第4話(BS19)「信〜繋がり合う心〜」 1 / 2 / 3 / 4

1.1. 馬牧場の異邦人

 ブレトランド中西部に勃興した新興国家グリース子爵領は、旧トランガーヌ子爵に仕えていた者達の一部(神聖トランガーヌ枢機卿領に組みすることを拒んだ者達)を吸収することで、急速に勢力を拡大しつつあった(詳細は 「ブレトランド諸国の情勢」 参照)。


 そのグリースの中でも、特に旧トランガーヌの残党を多く抱えていたのが、同国の西端に位置する(神聖トランガーヌとの国境を有する)ティスホーンである。旧トランガーヌ騎士団の四人の女騎士によって共同統治されているこの地は、昔から「名馬の産地」として知られており、その中でも特に有名なマックイーン牧場は、牧場主でもある名調教師ブライアンを筆頭に優秀な人材を多く抱え、数々の駿馬を世に送り出してきた。
 この牧場の従業員達の大半は旧トランガーヌ時代からこの地で代々暮らしてきた人々だが、そんな中に一人、大陸出身の妙齢の女性の姿があった(下図)。


 彼女の名はエルバ・イレクトリス。元来はアトラタン大陸のアロンヌの領邦ルマの小さな農家の出身であったが、数年前にルマが混沌災害に巻き込まれた際、彼女の弟がそのルマの領主ユークレースを助けた縁で、そのユークレースの知人であるブライアンの下でエルバは働くことになったのである。彼女は優秀な調教師であると同時に、腕利の二刀流の剣士として農場の警備も任される存在でもあった。
 そんな彼女を含めた多くの調教師達の努力の甲斐あって、今年のマックイーン牧場は、歴代の牧場史の中でもトップクラスに位置付けられるほどの優秀な身体能力を持った五頭の馬を排出することになった。彼等はそれぞれ、ランスロット、トリスタン、ガウェイン、パーシヴァル、モルドレッドと名付けられ、この名馬達を誰が手にすることになるかは、調教師達の間でも話題になっていた。
 だが、そんな彼等に「嫌な知らせ」が舞い込んでくる。隣国ヴァレフールの騎士の一人である“ソーナーの領主”ダンク・エージュが、その新馬達の噂を聞きつけ、大金を払ってでも入手したいと申し出てきたのである。ダンクは勇猛ではあるものの粗暴で、兵も馬も使い捨てにすることで有名な将軍であり、これまで幾頭もの名馬達が彼の手で使い潰されてきたことが調教師達の間では知られている。故に、出来ることならば彼には売りたくないが、マックイーン牧場は半官半民で運営されている牧場であり、売却先の最終決定権はティスホーンの領主が掌握している。
 この状況において、牧場主であるブライアンは、この街の筆頭領主トーニャ・アーディングに、この話を断ってもらうように要請したものの、トーニャとしては、今のグリースは神聖トランガーヌとの戦争の最中である以上、現時点で友邦ヴァレフールとの関係をあまり悪化させたくないという国際事情もあり、角を立てずに断るのも難しい、という状況であった。
 そこで、最終的にトーニャは苦肉の索として、この五頭の所有権を賭けた「武術大会」の開催を宣言する。それはすなわち、「五人一組のチーム戦(総当たり戦)」を基本とし、「トーナメント方式」で開催される大会であり、この大会で優勝した者達に、新馬五頭をまとめて譲渡する、という内容であった。ダンク個人は勇猛な騎士ではあるものの、彼の部下にはあまり優秀な武人はいないと言われていたため、この形式であれば新馬達が彼の手に渡ることはないであろう、というトーニャの判断である(また、それと同時に、この大会を通じて優秀な人材を発掘・登用しようとする思惑もあった)。
 だが、この「武術大会」という「武人にとっては格別に魅惑的な響き」が、余計に「騎士」としてのダンクの心に火をつけてしまった。彼は己の武勇を誇示するために、なんとしてもこの大会に優勝したいという強烈な思いから、大陸屈指の実力派傭兵団「暁の牙」を雇い入れて、彼等と共に参戦する意思を表明したのである。一応、ティスホーン軍からも、「特別に選別された五人の精鋭部隊」が出場する予定ではあるが、もし、「暁の牙」の中でも最精鋭と言われるレベルの邪紋使い達が参戦してきたら、おそらくティスホーン軍の猛者達でも太刀打ちは出来ないだろうと言われている。
 エルバとしては、自分が手塩にかけて育てた愛馬が無残に使い捨てられることを想像するのは耐え難い。特にその中でも、彼女が直接手塩にかけて育てたモルドレッドは、幼少期には体躯に恵まれない病弱な子馬だったにも関わらず、彼女が愛情を持って育成し続けたことで、ようやく牧場を代表する名馬にまで育て上げた存在であり、人一倍思い入れは強い。そして、彼女がそんな思いを抱いている中、彼女の身体にある一つの「変化」が生じることになるのだが、その意味を彼女が知ることになるのは、もう少しだけ先の話である。

1.2. 治癒師の受難

 こうして、ティスホーンが来るべき武術大会に向けて俄かに盛り上がりを見せつつある一方、ルークは隣町のメガエラで、この街を守る指揮官(下図)に職務質問を受けていた。


「そこの者、止まれ! 先程から挙動不審な様子だが、この街の人間ではないな。何者だ?」

 彼女の名はターリャ。この街を守る武官であり、アンデッドの邪紋使いでもある。彼女は部下の衛兵達から、「領主の館の周囲を、辺りを見渡しながらグルグルと歩き回っている弓を持った男がいる」という報告を受けて駆けつけたのである。
 これに対して、その「挙動不審な弓使い」ことルークは、なぜ挙動不審扱いされているのかもよく分からないまま、素直に答える。

「私は旅の者だ。仲間が病気にかかってしまったため、薬を扱っている人を探しているのだが、どこに行けばいいか教えてはもらえないか?」

 ひとまず、自分の身分については隠したまま、彼はそう問い返した。実はケイでの一件の直後、彼等は当初は北に向かおうとしていたのであるが、その旅の途上、マライアが突然、急病で倒れてしまったのである。どうやら彼女は、キヨと共にラピスからオーキッドへと向かうために大陸で立ち寄った港で、大陸特有の伝染病である「黒死病」に感染してしまっていたらしい。感染から発症に至るまでの時間には個人差があるが、どうやら彼女の場合は生命魔法師であるが故に、無意識のうちにその症状の発現が体内で防がれていたようである。
 だが、相次ぐ長旅と連戦による疲労で彼女の抵抗力が限界に達したことで、ここに来てその蓄積していた病原菌の力が一気に発現してしまった。その結果、今の彼女は歩くこともままならぬ状態となってしまったため、ひとまずラスティとフリックが交互に彼女を担ぎつつ、その「黒死病」の特効薬の原料となる「ヴィット」という薬草の生産地であるメガエラを訪れることになったのである。
 現在、マライアは街の宿で病床に臥しており、ラスティ、フリック、ロディの三人が彼女を交互に看病しつつ護衛している。そして、ルークとキヨが、この街の薬剤師か医者を探すために外に出たのであるが(当然、当初は二人で一緒に行動する筈だったのであるが)、いつの間にかルークはキヨと(いつものごとく)はぐれてしまい、不審人物として摘発されるに至ってしまったのである。
 だが、幸いなことに、ルークのその物腰を見たターリャは「この男は少なくとも悪人ではない」ということを直感的に察したようで、素直に彼を(この街の学問所に併設された)診療所へと案内する。余所者であろうとも、本当に困っている人であれば、それを助けるのはターリャにとっては当然の話である。この辺り、彼女は兄の(ヴァレフールの七男爵の一人である)ファルクの教えを忠実に守っていた。

 ******

 一方、その頃、キヨは一足先にその診療所に辿り着いていた。本来はこの世界の住人ではない彼女だが、それでもマライアと出会う前は一人で各地を旅していたこともあり、見知らぬ土地で人や場所を探す能力に関しては(生来の方向音痴である)ルークよりは長けている。
 そして、そんな彼女を診療所の前で意外な「旧友」が出迎えていた。それは、彼女がまだ「刀」として地球で用いられていた頃、彼女の三代目の持ち主である剣士と共に京都の街で活動していた時に見掛けた、「何処かの藩邸の前につながれていた犬」である。当時は「ただの刀」であった彼女は、その犬の名を知らない。だが、今、彼女の前にいるのは、間違いなくその犬である。そして、その犬もまた彼女のことを「かつて自分と出会った何か」であることは認識しているようで、笑顔で彼女の元へと駆け寄ろうとするが、手綱が診療所の入口の柱に繋がれていて、届かない。
 その様子を見て、キヨが迷わず駆け寄って撫で始めると、その犬も満足そうな表情を浮かべる。すると、やがて診療所の扉が開き、その中から一人の「巨漢の男」が姿を現した。

「そん羽織……、おはん、新撰組の者でごわすか?」

 キヨはこの男に見覚えはある。おそらく、この犬の飼い主なのであろう。だが、それが誰だったのかは思い出せない。京都で何度か会ったような気がするのだが、敵だったのか、味方だったのかすらも、記憶が曖昧である。

「いや、新撰組にはおなごはおらん筈でごわすな……。じゃっどん、以前どこかでお会いしたような気がするのでごわすが……」
「この羽織は、確かに新撰組の物ですが……、『オルガノン』についてご存知ですか?」
「おるがのん? ふーむ、聞いたことがないでごわすな。おいどん、まだこん世界に来てから日が浅いもんで、こん世界の言葉は、よう分からんのでごわす」

 そう言われたキヨは、オルガノンについて説明しようと試みるが、彼女自身もこの世界とヴェリア界の関係についてはよく分かっていないので、なかなか上手く伝わらない。そんな中、その男は彼女の「本体」を見て、それが見覚えのある代物であることに気付いた。

「おはん、そん刀を持っとらっしゃるということは……、おはん、もしや沖田どんの縁者か? 確か、あんお方には国許に姉君がおいでだと聞いたような……」

 どうやら彼は、キヨの当時の持ち主のことも知っているらしい。だが、オルガノンという概念を理解出来ていない彼に対して、自分と「持ち主」の関係を説明するのは不可能であった。

「まぁ、いいでごわす。久しぶりに、我が故郷ん者とお会いすることが出来て、おいどんも嬉しか。で、おはんはなぜここに?」
「私自身も、自分がここにいる理由はよく分からないのです。たまたま、彷徨っているうちに、困っている人達がいたので、今はその人達のお手伝いをしています」

 キヨがそう答えていると、そこにルークが現れる。

「キヨさん、この人はどなたですか?」
「地球でお会いしたことがある人なんですけど……」

 紹介しようにも、まだキヨは彼の名前すらも思い出せない。すると、その巨漢の男は自ら名乗り出た。 

「西郷吉之助と申します。おはんらも、ここん先生にご用でごわすか?」

 『その名』は確かにキヨにとって聞き覚えのある響きであったが、それでも彼女の中では、彼が何者であったのかを思い出すには至らなかった。

「あ、はい、そうです」
「おぉ、そいでしたら、邪魔してわろうござした。おいどん、こっから、こん北西の『てぃすほーん』いう町に仲間を待たせております故、これにて失礼させて頂きます。さぁ、ツン、待たせたでごわすな」

 そう言って、彼はその犬と共に彼等の前から去って行く。実はキヨにとって彼は、当時の「持ち主」とその仲間達を窮地に追い込んだ「裏切り者」であり、現在ラピスを支配しているあの「妖刀」とはまた異なる意味での「宿敵」なのだが、幸か不幸か、彼女はこの時点ではそのことには気付かなかったようである。

 ******

 そして、彼が去った後、ルークとキヨは診療所の医師と対面することになったのだが、そこで彼等を待っていたのは、絶望的な告知であった。どうやら今、この街の中には、黒死病の特効薬は存在しないらしい。
 というのも、この地はヴィットの生産地ではあるものの、このブレトランド内では黒死病は(おそらく風土的な事情により)発症した事例が殆どないこともあり、そのヴィットを用いた特効薬を作る技術そのものが殆ど伝わっていないらしい。一応、それでも万が一の時のために僅かな数の特効薬は所持していたものの、どうやら最近になって急激に(おそらくはマライアと同じ経路で感染した)大陸から渡来した発症者が増えた結果、その特効薬も全て使い切ってしまったという(そして、最後の一つを投与したのが、先刻までルーク達と話していた、あの巨漢の男であったらしい)。
 一応、この街にもその特効薬を調合出来る薬剤師は一人いるらしいのだが、その者は今、まもなくティスホーンで開催される武術大会に「救護班」として参加するために、同地に向かっているとのことである。
 こうなると、一刻も早くマライアをその地に連れていって、薬を調合してもらう必要があると考えたルーク達は、特効薬の原料となるヴィットを購入した上で、手持ちの路銀をはたいて小型の馬車を借り、マライアを横にして乗せた上で、ティスホーンへと向かうことになった。現状、マライアの症状がどこまで悪化しているのか分からない以上、悠長にその薬剤師が戻って来るのを待っている余裕は、彼等には無かったのである。

1.3. 馬泥棒

 こうして、ルーク達がティスホーンへ向かって馬車を走らせつつある頃、同地のマックイーン牧場を、この地の四人の領主の一人であるペルセポネ・サーデス(下図)が訪れていた。


 彼女は四人の領主の中でも最も「武闘派」と呼ばれる人物であり、元来は旅芸人の一座で「剣舞」を披露する生活を送っていたが、やがて聖印の力に目覚めたことで旧トランガーヌ騎士団に登用された「叩き上げの騎士」でもある。
 この日の彼女は、間も無く武術大会が近付いてきているということもあり、「景品」である五頭のコンディションを確認するために、自ら牧場を訪れることになったのである。ブライアンはその申し出に従い、エルバにペルセポネを厩舎へと案内するように命じた。実際のところ、ペルセポネはこれまでに何度もこの牧場に足を運んでおり、案内が無くても厩舎の場所が分かる程度には牧場の状況は把握しているのだが、さすがに「領主様」の来訪に対して「どうぞご自由に」と言って放置する訳にもいかない。
 ちなみに、28歳のエルバに対して、ペルセポネはまだ18歳。他の共同領主達もいずれも10代の若い少女達なのだが、だからと言って、エルバの中には彼女達を見下すような気持ちは微塵もない(ちなみに、彼女の故郷であるルマの領主ユークレースもまた、年端もいかぬ少女である)。領主としても、騎士としても、エルバはペルセポネに対して強い敬意を抱いていた。
 そして、在野出身のペルセポネもまた、あまり格式張った振る舞いを好まぬ性格であり、自分と似たような「外様」の立場であるエルバに対しては、どこか親近感を感じていたようである。そんな彼女をエルバが厩舎へと案内する過程で、ペルセポネはおもむろにエルバに問いかけた。

「アンタ最近、ちょっと雰囲気変わったよね?」
「そうですかねぇ」
「私、もともとトランガーヌに来る前は各地を旅してたから、色んな人達に会ってきたんだけど、今のアンタからは、ただの調教師ではない『何か』を感じるんだよ」
「まぁ、思い当たるフシがない訳ではないですけども……」

 エルバはそう答えながら、自分の左手の掌をペルセポネに見せる。そこには、不思議な「紋様のような何か」が浮き上がっていた。

「それは、邪紋……!、そうか、邪紋使いの力に目覚めたのか。しかし、変わった紋様だな」

 その邪紋は、彼女の掌全体に広がっていたが、その中央部には「文字」のような「記号」のような、不思議な形をした何かが描かれていた。しかし、それが何なのかは、エルバにもペルセポネにも分からない。

「私も一度、邪紋使いを近くで見たことはあるのですが、こんな紋様ではなかった気がするんですよね。もしかしたら、何か別の力だったりするのでしょうかね?」

 小首を傾げながら、エルバはそう呟く。ちなみに、彼女が過去にみた「邪紋使い」とは、数年前に生き別れた彼女の弟のことである。彼の邪紋には、このような「文字のような何か」は描かれてはいなかった。
 そんな会話を交わしつつ、二人が厩舎へと近付いていくと、その厩舎の方から、下働きの男の叫び声と、何頭かの馬が走り去っていく足音が聞こえる。

「た、大変だ! 馬泥棒だ!」

 その声を聞いたエルバとペルセポネは、すぐに厩舎へと走って行く。すると、そこには何者かによって破壊された柵と、何者かによって殴られて負傷して倒れている下働きの男達の姿があった。そして、本来ならばその厩舎にいた筈の「五頭の馬」がどこにも見当たらない。

「す、すみません、あの新馬達が、突然やってきた、ならず者達に……」
「そいつらは、どっちへ行ったんだい?」
「あ、あっちです!」

 彼が指差した先には、破壊された柵があった。そして、その柵の先にも、馬の蹄の跡が続いているのはすぐに分かる。どうやら彼等は、その新馬達に乗った状態で逃走したらしい。エルバが近くを見渡すと、現時点でこの厩舎に残っている馬は一頭だけだった。彼女は迷わず、その馬に飛び乗る。

「ペルセポネ様、すいません。ちょっと野暮用が入ったようで」
「野暮用、と言っていい程度の問題ではない気がするが……、ともかく、馬の扱いに関しては、私よりアンタの方が上だろう。頼む、なんとしても取り返してくれ!」
「勿論ですよ!」

 そう言って、エルバは駆け出して行く。連れ去った者達が何者かは分からないが、誰であろうと、この状況を見逃す訳にはいかない。彼女の騎乗馬は新馬五頭には及ばぬ脚力だが、巧みな騎乗術により、先行する馬泥棒達との距離を詰めていく。
 そして、その馬泥棒達が逃げようとする道の反対側から、ティスホーンに向かって走る一台の馬車があった。その御者を務めているのは、邪紋使いのラスティ・ザンシックである。

「おい、なんか前の方から、変な連中が近付いてきてるぞ」

 馬が全力疾走出来る距離には限界があるため、普通は街道を全力で走り抜けようとする者はいない。故に、地平線の反対側から全力で五頭の馬に乗った者達が近付いてくるのは、確かに少々珍しい光景である。しかも、五人とも明らかに「ガラの悪い連中」である。

「ヒャッハー! こいつらを売り飛ばせば、あと半年は遊んで暮らせるぜー!」

 そんな叫び声が聞こえたか否かはともかく、明らかに彼等がカタギではないことは、ラスティにも、そして馬車の中から顔を出したルーク達にも分かった。
 一方、そんな馬泥棒達の後方から近付きつつあったエルバは、その先にいる馬車の御者が、自分の見覚えのある人物だということに気付く。

(あれ? ラスティ? どうしてここに……? 反対側から近付いて来ているということは、あいつらの仲間ではないのか……)

 実はエルバは、数年前にオーキッド経由でこの小大陸に来た時に、彼女達が乗っていた客船を乗っ取ろうとした海賊達を、ラスティと共に成敗したという過去がある。その際に意気投合した二人は、ラスティが動物好きということもあり、彼が何度かマックイーン牧場を訪れるなど、幾度かの交流を重ねて友誼を結んでいた。同い年で似たような気質の二人故に、どこか通じ合うところがあったのだろう。
 そして、ラスティの方も、その「ガラの悪い連中」の後方からエルバが近付いてくるのに気付いていた。

「おい、エルバ! こいつら、お前の知り合いか!?」

 ラスティは大声でそう問いかける。通常の人間の声ではとても届かないような距離だが、豪胆な彼の人並み外れた声量は、エルバの耳に伝わるのに十分であった。

「そいつらは泥棒だよ! すまない、止めちゃくれないかね!?」

 ラスティに負けない大声でエルバがそう叫ぶと、即座にルーク達は馬車から降りて、走り去ろうとする馬泥棒達を迎撃する体制に入る。そして、今の彼等にとって、聖印も邪紋も持たない馬泥棒など、敵ではなかった。キヨの白刃、ラスティの剛腕、ロディの弓矢によって、馬泥棒達はいずれも一撃で屠られ、ルークが放った一矢を受けた者も重傷を負う。そして、そんな惨状を目の当たりにした残りの一人もまた、後ろから走り寄ったエルバが放った剣の一閃によって、あっけなくその場で絶命した。

(あの力、明らかに邪紋使いのものだな。そして、あの『刀』は……、キヨ殿と同じ代物か?)

 エルバが用いた武器を見たフリックは、その形状がキヨ(の本体)と似ていることに気付きつつ、残った一人の馬泥棒の進路を妨げるように立ちはだかる。そして、ルークの矢で既に瀕死に近い状態まで追い込まれていたその男は、この状況に絶望し、あっさりと馬を降りて降伏したのであった。

1.4. 第四の犬士

「す、すいません、お、俺、こいつらに脅されて協力しただけなんです。ホントです!」

 そう言って、ひたすら命乞いをする馬泥棒であったが、エルバとしても、彼等の背後で誰かが動いている可能性がある以上、ここで唯一の生き残りである彼を殺すつもりはない。

「とりあえず、詳しい話は農場に戻ってから聞かせてもらおうか。幸い、今、あっちには領主様もいらっしゃるしねぇ」

 エルバがそう言い放つと、今度はラスティが彼女に問いかける。

「エルバ、とりあえず、俺達にも事情を説明してくれんか?」
「あぁ、巻き込んで悪かったね。いや、大したことじゃないよ。ウチの農場から、このならず者共が馬を持ち出そうとしたってだけの話さ。助けてくれてありがとうよ。で、オーキッドからはるばるこんなところまで、一体どうしたんだい?」
「まぁ、それについては、今はコイツが俺達の大将だから、コイツから聞いてくれ」

 ラスティがそう言ってルークを指差すと、彼はこの戦いの過程で乱れた呼吸を整えつつ、自己紹介を始める。

「私はルーク・ゼレンと申します。今は彼等と旅をしている者です。あなたは?」
「あぁ、私はエルバ・イレクトリス。私は、そこの農場で働いている、しがない馬飼いみたいなもんだよ。ラスティとは、このブレトランドに来る時に知り合ったんだが……、こんな所までわざわざ来たってことは、あんた達も、例の闘技会でも見に来たのかい?」
「闘技会?」
「あぁ。もうすぐ、五人一組で開催される武術大会があるんだよ。このブレトランド中から、腕に自信のある連中が集まってきててね。そんな訳で、今、ティスホーンはお祭り騒ぎさ」
「なるほど。私達は、それに参加するつもりではなかったのですが……」

 ルークがそう言いつつ、どうやってこの場をごまかそうかと思案を巡らせていたところで、ラスティが横から首を突っ込んでくる。

「ちょっとその武術大会とやらについて、詳しく教えてもらおうか?」
「あぁ、あんたなら、こういうの好きそうだなと思ってたよ」

 エルバはそう言って苦笑しつつ、大会の概要をラスティに伝えると、彼はますます興味津々の表情を浮かべる。

「なぁ、ルーク、面白そうじゃねぇか、これ?」
「あぁ……、確かに『ラスティは』好きそうだな」

 反応に困りつつ、そう答えるルークであったが、エルバの口から、有力な出場者の一人として「ダンク・エージュ」の名を聞かされると、ルークはやや顔を顰める。エルバにとっても彼は「馬使いが荒い」という理由で好ましい人物ではないのだが、ルークの中でも、あまりいい印象は持っていない。同じヴァレフール(しかも、同じワトホート恭順派)の猛将ではあるが、無謀な作戦を敢行して多くの味方の犠牲者を生み出すことでも有名で、以前にヴァレフール騎士団の一員として同席した時も、彼の横柄な振る舞いには辟易させられていた。

「まぁ、手伝ってもらった恩もあるし、急ぎの旅でないのなら、ウチの農場で休んでいかないかい?」
「それはありがたい。私も隣町からこちらに来たばかりで、休息を取ろうとしていたところだ」
「大事な馬を助けてもらったからね。それくらいはさせてもらうさ。これも何かの縁ということで、よろしく」

 そう言って、彼女は左手で握手をしようとする。この世界では、握手をする際にどちらの手を用いるかについて、明確なルールはない。通常は「武器を持つ手」である右手を差し出すのが礼儀と言われることが多いが、彼女の場合、両手利きの二刀流剣士であるため、どちらの手を差し出しても、彼女の中では同じ意味なのだろう。
 そして、そんな彼女の左手の掌に浮かび上がった「邪紋」と、その中央に浮かび上がった「文字のような何か」にキヨが気付く。

「ルークさん、あれは、地球の文字です」

 彼女はルークにそう耳打ちする。向きとしては逆方向から見ることになったが、そこに描かれているのは紛れもなく、彼女の故郷において用いられている「信」の文字であった。

「ん? これが気になってるのかい?」

 エルバがそう言って左手の邪紋を見せると、確かにそこには、ラスティ達の紋様と似たマークが記されていることがルーク達にも分かる。その上で、彼は慎重に言葉を選びながら尋ねてみた。

「その『力』は、もしかして、最近目覚めたものですか?」
「あぁ、なんか、水汲みをしている最中に、変なものが飛んできてね。気付いたら、こんな掌になっていたんだ」

 彼女はそう答える。いつもならその判別はマライアが担当しているのだが、今の彼女ではそれも難しそうである。だが、キヨが見る限り、確かにその掌に描かれているのは「信」の文字であるし、他の三人と覚醒時の状況が酷似していることを考えれば、おそらく間違いないだろう。

「ま、ともあれ、立ち話もなんだよ。まずは、牧場へ行こう」

 彼女にそう言われて、ひとまず彼等はマックイーン牧場へと案内されることになった。

1.5. 牧場の宴

「おぉ、無事に連れ戻してくれたか。ありがとう、本当にありがとう」

 牧場主のブライアンは、そう言ってエルバとルーク達に対して深く礼を述べた上で、下手人についてはペルセポネに引き渡しつつ、持てる限りの贅を尽くした料理を振る舞い、ルーク達を歓待する。マライアのためにも、一刻も早く薬剤師を探したいところではあったが、牧場に到着した頃には既に夜になっていたため、ひとまずエルバ達に事情を話して、この日は牧場内の客人用の高級ベッドを借りて彼女を休ませた上で、素直に彼等のもてなしを受けることになった。
 そして、宴が進む中、ブライアンや他の従業員達が席を外し、エルバとルーク達だけになった時点で、ルークはおもむろにエルバに話しかける。

「ところで、エルバさん。あなたには、私達の『本当の目的』を話さなければならないかもしれません」

 突然、真剣な顔でそう語り始めたルークに対して、エルバは怪訝そうな表情を浮かべる。

「なんだいなんだい、いきなり?」

 ルークは、いつもならマライアが担当している「ラピスの現状」と「シリウスの後継者」についての一通りの話をエルバに伝える。基本的に口下手な彼であるが、いつもマライアの話を横で聞いていたこともあり、その意図は正しくエルバに伝わったようである。

