鋼の雫-Advanced
A.M.04:15分
-軍研究施設・B3F-
「-ッてェ!」
その掛け声と共に、5人のキャスト達が手にしたグレネードを同時に、私達に向かって発砲してきた。
-わずか数十秒前、私達は階段を降り切ってB3Fに到着した。
-目の前の通路をアギトさんの案内通りに走り、左折。
-そして、この掛け声。-待ち伏せされていたのだ。
一斉に飛んでくる大量のグレネード。こんな物を身に浴びたらいくらキャストの私でも完全に大破するだろう。
アギトさんに至っては肉片すら残らないかもしれない。
-だけど。
チーフと思われるキャストが掛け声を掛けてから僅か数コンマ。
私は再び打開策を瞬時にして思い浮かべた。
「アギトさん!邪魔!」
ドンッ-!
飛んでくるグレネードの弾を目の前にして硬直していたアギトさんを私は後ろへぶっ飛ばす。
そして手に持っていたクレアダブルスをナノトランサーの中へ放り込み、代わりにジョギリを引っ張り出す。
-この打開策において私を助けた事は2つ。
-1つはグレネードの弾速が遅い事
-1つはグレネードがキャストによる完璧なタイミングで一斉に撃ち出された事。
「ええええええええええい!これでどうだぁぁあああああああ!!!!!!!!」
-ブゥォゥンッ!
手にしていたジョギリに精一杯の力を込め、その場で地面に向かって水平に大回転をする。
「トルネェェェェェェエドォオオオオ・ブレイクゥゥゥゥ!!!!!」
-ドガンボゴンゴシャンベギャン!
私は、遠心力を利用し大ゴマの様に大回転・ジョギリを使って飛んできたグレネードの弾丸を全て弾き返した。
弾き返されたグレネードの弾丸は壁・床・天井で炸裂する。
「-アギトさん!今です!-…ってアギトさん!?」
何とアギトさんは気を失っていた。
-恐らく、さっきアギトさんをぶっ飛ばした時の力が強すぎたのだろう。
-私にぶっ飛ばされたアギトさんは頭を強打して気絶したのだ……きっと。
「-もう!肝心な時に何で気絶してるんですか!アギトさんのばかばかばか!」
振り返る-。弾丸を跳ね返されて少々怯んでいたキャスト達が再び陣形を立て直し、グレネードを構える。
-こうなったら、イチかバチかだ!
「-第2射…放てッ!」
-再び一斉に発射されるグレネード。
「なぁめぇるぅなぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
-ガシャン。
異空間から転送された、超巨大なバルカン。-人はそれをSUV兵器と呼ぶ。
何とステラは、キャスト用に改造されたSUV兵器を転送したのだ。
「えぇぇぇい!」
-ダダダダダダダダダッダダダダッ!!!!
大量の大口径弾丸がSUVウェポンより吐き出される。
その弾丸は迫りくるグレネードを打ち壊し、その後ろに居るキャスト達でさえも貫いた。
弾丸の餌食になる5人のキャスト達。彼らは、叫び声も上げられないまま絶命した。
A.M.04:23分
-軍研究施設・B3F-
-ジョボボボボ。
大量の水が床に溜まっている。大量の水が壁から、天井から、流れ出ている。
-さて、俺にはこの状況が理解出来ない。
B3Fに到着して、少し走った後-曲がり際でキャストが待ち伏せをしていた所までは覚えている。
だが、そこからの記憶が無い。
「-で、これはどう言う事だ?」
「も、申し訳ありません-弁解の余地無しです……」
「全く……室内でSUV兵器をぶっ放すPMなんて聞いた事が無いぞ…」
「も、申し訳在りません」
室内でステラがSUV兵器をぶっ放したお陰で、どうやら給水官が破損したようだ。
さっきから壁や天井から水が流れ出ているのもそれが原因だろう。
尤も…俺はその水を頭から被って、目が覚めたんだけどな-。
「いくらハンクを助けたいからと言っても、コレはやりすぎだ」
「も、申し訳在りません…」
ポコン、とウォンドでステラの頭を叩く。
「まぁ、これ以上口論を続けても時間が無駄なだけだな-…先へ進もう。目的地は近い」
「はいっ!」
気を取り直して、奥の通路へ進もうとしたその時だった-。
「ステラ-」
「……解っています」
-パシャッ、パシャッ、パシャッ……。
通路の奥から、誰かがこちらへ向かってやって来る-。
薄暗くて姿は見えないが…この足音からすると、キャストではない-。
俺達は武器を手に身構えた-。
-パシャン。
通路の奥からやって来たのは-ステラと同じ-パートナーマーシナリーだった。
何処か幼く見えるその顔は冷たい笑顔を孕み、こちらを凝視している。
-酷い殺気だ…。
-睨まれているだけなのに…膝が-。
「パートナー…マーシナリー…?」
「GH-450……?」
俺も、ステラも疑問に思ったのだ-。
確かに目の前にいるのはパートナーマーシナリーGH450-。
ステラとは違い、テクニックに長けたPM-だが何処か彼女は、普通のGH450とは違う雰囲気をしていた。
何故なら、彼女が着ている洋服はGH450の既製服の赤と黒ではなく、ピンクと白なのだ。
さらに、頭には羽飾りのようなアクセサリー。-完全にカスタマイズされたGH450なのか…?
