ロンドン | ロンドン | ロンドン | ロンドン |