「はぁ……、また、突拍子もない話だなぁ。まぁ、この三人にも同じような紋様があるみたいだし、こんな大掛かりな嘘を語るとも思えないから、本当の話なんだろうけど……。要は、私があんた達についていけばいい、ってことかい?」
「そういうことになります」

 そう言われたエルバは、やや困惑した表情を浮かべていると、そこにブライアンが戻ってきた。いずれは彼に対しても事情を話さねばならないと考えていたルークは、そのまま勢いで彼にも事情を伝える。

「……そういう訳で、エルバさんの力が、私達にとって必要かもしれないのです」

 そう言って彼は、遠回しに彼女の「保護者」であるブライアンに、彼女を連れて行くことの許可をもらおうとする。ちなみに、先刻から彼の口調がどこか歯切れの悪い言い回しになっているのは、ケイでロディを仲間に引き入れる際に、ふとした「失言」から話をこじらせてしまったことが尾を引いているからなのだが、そんなことはエルバやブライアンが知る筈もない。

「必要というのは、もしかして最近、エルバが目覚めた、あの良くわからん力のことか?」
「そうなります」

 ルークがそう答えると、エルバが意外そうな表情を見せる。彼女は、ブライアン達の前で、その邪紋の力を見せた記憶はなかった。

「なんだ、知ってたんですか」
「まぁな。正直なところ、お前がいなくなって困らんと言えば嘘になるが、どうしても必要ということであれば、この方々はあの仔達の恩人でもあるし、お前自身が行きたいなら止める気はないが……、お前自身はどうなんだ? お前の中で、もうこの牧場で働くことへの未練がないのであれば、お前はもともとこの町の人間ではないし、またどこかに行きたくなったら、それはお前の自由なんだが」

 そう言われたエルバは、まだ困惑した状態のまま、ルークに向かって答える。

「まぁ、私も色々あってここまで来た身だし、ブライアンの旦那さんにも、沢山世話になって、その御恩も返せてないから、すぐに返事を出す気にもなれないんだ。今のところは、例の大会の気がかりもあるし、さすがに、ここを離れてついて行くとなると、すぐに決められる訳ではないからね。ウダウダ悩むのは性に合わないんだが、さすがに、少し考える時間をくれよ」
「そうですね。すぐに来いとは、無理には言いません。あなたの中でしっかりと答えを出すまで、こちらは待つつもりでいます」
「とりあえず、この町にいる間は、何でも力になるから、遠慮なく言ってくれよ。薬剤師さんのことで領主様に話をするなら、私がついて行こうか?」
「頼めますか?」
「あぁ。ここの領主様とは顔馴染みだからね。話は通りやすいかもしれないし」
「ありがとうございます」

 こうして、ひとまずはエルバから「友好的な反応」を取り付けたルーク達は、安心してこの日は牧場の客室で休養する。とはいえ、さすがに6人もの来客が来ることを想定した作りではないため、マライア以外は雑魚寝に近い状態ではあったが、それでも、緊張感が漂う日々を送っていた彼等にとっては、久しぶりの安心した状態での休息となった。

1.6. 薬剤師との再会

 そして翌日、ルーク達は改めてマライアを連れてティスホーンの町に入り、そして武術大会開催に向けて臨時で増設された「旅宿」の一つへと赴き、ひとまずこの町での宿泊先を確保する。いくらブライアン達が彼等に恩義を感じているとはいえ、あまり長居し続ける訳にもいかないし、彼等の仕事の邪魔をするのも気がひける。
 そして、牧場の従業員に頼んで馬車をメガエラへと返してもらいつつ、メガエラの時と同様にマライアの看病と護衛をラスティ、フリック、ロディの三人に任せた上で、ルークとキヨはエルバの仲介を経て領主の一人であるペルセポネの紹介を得た上で、武術大会のために集められた人々が集う救護室へと向かおうとするが、その救護室の目の前まで来たところで、意外な人物(下図)と再会する。


「お前さん達、たしかマライアの知り合いの……」

 彼の名はヨハン。オーキッドでの「毒入りロブスター事件」の折に同席していた、アルフォート子爵ヘルマンの契約魔法師である。魔法師の系統としては「錬金術師」だが、薬物調合の専門家であるが故に、学生時代にマライアとも面識があり、あの事件の折には彼の持っていた薬のおかげでヘルマンとイノケンティスが一命をとりとめた。その意味では、ルークやラスティにとっては「父の恩人」でもある( 「第1話」 参照)。
 どうやら彼もまた、この大会における医療班の一員として雇われることになったらしい。もっとも、大陸人である彼がここに来た本来の主目的は、この大会に選手として参加することになった彼の同僚達の支援のためだったのだが。

「お久しぶりです。その節は、お世話になりました」
「あぁ、たしか、あのオーキッドの領主様のご子息殿だったかな。マライアは元気かい?」
「元気ではないです」

 そう言って、ルークが事情を説明すると、ヨハンは途端に真剣な表情に変わる。

「黒死病か……。そういうことなら、まずは症状を見せてもらえないか?」

 ヨハンにそう言われると、ルーク達は素直に同意し、彼を連れて病床のマライアの眠る宿へと戻る。そして、薬物の専門家であるヨハンは彼女の病状を確認した上で、こう告げた。

「とりあえず、黒死病の特効薬なら、私にも持ち合わせはある。今から調合するよりも、こちらを使った方が早いだろう」

 彼はそう言うと、それを独自の手法でマライアに服用させる。すると、心なしか彼女の表情が少し和らいだように見える。

「これでしばらく安静にしていれば、病状は回復する筈だ。あとはこいつ自身の体力で、どうにかなるだろう」
「ありがとうございます」

 ルークがそう言って深々と頭を下げると、その傍らでエルバが独り言のように呟く。

「黒死病なんて、久々に聞いたよ」

 大陸出身である彼女は、その恐ろしさはよく知っている。そして、それは大陸のローズモンド伯爵領に居を構えるヨハンもまた同じであった。

「私も、まさかブレトランドに来てまで、この病気に出くわすとは思わなかった。一応、この小大陸内では、風土的な理由から伝染しないと言われているが、私は船の時点でこいつの近くにいた訳だから、私も警戒した方がいいのかもしれんな。あと、そこのお嬢さんも」

 そう言って彼はキヨに目を向けるが、実際のところ、人間の身体に寄生する病原菌が、「刀」である彼女に対しても有効なのかどうかは分からない。

「ところで、お知り合いなのかい?」

 エルバが、ここに来るまでの間になんとなく聞きそびれていたことを聞こうと、ルークにそう問いかけたが、彼としては、あまり「ロブスター事件」のことは(色々とまだ未解決の問題でもあるだけに)口外したくない、というのが本音であった。
 そんな微妙な沈黙が流れている中、その空気を察してか否かは不明だが、ヨハンの方から先に口を開く。

「私はローズモンドの宰相であるアルフォート伯ヘルマン様の契約魔法師で、ヨハン・デュランと申します」

 ルーク達に対しては「友人であるマライアの知り合い」ということで、友人口調で語っていたヨハンではあるが、初対面のエルバに対しては、最低限の礼を尽くした口調でそう答える。それに対して、エルバもまた素直に自己紹介で返した。

「大陸の方でしたか。私は、エルバ・イレクトリスと申します」
「イレクトリス……? もしや、スコール殿の縁者ですか?」
「弟を知っているのかい!?」

 予想外の名を聞かされて、エルバは驚愕の声を上げる。そう、スコールとは、彼女の弟の邪紋使いの名である。そして、ヨハンとスコールは、つい先日まで続いていた、アトラタン全土を巻き込む大戦において、同じ幻想詩連合に与する同胞として、何度も共闘した仲であった。

「そうか、これはまた不思議な縁だな。今回は、スコール殿と共にあの大戦を戦った私の部下達も参戦しているんだ。あと、こないだお前さん達と一緒に戦ったヴェルトールもな」

 その名を聞いて、ルーク達の表情が一変する。彼等にとって、ヴェルトールは「共に戦った仲間」であると同時に、「真偽不明のまま取り逃がした容疑者」でもある。

「なるほど。この大会に出れば、アイツと戦えるんだな……」

 ラスティとしては、あの時点では戦っても勝てる自信は無かったが、今の自分の実力が彼に通用するかどうか試したい、そんな気持ちが湧き上がっていた。そしてルークもまた、灰色決着してしまった彼の名を出されたことで、どこか複雑な表情を浮かべる。

「そうか、色々な人々がこの大会に興味を示しているんだな……」

 ルーク自身もまた興味深そうな声でそう呟くのを聞いたエルバは、これまで密かに自分の中に留めていた「本音」を、ここで思い切って「言葉」にして彼等に伝えることを決意する。

「なぁ、ルークさん、一つ相談事があるんだ」
「相談事?」
「この武術大会の景品が、ウチで飼っている馬達の所有権だという話はしただろう? 今回の大会に出場しているダンク・エージュという男、ウチの牧場のお得意さんではあるんだが、馬の扱いが荒くってねぇ」

 そう言われたルークは、過去に遭遇した時のダンクの粗暴な振る舞いを思い出しつつ、さもありなんと言いたげな表情を浮かべる。

「今年の新馬五頭は、私が愛情を込めて育てた大事な馬達だ。あの男に渡すくらいなら、私が大会に出てやろうかとも思ってたんだけど、私一人じゃ出られなくてね。ここで会ったのも何かの縁だし、私と一緒に、あの大会に出てはくれないか?」

 そう言われたルークが、一瞬、戸惑いの表情を見せていると、畳み掛けるように彼女はそのまま語り続ける。

「正直、昨日ついて来てくれと言われたんだが、私はまだあんたのことはよく分からない。だが、共に大会に出ることを通じて、何か分かるかもしれない。この話、乗ってはくれないかい?」

 遠回しな言い方をしているが、彼女としては、この機会にルーク達が「ついて行くに値する人物か否か」を見極めたいと考えていることは、彼等にも伝わった。そして、ルークにとっても、それは望むところであった。

「そうですね。あなたが仲間を募っているというのであれば、私達も協力は致しましょう。あなたについて来てもらうに辺り、お互いについて知るためにも良いのかもしれません。これであなたの考えが固まってくれれば、私としてもありがたいです。あと、ラスティも出場したがっているようですし」

 そう言われたラスティは、素直にニヤリと笑う。こうして、ルーク達もまたエルバと共に、このティスホーンの武術大会へと参加することを決意したのである。

1.7. 新聞記者との再会

 そして、大会への出場登録の締切はこの日が最終日ということもあり、彼等はひとまずマライアの看病をヨハンに任せた上で、大会運営事務局へと赴くことになる。そこに張り出されていた大会の開催規定は、以下のとおりである。

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大会形式
  • 参加資格を持つのは15歳以上のメンバー5人を有するチーム。
  • 試合形式は1対1の総当たり戦で、勝ち越した方が勝利。
 (引き分けなどの発生により、同点だった場合は、代表者1名による決勝戦で決着)
  • 制限時間内に終わらなかった場合は判定で決着。
 (主審・副審のうち2名が片方に「優勢」の判定を下せば、その者が勝利)
  • メンバーの出場順は、試合ごとに入れ替えても良い。
  • 1回戦と2回戦は中規模の闘技場、3回戦以降は大規模の闘技場でおこなわれる。

決着方法
  • 選手が瀕死状態などにより行動不能になった場合、その瞬間に敗北が確定。
  • まだ行動可能な状態でも、主審の判断によって「勝負あった」と裁定される場合もある。
 (その場合、主審や副審が攻撃を妨害することもある)
  • ギブアップは、選手自身もしくはチームメイトが宣言することで成立する。
  • 主審が止めたにも関わらず攻撃を続行しようとした選手は失格となり、チームとしても敗北。
  • 選手が試合中に闘技場外に出た場合は、その時点で反則負けとなる。

禁則事項
  • 武器や防具などの使用に関しての制限はないが、乗騎は禁止。
  • 試合中、外部からの援護は禁止。

優勝者商品
  • 本年度最高評価の新馬5頭
 (「ランスロット」「トリスタン」「ガウェイン」「パーシヴァル」「モルドレッド」)
  • 金一封
  • 上記に加えて、希望する者には幹部待遇でのティスホーン軍への雇用も検討する

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 この大会規定を読んだ上で、まず最初に口を開いたのはフリックである。

「私も出場するのは構わないんだが、多分、私が出ても『引き分け狙い』の戦いしか出来ないと思う」

 彼は「仲間を守ること」に特化した邪紋使いであるため、自分の身を守ることにも長けてはいるが、「相手を倒す能力」はあまり持ち合わせていない。そしてもう一人、尻込みしている者がいた。ロディである。

「いや、その、別に、怖い訳じゃないんだ。でも、一対一は、ちょっと……」

 彼はケイでの戦いの折、キヨに助けられる直前まで、「鎧のオルガノン」と一対一の戦いを強いられて、あやうく命を落としかけたことがトラウマになっているようである。だが、それ以前の問題として、この大会の出場規定は「15歳以上」と定められているため、成長期に入りかけたばかりの13歳の彼では、体格的にも雰囲気的にも、年齢を詐称するのは少々難しい。
 そして、仮にマライアの体調が回復したとしても、攻撃能力を持たない生命魔法師の彼女が大会に出場するのは難しいであろう。そうなると、実質的には、ルーク、ラスティ、キヨ、フリック、エルバの5人で出場するのが妥当ということになるのだろうが、フリックに関しては「引き分け狙い」しか出来ず、しかも「判定勝ち」のルールがある以上、防戦一方の彼に対して、その点で不利な裁定が下る可能性は高いので、実質的には1敗を覚悟した状態での戦いを強いられることになる。果たして、この状況で、ブレトランド内外から集まる並み居る猛者達を相手に戦えるのか、という不安は拭えなかった。
 そんな中、彼等の前にもう一人、またしても「旧知の人物」が姿を現す(下図)。


「あ、日本刀さん。やっぱり、あなたも武術大会に出るために来てたのね」

 『週刊ローズモンド』の記者、アンナである。キヨとマライアがオーキッドへと向かう船の中で同船していた彼女は、船の中でキヨの正体に気付き、その時点で彼女に強い興味を示していた( 「第1話」 参照)。ちなみに、彼女自身は「地球人」の投影体である。

「そうか。あなただったら、『どっち』でも参加出来るのよね」

 アンナはそう言いながら、大会規定の「禁則事項」の武具の欄を指差す。そこには確かに、武器防具の使用に関して「オルガノンの使用を禁じる」という文言はなかった。そしてキヨには、自分自身を「武器」の状態へと変化させた(オルガノンとしての「擬人化フォーム」を消した)上で、その「武器としての自分」を持った者と心身共に一体化した状態で、彼女自身の力を用いて戦う能力が備わっていた。つまり、彼女が「武器」として誰かと共に出場するのであれば、その者に本来備わっている能力以上の実力を発揮させることが可能となる。
 それに加えて、更にアンナは彼等に「禁断のアドバイス」を助言する。

「あと、『武器の使い回しを禁じる』なんて規定も、どこにも無いわよね」

 常識的に考えて、大会運営側がそんな規定を作ることは無いだろう。一応、この世界にも聖剣や魔剣の類はあるが、それらを使いこなせる人物は限られているし、仮に強力な剣を1チームで使い回したところで、それほど圧倒的な差が生じる訳ではない。だが、オルガノンであるキヨが、その力を持ち主に憑依させれば、それは実質的に「二人分の力」を発揮させるに等しいほどの強力な助力となる。それをチーム全員で共有するということは、それだけでチームの全体の戦力が倍になると言っても過言ではない。
 とはいえ、さすがに弓使いのルークが、弓と同時にキヨ(日本刀)を片手に持つことは出来ない。だが、もともと素手のラスティならば、左手にキヨを持って戦うことは可能であるし、日頃から日本刀を武器とするエルバでもキヨを扱うことは容易に出来るであろう。もともと破壊力に長けた彼等がキヨを装備すれば、まさに鬼に金棒である。
 一方、日頃は短剣を武器としているフリックも、その気になればそれをキヨに持ち替えることは可能であろうし、更に言えば、マライアにタクトの代わりにキヨを持たせることも可能である。つまり、「絶対的な防御力」や「回復魔法」しか持たなかった彼等が、キヨという「圧倒的な破壊力」を手にすることで、「攻防一体型の優秀な戦士」に生まれ変わることになる。

「しかし、それは大会規定には書かれてはいないとはいえ、さすがに公正な戦い方とは言えないのではないか?」

 実直を是とするルークはそう言って首を傾げるが、当のキヨは、この提案に対して前向きな姿勢を見せる。

「馬を守ることが第一です」

 もともと「武器」である彼女は、久しぶりに自分の力が「誰かの手で使われること」が嬉しいらしい。そしておそらく、犬好きの彼女にとっては、馬達も同じように「愛すべき対象」と位置付けられているのであろう。もっとも、キヨがその実力を発揮するためには彼女の中の混沌の力を消耗することになるため、あまりに連戦が続くと、彼女自身が疲弊してしまうリスクもある以上、彼女を「武器」として出場させるのであれば、彼女にはその役割に専念させた上で、「一人の投影体剣士」として出場させるのは避けるべきであろう。
 こうした状況に鑑みた上で、彼等は熟議の結果、ルーク、ラスティ、フリック、エルバ、マライアの五人で選手登録することになった。誰がどこまでキヨを使うかについては、彼女の疲労具合と戦況を見ながら考える、という方針で一致する。
 そしてチーム名は、エルバの発案により、「シリウスの鋭爪」と定められた。エルバ自身、シリウスのことは話でしか聞いていないが、今の彼等を繋ぐ鍵となる存在であることをルークから聞かされていた彼女は(もともと動物好きということもあり)、まだルーク達について行くかどうかも決めていない今のこの段階において、既に強い興味を示していたようである。

2.1.1. 対戦相手

 こうして、ルーク率いる「シリウスの鋭爪」が、受付終了直前にエントリーした上で、抽選の結果、以下のようなトーナメント表が発表された。


 一応、建前上は「厳正な抽選」をおこなったことになってはいるが、実際のところ、明らかに有力チームが序盤でぶつからないように配慮された配置となっている。そして、出場チーム一覧を見た上での下馬評は以下の通りであった。


 最大の注目株は、ダンク・エージュによって雇われた「暁の牙」と、まさかの(ティスホーンにとっての宿敵である)アントリアからの参戦となった「白狼騎士団」である。しかも、ヴォルミスとヴィクトールという、この世界全体でも屈指の実力者と言われる両団長が自ら出陣しているということもあり、その注目度は極めて高い。
 ただ、どちらも他の出場者に関しては若手中心の編成という噂もあり、全体的な実力に関しては、ティスホーン軍特選隊の方が上なのではないか、という説もある。いかに両軍の大将が飛び抜けた実力者でも、そこに至る前に三敗してしまえば敗退確定である以上、最終的には五人全員の戦力バランスが重要になる可能性が高い。その意味では、地元であるが故に不在時の心配をすることなく最精鋭部隊を投入出来るティスホーン軍には、それだけで大きな強みがあった。
 そして、そんなティスホーン軍と同じブロックの中に、ルーク率いる「シリウスの鋭爪」はエントリーされることになった。しかも、彼等の一回戦の相手となった「ロザン一座」とは、元来はただの旅芸人の一座なのであるが(詳細は 「禁じられた唄」 参照)、今回はそこに、本来ならばティスホーン軍特選隊に入っていてもおかしくないこの街の四領主の一人のペルセポネと、街の武官の一人である邪紋使いのモッチーナが助っ人として参加しており(彼女達はロザン一座のOGでもある)、有力チームの一つとして注目されている存在である。更に、仮にそこを勝ち上がったとしても、その次には(ルーク達と因縁のある)ヴェルトール率いるアルフォート遊撃隊が待ち受けているという、相当に厳しい「死のブロック」を引き当ててしまった。
 そんな彼等の前に、再び『週刊ローズモンド』のアンナが現れる。

「あ、無事にエントリーしたんですね。一回戦の相手の『ロザン一座』に関しては、実は私、それなりに情報持ってるんですけど、知りたいですか?」

 長い前髪の下に不気味な微笑みを浮かべながら彼女はそう問いかける。知りたいか、知りたくないかと言われたら、当然知りたいに決まっているのだが、問題は、その代償として彼女が何を要求してくるか、である(無論、それ以前の問題として、彼女の提供する情報を真に受けて良いのか、という問題もあるのだが)。

「いや、あの、別にお金とかは要求しませんよ。私、ちょっとあなた達に興味がありまして。あなた方のことをちょっとだけ教えてくれたら、ロザン一座のことも教えてあげてもいいかな、と思ってるんですけど」

 「新聞記者」である彼女は、どうやらルーク達が何か重大な秘密を隠しているらしいことに、既に勘付いているらしい。その推論がどこから来ているのかは不明だが、果たして彼女にどこまで話しても良いものか、ルーク達としても判断に迷っていた。

「教えてもらえるのならば、教えてもらいたいところだが……、何を聞きたいんだ?」

 ルークがそう言って相手の出方を見ようとすると、アンナはいきなり最初から、直球の質問を投げかけてきた。

「あなた方の本当の目的は何なんです? ただの『犬探し』じゃないんでしょう?」

 客船で最初に出会った時、同じ質問を投げかけられたキヨは、彼女に対して「ブレトランドには、いい犬がいるから」と答えていたのだが(そして、少なくともキヨの中ではそれは「嘘」ではないのだが)、さすがにアンナもそれを真に受けている訳ではない。もっとも、ある意味では「犬(の力を受け継ぐ者達)探し」とも言えなくもないのだが。
 ひとまず、ルークが皆を代表して、慎重に言葉を選びながら、ポツポツと答えていく。

「各地の犬を探す旅というのも、それはそれで興味深い旅ではあるんですが……、『このブレトランドを救うための旅』とだけ、お教えしましょうか」
「今言えるのは、そこまでですか?」
「そうですね」
「じゃあ、目的のことはいいとして、別のことをお聞きしましょうか。あなた、今、お付き合いされている方は?」

 突然、全く脈絡のないことを聞かれたルークは面食らいつつも、答えて特に困る情報でもないように思えたので、素直に答える。

「いえ、いませんが」
「じゃあ、どんな女性が好みですか? あんな方ですか? こんな方ですか?」

 そう言いながら、アンナはキヨとエルバを指差す。いきなりのまくし立てるような質問に困惑したルークではあったが、特に取り乱すこともなく、落ち着いて答える。

「まぁ、そうですね……、誠実で、責任感の強い女性が好きですね」
「なるほど。そう言えば、あの『誠実で、責任感がありそうな魔法師さん』はどうしたんですか?」

 ルークが想定していたのが「彼女」だったのかどうかは分からないが、確かに「彼女」はその条件を満たしていると言っても良かろう。そうでなければ、わざわざ死んだ元契約相手のために、命掛けの旅に出ようとは思うまい。

「今、彼女は病に倒れていて……」
「そうですか。それは大変ですね。では、あなたはどうです? 好みの男性とか?」

 アンナはそう言って、今度はエルバの方に話を振る。アンナにしてみれば、エルバはオーキッドの一件の際にはまだ合流していなかった人物であり、そもそも彼女が何者なのかも知らない筈なのだが、名前を聞く前に「好みの男性」を聞いてくる辺り、明らかに不自然な質問と言わざるを得ない。

「まぁ、今までそういうこととは無縁の人生を送ってきたからねぇ。落ち着いて、腰据えて考えたこともないさね」

 唐突に話を振られたエルバもさすがに驚いた様子ではあったが、特に狼狽することはなく、素直に答える。実際のところ、どう答えたところで、誰にとっても不都合が生じる訳ではないと思えたので、特に返答に迷う理由もなかった。

「なるほど、なかなか身持ちの堅そうな方ですね。で、そちらのあなたは、どんな脇差が好みですか? あ、それとも、太刀や打刀の方が好みですか?」
「斬れ味のいい方が好きです」

 そんな、意味があるのかないのかよく分からない情報を集めたアンナは、なぜかそれである程度満足したようで、彼女が持っていた情報をルーク達に提供することに同意する。

「とりあえず、私が知っている情報は、こんなところですね」

 そう言って彼女は、彼女自身の分析に基づく「ロザン一座のオーダー予想一覧」を彼等に提示した(下図)。すると、「中堅(三番手)」予想に書かれている者の名を見て、ルークやキヨは驚愕の表情を浮かべる。


「なぜ、彼がここに……?」

 そこに書かれていた者の名は「ショウ・コウサキ」。キヨの地球時代の持ち主の一人であり、カナハの村では、ルーク達と一触即発の危機にまで至った因縁のある人物でもある。

「彼は私と同じ地球人ですから、混沌や邪紋の力を封じ込める能力を持っている可能性が高いでしょうね。今は『ロザン一座』の中で、護衛の一人として活躍しているようですよ」

 どこから仕入れた情報なのかも分からないが、アンナは自信有り気にそう語る。それが本当だとしたら、邪紋使いと投影体を主力とする「シリウスの鋭爪」にとって、戦いにくい相手となるであろう。長年ティスホーンに住んでるエルバとしては、ペルセポネとモッチーナの強さはよく知っているだけに、その前にケリをつけたいと考えていた彼女としては、厄介な誤算である。
 とはいえ、この情報が信用出来るのであれば、対策も可能である。ひとまず現状における「勝利のためのベストのオーダー」を確認した上で、エルバは農場の宿舎へと帰還し、ルーク達もまた、自分達の宿へと無事に帰還する…………、はずであった。

2.1.2. 君主の生き様

(おかしいな、朝来た時と、宿の外観が変わっているような……)

 ルークはそう思いながら、自分達が確保した宿とは全く別の宿へと足を踏み入れて行く。例によって例の如く、彼は帰路の途中で仲間達とはぐれてしまったようである。
 そして、記憶していた自分の部屋番号の扉をノックすると、そこから出てきたのは、“ソーナーの領主”にして、この大会における優勝候補筆頭と言われる「暁の牙」を率いて出場するヴァレフールの騎士、ダンク・エージュであった(下図)。


「誰だ、お前? 暁の牙の者ではないな?」

 この瞬間、ようやくルークは自分が間違えて「別の宿」に来てしまっていたことに気付く。そして、どう返答すれば良いか分からぬまま戸惑っている間に、どうやらダンクの方も、ルークのことを思い出したようである。

「おぉ、そうだった、お前、オーキッドの領主んところの小倅だろう?」
「あなたは、ソーナーの領主のダンク様……」

 一応、自分よりも「立場的に格上」の存在ということもあり、「様」と呼んではいるが、その言葉にはあまり敬意は込められてはいない。だが、それ以前の問題として、ダンクはルークの正体が分かった時点で、露骨に侮蔑するような表情を浮かべる。

