鋼の雫-03
俺は今、上官に呼ばれてガーディアンズの談話個室に訪れていた。
俺の上官は、ヒューガ・ライト。ちゃらちゃらしたいけ好かない野郎だ。
んで、今俺はそいつから説教を喰らっている。
昼間のカフェでのイザコザについてだ。
全く面倒な制度だ。下っ端のガーディアンが問題を起こすといつもこう。
上官が出てきて説教+始末書を書かされる羽目になる。
たかが喧嘩。ガキだってするだろうに。
「……フゥー………一体、君はどうしたと言うのですか」
「……別に」
「上官に向かって、その口の利き方は無いと思いますが」
「……、そうですね申し訳ありません、ヒューガ・ライト様」
「まぁ、貴方の口が悪い事は今に始まった事ではありませんが…何かあったのですか?」
「何か、とは何でしょうか」
「最近の貴方の行動には目に余るものが在ります」
そう言うとヒューガは手元に在ったコンパネの電源を入れる。
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・中々出発しないフライヤーを大破寸前までぶっ壊した
・気に入らない同僚を片っ端から病院送りにした
・この2日間だけで18人もの同僚をBLに追加
・更にはパートナーガーディアンズ7人もBLに追加
内3人は、重症を負い病院に送られた。
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「……たった2日間でここまでやる人は始めてみましたね、正直」
「全てお見通し、って事ですね。さすが上官」
「無駄な口は慎みなさい」
「申し訳ありません」
ヒューガはそう言うと、フォトンチェアーを開放しその場に座り込んだ。
「……本当に、大丈夫ですか?最近の貴方からは酷い憤りを感じますが」
「……特に、何も」
「もし、私でよければ相談相手になりますよ?勿論、上官としてではなくプライベートな仲として、ね。
幸い、貴方と私はそう歳も遠くない」
「……結構です」
「……そうですか」
と、目の前に差し出される一枚の始末書。
「終わりました」
始末書に目を通すヒューガ。
「…ん、ご苦労様です」
「では」
そう言うや否や、青年はすぐにミーティングルームから出て行こうとした。
…が、出て行かなかった。ドアの前でぴたりと止まる。
「ヒューガ様」
「様付けしなくて良いですよ」
「では、ヒューガさん」
「はい」
「ヒューガさんは、パートナーマーシナリーをお持ちでしょうか」
「えぇ、勿論。私もガーディアンですしね」
「宜しければ型も教えていただけますか」
「GH440ですよ。帽子を被った可愛い子です」
「……もう1つ宜しいでしょうか」
「何でしょう」
そこで、一呼吸ほど真があいた。
「貴方にとって、パートナーマーシナリとは何ですか」
「………」
その質問に、ヒューガは口を詰まらせた。
「……何が言いたいのですか」
「……ただの好奇心からです。気分を害したのなら謝罪します」
「………」
再び口を詰まらせるヒューガ。
「…失礼ですが、ヒューガさん。あなたに私の問題は解決できません。
否、これは誰にも解決できる事が出来ないでしょう。
そのせいで、これから何かとヒューガ上官には迷惑を掛けてしまうと思います。
ですが、私もなるべく問題は起こさないように限りない努力はします。
下っ端である私が上官にここまで口出しした事は出来れば内密にして頂けると、非常に助かります。それでは」
そう言うだけ言って、青年は部屋を後にした。
当のヒューガは、あっけに取られて何も言い返せなかった。
ポリポリと頬をワザとらしく掻く。
「全く………一体彼はどうしてしまったのでしょうね」
そう言うと、渡された始末書に目を通すヒューガ。
「……」
ずらり、と並ぶ文字の山。全く、完璧すぎて溜息も出ない。
「フツー……、ここまで完璧に始末書を書く人なんて居ませんよ…。
それに、こんな物提出したら、彼が彼自身の首を絞めることになる…」
そう言うと、ヒューガは書かれている文章を幾つか消し、自分で新たに文章を追加する。
「……きっと、ネは真面目で素直な人なんでしょうね」
書き直した始末書を片手に、ヒューガも部屋を出て行った。
パチン
ライトが消える音がすると、その部屋に残る物は雑音だけであった。
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「…腹が立つ以外の何者でもないな」
俺はそう言いながら、片手に持っていた雑誌をゴミ箱に捨てた。
ヒューガ上官との会話が終わった後俺は、未だに晴れない鬱憤を解消しようと、食事に手を出していた。
