鋼の雫-Advance
-Epilouge-
P.M.10:13分
-ニューデイズ/ミズラキ保護区.深部/アギトの家-
「ハンク様?ハンク様?どちらにおられますか~?」
細い通路に私の声が木霊す。明かりは一応付いてはいるものの…。
「……広すぎるし…静かだし…怖すぎだよ…ここ…」
私達は今、アギトさんの家でお世話になっている。
-否、これは家と言うより……隠れ家みたいな物だ。
ミズラキ保護区に立てられた旅館の廃墟…。
”SEEDの影響でゴウグが凶暴化する前は随分繁盛していた様だが、
ゴウグの凶暴化により廃棄せざるを得なかったんだろうな”
アギトさんの言葉を思い出す。
まぁ、確かにここは隠れるには持って来いの場所だろう。
辺りには凶暴化したゴウグが潜んでいるらしいし、何より…出るらしい。
だから滅多な事がない限り、一般人は寄り付かないとかなんとか……。
「それにしても……、ご主人様、何処に行っちゃったんだろう……」
ご主人様を取り戻してから約4日が過ぎた。
ご主人様は大抵、朝昼夕方と自室で寛いでるみたいだけど何故か夜になると急に居なくなってしまう。
一体、毎夜毎夜何処に行っているんだろう…。
「ちょっと、410、あんたこんな所で何してるの?」
「きゃぁっ!」
「ひゃぁっ!な、何よっ!?」
私があれだこれだと頭の中で色々と考えていると451さ…いえ、セラさんが突然後ろから話しかけてきた。
一体いつの間に此処に着たんだろう…。
「びびびび、びっくりさせないでくださいよ!」
「びっくりって、あたしは脅かしたつもりは無いけど……」
「そ、それでも驚いたんです!もう、止めてくださいよ!気配も無しに背後に立つの!」
「わかったわかった…そう怒鳴りなさんな」
「もう……」
コホン、と技とらしくセラさんは咳払いをすると改めて私に聞いてきた。
「んで、何してるのさ」
「それが……、ハンク様がまた居なくなってしまって……」
「死神が?」
「はい…。毎夜毎夜、これぐらいの時間帯に何処かへ行ってるみたいなんです。セラさん、何処に居るか知りませんか?」
「……死神なら屋上に居たけど?」
「えっ?ほ、本当ですか?」
「嘘ついてもしょうがないでしょーに……。屋上でボーっと夜空を眺めてたわよ」
「あ、ありがとう御座います!早速行ってみます!」
あたしの横を通り過ぎ、屋上へ向かう410。
「ねぇ、410。振り向かなくて良いから、そのまま聞いてくれる?時間は取らせないわ」
「……?-、何でしょうか?」
-あたしは、何故か聞きたくてたまらなかった。
「あんたさ……、悲しくないの?」
「悲しい?」
「折角逢えた愛しのご主人様が、あんな状態なのよ?悲しくないの?」
「……………」
「どうなのよ」
「……正直を言うと…少し…寂しいです」
「……………」
「でも、良いんです。ハンク様はここに居る、私もハンク様に奉仕する事が出来る。
私はそれで十分、幸せです」
-沈黙…。窓の外からは虫の鳴き声が聞こえる。
「本当に……それで幸せなの?」
「……………」
「あんた本当は、死神に呼んで欲しいんじゃないの?”ステラ”ってさ。
本当は、抱いて欲しいんじゃないの?死神に。”好きだよ”ってさ」
「……………」
「どうなのよ?」
「……良いんです…私は、ハンク様の傍に居るだけで…………」
「…………なんでよ」
「…?」
「なんでそんな簡単に諦められるのよ!-ぶっちゃげて言うけど、あんた死神の事好きなんでしょ!?」
「……」
「あれだけ戦って、あれだけ苦労して、あれだけ傷ついて、-…やっと逢えた愛しい”人”なんでしょ!?
どうして、そんな簡単に諦められるのよ!」
何故かあたしはムキになって怒鳴っていた。-あたしの事じゃないのに。
あたしの質問に、410は震えるような声で答えた。
「……ハンク様が…、私の事を覚えていないんじゃ…仕方ないです」
「……仕方ないって…あんた…」
「……もう行きますね…、失礼します」
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさ-!」
-ゴチン。……あたしに何か重たいものがぶつかった。別に痛くは無かったが。
あたしはゆっくり後ろを振り向く。
「人様の関係に土足でズカズカ進入するような事をするんじゃない」
-アギトが居た。片手にはちょっと大き目の酒瓶…。これであたしの頭を叩いたんだな…。
-って、ちょっと待て。あたしと410は背中を合わせるようにして立っていたのよ?