「貴様、ワトホート様を危険に晒しておいて、よく堂々とお天道様の下を歩けるものだな。このヴァレフールの恥さらしが! それとも、もうヴァレフールにいるのが心苦しくなって、グリースに再就職するつもりでここに来たのか?」

 挑発するようにそう言い放つダンクに対して、日頃は温厚なルークも、思わず声を荒げる。

「なんだと! 私は……」

 だが、何か言い返そうとするが、「アントリアにある実家の村を救うために旅をしている」ということをここで明かすことにも、色々と問題がある。それに加えて、ワトホートを危険に晒した上に、結局、犯人を検挙することも出来なかったという負い目がある以上、あまり強気に反論することも出来ないまま、言葉に詰まってしまう。

「まぁ、士官のためにこの大会に出るんだったら、俺達と戦う前に、適当なところで負けといた方がいいぞ。その方が、まだ町の連中への印象はマシだろうからな」

 つまりは「自分の前に出てきたら、完膚なきまでに叩き潰す」という宣言である。だが、ひとまずここはまともに言い争うべき場所ではない、ということに気付いたルークは、必死で自分を抑えながら、冷静に応対する。

「ダンク様、あなたのお噂は聞いております。確かに、私はワトホート様をお守りできなかったのは事実です。その点は一騎士として恥ずべきことではあると思いますが……」
「で、その恥ずべき自分を踏まえた上で、ここに何しに来たんだ?」
「ここには、仲間の治療のために立ち寄っただけだったのですが、参加者を募集している方がおり、その方を助けるために、共に参戦することになりました」
「つまり、もののついでに『なりゆき』で参加してみた、と」
「……そういうことになります」
「そんな中途半端な気持ちで参加したこと、後悔しても知らんぞ。俺はこういった『競技の場』だからと言って、手加減は出来んからな。勢い余って『取り返しのつかないこと』になるかもしれん。それでもいいのか?」
「その点は覚悟しております」

 ルークとしては、早目にこの不快かつ不毛な会話を終わらせたかったが、自分が間違えて彼の部屋に来てしまった落ち度もある以上、どうにも話を切り上げにくい空気になってしまっていた。そんな中、更に厄介な質問をダンクは投げかけてくる。

「一応、確認しておくが、お前はまだワトホート様に忠誠を誓うつもりではあるんだな?」

 正直なところ、ルークとしてはこれが一番返答に困る。今のところ、彼はワトホートに対して(ロブスター事件の折にヴェルトールが言っていたことが気になってはいたが)特に恨みも悪感情もない。だが、現実問題として彼がラピスを混沌から解放し、その地の領主に収まることになった場合、アントリアに仕えることになるだろう(もっとも、その時点で誰がアントリアの国主になっているのかは、まだ分からないのであるが)。だが、さすがにこのタイミングでそのことを口にする訳にもいかない。
 そんなルークが再び言葉を詰まらせていると、ダンクは唐突に、自分の中の人生哲学を語り始める。

「この世界には三種類の人間がいる。ワトホート様のような『人々を導く力を持つ者』と、守られるべき『力なき者』と、『人々を守るために戦う力を持つ者』。俺は『戦う力』を持って生まれた。だから、この世界に住む『力なき者』や『人々を導く者』を守るために、混沌と戦い、そして死ぬ。それが俺達の宿命だ。その宿命を受け入れられる者であれば、俺は『共に戦場で死ぬべき宿命を背負った仲間』として認めるつもりだが、お前にはまだ、そこまでの覚悟が定まっていないようだな」

 これは、彼が聖印教会の思想を独自解釈した上で辿り着いた、彼固有の君主論である。彼は聖印教会の信者であり、自分自身を「神に選ばれた存在」と自称しているものの、それは彼の中では「この世界の中で特権階級になる権利を持つ者」ではなく、「この世界を脅かす強大な混沌と戦って、華々しく死ぬ権利を持つ者」という意味で解釈されており、彼の中では「この世界を守るために死んだ者は、死後の世界で魂が救済される」と考えられている(実際、このような思想の持ち主は、聖印教会の中にも一定数存在する)。つまり、彼の中では、混沌との戦いにおいて兵士や馬を使い捨てにすることは、彼等の魂を救済するための善行なのである(もっとも、その思想を兵士や馬達が共有出来ている訳ではないようだが)。
 それ故に、彼はワトホートの政敵であったトイバルのことも「巨大な投影体と戦って壮絶に殉死した英雄」( 「炎のさだめ」 参照)として、強い敬意を抱いている。出来れば自分も彼のような形で名誉の戦死を遂げたい、と常に願っており、その戦場に赴くに相応しい名馬を手に入れたいというのが、今回の参戦の動機らしい。そして、この世界を救うために力を貸す気があるのならば、魔法師や邪紋使いも「共に死ぬべき仲間」として認識しているため、邪紋使いを主力とする暁の牙を雇うことにも抵抗が無かったようである。

「自分にはまだ、そこまでの断固とした覚悟はまだありません。しかし、私も、自分の信じるもののためならば、全力をもって困難にも立ち向かっていく心構えは出来ているつもりです」
「では、お前の信じるものとは何だ?」

 そう言われて、ルークは三たび言葉に詰まる。彼の中には確かに『それ』はある筈なのだが、『それ』を上手く言葉にすることが出来ない。そして、これまで漠然と思い描いてきた『あるべき君主像』も、これまでの旅を通じて、少しずつ変容してきているような実感が彼の中にもあり、だからこそ、今ここでそれをはっきりと言葉に出してしまうこと自体に、彼としても抵抗があるのかもしれない。
 そんな中、部屋の奥から、別の男の声が聞こえてきた。

「ダンクどん、そげなこと言うて、あまり若いもんを困らせるもんじゃなか」

 それは、メガエラの診療所の前で出会った、あの巨漢の地球人であった。彼は、このブレトランドの名物の一つであるカスタードプディングが乗った皿を左手に持ち、右手の匙でそれを口に運んで頬張りながら、少しずつ二人の方へと近付いて来る。

「若いうちは、色々迷うんも良か。戦いながら見えてくるもんも有り申そう。ところで、連れの方のお加減はもう良かとですか?」
「どうにか、回復には向かっております。ところで、あなたはなぜここに?」
「おいどんは今、こん人に雇われとる立場でごわす。正確に言うと、おいどんはこん世界に来て以来、『暁の牙』の団長どんに借りが有り申してな。今はダンクどんが雇われた『暁の牙』の一員ということになり申す。対戦することになったら、またそん時は、よろしくお願いするでごわす。沖田どんの縁者様とも、一度手合わせしてみたいでごわすからな」

 そう語る彼であったが、実際のところ、『沖田の縁者』自身は(少なくとも、彼の知っている姿では)参戦しない。その点を説明するのも色々と心苦しかったので、ひとまずルークは適当にこの場を流しつつ、この『地球人の投影体』に道案内される形で、ようやく「本来の宿」へと辿り着いたのであった。

2.1.3. 北の応援団長

 一方、またしてもルークとはぐれてしまった他の仲間達は、例によって例のごとくルークを探して街中を歩き回っていた訳だが、そんな中、キヨに一人の「風変わりな女騎士」が声をかける。

「あら? あなた、メアちゃんのお友達よね?」


 彼女の名は、レイン・J・ウィンストン。アントリアからこの大会に参戦してきた「白狼騎士団」の軍楽隊長であり、同時にアントリア北部のマージャの「仮領主」でもある( 「聖女の末裔」 参照)。攻防一体型の「ギター型の武具(兼楽器)」を用いて戦う騎士であると同時に、「LOVE & PEACE」を広める伝道師としての側面も併せ持っており、彼女の仮領主就任以来、マージャは「音楽の町」と呼ばれるようになったことでも有名である。
 そして、彼女が言うところの「メアちゃん」とは、そのマージャに駐在する武官の一人であり、キヨにとっては、この世界に最初に召喚された時に世話になった人物である。一応、その時にレインとも若干の面識はあるが、互いに「風変わりな人物」と思った程度の印象しかない。ただ、レインの中では「メアちゃん」は「お友達」である以上、「メアちゃんのお友達」であるキヨもまた、彼女の中では「『お友達』として扱っても差し支えない人物」と認識されているようで、実にフレンドリーな態度でキヨに対して接してくる。

「え? なに? あなたもこの大会に出るの?」

 そう言われたキヨであったが、正直なところ、返答に困る質問である。出ることは出るのだが、あくまでも「道具」としての出場である以上(しかも、複数人間で「使い回し」をするという、大会規定上ギリギリの裏技を想定しているため)、あまり大っぴらにそのことを公言する訳にもいかない(もっとも、メアはキヨの正体を知っている以上、既にそのことはレインにも伝わっている可能性はあるのだが)。
 こうして「一瞬の沈黙」が発生すると、ここでキヨよりも先にレインが再び口を開いた。

「あ、私は出ないんだけどね。今回は応援団としての参加だから」

 実際のところ、彼女はあくまで騎士団内では「軍楽隊長」であり、それが本来の役割である。ただ、彼女の曰く、実は当初は、彼女自身が「大将」として出場する予定だったらしい。
 というのも、本来は(旧トランガーヌの遺臣を中心とした)ティスホーンにとって宿敵である筈の白狼騎士団の参戦が実現したのは、レインとグリースの重臣達との間に形成されていた個人的な友誼( ブレトランド戦記「第6話」 参照)に基づく仲介が存在していたからであり、今回の参戦自体、本来はレインの「この大会を通じて、色々な国の人達とお友達になりましょう」という、なんとも牧歌的な発想に基づく「親善企画」だったのである。白狼騎士団の団長であるヴィクトールは、その甘すぎる考えに呆れながらも、「若い騎士達の腕試しの場になるならば」ということで、ひとまずその提案を受け入れる。だが、当初は彼自身が参戦するつもりはサラサラ無かった。
 ところが、「暁の牙」が参戦するという話が届き、しかも大陸屈指の邪紋使いと謳われるヴォルミスがそのメンバーに加わっているという噂が流れてきたことで、ヴィクトールが「ぜひこの機に、彼と手合わせをしたい」と突然言いだした結果、誰かが外れなければならなくなり、もともと引率役程度の気持ちであったレインが、自ら身を引いたのだという。
 ちなみに、後から入った情報によると、実は「暁の牙」側も、本来はヴォルミス自身は出場する予定はなく、あくまで「引率役」として同行した上で、有力な出場者を勧誘するくらいの気持ちだったらしいのだが、それがいつの間にか「ヴォルミス参戦」という誤報として広まってしまっていたらしい。しかし、やがてヴィクトール参戦の報が届いたことで、ヴォルミスの方も「彼とまともに戦えるとしたら、俺しかいないだろう」と言い出して、自ら参戦を決意することになったのである。

「そんな訳で、私は暇になっちゃったって訳。まぁ、私はもともと、応援の方が性に合ってるから、別にいいんだけどね。もしかして、あなたも、今回は応援役?」
「……そうです」

 とりあえず、ここはそう答えておいた方が無難だろうとキヨは考えたようである。実際のところ、役割的には「応援(物理)」と言えなくもない。

「そっか。じゃあ、客席で応援合戦になるかもしれないけど、お互い、野次だけは飛ばさないようにしようね」

 そう言って、レインは去って行く。実際のところ、もし「シリウスの鋭爪」が白狼騎士団と対戦するとしたら決勝戦になるのだが、反対側のブロックには他に有力な勢力も少ないため、彼等が勝ち上がってくる可能性が高いだろう。とはいえ、今はまだ、そんな先の対戦相手の心配までしている余裕は、キヨには無かった。

(ルークさん、一体今度はどこに……)

 そう思いながら彼女は街中を歩き回るが、結局、彼を見つけられないまま宿屋に帰ることになる。そして、その頃には既にルークは、キヨと同郷の「巨漢の男」に案内される形で、無事に帰り着いていたのであった。

2.1.4. 馬牧場と猫

 こうして、ルークとキヨが優勝候補の面々と予期せぬ遭遇を果たしている間に、職場兼自宅であるマックイーン牧場へと戻ってきたエルバは、そこで「奇妙な光景」を目の当たりにしていた。それは、牧場の片隅で、イーゼルの上にキャンバスを乗せ、パレットと筆を両手(前足)に持ち、牧場の風景を描いている、一匹の「猫のような何か」の姿である(下図)。


 見た目は猫に酷似しているが、その背丈は人間の子供くらいの大きさであり、明らかに「普通の猫」ではない。どう見ても「本来のこの世界の住人」ではないことはエルバにも分かる。

(投影体の襲撃か!?)

 危険な存在を牧場に入れる訳にはいかないと考えたエルバは、剣を構えてその「猫のような何か」に向かって近付いて行く。すると、すぐにその「猫のような何か」もまた、彼女の「殺気」に気付いた。

「ニャ、ニャ、ニャ、ニャにするんですニャ? 私はただ、ここの美しい風景を絵に描きたいだけですニャ!」

 そう言って狼狽する「猫のような何か」に対して、エルバは彼が人間の言葉を話したことに驚きつつ、警戒心を抱きながら、少しずつ距離を詰める。

「あんた、投影体だろ? この牧場に悪さをしに来たんじゃないのか?」
「ち、違いますニャ。私は、悪い投影体ではニャいですニャ」

 そう言って無抵抗な様子を示すと、ひとまずエルバも少し、気を緩める。実際のところ、エルバは「今の能力」を手に入れて以来、投影体とまともに遭遇したことが殆どない。ただ、投影体の中にも、人間に危害を加える者とそうでない者がいることは聞いていた。

「私は、トーマス・カリン・ガーフィールドと申しますニャ。『TKG』もしくは『トム』とお呼び下さいですニャ」

 そう言って人間のような会釈をする彼(?)の態度を見て、少なくとも自分に敵意を向けている存在ではないとエルバは判断した。彼女は基本的に「動物好き」なので、「猫」によく似た姿の彼に目の前で友好的な態度を取られると、ついつい判断が甘くなるようである。

「ふーむ、それにしても、猫が喋るとはねぇ。まぁ、よく見ると可愛い外見してるじゃないか」
「ありがとうですニャ。私は、絵を描くことが好きですニャ。数百年ぶりに地下室から外に出て、この世界の美しさに感動しているんですニャ」
「……投影体の時間感覚ってのは、よく分からないね。しかし、ここの住人では無いんだろう? どこから来たんだ?」
「くれニャい(紅)の山って、ご存知ですかニャ?」
「うーん、中央山脈の方の山だっけ?」

 エルバは大陸出身のため、ブレトランドの地理には疎い。ただ、それでもグリースの領内にそんなような名前の山がある、という程度の話は聞いたことがある。もっとも、それが分かったところで、どうなる訳でもないのだが。

「とりあえず、陽が落ちるまでに下絵までは完成させておきたいですニャ」
「まぁ、馬にイタズラとかしないなら、気が済むまでここで描いていてくれればいいよ」
「ありがとうですニャ」

 こうして、「従業員のお墨付き」を貰ったTKGは、再びキャンバスに向かって、肉球だらけの手(前足)で器用に筆を掴みながら、スケッチを再開する。エルバはその奇妙な光景を遠目に眺めつつ、ひとまずは明日に備えて、自室で英気を養うのであった。

2.1.5. 開幕

 そして翌日、遂に「第1回ティスホーン武術大会」が始まった。主審を務めるのは、ティスホーン軍の中でも屈指の強固な肉体の持ち主と言われる不死(アンデッド)の邪紋使いのディック・ベルグ(下図)であり、試合中に彼が「これ以上戦えば危険」と判断した場合は、その瞬間に勝敗が決定される(そして、必要とあれば彼が身を呈して選手を庇うこともある)。


 一方、副審を務めるのは、この街の四領主の実質的な筆頭格であり、この大会の発案者でもある女騎士(ルーラー)のトーニャ・アーディング(下図左)と、その実弟にして彼女の契約魔法師でもある時空魔法師ジョシュア・ロート(下図右)の二名であり、状況によっては(主審の判断が遅れた場合、および主審一人では試合を止められない場合は)この二人も試合を中止するために、その能力を用いて「介入」する可能性があることが選手達に告げられる。


 更に、試合後の選手が瀕死状態に陥っている際に対処すべき救護班として、四領主の一人である女騎士(メサイア)のナンシー・ユリガン(下図左)、ペルセポネの契約魔法師である生命魔法師ロッシュ・ガイソン(下図中央)、ナンシーの契約魔法師であるミース・ガイソン(下図右)の三人が待機している。この大会はあくまで武人同士が互いの武術を競い合うための場であり、死人を出すことが目的ではないという、大会運営側の強い意志がこの布陣からも感じられた。


 そして、この日の第五試合で、遂に「シリウスの鋭爪」と「ロザン一座」の対戦カードが発表される。ロザン一座の出場オーダーは、アンナの予想した通りの順番であり、それに対して「シリウスの鋭爪」は、以下のような布陣で迎え撃つことになった。


エルバ
先鋒
ミレーユ

ラスティ
次鋒
アイレナ

ルーク
中堅
ショウ

フリック
副将
モッチーナ

マライア
大将
ペルセポネ

 しかし、実はここで一つ、大きな誤算が生じていた。というのも、当初はヨハンが「試合当日までに回復するだろう」と言っていたマライアの病状回復が遅れており、彼女はまだこの闘技場に到着していなかったのである(今はヨハンが付きっ切りで看病し、ロディが護衛を務めている)。マライアを大将に置いたのは、最悪の場合、彼女が間に合わなくてもその前に決着をつければいい、という判断でもあったのだが、結局、この時間になっても彼女が現れなかったため、ルーク達はやむなく、彼女抜きでの戦いを強いられることになったのである。

2.2.1. 一回戦先鋒戦

 ロザン一座は、5人中2名が地元ティスホーンの軍人である上に、ミレーユ&アイレナはロザン一座の中でも最大の花形である「双子の歌姫」と呼ばれる存在ということもあって、観客の大半からは彼女達を応援する声援が飛び交っていた。そんな中、そのミレーユと対戦することになったエルバが、右手に日本刀、左手に短剣を持ち、静かに闘技場へと姿を現す。
 この大会の闘技場は、人間の子供の身長程度の高さの煉瓦が、上から見た時に巨大な正方形となるように配置で積まれた「台」のような構造になっており、観客席との間はスペースはあるものの、「壁」は存在せず、その「正方形の煉瓦」の外側に落ちた瞬間、敗北が確定する(一説によれば、この「場外負け」のルールは自ら「敗北宣言」が出来ない性格の武人の名誉と生命を守るための制度だとも言われているが、その真偽は定かではない)。
 ちなみに、エルバの右手に握られているのは、「エルバがもともと持っていた日本刀」であり、キヨではない。これは、キヨの連戦による疲労を防ぐ目的と、エルバ自身の「自分自身の力を試してみたい」という強い要望でもある。初めて大勢の人々の前で自分の実力を晒す機会だからこそ、まずは自分自身の力だけで戦ってみたいと彼女は考えていた。
 そんな気合十分のエルバとは対照的に、ロザン一座の先鋒である「歌姫」ミレーユは笑顔で観客に挨拶しながら現れ、彼女を支持する人々に軽く会釈する余裕を見せる。だが、「闘技場」の上でエルバと向き合った瞬間、彼女の体は、獰猛な「狼」のような姿へと変わっていった。自分とは明らかに異質な邪紋使いを目の当たりにしたことにエルバが驚いていると、ミレーユはその異様な姿のまま、「よろしくお願いします」と言って一礼する。
 そして、試合開始の合図の鐘が鳴ると共に、彼女は信じられない速度でエルバに襲いかかってきた。咄嗟に短剣を用いてその一撃を払い落とそうとしたエルバであったが(そして、その動きは決して悪くはなかったのだが)、ミレーユの動きの方が一瞬早く、つい先刻までの「おとなしそうな少女」からは想像も出来ないような鋭い爪が、エルバの鎧の隙間から脇腹へと突き刺さる。

「へぇ、可愛い顔して、やるじゃないか!」

 脇腹を深く抉られつつも、エルバはその体勢のまま、短剣と日本刀の連撃をミレーユの身体に突き刺す。だが、その二撃目がミレーユの身体を貫こうとした瞬間、その勢いが聖印の力によって押し戻されるのをエルバは感じた。どうやら、副審であるトーニャが「光壁の印」の力を発動させて、ミレーユを庇ったようである。本来ならばこれは主審の役割であった筈だが、エルバの剣撃がここまでの威力であることを予見出来なかった主審よりも先に、副審であるトーニャの方が「これ以上の試合続行は不可能」と判断したらしい。
 試合開始直後のまさかの「早すぎる介入」に対して観客は動揺するが、主審のディックもその判断を妥当と認め、先鋒戦は「エルバの勝利」として認められた。実際、あそこでトーニャが介入しなかったら、ミレーユは確実に重症状態に陥っていたということは、ディックも認めざるを得なかった。彼は自身の判断が遅れたことをトーニャとミレーユに謝罪し、ミレーユもまた、素直にエルバの実力を認め、自身の敗北を受け入れていた。

「これが、本業の武人の方の力……。やはり、歌の修行の片手間程度にしか鍛えていない私では、太刀打ち出来ないようですね」

 ミレーユはそう言っていたが、エルバにとっても、先刻のミレーユの一撃は予想以上に深い痛手であり、少なくとも彼女が今まで戦った馬泥棒程度のならず者達とは明らかに格の違う存在であったことを、強く実感していた。

「なかなか楽しい試合だった。ありがとうね」

 こうして、「シリウスの鋭爪」の初戦は、名付け親であるエルバの鮮やかな二連撃による見事な勝利に終わったのであった。


エルバ
先鋒
ー×

ミレーユ


2.2.2. 一回戦次鋒戦

「じゃあ、お二人さん、次は頼んだよ」

 エルバはそう言って闘技場から降りつつ、彼女と入れ違いに戦場へと赴くラスティ(とキヨ)にエールを送る。「お二人さん」ということは、ここではあまり大っぴらに用いるべき言葉ではないが、初戦に勝利した勢いで、つい口走ってしまったのだろう。敵陣営や観客がそれを聞いてどう思ったかは定かではないが、少なくとも、この時点で意味を理解出来た者はいなかったようである。もしかしたら、「対戦相手」も含めて「お二人さん」と言っていると解釈した者もいたのかもしれない。
 そして、対戦相手となるのは、ミレーユの双子の妹である「もう一人の歌姫」アイレナである。彼女もまた、姉と同様に狼の姿へと変身し、強い闘志を込めた瞳でラスティを睨みつける。

「あなた達、只者ではないみたいですね」

 それに対して、ラスティもまた自身の身体を龍の姿に変え、戦闘態勢に入る。右腕は竜種の豪腕、そして左手には日本刀という、なんとも猛々しい風貌である。

「お前らもな。これは、手加減している余裕はない。一気に決めさせてもらうぞ!」

 彼がそう言うと、それに呼応するように、試合開始の合図と同時にキヨが自分自身をラスティの身体と同調させ、そのままラスティの身体に「憑依」するような状態となる。そして、試合開始の合図と同時に、「ラスティ」はアイレナへと襲いかかった。観客やアイレナの目からは、ラスティ自身が日本刀を振るって斬りかかっているように認識されているが、実際にはキヨがラスティの身体を利用して攻撃しているのである。だが、そのことはラスティとキヨ自身以外には分かる筈もなかった。
 その日本刀(キヨ)の一撃はアイレナの身体を深く斬り裂き、それに対してアイレナも反撃しようとするものの、ギリギリのタイミングでラスティは彼女の攻撃をかわし、そのまま今度は彼自身の意思で、自らの豪腕で彼女の身体を撃ち抜こうとする。だが、この瞬間、主審のディックが両者の間に入り込んで、その拳を身体で受け止める。そして、彼はそのまま「ラスティの勝利」を宣言した。
 先鋒戦に続いて、次鋒戦もまた観客の期待とは真逆の結果となったことで、場内は歓声と悲鳴が入り乱れて騒然とした雰囲気となる。二戦続けての「あまりにも早すぎる審判の判断」に戸惑いを感じる者もいたが、ラスティの剛腕を目の前で見たアイレナは、主審に庇われなければ間違いなくその一撃で失神(下手したら死亡)していたであろうと実感していただけに、腰が砕けたかのようにその場にへたり込む。

「な、何なの、この人達……。優勝候補でも何でもないって聞いてたのに……」

 呆然とした表情でそう呟くアイレナに対し、ラスティは内心「さすがに、キヨまで使うのはちょっとやりすぎだったかな」と思いながらも、彼女の「武器」としての性能の高さを改めて実感していた。一方、キヨもまた、久しぶりに「武器」として他人に使われている(かのような)状態に、どこか懐かしい感覚を味わっていたようである。


エルバ
先鋒
ー×

ミレーユ

ラスティ
次鋒
ー×

アイレナ

2.2.3. 一回戦中堅戦

 そして、そんな茫然自失のアイレナに代わって壇上に現れたのは、やはり、あのカナハで出会った地球人、「鴻崎翔」であった。

「まさか、あんたらとここで再会することになろうとはな」

 そう言いながら、両手に刃を持って闘技場に上がった彼に対して、ルークもまた弓を構えながら答える。

「こちらも、ここで君と戦うことになるとは思わなかったよ」

 ルークとしては、本当に彼が出てくるのか半信半疑であったが、アンナの情報が本当ならば、「混沌の力」を無効化する彼とまともに戦えるのは、「聖印の力」を持つルークしかいない。

「まぁ、仕方がない。俺も今、ようやくこの世界での居場所を見つけたところだ。ここで引く訳にはいかない」

 そう言いながら、彼はミレーユとアイレナにチラリと視線を向ける。

「『この世界の歌姫を守ること』、それが、俺がこの世界に投影されてきた意義だ。二人の仇は取らせてもらう」

 彼はそう言いながら、二本の短刀(らしき何か)を構える。カナハの一件では、謎の投影装備を用いてダニエルを射殺した彼であるが、どうやら、本来は近接戦の方が彼の専門らしい。
 そして試合開始と同時に、彼は一気にルークとの間合いを詰めようとしたが、それよりも一瞬早く、ルークの矢が翔の急所を貫き、翔の服が血に染まる。
 だが、彼は自身の体から流れ出る血流をも気にせず、そのままルークに斬りかかる。弓使いを相手にする以上、自分の身を案じる前に、まず接敵しなければどうにもならない、という判断であった。奇妙な形状の二本の短刀を駆使しながら、ルークの身体を切り刻もうとした彼であるが、ルーク自身が光壁の印の力でその攻撃を凌ぐことで、かろうじて致命傷には至らなかった。
 そこから再びルークが翔との距離を取り、体勢を崩しながらも次の一矢を翔の身体に打ち込むが、それを直撃してもまだ翔は倒れるギリギリのところで踏み留まり、そして最後の力を振り絞って再び距離を詰め、ルークの身体に再び鮮烈な一撃を浴びせかける。ルークは再び光壁の印でそれを防ごうとするも、今度はその攻撃を受けきれずに、瀕死の重傷を受けて、その場に倒れこんでしまう。しかし、それと同時に翔もまた、多量の出血でそのままルークに覆いかぶさるように崩れ落ちた。
 観客の目には、ルークの方が先に倒れたように見えた。また、受けた傷もルークの方が深かったのは誰の目にも明らかであったが、翔もそのまま起き上がれなかったこともあり、主審は「引き分け」を宣言する。こうして、この大会始まって以来初の「相打ち」という形で、中堅戦は幕を降ろす形となったのである。救護班による治癒魔法をかけられながら、二人はそのまま闘技場の外の医務室へと運ばれて行くのであった。


エルバ
先鋒
ー×

ミレーユ

ラスティ
次鋒
ー×

アイレナ

ルーク
中堅
ー△

ショウ

2.2.4. 一回戦副将戦

 こうして、試合は「シリウスの鋭爪」が「2勝0敗1分」という形で、副将戦を迎えることになった。ここでフリックが勝つか引き分ければ、「シリウスの鋭爪」の勝利である。しかし、もし敗れた場合、マライア不在の現状のままでは決勝戦は不戦敗となり、その場合は「両軍の代表者同士の一戦」となる。「ロザン一座」の代表は間違いなく、大将のペルセポネであろう。彼女はこの街の領主の一人にして、純粋な剣技だけなら四領主の中でも最強と謳われる女傑である。

(私かラスティのどちらかが戦うとして、果たしてあの人に勝てるのか……?)