もう夜中を回ってしまっているので重い物は避けた。俺が今喰っている物はホットドッグだ。
で、今俺が読んでいた雑誌はたまたまこのカフェに置いてあった物でパートナーマーシナリーに関する情報が載っているものだった。
雑誌のタイトルは”倫理的におk”。何が倫理的なのかさっぱりわからん。
だが、やはり読むべきではなかった。中に書いてある情報は俺の気分を害する物ばかりだったのだ。
これだから、一般メディアは好きに慣れない。
「しかし…またやっちまったな……」
俺は椅子の背もたれにもたれ掛かり、空を仰いだ。美しい星(ステラ)が、見える。
今の俺じゃ、あの星には届かない。あの星を掴むには、俺の手は汚れすぎている。
自分の性格が、嫌と言うほど腹立たしい。自分の性格は十分理解している。あの事件以来、俺は変わってしまったんだ。
傍若無人・自分勝手・冷淡・鉄面皮…今の俺に残っている物はネガティブな物しかない。
残っている僅かなポジティブな部分も、薄れ掛けている。
「もう…解ってるんだろ。俺自身」
昼間はイライラしていた。俺一人でやるつもりだったミッションに上官が変なパートナーをつけたから。
その上、パートナーがミッション中に何回も死んだお陰で時間がかかり、報酬が随分と減ったからだ。
「…本当に、悪い癖だな」
落ち着いて考えてみると、今日一日の俺の愚かな行動に後悔するばかりだ。
愚かな行動・軽率な発言・そして…彼女の愚弄。
「…いい加減、素直に成るべきなんだろうな…」
意固地…だな、きっと。本当は認めたいのに認めたくない。
俺の根性は180度を越え、360度も越えてひん曲がっちまっているらしい。
「ステラ……」
彼女の名前を、俺は静かに口にした。
解っている。俺にこの癖は治せない。
否、治したくないんだ。これは、俺が生きていくために背負った十字架。
この十字架を降ろした途端、俺が俺では無くなってしまう。
「綺麗な星だな…」
星を掴もうとする俺、勿論、俺の手は星に対して短すぎた。
「…………よし」
一つの決心が付いた。俺はトレイを元の場所に戻すと、カフェを後にした。
メシを食い終わった後、俺はとある場所に足を運んでいた。…通称、パーソナルショップ。
ガーディアンズ達自身が開いている店だ。
3大企業が作った製品だけが置いてあるコロニー2Fのモールと違い、ここには様々な物がある。
入り口の看板に適当に目を通す。「クバラ品」だの「レア素材」だの「格安」だの様々な物が売っていた。
時々看板に「私を売ります」と、脳味噌が腐ったようなコメントが書いてあったがそこは敢えて無視をした。
生憎、今の俺に欲しい物は無い。
ただ気分を紛らわす為に散歩がてら、ショップの店主に水を差しているだけだからだ。
(…と、言っても一応目的はあるんだけどな…)
何処の店も店主が居ない場合、パートナーマシナリーが店番をしていた。
時々、GH4X0シリーズが居る店があったが、俺はそう言った店に一度も足を踏み入れていない。
勿論、キャストの経営しているパーソナルショップにだって行っていない。
例え奴等の売っている物がどれだけ破格だとしても俺は買わない。
俺はキャストも完全成長したパートナーマーシナリーも大嫌いだ。
(…はぁ)
溜息が出た。自分の愚かさに。溜息を吐きつつ、何件も店を回る。
「………つまらない物ばかりだな」
俺はそう言うと、次の店の扉を開ける。中には俺以外にもう一人の客が居た。……キャストか。
チッ、と俺は舌を鳴らすとキャストになるべく近づかないようにして店の中へ入って行った。
出て行きたいのは山々だったが、店主が居る手前何も見ずに出て行くのは失礼だと思ったからだ。
俺はレジに近づき、「こんばんわ」と言った。
「イラッシャイマセ!」
妙に元気な返事が帰ってきた。大抵の店主は返事をしない。奴等にとって客なんてどうでも良いのだろう。用は金さえ入れば良いのだから。
どんなに態度が悪くても、素晴らしく性能の良い武器を破格の値段で置いていけば誰かがいずれ買い取る。
いつもなら帰ってこない返事に不愉快な思いをするのだが、ふむ、中々どうして、この店のファーストインプレッションは良いな。
店主は…ニューマンの女か。まぁ、そんな事はどうでも良い。
「どうも、どんな物を売っているのですか?」
「ニャ!お客さん運が良い!先程完成したクレアダブルスがなんと!たったの100万メセタで販売中ですニャ!お買い得!!!」
「クレアダブルス…ダブルセイバーか」
と、言う事は俺の隣で悩んでいるこのキャストはファイガンナーか。優柔不断な奴だ。柔軟な思考を持つんじゃないのか?