何で410とあたしの間に、あんたが居るのよ?
「何か言いたそうな顔だな-。まぁ、話は後で聞いてやる。-それより……ステラ」
「……何でしょうか」
「嫌な思いをさせて悪かったな。こいつには後で俺がしっかりとオシオキをしておいてやる。
-ハンクならまだ屋上だ。早く行ってやれ」
「……心遣いに感謝します…アギトさん…」
かすれた声でそう言うと、410はこちらに振り向かず、屋上へむかって走って行ってしまった。
「………どう言うつもりだセラ」
「……何が」
「ステラにあんな事を尋ねるなんて、どう言うつもりだ、と聞いているんだ」
「……あんたには関係ないじゃん」
「…確かに関係は無い。-、だが精神的にステラを追い詰めるような事だけはするなよ」
「……わかってるよ」
「…ふむ…なら良い。-…ところで、セラ、暇か」
「…は?」
「時間を持て余しているか、と聞いているんだ」
「そりゃ暇って言えば暇だけど……」
「よし、決定だな。なら俺に付き合え。久々に酒が手に入った。今夜は飲むぞ」
「酒って…アルコールの事?」
「それ以外に何がある」
「あたし……飲んだ事無い。-美味しいの?」
「さぁな。美味いか不味いかは人それぞれだ」
「まぁ……良いか。別にやる事無いし、付き合ったげる」
「嫌だと言っても無理矢理付き合わせる気だったがな」
「あ……そ…。で、どこで飲むのよ?」
「俺の部屋に決まっているだろう。それとも何か、お前はこんな詰まらん廊下でチビチビ酒を飲みたいとでも言うのか」
「……一々一言多いのよ、あんた。この馬鹿ニュマ男」
「お前こそ、その毒舌をいい加減治せ。後、俺の名前はアギトだ。
お前の事も451では無く、しっかり名前で呼んでやってるんだからいい加減俺の事をバカニュマ男と呼ぶな」
「なーに?あんたも死神みたいにあたしに”ご主人さまぁ~ん”って呼んで欲しいわけ?」
「…いい加減、お前にはお灸を据えてやる必要がありそうだな」
「上等よ、いつでも掛かってくれば?返り討ちにしてあげるから」
「……全くお前は…」
「あんたこそ………」
騒がしい2人の口喧嘩が静かな廊下に響く-。
だけどその口喧嘩にお互いを嫌いあっている雰囲気は一切無い。
喧嘩する程仲が良い-つまりは、そう言う事なのだろう。
451がアギトから名前を貰っている事が-何よりの証拠だ。
P.M.10:02分
-アギトの家/屋上-
天の川を照らす星屑の煌めき-。僕はその星屑の煌めきを体に受けようと屋外に出ていた。
何処からともなく聞こえてくる虫の泣き声-川のせせらぎ。夜にしか解らない風情というのも、ある。
「あ!ハンク様!ここにおられましたか!」
僕の背後から声がする。少女の声だ-。彼女か。
「今晩は、ステラさん。どうかされたのですか?」
「どうしたのですか、じゃありません。ハンク様、私は毎夜毎夜、心配していたのですよ?
無言で部屋を抜け出す貴方の事を!まさかこんな所に居るとは思ってもいませんでした」
ぷんすか、と頬をわざとらしく膨らませ起こった表情を作る私。
「それは…申し訳ない事をしました…。謝罪します……」
申し訳無さそうに頭を下げるご主人様。
「そ、そんな、あ、謝る事の程でもありません……が…」
「いえ、良く考えれば私は身勝手すぎました。貴方は私の身を心配してくださっているのに僕ははそれに気づかず身勝手な行動を取る。
僕が謝るのは他から見れば至極当然の事です」
「い、いえ…別にそう言う問題じゃ……。そ、そんな事よりハンク様!」
私は耐え切れず、話題を変える為に話をはぐらかす。
「はい、何でしょう。ステラさん」
ご主人様もそれを察したのか、すぐに返事をしてくれた。
「毎夜毎夜何をしておられたのですか?こんな所で。お風邪を引かれますよ?」
「心配してくれてありがとう…。僕は毎夜…ここで、星を見ていたのです」
「ほし……?」
「はい。-僕にも何故だか解りません。僕には過去の記憶が一切無い。
僕が知っているのは4日前、僕が目覚めた時に貴方達が教えてくれた事だけです」
「………」
-4日前。ご主人様は目を覚ました。それも至って普通に。
-私とアギトさんは、ご主人様が戻ってきた事に歓喜した。
-だけど…ご主人様の第一声は-……。
「貴方達は、誰ですか?」