 万が一の場合に備えて、エルバがそんな思案を巡らせる。自軍の副将フリックの実力はまだよく分かっていない彼女だが、少なくとも、敵軍の副将モッチーナが相当な実力者であることは知っている。だからこそ、出来れば中堅戦までに終わらせたくてこのオーダーを組んだのだが、ルーク以外では翔相手に引き分けに持ち込めたかどうかも怪しい以上、ここで彼を責められる者は誰もいなかった。
 とはいえ、この状況でもまだ、追い詰められているのは明らかに「ロザン一座」の方である。だが、副将モッチーナの表情には、それでもまだ余裕が見えた。

「あたしは、さっきの二人とは違うよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、モッチーナは露出度の高い服で闘技場に上がり、その身を「豹」の姿へと変える。双子の歌姫と同じライカンスロープではあるが、彼女達よりも明らかにその爪牙は鋭く、そしてウォーミングアップする動きもしなやかであった。彼女も元々はロザン一座の旅芸人の一人だったこともあり、ダンスパフォーマンスのような準備動作で、観客を沸かせる。

(確かに、これは厄介そうな相手だな)

 大盾を構えながら、フリックはそう実感する。彼女の鋭敏かつ柔軟な動きを見る限り、少なくとも、「本来の自分の剣技」では、絶対に倒すことが出来ない相手であろう。だが、今の彼の右手には、キヨがいる。

(フェアではない気はするが……、こうでもしなければ、私では貢献出来ないからな)

 そう自分に言い聞かせながらフリックは配置に着く。そして審判が試合開始の合図を出したと同時に、モッチーナはそのその俊敏な足で、フリックに対して真正面からではなく、闘技場全体を大回りするかのようなルートで助走をつけながら走り寄って飛びかかり、その腕に鋭利な牙で食らいついた。並の戦士であれば一瞬で腕の筋肉を食い千切られるほどの強靭な一撃であったが、アンデッドのフリックにしてみれば、この程度ではビクともしない。
 それでも、そのまま彼に食らいつこうとするモッチーナに対して、キヨがフリックの身体に憑依する形で攻撃を仕掛けるが、奇妙な体勢になっているせいか、致命傷を与えきれない。フリックもまた、自分自身の力でキヨを動かして攻撃しようとするが、やはり使い慣れない武器のせいか、あっさりとかわされてしまう(もっとも、使い慣れた短剣であったとしても、結果は変わらなかったであろうが)。
 だが、モッチーナの方も、そのままフリックに食らいついていても、彼の強靭な肉体には通用しないことは実感していた。そこで、彼女は一旦離れた上で、何度も助走で再び勢いをつけてフリックの身体を食い千切ろうとするも、それでも、フリックの人知を超えたレベルの強靭な身体には全く通用しない。そして、キヨもまた必死にモッチーナを倒そうと、食いついてくる彼女に向かってその刃を振り下ろすものの、モッチーナもまたギリギリのところで倒れずに踏み止まる。

「さすがに一回戦負けじゃあ、カッコがつかないのよ!」

 そう言って必死で攻撃を続けるモッチーナであったが、もはや彼女の精神力は限界に達しており、徐々に本来の力を発揮出来なくなっていく。そして、キヨもまた最後は精神力を使い果たして精彩を欠き、モッチーナはその攻撃を避け続ける。
 こうして、両者決め手を欠いたまま、やがて主審が「時間切れ」を宣言し、決着は判定に持ち込まれることになった。二人の副審のうち、時空魔法師のジョシュアは「フリック優勢」と判定したが、もう一人の副審のトーニャと主審のディックは「甲乙つけ難し」と判断し、(2名以上の「優勢」判定が出なかったので)規定により、この試合は「引き分け」となり、この瞬間、「シリウスの鋭爪」の二回戦進出が確定した。


エルバ
先鋒
ー×

ミレーユ

ラスティ
次鋒
ー×

アイレナ

ルーク
中堅
ー△

ショウ

フリック
副将
ー△

モッチーナ

「くっ、あとちょっとだったのに……」

 モッチーナはそう言って強がったが、実際のところ、これ以上続けても勝ち目がないことは分かっていたし、自分はあと一撃食らえば間違いなく倒れてしまうほどに深い傷を負っていたため、本当は判定負けも覚悟していた。故に、ディックとトーニャが「引き分け」判定を下してくれたのは、もしかしたら「負けでも引き分けでも結果が変わらないから、せめてモッチーナのプライドのために引き分け判定にしておいてやろう」という温情だったのかもしれない。そう考えると、そんな自分が余計に惨めに思えてきて、思わず彼女の瞳から涙が溢れる。

「よくやったよ、モッチーナ。惜しかったな」

 そう言って、出番がないまま終わった大将のペルセポネが彼女を慰めると、モッチーナは黙って彼女の腕の中で泣き崩れる。そんな彼女を静かに受け止めつつ、ペルセポネは笑顔で勝者達を讃える。

「あんたら凄いよ。てか、エルバ、やっぱり、私の目は正しかったようだね」
「いやー、人に対して本気でこの力を使ったのは初めてだったけど、ここまで出来るとは思いませんでしたよ」
 そう言って謙遜するエルバであるが、実際のところ、彼女としても、自分がここまで「本気」を出して戦ったことが無かった、というのは真実である。

「まさに『能ある鷹はなんとやら』ってやつか。そんな『鋭い爪』を隠してたとはね」

 対戦表に書かれたエルバ達の「チーム名」を見ながらそう語るペルセポネに対して、エルバは同点決勝になった時のことを想定しながら答える。

「冗談はよしてくださいよ。もし、あなたと戦ったら、勝てる気がしなかった」
「まぁ、実際、もうちょっとだったんだけどな。とはいえ、こちらも全力を出し切って負けたんだ。もう悔いはない。じゃあ、後は頑張ってくれよ」

 そう言って、ペルセポネは三人のライカンスロープ達を連れて、会場から去って行く。実はこの大会に関しては、形式的には「ロザン一座の助っ人として、ペルセポネとモッチーナが参加」という形になっているが、むしろ最も積極的に大会に出たがっていたのは(クジ引きによってティスホーン軍の選抜メンバーから外れてしまっていた)ペルセポネであり、他の者達はペルセポネの熱意に押されて、昔のよしみで彼女に協力することになった、というのが実情である。だからこそ、自分のわがままに付き合ってくれた仲間達に対してペルセポネは深く感謝しており、自分の出番が回ってくる前に終わったことを恨むつもりは毛頭なかった。
 そして、「彼女の中での大会」が終わったことで、彼女の中の「自分の力を誇示したい女戦士」としての一面は封印され、代わって「ティスホーンを守る女騎士」としての顔に戻る。

(エルバがあそこまで力をつけていたとはね……。これは、なんとしても我が軍に入ってもらうよう、大会が終わったら勧誘しないとな)

 そんな思いを抱きながら、彼女達は医務室で待つ翔の元へと向かって行くのであった。

2.3.1. 波乱の展開

 その頃、勝利した「シリウスの鋭爪」の面々もまた、別の医務室で休んでいたルークと再会した上で、それから半日間、彼等は大会運営側が用意した「特別快眠室」にて、じっくりと休息を取ることとなった。出場者には、常に万全の状態で戦えるように、という主催者トーニャの配慮である。
 そして翌日、心身ともに完全に回復したルーク達は、二回戦の対戦表(下図)を見て、驚愕の表情を浮かべる。次の試合で彼等と対戦すると思われていた、(ロブスター事件の折の因縁の相手である)ヴェルトール率いるアルフォート遊撃隊が、一回戦で敗退していたのである。


「油断していた。まさか、猫があんな方法を使ってくるとは」

 そう言いながらルーク達の前に現れたのは、当のヴェルトール本人である(下図)。どうやら、大将である彼に出番が回ってくる前に、三連敗を喫してしまったらしい。


 彼が言うには、彼等を破った「夜ノ魔法少女」とは、以下のような面々であったという(下図)。


「TKGって……、アイツか!」

 エルバは昨日、牧場で絵を描いていた猫(のような生き物)のことを思い出す。どうやら彼は、ケット・シーと呼ばれる妖精界(ティル・ナ・ノーグ界)の住人のようで、1回戦では「夜ノ魔法少女」の先鋒役として出陣していたらしい。ヴェルトール曰く、TKGは素手の状態で闘技場の隅に立ち、近付いてきたアルフォート軍の先鋒の攻撃をかわした上で、巧みにその身体にしがみつき、場外へと投げ飛ばすことで「反則勝ち」を勝ち取ったのだという。
 そして、次鋒の「狐の仮面をつけた少女」は特殊な強化魔法を用いる「常盤(亜流)の系譜」の魔法師、中堅は「ミラージュ」と呼ばれる「自分の姿を変身させる特殊な能力」を持つ邪紋使いであり、いずれもこれまで戦ったことがないタイプの相手であったが故に、アルフォート軍の面々も困惑し、本来の力を発揮出来ないまま敗れてしまったのだという。ちなみに、「副将」はその場に姿を現さなかったが、「大将」として彼女達をまとめていたのは、「10歳程度の少女」であったという。

「ヘルマン様にも、伯爵様にも申し訳が立たないが、負けは負けだ。おとなしく我等は帰還する。ヨハンは今、そちらの仲間の治療にあたっているようだから、もうしばらくはこの会場に残っているだろうがな」

 そう言って、ヴェルトールはルーク達の前から去って行った。ルークもラスティも、彼に対して言いたいことが無い訳ではなかったが、突然の予想外の展開に困惑したまま、何を聞けば良いのかも分からないという状況であった。

 ******

 なお、ここで、時系列的にはやや前後する上に、ルーク達の物語とは直接関係しないが、もう一つの有力チームと言われていた「ネオ・ドクロ団」の顛末についても説明しておこう(以下は、「ブレトランド戦記」を読んでいない人々には、読み飛ばしを推奨する)。
 「ドクロ団」とは、本来はオロンジョ・タンズラー・ヤヤッキーという三人を頭目としていた山賊集団の名である。彼等はかつて、現在のグリースの首都であるラキシスを支配していたが、ゲオルグ達に敗れて降伏し、その傘下に加わることになった。今回出場する「ネオ・ドクロ団」とは、その三人に、「バッターモン1号」「バッターモン2号」という謎の二人組を加えたチームであり、その新メンバー二人については、大会当日まで謎に包まれていた。
 そして昨日、一回戦の第14試合「ネオ・ドクロ団vs月の魔獣」の試合開始直前になって、遂にその二人が公衆の面前に姿を現したのである(ちなみに、時間帯は既に夕刻に差し掛かっており、ルーク達は既に休眠中であった)。彼等はそれぞれ、色違いのツナギを着て、帽子を被り、目元を隠す覆面を装着した上で、身長をごまかす上げ底ブーツを履いていたものの、明らかにその体格は「ただの子供」にしか見えなかった。

「バッターモンがいる限り、ダン・ディオードは栄えない!」

 会場内の観客に向かって、バッターモン1号がは高らかにそう叫ぶ。反アントリア感情が強いと言われるティスホーンの観客を煽ろうとした言葉であったが、この瞬間、彼の正体が何者なのか、この場にいる大半の者達が理解した。そして、その直後、突如天空から巨大なワイバーンが彼に向かって飛来し、彼の白いツナギの襟元を掴んで、そのまま再び空高く舞い上がっていく。人並み外れて小柄な体格のバッターモン1号は、為す術もなく簡単に持ち上げられてしまった。

「すみません、ウチのコーネリアスが御迷惑をかけて。彼はまだ14歳で出場資格がないので、失格ということにしておいて下さい」

 そう言って、ワイバーンの背中から現れたのは、グリースの筆頭魔法師、ヒュースである。彼はコーネリアスと同じアトロポスの駐在武官であるガイアから、「ここ数日、コーネリアスの姿が見えない」という話を(妊娠中の彼女の夫であるリンからのタクト通信を通じて)聞かされ、もしやと思ってこの大会を密かに監視していたのである。

「は、離せ! 私はバッターモン1号だ。コーネリアスではない」
「はいはい、今からガイアさんのところに連れて行きますから、タップリお仕置きされて下さいね」
「おい、シャル……、じゃなかった、2号! 黙って見てないで助けろ!」
「仕方ない。諦めろ、コーネリアス。罰は私も一緒に受ける」
「だから、私はコーネリアスでは……」
「あ、どうも、失礼しましたー」

 そう言って、「バッターモン1号」を連れたワイバーンは、会場から去って行く。その光景を見ながら、「バッターモン2号」もまた、帽子と覆面を外して、尖った耳を露わにした上で、ため息をつきつつ、会場を後にした。
 実は、そもそもこの大会の「15歳以上」という規定は「彼」を出場させないために急遽追加されたルールであった。ティスホーンとしては、この大会に白狼騎士団が参加を希望しているという話が届いた時点で、「彼」を参加させると「本気の殺し合い」に発展する(そして、そうなった時に「彼」を止められる自信がない)と判断した上で、現状でアントリアとの関係悪化を避けるために、あえてこの「年齢制限」を追加したのである。
 それでも密かに参加を熱望していた「彼」は、愛弟子であるエルフの少女と、そして「出来れば自分達もこの大会で名を上げて要職を勝ち取りたい」と考えていた旧ドクロ団の三人を説得し、正体を隠して出場したのであるが、さすがに身長120cmの体格をごまかすのは、上げ底ブーツ程度では無理があったようである。

「これ、後でワイらもお仕置きされるんやろか……」
「怖いですねぇ。女の人って、妊娠中は気が立ってるんですよね、オロンジョ様?」
「それを私に聞くってのは、嫌味かい? 皮肉かい? アイロニーかい?」

 残された三人はそんな言葉を交わしつつ、「大会規定違反による失格」という結果を素直に受け入れた上で、最近手に入れた投影装備の「三人乗り自転車」に乗って、夕陽を背景に会場から走り去って行くのであった。

2.3.2. 妖艶なる美女

 そんな一幕が(自分達が英気を養っている間に)起こっていたことは聞かされぬまま、ルーク達はまもなく開催されようとしている「二回戦」に向けての対策を思案する。かなり厄介な相手ではあるが、相手側がオーダーを変えないのであれば、対抗策はある。

「相手を投げ飛ばすTKGには、あまり接近しない方がいいだろうね」
「だとすると、弓を使えるルークが適任だろうな」
「次鋒は生命魔法師か……。マライア殿が元気であれば、色々と話を聞きたいが、まだ出場できる状態ではないのか?」
「ロディがここに来ていないということは、そういうことなんだろう」

 彼等が控え室でそんな会話を交わしていると、外から誰かが扉を開ける音が聞こえてくる。皆の視線がそこに集中すると、扉の向こうから現れたのは、そのマライアであった。

「ルーク、もう私、万全の体調になったから、次の試合は大丈夫よ」

 そう言って彼女はルークに向かって駆け寄り、彼の腕にしがみついてくる。だが、この瞬間、ルークは彼女の様子が「どこかおかしい」ことに気付く。その姿も声も確かにマライアなのだが、その「表情」や「口調」が、いつもの彼女とは少し異なる。たとえるならばそれは、いつもの凜とした雰囲気の彼女とは懸け離れた、まるで「男に媚びるような仕草」に見えたのである。

「マライア、本当に大丈夫か? 普段と随分違うというか、いつも通りの体調に戻っているようには見えないんだが……」
「あら、私の身体を心配してくれるの? じゃあ……、ちょっと私の身体を『見て』くれない?」

 上目遣いで男を誘うような視線を見せながら、彼女はそう言ってルークを部屋の外へと連れ出そうとするが、ここでエルバが割って入る。

「おい、ちょっとアンタ、待ちな」
「あら、何? 新入りさん?」

 マライアとエルバは、実質的にはこれが初対面である。エルバは「病床のマライア」の姿は見ているが、「素の状態のマライア」とは会ったことがない。だから、マライアの仕草が「いつもと違う」かどうかは分からなかったが、それ以前の問題として、エルバは「マライア」の身体の中から、「何か」を感じ取っていたのである。

「あんた、魔法師じゃないだろ」
「あら、私の魔法の腕を疑うっていうの? ちょっと、ルーク、何なのよ、この人?」
「邪紋使い相手に邪紋を隠そうなんて、無理だということくらい、分かるだろう?」

 エルバは、彼女の「類稀なる嗅覚」によって、「マライア」の身体から、これまで出会ってきた邪紋使い達(ラスティ、フリック、ロディ、ミレーユ、モッチーナ、etc.)と似た「匂い」を感じ取っていたのである。それは、明らかに以前に会った「病床のマライア」からは感じられなかったため、彼女が別人であることを瞬時に理解したのである。
 ちなみに、彼女のこの「相手が『混沌を身体に宿す者』か否かを嗅ぎ分ける能力」は、「シリウスの後継者」のみが持っている能力なのだが、彼女はこれまで、自分以外の邪紋使いのことをよく知らなかったため、この能力を「邪紋使いならば誰でも持っている能力」と勘違いしていた(なお、彼女の友人であるラスティもまた、以前は同じ勘違いをしていた)。
 そして当然、ラスティとフリックもまた、その「嗅覚」故に、眼の前にいる「マライアの姿をした人物」が、「邪紋使い」であることを認識していた。そんな彼等の「疑いの視線」を感じ取った「マライアの姿をした人物」は、腑に落ちない顔をしながら、ため息をつく。

「あら、どうしてバレちゃったのかしらね。完全に化けたつもりだったのに」

 彼女がそう言った次の瞬間、その姿が、マライアとは明らかに別人の女性(下図)へと変わっていく。


「はじめまして、『シリウスの鋭爪』の皆さん。私はクリステル・カンタレラ。次の試合の開始前に、ちょっとご挨拶に来ただけだったんだけど……、怒らせちゃったかしら?」

 ヴェルトールから聞いた情報が間違っていなければ、その名は、一回戦で彼等を倒した「夜ノ魔法少女」の中堅と同じである。状況的に考えて、おそらくその本人で間違いないだろう。

「で、ウチのリーダーを私達から引き離して、何をしようとしたんだい?」

 冷たい視線を向けられながらエルバにそう言われたクリステルであったが、臆することなく挑発するような視線で切り返す。

「さぁ、なんだと思う? てか、こんなイイ男を、こんなイイ女が連れて行こうとしてるんだから、するコトなんて、一つしかないでしょう?」
「そうかそうか。で、試合の管轄外で『仕掛けてきた』ということは、囲まれて何をされても文句は言えないって、分かってるよな?」

 そう言いながら、エルバは腰の剣に手をかける。それでもまだ、クリステルは余裕の表情を崩さず、おどけたような表情で彼女に問いかける。

「あら、ここは部外者がこの君主様を『横取り』しちゃいけないってルールがあるの? それとも、このグループはそもそも恋愛禁止?」
「さぁ? それは君主様に聞いてみないとな」

 エルバにそう言われて、突然話を振られたルークであったが、どう答えれば良いか分からない。というか、そもそも彼自身、そんなことを想定したことすらなかった。ただ、少なくとも試合前の段階において、(たとえ相手方に非があったとしても)対戦相手と揉め事を起こすのは、彼としては避けたかった。

「れ、恋愛については、特に規定はない、ですが……」

 困惑した状態の彼が言葉に詰まっていると、扉の外から、別の人物の声が聞こえてきた。

「あぁ、すまんな。ウチの若いのが、オイタしすぎたようで」

 そう言って彼等の前に姿を現したのは、若い、というよりも、幼い風貌の少女である(下図)。しかし、その口調とは裏腹に、その体格はどう見ても10歳程度にしか見えないほどに小柄な幼児体型であった。


「『若いの』って、君の方がずっと若いだろうに」

 もっともな感想をエルバが口にするが、それに対して「少女」はニヤリと笑いながら答える。

「こやつの姿も、私の姿も、『本物』かどうかは分からんだろう?」

 その言葉が意味するところが何なのかは分からなかったが、少なくとも彼女が、「ただの少女」ではないことをエルバ達は理解した。どうやら、彼女こそが次の対戦相手である「夜ノ魔法少女」の大将のようである。

「すまんかった、悪気はないんだ。故あって、私達は『この大会に出場している連中』について調べる必要があってな。実際のところ、今日の二回戦で実際に戦ってみれば分かるかもしれのだがな、私の見る限り……、お主らは、少なくとも『私の探している者』ではないようだがな」

 そう言って、彼女は改めて非礼を詫びた上で、クリステルを連れて帰ろうとする。ルークとしても、これ以上話をややこしくすべきではないと判断し、素直にその謝罪を受け入れる。

「試合は、正々堂々と戦いましょう」
「大丈夫よ、私は試合と私生活は分けて考えてるから」

 どうとでも取れるような言い方でクリステルがそう答えると、エルバは呆れたような口調で釘を刺す。

「変な疑いをかけられないように、夜遊びは程々にするんだね」
「あらあら、本当にこの人達ってのは、そういうコトに縁がないタイプなのね」

 そう言いながら彼女達が去って行くのを眺めつつ、ルーク達は昨日の時点で自分達の「好みのタイプ」を聞いてきた「新聞記者」の存在を思い出す。自分達に対戦相手の情報を提供してくれた彼女ではあったが、逆に言えば、自分達の情報を自分達の対戦相手に伝えていたとしても、何ら不思議はない。もっとも、「誠実で責任感のある女性」が好みだと言っていたルークに対して、(マライア自身は確かにその条件に該当する人物ではあるが)あの「迫り方」をしてくる辺り、果たして本当に「彼女」から情報提供を受けていたのかどうかは怪しいところではあるが。いずれにせよ、今後はあまり不用意に「彼女」には情報を話さない方が良いだろう、という結論に達したルーク達であった。

2.3.3. 謎の特効薬

 一方、その頃、医務室で「本物のマライア」の看病を続けていたヨハンは、想定外の事態に困惑していた。当初、彼の見立てでは、マライアの黒死病は特効薬を使えばすぐに回復し、その後は彼が自前の体力回復役を投与すれば、彼女はすぐに万全の状態に戻る筈であった。
 ところが、どうやら黒死病は、マライアの身体に潜伏している間に、彼女の体内の相当奥深くにまで侵食してしまっていたようで、通常の特効薬ではその奥底にまで浸透した病原菌を完全には除去出来ない、ということが分かったのである。マライアは今も医務室のベッドの上で苦悶の表情を浮かべたまま、起きているのか眠っているのかも分からない状態で、ヨハンの目の前でうなされ続けている。

「どうしたの? マライアさん、まだ起き上がれないの?」

 ヨハンの傍らで、ロディがそう言いながら心配そうに見つめる。今回の大会への出場権がない彼は、いざという時のために、マライアの護衛としてヨハンと共に医務室に泊まり込んでいた。

「すまない、正直、ここまで症状が進行していたとは、想定外だった……」

 今のヨハンの技量では、彼女の身体を全快させる特効薬を作るのは不可能である。というよりも、現在のエーラムのトップクラスの生命魔法師でもなければ、彼女の身体を回復させられる術は見つけられそうにないというのが、現在の彼の率直な見立てであった。医者の不養生という言葉があるが、マライアの場合、まさに生命魔法師であったことが、結果的にその症状の発見の遅れに繋がり、そして事態の悪化を招いてしまったのである。

「エーラムのノギロ先生であれば、彼女を助けられる術を知っているかもしれない。だが、今から彼女をエーラムまで連れて行くまで、彼女の体力が続くかどうか……」

 そんな困窮した表情を浮かべるヨハンの前に、突然、一人の男が現れた(下図)。東洋風の装束を身にまとい、左右異なる目の色をした長い黒髪のその男は、ヨハンにもロディにも気付かれぬまま、どこからともなく部屋の中に入ってきて、ヨハンに対してこう告げる。


「その女魔法師を救いたいのであれば、手を貸そうか?」
「誰だ? お前は!?」
「彼女を救う方法を知っている者、それ以上の情報が必要かな?」

 底知れぬ不気味さを漂わせた笑顔を浮かべつつ、その魔法師は一枚の「カード」を取り出す。

「これを彼女の身体に埋め込めば、どんな症状でもすぐに全快する。おそらく、この世界に二つとない代物だ」

 そのカードには「玉座に座った、羽の生えた女性」の姿が描かれており、その上部に「III」という文字が記されていた。そして、そのカードから強い魔力(混沌の力)が溢れていることは、ヨハンにはすぐに分かったものの、それが果たして本当にそこまで強力な特効薬なのかどうかまでは、彼には判別出来ない。

「……仮にその治療法が本物だとして、お前はその代償に何を望む?」
「別に何も。私はただ、困っている人を助けたい。それだけですよ」

 その口調が明らかに作り物であることは、ヨハンにはすぐに分かった。この男には間違いなく何か裏がある。だが、自分よりも遥かに「格上」の存在であることも、ヨハンにはすぐに察しがついた。これまで彼は、大陸で様々な勢力との戦乱を戦い抜いてきたこともあり、相手の力量を見極めるだけの眼力は、十分すぎるほどに身についていたのである。
 そして、それはロディもまた同じであった。彼は「左目」に邪紋が刻まれていることもあって、「物事の真偽を見通す力」が備わっている。

「薬剤師さん、この人、危険だよ。この人の言うことを聞いたら……」
「分かってる。分かってはいるが、しかし……」

 現実問題として、今、ヨハンにはマライアを救う手立てが見つからない。そして、これほどまでに強力な混沌の力を持つカードであれば、もしかしたら、本当に彼女を救えるのかもしれない。しばしの逡巡の後、ヨハンはその魔法師にこう告げる。

「分かった。では、そのカードの力で、彼女を助けてやってくれ」
「薬剤師さん、それは……」
「ここは医療の現場だ! 素人がこれ以上、口を出すな!」

 ヨハンはそう言って、心配するロディを一喝する。ロディの危惧は言われなくてもヨハンには分かっていたが、現実問題として、今の彼は既に万策尽きた状態だったのである。

「……すまない。私に力が足りないばかりに、こんなことになってしまって。だが、今は他に方法が無いんだ。もし何かあったら、私が必ず責任を取る。だから、ここは黙っていてくれ」

 無念そうな顔でヨハンがそう言ってロディに頭を下げると、ロディとしても、それ以上何も言えなかった。実際のところ、「何かあった」時にどう責任を取れば良いのかもヨハンには分かっていなかったが、今はひとまず、こう言うしかなかったのである。
 そして、その様子を確認した上で、その謎の魔法師は病床で眠り続けるマライアへと近づき、そのカードの角を彼女の開かれた胸の谷間に触れさせると、そのままカードは彼女の身体の中へと吸い込まれるように消えていく。次の瞬間、彼女の身体から眩い光が放たれ、そして彼女の顔色が急速に回復していく。

「それでは、ご武運をお祈りしておりますよ、美しき治癒師殿」

 そう言い残すと、その魔法師は一瞬にして姿を消す。ヨハンもロディも、何が起きたのか全く理解出来なかったが、ひとまずヨハンはマライアに駆け寄ると同時に、彼女の体内から全ての病原菌が消えていることを確認する。

(一体、何者だったんだ、あの男は……)

 まだ狐につままれたような表情を浮かべながらも、ひとまずマライアが目を覚ました時に備えて、栄養剤の調合を始めるヨハンであった。

2.2.1. 二回戦先鋒戦

 こうして、医務室でマライアが急速にその身体を回復させつつある頃、ルーク達は二回戦第三試合「シリウスの鋭爪vs夜ノ魔法少女」の試合会場へと到着していた。まだ彼女は到着していなかったが、今回はひとまず彼女を「中堅」に配置した上で、以下のようなオーダーで臨むことになった。


ルーク
先鋒
TKG

エルバ
次鋒
狐仮面

マライア
中堅
クリステル

ラスティ
副将
シャクティ

フリック
大将
マリア

「いきなり君主様のおでましですかニャ」

 そう言って、TKGが闘技場に上がる。彼と対峙することになったルークは、改めてその「異様な姿」に対して、奇妙な感覚を覚える。

(猫……、だよな?)