(…はぁ)
実際に口にしたわけではないが、再び俺は溜息を吐いた。
「属性は?」
「ム!」
「……」
両者の間に沈黙が走った。
…成る程ね…間違えて無属性で作っちまった物を販売中なワケか…それにしても100万は高すぎる。
「少し安くならないのか?」
交渉開始だ。
「お客さん…それは無理な相談って奴ですぜ…これを作るのに一体幾ら掛かると思っているんですかニャ」
「さぁ……予想が付かないな」
と、俺が答えると横から店主のパートナーマーシナリーが出てきた。…チッ、影に隠れてて見えなかった。コイツもGH4X0持ちか…。
「ご主人様、どうせ売れない品なのですし、少々値引きして差し上げたらどうですか?」
「ニャ!何を急にお前は言い出すんだニャ!」
どうやら主より従者の方がお頭は良いようだ。
その結果、パートナーマーシナリに説得されてニューマンの娘は仕方なく交渉に賛成した。
「50万」
俺はとりあえず、半額まで値切ってみた。
気付いた事だが、いつの間にかキャストは居なくなっている。
「ノゥ!80万!」
「高い。60万」
「75万!」
「まだ高い。65万」
「………」
そこで値切り合戦に休憩が入る。どうやら店主はパートナーマーシナリーと相談中らしい。
自分で考える事も出来ないのか。ニューマンは頭が切れる奴が多いと聞いたが、こいつは例外なのか?
語尾にも何か気持ち悪い言葉をつけているし、おまけに飾り物か?猫のような耳のヘッドバンドもつけている。
「70万!これ以上は安く出来ないニャ!」
「……30万安くなっただけでも上出来だな。買おう」
俺がそう言ってメセタカードを取り出すと、ニューマンの娘は満面の笑みで「ありがとうニャ!」と答えた。
クレアダブルスを受け取った俺は、「また来るよ」と言いその店を後にする。
時計に目をやる。既に時間は夜中の3時を過ぎていた。
「-3時か…。そろそろ家に帰らないと。随分な寄り道をしたものだ」
-そして俺は自室に戻る際に1つの疑問を抱いた。
-何故俺は、これを買ったんだ?
-俺の職業はレンジャー。クレアダブルス等と言う代物は装備出来ない。
-ならば珍しいからと言って衝動買いか?否、それも違う。
-しばらく考えた結果、原因が判明した。
-……あれか。
-思い出した…だから雑誌なんて読むべきでは無いんだ。こうやって情報に踊らされる。
”パートナーマーシナリー達(特にGH4x0シリーズ)が食べたい物ランキングNo,1[ランクS]武器”
疲れたな、今日は…。
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ウィーン いつも通りの聞きなれた、オートドアの開く音。
俺は中に入ると、その場にバタリ、と座り込んだ。時計に目をやる。
「…3時…45分…か…何か…今日はやけに疲れた…」
はぁ、と一つ溜息を吐いてから重たい体を持ち上げた。
瞼が重い。だが、シャワーを浴びなければ…。俺は汚い物も嫌いなんだ…。
俺は隣の部屋へ移動しようとした時、ふと忘れかけていた事を思い出した。
「おい、ステラ」
その一言に、レジの前で立っていた少女が反応した。
「何でしょうか、ご主人様」
ステラは、背筋をぴったり伸ばし、両手をぴっしりと伸ばし、地面に対して垂直に直立不動の姿勢をとっていた。
「今日、パルムで俺の仲間がお前を見た、と言っていた。お前は今日何をしていた?」
「ご主人様の言いつけ通り、お店番をしていました」
「…本当だな?」
「はい」
「そうか」
「何か御用でしょうか」
「特に無い」
「そうですか」
「ああ、用は無い。俺はこれからシャワーを浴びて寝る。そのまま店番を頼んだぞ」
「かしこまりました」
……ご主人様が完全に無くなった事を確認した私はその場にペタン、と座り込んだ。
もう……嫌だ…嫌だ。沢山だ。私は心の中でそう思った。
私は不幸だ。きっと、神様に見捨てられたPMなんだ。
こんな不幸を背負って生きるならいっその事、廃棄されてしまいたい…。
-私は今回のご主人様を含めて、4回、ガーディアンのパートナーマーシナリーとして仕事を果たしてきた。
だけど、今までのそれは”相棒”としての仕事とは程遠い物だった。
1人目のガーディアンは、彼がミッションに失敗する度に私を叩いた。まだ私がGH201の頃だ。
私がふよふよ浮かんでいる事に何かとケチをつけ、鬱陶しいだの邪魔だのと言って叩いた。
その時の私は、彼のストレスを発散する為の道具だった。結局、私はG301にすらさせてもらえなく、1人目のガーディアンは引退した。
2人目のガーディアンは私を301まで育ててくれた。だけど、彼と会話をする事は殆ど無かった。
凄いレアマニアで、成功するはずも無い基盤を私に渡して合成・失敗するたびに私をメチャクチャに罵倒した。
”お前が無能だからだ”、”折角俺が苦労して集めた物をお前はモノメイトにしやがって、お前は掃除機以下だな”
彼の罵倒は、思い出すだけでも嫌になります。私は、合成の前にしっかり成功率を言ったのに。
結局、2人目のガーディアンは合成しすぎて破産して、ライセンスのお金を払えなくなり引退した。
3人目のガーディアンは……嫌だ。この人の事は、思い出したくない。
私の全てを穢した…ニューマンの女性。
……そして、どのガーディアンにも共通する事は私に名前すら付けてくれなかった。と言う事だ。
そして…4人目。今回のご主人様。
私のパートナーとなるガーディアンが決まったと教えられた時、私は再び恐怖を抱いた。
もう、沢山だったのだ。私は、ガーディアンのストレスを発散する為に作られたわけじゃない!
