「これが完全燃焼です!」
ズドォン!!
ボクのラ・フォイエが決まると、最後のデルセバンが黒い粒子になって消え去りました。
「はぁ…こっち、倒しました」
「あたしの方もっ、これで、最後!」
ズドン!
ボッカ・ズッパとは思えないほどの重い音が響き、倒されたガオゾランが床に落ちる事なく消え去りました。
マスターの格闘能力はかなりのもので、ガーディアンズシステムが能力認定レベルをどんどん上げていきます。
さっきの周回でLV40のプロテクトが開放されたばかりだというのに、この周回だけでも2LVは上がったでしょうか。
「よし、終わった!」
うっすらとかいた汗を腕で拭い、マスターはボクに微笑みかけます。
「それじゃ、戻ろうか」
「はい、マスター」
いらないものを売ったりとかの雑多な事を手早く済ませ、ボク達はマイルームに戻りました。
MAGとかいうシミュレータが、期間限定ですが、開放されているおかけで、遠出しなくても戦闘訓練が出来るので助かっています。
「…やっと戦闘値が30になったね、ソル」
帰って早々、ボクのパラメータチェックをしたマスターは、嬉しそうに言いました。
「450になってから、長かったですよ~」
色々と恥ずかしい思い出がフラッシュバックしてきます。
あれとかこれとか…
「その姿がすっかりなじんじゃったけど、よくがんばったね、エライ!」
ボクを抱きしめて、撫でてくれるマスター。
何かというとボクを抱きしめるせいで、顔をマスターの胸に押し付けられるのにも、もうすっかり慣れてしまいました。
ただ時折、興奮しすぎると手加減を忘れられ、ボクは何度怪我をしたことか…
見た目じゃ判らないのですが、かなりの馬鹿――じゃない、怪――と、とにかく力強い抱擁をしてくれることがあって、ボクの悲鳴と破損警報がしょっちゅう鳴り響きました。
マスターが精神コマンド『てかげん』を手に入れたのは、ほんの二、三日前です。
「さて、やっとあんたがあんたの姿に成る時が来たね、ソル。
デバイス、出して」
「はい!」
倉庫から470デバイスを取り出してマスターに手渡します。
「どうぞ、マスター」
「じゃ、行くわよ」
ボクが口を開くと、そっとデバイスを入れてくれました。
モギモギ・・・
ボクは光に包まれ、次の瞬間には馴染み深い470へとメタモルフォーゼが完了していました。
「やっと『はじめまして』だね、ソル」
「はい、『はじめまして、マスター』」
わざと芝居がかったお辞儀をして、僕はマスターとちょっとだけ笑いました。
「さてと。それじゃ、出かけようか」
突然、そんなこと言い出すマスター。
「出かける、って、今帰ってきたばかりですよ?」
「ソルが470に成ったお祝いしようかと思うんだけど、嫌?」
僕はあわてて首を横に振りました。
「そ、そんな事ないです!」
「じゃ、決定!ヒュマ助さんの飯店でお腹一杯食べよう!」
ニコニコしながら、僕の手をとって部屋から引っ張り出すマスター。
…?、何だろう?
何か、妙に引っかかります。
僕が470に進化したことを喜んでいるのは確かなんだけど…
明るく振舞っているのは分かりますが、何かの決意を隠しているように思えてなりません。
この所通いつめている飯店に着くと、マスターは料理をいくつも注文し、デザートのケーキにデコレーションまで頼んでいます。
「なんて書きますか?」
「え~と…『進化オメデトウ!』、でよろしく。あ、最後に『!』を忘れずに入れて」
看板娘の一人である422さんが注文伝票の片隅にさらさらと文章を書き、注文を確認して下がっていきました。
今までのマスターは外食ばかりな上に偏食が過ぎるので、僕が450になってからは偏らないように毎食作っていたのですが、三人前位を平らげた上で「物足りない」と言って改めて食べに行っちゃうので、最近は僕も作らなくなってきました。
流石にマスターを見かねた教官が、安くて、美味しくて、ボリュームがあって、なにより栄養バランスがいいから、って、ここを教えてくれましたけど、二週間ほどで全メニューを制覇してますからねぇ…
「マスター、せめて料理の一つも作れるようにしませんか?自分で作れば、好きな物がいっぱい食べられますよ?」
毎度の外食でかさむ食費の事もあったので、僕がそれとなく言ったのですが、マスターは苦笑いしながら手をぱたぱた振ります。
「いいの、いいの。作っても、どうせ生ゴミと化しちゃうんだから」
「ですけど…」
ついつい、諦めにも似たため息を吐いてしまいます。
意外な事に、マスターは料理が破壊的に下手くそです。
手先は人並みよりは器用なヒトなんですが…どうしてこう極度の料理音痴なんでしょう?
