第6話(BS09)「音楽祭に潜む闇」 1 / 2 / 3 / 4


6.1.1. グリース男爵

「ゲオルグ・ルードヴィッヒ殿を『グリース男爵』として認定致します」

 魔法都市エーラムからの使者グライフ・アルティナス(下図)はそう告げた。メガエラとの間で発生した魔境の浄化により、ゲオルグの聖印は遂に「男爵」を名乗るレベルにまで到達したのである。


 通例、男爵以上の爵位を持つ領主の場合、その支配領域を明らかにするため、「アントリア子爵」や「ヴァレフール伯爵」のように地名をその称号に加えることが多いが、今回のゲオルグは山岳三村の総称として、伝説上の王国の名である「グリース」を用いたいと申請した結果、その件も無事に許可されることになったのである。
 その上で、グライフはゲオルグに、間もなくエーラムで開催される「新爵位の合同授与式」に出席することを要請した。これは数ヶ月ごとに定期的におこなわれている儀式で、その間に新たな爵位を得た者を招いておこなわれる。無論、各領主の都合上、どうしても本国を離れることが難しい場合などは出席を拒否することも可能であるが、現時点でラキシス近辺で混沌災害や戦争が発生している訳でもない以上、今のゲオルグには特に断る理由もない。
 とはいえ、自分の不在時に不測の事態が発生する可能性は十分に考えられる。その場合は、エーラムから緊急用の「空間転移魔法」を用いて本国へ帰還させることが認められているのだが、この転移魔法は大量の魔力を必要とするため、一度に転送出来るのは一人が限度らしい。
 つまり、君主の不在時に何か危機的状況が発生した場合、君主一人であればすぐに帰還することは出来るが、君主以外の者達が同行していた場合、残りの者達は自力で帰還しなければならない(エーラムとラキシスの場合、どれだけ急いでも片道十日以上は必要)。故に、随行するのは身の回りの世話をする侍従や家族程度で、領内の警備や防衛に必要な戦力などは国元に残しておくことが多いという。
 そういった事情に鑑みた上で、今回はゲオルグが1人でエーラムに向かうことになった。彼の元を離れたくないルルシェや、この機会に師匠に諸々の報告に行きたいヒュースを連れていくことも可能ではあったが、ゲオルグが長期間不在となるこの間に、彼の名代を務められる唯一の人物であるルルシェや、筆頭魔法師のヒュースまでもがいなくなるのは領民の不安を招く、という懸念もある。そして、道中のゲオルグの護衛に関しては、エーラムでも屈指の実力者であるグライフが同行する以上、特に心配する必要はない(逆に言えば、彼ですら手に負えない相手の場合、今のラキシスの面々では戦力にはならない)。
 こうして、ラキシスはその主を遠い南方の異国の地へと送り出すことになった訳だが、実はその直後に、残されたこの村の重臣達は、全くもって想定外の理由で「北の隣国」へと乗り込むことになるのである。

6.1.2. 音楽祭への招待

「今日は、ガイアさんに『お頼み事』があるんですよ」

 すっかりラキシスの御用商人となったアストリッドは、いつもの「小料理屋:クレア」にて、彼女を出迎えた重臣達を前にしてそう言った。そんな彼女の右手に握られていたのは「第1回マージャ国際音楽祭」の案内状である。
 マージャとは、アントリア北部に位置する小さな村であり、一時期は魔境の侵蝕によって廃村化していたが、最近になって新たな領主を迎え、ようやく普通に人々が生活出来る状態にまで復興し、近隣の村々に散っていた住民達が帰ってくると同時に、新たな入植者も増えつつあるという。
 この復興を支えた新領主の名は、レイン・J・ウィンストン。彼女は、大工房同盟からアントリアへの軍事支援のために派遣された「白狼騎士団」の軍楽隊の隊長であったが、船の事故でアントリアへの到着が遅れ、侵略作戦に参加することが出来なかったという不遇の騎士である。その後、諸々の経緯の末にマージャ村の復興を任されることになった訳だが、もともと戦争や謀略よりも平和と音楽を愛する彼女にとって、この仕事は適任であった。彼女はその持ち前のカリスマ性と音楽的才能によって、近隣地域から多くの協力者を集めることに成功し、僅か半年足らずで、混沌の浄化と村の復興を成し遂げるに至ったのである。
 中でもその重要な立役者となったのが、クラパチーノ・ファミリーと呼ばれる流浪の敏腕大工集団である。陽気でお祭り好きな気質の彼等は、レインの奏でる「人々の心を高揚させる音楽」に魅せられて彼女に協力することを決意し、東方伝来の木造建築技術を応用した独特の技法で、荒廃した村の家々を次々と立て直すと同時に、近隣の魔境から現れる投影体の侵入を防ぐ強固な防壁を作り上げ、瞬く間に新旧の村人達を受け入れる体制を作り上げることに成功したのである。
 そして、今回開催されることになった「音楽祭」は、この村の復興記念祭であると同時に、この「クラパチーノ・ファミリー」の再就職先を決めるためのイベントでもあるという。もともと流浪の民であった彼等は、長期に渡って一ヶ所に留まることを美徳とせず、自分達の建築技術を世界中の人々に伝えることを矜持としている。ただ、そのための条件として、彼等は「楽しく仕事ができる環境」を求めており、出来ることならば次の滞在先も「心躍るような音楽を聞かせてくれる場所」であることが望ましいと考えた結果、今回の音楽祭を通じて、最も彼等の心の琴線に触れる音楽を奏でてくれた人々のいる街で仕事を請け負いたい、ということになったらしい。
 ただ、問題は、現在のアントリア子爵ダン・ディオードは華美贅沢を嫌う性格故に、音楽や芸術を理解する心が乏しい、ということである。マージャはアントリア領内の村ではあるものの、領主であるレインの軍籍は現在でもアントリア直属ではなく、同盟から派遣された「白狼騎士団」の一員という扱いのため、彼女が勝手に「音楽祭」を開くことに対してダン・ディオードは特に何も言わないが、彼の直属の部下達にとっては、(クラパチーノ・ファミリーを招き入れることが出来るのは魅力的だが)ここで参加を表明すると、主君から快く思われなくなる可能性があるのではないか、と恐れもあり、今ひとつ参加表明者の数が伸び悩んでいるという(当然、敵国であるヴァレフールからの参加希望者も殆どいない)。

「私、マージャには1人、友人がいるんですよ。彼女に、誰か参加してくれそうな人の心当たりはいないかと聞かれて、ガイアさんのことを思い出したんです」

 確かに、ガイアの音楽好きは昔からラキシスでも有名である。しかも最近、彼女は「謎の鍵盤楽器」を手に入れて、その演奏を村人相手に披露している、という噂も聞こえてきたらしい。

「この村の建物もかなり老朽化が進んでいますし、敏腕大工が来てくれるのは、皆さんにとっても望ましいんじゃないですか? ゲオルグさんも男爵になるということで、もうそろそろ、この村の屋敷も新築した方が良いでしょう?」

 確かに、ラキシスの領主の館は、もともとトランガーヌ子爵の代理人が一時的に滞在することを前提に作られていただけの建物なので、お世辞にも豪奢とは言い難い。現時点では「ゲオルグ傘下の領主」である筈のエースやハウルの屋敷の方が立派というのも、確かに体面上、あまり望ましくはないだろう。

「分かった。じゃあ、私も参加させてもらうことにするわ」

 そう言って、ガイアは笑顔で快諾する。正直なところ、この村では本当の意味での「音楽の魅力」を理解してくれる者も少ない。そんな環境で育った彼女にとって、他の楽士達と交わりながら、より多くの人々の前で音楽を奏でるという機会自体が魅力的に思えたのも、当然と言えば当然の話であった。

6.1.3. 随行員の選定

 ただ、さすがにアントリア領内にガイア1人で赴くというのは、やや不安ではある。しかも、マージャ村の近辺は混沌が発生しやすい上に、ダン・ディオード支配に反対する人々の破壊活動なども頻発しており、あまり治安は良くない。何かあった時のために、護衛は何人か連れていった方がいいだろう、というのがアストリッドの判断である。
 そうなると、まず真っ先に手を挙げるのは、当然、コーネリアスである。宿敵ダン・ディオードの本拠地に乗り込む口実が出来る以上、彼としてはこの機会を逃したくはない。しかし、彼だけを連れて行くと、また暴走してトラブルを起こしかねない以上、彼が行くならばヒュースとルルシェも同行した方が良いだろう、ということになる。アストリッド曰く、お祭りである以上、少しでも多くの人々に足を運んで欲しいというのが主催者の意図らしいので、ガイアは「この人達に音楽の良さなんて分かるのかしら?」と思いつつも、彼等と同行することに同意する。
 結果的に、ゲオルグ不在時に側近達も同時に村を空けることになってしまうことになる訳だが、遠い異国のエーラムとは異なり、ブレトランド内のマージャなら、いざとなったらすぐに帰って来ることは出来る。しかも、たとえ彼等が不在であっても、現在のラキシスにはマーシー、オロンジョ、タンズラー、ヤヤッキー、アルファ、メルセデス、レクサスなど、それなりに人材は揃っており、数日間程度なら持ちこたえるだけの戦力はあると考えられていた。
 その上で、更にコーネリアスは、シャルロットとリナを連れていくことも提案する。二人とも、この世界について詳しく知りたいと考えているらしいので、この機会に連れて行けば喜ぶのではないか、という彼なりの配慮らしい。ルルシェとしては、シャルロットはともかく、「自分と同じ顔の投影体」であるリナのことはあまり快く思ってないのだが、「1人でこの村に残しておく方が、何をしでかすか分からない分、かえって危険」という考えもあり、しぶしぶその方針に同意する。