そして-マスターと思われるべき人物が何処にも居ない。
俺達が武器を持って構えていると-とうとう彼女は口を開いた。
「あんた達が-侵入者?」
武器をナノトランサーから取り出す素振りも見せず-。
「侵入者だとしたら-どうするつもりだ」
俺は静かに口を動かす。
「なんだ…つまんないなぁ…。
私が起こされるくらいだから余程凄い侵入者だと思ったのに…。ちょっとがっかり」
そう言うや否や、はぁ、と溜息をつくGH450。
「お前-…俺達を捕まえに来たんじゃ…無いのか……?」
未だに俺は彼女の行動が理解できない。
-つまらない?
-がっかり?
彼女は俺達に何を望んでいたんだ?
「そうだけど~さ…。あたし、ぶっちゃげ、争い事って嫌いなのよね」
「何だ…と?」
ますます俺は彼女の言っている事が理解出来なくなった。
ステラも、困惑の表情を隠す事が出来ない。
「だから-さ、私と取引しない?」
「-取引…だと?」
「そ、取引」
-相手が何をしようとしているか解らない以上、こちらから手を出すのは危険だ…。
-ならば様子を見るしかない。
「-何が欲しい」
俺は静かに口を開いた。
「えっ-アギトさん!?急に何を-」
ステラの口元を手で押さえ黙らせ、黙ってろ、とジェスチャーをした。
「ふふっ、流石ニュマ男ね-賢い選択だわ」
「御託はどうでも良い。要件を言え」
「せっかちなのねぇ……女の子に持てないわよぉ?」
「-余計なお世話だ」
「くすくす…冗談よ。怒らない怒らない♪」
-耐えろ、俺。
「-要件は?
「そんなに難しい事でも無いわよ-…」
”あたしはあんた達を見逃してあげる。だから、このまま180度ターンをしてさっさとお家に帰りなさい。
お互い失うものも無くてハッピーハッピー♪でしょ?”
「…………お前…俺達の事をナメてるのか?」
流石に、俺はそう言わざるを得なかった。
-見逃してあげる、だと…?
「それは取引とは言わない。第一、お前にはメリットがあるが俺達にメリットが無い」
「あら、何言ってるの、在るじゃないの」
「-何だと?」
そう言うと、GH450はクスッ、と笑って口を開いた。
「あんた達がこの取引に賛成すれば、あんた達、命を失わなくて済むのよ?
そうね、例えるなら-……捕食者が捕食する者を逃がす感じ?こんなに素敵な取引、無いと思うけどな~」
「……捕食者…だと…?何だ?つまりお前は捕食者で、俺達は捕食される者か?」
「そ、そう言う事になるわね」
「テメェ-……!」
俺はとうとう、我慢しきれなくなって目の前にいるGH450にフォイエを一発ぶちかましてやろうと、身体を動かそうとした。
「あ、そうそう。動かない方が良いわよ」
「-何?」
「残念だけど、あんた達は既にあたしの張った罠にハマってるの。-動いたら…死ぬよ?」
「-動いたら…死ぬ…だと?」
-俺には到底信じられなかった。目の前にいるGH450が俺達よりも素早い機動力を持ってるとも思え無い。
かと言って、別に武器を隠し持っている様子も無い-……ハッタリか?
