鋼の雫-06
パルムの郊外に古びた廃墟の郡集がある。
SEEDの汚染により廃棄せざるを無くなったパルムの一部だ。
ガーディアンの浄化により今は沈黙を保っている。
誰も近づかない沈黙の街と同時に、俺が忘れる事の出来ない大切な街でもある。
「-よくお前と此処で愚痴り合ったな」
何もかもが懐かしく感じる。たった2ヶ月しか経っていないのに。
それだけ俺が不毛な時間を無駄にしてきたと言う事だろうな。
ステラと過ごした時間だけを抜いて。
此処から見える星空は俺が好きだ。
と言うより俺は星が好きだ。
美しきもの…星。-、だから俺はお前にステラって名前を付けたんだ…。
「家に戻る気がしねぇ……」
家に帰ればステラが待っている。
きっとまた満面で、最高の笑顔で「お帰り」と言ってくれるだろう。
俺も、ステラの笑顔をもう一度見たい。
「今日は……此処で寝る事になるのか…な」
ザザッ……、俺の頭の中にノイズが流れた。
また、奴がやって来る…。俺を殺しにやってくる。
「正直、辛ぇ…」
片方ではキャストを恨んでいるのに。
片方ではキャストを愛したい。
2つの思考。
俺に迫るジレンマ。
どちらを選ぶべきなのか。
「……辛ぇよ」
-
ギシッ…ギシッ…。廃屋の中を歩く度に古くなった木造の軋む音がする。
幾らパル・ウッドで作られていたとはいえ、流石に此処まで古くなると耐久は心ともない。
ステラは足元に注意しながら、暗い廃屋の中を進んだ。
「……、ご主人様のカードを詮索したら此処が出たけど…本当にこんな所に居るのかな…?」
辺りを見回す。…古い、古すぎる。
天井を見れば蜘蛛の巣が、床を見れば穴と苔。
バキッ!
「きゃっ…!」
床が急に陥没した。
「びびびびび…びっくりしたぁ……」
ほっ、っと安堵の溜息を吐き、前へ向かって歩こうとしたら途端-
「誰だ…?」
上の階から声が聞こえた。聞き前違えるはずが無い。あの声は…ご主人様の声だ!
「ご主人様!」
私は叫び、古くなった床などお構い無しに走り始める。
目の前の階段を駆け上がり、扉を開ける。
「ご主人様!」
再び私は叫んだ。やっと見つけた。私のご主人様。
「ス…ステラ…?-、どうしてお前が…此処に居るんだ…?」
私がここに居る事にたいそう驚いている様子のご主人様。
-酷いなんてレベルで、済めば良いがな。
急にフラッシュバックするアギトさんのあの言葉。
「ご主人…様ぁ……」
「ステラ……?」
「うっ…うっ…うわぁーーーーん!!」
耐え切れず、私は目の前に居るご主人様に向かって抱き付いた。
御免なさい。ご主人様。貴方がキャスト嫌いなのは解っています。
でも、今だけは…今だけは…。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
私はひたすらご主人様に向かって、”ごめんなさい”と呪詛のように言い続ける。
「お、おい…どうしたって言うんだ…?」
聞くべきでは無かったんだ。やっぱり。
私は自分の愚かさに、腹が立つを超えて呆れてしまった。
-後悔するなよ。
アギトさん…御免なさい。私…約束護れそうに無い…。
こんな事…秘密にするなんて…無理だよ…。
「御免なさい…本当に御免なさい……ご主人様……!」
「謝ってばかりじゃ何が何だか解らないんだが…」
「うっ…うっ…うっ…」
「…参ったな…」
結局俺はどうする事もできず、ステラが泣き止むまで待つしかなかった。
-
「ん……っ。……あ…っ」
どうやら、私は、また、泣いたまま寝てしまっていた様だ。
窓の外から空を見る。…、まだ、月も星も見える。まだ夜は明けていない様だ。
「…きれいだな」
ぼそり、と私は呟いた。
そしていまさらになって気づいた事だが、私は、どうやら誰かに抱かれているようだ。
がんじがらめにされているわけではないが、ちょっと…抑える力が強い…。
動けないよ……。あれ…?…誰か?
ちょっと待って、こんな廃屋に人が居るわけない。
…そうだ、私は昨日…。
動悸が早くなって行くのを感じる。
…私、ご主人様に抱かれてる?
「ん……ステラ…か?起きるの、早いな」
「ご、ご主人様!?ごごごご、ごめんなさい!私が起こしてしまったみたいで…」
私は酷く混乱していた。な、何でご主人様、私を抱いてるの!?
ご主人様はキャストが嫌いなんじゃないの!?触りたくない程嫌っているんじゃないの!?
これは夢!?そうだ、夢、夢、夢に決まっているわ!