「そういうことならば、ぜひ行ってみたいな。この世界の文化のことも分かっておきたい」
「音楽祭? 行く行く! 私も歌、得意だし、何なら私が出場してもいいよ」

 コーネリアスに誘われた二人は、どちらも上記の通りに快諾する。ただ、さすがにリナを出場させることについては(彼女の「歌が得意」が真実か否かはともかく)事態がややこしくなる可能性も考えられたので、とりあえず今回は自重させることにした。
 そして、アントリアに乗り込むということであれば、アントリアと比較的親しい関係にあったアトロポスからも誰か1人は連れて行った方が良いだろう、とアストリッドが提案した訳だが、これについては当然、ガイアの中では最初から「連れて行きたい人物」は決まっており、他の者達もそれに異を唱える気はなかった(エースは色々な意味で信用出来ないし、ベラミヤを連れて行っても交渉役としては何の役にも立たないことは明白である)。
 こうして、ラキシス村を出立したガイア、ルルシェ、ヒュース、コーネリアス、シャルロット、リナの6人は、アトロポス村でリンと合流し、そのまま彼と共にアントリア領内へと踏み込んでいくことになる。
 その途上、リンが言いにくそうな顔でガイアに語りかけた。

「なぁ、ガイア、その、最近ちょっと聞いた話なんだけど、お前の私室に、若い男が頻繁に出入りしてる、って聞くんだが……」
「え? 何それ? 何のこと?」
「いや、なんか、その、銀髪で、ヒョロっとした体型の……」
「あぁ、この子のことね」

 そう言って、彼女は、楽器形態で肩からかけていたKX-5に命じて、人間形態の姿に変化させる。

「どうしました、マスター?」

 淡々とそう語る「銀髪でヒョロっとした体型の男(?)」を目の当たりにして、リンは驚きつつも、さすがに魔法師だけに混沌知識は豊富なようで、すぐにその正体を把握する。

「これが、噂に聞く『オルガノン』というやつか……」
「そうよ。納得した?」
「……ということは、お前はずっと、こいつを『肌身離さず』持ってるということなんだよな…………」
「あ? なに? 嫉妬?」

 どこか嬉しそうな表情のガイアである。

「いや、まぁ、別に、それは、お前の自由だから、別に俺がどうこう言うべき問題じゃないし……」

 目をそらしながら、呟くようにボソボソと答えるリンに対して、密かにほくそ笑みつつ(同行している者達のことは気にせず)デート気分を楽しむガイアであったが、しかし、やがてこの関係が逆転することになろうとは、この時点では誰も予想だにしていなかった。

6.2.1. 参加・入村申請

 こうして、アントリア領内に足を踏み入れた彼等であったが、もともとアントリア領内の通行証をリンが有していたこともあり、平穏無事に領内を縦断することに成功し、途中の宿場町で数泊しつつ、無事に音楽祭開催の前日に、マージャ村まで到達する。
 マージャ村には既にこの時点で多くの人々が集まり、村の入口には人だかりが出来ている。そんな中、彼等とは別ルートで一足先についていたらしいアストリッドと合流した彼等は、彼女の紹介によって、ガイアの音楽祭への出場と、随行者達の観覧を認められて、何事もなく村の入口を通過する…………筈であった。

「ちょっと待って下さい、そこの黒服の人」

 入口で入村管理を担当している係員の少女(下図)が、そう言ってコーネリアスを呼び止める。どうやら、彼女がアストリッドの友人らしい。当初は彼女の口利きでガイア達をあっさり通そうとしたのだが、コーネリアスを見た途端、彼女の中の「何か」が反応したようである。


「あなたの入村を認める訳にはいきません。どうしてもと言うなら、武器を預けていって下さい」
「なんだと!? なぜ私だけが……?」
「あなたからは『私と同じ匂い』がします。何か、危険なことを企んでいませんか?」

 この少女の名は、メア。コーネリアスと同じシャドウの邪紋使いである。そして彼女は、コーネリアスと同じ「ダン・ディオードを殺したい」という感情と、それと相反する「ダン・ディオードを守りたい」という感情を同時に持ち合わせるという、特異な心の持ち主であった(詳細は「ブレトランドの英霊」シリーズ第2話 「聖女の末裔」 参照)。それ故に、コーネリアスの心の奥底にある「ダン・ディオードとその関係者達への殺気」を、初対面にして見抜いてしまったのであろう。
 無論、そんな彼女の裏事情など知る由もないコーネリアス達であったが、今までの彼の所業を知る仲間達から見れば、彼女の指摘は至極もっともな主張であり、彼を弁明する気にはなれなかった。

「仕方ない。では、ここに置いていこう」

 そう言って、コーネリアスは1本だけダガーを置いて行こうとするが、さすがに、シャドウの彼女がそれで納得する筈もない。

「ダガーは『1本見たら30本はあると思え』というのが、シャドウの常識ですよね?」

 そう指摘されたコーネリアスは、しぶしぶ、いざという時のために準備していた十数本の「ダガー」を全て彼女の前に差し出す。ただし、その中には「まだ銘を付けられていないミスリル製の短剣」は含まれておらず、そして最近になって彼が手に入れた異世界の武器である「日本刀」も腰に指したままであった。

「この地区は危険も多いと聞く。最低限の自衛のための武器は持たせてもらう」

 そう主張するコーネリアスに対して、メアはそれでも難色を示すが、さすがにこれ以上の押し問答を続けさせたくなかったガイアが、ここでKX-5を取り出し、旋律を奏で始める。緊迫した雰囲気を宥める効果を持つ特殊な音階で、なんとか相手の態度を軟化させようと試みたのである。
 彼女の奏でる静かな音階がその周囲に響き渡ると、やがて村の入管所の奥から、1人のギターを持った女騎士(下図)が現れた。


「なんだか、素敵な音色が聞こえてきたわね。あら、どうしたの、メアちゃん? 何かあった?」
「実は、怪しい殺気を放つ人が……」

 そう言って、メアはその「奥から現れた女騎士」に対して事情を説明すると、その女騎士は笑顔でこう言った。

「大丈夫よ、メアちゃん。こんな優しい音色を出す人のお友達なんだから、心配ないわ」

 そう言われたメアは、しぶしぶコーネリアスの入村も許可する。一応、ダガーは預かったままだが、それについてもコーネリアスは「もし必要な事態になったら、返してもらう」と告げた上で、ガイア達と共に村の中へと入って行った。

「あの人が、この村の領主、レイン・J・ウィンストンよ」

 アストリッドが皆にそう告げる。結果的に彼女の登場によって救われたものの、随分と風変わりな領主の治める村だということを痛感した彼等であった。

6.2.2. 流浪の歌姫と白き狼

 こうして、マージャ村に入ったガイア達は、ひとまずアストリッドとは分かれ、村内の様子を確認する。つい半年前まで荒廃していたとは思えぬほどに綺麗に整備された家並みと、活気溢れる人々の雰囲気から、この村の再興に携わった人々の優秀さが感じ取れる。
 そして、翌日の音楽祭の会場となる広場に到達した彼等は、その一角に人だかりが出来ているのを発見した。どうやら、明日の本番前に、発声練習がてらに歌声を披露している女性がいるらしい。その声は瑞々しいほどに美しく、それでいて道行く人々の心の奥底に突き刺さる鋭さと深い厚みを兼ね備えた、まるで天界の住人の歌声のような圧倒的な存在感に満ち溢れていた。