 そんな彼の思惑などどこ吹く風とばかりに、TKGは両手(前足)を構えて、戦闘態勢に入る。

「では、あニャたが『私が肖像画を描くに値する人物』かどうか、試させてもらいますニャ」

 そして、試合開始の合図となる鐘が鳴る。まずはルークがTKGに対して先制の弓矢を打ち込むと、TKGは前転しながら回避しようとしたが、避けきれずにその身に突き刺さる。

「ニャかニャかやりますニャ。それでは……」

 そう言いながら彼は一気にルークとの距離を詰めて、彼の体を掴んだかと思うと、いきなり外に向かって投げ飛ばした。だが、事前にヴェルトールから情報を聞いていたこともあり、ルークは闘技場の内側に陣取っていたため、場外にまでは至らない。そして、落下直前に光壁の印で衝撃を和らげることで軽傷に止めた彼は、すぐさまTKGの横に回り込むような形で立ち位置を変えながら弓を放とうとするが、その瞬間、なぜか手元が狂って、矢をあらぬ方向へと飛ばしてしまう。

(あれは、妖精族特有の能力ですね)

 少し離れたところから観戦していた副審のトーニャには、その「技」の正体が見えていたようである。ケット・シーを瞬間的に召喚出来る魔法師は珍しくないが、完全にこの世界に「居着く」形で固定召喚されたケット・シーは、あまり頻繁に見られる存在ではない。それだけに、他の者では使えない「特殊な技術」を持つTKGの戦い方を、トーニャは興味深く見守っていた。
 そんな彼女の視線の先で、TKGは再びルークに接近して投げ飛ばそうとするが、ルークもなんとかそれを交わしつつ、弓矢で応戦する。そんな攻防をしばらく繰り返すも、互いに決め手を欠くまま、刻々と試合時間は経過して行く。だが、間もなく試合終了の鐘が鳴ろうとしたその瞬間、ギリギリのタイミングでルークが放った渾身の一矢がTKGの急所に突き刺さり、TKGはその場に仰向けになって倒れる。

「やーらーれーまーしーたーニャーーー」

 そしてこの一撃で、TKGが(意識は失っていないものの)明らかに試合続行不可能になっていることを確認した主審は「ルークの勝利」を宣言する。こうして、「シリウスの鋭爪」は、得体の知れない難敵を相手に、まずは貴重な「一勝」を勝ち取ったのであった。


ルーク
先鋒
ー×

TKG

2.4.2. 二回戦次鋒戦

 続いて、夜ノ魔法少女からは「狐の仮面をつけた少女」(下図)が登場する。「狐仮面」としか名乗っていないが、一応、エーラムの一員であるという証は持っているらしい。彼女は、倒れているTKGに対して救護班が駆けつけようとするのを制して、自らの魔法でTKGを「起き上がれる状態」にまで回復する。


「すみませんでしたニャ」
「大丈夫よ、私が勝って、帳消しにするから」

 狐仮面にそう言われたTKGは、彼女と入れ替わりに闘技場を降りて、そして戦いを終えたルークに話しかける。

「私に勝ったあニャたは、間違いニャく、後世にその栄誉を語り継ぐべき英雄ですニャ。ぜひ、あニャたの肖像画を描かせてほしいですニャ」

 いきなりそう言われたルークは、困惑しつつもそのまま勢いで会場の外へと連れ出されて行く。そんな彼を横目に、「シリウスの鋭爪」の二番手として闘技場に上がったのは、エルバである。ちなみに、今回も彼女の右手に握られているのは「彼女がもともと有していた日本刀」であり、キヨではない。一回戦が圧勝だったこともあり、エルバとしてはもう少し、「自分自身の力」がどこまで通用するかを試してみたいと考えていた。
 そして、この二人による第二試合が始まろうとしたその瞬間、この会場にもう一人の生命魔法師が到着した。マライアである。謎の魔法師の力で病状を回復させた彼女は、ヨハンの栄養剤を用いるまでもなく体力を完全に全快させ、しかも、心なしか病気になる前よりも元気になっているようにさえ見えた。
 そんな彼女が仲間達の陣営に合流すると、目の前の闘技場で今まさに戦おうとしているエルバを見て、大声で叫んだ。

「あの人! あの人から、シリウスの力が!」

 一応、彼女はロディから、彼女が倒れた後の「大まかな出来事の流れ」は聞いてはいたものの、唐突な説明だったこともあり、あまり正確には理解しきれていなかったらしい。

「あ、いや、分かってる。というか、あいつ、俺の友達なんだよ」

 そう言ってラスティが細かい事情を説明しようとするが、まだマライアは今ひとつ状況が飲み込めていない。そして、そんな様子のマライアに対して、エルバも奇妙な違和感を感じる。

「あんた、ついさっきまで寝てたんじゃないのかい? 随分と元気だね」
「ゆっくり寝たおかげで、もうすっかり元気よ」
「そ、そうか。そりゃあ良かった」

 エルバはこれまで、「寝ている状態の本物のマライア」と「ルークに対してセクシーに迫る偽物のマライア」しか見ていないため、初めて見る「起きている状態の本物のマライア」の雰囲気が、自分の中でのイメージ(あるいは自分の中で想定されていた一般的な魔法師像?)とは違っていたのかもしれない。
 一方、マライアはエルバの反対側でレイピアを構えている狐仮面を見た瞬間、明らかにその人物が、自分のエーラム時代の後輩であると確信し、大声で叫ぶ。

「あら、ユニス! 久しぶり〜」

 マライアの記憶が間違っていなければ、この狐仮面をつけた少女の名は、ユニス・エステリア。生命魔法学科時代の後輩である。同じ生命魔法科でも専攻する魔法の系譜が異なるので、一部の講義を一緒に受けていた程度の関係なのだが、性格的にウマがあったのか、比較的仲の良い関係であり、5歳年下のユニスは、マライアによくなついていた。

「だ、誰のことかな……? 他人の空似のようだが……、私はそんな、ユニス・エステリアなどという者では……」

 明らかに動揺した素振りを見せながら、狐仮面の少女はその場をごまかそうとするが、そもそもマライアは「ユニス」としか呼んでいないのに、わざわさ苗字まで名乗ってしまった時点で、もはやごまかしきれていない。ちなみに、もし彼女が「ユニス・エステリア」であれば、まだこの時点で「14歳」の筈である(つまり、大会規定違反で失格ということになる)。

「知り合いかい?」
「い、いや、違う。私はあんな女など知らない!」

 あくまでもそう言い張る狐仮面であるが、エルバとしても、別にその点についてこれ以上言及するつもりはなかったため、再び戦闘態勢に入る。そもそもマライアのこと自体もよく知らないエルバにしてみれば、対戦相手の少女がマライアの知り合いかどうか、という問題に対して、あまり関心はないのも当然の話である。
 そしてマライアもまた「何か名乗りたくない事情があるらしい」ということを察して、それ以上は何も言わなかったため、再び静かな緊張感が闘技場に戻ってくる。そして主審は改めて、両者の準備が整ったことを確認した上で、試合開始の合図を下す。
 すると、一瞬、両者が相手を牽制するような素振りを見せた後、エルバが二本の刃で狐仮面に襲いかかるが、狐仮面はその身体から「謎のオーラ」を発しつつ、あっさりとその連撃をかわす。今まで見たことのない「奇妙な力」の存在にエルバが驚いた次の瞬間、今度は狐仮面のレイピアがエルバの皮鎧を直撃すると、まるで「レイピアの剣先が皮鎧を貫通してエルバの体内に直接突き刺さったかのような痛み」が発生し、エルバの痛覚が激しく悲鳴を上げる。これらは「常盤(亜流)」の生命魔法師だけが使える特殊な魔法の効果なのだが、そんなことをエルバが知っている筈もなく、彼女はただひたすら、その奇妙な攻撃手段に戸惑いを感じる。

「魔法師さんには、こういうのもいるのか」

 エルバがそう呟くと、狐仮面は一瞬何か言おうとしたものの、ここで何か喋ると更に「ボロ」が出ると思ったのか、黙ってそのまま「次の一撃」をエルバに対して繰り出す。今度は、先刻の「鎧を貫通するような不思議な力」は込められていなかったものの、それでもエルバを追い詰めるには十分な一撃となり、エルバは(今の力を手に入れて以来)初めて「このままでは勝てない」ということを実感する。
 だが、自分の意を汲んで参戦してくれた仲間達のためにも、このまま何も出来ずに負ける訳にはいかない。そう覚悟した彼女は無意識のうちに、自分の中に眠る「秘められた力」を発動させる。それまでのエルバの動きとは明らかに異なる速度で繰り出された、彼女の強い決意が込められたその斬撃は、魔法の力で強化されていた筈の狐仮面の身体をも深く斬り裂き、狐仮面はそのまま膝をついて倒れこむ。命に別状はないものの、明らかに試合続行不可能であると判断した主審は、すぐさまエルバの勝利を宣言した。

(危なかった。もし、今の一撃を外していたら……)

 エルバは心の中でそう呟く。最後の最後でかろうじて勝利を勝ち取ったものの、実質的には紙一重の辛勝であったことは、彼女自身が一番よく分かっている。だが、それでもその「紙一重」が、二人の明確な実力差であることは、狐仮面の方も分かっていた。

「や、やりますわね……。今回は仕方ないですわ、次に戦う時があれば……」

 そう言いながら立ち上がろうとした狐仮面であったが、もはや立ち上がれるだけの体力も、喋る気力も失われていたようで、再びその場に倒れこむ。そしてすぐさま、医療班の一人であるナンシーが彼女に駆け寄り、そのまま彼女を背負って闘技場から退散していった。

「エレナ様……、ですよね? どうして、こんな形でこの大会に?」

 ナンシーは小声で狐仮面に向かってそう問いかけるが、狐仮面は意識を失ったフリをしたまま、答えない。もはや自分の正体が彼女にバレていることは明白であったが、それでも、現時点でこの大会に出場した理由を説明する訳にはいかなかった。状況次第によっては、ここでナンシーにそのことを告げることによって、彼女達がこの大会に出場した「真の目的」を果たせなくなるかもしれないからである。

(出来れば、この機会にジュリアンとも話をしたかったけど……、そんな余裕はなさそうね)

 狐仮面はそう心の中で呟きながら、静かにそのまま医務室へと運ばれていくのであった(彼女の正体については、「受け継がれる魂」を参照)


ルーク
先鋒
ー×

TKG

エルバ
次鋒
ー×

ユニス

2.4.3. 二回戦中堅戦

 一方、そんな狐仮面の「先輩」であるマライアは、右手にキヨを握りながら、「シリウスの鋭爪」の次鋒として、闘技場へと上がる。もともと軽戦士のような鎧を着込んでいるとはいえ、いかにも魔法師らしい「とんがり帽子」を被った状態のまま日本刀を持っているその姿は、ある意味で、魔法師風のドレスを着てレイピアを構えていたユニス以上に、どこか異様に見える。
 そんな彼女の対戦相手は、つい先刻、マライアに化けてルークに迫っていた、変幻自在の邪紋使い、クリステル・カンタレラである。どこか「獣」を連想させるような姿の彼女は、「本物」を前にして、ため息をつきながら話しかけた。

「ちゃんと起きてる状態の『実物』を見るのは初めてだけど、本当に綺麗ね、あなた」

 自分の身体を「魅惑的な姿」に変えて相手を魅了する能力の持ち主である彼女にとって、間違いなくそれは最大の賛辞である。日頃からこのレベルの美人を見慣れているのであれば、ルーク達を相手に色仕掛けが通用しなかったのも無理はない、と諦めざるを得なかった。

「でも、私、知ってるのよ。あなた達相手には『正攻法』よりも、『こっち』の方が効くんでしょう?」

 彼女はそう言うと、自らの姿を「白い長毛の大型犬」へと変化させる。それはどこか、生前のシリウスを彷彿とさせるような雰囲気でありながら、シリウスの持つ「守護神としての威厳」を「飼い犬としての愛嬌」へと置き換えたような、いわゆる「愛玩犬」の姿であった。
 そして、その姿にマライアとキヨが戸惑っているまま、試合開始の鐘が鳴ると、クリステルはその姿のまま、マライアと(日本刀状態の)キヨをつぶらな瞳で見つめる。その愛らしい表情に躊躇いながらも、キヨはマライアの身体に憑依する形で斬りかかるが、やはり、犬好きの彼女としては、どこか本気を出し切れず、今ひとつその斬撃に本来のキレがない。だが、それでもかろうじてその刃は命中し、鎧を殆ど着ていないクリステルにとっては、十分な痛手となり、悲しそうな鳴き(泣き)声を上げる。

「クゥ〜ン、クゥ〜ン……」

 その声にマライアとキヨが激しく動揺している隙を突いて、(犬状態の)クリステルは口に咥えたプリズミックナイフでマライアに襲いかかり、その身を切り裂こうとする。しかし、そのナイフは確かにマライアの身体を捉えたものの、彼女の身体には傷一つつかなかった。もともとマライアは魔法師にしては重装備であるが、そこに「日本刀としてのキヨ」が加わったことで、並の剣士以上に「攻撃を受け止める力」が備わっているのである。

(おかしいわ、この人、ユニスみたいな「戦闘系の魔法師」じゃない筈なのに……)

 自らの攻撃が全く通用しない状態にクリステルが困惑している中、キヨが再び攻撃をかけるが、クリステルは再び黒目がちな瞳でキヨを見つめる

(か、かわいい……)

 その視線に一瞬、心が乱れたキヨは、その攻撃を外してしまう。だが、その直後に繰り出されたクリステルの攻撃もまた、マライアの身体を直撃はしたものの(彼女が自らの魔法で簡単に回復出来る程度の)浅い傷にしかならなかった。
 そして、次の瞬間、相手の姿に惑わされないよう、必死で心を無にして繰り出したキヨの刃が再びクリステルの身体を捉えようとしたが、間一髪のところで、主審が間に入ってその一撃を身体で受け止める。

「もう、いいだろ。やめてやってくれ!」

 これまで淡々と試合を処理してきた主審が、この瞬間だけは「私情」で試合を止めたようにも見えたが、実際のところ、この一撃が当たっていたら、間違いなく致命傷になっていたことは「副審」の二人も認めており、この瞬間、マライアの勝利と、「シリウスの鋭爪」の準々決勝進出が確定したのであった。


ルーク
先鋒
ー×

TKG

エルバ
次鋒
ー×

ユニス

マライア
中堅
ー×

クリステル

2.5.1. 八強確定

「なかなかやるな、お主ら」

 「夜ノ魔法少女」の大将であるマリアは、素直にそう言って対戦相手を讃えつつ、マライアに対して、訝しげな顔を浮かべながら問いかける。

「ところでお主、本当にエーラムの魔法師か? どうもお主から、奇妙な気配を感じるんだが」

 そう言われたマライアがその言葉の意味が理解できないまま否定すると、マリアはまだ微妙に首を傾げながらも、それ以上は追求しなかった。

「まぁ、私の気のせいならいいんだがな。ともあれ、この後の戦いも頑張れよ」

 彼女はそう言いつつ、「人間」状態に戻ったクリステルを連れて会場から立ち去ろうとすると、クリステルはマライア達に対して、一枚の「紙」を提示する。

「さっきのお詫びに、新聞屋さんから貰った『ティスホーン軍特選隊』の情報、教えてあげようか? 多分、次の対戦相手になると思うけど」

 彼女が言うところの「新聞屋」とは、おそらくアンナのことであろうことは、(つい先刻まで眠っていたマライアはともかく)エルバやキヨ達には容易に想像がついた。ちなみに、実は彼女はアンナと同じ諜報機関「ヴァルスの蜘蛛」の一員であり、この大会の開催以前からの知人なのだが、さすがにそこまで詳しい裏事情を彼女達に話すつもりはない。

「いきなり随分と殊勝になったものだな」
「いや、だから、あんたらと喧嘩するつもりは無かったんだってば。ただ、私達にもやらなきゃいけないことがあって、その一環で調査しただけだったのよ」

 訝しげな視線を向けるエルバに対して、クリステルはそう弁明する。とはいえ、色々な意味で「やりすぎ」であったことはクリステルも認めており、その点については改めて謝罪する。そしてエルバ達としても対戦相手の情報が欲しかったのは事実であるため、ここは素直にその「紙」(下図)を受け取ることにした。優勝候補の一角との呼び声もある相手である以上、事前に対策が練られるなら、それにこしたことはない。


「なるほど。先鋒のアマルティは女性に弱いのか。だとするると、先鋒はエルバかマライアの方がいいだろうな」
「問題はむしろ、次鋒のルナ殿でしょう。水使いのエーテルということは、相手を水流で押し出す能力がある筈。だとすると、この『場外負け』がある戦場では、戦いにくい相手です」

 この二回戦では出番が無かったラスティやフリックが彼等がそんな会話を交わしているのを横目に、マリアとクリステルは静かにその場を去って行く。そしてこの後の試合では彼等の予想通り、三回戦(準々決勝)の対戦相手として、まさにその「ティスホーン軍特選隊」勝ち上がってくることになるのであった(下図)。


2.5.2. 龍と聖騎士

 そしてこの日の夜、次鋒戦で(辛勝したものの)心身共に激しく消耗したエルバは、自宅の宿舎で静かに療養するつもりであったが、夜中に突然、大きな物音が響き渡り、思わず目を覚ます。ただ事ではないと判断した彼女が慌てて外に出ると、マックイーン牧場を含めたティスホーン全体に対して、北西の方向から激しい矢の雨が降り注ぎつつあるのを目の当たりにする。しかし、その矢の大半は街の住宅街には届かない。なぜならば、月光に照らされた一匹の巨大な「龍」が、身体を張ってその矢を受け止めていたからである。

「こいつは一体……」

 エルバはその異様な光景を目の当たりにしながら、ただ呆然と立ち尽くす。この「龍」は、彼女がこれまで聞いたことがある一般的な「蜥蜴の怪物のような姿」とはやや形状が異なり、その身は細く、どちらかと言うと「蛇」に近い姿をしている。そして、この状況から察するに、少なくともティスホーンに対して敵対する勢力では無さそうである。
 そして、僅かにその龍が「止め損なった矢」は、地上で聖印を掲げる一人の女騎士の方向へと集中していく。これは「城塞の印」と呼ばれる聖印能力の一つなのだが、そこまでの知識はエルバにはない。だが、その「矢」を集めている人物が誰なのかは、ティスホーンに長年住んでいるエルバにはすぐに分かった。この地の「四人の領主」の一人にして、今大会に出場したティスホーン軍特選隊のリーダーであるマリン・ツイスト(下図)である。


「これは、神聖トランガーヌ側からの襲撃だ。だが、おそらく本気ではない。こちらを混乱させたいだけだろう」

 エルバの存在に気付いたマリンは、彼女にそう告げる。現状、この地で武術大会を開いていることは神聖トランガーヌ側にも伝わっており、その大会を妨害して中止に追い込むことで、ティスホーンの面子を潰そうとする意図であろう、というのが、マリンの推測である。ただ、本格的に軍を率いて攻め込んだ場合、この地に集った「武術の達人」達がティスホーン側の助っ人として参戦してくる可能性もあるため、あくまでも「嫌がらせ」程度の攻撃にすぎないだろうと彼女は考えているようである。
 ひとまずその状況を理解したエルバは、彼女に協力しようにも、基本的に自分は「飛び道具」に対しては無力であることを自覚していることもあり、この場は彼女と「龍」に任せて、自身は自宅へと帰還する。だが、この状況で素直に安眠出来る筈もなく、結局、ろくに眠れないまま(前日の疲れを引きずったまま)朝を迎えることになってしまった。
 ちなみに、この「龍」の正体は、ティスホーン軍に所属するレイヤードラゴンのクーロン・リーである。より正確に言えば、彼女は大陸東部の「龍そのものに変身可能な一族」の末裔であり、レイヤーというよりも龍そのもの(投影体)に近い存在ではないかとも言われているが、その実態はまだ謎に包まれており、その真の実力もよく分かっていない。そして、彼女もまた、今回の大会に「ティスホーン軍特選隊」の一人として出場登録している人物の一人なのであった。

2.5.3. 杖と魔法師

 一方、同時期に街の中の宿舎で眠っていたキヨもまた、物音に気付いて外に出ると、同じように空を「龍」が飛んでいるのが視界に入る。ただ、彼等の宿舎の近辺には、流れ矢程度しか降ってこなかったこともあり、他の者達は気付かないまま、静かに安眠を続けていた。
 そんな中、彼女達の宿舎の近くでは、飛んで来た僅かな流れ矢を一人で「撃ち落とす」者がいた。「夜ノ魔法少女」の大将、マリアである。彼女はまるで狩りを楽しむかのごとく、高速で降り注ぐ矢を、右手に持った杖から放たれる「魔力が込められた何か」によって悠々と迎撃している。それが何なのかは分からなかったが、少なくとも、この魔法師が「ただならぬ実力者」であることは、キヨにも感じ取れた。
 そんな中、彼女が「撃ち落とし損なった矢」が近くの民家に衝突しようとした瞬間、突然、彼女の持っていた「杖」が「人の姿(下図)」へと代わり、身を呈してその矢を受け止める。その姿は、背の高い女戦士のような風貌で、純粋な身体能力だけを基準に考えるならば、エルバよりもラスティよりもフリックよりも強靭そうな肉体を有しているように見えた。おそらく、「彼女」はキヨと同じ「武具(杖)のオルガノン」なのであろう。


「シャクティ、大丈夫か?」

 マリアがそう問いかけると、そのオルガノンは無言で頷く。ちなみに、「シャクティ」とは、「夜ノ魔法少女」の副将としてエントリーされていた人物の名である。そしてそのオルガノンもまた、自分の近くにいるキヨの存在に気付いた。

「日本刀……、か?」

 どうやら彼女もまた、キヨが自分の「同類」だと認識しているらしい。そのまま彼女はキヨに向かって語り続ける。

「副将戦で戦ってみたかったが、さすがに私でも『2対1』で勝てる自信はなかった。出来れば次は、なんらかの形でサシで戦ってみたい」

 もし、あの試合で副将戦に突入していた場合、「日本刀(キヨ)を持ったラスティ」と「シャクティ」が戦うことになっていた。それを「2対1」と評している辺り、どうやら彼女達には、キヨ達の戦術は完全にバレていたらしい。それが、アンナ経由の情報提供によるものなのか、それとも別の理由で正体を見抜かれていたのかは分からないが、ひとまずここでそのことを追求する気は、キヨにはなかった。

「機会があったら、ぜひ」

 キヨは素直にそう答えると、やがて矢は止み、龍の姿も消え、シャクティは再び杖の状態に戻り、マリアと共にその場を去っていく。キヨとしてみれば、色々と事態が飲み込めない状態ではあったが、今の時点で自分一人で何かを詮索しようとしても意味がないと考えて、素直に宿舎へと戻ろうとした。
 すると、借りていた宿舎の部屋の入り口の前で、一人の少女が扉の隙間から中の様子を伺っているのを発見する。「夜ノ魔法少女」の次鋒だった「狐仮面」である。どうやら彼女は、部屋の中で寝ているマライアの様子を確認しようとしているらしい。キヨが彼女に近付いて声をかけると、狼狽した声を上げる。