でも私は所詮、機械。人に作られた存在に、人を拒む権利は無かった。
私は他のPMを心の底から恨んでいた。姉妹と言っても過言で無い彼女達を。
私と違い、彼女達はとても優しいご主人様に出会えたり、色々会話をしてくれるご主人様に出会えたりしていたのだから。
……、羨ましくて堪らなかった。
でも、その時の私は、もう諦めがついていたのだろう。
私は一生、良い”相棒”であり、良い”ご主人様”でもあるガーディアンズに会える事は無い、と。
もしかしたら、私はそう言う類のガーディアンにしか回されない捨てPMなのかもしれない、と。
そして、絶望を抱きながら私は、今回のご主人様と出会った。
”は、初めまして…”
それが今回のご主人様が私に掛けてくれた初めの一言だった。
私は、その時、開いた口を閉じる事が出来なかった。(実際には開きませんでしたけど)
何故ならご主人様がまず私にしてくださった事は、”私に名前をつける”事だったのだ。
それは、他の人から見ればとても普通の事だろうけど、私にとって、そうでは無かった。
そして私はその時、こう思った。”私は、捨てPMじゃ無かった…?”と。
それからの2ヶ月間は私にとって、掛け替えの無い物と成った。
初めこそご主人様は私の扱いに手間取っていたものの、それは時間が解決してくれた。
私は、このご主人様のPMになれた事を心の底から喜んだ。
何故なら彼は、今までのご主人様と違い、私を機械としてではなく、同じ生命体として見てくれたのだ。
食事の時も、”一緒にメシを食える相棒が出来て嬉しい”と喜んでくれた。
私が”ガーディアンには強力な防具や武器が必要なのでは?合成で造れますよ”と言っても、”お前は、機械じゃないだろう?”
と言って私の頭を撫でてくれた。
そして、毎日私と会話をしてくれた。更には、私を可愛い、可愛い、と言って愛してくれた。
私は、このご主人様に仕えるようになって初めて人の優しさを知った。
それと同時に、私は、どうやら人間の感情で言う”恋”と言うものをご主人様に持ってしまった。
だから私は最後まで進化出来たら、さらに一生懸命ご主人様のお手伝いをするつもりだった。
だけど……、ご主人様は、私がGH301からGH410に変わった途端に、まるで人が変わったかの様に冷たい人に変貌してしまった。
「うっ…うっ…もう…嫌だよぅ………。ご主人様、どうして…?どうして急にそんな風になっちゃったの?」
いつの間にか私は顔を隠して泣いていた。とても、お腹が減った。この2日間何も食べていない。
「あの時みたいに、私に向かって笑ってよ……話しかけてよ……。何で、何で急に変わっちゃたの?」
「私が、何か嫌われる事でもしたの?…もう解らないよ…」
空腹感、切なさ、愛しさ、絶望、もう、何が何だか解らない。涙が止まらなかった。
「お腹…減ったよぅ……うっ…うっ」
もう、世界なんて、無くなっちゃえ、と願うのは、PMの私には生意気すぎるでしょうか。
止まらない…私の涙…。お願いだから、止まって、止まって…。でも、やっぱり、むり、だ。
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俺は今日、2度目のミスを犯した。
1回目はバカな雑誌にだまされて高額の武器を買ってしまった事。別にこれはまぁ、許容範囲だろう。
ステラの為に何かしらプレゼントを買うつもりだったからだ。
だが、もう一つ目のミスは許せない事だ。…が、これもまた雑誌による物だ。
”GH4X0系に進化したパートナーマーシナリーは、倉庫ややショップにある物を勝手に食す傾向が多い”
俺はこれに、完全にだまされた。
2日前、俺がGH410を進化させた日、あの日はステラの進化があまりにも突拍子過ぎた為、つい本音が出てしまったのだ。
今思えば随分と酷い事を言ってしまったものだ。それ故俺は、彼女と話そうにも、気まずくて話すに話せなかった。
だから俺は雑誌に書いてあった”それ”を信用して、倉庫に武器や防具・薬品をしまっておき、ワザワザ1万5千メセタも掛けて店を開いたのだ。
つまり、倉庫に入っている物も、店に出してある物も、好きに喰って良いぞ。と言う俺の遠まわしのメッセージだったのだ。
だが実際はどうだ?