「彼女が、今回の音楽祭の目玉と言われる“歌姫”ポーラよ」

 アストリッドがそう紹介した先には、持っていた靴を手に持って、裸足で歌っている女性の姿が見える(下図)。どうやら、あれも彼女のパフォーマンスの一環らしい。


 ガイアはその美しい歌声に興味を持ち、近付いてじっくり聞こうとするが、彼女と腕を組んで歩いていたリンは、逆にそこから離れようとする。

「あれ? どうしたの? 聞かないの?」
「いや、その、俺はちょっと、あの人は……」

 そう言ってリンがバツの悪そうな顔をしていると、その様子が目に入った“歌姫”ポーラが、笑顔で彼等の方へ駆け寄ってくる。

「あー、リンリン、久しぶりぃ! どうしたの? わざわざ私の歌を聴くために来てくれたの?」

 突然、そう言って馴れ馴れしくリンに迫るポーラに対して、ガイアは不審と不満が入り交じったような表情を見せる。

「……知り合い、なの?」
「あ、いや、その、昔、学院のイベントの余興で来てもらったことがあって、その時に、俺が学生代表で接待役で、それで、あの……」

 焦った表情を浮かべながら、どこかシドロモドロに説明しようとするリンに対して、ポーラが小悪魔的な笑みを浮かべながら彼との距離を更に縮めつつ、語り始める。

「そうなのよ。私、その時からすっかり、リンリンのことが『お気に入り』になっちゃってさぁ。色々と優しくしてくれたし、私も色々とサービスしたし。ねー、楽しかったよね、リンリン?」
「い、いや、その、別に、何も無かった。何も無かったんだよ、ガイア、ホントに……」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃってぇ♪」

 軽く赤面しながら焦るリンに対して、更に顔を近付けて迫ろうとするポーラに対して、さすがに我慢がならなくなったのか、ガイアが割って入る。

「どうも、初めまして。リンちゃんの幼馴染みのガイアです」

 引きつった笑顔で自己紹介する彼女に対して、ポーラは一瞬「?」という顔を浮かべた後、ポンと手を叩いて納得した表情を浮かべる。

「あぁ、あなたが、リンリンの言ってた幼馴染みなのね。へぇ、そうなんだぁ。ふーん、まぁ、仕方ないわよね。ド田舎の山奥じゃあ、この程度の娘しかいなかったのよねぇ。可哀想なリンリン」

 そんな挑発に対して、ガイアが必死で怒りをこらえている中、ガイアのことを姉のように慕うコーネリアスもまた、この「失礼極まりない女性」に対して、露骨に不快感を感じていた。だが、彼がポーラに対して怒りをぶつけるよりも先に、彼等に対して剥き出しの敵意を示す者が現れる。

「き、貴様等、あの時の!?」

 そう言ってコーネリアスを指差したのは、先程までポーラの周囲に立ち、彼女を護るように立っていた軽装の兵士らしき装束の者達である。それは、アトロポスでボルドの工房を焼き払おうとして、終盤で逃げ出した聖印教会の面々であった(第三話参照)。

「貴様等、ラキシスの者達だな! あの投影体を村に連れ帰ったと聞くが、何を企んでいる!?」
「お前達こそ、あの時、ボルド殿を火矢で焼き殺そうとしたのは、どういう了見だ?」

 既に不機嫌な状態のコーネリアスは、そう言い返しつつ、懐からそのボルドの娘が作った「ミスリルの短剣」に手をかける。重ね当て用のダガーは没収されてしまったが、この程度の相手ならば、この短剣と日本刀があれば十分に戦えると判断したのであろう。平静を装いながら、少しずつ間合いを詰めていく。

「この世界に害をなす投影体を消し去ることに、何の理由が必要だと言うのだ!」

 そう言い切る彼等に対し、コーネリアスが一歩踏み込んで斬り掛かろうとしたその瞬間、両者の間に割って入る人物が現れる(下図)。


「待ちな! この村では、音楽祭が終わるまで、一切の私闘は禁じられている。そうだろ?」

 髪を逆立て、あご髭を生やし、背中に巨大な剣を背負ったその男性の威厳の込められた声が響き渡ると、聖印教会の面々は怯んだ表情を見せて、そのまま立ち去っていく。

「すまんな、お前さん達にも色々と事情はあるんだろうが、今回は俺の部下が開いた『楽しい音楽祭』なんだ。争い事は勘弁してもらいたい」

 コーネリアスにそう言って去って行こうとするその男に対して、ヒュースが声をかける。

「待って下さい。あなたのお名前は?」
「白狼騎士団団長、ヴィクトール。お前さん達も、ウチのレインが開いた今回の宴、存分に楽しんでいってくれ」

 「白狼騎士団」は、前述の通り、アントリア支援のために大工房同盟から派遣された精鋭部隊であり、対トランガーヌ戦において最も活躍したと言われる部隊である。レインに関しては、その戦いに参加していなかったということで、コーネリアスの中では特に殺意の対象とはなっていないが、この人物がその団長ということを知った瞬間、彼の中での殺意は、ポーラや聖印教会の面々への憎悪など比べ物にならないほどに高まっていく。
 当然、姿を消して彼に近付こうとするコーネリアスであったが、そんな彼の行動など最初からお見通しの周囲の面々が、全力で彼を抑えにかかる。さすがに、切り札のダガーを奪われている状態ということもあり、今回はひとまずコーネリアスもおとなしく諦めることにした。

「この音楽祭が終われば、好きにしていいんだな……?」

 密かにそう呟くコーネリアスであったが、これ以降、周囲の仲間達は彼に対する警戒心をより一層強めることになる。
 そして、突然のドタバタですっかり興が冷めてしまったのか、ポーラもどこか呆れ顔を浮かべつつ、その場を立ち去ろうとする。

「それじゃあ、またねー、リンリン♪」

 最期にリンに向けて満面の笑みを浮かべた彼女は、そのまま聖印教会の面々と同じ方向に向かって歩き出す。どうやら彼女は今回、このブレトランドにおける聖印教会の本拠地である「聖地:フォーカスライト」の代表として、この大会に出場することになったらしい。大会を前にして、あまり望ましくない人間関係が構築されてしまったことに、色々な意味で不安を抱えるラキシスの面々であった。

「やっぱり、どこの世界にもいるのよね、ああいう女って」

 リナが呆れたような声で密かに呟くと、それに対してシャルロットが反応する。

「ん? お主の世界ではそうなのか? 我が国では、あのような下卑た女など、一人もいないぞ」
「あー、まぁ、そりゃ、エルフの世界はお上品な人達ばかりなんだろうけど……、それはそれで堅苦しそうだなぁ……」

 そんな二人のやり取りはさておき、ガイアとリンの間には微妙に気まずい空気が流れたまま、誰もこの件にはそれ以上、直接触れようとはしなかった。

6.2.3. 殺人未遂

 こうして、入村早々の一悶着をどうにか切り抜けたガイア達は、ひとまず宿を探そうとする。もともと、来客が訪れることをあまり想定していない村のため、宿の数は少ないのだが、この音楽祭開催のため、主に出場者向けに急遽開店した宿があると言う。村人に案内されてその宿に向かった彼女達であったが、その宿の前に、軽装の警備兵らしき者達が集まっているのが目に入る。
 その警備兵達を率いている魔法師の姿が目に入った瞬間、リンが口を開いた。

「ラーテンじゃないか。どうしたんだ、こんなところで?」
「あ、リン兄さん、お久しぶりです。てか、兄さんこそ、どうしてここに?」

 そう言って答えたのは、全身を赤く染めたエーラムの学生服に身を包んだ、1人の若い魔法師であった(下図)。彼の名は、ラーテン・ストラトス。リンと同じストラトス一門に属する静動魔法師(サイキック)である。彼は現在、アントリアの首都スウォンジフォートから、この音楽祭の管理のために派遣された警備隊の隊長を務めているらしい。


 ラーテン曰く、今からガイア達が泊まろうとしていたこの宿で、殺人未遂事件が起きたのだという。殺されかけたのは、出場予定者の1人だった君主で、客室でくつろいでいた時に突然、背後から何者かに刺されたかと思うと、そのまま意識を失って倒れていたという。幸い、その時に彼が発した叫び声に宿主が気付き、すぐに手当をした結果、かろうじて一命は取り留めたらしい。
 被害者曰く、それまで部屋の中に誰かがいたような気配は全く無かった、とのことである。そして、彼の背中の傷は、通常の武器では与えることが出来ないような特殊な武器か何かで刺されたような状態であったという。故に、「相当に腕の立つ暗殺者」が「特殊な力を持った短剣」で刺したのではないか、というのが、現時点でのラーテン達の推理であり、動機については不明だが、一番可能性が高そうなのは、他の出場者による妨害ではないか、という憶測が広がっている。
 そして、この不気味な事件に恐怖を感じた被害者は、出場を取りやめて既にこの村を去ったという。そして、この宿に泊まっていた他の出場予定者達も、ある者は出場を辞退し、そうでない者達の大半も、とりあえず別の宿へと移ろうとしているらしい。
 この状況下で、自分達はどうすべきかと迷っているラキシスの面々の中で、ガイアは一人、はっきりと言い切る。