「だ、誰ですか、あなたは?」

 キヨにしてみれば、むしろ「それはこっちの台詞」と言いたいところだろうが、キヨがそれに答えるするよりも先に、問いかけた狐仮面自身が彼女の正体に気付いたようである。

「もしかして、あなた、あの『刀』のオルガノンですか?」

 キヨが黙って頷くと、そのまま彼女は質問を続けた。

「あなた達は、どうしてこの大会に?」

 これも、むしろキヨの方が聞きたいところだったのだが、先にそう聞かれてしまったキヨは、返答に困る。本音を言えば、最大の理由はエルバの勧誘のためなのだが、そのことを説明して良いものかどうか、キヨ一人では判断出来なかった。

「馬が、欲しくて……」
「本当に、それだけが目的なのかしら?」

 そう問われたキヨが黙っていると、ユニスも「逆に自分達の目的について切り返されるのも困る」という後ろめたさもあってか、無理に深く追求しようとはしなかった。

「まぁ、あなた達が本当に馬が欲しくてここに来ただけならいいんですけど、マライアさんの身に何か起きてからでは遅いですから、気をつけて下さいね」

 そう言って、彼女は宿舎から去って行く。その後、キヨは念のため、部屋で一人で寝ているマライアの様子を確認したが、特にこれと言って何かが変わっているようには見えなかった。色々とよく分からないことが続いて、キヨもまた頭の中が今ひとつ整理出来ないまま、それでもかろうじてある程度は心身を休ませた上で、翌朝を迎えることになる。

2.6.1. 三回戦先鋒戦

 そして翌朝、ティスホーンの武術大会は「三日目(三回戦)」へと突入することになる。この日からは、武術大会の会場が「より大型の闘技場」へと移され、そして「三回戦・第二試合」として「シリウスの鋭爪」は「ティスホーン軍特選隊」と対戦することになった。その組み合わせは、以下の通りである。


マライア
先鋒
アマルティ

ラスティ
次鋒
ルナ

エルバ
中堅
ウィード

フリック
副将
クーロン

ルーク
大将
マリン

 ティスホーン軍特選隊は、2回戦までと同じオーダーであったのに対し、シリウスの鋭爪は、相手がオーダーを変更しないことを前提に、この日は「先鋒」としてマライアを投入してきた。その右手には、当然のごとくキヨが握られている。ちなみに、キヨは戦いを前にして、狐仮面がマライアの部屋を監視していたことを彼女に伝えたが、マライアは特にそのことについて気にしている様子は無かった。少なくとも彼女の中では、「ユニス」が(心配するフリをして)自分に害を為そうとしているという可能性は、全く考慮するに値しないと考えているようである。
 ちなみに、実はこの試合開始の時点では、ルークはまだ会場に到着していなかった。TKGの肖像画依頼から、まだ帰ってきていなかったのである。おそらく(会場が前日までと変わったこともあって)またどこかで道に迷っているのではないかと推測したマライア達は、やむなく彼を、ひとまず最も出番の遅い「大将」役に彼を配置することになる(もともと、大将であるマリン相手には、誰を出しても勝てる見込みは低かったから、最悪不戦敗になることも覚悟した上での配置であった)。
 一方、マライアの対戦相手となったアマルティは、ティスホーン軍においては若いながらも古株である叩き上げの二刀流剣士(エルバと同じ系統の邪紋使い)であるが、女性に対して甘いことで知られている。そんな彼は、マライアを目の前にして、これから戦う相手への態度とは思えぬほど丁重で紳士的な態度で語りかける。

「まさか、こんな美しい方がこの大会に出場していようとは。私としては、このような戦いはなるべく早く終わらせたいので、出来れば、その美しい肌に私が傷をつけてしまう前に、危険と思ったらすぐに『場外』に出て頂きたい、というのが本音です」
「でも、馬が欲しいのよね……」
「では、私が勝ったら、私の分の馬をあなたに差し上げる、ということでいかがでしょうか?」

 そんなやりとりをしていると、主審のディックが厳しい表情でアマルティを睨みつける。

「そこまでだ。それ以上は、八百長行為とみなすぞ、アマルティ」

 もっともな正論で窘められたアマルティは、素直に二本の剣を構えて、試合開始の合図を待つ。だが、その様子から、彼が自らの力の源である「邪紋」を発動させようとしていないことは明白であった。女性相手であるが故に手加減しようとしているのか、それとも、単に見くびっているだけなのかは分からないが、少なくともこの時点で彼は「本気」ではない様子は伺える。それに対してキヨは、昨日とは打って変わって、今度は最初から全力で相手に斬りかかる覚悟を固めていた。
 そして、試合開始と同時に、マライアの身体に憑依したキヨは、全力でアマルティに痛烈な一撃を浴びせかける。それに対してアマルティも、反撃の刃を繰り出すが、本気の力を出していない状態の彼では、マライアには全く傷を与えられない。

(こ、これは……、本気でやらないとマズいな)

 そう思った彼は、一歩遅れて邪紋の力を発動させるが、それでもキヨの激しい攻勢を止めることは出来ない。キヨの鋭い刃によって深手を負いながらも、かろうじて倒れずに踏みとどまったアマルティは、心を鬼にして全力でマライアに二本の剣で連続攻撃を仕掛けるが、あと一歩のところで致命傷には至らず、すぐさまマライアは全力で自身の身体を回復させる。結果的に、キヨ自身(日本刀)の持つ鉄壁の防御力によって救われた形となった。
 そして、最後はキヨの刃が彼に止めの一撃を刺そうとした瞬間、主審が間に割って入り、マライアの勝利を宣言する。

「ここまでだな、アマルティ。見た目で相手を判断するのも、大概にしておけよ」
「す、すまん……」
「あとで、マリン様からたっぷり叱られておくことだな」

 不本意ながらも何も言い返せないまま、アマルティはすごすごと闘技場を後にした。もともと、主審のディックとはあまり仲の良くない彼であるが、今回ばかりは、自分の非を認めざるを得ないことは、彼自身が一番よく分かっていたようである。


マライア
先鋒
ー×

アマルティ

2.6.2. 三回戦次鋒戦

 そんな彼に続いて、ティスホーン側の二番手として登場したのは、メイド服姿の少女、ルナ・シャーウッドである。彼女は「水使い」のエーテルとして知られていた。一方、シリウスの鋭爪の代表者は、ラスティである。

「よ、よろしくお願いします」

 見た目はただの小柄なメイドにすぎない彼女は、大柄なラスティに対しておびえながらそう言いつつ、その身に「水」の元素をまとわせる。一方、ラスティはその身に「龍」を宿らせ、手足が龍の形へと変化していく。
 傍目には明らかにラスティが有利に見える組み合わせであるが、事前の「新聞屋」の情報によれば、ティスホーン軍の中で一番厄介なのは、このルナであるという。彼女の繰り出す「水の元素弾と「水の元素奔流」は、水流の勢いで相手を押し飛ばす技であり、この「場外負け」というルールの存在するステージにおいては、それだけで相当に強力な技である(一部では、この「場外負けルール」は、ティスホーン軍を有利にするために恣意的に作られた条項ではないか、という噂もあった)。
 それ故に、ラスティは今回はキヨを持たずに、単身で彼女に挑むことになった。彼女に勝つためには、打撃力よりも回避力を優先すべきと考えた彼は、使い慣れないキヨを右手に持った状態よりも、本来の軽装状態で挑んだ方が得策と考えたのである。
 そして、自分の踏み込みでは相手の反撃を食らう前にその剛腕を食らわせることは出来ないと判断した彼は、試合開始の合図と同時に、ひとまず闘技場の「ど真ん中」にまで移動しつつ、相手の出方を待つ、という戦術を採った。すると、ルナもまた、ラスティをその位置から一撃で外に押し出すことは出来ないと判断し、水の元素弾を放ちつつ、闘技場の端へと移動する。
 ラスティはその元素弾によって後方に押し出されたことで、再び「自分の踏み込みでは届かない位置」にまで押し戻されたため、再び慎重に距離を詰めようとするが、ルナは再び同じ様に逃げながら元素弾を放つ。この二発目の元素弾は予想外に重い一撃となってラスティの身体に直撃し、彼は後方に押し戻されると同時に、ジワリジワリと自分の体力が削られていくのを感じる。

(このままでは埒があかんな)

 そう覚悟を決めたラスティは、相手の「押し出せる間合い」にまで全力で走り込む。ここで元素弾をまともに受けたら、間違いなく場外に弾き出されてしまうが、このまま続けていても彼女のペースにハマるだけだと気付いて、開き直ったのである。当然、それに対してルナは再び元素弾を放つが、ラスティはかろうじてそれを避けた上で、今度は至近距離から全力でその剛腕を喰らわせようとする。しかし、ルナもまた、間一髪のところでそれをかわすことに成功した。

(こ、こいつ……、やはり、ただのメイドじゃないな!)

 ラスティがそう実感したところで、再びルナが次の元素弾を放つが、ルナも体勢を崩して狙いが定まらななかったせいか、その攻撃はラスティによってあっさりと避けられ、そこから繰り出されたラスティの鋭い爪がルナの身体をようやく捉えるが、その激しい一撃を喰らっても、ルナはまだ倒れはしない。
 こうして、彼等は闘技場のリングアウトするギリギリの端の位置で、互いに一進一退の攻防を繰り返すことになるが、制限時間ギリギリのタイミングでラスティの放った強烈な一撃が、再びルナの身体に命中する。

「いい加減、終わらせろよ!」

 そう叫んだ彼の剛腕をまともに受けたルナはその場に倒れ、主審はラスティの勝利を宣言する。ホームチームの小柄なメイドを、色黒で大柄な筋肉質の男が殴り倒すという構図は、端から見ていて決して心地良い光景ではないが、第一試合において美女を相手に手を抜いて敗れたアマルティという前例を見ている以上、誰もラスティに対して罵声を浴びせるようなことはしなかった。ただ、制限時間の最後の最後まで死闘を繰り広げた二人に対して、観客達は静かな敬意と畏怖の視線を送っていた。


マライア
先鋒
ー×

アマルティ

ラスティ
次鋒
ー×

ルナ

2.6.3. 三回戦中堅戦

 そして、ダークホースを相手に予想外の苦戦を強いられているティスホーンからは、弓兵隊長のウィードが三番手として登場する。彼は主に味方を支援する能力に長けた人物であり、一対一の戦いには不向きという下馬評もあったが、一回戦と二回戦では、闘技場内の間合いを有効に活用して、相手の動きを封じる攻撃を駆使しながら、見事に判定勝ちを収めている。

「さすがにこちらも、三連敗では終われませんよ」

 そう言った彼の前に立ちはだかるのは、エルバである。そして彼女の右手には、今度は「キヨ」が握られていた。二回戦で思わぬ苦境に追い込まれたこともあり、確実に勝利を得るためにも、ここは彼女の力を受け入れた方が得策と判断したようである。また、前日にあまり眠れなかったこともあり、精神的にも体力的にも万全とは言えない状態だったことも、彼女を少し弱気にさせていたのかもしれない。

(なぜだろうな、初めて持った気がしない……)

 エルバは、キヨを手にした状態で、そう感じていた。どことなく、自分がもともと有していた刀と似た匂い(?)をキヨから感じていたのである。そのことの意味については(まだこの時点では)理解出来ないままキヨを手にした彼女は、対戦相手のウィードに向かって、激しい闘志を燃やす。

(今の私には、長期戦を戦えるだけの体力は残っていない。早めに決着をつけなかれば)

 この時、エルバの体調が万全ではないことには、誰も気付いていなかった。皆、彼女も自宅でゆっくり休養して、万全の状態で挑んでいると思い込んでいたのである。もし、彼女の身体にまだ前の戦いでの傷が残っていることに誰かが気付いていたら、すぐさまマライアに回復魔法をかけるように進言していただろうが、「魔法」という概念自体についてまだよく分かっていなかったエルバは、その選択肢が最初から頭に無かったようである。
 そして、試合開始の合図と同時に、キヨはエルバの身体に憑依した上で、即座にウィードとの間合いを詰めて、全力で斬りかかる。彼女もまた、先鋒戦に続いての連戦となるため、体力はともかく気力の面では消耗は激しかったが、第二戦におけるルナの「逃げながらの射撃攻撃」という戦法を目の当たりにしていた以上、ここは早めに決着をつけた方がいいということは、キヨにも分かっていたようである。
 そして、その一撃がウィードの身体を捉えて深い傷を与えると、それに続けて間髪入れずにエルバ自身が自らの意思で「キヨ」を用いて二撃目となる斬撃を繰り出す。その一撃は見事なまでにウィードの身体を斬り裂き、彼は間合いを取ることも弓を放つことも出来ないまま、あっさりとその場に倒れこんでしまった。

(こ、これほどの人材が、なぜ今までに在野に……)

 そう考えながら、ウィードはその場に崩れ落ち、呆気にとられた主審が一瞬の間を空けた後に、エルバの勝利を宣言する。一回戦のミレーユ戦の時以上の一方的な「瞬殺」に、観客達はどよめきの声を上げる。

「ティスホーン軍の精鋭が、三連敗……?」
「そんなバカな……、一体何なんだ、あいつら……」
「あの女、たしか、マックイーン牧場の従業員だよな?」
「なんでこんな奴が、今まで軍にも入らずにいたんだよ……」

 困惑する観客達を横目に、エルバ自身もまた「キヨを手にした時の自分の強さ」に戸惑っていた。実は彼女としては、最後の一撃の後、今度は短刀を用いた「二の太刀(実質的には、三の太刀?)」を繰り出そうとしていたのだが、まさかその前にここまであっさりと決着してしまうとは考えておらず、彼女自身がどこか拍子抜けしていたのである。
 ともあれ、少なくともこの「キヨ」を用いた時に、本来の自分の実力以上の「破格の攻撃力」を発揮出来るということを、この瞬間、彼女ははっきりと認識したのであった。


マライア
先鋒
ー×

アマルティ

ラスティ
次鋒
ー×

ルナ

エルバ
中堅
ー×

ウィード

2.7.1. 大会に潜む闇

 一方、出番がないままに終わったティスホーンの副将クーロンは、傍らにいる自軍の大将マリンに対して、不満そうに語りかける。

「なーんか、納得いかないねぇ。どうもあの刀、ただの武器じゃないように見えるんだが、どう思う? シャ……、じゃなかった、マリン殿?」
「そうかもしれない。しかし、この大会には武器に関する規定はない以上、これは正当な結果だ。それにおそらく、あの刀でなかったとしても、もともと一対一の戦いに向いていないウィードでは彼女には勝てなかっただろう。アマルティが負けたのも自業自得だ。そして貴殿にしても、今の状態では次の相手に勝てた保証もない」
「見くびられたものね。あの程度の矢を受け止めたことくらい、私にとっては別に痛くも……」
「そうではない。その後の深夜の祝勝会で朝まで呑み続けていたことの方が問題だ」
「なーに言ってんだか。私はむしろ、酔いが残ってる時の方が本気を出せるってことは、あんただってよく知ってるでしょ? 1年前のアントリアとの戦いの時だって……」
「その時のことは、当時まだティスホーンにはいなかった私の知るところではない」
「…………はいはい、そうだったわね、『マリン』殿」

 そんなやりとりを交わしつつ、無様な結果で敗退してしまったことを観客達に詫びた彼女達は、静かに闘技場を去り、そして「街の警備」という本来の任務へと戻るのであった。

 ******

 一方、予想外にあっさりと勝利したエルバではあったが、その戦いの最中、彼女が密かに昨日の傷を感知出来ぬまま引きずっていることに、マライアは気付いていた。故に、試合終了後に(今後また十分な睡眠が取れなくなることを考慮して)念のため、マライアは自らの回復魔法でエルバの身体を癒すことにしたのである。
 ところが、ここで彼女がキュアライトウーンズの魔法をエルバにかけた瞬間、その効果が、本来の彼女の治癒能力を超えたレベルにまで達していたことに、マライアが気付く。そして、そのことに気付いていた人物がもう一人いた。少し離れた場所から彼女達を見守っていた「夜ノ魔法少女」のマリアである。

「やはりな。今のお主の身体の中に、もう一人の『誰か』がいる。このまま放っておくと、いずれ乗っ取られるぞ」

 そう言って、マリアはマライア達に、彼女達がこの大会に出場した「真の目的」を告げる。全ての系統の魔法を操ることが出来る彼女は、時空魔法の予知能力により、この大会内に「禍々しい力」を持つ者達が参戦することになると察知し、その実態を突き止めるべく、潜入捜査を主目的として参戦することになったらしい。
 そして、その「禍々しい力」を与えている人物は、おそらく、マリアの弟子である「左右の目の色が違う、東洋風の装束の男」であろうと彼女は推測している。というのも、どうやらその人物は最近、とある魔境で「『異界の神』が封じ込められた『22枚のカード』」を手に入れ、それを人体に投入する(人体に憑依させる)ことでどのような力を発揮出来るのか、という人体実験を各地で繰り返しているらしい。

「あの人は、興味本位で人の身体を玩具にする人なのです。まぁ、かく言う私も、実はその一人なんですが……」

 クリステル曰く、実は彼女の邪紋も、その「左右の目の色が違う、東洋風の装束の男」によって刻み込まれた「人工邪紋」であるらしい(ただし、それは今回の「22枚のカード」とは無関係であるという)。一応、彼女の場合は、自らの意思でその邪紋の力を身体に刻み込むことを受け入れたのだが、その後、副作用を起こして死にかけたところをマリアに助けられており、今回はその縁で協力することになったらしい。
 そして、マリアが言うには、どうやら現在のマライアの身体の中に、その「異界の神が封じられたカード」の中の一枚が入り込んでいるのだという。それは22人の異界の神の中でも、特に「治癒の力」に特化した能力を持つ神であり、その力が体内に入り込むことによって、マライアが持っていた本来の治癒能力以上の力を彼女に与えているというのが、彼女の見立てであった。

「今のところ、お主の仲間達からは同じ様な力は感じられないのだが、お主、その力をどこで手に入れた?」

 訝しげな瞳でそう問いかける彼女に対して、その男の特徴に見覚えがあったロディアスが、マライアが病状を回復させるまでの経緯について、マリアに説明する。

「なるほど、そういうことだったか。だが、さっきも言った通り、そのカードを身体の中に残しておくと、いずれその『異界の神』の力によって、お主の身体が乗っ取られるかもしれん。私であれば、今からすぐに処置すれば、その身体からカードを取り出すことは出来る。少し、時間はかかるがな」

 ちなみに、黒死病自体は既に完治しているので、カードを取り出しても、病気が再発する可能性はない、というのがマリアの見解である。

「分かりました。お願いします」

 そう言って、マライアは彼女の申し出を受け入れた。マライアとしても、自分の身体の中に「得体の知れない何か」が潜んでいるという状況は看過しがたいし、確かにその兆候は感じ始めていた。無論、このマリアという「どう見ても子供にしか見えない魔法師」もまた、「左右の目の色の違う魔法師」と同じくらい、得体の知れない人物ではあるのだが、少なくとも「ユニスが協力している人物」であるというだけでも、マライアにとっては、信用出来ると思えたようである。
 こうして、シリウスの鋭爪から再び(一時的に)マライアが退場することになり、彼等は次の準決勝を、実質的に「四人(+キヨ)」で戦うことを余儀なくされたのであった)しかも、この時点ではまだルークも行方不明のままであった)。そして大方の予想通り、準決勝の彼等の対戦相手は、ダンク・エージュ率いる「暁の牙」となったのである(下図)。



2.7.2. 猫の恩返し

 ここで、少し時を遡る。この前日にTKGに連れ去られるように彼の「仮設アトリエ」で絵のモデルをさせられていたルークは、結局、下絵のデッサンのために夜中まで拘束されることになったが、どうにか無事に下絵は完成し、TKGは彼に深く礼を述べた。

「ご協力いただいたお礼に、これを差し上げますニャ」

 そう言って、彼は不思議な力が込められた「魔石」をルークに差し出す。曰く、この魔石は、どんな攻撃でも一度だけ完全に防ぐことが出来る力を持っているらしい。

「ご主人様から頂いた代物ですが、もう私は400年以上も生きて、十分満足しているですニャ。あニャたはこれから、この世界のために生きていかねばニャらニャい人ですニャ。だから、あニャたに持っていてほしいですニャ」

 そのような力を持つ魔石の存在は、ルークも聞いたことがある。だがそれは、エーラムの中でも相当に高位の魔法師が何年もかけてようやく完成出来る代物であり、公爵以上の聖印を持つ者でなければ支給されることは無いと言われる、まさに伝説級の逸品である。おそらく、今のブレトランドでこれを持っている者はいないだろう。常識的に考えれば、そのような代物を、こんな素性も分からぬ猫が持っている筈もない。だが、彼から手渡されたその魔石からは、確かに、並々ならぬ魔力が感じ取れた。オーキッドやラピスで彼が目にしたことがある「エーラムからの支給品(回復役など)」とは明らかに「格」の違うオーラが漲っていることは、魔法具に関してはほぼ素人のルークでもすぐに分かる。

「ですが、もしあニャたにとって、自分の命よりも大切な人が現れたら、その人にお譲りするのも、あニャたの自由ですニャ」
「分かりました。あなたのご厚意を無駄にしないよう、こちらの品は今後、肌身離さず大切に持っておきます」
「では、今夜はもう遅いので、明日の朝、合流するといいですニャ」

 こうして、彼はそのままTKGが借りていた宿で一晩を過ごし(疲れていたせいか、前述の聖印教会からの襲撃にも気付かぬまま)、翌日、会場へと向かおうとしたものの、三回戦から会場が変更になった関係もあって、例によって例のごとく、道に迷ってしまっていたのである。

2.7.3. 馬泥棒の執念

 そんな迷子のルークの近くを、一人の「見覚えのある人物」が駆け抜けていく。それは、先日捕らえた(唯一、生き残って降伏した)馬泥棒であった。どうやら彼は、昨夜の襲撃の混乱の中で警備が手薄になった隙をついて、脱獄していたらしい。
 そして、その左手の小脇には、一匹の犬が抱きかかえられていた。この犬もまた、ルークには見覚えがある。それは、メガエラの診療所の前で出会った(そして現在は「暁の牙」に所属しているらしい)「西郷吉之助」と名乗る男が連れていた犬である。

「おい、お前! 何をしている!?」

 咄嗟にルークがそう叫ぶと、それに続けて馬泥棒の後方から、別の男が激しい足音を響かせながら、彼を追っているのが分かる。焦燥した様子で息を荒げながら巨体を揺らすその姿は、紛れもなく西郷その人であった。

「待つでごわす!」

 そう叫んで走り寄る西郷とルークに挟まれるような形になったその馬泥棒は、手に持っていた短剣を、小脇に抱えていた犬の首に突きつける。

「う、動くんじゃない! 動いたら、こいつの命はないぞ!」

 狼狽しながら、狂気めいた瞳で馬泥棒がそう叫ぶと、刃を突きつけられた犬は、怯えたような、悲しそうな声で「クゥーン、クゥーン」と啼く。

「いいか、お前達が優勝したら、商品の五頭の馬のうち、お前の分の馬を俺によこせ。そしたら、こいつは返してやる」
「いや、おいどんは、馬を受け取る契約はかわしてないでごわす。あん馬は、全部ダンクどんが……」
「だったら、鍵を開けてこっそり奪ってくればいいだろう!」

 必死に語気を強めながらそう叫ぶ馬泥棒(改め犬泥棒?)であったが、その次の瞬間、彼の首筋に、白刃が突きつけられた。それは、犬の悲しそうな鳴き声を聞いて、どこからともなく駆けつけたキヨ(が手にしている、彼女の本体)である。

「な、なんだお前!?」
「……何をしているんですか?」

 穏やかながらも静かな怒りが篭ったその声は、馬泥棒の心胆を寒からしめるに十分だった。

「い、いや、その、あの……、この子が迷子になってるみたいで、ちょっと助けてあげたと言うか……、ほ、ほら、飼い主の元にお帰り!」

 そう言って、彼があっさりと犬を手放すと、犬はそのまま西郷の元へと一目散に駆け寄って行く。さすがに、目の前で仲間四人が彼女達に斬り捨てられた時の光景が鮮明に頭に残っている以上、ここで抵抗出来るだけの気力は、この馬泥棒には残されていなかった。あまりの小悪党っぷりに、ルークが思わずため息をつく。
 その後、エルバとも合流した上で、馬泥棒は再びペルセポネへと引き渡され、今度はこの街の監獄の最下階へと連行されて行くのであった。

2.7.3. 異界の記憶

「ありがとうでごわす。おはんはあん時の『おるがのん』の方でしたな。あれからおいどんも勉強したでごわす。刀そのものが人の形をするとは、まっこと、面白か世界でごわすな」

 そう言って、西郷はキヨに深々と礼を言う。どうやら、暁の牙の面々の中に、オルガノンという存在について知っている者がいたらしい。その上で、彼は初対面のエルバの持っている「刀」が気になったようで、その「刀」に向かって語りかける。

「ところで、こちらも『おるがのん』の方ですかな?」
「いや、この武器は、人間の形になったことはないけど……」
「ほう、そうでごわすか。しかし、おいどんの記憶が間違っていなければ、確かこん刀も、沖田どんが使われていた刀であったような……」

 そう言われて、キヨもようやく思い出した。エルバが持っていた刀は、キヨと同時期に、彼女の「当時の持ち主」が使用していた刀「大和守安定」であることを。ただ、キヨとは異なり、彼(彼女?)はヴェリア界経由ではなく、純粋に「地球」から「刀」として投影されてきた代物らしい。つまり、彼(彼女?)の中には、刀としての「魂」は宿っているのだろうが、それがキヨのような形で自律的に動くことはない。

「な、なんだい? この刀、そんな特別ないわくのある代物なのかい?」

 とはいえ、説明されても理解出来ないと思ったのか、キヨはあえて何も言わなかった。ただ、思わぬ形で過去の「戦友」である安定と再会出来たことは、素直に嬉しかったようである。

「ともあれ、ツンを助けてくれたお礼をしたいでごわす。あそこに臨時開店した甘味処がありもうすので、よろしければ、ぜひ」

 そう言って西郷が指差した先には、この大会に合わせて臨時で設置された屋台街のような光景である。おそらく、街の内外から様々な人々が、この機に一儲けしようと思って集まってきたのであろう。確かにその中には、菓子や果物などを提供する店も多く見られた。