「別に動いても良いのよ?あんた達が死んでも、あたしにデメリット無いんだし」
「-……どう…思う…ステラ…?」
ふと思い出したように、俺はステラに聞いた。
「解りません-…だけど…彼女のあの微笑-何か気になります-」
「俺もだ…。…クソッ…こんな所でボヤボヤしてたら警備兵がまた…」
俺達の会話を聞いていたのか、GH450はそっけなく言った。
「あぁ、警備兵ならもう来ないわよ。あたしがここに居るから-」
-その言葉に耐え切れず、俺はキレてしまった。
-戦場にて一番やってはいけない事…冷静さを失う事。
「テメェ!先刻から一体何を言っていやがる!!」
俺の怒鳴り声にビクン!と身体を振るわせるステラ。
「あたしがいるから警備兵が来ないだと!?自意識過剰にも程が在るぞ!」
「-あ、アギトさん…-落ち着いて…!」
「何者だテメェ!」
怒り狂う俺とは裏腹に、いまだに人を舐めきった薄笑いを止めないGH450。
「-くすくす…。普通、自己紹介は自分からじゃない?」
「テメェ…何処までも-人をおちょくりやがって……!」
動きたい-。すぐにでも俺のテクニックをあの生意気そうな顔に打ち込んでやりたい-。
だけど-何か引っかかる。あの、笑顔と余裕さ。
「冗談よ-……」
一呼吸置いて、目の前のGH450は口を開いた。
「あたしはPM/GH451。GH410とGH450のハイブリッド種。コードネーム”氷点下の女王”。そして-」
ブリザード クイーン
-沈黙。
-俺の脳裏に、一つの”単語”が浮かび上がる-。
-それは、出発する前にクラウド9が俺に告げた言葉だ。
「まさか…お前…、-One of Thousand…なのか…?」
俺の口出しに、きょとん、とした眼をするGH451。
「あれ…何だ、つまんないの。あんた、あたしがワンオブサウザンドって知ってたんだ?」
-まさか、本当にワンオブサウザンドだなんて。
-クラウド9…お前の情報は正しかったよ。
絶望している俺に、横からステラが話しかけてきた。
「あの……アギトさん…その、ワンオブサウザンドって何なのでしょう…?」
俺は静かに口を開いた。
-One of Thousand
GRM社で作られているパートナーマーシナリーの中、一千体に1体の割合で発見されるパートナーマーシナリーの事を言う。
そのPMは普通のPMの一千倍のスペックを持つと言われている-。
発見された場合、あまりにも危険すぎるためGRM社によって回収・廃棄される。
その為、ワンオブサウザンドの情報が世間に出回る事は滅多に無い-…。
-ハイブリッドPM
PMの更なる能力向上を求めて開発されたPMで、PMの中でも異端的な存在。
未だに成功のめどが立たない為-このプログラムは中止になったと聞いたが…。
「本当にあいつがO.o.Tで尚且つハイブリッドPMだとしたら-非常にマズイ…!
「そんなに……戦力に差が在るんですか-?パッと見、GH450と変わらないように見えますが…」
「敵を見かけで判断する事程、愚かな事は無いぞ-…」
「はいはーい、お話はここまで」
パンパン、と両手を叩き、俺達の会話を止めるGH451。
「で、どうする?帰る?」
「………クソッ…」
-俺はコレが理解できない。
-ハイブリッドとワンオブサウザンドが重なる等という事は在り得ない……。
-だが奴がもし、本当にワンオブサウザンドであり尚且つハイブリッドPMだとしたら……。
-奴は言った…”俺達は動くと死ぬ…”。
-だが、本当にそんな事が可能なのだろうか?
-"あたしの罠に掛かっている”…罠とは何だ?
-あいつは”争う事が嫌いだ”と言っていた。コレが本当なら、奴が俺達を殺す場合、近接武器は使用しないだろう。
-では遠距離武器?テクニック?
-否、あいつは武器を手にしていない。
-ナノトランサーが便利だからとは言え武器を持っていなければ攻撃は出来ない…。
-…一体…何なんだ…?
「アギト……さん」
「-なんだ」
「-私が彼女を食い止めておきます-その間にアギトさんは奥の部屋へ…」
「-無理だよ、あんたじゃあたしを止められない」
GH451が横から口を出してくる。
-あいつは自分の事を”氷点下の女王”と言っていた…と言う事はバータ系のテクニック使いか…?