「私はここに泊まるわよ。一度事件が起きてるということは、警備も強化されることになる訳だから、再発する可能性はむしろ低いわ」

 そう言って、彼女は宿屋に入ろうとする。他の者達もひとまず彼女の方針に同意した上で、部屋割りについて考え始めるが、そんな中、一人焦りを感じていた人物がいた。
 コーネリアスである。彼がシャドウだということは、既に村の入管の時点でバレている。もし、この状況下で自分がそのまま宿に泊まって、宿で何か事件が起きた場合には、持ち物検査を余儀なくされるだろう。そうなった時に「特殊な金属で作られた短剣」を持っていることを知られたら、間違いなく自分が容疑者扱いされることになるし、そうなると当然、ガイアにも迷惑がかかることになる。
 さすがにそれはマズいと考えたコーネリアスは、ラーテン率いる警備隊に協力するという建前で、彼等の駐屯所に泊まらせてもらうよう、リンに頼み込む。事件が起きた時点で、警備の責任者であるラーテンと一緒にいれば、自分が犯人扱いされることは無くなるだろう、という判断である。
 ただ、そうなると当然、リンも彼と共にラーテン達と同行する必要がある。そうなると、「男性部屋」を借りたとして、そこに泊まるのは魔法師のヒュース一人ということになるため、襲撃を受けた時の対応能力を考えると、極めて危険である。
 そこで、結局、男性陣は三人ともラーテン達の駐屯所に泊まることにした上で、女性陣四人(ガイア、ルルシェ、シャルロット、リナ)が一つの部屋に泊まり、ガイアとルルシェが交代で見張りを担当する、という方針で落ち着いたのであった。

6.2.4. 第二の犠牲者

 そして、その日の深夜、ガイアが見張りを担当し、残りの三人が熟睡していた時間帯に、「第二の事件」が起こった。彼女達が泊まっていた宿の扉の向こう側から、物音が聞こえてきたのである。慌ててガイアは他の三人を叩き起こし、部屋の扉を空ける。
 すると、そこに現れたのは、巨大なカボチャの化け物、ジャック・オー・ランタンであった。ヒュースが時折、瞬間召還としう形で呼び出しているが、今回彼女の目の前に現れたのは、固定召還という形で呼び出されたタイプである。
 思わず仰け反る彼女に対して、その巨大カボチャの背後から、一人の女性の声が聞こえる。

「あ、すみません、驚かせてしまって」

 そう言ってガイアの前に姿を現したのは、魔法学院の制服を着た一人の女性である(下図)。どうやら彼女もまた「扉の外で聞こえた物音」に反応して、従属体のジャック・オー・ランタンと共に部屋の外に飛び出してきたらしい。


 そして、ガイアに続いて、ルルシェ、シャルロット、リナが廊下に出ると、同時に、再び物音が廊下の奥の扉の向こう側から聞こえてくる。構造上、その扉の奥にあるのは、別の客室の筈である。

「あの扉の向こう側から、何か不気味な気配を感じます」

 そのカボチャを連れた女性はそう言ったが、ガイア達は気にせずその扉に向かって走り込み、そして勢い良くその扉を開ける。すると、真っ先に彼女の目に飛び込んできたのは、背中から血を流して倒れている、邪紋使いらしき人物の姿であった。その倒れ方から察するに、扉の鍵を開けて外に出ようとしたところで、意識を失って倒れたようである。

「ルルシェ、治せる?」
「ごめん、この出血量だと、もう私の力では……」

 ガイアとルルシェがそんなやり取りをしている中、その「カボチャを連れた少女」が割って入る。

「私がやります!」

 そう言って、彼女が魔法を唱えると、その邪紋使いの傷口が急速に閉じていく。どうやら、彼女は魔法師でありながらも、ルルシェですら治せないレベルの傷を癒せる力の持ち主であるらしい。

「とりあえず、コーネリアス達を呼んで来る」
「あ、待って、私も行く!」

 そう言って、シャルロットとリナが警備隊の詰め所へと走っていく。残ったガイアとルルシェは、その部屋の中にまだ何者かの気配が残っていないかを確認しようとしたが、結局、二人とも何も見つけられなかった。

6.2.5. 推理と仮説

「リン兄さん、学院でポーラさんに迫られてた時、まんざらでもないような顔してたじゃないですか」
「ば、馬鹿、お前、何言ってんだ。俺は全然そんなことは……」
「……リン殿、お主はガイア姐さんとのことをどう考えているのか、お答え頂きたい」

 駐屯所で男性陣がそんな修学旅行のような会話を繰り広げている中、シャルロットとリナが走り込んできて、第二の被害者が出てしまったことを告げる。その話を聞いた彼等は表情を一変させ、一目散に宿屋へと向かった。
 そして、ラーテン達と共にヒュースが到着すると、被害者の傷を癒していた「カボチャの魔法師」を見て、それが彼の見知った人物であることに気付く。

「君、オデット、だよね?」
「ヒュース! どうしてあなたがここに?」

 この二人は、実は学院時代の召還魔法科の同期なのである。この「カボチャの魔法師」の名は、オデット・ダンチヒ。ヒュースの属するメレテス家や、リンの属するストラトス家のような名門とは程遠い弱小魔法師の一門出身ながらも、異様なまでの習熟の早さで、同期のヒュースよりも一足先に卒業を首席で達成した秀才である。そしてまた、彼女はハーモニカが得意なことでも有名で、学院内のパーティーなどでよく披露していた。オデット曰く、彼女は今回の音楽祭に、ハーモニカ奏者として出場するつもりで、この宿に泊まっていたらしい。
 一方、そんな意外な再会を果たした二人が互いの立場について確認している間に、ガイアは到着したラーテンに対して、開口一番に不満をぶつける。

「また同じ事件が再発するなんて、警備は強化してなかったの?」

 それに対して、宿の警備を担当していた、この村の自警団長であるライカンスロープのアマル(下図)が答える。


「いや、宿の警備は万全だった。事件が起きた時間帯の前後には、誰一人としてこの宿の外から入ることは出来なかった筈だ」

 ガイア達は知る由もないことだが、アマルとラーテンは、昔、この村の近くで起きた事件で共闘した仲である。今回は、アマルが村の自警団、ラーテンは中央から派遣された警備隊という形でそれぞれ異なる部隊を指揮してはいるが、両者の間で縄張り争いや対立があった訳ではなく、きちんと連携も取れていた筈であり、外からの侵入者に対する警備には全くぬかりはなかったと彼等は主張する。

「だとすると、宿の内部の人間の犯行、ということ……?」

 ガイアはそう口にするが、そうなると当然、疑われるのは自分達自身である。先刻、目を覚ました「第二の犠牲者」もまた、どうやら音楽祭に出場する予定だった者らしい。ということは、やはり、音楽祭出場者による他の出場者の妨害工作と考えるのが自然であろう。
 そして、第二の被害者の傷跡もまた、一人目と同様、「何らかの特殊な力による刺し傷」であり、一人目の時と同様に、全く気付かれないままに背後を取られていたという。しかし、この宿に泊まっていた者の中にはシャドウは存在しない。

「そうなると、次に考えられるのは、魔法師か……」

 自分自身も魔法師であるラーテンは、そう語る。魔法師の中には、姿を消すことや、相手の視界外から攻撃することが可能な者もいる。傷口の状態から考えても、魔法(混沌)の力によって作られた刃とも考えられる。そして、宿主に確認したところ、第二の殺害が起きた時点でこの宿に泊まっている魔法師はオデットしかいないらしい。しかも、彼女は一人目の殺人事件の時も、既にこの宿に泊まっていたのである。
 そう考えたラーテンがチラッとオデットの方に視線を向けると、それに対してシャルロットとリナが口を開く。

「待て、彼女は率先して被害者に治療を施していたのだ。彼女が犯人の筈がない」
「そうよ、それに事件が起きた時点で、この人は確かにこの部屋の外にいたわ」

 そういった二人は彼女を弁護しようとするが、もし、彼女が犯人でないとするならば、次に疑われるのは、一番得体の知れない「投影体」ということになる。魔法師のラーテンには、異界の服装そのものでこの街に来ている彼女達が投影体であることは一目瞭然であり、当然、彼女達も十分に容疑の対象である。出場者であるガイアの仲間であれば、動機も十分と言えよう。ただ、それならそれで、なぜ彼女達がオデットを庇う必要があるのかと考えると、やはり話が繋がらない。
 こうして犯人探しの捜査が難航する中、ヒュースが現場である部屋の状況を調査してみたところ、彼は一つの異変に気付く。この部屋の荒れた状況は、どう見ても「物理的に存在する人間」が一人で荒らしたとは考えにくく、「人ならざる者」の力が関与しているように思えたのである。そして実際、彼が混沌濃度を感知してみたところ、この建物の内部だけが、この村の中で微妙に混沌濃度が高いように感じられたのである。その上で、自分がこれまでに学んだ知識に照らし合わせて考えてみた結果、彼の中で一つの仮説が思い浮かんだ。