「そんな大したことをした覚えはないが……、人の好意は素直に受け取ることにしようか」

 エルバはそう言って、ルーク達も同意した上で、西郷に同行する。すると、西郷が「お気に入りの店」として案内した屋台の中から現れたのは、予想外の人物であった。

「お前達、マライアの!?」
「またあんたか!」

 そこにいたのは、巨大な鉄鍋を背中に背負った錬金術師ヨハン・デュランである。ローズモンド伯爵領からの出張救護班としてこの大会に参加していた彼だが、非番の時はここで部下達と共に屋台を出店して、路銀を稼いでいたらしい(ちなみに、彼の両脇を固める赤服と緑服の店員達は、いずれも一回戦では選手として出場していた邪紋使いである)。
 マライアの状況について一通りの事情を聞いたヨハンは、自身の軽率な判断で彼女を危険な状態に陥れてしまったことを深く詫びる。とはいえ、あの状況では他に方法が見つからなかったことはルーク達も理解していた以上、誰もヨハンのことを咎めようとはしなかった。
 そして、彼等のやりとりが一段落したところで、西郷が改めて「料理人としてのヨハン」の実力について語り始める。

「こん人の作る『アンニンドーフ』は、まっこと絶品でしてな。こちらの世界でも、おいどん達の世界でも味わったことがない、何とも言えぬ食感がたまらんのでごわす」

 厳密に言えば、本来は杏仁豆腐は地球の食べ物である。だが、西郷が生きていた時代には、まだ日本では滅多に見ることが出来ない代物であった。西郷がヨハンに代金を支払うと、彼は人数分の小皿に取り分けながら、白くて四角い、よく分からない食べ物を彼等の前に差し出すが、ルークとエルバはその異様な物体を目の前にして、訝しげな表情を浮かべる。

「大陸でも、こっちに来てからも、食べたことないよ、こんなの。食べても大丈夫なのかい?」
「なんだか不思議な見た目だが、これも薬膳の一種なのか?」
「あぁ、これはアプリコットの種の一部を加工した物で、元来は気管支系の病気の治療薬だったらしいが、純粋に菓子として食べても全く問題はない」

 ヨハンは自信を持ってそう説明するが、ルークもエルバも、その説明を聞いても今ひとつピンとこない、というのが正直な実感である。ちなみに、これはかつてヨハンの部下であった「東方から渡来した邪紋使い」が得意としていた料理である(詳細は グランクレスト大戦「錬金術師と料理人の物語」 を参照)。そして、彼が更なる蘊蓄を語ろうとしていたところで、意外な人物が彼を補足するように口を挟んだ。

「安全な食べ物ですよ」

 そう言いながら、真っ先にその杏仁豆腐を自身の口へと運んだのは、キヨである。地球で西郷よりも100年以上後の時代まで生き延びていた彼女は、もともとこの菓子の存在自体は知っていた。そして、実はヴェリア界で彼女が知り合った友人達の中にも、「地球から流れ着いた杏仁豆腐」がいたのである。
 もしかしたら、彼(彼女?)も自分と同じように、この世界のどこかにオルガノンとして投影されているのかもしれない、そんなことを思いながら、キヨは杏仁豆腐を満面の笑みで頬張る。そして、その様子を見たルークとエルバもまた、彼女につられるように、その不思議な食感の白い東洋菓子を、おそるおそる口にするのであった。

2.7.4. 視察と勧誘

 そして翌朝、前日の轍を踏まぬよう、牧場内の自宅で十分な休養を取ったエルバの前に、厄介な人物が現れた。ダンク・エージュである。彼は牧場内に設置された武術大会の賞品である五頭の厩舎の視察に来たらしい。周りの従業員が迷惑そうに彼から距離を取る中、エルバに対して彼は不敵な笑みを浮かべながら語りかける。

「おう、お前、次の対戦相手の中堅の奴だったな」
「まぁ、そうなりますね」
「これから『俺のもの』になる馬を改めて確認に来た訳だが、どうだ? もしお前がよければ、お前も『俺のもの』にしてやってもいいぞ。お前であれば、俺の背中を任せるにふさわしい。どうだ? あんなボンクラ君主より、俺の下にいた方が、お前の力が生かせるとは思わんか?」

 その傲慢な言い分に腹を立てたエルバは、必死でその感情を抑えつつも、露骨に不快な態度を露わにしながら答える。

「ボンクラ君主ってのは、いくらなんでも言い過ぎでしょう。私もまだあの人のことはよく分かりませんが、とりあえず、私が今後どうするかは、この大会が終わるまで、ゆっくり考えさせてもらいますよ」

 実際、エルバとしても、ルークが「自分が今後もついて行くに値する人物」なのかどうかについては、まだ判断に迷っていた訳だが、部外者に一方的に「ボンクラ」と決めつけられると腹を立てる程度には、彼に対してそれなりに好印象を抱いているようである。

「そうだな。次の対戦で俺の実力を見極めてからでも問題はない。あと、お前らは、毎回毎回コロコロ順番を変えてるらしいが、俺は次の対戦も中堅で出るつもりだ。自分に出番が回ってくる前に試合が終わったら、つまらんからな」

 そう言って、ダンクは去って行く。どうやら「次も中堅で出てこい」という挑戦状のつもりらしい。自分の実力を見せつけると同時に、彼もまたエルバの実力を見極めたいと考えているようである。

「はぁ、困った方だ」

 エルバはそう言いながら、馬達の様子に異変が無いことを確認しつつ、彼女もまた出立の準備を始める。ダンクに勝たせたくない一心でこの大会への出場を決意した彼女にとっては、まさに今日の試合こそが正念場である。静かな決意を胸に秘めながら、準決勝の会場へと歩を進めるのであった。

2.8.1. 準決勝先鋒戦

 それから数時間後、準決勝の会場にて、準決勝第一試合「シリウスの鋭爪vs暁の牙」の対戦オーダーが発表された。


ラスティ
先鋒
ウィルバート

フリック
次鋒
ゲイリー

エルバ
中堅
ダンク

ルーク
副将
西郷

マライア
大将
ヴォルミス

 先鋒戦は、共に「龍のレイヤー」同士の一戦となった。「暁の牙」のウィルバート・ファーネス(下図)は、大会参加条件ギリギリの15歳の若武者だが、既に部隊長を任されるほどの信頼を得ている実力者である。両親が共に「暁の牙」の邪紋使いという生粋の「戦士」の血筋であり、過去には「龍の巣」と呼ばれるコートウェルズ島で戦った実績の持ち主でもある彼は、年齢以上の風格と貫禄を兼ね備えていた。


 一方、それに相対するラスティは、相手が自分の同じタイプのレイヤーであると分かったことで、あえて3回戦同様、「キヨ」を持たずに、相手と同じ「素手」のまま闘技場へと登った。これは3回戦のような戦略的理由ではなく、純粋に彼のこだわりである。「相手が竜のレイヤーなら、俺だけの力で戦ってみたい」という、戦士としてのプライドがそうさせたのである。
 自分の半分程度の年齢の「若造」でありながら、大陸随一の傭兵団の一員として名を馳せているウィルバートを目の前にして、ラスティの中で様々な感情が去来する。鍛錬を重ねてきた年月に関しては、こんな若輩者に負ける筈がない。だが、邪紋使いとして戦場を生き抜いた経験は自分よりも相手の方が上であろうことは、ラスティの「犬士」としての嗅覚が感じ取っていた。

(だとしても、こんなガキに負ける訳にはいかねぇ)

 そんな静かな決意を胸に秘めつつ、試合開始の鐘が鳴ると、互いに自らの身体の一部を「龍」に変えた上で、序盤は互いに警戒しながら相手の間合いを探ろうとする。どちらも、一歩目の踏み込みでは自分の拳が相手の身体には届かないことが分かっていたため、慎重にならざるを得なかったのである。一見すると猪武者のような印象を持たれがちな彼等であったが、己の力を最大限に活かすための戦術は、人並み以上に心得ていた。
 しかし、やがて両者が互いの間合いに入ると、共に龍化させた豪腕を全力で振るって、ノーガードで激しく殴り合う。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 彼等はいずれも、相手の攻撃を避ける技術は持ち合わせていない。倒れるよりも先に倒す、それが彼等の特性を最大限に活かす戦術なのである。

(これが、龍の拳の重みか)
(今まで俺の拳を受けてきた連中は、この重みと戦ってきたんだな)

 互いにそんな感慨を抱きながら、初めて体験する「自分と同じタイプの戦士」との戦いに、徐々に気分が高揚していく。そんな中、ラスティは改めて自分の眼前に迫ったウィルバートの表情を目の当たりにして、どこか不思議な既視感を感じていた。

(こいつの目、どこかで見たことがあるような……)

 実はウィルバートは、ラスティ達がオーキッドにいた頃に実地研修に来ていた(マライアの友人でもある)ヴェルナの異母弟である。だが、さすがにこの時点でそこまで気付くのは不可能である。というよりも、その発想に辿り着けるまで記憶を遡るだけの余裕自体がなかった。お互い、相手の猛攻に耐えながら拳を振るい続けるだけで精一杯だったのである。
 そんな激しい攻防が制限時間直前まで続き、そして間も無く審判が試合終了の合図を下そうとした瞬間、フラフラの状態ながらも「この一撃で終わらせる!」という強い決意を抱いて放ったラスティの一撃はウィルバートの顔面に直撃するが、それでもウィルバートは必死の形相を浮かべながら、崩れそうな身体を必死で支えて踏み留まる。

(こ、これでも倒れないのか、こいつ……)

 驚愕するラスティに対して、ウィルバートもまたその満身創痍の状態から、最後の力を振り絞って渾身の一撃を放った。

(ここで負けるようなら、本当の龍には勝てない。おふくろの仇なんて、一生取れない!)

 そんな強い決意が込められたウィルバートの拳はラスティの左の脇腹の龍麟の隙間を抉るように打ち込まれ、ラスティはその場に倒れ込んだ。

「す、すまん、エルバ……。だが、俺は、満足だ…………」

 もしかしたら彼は、3回戦の対ルナ戦で、気力を使い果たしていたのかもしれない。だが、ウィルバートもまたここまで先鋒として戦い続けてきた以上、それは言い訳にはならないし、万全の状態だったとしても、勝てた保証はない。いずれにせよ、自分の力を出し切って敗れたことに、ラスティは心の底から満足した表情を浮かべながら、そのまま気を失い、そして審判はウィルバートの勝利を宣言した。

「相っ変わらずだねぇ。まぁ、ゆっくり休みなよ、お疲れ様」

 エルバはそう言って、医務班によって運ばれてきたラスティをねぎらったが、実際のところ、これが「シリウスの鋭爪」としての初の黒星であり、しかもそれが(キヨを用いなかったとはいえ)実質的にエース格のラスティであるという事実は大きい。マライアの帰還の目処が立っていない以上、決勝戦は不戦敗濃厚なので、事実上、これでもう1敗も出来ないところまで、彼等は追い詰められたのである。


ラスティ
先鋒
×ー

ウィルバート

2.8.2. 準決勝次鋒戦

 続いて、「シリウスの鋭爪」の次鋒として闘技場に上がったのは、一回戦以来の出番となったフリックである。その右手には当然のごとく、「キヨ」が握り締められていた。
 もし、ここで彼が一回戦のように「引き分け」で終わった場合、エルバとルークが勝利しても、大将戦が不戦敗ならば、「代表者1名による決定戦」が発生することになる。「大陸でも十指に入る実力者」と言われるヴォルミスを相手に勝利を得るのが厳しい以上、ここは何としても「引き分け」ではなく、「勝利」を勝ち取らなければならない。そのことは、「刀」状態のキヨもまた十分に理解していた。
 一方、そんな彼等の対戦相手として現れたのは、先鋒のウィルバートの父であるゲイリー・ファーネスである。彼は元々は邪紋使いであったが、その邪紋が刻まれていた右腕を失った後、エーラムの魔法師ノギロ・クアドラントの生み出した新技術の「義手」を埋め込まれたことで、人並みはずれた怪力を用いる戦士として生まれ変わった。彼が振るう大鎌の破壊力は今大会随一とも言われ、これまでの3回戦は、いずれもほぼ「瞬殺」で勝ち上がってきたらしい。日頃は穏やかな紳士風の容貌の彼であるが、鎌を持って闘技場に上がった途端、それまで和やかだった表情が一変し、さながら「死神」のような形相で、フリックを激しく睨みつけていた(下図)。


 そして試合開始の合図と同時に、まず、キヨがフリックの身体を乗っ取る形で、ゲイリーに全力の一撃を与えるが、ゲイリーはそれを大鎌で受け止めつつ、すぐさまその大鎌をフリックに向けて振り下ろす。それだけで激しい風圧が生まれるほどの激しい一撃が、それを受け止めたフリックの巨大盾から振動する形で、フリック自身の身体に重く響き渡る。。

(こ、これほどの重撃が、こんな細身からどうやって……)

 それは、これまでフリックが経験してきたどんな一撃よりも重かった。おそらく、並みの邪紋使いであれば、身体中の骨が粉砕されるほどの衝撃だったであろう。当然、そのことは彼の身体に乗り移っているキヨも実感している。だからこそ、彼に「二撃目」を打たせる前に倒すため、彼女もまた返す刀で斬りつけるが、ゲイリーはそれを避けようともせずに受け止めつつ、そのまま再び、今度はキヨの身体が折れそうなほどの斬撃を振るう。だが、フリックもまた、どうにかそれを耐え凌いだ。

(これでも、まだ倒れないのか……)

 3回戦までの相手であれば一撃で倒れていたほどの強烈な破壊力を二度も直撃させたにもかかわらず、全く怯むことなく立ち向かってくるフリックに対して、徐々にゲイリーの中に焦りが生まれ始める。そして、キヨの反撃を受け止めながらゲイリーが全身全霊を込めた三撃目を振り下ろし、それでもフリックがどうにか耐えて踏みとどまったところで、突然、ゲイリーが腕を押さえて苦しみ始める。

「ぐ、ぐぁぁぁぁ!」

 何が起きたのか分からず、フリックも観客も戸惑いの表情を浮かべる。そして次の瞬間、「暁の牙」の団長であるヴォルミスが、右手を上げて審判にこう宣言した。

「ギブアップだ。次鋒戦は、我々の敗退とする」

 実は、ゲイリーの義手はまだ「試作品」のため、長時間使用し続けると、その反動で本人の身体に痛烈な副作用が発生する。だからこそ、彼はあえて防御を捨てて短期決戦で終わらせる戦術を採っていたのだが、もはやこれ以上の戦いは無理と判断せざるを得ないほど、限界に達していたらしい。
 こうして、「シリウスの鋭爪」は(相手の自滅という形とはいえ)どうにか五分の星にまで戻すことに成功したのである。

「大丈夫か、親父!」
「あぁ、心配ない。だが、すまんな、ウチの連勝を、私が止めてしまって……」

 すぐさま駆け寄ったウィルバートに対して、ゲイリーは穏やかな表情に戻って、そう答える。そして彼に抱えられるように闘技場を降りたゲイリーは、団長のヴォルミスに深々と頭を下げる。

「申し訳ございませんでした」
「仕方がない。まだ不完全な状態のお前を起用した俺の責任だ」
「いえ、おそらく、この副作用が起きずにあのまま戦っていたとしても、先に倒れていたのは私の方だと思います」

 そう語るゲイリーに対してヴォルミスは何も言わなかったが、内心では同じ認識であった。ゲイリーの大鎌は確かにフリックの身体に甚大な損傷を与えてはいたが、それ以上に、フリックが繰り出す日本刀の攻撃によって、ゲイリーの身体が既に限界寸前まで疲弊していたのである。

(面白いな。まさか白狼の翁と戦う前に、これほどの連中と戦えることになろうとは)

 不敵な笑みを浮かべながら、ヴォルミスはフリックと入れ替わりで闘技場へと上がろうとしている相手方の女戦士を、値踏みをするような目で眺めていた。


ラスティ
先鋒
×ー

ウィルバート

フリック
次鋒
ー×

ゲイリー

2.8.3. 準決勝中堅戦

 そして中堅戦、ついにこの男が姿を現した。この大会を開催することになった原因を作った人物であり、エルバがこの大会への出場を決意する理由にもなった人物、ダンク・エージュである。巨大なハルバードを片手に意気揚々と闘技場へと上がった彼は、反対型から登ってきたエルバに対して、満足そうな笑みを浮かべる。

「お前なら、臆さずに来てくれると信じていたぞ。しかも、ちゃんと『本気』で挑むつもりのようだな」

 エルバの腰に差された「キヨ」を見ながら、彼はそう言った。

「刀の違いが、見て分かるんですか?」
「あぁ。俺は二回戦までの試合は見ていないが、三回戦から『他の連中と共有している刀』に持ち替えて、格段に強くなったと聞いている。よほど特別な力を持つ魔刀・妖刀の類いらしいな」

 実際、彼の目の前で「キヨ」の受け渡しをしている以上、その状態から察することが出来るのは当然だろう。

「いい武具を使うのは大事です」
「そして、いい馬も重要だ。戦に勝つためにはな」
「勿論ですね。ただ、馬は大事にしなきゃいけないんですよ」
「俺も、無駄に潰したくて使い潰してきた訳じゃない。ただ、俺について来れる馬がいなかっただけだ。あいつらならば、俺の乗馬としてふさわしい」

 一応、ダンクの中でも、自分が他の者達よりも多くの馬を使い潰してきた自覚はある。彼はそれが馬達にとっても「死後の魂の救済」に繋がると信じている以上、そのことに罪悪感は一切感じていないが、少なくとも現世において、馬が無くなれば困るのは自分自身(そして自分によって守られるべき人々)であることは分かっている以上、出来ることならば、長く付き合える馬がほしいという考えもある。

「そして『お前』もな。俺は馬だけでなく、死後の世界まで俺に連れ沿うだけの価値ある人材も欲しい。それもまた、俺がこの大会に参加した理由の一つだ」

 聞き様によっては求婚とも解釈出来るようなフレーズでエルバを改めて勧誘しようとしたダンクであったが、(ちなみに、彼は一応、まだ独身である)、エルバはそれを軽く聞き流す。
 そして試合開始と同時に、エルバの身体に乗り移ったキヨは、全力でダンクへと斬りかかった。もともと、(先鋒・次鋒の親子以上に)彼は「守り」には無頓着な攻撃一辺倒型の騎士であるため、その攻撃を避けようとすらしない。だが、その刀の破壊力を次鋒戦で目の当たりにしていた彼は、その斬撃をそのまま身体で受け止める訳にもいかないことは分かっていた。

「やはり、本気でいかねばならないようだな」

 ダンクはそう言うと、懐に手を伸ばし、そして次の瞬間、キヨの一撃が彼の身体に届く直前のタイミングで、彼の懐から強力な「魔力の壁」のような何かが出現し、キヨの刃から放たれる斬撃の一部を吸収する。これは、エーラムから一定の功績があった君主に対して支給される「身代わりの魔石」と呼ばれる魔法具である。一度発動させれば、数秒間は自分の身を守ってくれるが、時間が経てばすぐに壊れてしまう非常に貴重な道具であり、本来ならば、本当に自分の命が危険に晒されるような「本物の戦場」において用いるべき代物なのだが、それをあえてこの場で投げ打ってでも勝ちたいと思えるほどに、彼はこの試合に対して本気で臨んでいるようである。

「ならば、こちらも本気を見せてあげましょう」

 エルバはそう言って、自身の刃に朦朧毒を塗りつけた状態で、ダンクに襲いかかり、二本の刃が弧を描くように彼の身体を切り裂く。おそらく、魔石が無ければこの時点でダンクは倒れていただろう。そして毒の影響で、ダンクは自分の意識が少しふらついていくのを実感する。

「やるな、それでいい。やるからには本気で来い。そして、この俺の本気の一撃を受け止めてみろ!」

 彼はハルバードを振り翳し、全ての力をその一撃に注いで振り下ろす。その一撃は、まともに食らえば並の邪紋使いの身体を一瞬にして粉砕するほどの圧倒的な威力であったが、間一髪のところでエルバはその一撃を避けることに成功する。おそらく、朦朧毒の影響で手元が多少狂ったのであろう。そして彼女は、そのままダンクの視界の死角に入り込む。

「ば、バカな、俺の一撃が、かわされ……」

 一瞬、エルバの姿を見失った彼が混乱した隙に、エルバはキヨを振り払い、そのまま彼の脇腹を、激しい鮮血を飛び散らせながら斬り裂いた。ダンクは、今の自分に起きている状況が信じられない、というよりも、まともに認識すら出来ないまま、静かにその場に崩れ落ちていく。

「私は、死んだ後のことなんざ、どうでもいいんです。今を生きたい、それだけです。こういう力を得たのも、何か『意味』があってのことでしょう。なら私は、現世でそれを探しますよ」

 意識があるのか無いのかもよく分からない表情のまま倒れ込むダンクに対して、エルバは笑顔でそう告げる。そして次の瞬間、審判がエルバの勝利を宣言した。

「という訳で、ダンク様のお誘いは断らせてもらいます」

 湧き上がる歓声の中、エルバは倒れたままのダンクにそう言い残した上で、静かに闘技場の階段を降りて行くのであった。


ラスティ
先鋒
×ー

ウィルバート

フリック
次鋒
ー×

ゲイリー

エルバ
中堅
ー×

ダンク

3.1. 意外な幕引き

「完敗、だな……」

 エルバが闘技場から降り切ったタイミングで、ダンクは駆け寄る救護班を制して、静かに起き上がる。どうやら、意識はまだ、はっきりしているようである。実際のところ、彼が受けた傷自体は浅い。あと少しエルバの剣先がずれていたら、彼はまだ戦うことは出来ただろう。だが、自分の渾身の一撃が避けられた時点で、自分に勝機がないことは察していた。もともと、彼は乱戦で多くの敵を相手に戦うことを得意とする騎士であり、こういった「一対一」の戦いは不慣れではあったが、それを差っ引いても自分の実力不足を思い知らされた、というのが、今の彼の正直な実感である。

「さぁ、ようやくおいどんの出番でごわすな」

 そう言って、副将の西郷がダンクに代わって闘技場に登ろうとしたところで、ダンクが審判に向かって大声でこう宣言した。

「我々は、以後の試合を棄権する!」

 突然の一方的な申し出に、審判もルーク達も驚愕の表情を浮かべ、西郷は驚きのあまり、闘技場へと上がる階段の途中で、派手にすっ転ぶ。

「そ、それは無いでごわすよ、ダンクどん……」
「もう、俺が負けた以上、この戦いは終りだ。ここまで無様に負けた以上、今更、馬を受け取ることなど出来ん。お前達には契約通りに金は払う。それで文句はないだろう」

 そう言って、彼は「暁の牙」の面々にも背を向けて、一人、会場から立ち去って行く。観客も、審判も、両軍の出場者達も、ただひたすら呆然とした表情で、彼のその「身勝手な退場」を見送っていた。

「潔いところは、いい男なんだがなぁ」

 エルバはそんな素直な実感を口にする。こうして、微妙に腑に落ちない心境ながらも、「シリウスの鋭爪」は無事に決勝進出を果たすことになったのである。

3.2. 「聖痕」の覚醒

 こうして試合を終えたルーク達が控え室へと戻ると、そこに一人の少年が待っていた。それまで「夜ノ魔法少女」のマリアの宿屋でマライアの治療に付き添っていたロディである。マリア曰く、マライアの身体から「カード」を除去するには、まだあと数日必要らしい。つまり、決勝戦もマライア抜きで戦わなければならない、ということである。もっとも、どちらにしても(「暁の牙」のヴォルミスとも互角の実力と言われる)白狼騎士団の団長ヴィクトールには勝てる算段もない以上、今回同様、決勝戦でも「大将戦」は最初から捨てる方針であったから、彼女の不在自体はそれほど戦略的に大きな影響を与える訳ではない。
 その上で、彼等はそのままロディと共に、次の自分達の対戦相手を決定することになる「白狼騎士団」と「聖痕の刃」の試合を観戦することになった。それぞれに先刻の戦いで疲弊はしているものの、この日はこの一試合のみで終了となるため、最後まで見てから休養しても、十分に気力・体力は回復出来る筈である。
 ちなみに、当初から優勝候補の呼び声が高かった「白狼騎士団」に対して、「聖痕の刃」に関しては、その素性が殆ど知られていない。旧トランガーヌ軍出身らしいが、これといった戦績のある者達ではないらしい。また、彼等は邪紋使いの一種ではないかと言われているが、重装備故に、その身に本当に邪紋が刻まれているかどうかもよく分からず、その「力」の源も不明である。そんな彼等が、3回戦では有力候補と目されていたアキレス(ヴァレフール反体制派の本拠地)の精鋭達をあっさりと瞬殺して勝ち上がって来ており、反対側のブロックから勝ち上がってきたルーク達と同様、「不気味なダークホース」として注目されていた。
 そんな中、やがて会場に両軍の選手が登場する。威風堂々と入場してくる「白狼騎士団」に対して、「聖痕の刃」の面々の表情は、どこか虚ろで、今ひとつ覇気に欠けているように見えた。とても、ここまで強豪を撃破して勝ち上がってきた強者達には見えない。

「あいつら、戦う度に顔から生気が抜けてってないか?」
「でも、むしろそうなってからの方が、強くなってるように見えるんだよな」

 観客席の人々がそんな会話を交わしているのが、ルーク達の耳にも入ってくる。だが、そんな様子でも、観客の大半は「聖痕の刃」の面々を応援していた。というよりも、白狼騎士団に対して、露骨に敵意を向ける者達が大半だったのである。旧トランガーヌ子爵領の残党達が集うこの街にといては、彼等はまさに仇敵であり、親兄弟を彼等に殺された者も少なくない。一応、白狼騎士団側からは、軍楽隊長のレインが応援歌を送っていたが、そんな彼女の歌声をかき消すように、激しい怒号が会場中から飛び交っていた。

「頑張れよ、聖痕の刃!」
「勢い余って、殺っちまっても構わねぇぞ!」
「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!」

 そんな騒然とした雰囲気の中、主審のディックが観客に向かって「静粛に、静粛に」と宥めた上で、やがて両軍の先鋒が闘技場へと上がる。すると、それまで今ひとつ生気が感じられなかった「聖痕の刃」の先鋒の表情が、徐々に変化していく。だが、それは「生気が宿る」というよりは、「殺気が漲る」とでも形容すべき変貌であり、その様子に、審判も、対戦相手も、観客の面々も、寒気がするような不気味な雰囲気を感じ取っていた。
 そして、試合開始の合図と同時に、彼は完全に「異形の姿」へと変わる。それは、上半身は「人」の姿を保ちながらも、下半身が「二頭の馬のような生き物によって引かれた戦車」のような形状であった。

「お、おい、なんだアレ?」
「三回戦までの時とは、明らかに違うぞ!」
「もしかして、アレが『オルガノン』ってやつか!?」

 観客がどよめく中、白狼騎士団の団長(大将)のヴィクトールは、直観的に「底知れぬ危険性」を察知する。そして次の瞬間、その「戦車化した敵の先鋒」が「自軍の先鋒」に襲いかかろうとする直前のタイミングで、ルール違反を承知で、自ら闘技場へと飛び込み、両者の間に割って入った。