普通の食材が、怪しい色合いの産廃になったり、こないだなんて…
止めよう、これ以上考えると、ブレインコアが異常な演算結果にフリーズしてしまいます。
それに…
「まぁ、また教官を毒殺しかけるよりはいいか…」
「なんですってぇ?!」
僕の呟きがしっかりと聞こえてしまったようで、凄い形相でにらまれてしまいました。
「マスターがお出ししたお茶を一口含んだ途端に顔面蒼白になって、駆け込んだトイレで嘔吐する、っていう状況は、普通は毒殺しかけたって言いませんか?」
今度ははっきり言うと、言葉に詰まったマスター。
「そ、それは、だって…」
「あ、それで思い出しました。
あの後に教官が、『後で料理教室に放り込むから、その時はあいつを逃がすな』って、僕に言ってましたよ」
僕がすまし顔でさらっと言うと、今度はげんなりとした表情になるマスター。
「やだなぁ。でもそれって…」
「―――お待たせ…」
話の途中で、モノトーンカラーの430さんが最初の料理を運んで来ました。
「と、とりあえず、その話は後でね、ね?
――ほら、あったかいうちに食べよう?」
「は、はぁ、いただきます」
う~ん…モギモギ…なんか誤魔化されそうな気がしますが、ま、いいか。
お祝いのケーキまで綺麗に食べ終わった僕達は、支払いを済ませるとセントラルテーブルまで散歩に出かけました。
「…来てないか」
中心部にある大型オブジェの前できょろきょろしたかと思うと、ポツリと呟いたマスター。
「どうかしましたか?マスター」
「え?ああ、ちょっとね」
「ご主人様との待ち合わせが『ちょっと』の一言で片付くんですか?」
背後から突然声をかけられ、あわてて振り返ると、そこには412さんが一人、ひっそりと立っていました。
ID確認すると、この412さんはロザリオさんです。
その彼女がご主人様と呼ぶからには、教官と待ち合わせなんでしょうが、そんな話はマスターから聞いていません。
でも、こんな場所にわざわざ呼び出してるのですから、それなりの理由があるはずです。
彼女は僕に視線を合わせると、柔らかく微笑みます。
「久しぶりね、ソルくん。やっと470に戻れたんだ」
「お久しぶりです、ロザリオ姉さん」
挨拶の中で、つい反射的に『姉さん』と呼んでしまいました。
「…『姉さん』って呼ばないで、なんか恥ずかしいから」
頬を薄く染め、ちょっぴりもじもじする彼女。
「あ、ご、ごめんなさい」
「…ま、呼び易いなら『姉さん』でもいいわよ」
それなら仕方ない、といった様子で小さく笑うと、マスターを見上げる姉さん。
「カエデさん、お久しぶりです。
早速ですが、結論から言うと、ご主人様は来ません」
その一言に、愕然とした表情を浮かべるマスター。
「どうして?!」
「指導教官以外にも仕事があって、そっちが忙しいんです。
ニューデイズへの渡航許可を直接出すことは出来ませんが、私がご主人様の代わりとして付いて行く事で許可が下りてます。
謹慎中のあなたに、誰もつけずに惑星への渡航を許可できないので、本部側から提示された妥協案です」
それを聞いたマスターは、深いため息をついて両手をあげました。
なるほど、どおりで他の皆みたいに他の惑星で実戦訓練しないわけだ。
「いいわ、行けるならどんな条件でもかまわないわよ」
「では、早速行きましょう」
くるりと向きを換え、スペースポートへと足早に歩き出す姉さん。
僕達は黙ってその後を追いかけました。
結局、ニューデイズのフライヤーベースに着くまで、僕達三人は一言も喋りませんでした。
その後も二言、三言のちょっとしたやり取り以外は口を噤んだままです。
マスターがフリーミッションの手続きを終え、僕達が向かった先は『緑林突破』でした。
ですが、それすらも最低限の排除しかしないで通り抜け、タンゼ巡礼路の中継地点へ。