「これは、混沌が生み出した『幽霊(ゴースト)』の類いの仕業ではないでしょうか?」

 「幽霊」という言葉は、この世界では一般的ではない。異界からの魔物(投影体)が頻繁に出没するこの世界ではあるが、この世界の住人に住む住人そのものの死後の魂が具現化することなど、滅多に起きないからである(その意味では、地球界以上に「幽霊」という概念自体が馴染みの無い存在なのである。少なくともこの地域では)。だが、それでもヒュースが学院の図書館で読んだ文献によれば、死後の人間の魂が混沌核と結びついて一時的に具現化するという現象が発生したことは過去に何度かあるらしい。しかも、その「幽霊」なるものは、一度収束した後、そのままの形でその場に存在し続けるのではなく、神出鬼没に不規則な周期で出没を繰り返すことが多いと言われている。

「なるほど。確かに、そういった特殊な形で混沌が収束するという事例も稀にあるらしいが……、もし、仮にそうだったとして、次に出現しそうな場所がどこか、分かるか?」

 そう問いかけるラーテンに対して、ヒュースは半信半疑ながらも、こう答える。

「おそらく、明日の音楽祭に出演する人の部屋ではないかと……」

 素直に考えれば、確かにそう推測するのが自然であろう。そして、そこにコーネリアスがもう一つの事象を付け加える。

「特に、一人でいると危ないようだな」

 実際、一人目の被害者も、二人目の被害者も、部屋に一人でいる状態で狙われていた。一方で、4人で泊まっていたガイアの部屋には現れなかったのである。
 では、もう一人の出場予定者であるオデットはどうなのか、という話題が出ようとしたところで、そのオデットと同じ部屋で宿泊していた「もう一人の出場予定者」が、皆の前に姿を現した。

6.2.6. 誘導作戦

「オデット、一体、何があったんだい?」

 そう言いながらその場に現れたのは、まだ寝起きで眠たそうな顔を浮かべた、穏やかそうな風貌の若い男性であった(下図)。


「ロートス様! 実は、ここで第二の犠牲者が……」

 オデットから事情を聞いて、ひとまず事態を把握した彼は、自分に対して奇異の目を向けている周囲の視線に気付き、自己紹介を始める。

「皆さん、はじめまして。オディールの街の領主、ロートス・ケリガンと申します。こちらのオデットと一緒に今回の音楽祭に出場するために、この村に来ました」

 「オディール」とは、ヴァレフールとアントリアの国境線上に位置するヴァレフール側の防壁である「長城線(ロング・ウォール)」の中央部に位置する街であり、この街の領主は同時に「長城線」を中心とする北東部の国境の守護者でもある。そして、この街の領主であるこの男は、ヴァレフール騎士団の「七人の騎士隊長」の一人にして、男爵位の持ち主でもあり、オデットの契約相手でもあった。
 ヴァレフールの(しかも最前線の)領主が、宿敵であるアントリアの音楽祭に出場するということ自体、かなり異例の事態のように思えるが、厳密に言えばラキシス(グリース)も、聖印教会の聖地であるフォーカスライトも、アントリアの傘下ではない以上、ガイアもポーラも、実は立場的には彼等とあまり変わらない。レインは持てる全ての人脈を使って、所属に関係なくどの国からの参加者でも受け入れる、という方針で招待状を出していたようである。もっとも、実際にそれでヴァレフールから参加を表明したのは、彼等だけなのだが(ちなみに、実は彼等を直接勧誘したのもアストリッドだったりする)。
 この二人は「ハーモニカ二重奏」として出場登録しているらしく、二人で同じ部屋で泊まっていたらしい。男女が同じ部屋に寝泊まりと聞いて、女子高生であるリナは当然、「この二人って、そういう関係なの?」と妄想を膨らませるが、君主と契約魔法師の関係であれば、「そういう関係」でなくても、旅先で互いの身の安全のために同じ部屋で寝泊まりすることは、さほど珍しくはない。無論、中にはそこから「そういう関係」に発展することもあるだろうが、この二人の場合は、そうなる心配のない「特殊な理由」があった(詳細は「ブレトランドの英霊」シリーズ第3話 「長城線の三本槍」 参照)。
 それはともかく、現状において、今の部屋割りのまま一晩を過ごした場合、コーネリアスの言うところの「一人の時が襲われやすい」という仮説が正しければ、この日の夜は何事もなく終われる可能性が高いということになる。ただ、その場合、犯人が「幽霊」だという確証も持てなくなる以上、ラーテンやアマルとしては、やはりこの中にいる誰か(場合によっては全員)を容疑者として拘束する必要が出てくる。
 そうなると、ここはあえて一人が囮役となって幽霊をおびき寄せて、出現したところを他の部屋にいる面々が集まって一気に殲滅する、という作戦が有効ではないか、という話が浮上してくる訳だが、問題は、そこで誰がその「囮役」を担当するか、である。

「じゃあ、僕が囮になろう。そういう役目を女の子にやらせる訳にはいかないよ」

 実際にはガイアもオデットも20歳であり、「女の子」と呼ぶには微妙な年齢なのだが、僅かに年上の22歳のロートスから見れば、二人とも「かよわいお嬢さん」に見えるらしい(もっとも、そう言う彼も、あまり頼りがいのある風貌には見えないのだが)。

「分かった。だが、さすがに一人では危ない。私が隠密状態であなたの側にいよう。他の人達は、別の部屋で待機して、物音がしたら駆けつけてほしい」

 コーネリアスがそう言って、他の仲間達を遠ざけようとすると、そこに宿屋の外から駆けつけた「もう一人のシャドウ」が現れた。村の入口で彼と散々に揉めていた入村管理官の少女、メアである。

「事情は聞きました。そういうことならば、これは返します」

 そう言って、彼女は入口で預かった大量のダガーをコーネリアスに返す。その上で、彼女もまたロートスの隠密護衛に加わると言う。

「この村の治安維持は、本来、我々の仕事ですから」

 どうやら、彼女の中でのコーネリアスへの疑惑はひとまず払拭されたようである。こうして、お互いの立場も本音も知らないままの二人ではあったが、ひとまずこの時だけは、相手の実力を信じて共闘する覚悟を固めることになったのであった。

6.2.7. 音楽への執着

 こうして、ロートスが一人で本来の客室のベッドでそのまま横になって寝静まり、その彼を二人のシャドウが密かに監視していると、やがて、コーネリアスの予想通り、その部屋の中央に混沌核が現れ、そこに向かって混沌が収束し始めるのが二人の目に入る。そして、どうやらそれは「人」に近い形を取ろうとしているように見えた。

「誰だ、お前は!」

 その混沌核に向かってそう叫ぶと、すぐさま手筈通りに、その声を聞きつけたラキシスの面々とオデットとラーテンが現れる(アマルは念のため、宿の外側を警備していた)。
 だが、彼等よりも先に動いたのは当然、先に部屋の中に臨戦態勢で潜んでいた二人である。実体化しようとしていた混沌核に向かって、コーネリアスとメアがその急所を突く連撃を与えたことで、収束しようとしていた混沌核が奇妙な形に歪み始める。
 更に、そこにヒュースがジャック・オー・ランタンを瞬間召還して叩き付けると同時に、リンがバーストフレアを放ち、そしてラーテンがフォースグリップでその内部の軸となる部分を握りつぶしたことで、そこで収束しようとしていた「何か」の身体の部分は四散していく。
 だが、それでもまだ「頭」に相当する部分だけはかろうじて収束を続けていった結果、そこに「人間の顔のような形をした何か」が現れ、そこから放たれた謎の「尖った波動」のような一撃がロートスを襲おうとする。しかし、その一撃はオデットが瞬間召還したオルトロスによって防がれた。
 そして、その直後にガイアがその「頭」の部分に対して元素弾を打ち込もうとした訳だが、この時、彼女の肩からかけられたKX-5から放たれた光がガイアの身体を包み込み、ガイアはあたかも伝説上の英雄であるかのような神々しい輝かしいオーラをその身に纏った状態で、その輝きを乗せた元素弾を叩き込んだのである。樹海の時はまだ使いこなせて居なかったこの「混沌楽器」の力の引き出し方を、いつの間にか彼女は習得していたらしい。
 この一撃で、収束しつつあった混沌は完全に四散し、残された混沌核は、目を覚ましたロートスが浄化して聖印に取り込んだことで、どうにか彼等は、この危機的状況を脱することが出来た。とはいえ、この時点ではまだ、これが本当に「連続襲撃事件」の犯人だという確証が持てた訳ではない。
 だが、その直後、この宿屋に、事情を聞きつけたこの村の領主のレインが到着し、彼女の知る限りの情報をガイア達に伝える。彼女曰く、この宿屋の元になった建物は、昔、この地に住んでいた裕福な音楽家の自宅で、その人物は、数年前の混沌災害の際に命を落としてしまったらしい。この話を聞いた上で、ヒュースの仮説とも照らし合わせてみると、おそらくはその人物の音楽への未練が残留思念となって混沌核と結びつき、現役の音楽家への嫉妬心となって具現化したのではないか、という推論が成り立つ。