「棄権だ、我々白狼騎士団は、この大会を棄権する!」

 突然の宣言に、観客がどよめく。若い騎士達の鍛錬を目的にこの大会への出場を認めたヴィクトールであったが、この「得体の知れない敵」を目の当たりにして、これは「鍛錬」どころでは済まない結果を招く、ということを本能的に察知したのである。
 だが、それに対して、戦車化したその人物は、露骨に怒りの表情を浮かべる。

「棄権だと……、ふざけるな! やっと、やっとお前達に、復讐出来る機会が……」

 そう言って、彼の身体は更に「異形化」し、彼を中心として会場全体の混沌濃度が急上昇していく。そして、傍らで試合を見守ろうとしていた四人もまた、その彼の身体から発せられる瘴気のようなオーラに感化されるように、その姿を「異形の何か」へと変化させていった。

一人は、杖とランタンを持った老人の姿に。
一人は、剣と天秤を持った王の姿に。
一人は、鎌を持った骸骨の姿に。
一人は、角と羽を持った悪魔のような姿に。

 そして彼等の額にはそれぞれ「VII」「IX」「XI」「XIII」「XV」という文字が記されていた。これらが何を意味しているのかは分からない。ただ、この会場にいる大半の者達は、彼等がもはや「この世界の理(ことわり)」の外の住人となってしまったことを、直観的に理解していた。

3.3. 場外乱闘

 そして「異形の姿」となった五人は、ほぼ理性を失った獣のような形相で、眼の前のヴィクトール達に対して襲いかかる。

「待て! もう彼等は棄権を宣言した。お前達に、彼等と戦う権利はない!」

 主審のディックがそう叫んで立ちはだかる。彼から見ても白狼騎士団は仇敵だが、今は大会運営側の現場責任者として、彼等を守る義務がある。
 しかし、両者の間に割って入ったディックを、その五人の「異形の者達」は躊躇なく「排除」しようとする。「老人」の放った「魔法のような何か」によってディックの動きが封じられたところに、「王」と「骸骨」と「悪魔」が連撃を加え、そして満身創痍となった彼を「戦車」が跳ね飛ばす。これまで、どんな選手の攻撃も耐え抜いてきたディックであったが、さすがに5対1では分が悪すぎる。副審や救護班の者達が魔法や聖印の力で彼を援護しようとしたが、それでも受け止めきれないほどの重症を負い、そのまま倒れ込んでしまった。

「ディック!?」
「緊急事態だ! 行くぞ!」

 明らかに「大会規定」を無視して暴走し始めた「異形の者達」に対して、非常時に備えて待機していたティスホーンの守備隊達が、マリンとペルセポネに率いられる形で会場内へと突入する。だが、彼等の前に「骸骨」と「老人」が立ちはだかった。

「ようやく復讐の機会を得たのだ。邪魔はさせんぞ!」

 「骸骨」がそう言うと、彼は明らかにその鎌の間合いの外と思われる場所から、鎌を横に構えて薙ぎ払う。すると、その鎌から発せられる強烈な衝撃波が、ティスホーン軍全員に襲い掛かったのである。重装備で身を固めたマリンはどうにか耐えたものの、比較的軽装のペルセポネやアマルティにとっては、この一撃だけで相当な痛手となった。だが、それでも、彼等はここで退く訳にはいかない。

「私達も、彼等に対しては恨みも憎しみもある。だが、今はそれを晴らすべき時ではない!」

 そう叫びながら「骸骨」に対峙するマリン達に対して、今度は「老人」が何か不気味な「魔法のような何か」を浴びせかけようとするが、今度はそこに、観客席で密かに待機していた「夜ノ魔法少女」の面々が割って入る。

「やっぱり、あなた達が師匠の言ってた連中だったのね!」

 狐仮面の少女が、TKG、クリステル、シャクティを従えるように「老人」の前に立ちはだかって、そう叫ぶ。三回戦で「聖痕の刃」がその力の片鱗を見せた段階から、彼女達は彼等が怪しいと感じていたが、その時点で既にマリアが「マライアの治療」のために会場にいなかったこともあり、確証が持てなかったのである。だが、この時点で狐仮面の少女は確信していた。この「聖痕の刃」の面々の力は、マリアの言っていた「異界の神」の力によるものだということを。そして、既に彼等が、その「異界の神」にその身を乗っ取られつつあることを。

「あなた達が、どんな理由でその力を手にしたのかは知らないけど、もう『その状態』になってしまった以上、このまま見過ごす訳にはいかないわ!」

 そう言って、「老人」に向かってレイピアを向ける狐仮面の少女に対して、背後から(救護班として待機していた)ナンシーが駆け寄る。

「エレナ様、危険です! ここはお引き下さい」
「いや、私はエレナじゃくてユニス……、でもなくて、狐仮面だから! あんたこそ、前線に出てきちゃダメでしょ!」

 ナンシーは騎士ではあるが、その聖印は癒しの力に特化されたタイプであり、前線で戦うには向かない。それに対して、狐仮面ことユニス(ことエレナ)は、魔法師でありながらも自らの肉体を用いて戦う「常盤の生命魔法師」である。だが、それでも(元トランガーヌ騎士団副団長の娘である)ナンシーとしては、ここで「主家の娘」を盾にして戦う訳にはいかない。

「いいから、二人とも下がってろ! 奴の攻撃は、全て私が受け止める!」

 そう言って、シャクティが二人と「老人」の間に割って入る。彼女は「杖」のオルガノンだが、マリアの身を守ることに特化した能力の持ち主である。

「女子供だけで止められると思ったか。舐められたものだな……」

 老人はそう呟くと、その杖を掲げて、再び「魔法のような何か」を放とうとするが、後方からのTKGとクリステルの妨害工作によって、失敗に終わる。

「貴様ら……」
「残念だったわね、おじいちゃん♪」
「そう簡単に、やらせはしニャいですニャ」

 ******

 こうして、「骸骨」と「老人」が足止めを食らっている頃、ヴィクトールは五人の中で最も強大な力を感じる「王」と剣を交えていた。

「こいつは俺がなんとかする! お前達は四人がかかりで、まずどちらかを先に倒せ!」
「一人でなんとか出来るとでも思っているのか? この『異界の神』の力を得た私を?」
「この程度で『神』を名乗れるなら、さぞや程度の低い世界なのだろう。少なくとも、お前よりも遥かに強い『人間』を俺は知っているぞ。そいつは今、ちょっと留守にしてるんだがな」
「ダン・ディオードのことかぁぁぁ!」

 どうやら、この「異形の者達」は「アントリアへの憎悪」に取り憑かれた結果、彼等への復讐心のために異形の力に手を出したようである。その意味では、まだ「人としての心」を完全に無くした訳ではないようだが、だからと言って、自分達を殺そうとしている彼等のことを救ってやる道理は、ヴィクトールにはなかった。
 一方、残りの四人は「悪魔」と対峙していた。その圧倒的な混沌の力の前に苦戦を強いられていたが、そこに観客席から一人の騎士が救援に駆けつけた。軍楽隊長のレインである。

「みんなの聖印の力、私に預けて!」

 そう叫びながら、彼女はそれまで「楽器」として奏でていた「ギターのような形状の何か」を「剣」と「盾」に分離させ、その剣に聖印の力を込めて、「悪魔」に斬りかかる。日頃は「音楽家」として知られている彼女であるが、実は騎士としても極めて優秀な人物であり、その聖印は既に男爵級にまで達している。白狼騎士団の中でのアイドル的存在である彼女が現れたことで、怯みかけていた騎士達の闘志は再び燃え上がり、彼女と共に「悪魔」に立ち向かって行く。

 ******

 そんな中、最初に「異形化」した「戦車」は、ヴィクトールに向かって突撃しようとしていた筈が、なぜかいつの間にか、その突撃の方角が観客席の方面に向かっていた。助走をつけるつもりなのかは分からないが、このままでは観客に危険が及ぶことは間違いない。
 そして、その観客席の最前列にいたのはルーク達である。ここで自分達が「戦車」を避けたら、後ろにいる観客に危険が及ぶことは間違いない以上、既に疲労困憊な彼等であったが、ここは何としても止めなければならない。ルーク達は、偶然近くに座っていたヨハンから精神回復剤を受け取った上で、残っていた気力を振り絞って、「戦車」の前に立ちはだかる。
 まず、最初に戦車の前に立ちはだかったのは(即座に「擬人化状態」に戻った)キヨであるが、「戦車」は彼女を撥ね飛ばし、そのまま今度はルークに向かって直進しようとするものの、そこでフリックが盾となってルークを庇い、なんとかその勢いを止める。そしてその直後、ロディが放った弓が、「戦車」を覆っていた頑強な装甲の継ぎ目を貫き、その身から装甲が剥げ落ちていく。

「やるねぇ。おかげで、やりやすくなった!」

 エルバがそう言いながら二本の刃で斬りかかるものの、さすがに先刻の疲労が残っているようで、いま一つ振りにキレがない。だが、それでも鎧を剥ぎ取られた「戦車」にとっては十分な打撃であった。そして、そこに先刻撥ね飛ばされたばかりのキヨが走り込み、満身創痍の状態ながらも「自らの内なる混沌の力」を爆発させた一撃を打ち込むと、その「戦車」の身体は真っ二つに斬り裂かれ、その身体の内側から一枚の「カード」が現れる。そこに描かれていたのは、まさに今彼等が戦っていた「戦車」の図柄と、そして「VII」という文字であった。

(あれは、マライアさんの身体に吸い込まれていったカードと同じ……?)

 ロディはそのカードを確認するために近付こうとするが、次の瞬間、そのカードが燃えるように焼け落ち、そのまま灰となって消えていった。

 ******

「いずれ彼等には、この借りを返さないといけないわね」

 そう呟きながら、彼等と「戦車」との戦いの顛末を、少し離れた場所で見届けていた人物がいた。この街の筆頭領主のトーニャである。実は「戦車」の矛先がルーク達の方面へと向かったのは、彼女の聖印の力による誘導であった。あの状況で、「戦車」を止めるだけの余力を持つ者達が他にいないと判断した上での決断であったが、一歩間違えば観客に被害が出るかもしれない、危険な「賭け」でもあった。
 そして、「シリウスの鋭爪」によって「戦車」が倒されている間に、他の四人の「聖痕の刃」の者達もまた次々と倒されていく。その様子を確認しながら、彼女は自分の傍に立つ、実弟にして契約魔法師のジョシュアに問いかける。彼は時空魔法の専門家であり、この世界についての幅広い知識の持ち主であった。

「彼等の正体について、何か心当たりは?」
「少なくとも、あれは聖印でも邪紋でもない。遺体を調べてみた上で、場合によってはエーラムに調査を依頼すべき案件かもしれない」
「私が、軽はずみにこんな大会を開いてしまったばかりに、とんでもない事態を招いてしまったという訳ね……」
「姉さんのせいじゃない。この事態を予知出来なかった俺の責任だ。それに、仮にこの大会を開かなかったとしても、彼等はどこかで何らかの事件を引き起こしていた可能性が高い。結果的に言えば、こうやって俺達の手で解決出来たのだから、それでいいじゃないか」
「そうね。とりあえず、今はそう思っておくことにしましょう」

 トーニャは自分にそう言い聞かせながら、大会主催者として、ひとまず混乱した事態を収拾するために、部下達に指示を出す。一方、その混乱した会場の中で、魔法で姿を消した上で、この戦いの顛末をつぶさに観察していた男がいた。

(これは、実に興味深い結果が得られた。さすがは『異界の神』の力ということか。さて、残るカードは16枚。次は、どこで試そうか……)

 左右の瞳の色が異なるその男は、一人静かに内心でほくそ笑みながら、そのまま誰にも気付かれずに悠然と会場から立ち去って行くのであった。

4.1. 表彰式

 こうして、予想外の事態に困惑した大会運営委員会であったが、「決勝進出チーム」の片方が勝手に暴走して「不在」となってしまったことで、最終的に「シリウスの鋭爪」を大会優勝者とする決定が下された。
 さすがに「決勝戦が不戦勝」という状態では格好がつかないこともあり、準決勝第二試合自体を無効とした上で白狼騎士団を勝ち上がらせる、という選択肢もあったが、「聖痕の刃」が「場外乱闘」という反則行為を犯した(挙句に自滅した)のは、ヴィクトールが「棄権」を宣言した後である以上、試合自体を無効化出来る根拠はない、というのがトーニャの判断である。
 そしてヴィクトール自身も、自身の宣言を撤回する気はなかった。

「棄権すると言った以上、もう我々の戦いは終わりだ。若手の訓練としては、十分すぎるほどに実のある大会であったし、これ以上何かを求めるつもりはない」

 ヴィクトールはそう言い残して、部下達を連れてあっさりとアントリアへと帰還していった。もともと彼等は最初から「優勝」にも「馬」にもあまり執着していなかったようである。軍楽隊長のレインは「せっかくだから、もう少し残って皆とお話がしたい」と言っていたが、あまり長期にわたって本拠地(マージャ)を放置する訳にもいくまい、という団長の説得により、しぶしぶ彼等と共に帰還することになったようである。
 そして、ルーク達としても(自分達の準決勝の顛末も含めて)今ひとつ釈然としない結末ではあったが、ここであえて「優勝」を辞退する理由も無かったため、素直にその結果を受け入れることになった。そして表彰式に出席するため、キヨは再び「刀」の姿に戻った上で、ルーク、エルバ、ラスティ、フリックの四人が待合室で座っていると、そこにマライアが駆けつけた。

「みんな〜、お待たせ〜」

 しかし、どこか彼女の様子がおかしいことにエルバが気付く。具体的に言えば、彼女の身体から、明らかに「邪紋」の力が感じ取られたのである。

「またアンタか。いい加減にしてくれ!」
「いや、だってほら、表彰式の時に全員揃ってないと、カッコつかないでしょ? ウチの大将が言うには、まだ除去手術にはもう少し時間かかるらしいから」
「……くれぐれも、マライアさんらしく振舞ってくれよ」
「大丈夫、大丈夫。まぁ、そうは言っても、あの人がどういう人なのか、未だによく分かってないんだけどね、私」

 残念ながら、その点については実はエルバも同様ということもあり、しぶしぶその「影武者」を加えた「五人(と一本)」で表彰式の場に姿を現す。

「この度は『優勝』おめでとうございます。そして、異形の者達の暴走から人々を救って下さったことにも、心から御礼を申し上げます」

 大会主催者のトーニャはそう言ってルーク達を讃える。当初は(「決勝戦不戦勝」という形での決着故に)、観客席は今ひとつ盛り上がりに欠ける空気であったが、このトーニャの一言により、観客はルーク達が「身を呈して自分達を守ってくれた英雄」であることを思い出し、一斉に歓声が上がる。

「すごかったぞ、あんたら!」
「ティスホーンに残って、一緒に戦おうぜ!」
「エルバー! 俺だー! 結婚してくれー!」

 そんな声が飛び交う中、五頭の馬はルーク達に五人に引き渡される。子供の頃から馴染みのあるエルバがいることに、どこか馬達も嬉しそうな表情を浮かべているように見えた。こうして、五日間にわたったティスホーンの武術大会は、無事に閉幕することになったのである。

4.2. 「導く者」

 表彰式を終えた後、ひとまずエルバは馬達を牧場へと連れ帰り、ルーク達は一旦宿屋へと帰るつもりであったが、その過程でまた他の者達とはぐれたルークの前に、ダンクが現れた。どうやら彼は、一度はティスホーンから早々に退散しようとしたものの、ルーク達と白狼騎士団の戦いの結果が気になって、途中で引き返してきたらしい。
 そして、自分のいない所で、異界の者達との戦いが発生していたこと(それに自分が参戦出来なかったこと)を悔いつつ、ルークに対してこう告げる。

「今回は俺の負けだな。少なくとも、俺が村民の血税を費やして雇った『暁の牙』よりも、土地も財産も持たないお前の元に集った連中の方が強かった」
「そうかもしれないですが、私達の方が実力が上だとは思っていません」

 実際、あのタイミングでダンクが敗北宣言しなかった場合、ルークが西郷に勝てていた保証はない。そして、実質的にマライアが不在だった以上、大将戦は不戦敗となるため、その場合は3勝2敗で暁の牙が勝利していたことになる。ルークとしては、自分が何もしないまま「勝利を譲られた」という気分にさせられているのも無理はない。
 とはいえ、ダンクにしてみれば、エーラムからの技術提供を受けているという点でも、明らかに自分の方が有利だった以上、「勝って当然」の相手だった。それで負けたという事実は、自分の中でのルークへの評価を改めさせるに十分な結果であった。

「確かに、お前にはまだ『混沌と戦うのに十分な力』が備わっているとは思えん。だが、お前にはおそらく『人々を導く力』がある。俺は言ったよな、この世界には、『守る者』と『守られる者』と『導く者』がいる、と。お前はおそらく、ワトホート様と同じ『導く者』だ。それは俺には進めない道。ワトホート様の補佐役として、俺と共にヴァレフールを支えていくことを期待しているぞ」

 ルークとしては、それはこの上ないほどに光栄な賛辞ではあったが、現実問題として、自分がこれから「ヴァレフール人」として生きていくかどうかも定まっていない以上、その言葉を真正面から受け入れる訳にもいかない。

「……私も、あなたのように『確固たる自分の意思』を持って進んでいきたいと思います」

 今は、そう答えるのが精一杯だった。もっとも、今のルークにはその「進むべき道」すらも、まだはっきりとは分かっていないのであるが。

「で、それはそれとして、だ」

 ダンクはそう言いながら、それまでの厳格な面持ちを一変させ、くだけた(おどけた?)表情で語りかける。

「なぁ、あのエルバ、俺にくれないか? いや、今でなくてもいい。いずれお前がヴァレフールの騎士団長にでもなった時に、俺のところにあいつを配属してくれればいい」
「そ、そうですね……、遠い将来のことはまだよく分かりませんが……」
「そうだな。それまでに俺も、天運が尽きているかもしれないしな」
「今は、彼女の力が必要なので」
「まぁ、そうだろうな」

 そんなやりとりを交わしつつ、ダンクは満足気な表情を浮かべながら、改めて自身の本拠地であるソーナーへと帰還していくのであった。

4.3. 「爪」と「牙」

 一方、会場を出た後、「人間」の姿に戻っていたキヨの前に、西郷が現れた。一応、彼等も決勝戦までは出場するつもりで宿を取っていたため、この日までは街に滞在していたようである(ちなみに「場外乱闘」の際には、彼は街のケーキ屋にいて気付かなかったらしい)。

「本当は、一度手合わせしたかったでごわすが、いずれどこかでお会いすることもありもうそう。その時はぜひ、一対一でお願いしもうす」

 そう言われたキヨは静かに頷き、彼が連れている犬に微笑みかけながら、彼等が去って行くのを名残惜しそうに眺める。キヨはまだ、西郷が「かつての主人」の仇敵であったことを思い出せずにいるが、仮にそのことを思い出したとしても、おそらく、そのことを理由に彼に敵意を向けることはないだろう。少なくとも、彼の中に「犬を愛する心」がある限り。

 ******

 その頃、街の別の一角では、ラスティとフリックが、ファーネス親子に遭遇していた。

「次は負けねぇからな、若造!」
「こちらも負けるつもりはない。だが、出来れば、あんたとは、もうやり合いたくないな」
「勝ち逃げする気か? そうはいかねぇぞ」
「そうじゃない。出来れば、次は味方として共に戦いたい、ということだ。もっとも、俺達は傭兵である以上、敵味方は選べる立場じゃないんだけどな」

 だが、そんな宿命を背負う傭兵でも、「敵」にならない方法が一つだけある。彼の隣に立つ「父親」は、そのことに気付いていた。

「私の攻撃を三度も受け止められたのは初めてだ。それほどの腕を持つなら、ぜひ『暁の牙』に来てほしいところだが、そういう訳にはいかないか?」
「残念だが、今の私には果たすべき使命があるし、それが終わった後も、帰るべき場所がある。それに、あなたに勝ったのは私の実力じゃない。私が使っていた武器は……」
「オルガノンだと言いたいのだろう? 知っているさ。だが、それを言うなら私の右手も『本来の私』じゃない。だが、どんな道具だろうと、使いこなせるなら、その時点では『自分の一部』だ。たとえ借り物であってもな」

 そんな会話を交わしつつ、やがて彼等も西郷やヴォルミスと合流した上で、この街を去って行く。次の赴任地である「アントリア子爵領」へと向かうために。

4.4. 少年と魔女

 その頃、大会に出場出来なかったロディは、再びマリアの宿に戻り、彼女によるマライアの治療に立ち会っていた。そして、不眠不休で術式を続けてきたマリアが、遂に「手応え」を感じた表情を浮かべる。

「これで、どうじゃ!」

 そう言って彼女がマライアの身体に向けて魔力を流し込むと、彼女の身体から、一枚の「カード」が浮かび上がってくる。

「そ、それは、あの時のカード!」
「やはり、そうか。ならば、これで終わりじゃ」

 マリアがそう言った次の瞬間、そのカードはマライアの身体の上で、粉々に砕け散る。 

「ふぅ……、思った以上に時間がかかったのう」

 そう言って、マリアは床に座り込む。ロディはすぐさま彼女に駆け寄り、疲れた様子の彼女の身体をマッサージする。侍従としての経験が長い彼の見事な手捌きに、思わずマリアが恍惚とした表情を浮かべる。

「おぉ、なかなか上手いな、お主。ユニスやクリステルにも見習ってほしいところじゃ」
「マライアさんは、これでもう大丈夫なんですか?」
「あぁ、心配ない。あとは眼を覚ました時に、お前さんのお手製のビーフシチューでも飲ませてやれば、すぐに元気になるじゃろう」

 どうやらマリアは、昨晩ロディが作った料理も気に入ったようである。長年、TKGの作る料理に慣らされていたせいか、久しぶりに「冷めてないシチュー」を口に出来たことが嬉しかったのかもしれない。

「それにしても、シアンめ。随分と派手にやらかしてくれたな。今度という今度は、本気でお灸を据えてやらねば……」

 マリアは真剣な声色で静かにそう呟きつつも、ロディの巧みなマッサージに満足気な表情を浮かべつつ、そのまま静かに休眠を取る。そして、ロディはその小さな身体で眠ったままのマライアを担いで(それまでマライアが寝ていたベッドにマリアを寝かせた上で)、ルーク達の宿へと帰還するのであった。

4.5. 重なる記憶

 そして、牧場に馬達を連れ帰ったエルバは、彼等の体調を気遣いながら、丁寧にその身をブラッシングしていく。

「やれやれ。商品として、見世物にされるのも疲れただろう」

 やがて、そうこうしている間にルークが訪ねてきた。というよりも、エルバが彼に、ひと段落した後で牧場に来るように要請していたのである。もっとも、途中でダンクに捕まった上に、その後もまた例によって例のごとく道に迷ってしまったこともあって、到着は予定よりも大幅に遅れてしまった訳だが、それはそれで、馬達との久しぶりの触れ合いを楽しみたかったエルバとしては好都合だったようである。

「さてと、これで大会は終わった訳だが、とりあえず、お疲れ様だな。馬はあいつらの手には渡らなかったし、ダンク様も、少しは心を入れ替えてくれていることを期待したい。その上で、そろそろ本題に入ろうか」

 「本題」とは当然、これから先のことである。馬達をどうするか、という問題もあるが、それ以前の問題として、エルバが彼等と共にラピスに行くべきかどうか、という点について、まだ彼女は結論を保留していたのである。

「あの、よく分からん生き物が襲ってきた時は、びっくりしたよ。このティスホーンも、メチャクチャになるんじゃないかと思ってね」

 「よく分からん生き物」とは「聖痕の刃」の者達のことであろう。状況的に考えれば、マリアが言っていた「異界の神々」に身体を乗っ取られた者達であろうことは分かるが、結局のところ、それがどのような原理でそうなっているのかは、ルークにもエルバにもさっぱり分からない。唯一はっきりしていることは、彼等は「混沌」の力に侵された「怪物」となってしまった存在であり、あのまま放置していたら、街がどうなっていたかは分からない、ということである(ヴィクトールを倒すことで沈静化した可能性もあるが、既に「理性」が消えかかった状態であった以上、そのまま暴走を続けていた可能性も否定は出来ない)。

「あんたらが復興しようとしている村ってのも、怪物に襲われてるんだろ?」
「そう聞いています」

 実際のところ、ルークもラピスの現状を見た訳ではないから、現時点でどうなっているのかは分からない。だが、ラピスが実質的に魔境化しつつあるという話はケイの人々にまで伝わっていた以上、既に深刻な事態に発展している可能性が高いのだろう。
 そして、エルバもまた、混沌災害によって故郷を失った身である。目の前で「怪物」の暴走を見たことで、彼女の脳裏に改めて当時の記憶が蘇ってきたらしい。 

「自分の村の二の舞になりそうになってるっていうのに、何も見て見ぬフリをするってことは出来ないね。それに、なんだかんだ言って、あんたについて行くのはやぶさかではないな。ということで、よろしく頼むよ、ルーク様」

 彼女はそう言って、改めて「邪紋」が刻まれたその手を差し出し、ルークは笑顔で彼女の手を握り締めた。こうして、ルークは「四人目の犬士」を手に入れることになったのである。

 ******

「お世話になりました、またいつか戻ってきます」

 エルバは牧場主のブライアンにそう告げると、彼もまた笑顔で彼女を送り出す。彼女がいなくなることは牧場にとって少なからぬ損失ではあるが、彼女の力を必要とする者達がいるのなら、それを止める気は彼にはない。ましてやそれが、自分達が手塩にかけて育てた馬達の「恩人」であればなおのことである。
 そして、ルーク達はエルバから、手に入れた五頭のそれぞれのクセや特徴を学びつつ、相性を確かめながら、誰がどの馬に騎乗するかの相談を始める。現状、彼等は七人なので、彼等の中のいずれか五人が手綱を取り、残りの二人が誰かの馬に同乗する、ということも可能であるし、普通にあと二頭の馬を牧場から購入するという選択肢もある。いずれにせよ、「名馬」という移動手段を手に入れたことで、これまでよりも迅速に行動出来るようになったことは、残り四人の「シリウスの後継者」を探す上でも、大きな前進と言えよう。
 だが、実はこの後、そんなルーク達にとって思いもよらぬ想定外の事態が待ち構えているのであるが、彼等にそのことを告げる人物が目覚めるまで、まだほんの少しだけ、時間が必要であった。

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最終更新:2015年06月11日 01:37