-正直私はその時、何を言えば良いのか解らなかった。
-言いたい事は沢山あったのに。
-アギトさん曰く”本人は自分の名前すら覚えてない。恐らく軍に記憶を弄られたんだろうな”と言う事らしいです。
-混乱を招くのを防ぐ為に、昔の事を教えるのは止めよう、という事になりました。
-だからご主人様は…私の事も覚えていないのだ。
-今のご主人様からすれば、私はただの”自分を慕う女の子”でしかないのだ。
「あの……、ステラさん?大丈夫ですか?」
「えっ!?あっ……は、はいっ」
どうやらご主人様の話を聞かず、私は自分の世界に入り込んでいたらしい。
目頭が少し熱かった。
「何故か僕自身でも解りません-…。ですが、僕は気がつくと毎夜、ここに居るのです。星を見るために」
「星を……見るために…?」
「はい、そうです」
-ご主人様の好きな事は、星を見る事。
-記憶は無くしているけど…やっぱり、ご主人様はご主人様なのだ。
-ご主人様が私の傍に居てくれると言う事はとても嬉しい。
-、けど同時に……悲しい。
-もう、昔のご主人様の記憶は戻ってこないんだ、と。
「うっ………うっ…ハンク様…ぁ……」
気づけば私は涙を流して泣いていた。
「ス、ステラさん?ど、どうしたのですか?急に泣き出して……」
「うっ……き、気にしないでください……、うっ…ちょっと昔の事を思い出していた…だけ…うっ…なので…」
私は溢れ出る涙を懸命に両手で拭き取る。
「いえ、気にします。僕はステラさんに泣かれるのが辛い。貴方に泣かれると、僕も何故か悲しくなる」
「……ハンク様…?」
「お願いだから泣くのを止めてください。貴方の泣き顔は見たくない…」
「……じゃぁ…一つ我が儘を言って…よろしいでしょうか…」
「…?-、我が儘?」
「ハンク様………あの……」
「…な、なんでしょう?」
「私を……その……だ…、抱っこしてくれ…ませんか?」
言ってて恥ずかしいのだろうか。-彼女の顔が一瞬にして紅潮した。
「だ、抱っこ…ですか?」
「………だめ……です?-きゃっ!」
私を赤ちゃん抱っこするご主人様。
-恥ずかしい。…けど、懐かしい…温もり。
「僕でよければ介抱なんて幾らでも」
-そう言うとご主人様は私の頭を撫でてくれた。
-つい昔の事を思い出し再び目頭に涙がたまる。
-私はご主人様の胸に顔をうずくめる。
「ハンク…様……」
-懐かしい、ご主人様の香り。
「ステラさん、そのままで良いから聞いてください」
「………?」
「僕は自分の記憶が無い。だから僕が以前ステラさんとどの様な関係にあったのかは解らない…」
「……ハンク様…」
「-、だけど、だけど…僕達にも未だチャンスはあると思うのです」
「…チャンス?」
「僕は貴方の事が好きだ」
「……えっ?」
「僕は、貴方の事が好きだ。曖昧な記憶が混合している僕だけど、この気持ちだけは本当です」
「……ハンク様…」
顔を微笑ませる主人様。
-その笑顔は反則です…。
-私が貴方に一番、言ってもらいたかった事をそんな笑顔で言ってくれるなんて…。
「だから…その……、ステラさんが構わないなら……今からでも…やり直せる…と思うのです」
「…………」
「や、やっぱり駄目ですか?」
「……駄目なわけ……ないじゃないですか」
私は涙を拭いて答えた。
「ステラさん……」
「私がこの世で愛する人は唯一人…、ご主人…否、ハンク様、-あなた、だけです…」
「………良かった」
-そうだ、寂しがる必要なんてどこにもない。
-悲しがる必要なんてどこにもない。
-私は今、ご主人様の傍に居るんだ。
-記憶が無くたって、ご主人様は今私の事を愛してくれている。
-私の事を愛してくれてなかったら、こんな優しい抱き方はしてくれない。
-私はご主人様の事が大好き。
-ご主人様も私の事を愛してくれている。
-それで…十分じゃないか…。
「ハンク様……」
「ステラさん…」
美しい星屑と月の光が私達を照らす中、私達は、唇を重ねた。
あの時と同じ様に。
-やり直せると良いな。ご主人様と。
-否、やり直すんだ。
-前みたいにもう、道は踏み外さない。
-否、踏み外させない。私が。
-ずっとご主人様と一緒に居るんだ。
-絶対だ。
<ハガネノシズク>
<Be end>