「今度はこのミッションだけど、途中で放棄するから」
硬い表情でそれだけ言うと、今度は『胞子の丘陵』を受諾しました。
「故郷の村に向かうのね?」
ロザリオ姉さんが静かに言うと、一瞬間が空いてから、マスターは頷くことで肯定しました。
「あたしの事、ソルにもちゃんと話したいし、村の様子も見ておきたいから」
「なら、急ぎましょう。日暮れは早いわよ?」
「分かってる。ここはあたしの生まれ故郷なのよ?」
表情が和らぎ、クスッ、と小さく笑うマスター。
一通りの装備を確認すると、僕達は巨大なキノコの森の奥を目指して走り始めました。
そして、途中でミッションを放棄し、生い茂った草を掻き分けつつ、かつての踏み分け道を歩くこと約一時間。
「着いた、ここよ」
妙に小奇麗な村の入り口に着きましたが、マスターに案内されて中に入ると、手入れがされていないのが一目で分かるほど荒れていました。
「――ウィルス濃度は自然レベル、問題ないわ」
姉さんが歩きながら、SEEDウィルス検知器で確認していました。
不意に一軒の家の前で立ち止まったマスター。
「―――あの時のままか。
ソル、ここがあたしの家よ」
ゆっくりとした足取りで、その中に入っていってしまうマスター。
僕と姉さんが間をおいてその後に続くと、居間らしき場所で、マスターは目を閉じてたたずんでいました。
「思い出以外、ここには誰も、何も残っていない。
父さん、母さん、兄さん…ただいま」
膝からくず折れるように座り込むと、マスターはぽろぽろと涙を流します。
「やっぱり、死体も残ってない…
せめてお墓くらい、作りたかったのに…」
「マスター…」
なんて声をかけたらいいのか分からないままマスターの前に膝立ちになると、彼女は僕を強く抱きしめ、声を押し殺して泣き始めました。
「―――ソル。
この村はね、イルミナスがSEEDウィルスを兵器利用する為に、実験場として選んだ場所の一つなの」
突然、ロザリオ姉さんが話し出しました。
「連中が必要とした条件をたまたま満たしていたせいで、この村は実験という名のテロに遭った。
勿論、そんな事実は世間に公表されていないし、ここに村があったことすら、今となっては誰も知らない。
でもね、そんな事態になる前に、教団もガーディアンズもほんとは連中の動きをつかんでいた。
だけどあの時、SEEDウィルスを防御する術を持っていたのはガーディアンズだけ、しかも、ちょっと多めの人数を必要としたの。
…流石にガーディアンズ隊員を呼び出して行かせてたんじゃ間に合わなくて、ガーディアンズは仕方なく、対SEEDウィルスの切り札のうち、世間に公表出来ないけど時間が唯一間に合う、ある一つを投入したのよ」
そこで話を一旦止めた姉さん。
その顔を見ると、辛いことを隠すために能面のような無表情になっていました。
「それが、私と、私の12+1人の姉妹達。
そして、その私達を指揮していたのが、私のご主人様。
制圧ミッションは間に合うかと思われたけど、早い段階で連中に気取られてしまって、失敗してしまった。
この時点でワクチンがあればよかったんだけど、量産品の完成がタッチの差で間に合わなくて、後から搬送される事になってた。
結果としてウィルスが村に撒かれるという最悪の事態になってしまったけど、それでも、早い段階でワクチンが届けば何とかなるはずだったの。
でも、ワクチンが届く前に、村人達は変異を始めてしまった…」
「…研修でたまたま村から出かけていたあたしがここに帰って来た時には、殆どの人達が殺処分された後だった」
いつの間にか泣くのを止めたマスターが、姉さんの話を継いで喋りだしました。
「みんな、姿が変わり始めながら、『助けて!』って叫んでた。