「私としては、音楽を愛する人が住んでた建物だからこそ、今回の音楽祭に来てくれた人達の宿としてふさわしいと思ったんだけど……、それがこんな事態を招いてしまって、本当にごめんなさい」

 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。基本的に「他人に嫉妬する」という感情を持たない楽観主義者の彼女には、このような事態は予想出来なかったようである(もっとも、そもそも「幽霊」や「怨霊」の類いに疎いこの世界の住人である以上、その可能性を考慮出来ないのも仕方がないとも言える)。
 一方、メアもまた、今回の件と関連する形で、コーネリアスに謝罪する。

「私があなたの短剣を取り上げなければ、二人目の犠牲者は防げたかもしれません。疑ってしまって、申し訳ございませんでした」
「いや、何はともあれ、無事に終わったんだ。気に病むことはない」

 コーネリアスは上から目線でそう答えるが、今回の事件とは無関係なところで乱闘事件を起こそうとしていたことを知っている仲間達は、内心「いや、別にあなたのその判断は間違ってない」と思っていたが、それを口にすると事態がややこしくなるので、あえて黙っていた。
 そして、今回の事件の糸口を見つけてくれたヒュースに対して、オデットは心から礼を述べる。

「あなたが気付いてくれなかったら、あのまま私が疑われて、出場権が取り消されていたかもしれない。本当に、ありがとう」
「いや、まぁ、昔の仲間が疑われている状態というのも、気分が悪いものだし」

 ヒュースはサラッとそう答える。そのやりとりを見ながら、端で見ているシャルロットとリナはヒソヒソ話をしていた。

「あの魔法師の人、領主とデキてるのかと思ったけど、もしかして、ヒュースにも気があるのかな?」
「ふむ、だが、ヒュースにはあの学者殿がいるのでは?」
「エスメラルダさん? でも、あの人は年上でしょ?」
「と言っても、所詮、10歳も違わないのであろう? 微々たる差ではないか」

 エルフの寿命は人間の数倍であり、シャルロットはこの場にいる者達よりも100歳以上も歳上である。そんな彼女にとっては、人間同士の間の年齢差など、大した問題とは思えないらしい。
 ともあれ、こうしてこの宿屋で起きた「連続殺人未遂事件」は無事に解決し、ガイア達はようやく、静かな寝床で長旅の疲れを癒すことが出来るようになったのである。

6.3.1. 心を動かす旋律

 翌日、当初の予定通り、無事に音楽祭は開催された。前日の事件の影響で出場者の数は減ってしまったが、その「空白の時間」については、「司会進行役」である領主のレインが、得意のギターの弾き語りで場を繋ぎつつ、客席のテンションを維持していく。

「みんなー、今日は、立場も国境も越えて集まってくれて、本当にありがとう! みんな一人一人が、それぞれに、守らなきゃいけないものや、戦わなきゃいけない理由があるんだと思うけど、でも、今日だけはそのことは忘れて、みんなで一緒に盛り上がってねー! Love & Peace!」

 そう言って、彼女はギターをかき鳴らしつつ、激しいサウンドで観客の心を掴んでいく。ヒュースやコーネリアスの目には、その様子は、ルルシェが演説で村人達の支持を集めていった時の様子とダブって見えた。どうやら彼女は、ルルシェとはまた違った形での「カリスマ性」によって、民衆の心を掌握出来るタイプの君主らしい。

「私、この人の音楽、どっかで聞いたことある気がするんだけどなぁ……。誰だっけ? プレスリーじゃなくて、チャック・ベリーじゃなくて、ストーンズでもなくて……」

 リナが、車の中で聞かされていた父親の好きな洋楽リスト思い出しながら頭を悩ませているうちに、いつの間にか彼女の演奏が終わり、今度はロートスとオデットがステージに現れる。すると、客席の一部がザワつき始める。

「おい、アイツ、長城線の……?」
「あぁ、間違いない。こないだハルク将軍の部隊を壊滅させた奴だ!」

 ヴァレフール側の最前線で戦っているロートスの登場に対して、アントリア軍の兵士らしき者達が敵意の視線を向けようとするが、ここで再び、レインがギターを鳴らして叫ぶ。

「みんな、Love & Peaceよ! 分かってるわよね!?」

 彼女のその不思議な声色は、なぜか客席の人々から湧き出る怨恨の心を抜き取ってしまう。それに続けて、ロートスが口を開いた。

「皆さん、僕達人間は、いつも争ってばかりです。それは、どうしても『譲れない想い』がそれぞれにあるからだと思います。でも、時々でいい、ほんの少しでもいいから、お互いを思いやる心を思い出してほしい。そう思って、今日は彼女と一緒にその気持ちを伝えたくて、この音楽祭に参加させて頂きました。聞いて下さい。僕の母親が愛した、このブレトランドに古くから伝わる、名も無き癒しの旋律を」

 そう言って、彼はオデットと共に、ハーモニカを吹き始める。優しく観客を包み込むようなその調べは、まだ心の奥底に彼への敵愾心が残っていた観客席の兵士達の心を包み込み、どこか夢見心地の気分を植え付けていく。まるで小鳥がさえずるような、風に木々がなびくような、そんな自然を感じさせる二つの旋律のハーモニーが、静かに会場中の人々の魂の中に溶け込んでいったのである。

「人間界にも、こんな美しい曲を奏でる者がいるのだな……」

 シャルロットは、二人のハーモニカから流れる音色から、故郷のルブラン王国の光景を思い出していた。そういえば自分も昔、母親に「一族に古くから伝わる歌」を習っていた。敵国との戦いが激しくなるにつれ、すっかり忘れてしまっていたが、彼女の心の奥底にも、確かに「音楽を愛する心」があることを思い出していたのである。
 一方、出場者の楽屋では、次の出番を待つポーラとガイアもまた、その美しいハーモニカの音階に聞き入っていた。ただ、「プロ」であるポーラの場合は、ただ純粋に音楽を楽しむだけでなく、それを冷静に分析しようとする心も持ち合わせていたようである。

「綺麗な曲ね。でも、多分、これは今回の音楽祭向きじゃないわ。クラパチーノ・ファミリーが求めているのは、もっと明るくて陽気な歌。聞いただけで元気が出てくるような歌だもの。残念だけど、選曲ミスね」

 確かに、彼女の分析は正しい。ただ、それはあくまでも「優勝」を目指す者としての視点である。ロートスとオデットは、ただ純粋に「人々の心を癒したい」と思って、この大会に参加したのであろう。そのためだけにわざわざ敵国の大会にまで出向くというのは、少々常識外れではあるが、昨夜のロートスのお人好しそうな様子を見た者であれば、彼が「そういう人間」であることは、容易に想像がつく。

「そういえば、あなた、昨日は色々と大変だったみたいね。寝不足でコンディションが悪いかもしれないけど、でも、私は容赦とかしないから。ゆっくり、そこで聞いてなさい。『傾国の美声』とまで呼ばれた、この私の歌をね」

 ガイアに対してポーラはそう言い放つと、レインが自分の名を呼んだことを確認して、彼女はステージへと向かう。

「みんなー、お待たせー! 今日は私のために集まってくれて、本当にありがとう! 正直、レインが音楽祭を開くと聞いた時は、どうしようか迷ったわ。私、彼女とは昔、色々あったから……。でも、やっぱり来て本当に良かったと思う。だって、こんなにも沢山、私のことを愛してくれる皆と会えたんだから!」

 彼女がそう叫ぶと、観客席から激しい歓声が沸き上がる。ソロライブならともかく、合同音楽祭における出場者の一人としては、かなり自意識過剰な前口上ではあるが、確かに、この会場に集まった人々の多くは、彼女目当ての人々である。いや、正確に言えば、「レインとポーラのファン」が大半を占めていた。実はこの二人は昔は同じグループでバンドを組み、世界中を旅して回っていたのである。

「ポーラちゃん、今はもうベースは弾いてないの?」
「うん。だって、私のベースに合わせられるのは、あなたしかいないもの。そもそも、一人でベースの弾き語りなんて、おかしいでしょう? だから、今は純粋に歌だけで勝負してるの」

 司会者のレインとそんなやりとりを交わしている様子を「昔からの二人のファン」は微笑ましく見守る。一時はかなり不仲説が流れていたこともあり、この二人が揃って同じステージに立っているだけでも、ファンとしては十分に嬉しいらしい。

「じゃあ、みんな、聞いてね。これが今の私の全てだから。私の魂の叫びを、皆の心で受け止めて!」

 そう叫ぶと、彼女は靴を脱ぎ捨て、その靴を両手に持った状態で歌い始める。彼女のお得意のパフォーマンスである。拡声器のないこの世界であるにも関わらず、その圧倒的な声量はステージの外の村人の家々にまで響き渡り、アカペラであるにも関わらず、まるでオーケストラを聞いているかのような多彩な声色が人々の心に入り込んでくる。
 そして、今回は審査員の趣向を考慮した上で「働く人々への応援歌」をイメージした彼女は、まるで踊り出したくなるような陽気な旋律に乗せて、汗を流して働く人々の美しさ、村の人々のために精を出すこと尊さを讃えるような歌詞を、情熱的に歌い上げていく。それはまさに、クラパチーノ・ファミリーが求めていた「仕事のモチベーションを上げる音楽」そのものであった。