ステラは、この2日間、何も、口にしていない。
先刻、シャワーから出た後、倉庫の中身やショップの物をビジフォンで遠まわしに見てみたが実際に売れてる物以外全く減っていないのだ。
つまり、ステラは俺の言いつけを護り、何も喰わず、ひたすら2日間俺と会話もせずにあそこに立ち続けていた事に成る。
「冗談…だろ…」
俺は彼女に優しくしてたい。が、俺にはどうしても出来ない…先刻も本当は優しい声を掛けてやりたかったのに、出来なかった。
彼女に優しく接してやりたい、優しく話しかけてやりたい、優しく抱いてやりたい。
だが………俺の”戒め”がそれを許さない。
確かに、俺はキャストが大嫌いだ。
だが、頭の中では解っている。俺が本当に嫌っている”キャスト”は世界にたった一体”だけだ。
それ以外のキャスト、ましてやGH4X0シリーズになど罪が在る訳ない。
ステラ…。彼女が俺に冷たくされる理由は何処にも無い。彼女に罪は無いのだから。
むしろ、彼女は俺に甘える権利がある。だけど、俺がそれを許していない。
許してやりたいのに…許してやる事が出来ない。…何と愚かな事だ。俺が”認めて”しまえば済む事なのに。
俺が認めてしまえば、彼女がこれ以上悲しまなくて済むのに。彼女がこれ以上涙を流さずに済むのに。
解っている。それは俺の脳内で嫌っと言う程理解できている。だが、どうしても駄目だ。俺は、キャストと接する事が出来ない。
脳内で様々な情報が戦争を始めた。その結果、俺の脳味噌が爆発しそうだ。
「…!」
唐突に、俺は、一計を思いついた。
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「ん………っ、あ…いけない…」
どうやら私は泣いたまま寝てしまっていた様だ。
泣きすぎて赤く腫れた目を擦りながら私は時計に目をやった。
「6時…20分…」
結局、私はこれで3日間何も食べていない事になる。
別に、1週間ぐらいなら何も食べなくても稼動することは可能だろう。
でも…、1週間以上何も食べる事が出来なかったら…?
「私…壊れちゃうのかなぁ…」
そう言って私はその場から立ち上がった。
「別に…もう廃棄されても良いか…頑張ったもん、私」
半自虐的に成りながら、クスクスと私は笑った。
「あれ…?」
座っていた状態では気付かなかった、何かが足元に置いてある。
私はそれを不思議な目をしながら拾い上げた。
「何だろう……箱?あ…何かカードがついてる…」
>-----------------<
ステラへ-
お前の為に買った。
好きに使え。
後、2日間も食事を抜い
て本当に、すまない。
倉庫に在る物は全部お
前の為に在る物だ。
喰うも良し
モギルも良し。
好きに使ってくれ。
-HUNK
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そのカードを読んだ途端、今まで死体の様に弱々しかった私の体に、活力が一瞬にして戻った。
「ごしゅじん…さま…の、字だ…」
綺麗に梱包された四角い箱は、プレゼントボックスタイプに加工されたナノトランサーだった。
ぱかっ 私はふたを開ける。中から出て来た物は…。
「これって………」
-クレアダブルス
「う…そ…何で……」
信じられなかった。
もう私は、ご主人様に嫌われていたのかと思っていたのに。
もう私は、ご主人様に捨てられていたのかと思ったのに。
まだ…、私は…見捨てられて…なかったんだ。
「うっ……うっ…ご主人様ぁ…ご主人様ぁ…」
再び、涙が溢れてきた。
涙なんてとっくに枯れたと思っていたのに。