(1)議会の成立経緯
北アイルランドは、アイルランド島の32地域のうち6地域から構成されており、2007年統計時点で人口約174万人、首都はベルファストに置かれている。その他のアイルランド島の26地域は1921年に英国から独立し、現在アイルランド共和国となっている。アイルランド共和国の独立以降、北アイルランドでは自治政府による統治(1921~1972年及び1999~2002年)と英国政府の統治(1972~1999年及び2002年~2007年)が繰り返されており、2007年5月からは再び自治政府による統治が再開された。
グレートブリテン王国が1801年にアイルランドを併合して以来、アイルランドでは英国との統一を主張するユニオニストと、独立を主張するナショナリストの対立が続いてきた。
グレートブリテン王国が1801年にアイルランドを併合して以来、アイルランドでは英国との統一を主張するユニオニストと、独立を主張するナショナリストの対立が続いてきた。
最近の動きを解説すると、1998年4月、英国・アイルランド共和国両政府による北アイルランド和平プロセスが最終合意に達し、北アイルランド議会の設置や武装解除による平和的な社会の確立、全住民の平等な権利の保障等が決定された。これを受けて同年5月に北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly)設立の是非を問う住民投票が行われ、94.4%の住民がその設立に賛成し、1ヶ月後には第1回議員選挙が実施された。
一方で自治政府の組閣は英国からの独立を主張しアイルランド統一を目指すIRA(Irish Republican Army)の武装解除問題で難航し、当初の予定から遅れて1999年12月にようやく内閣が発足した。
しかしながら2002年10月に北アイルランド議会内でIRAによるスパイ疑惑が浮上したことにより、同月自治権は停止された(自治政府の機能は中央政府の北アイルランド省が引き続き所管していたが、廃棄物収集等の行政サービスは北アイルランドに置かれた26のディストリクトが行っていた)。
2006年5月に制定された「2006年北アイルランド法(Northern Ireland Act 2006)」は、北アイルランドの自治復活に向けてそのプロセスを示すと同時に、自治政府メンバー選出の期限を同年11月24日と定めていた。同法制定を受け、2003年の選挙で選ばれた北アイルランド議会は、2006年5月15日に第1回議会を開催した。さらに同年10月に開催された議会では、英・アイルランド両政府が提案した「聖アンドリューズ合意(St Andrews Agreement)」が承認された。この内容には自治再開の条件としてIRAの政治組織であるシン・フェイン党が北アイルランド警察サービス(Police Service of Northern Ireland)を全面的に支持すること、ユニオニスト強硬派である民主統一党がナショナリスト側と協力することが含まれていた。
これを受け、当時の北アイルランド相は2007年3月26日、北アイルランドの自治再開を指示し、同日、民主統一党とシン・フェイン党が自治政府を再開することで合意した。こうして2007年5月8日、再び北アイルランド議会による自治が再開された。
中央政府の北アイルランド相は、北アイルランド内における民主的政治プロセスの推進や北アイルランド議会と中央政府との調整などに対して責任を負っており、現在はショーン・ウッドワード相が務めている。
(2) 権限
北アイルランド議会(Northern Ireland Assembly)には、中央政府が権限を移譲した事項(教育、保健、農業、経済、環境、地域開発、雇用、財政、社会開発、文化とレジャー)に関する立法機能が与えられている。ただし法として成立するためには、北アイルランド議会での議決の後に英国政府の北アイルランド相の承認が必要とされており、最終的な決定権は中央政府に留保されている。また、中央政府が権限を留保する事項(刑事裁判、警察、海運と空運、国際貿易と金融、海浜部の利用、議員の解任、消費者保護、知的財産)に関しては今後段階的に権限が移譲される見込みであるが、除外事項(王位継承、外交、防衛、出入国管理、全国規模での税、上訴院判事の指名、北アイルランド全域での選挙、通貨、爵位の授与)に関しては中央政府が権限を保持する。
(3) 議員
議員の任期は4年、比例代表制度で選出され、定員は108名である。北アイルランドの各議員は自身がユニオニスト、ナショナリストのいずれか、もしくはどちらでもないことを登録しなくてはならない。重要な決定事項に関しては、全体で60%以上の賛成かつユニオニストとナショナリスト両派の40%以上の賛成を要する仕組みとなっている。
2007年3月に実施された第3回選挙では、民主統一党が36議席、シン・フェイン党が28議席、アルスター統一党が18議席、社会民主労働党が16議席、無派閥の同盟党が7議席を獲得しており、民主統一党とシン・フェイン党の連立政権が成立した。
(4) 執行機関
執行機関である北アイルランド自治政府(Northern Ireland Executive)は、議会議員の中から選ばれる首相(First Minister)と副首相(Deputy First Minister)を長とし、閣僚である大臣(Minister)と、副大臣(Junior Minister)で構成される。
首相と副首相は2人1組で選出されるが、その際ナショナリスト及びユニオニスト双方の過半数の支持を得なければならない。また、どちらかが欠ける場合は、残りの者もその職を辞さなければならない。これは北アイルランドにおける行政府が、ナショナリスト、ユニオニストのどちらか一方に独占的に支配されるべきではないとする「1998年北アイルランド法」(Northern Ireland Act 1998)の規定によるものである。
首相及び副首相は、議会議員の中から大臣及び副大臣を指名(議会の承認が必要)する権限を有し、内閣の構成員数、役割等は両者の専決事項である。また自治政府の首相、大臣は、英政府の国会議員、欧州議会議員、地方議会議員との兼務は可能であるが、国務大臣の職を兼ねることはできない。
2008年6月からは、37年間民主統一党の党首であったイアン・ペイズリー氏から同党のピーター・ロビンソン氏に首相が変わったが、シン・フェイン党のマーティン・マクギネス氏は引き続き副首相を務めている。
(5) 最新の自治政府の動向
2007年8月に北アイルランドで実施された世論調査では、イアン・ペイズリー元首相とマーティン・マクギネス副首相が互いに良い協力関係で自治政府を運営している、と回答した住民は全体の67%にのぼっており、前年12月の24%から飛躍的に増加した。また、民主統一党の支持者の58%、シン・フェイン党の80%が、両党による連立政権を支持すると回答している。
2007年9月に開催された労働党大会でイアン・ペイズリー元首相は、自治政府による統治が再開されたことによって、北アイルランドが経済的な競争力を高めることができた。しかしながら、北アイルランドの経済は失業者数こそ少ないが全体的な弱さが目立つため、経済の発展を促していくことが今後の北アイルランドの主要政策になるだろう。更に数十年間の社会的投資の不足が招いた教育・医療・雇用における不均衡を是正しなければならないと発言した。また、自治政府の事務効率化と事業者税の削減によって、北アイルランドの輸出ベースを増加させる方針を示した。
また、北アイルランドでは、26の一層制の地方自治体(ディストリクト)を合併し、新たに11の自治体を設置することが2008年3月に北アイルランド自治政府によって決定された。そして新自治体は、2011年5月の地方選挙で議会議員を選出し、その機能を開始することになる。