「この人のメロディも、なんかどっかで聞いたことあるんだよなぁ。誰だっけ? リンゴ・スターじゃなくて、ジョージ・ハリスンじゃなくて……」

 もしこの場にもう一人地球人がいたら「お前、さっきからわざと外してるだろ」と言いたくなるような、そんな独り言をリナが呟いていた訳だが、結局、彼女がその「誰か」を思い出す前に、ポーラのパフォーマンスが終了する。観客の圧倒的な声援を受けながらステージを降りていく彼女に向かってレインも手を振りつつ、彼女は最後の出場者の名を高らかに呼び上げる。

「では、大トリを飾るのは、昨晩、この音楽祭を妨害する混沌を倒して、私達の大切なこのステージを守ってくれた、グリース男爵領ラキシス村の自警団長・ガイアちゃんです! どうぞー!」

 「グリース男爵?」「どこの国だ?」といった観客のザワついている中、ガイアが「金銀の鍵盤楽器」を肩にかけた状態で現れる。その異様な楽器に観客が好奇の視線を向けると、彼女は華麗な指さばきで鍵盤を奏で始める。そこから流れ出るのは、音楽に精通した人々が多い筈のこの会場内ですら誰も聞いたことがないような、繊細で、軽やかで、透明感に満ち溢れた音色であり、誰もがその音質の美しさに、ただひたすらに度肝を抜かれる。
 そして、幼少期から音楽に慣れ親しんできたガイアのメロディ・センスと、それを七色のハーモニーへと変換するKX-5のアレンジ能力が重なり合った結果、時代も国籍も世界をも飛び越えた、一種独特のケミストリーが紡ぎ出されていく。しかも、そんな独特の技巧に合わせて、「この大会に優勝して、ラキシス村の人々の生活環境を改善したい」という仲間達の想いと、彼女自身の「絶対にポーラには負けたくない」「絶対にリンちゃんは渡さない」という強い決意が込められたその楽曲は、どこか鬼気迫るような独特の雰囲気を醸し出しつつ、他の出場者達とは次元の異なる圧倒的な存在感を放っていたのである。
 それは、一歩間違うと、様々な感情が空回りしたチグハグな音楽になってしまいがちである。しかし、それでも同時に冷静さを忘れないのが、長年にわたって村人を指揮してきたガイアのガイアたる所以であった。彼女は自分の中の様々な感情を、まるでオーケストラの指揮者のごとく統制しつつ、それを「人々を勇気付ける音楽」というあらかじめ想定していたコンセプトに合わせて、絶妙なタイミングで発散していく。無論、それが可能となったのは、KX-5という自己調整を可能とする混沌楽器の存在があればこそなのだが、彼女のそんな絶妙のバランスに基づいた自己統制型の音楽的才能に、彼女をサポートするKX-5も、ただひたすら感服していた。

(やはり、この人こそが私のマスターにふさわしい。マスター、これから先もずっと一緒です)

 演奏に集中しているガイアには、KX-5のその声は届かない。ただ、なぜか観客席のリンだけは、その「楽器」の感情が伝わっていたようである。

「凄いな、ガイア。そして、今のお前には、そいつが必要なんだな……」

 正直、リンとしても、「楽器」に対して嫉妬している今の自分はどうかと思う。ただ、彼(?)がガイアの近くにいることで、ガイアの才能と魅力が引き出されていることは認めざるを得ないし、今の自分にはそれが出来ないことに、やや苛立ちを感じていた。では、今の自分がガイアのために出来ることは何なのだろう? 彼女が今、求めているものは何なのだろう? 彼がそんなことを考えている中、ガイアは演奏を終え、そして会場内は割れんばかりの拍手で溢れかえる。
 そして、審査員席に座っていた一人の屈強な男(下図)が立ち上がり、大声で叫んだ。


「気に入ったぜ、姉ちゃん! アンタの音楽には、誰よりも熱い魂が込められていた。俺達、アンタの所に行くよ! いいよな、お前等!?」

 彼が背後に座っていた男達にそう問いかけると、彼等も一斉に歓声を上げる。どうやら、この男がクラパチーノ・ファミリーの頭領、クラパチーノ(4世)らしい。本来、彼等が求めていたのは、もっと軽快で気楽に楽しめる音楽だったようだが、彼女の音楽に込められた魂の炎が、彼等の侠気に火をつけてしまったようである。
 こうして、会場は再び溢れんばかりの大歓声に包まれて、「第一回マージャ国際音楽祭」は、無事に幕を閉じることになったのである。

6.3.2. 歌姫の再就職

 音楽祭の終了後、ラキシスの面々が笑顔でガイアを出迎えるのを横目に、聖印教会の面々は不機嫌そうな表情で村を去っていく。そして、その傍らにはポーラの姿もあった。

「あーあ、これでまた失業かぁ。さて、次はどこに行こうかしら」

 そう言って、彼女もまた村を出て行こうとしたところで、ラキシスの面々が彼女を呼び止める。彼女に対して最初に口を開いたのは、コーネリアスである。

「ポーラ殿、一つ聞きたいのだが、お主は、聖印教会がアトロポス村で、投影体の鍛冶屋のボルド殿を焼き殺そうとしていたことを、知っているのか?」
「は? 何言ってんの? 知らないわよ、そんなの。どこの村の話だか知らないけど、聖印だとか、邪紋だとか、そういった人達の争いには興味ないの、私」

 コーネリアスとしては、ポーラが聖印教会の本質を分かった上で協力しているのかを聞きたかったようだが、どうやら彼女は、あくまでも彼等に一時的に雇われる形で今回の音楽祭に参加しただけで、別に聖印教会の思想に共鳴していた訳ではないらしい(ちなみに、彼女自身は君主でも魔法師でも邪紋使いでも、ましてや投影体でもない、ただの「一般人」である)。そして彼女曰く、聖印教会側も、古くなった聖都フォーカスライトの聖堂の立て直しのためにクラパチーノ・ファミリーの力を借りようとして彼女を雇っただけで、それ以上の特別な繋がりは無いという。
 そのことを確認すると、今度はルルシェが彼女に一つ、提案する。

「それならば、次はウチの村に来ませんか? ウチには色々と楽しい人達も多いですし、きっと退屈しませんよ」

 正直、「村の良さ」のアピール材料として「退屈しない」というのはどうかと思うのだが、確かに、今のラキシスの状況と彼女の性格を考えた場合、それが一番適切な口説き文句のようにも思える。

「確かに、ちょっと面白そうではあるわね、あなた達。それに、リンリンもいるのよね?」

 そう言われて、リンがまた困った表情を浮かべる。厳密に言えば、彼はアトロポスの住人なのだが、今やラキシスとアトロポスは「グリース」の名の下で統一された一つの「国家」と呼べる関係でもある。
 無論、これに対してはガイアが改めて口を挟む。

「あなた、リンちゃんのことは……」

 彼女がそう言いかけたところで、ポーラはまた小悪魔的な微笑を浮かべながら語り始める。

「彼のことは、学院で初めて会った時から、ずっと気に入ってたのよ。だって、私がいくら誘っても、全然私になびこうとしなかったんだもん。なんかそういうのって、燃えてくるじゃない? ましてや他人のモノだと分かったら、余計に、ね?」

 そう言ってウィンクするポーラに対し、この女を村に入れるのは危険なのではないか、とコーネリアス達は本能的に感じ取っていたのだが、そんなことなどお構い無しに、ポーラは語り続ける。

「でも、今回は私の完敗だわ。一番得意な音楽であなたに勝てないんだったら、もう私があなたに勝てるものなんて…………、顔と、スタイルと、気立ての良さくらいしかないもの」

 そう言ってほくそ笑むポーラであったが、ガイアも余裕の笑みを浮かべながら言い放つ。

「気が合うわね、私も、あなたの歌は大好きよ」

 あっさりとそう返されたことで、ポーラは観念したような表情を浮かべつつ、素直に笑顔で答える。

「分かったわ。じゃあ、これから先は、あんた達の村で歌わせてもらうことにする。よろしくね」

 こうして、ガイア達は村の家々を建て直す大工集団だけでなく、村の人々の心を癒す歌姫をも手に入れることに成功したのである。

6.3.3. 魔法師達の事情

 そんな中、少し遅れてその場に到着した二人の魔法師がいた。

「あぁ、間に合わなかったか、残念だな」

 メガエラの魔法師、ヴェルノームである。そして、彼の傍らにいたのは、彼の最愛の恋人、クリスティーナ・メレテス(下図)であった。どうやら、ヴェルノームは対アントリア使節という名目の上でクリスとのデートを楽しんでいたらしい。そのついでに音楽祭にも足を運ぼうとしていたのだが、一歩遅かったようである。