私は必死にそうやって自分に言い聞かす。
「……ステラ」
「は、はいっ!なんでしょうか!」
「おはよう」
ご主人様は、静かに微笑むと私に向かってそう言った。
きっと私はその時、随分マヌケな顔をしていたのだろう。
「お…おはよう…御座い…マス」
-
今日の目覚めは、最高だった。何故か?解りきった事だ。
俺は今日、何故だか知らないが”夢”を見ていない。
俺は2ヶ月ぶりにグッスリと眠れたのだ。
何故だろう。今日は非常に、体の調子が良い。
ついこの前までは一日中イライラしてる上に睡眠不足だったと言うのに。
「おはよう」
俺がステラに向かってそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして「おはよう御座います…」と答えた。
彼女の顔をまじまじと見つめる俺。そしてとても恥ずかしがっている、ステラ。
「あの…ご主人様…」
「ん?」
「いえ……何でもありません」
「…何だ?…ま、いいか」
-そう言えば昨日の朝も、寝起きはこんな感じだった。
-…お前なのか?
-ステラ…お前…なのか?
-お前が、俺を…救ってくれたというのか?
「あの、ご主人様…」
「…今度は何だ?」
「…今日は、うなされてませんでしたね」
「…そうだな」
「…どうしてでしょうね」
「…どうしてだろうな、俺には解らないよ」
「…でも、良かった」
「…何が?」
「…ご主人様が怯える姿を私は見たくない…です」
「…何だよそれ…まるで俺が怖がり見たいじゃないか」
「いえ、そう言うわけでは…」
「冗談だよ…でも、まぁ………」
「…?」
「俺が、悪夢を見なくなったのは、お前のおかげかもな、ステラ」
「え…?」
「俺があの悪夢を見ない日は毎回、お前が傍に居る。昨日も今朝もそうだった」
「そ、そんな…何かの偶然ですよ」
「偶然じゃ、無いのかもしれないぞ?もしかしたら、お前が俺の悪夢を払ってくれたのかもしれないな」
「そ、そんな…私なんて…」
-俺はそう信じたかった。
-ステラ、-、星屑の輝きが、俺の悪夢を払ってくれたんだ。
「でも、ご主人様……お体の方は大丈夫なのですか?」
「体?別に、何とも無いが……」
ステラを抱いていた俺は彼女を離し立ち上がる。
そして、軽く運動をしてみせる。
「ほっ、ほっ…と。ほら、特に何とも無いよ」
「そ、それなら良いのですが……」
「何をさっきから言っているんだ?…変な奴だなぁ」
「も、申し訳在りません…」
「ま、良いか。そろそろ戻ろう。今日も一応、友達と逢う約束をして入るからな」
俺はそう言うと、階段へ向かって歩き始める。
「そ、そうですね………。-、あの、ご主人様……」
「ん、何だよ、さっきから。今日はやけに積極的だな」
「……こんな事、聞くべきでは無いのですが…」
「聞くだけなら、特に問題は無いと思うが。答えるか答えないかは内容次第だけどな」
「…………」
「おい、ステラ、お前こそ大丈夫か?今日のお前はちょっと変だぞ」
「ご主人様は………」
「ん?」
「ご主人様は、これから一生、キャストを恨み続けて生きて行くのですか?」
俺の目に映ったステラは、とても悲しそうな目をしていた。
「ステラ-、どうして今そんな質問をするんだ?」
「………」
俺がそう質問し返すと、ステラは俯いて黙り込んでしまった。
今日のステラは、何かおかしい。何故、先刻から俺の事を心配しているんだ?
確かに、主人の体調管理もパートナーマーシナリーの仕事だとは聞くが……。
「まぁ、今日は気分が良いから、構わないか」
俺は、この前ステラに向かって言ってしまった酷い事を挽回するために、ステラの質問に答える事にした。
「………」
「正直、ステラ、お前と出会うまでは俺は”一生キャストを恨み続けて生きて行くんだな”って考えていたよ。
でも、お前と出会ってからその考えは変わった。確かに俺はキャストが嫌いだ。
だけど、だけどな、実は、俺が嫌っているキャストは世界にたった”一人だけ”なんだ。
だから俺がお前を嫌わないといけない理由は何処にも無いし、他のキャストを毛嫌いする理由も無い。
急に俺がキャストへ対する態度を変えて、お前が戸惑ってしまう事はなんとなく理解できるよ」
「………って……だから……やっぱり」
「だから…さ、この前は…ほら、ごめんな。成長したばっかりのお前に、あんな酷い事を言ってしまってさ」
「………人様の……を壊……た」
未だにステラは俯きながらブツブツ何か独り言を言っている。
…本当に大丈夫なのか?何だか心配に成ってきた。
「おい、ステラ…?お前、一体さっきから何を……」
心配に成った俺は、ステラの方へゆっくりと歩み寄る。
-、そして……俺は聞いてしまった。
「…………やっぱりそのキャストと言うのは……ご主人様を殺した…」
-俺の中で、何かが弾ける音がした。
-
--滴り落ちる、紅い鋼の雫
-美しい、朝焼け
やっぱりそうなんだな。
死神に安息を得られる場所は無い-。
憎み続けろ
怯え続けろ
そして、戦え
「はは……、上等だよ……」
永遠に戦い続けてやろうじゃないか。
俺の目的が果たされるまで。
--酸素に触れた赤い雫が、黒い雫になる頃
-空で輝いていた星は、消えていた