あたしの家族も、お隣のおじさんたちも、あたしの教え子達も、みんな、SEED変異してしまった。
…あたしね、これでも学校の先生だったの。
なのに、あの子達に何も出来なかった。
声一つかけてやる事すら出来ずに、ただ立ち尽くしていた。
―――気がついた時には、パシリ達がみんなを、SEEDを処分した後だった。
そして、目の前にパシリがやってきて…」
「その時、私はカエデに言ったの。『今は死になさい。そして、みんなの分も生きて』って。
末期症状は出てなかったけど、村に撒布されたウィルス濃度がとても濃くて、ワクチン接種していたとしても有効かどうか怪しかった。
だから、この村で唯一人SEED化してなかったカエデをここから問題なく連れ出すには、一度は死体にするしかなかったの。
…SEEDウィルスも、流石に死体にまでは影響がないから。
その後の検査で、カエデは運良くウィルス感染していない事が判明したわ」
僕はただ黙って、二人の話を聞いているしかありませんでした。
「…ねぇ、ソル。
初めて一緒にお風呂に入った時の事、憶えてる?」
マスターが呟くように僕に尋ねました。
「はい」
僕が450に進化した最初の日、僕はマスターに無理やりお風呂に連れこまれました。
そして、真っ先に見せられた『もの』があります。
それは、裸になったマスターのみぞおち、腹、両太もも、そして左の首すじに残っていた、フォトン武器特有の傷跡。
脱衣場でそれを初めて見た時に、僕はあまりの精神的ショックにフリーズしてしまいました。
傷跡のどれもが致命傷で、こうして生きている事自体が不思議だったのです。
「あれはここでつけられた傷。あたしが生かされるために殺されたときの。
安全な場所で蘇生されたけど、この傷だけは消えずに残った。
その時から、あたしの心は歪んじゃったの。
SEED化したとはいえ、村人を殺したパシリが憎い!嫌い!
なら、死んだ村人の数だけパシリ達を壊す!
あの時何も出来なかったあたしが、死んでしまったみんなの代わりに出来る事!
そう思い込んだあたしは、それを希望にして、今まで生きてきた。
あんたに出逢うまでは」
そこまで喋って、マスターはやっと僕から離れました。
「マスターは僕達パシリが…」
不安に揺らぐ声色で、嫌いなの?と、続けようとした僕の唇を、マスターは人差し指で押さえて首を横に振りました。
「ほんとにそんな事、本心から思った訳じゃない。
あの時のあたしは、そうに思い込まなければ、立ち上がることすら出来なかったの。
でも今は違う。
あたしが本当に憎むべき相手が分かったから。
それに…」
ロザリオ姉さんの方に視線を向け、寂しそうに微笑みました。
「愛すべき隣人であるヒトを殺さなければならなかった、パシリの苦悩を知ったんだもの」
「!」
「…前から知ってたんだ。
ロザリオが、あたしの前に立つ度に、辛そうな表情を一瞬だけど浮かべてた。
今日、話を聞いて、その理由がやっと分かった。
一生懸命やったのに、助けられなかったばかりじゃなく、殺処分までしなければならなかった。
それが辛くて、苦しくて、後悔してるのに、でもあたしに話す事も出来ない。
自分が殺すことでしかSEED化から救えなかった相手になんて、こんな話、普通は絶対に話せないよ…」
それを聞いて、一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべた姉さんでしたが、それを無理やり押し殺すと、ナノトランサーから何かを取り出して、マスターに手渡しました。
「―――これ、死ぬ間際の、あなたのお兄さんから。
それから、『お誕生日おめでとう。俺と、お前の生徒達からのプレゼントだ』って。それをあなたに伝えてくれって」