「クリス姉さん、お久しぶりです」
「あら、ヒュース。あなたもブレトランドに来ていたのね」

 アントリアの実質的な「次席魔法師」の立場であるクリスは、ヒュースやヤヤッキーと同じメレテス一門であり、ヒュースの姉弟子である。そして、彼女が彼女が目の前に現れたということは、当然、警戒しなければならないことが一つある。

「は、放せ! 何をする!」

 コーネリアスが、クリスに向かってダガーを突き立てようとするのを察したヒュースは、ルルシェと共に彼を押さえ込む。非力な二人ではあるが、身体自体が小柄なコーネリアスであれば、なんとかその動きを封じることも出来なくはない。自分の義姉でありに刃を向けるようなことだけは、ヒュースとしては絶対に許してはならなかったし、ルルシェとしても、大国の重臣に刃を向けるような無謀な所業は絶対に止めなければならないと考えていたのである。
 彼等が勝手にそんな取っ組み合いを始めているのを横目に、クリスはその現場に現れた「もう一人の弟」にも挨拶する。ラーテンである。

「お務め、ご苦労様、ラーテン。今回は色々と大変だったようね」
「あぁ、でも大丈夫だったよ、姉ちゃん。この人達が手伝ってくれたからな」

 クリスとラーテンは、魔法師一門としての姉弟ではなく、実の(血縁上の)姉弟である。魔法師は一門に入った時点で、それまでの家族と切り離されると言われているが、それでも、幼少期を共にすごした記憶が消える訳ではない。実際のところ、ラーテンがアントリアに就職出来たのも、実姉であるクリスの口利きがあったから、とも言われている。
 一方、ヴェルノームはヴェルノームで、久しぶりに会った学友のリンに話しかけていた。実は、リン、ヴェルノーム、クリスの三人は、元素魔法科の同期なのである。

「やっぱり、リンが言ってた幼馴染みってのは、君のことだったんだね」

 ヴェルノームは、リンと「そういう雰囲気」を醸し出しているガイアに対してそう告げた上で、ふと昔話を始める。

「リンは学院にいた間、女子性徒とも全然絡まなかったんだ。実は、密かに人気はあったんだけどね。それに、僕等の同期の男子生徒達の殆どは、学年で一番の美人だったクリスに夢中だったけど、彼だけは『故郷に残してきた幼馴染み』にしか興味が無いと言い張っててね。一度、そのことを茶化した学生と本気で喧嘩することになったこともあるくらい、君のことしか考えてなかったみたいだよ。ポーラ嬢の接待役に彼が選ばれたのも、彼であれば一切の下心がないから、という学院側の配慮もあったんじゃないかな」

 サラッと「恋人自慢」を混ぜつつ、ヴェルノームはガイアにそう告げる。実はその「本気の喧嘩」が、リンが以前に話していた「放校寸前まで追い込まれた私闘」のことでもあるのだが、ともあれ、このヴェルノームの話を聞いた上で、ガイアはようやくリンに対する信頼を取り戻しつつある。ただ、それでも、心配の種が完全に消えた訳ではない。学院時代に女性徒から人気があったということは、当然、これから先も新たな「ライバル」が登場してくる可能性は十分にある、ということでもある。
 ガイアはそっとリンに寄り添い、右手の先で彼の左手の指を軽く掴みながら、やや不安そうな顔で呟く様に訴える。

「浮気しちゃ、ダメだよ……」

 いつもの強気で冷静なガイアとは全く異なる「乙女」の表情でそう言われたリンは、思わずそのまま彼女を抱きしめる。そんな二人を、やや赤面しながら遠目に見守る仲間達であった。

6.4.エピローグ

 翌日、クラパチーノ・ファミリーやポーラを連れたガイア達が、ラキシスへと帰るために立ち寄ったアントリアの宿場町の宿屋に立ち寄ると、その一階の食堂では、大工集団の招聘に失敗して、昼間からやけ酒に溺れている聖印教会の者達がいた。彼等は、ラキシスの面々とポーラが一緒にいるのを見て、突然、叫び始める。

「ポーラ! なぜお前がそいつらと…………、さてはお前等、グルだったんだな! ラキシスに優勝させるために、わざと負けたんだな、そうだろう!?」

 そう言って、自分達に向かって殴り掛かろうとしてきた彼等に対し、コーネリアスは、ほくそ笑みながら武器に手をかける。もはや音楽祭も終わった以上、遠慮をする必要はない。しかも、今の彼は「フル装備」の状態である。ようやく、たまっていた鬱憤をここで一気に晴らそうと、この「あらぬ言いがかりをつけて襲い来る者達」への「正当防衛」のための刃を彼等に突き立てようとしたその瞬間、彼のダガーよりも一瞬早く、別の何かが教会員達を吹き飛ばした。

「ウチの雇い主の国で、そうそう好き勝手にやらせる訳にはいかないんだよ」

 そう言って、コーネアリスの前に現れたのは、白狼騎士団の団長、ヴィクトールである。どうやら彼等も、この聖印教会の面々のことを「要注意人物」と認識していたようで、密かに彼等の動向を見張っていたらしい。そして今、ようやく「騒乱罪」の現行犯で捕縛出来る大義名分が整ったことで、割って入ってきたようである。
 いきなり目の前で「獲物」を奪われてしまったコーネリアスだが、そのことへの憤りよりも、今、目の前に「白狼騎士団の団長」がいる、ということに対して、激しい感情の高ぶりを感じていた。実際のところ、もし、コーネリアスが教会員達に手を出していたら、彼もまた「騒乱罪」の適用範囲となっていたことを考えると、本来ならば彼としては、このタイミングでヴィクトールが介入してきたことに感謝すべきなのだが、そんな冷静な判断がコーネリアスに出来る筈もない。
 しかも、そんなコーネリアスの神経を更に逆撫でするようなことを、ヴィクトールが口にする。

「お前のその刃に込められた魂、形は全然違うが、俺は以前、確かに感じ取ったことがある。お前……、アウグストの息子だな?」

 その一言が、完全にコーネリアスの心に火をつけた。彼は一瞬にして隠密状態となり、ヴィクトールに向かってその持てる全ての刃を突き刺そうとしたが、それよりも一瞬先に、ヴィクトークの大剣が彼を弾き飛ばし、酒場の壁に叩き付けられる。

「アウグストは強かった。一歩間違えば、倒されていたのは俺の方だっただろう。あれほどの騎士は、大陸にもそうそういない。敵ながら、殺すには惜しい人物だった」

 どうやら、コーネリアスの父アウグストを直接手にかけたのは、この男らしい。そのことを知ったコーネリアスが再び、彼に対して襲いかかろうとするが、その時、謎の力が彼の身体を押しとどめる。

「その人と戦っちゃ、ダメ!」

 そう叫んだのは、リナである。どうやら、本能的に「このまま戦えばコーネリアスが死ぬ」と察した彼女の想いが具現化し、コーネリアスの動きを封じ込めてしまったようである。

(これが「地球人」の力か……)

 仲間達がそう実感して驚く中、ヴィクトールは食堂の人々に騒がせたことを詫びた上で修理費となる金貨を手渡し、そして動けない状態のコーネリアスに対して、こう告げる。

「まだ早い。今のお前では、アウグストの足下にも及ばない。だから、そうだな……、五年待つ。五年後までに、俺と戦えるだけの強さを身につけてこい。そしたら、また相手してやる」

 そう言って、聖印教会の面々を部下に捕縛させた状態で、彼は宿屋を出て行こうとする。本来ならば、コーネリアスも捕縛対象となる筈なのだが、この件に関しては「挑発した自分」にも責任があると考えたようで、不問に付すつもりらしい。

「最後に、もう一つ言っておこう。俺達の雇い主、ダン・ディオードは、もっと強いぞ。少なくとも、この俺の『二割増』くらいにはな」

 その一言がコーネリアスの耳に届くと同時に、更に立ち上がって追いかけようとした彼は、気を失ってその場に倒れる。どうやら、最初の一撃で吹き飛ばされた時点で、既に彼の身体は限界に達していたようである。リナが彼に駆け寄ってその傷を「地球人ならではの独自技法」で癒す一方で、シャルロットは不審な視線を向ける食堂の人々に対して、「エルフの上流階級ならではの丁寧な言い回し」で謝罪して回ったことで、この村の正規の警備隊を呼ばれることなく、どうにか穏便に事態を終わらせることが出来た。
 こうして、なんとか「想定外の危機的状況」を切り抜けた(見逃してもらえた?)彼等は、それぞれの想いを胸に、ラキシスへと帰還する。そして彼等は、ゲオルグがエーラムから帰ってくる前に、見違えるような「新生ラキシス」を築き上げることを目指して、それぞれが「村の発展のために自分達が出来ること」を考えつつ、日夜努力に励むのであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年09月24日 03:46