「そんな事!やってみないと解らない!」
「はぁ-、面倒だね……。なら好きにしなよ…あたしは一応、警告はしたからね」
「くっ-………何処までも私達を舐めて……!」
ぐぐっ、とステラの握り拳に力が篭もる。
-待て…バータ系………?…氷…?…凍結……?
-罠…?動く…?
-俺は、足元に目をやった。
「-水…たまり……?」
-氷…凍結…水溜り…動くと…死ぬ……罠。
-待て……もし奴が…ウォンドやロッドを装備しなくてもテクニックを使えたら…?
-そして、コレに共通する事は………ッ!?
--まさかッ!?
「ほらほら、どうしたの?私を食い止めて置くんじゃなかったの?」
人差し指をクイクイ動かし、”掛かって来いよ”とジェスチャーを作り、GH451はステラを挑発する。
「くっ……………もう我慢出来ません!御免なさい!アギトさん!」
そう言うとステラは、ナノトランサーからジョギリを取り出し、スピニングブレイクの構えを取るッ!
「-待て!動くな!罠だ!ステラッ!!!!」
俺は咄嗟に大声を出す-だが、手遅れだったようだ。
「-え?」
-ぱしゃん……、ステラの片足が、水面を強く叩いた。
「残念。動いちゃったね」
嬉しそうな、残念そうな声でGH451は呟いた。
-バキバキバキバキバキバキバキバキッッッッッ!
今まで液体として溜まっていた水。漏水で湿っていた壁、天井。
それらが一瞬にして凍りつき、俺達に氷の牙を向けた-。
「くッ!やはり過冷却かッ!!こりゃ、テクニックなんてレベルじゃねーぞッ!!!!!」
-ドッ!……。
鈍い音が響いた。
-ステラの腹がが、刃と化した氷に貫かれた。
-声も上げずに絶命するステラ…。
-最早俺には一刻の猶予も無い。
「クソッ!-ギ・フォイ-……!」
俺はギ・フォイエを自分の周囲に放ち、迫りくる氷の刃の威力を弱めようとした。
-だが、遅かったようだ。
-ズブッ!…………。
「あ”ッ………くッ………」
-ダパパパッ…。
腹の奥から湧き上がってくる熱いモノ-…。
俺は、巨大な氷柱に腹を貫かれ盛大に吐血した。
貫かれた腹から、徐々に凍結し始める俺の体-。
「ここ……まで…か-…す…ま…ん…ハン-…ク」
薄れ行く意識の中-俺はGH451が悲しそうな目をして俺達の事を見ている事に気づいた。
-そして俺は…意識を失った。
A.M.04:38分
-軍研究施設・B3F-
目の前で力を無くし絶命するニューマンの男……。
ピピッ-ピピッ-。
誰かがあたしの事を呼ぶ…。あたしは通信機の電源を入れた。
「-誰」
「私だ-。ご苦労だった。後は私達が処理をする。お前は戻れ」
あいつだ-。いつもと同じ、一方的な通信…。
あたしはまた、あの冷たいカプセルの中で眠る事になるのだろう。
そして、また目が覚める時はこうやって、誰かを殺す時なのだろう。
「……………」
もう、いやだ-。
「-GH451…、聞いているのか。応答しろ」
「-聞いてるわよ」
「ならばすぐに戻れ-すぐに警備隊をそちらに向かわせる」
もどりたくない。
「-いや」
「-…何だ……と?」
「正直言うとね、もうあんたに、玩具みたいに使われるのは十分なのよね。
自分で手に負えないエネミーはあたしに処理させて、処理が終わったらあたしを眠らせて。
あたしは、あんたの玩具じゃないの」
「-GH451。帰還しろ。黙って帰還すれば今の言葉は聞かなかった事にしておいてやる」
「何度でも言ってやるわよ。嫌。あんたに付き合うの、飽きた。
って事で、あたしはこれからこいつらの味方に付く事にするわ」
「-GH451………貴様……裏切る気か」
「裏切るも何もあたしはあんたの配下に付いた覚えなんて一度も無いわよ。バカジジイ。じゃあね。いつか殺してやるから」
-ピッ
あたしは言うだけ言って返事も聞かず、通信機の電源を切った。
これで……良いんだ。私は……私のやりたい事をやる。
「まずは……コレをどうにかしないとね」
そう言うと、凍結した2体の死体をあたしは担ぐ。
-見てろよ、クソジジィ。あたしを今まで玩具のように扱った事を後悔させてやる。