マスターの掌に置かれたそれは、凝り固まった血にまみれてはいたけど、花をデザイン化した、一組の小さなシルバニア製イヤリングです。
「もしかしたら、この機会は一生来ないんじゃないかと思ってた。
あなたに手渡せて、良かった…」
無表情な姉さんの頬を伝う、一筋の涙。
「ありがとう、ロザリオ。
ありがとう、兄さん、みんな…」
イヤリングが置かれた掌をそっと握り、胸に押し頂くと目を伏せるマスター。
その表情は、だんだん穏やかになっていきました。
日も傾きかけた頃、村に隣接する墓地の中に、瓦礫で出来た大き目の墓標が一つ増えました。
その中には、遺体どころか髪の毛一本入っていませんが、代わりに血まみれのイヤリングが一つ、丁寧に収められています。
「…イヤリング、片方になっちゃうけど、いいの?」
ロザリオ姉さんが墓標を見据えながら、小さく言います。
「うん。
ここにみんなが居た証になるんだから、いいの」
マスターは、静かにですがきっぱりと言いました。
「―――兄さん、ね、元同盟軍の軍人だったんだ」
何を思ってか、そんな話をおもむろに始めたマスター。
「でも、色々あって、軍を辞めてガーディアンズになった。
結局は、ガーディアンズも折り合い悪くなって、辞めちゃったんだけどね。
その時、こう言ってた。
『ガーディアンズも、同盟軍も、俺の求めていたモノじゃなかった。
何が『守護者(ガーディアンズ)』だ!
モトゥブの連中すら、守れなかったじゃないか!
俺は結局、あいつらを殺すことでしか苦しみから救ってやれなかった!
俺は、殺したり破壊するためじゃなく、みんなを守れる力が欲しかった』
…あたし、兄さんが何を求めていたのか、最近になってなんとなく分かるようになった。
でもね、兄さんみたいに、ガーディアンズに失望したりしない。
あたしは、あたしが出来る事を、ガーディアンズとして精一杯やるつもり。
道を間違ったり、躓いて転んだり、いろいろあるかもしれないけど、それでもあがいてあがいて、少しずつ前に進もうと思う。
兄さんが目指していたところへ」
それは、マスターがその決意を宣誓した瞬間でした。
そして、それは僕にとっても決意の瞬間でした。
「…僕も一緒ですよ、マスター」
「ソル?」
驚いた表情で僕を見下ろすマスター。
「僕はマスターのお兄さんの代わりにはなれないし、ヒトでもありません。
でも、相棒としていつまでも付いていきますから。
だって僕は―――」
マスターの顔を見上げながら、
「――あなたの『パートナーマシナリー』ですから」
そう言って、微笑みました。
ちょっと間が空いてから、マスターはぽろぽろと涙を流しながら微笑みました。
涙にまみれたその優しい微笑を、僕は最重要データとして記憶領域に刻み付けました。
今のこの決意を、気持ちを、何時までも忘れないために。
「ありがと、ソル。
頼りにしてるからね」
「はい、マスター」
黙祷を墓標にささげ、僕達は村跡を立ち去りました。
この地を再び訪れるかどうかすら定かではありませんが、その時は、マスターの努力が少しでも実った時である事を僕は心から願っています。
そう、グラール太陽系に少しでも平和が訪れている時である事を…
―――終わり―――
ズドォン!!
ボクのラ・フォイエが決まると、最後のデルセバンが黒い粒子になって消え去りました。
「はぁ…こっち、倒しました」
「あたしの方もっ、これで、最後!」
ズドン!
ボッカ・ズッパとは思えないほどの重い音が響き、倒されたガオゾランが床に落ちる事なく消え去りました。
マスターの格闘能力はかなりのもので、ガーディアンズシステムが能力認定レベルをどんどん上げていきます。
さっきの周回でLV40のプロテクトが開放されたばかりだというのに、この周回だけでも2LVは上がったでしょうか。
「よし、終わった!」
うっすらとかいた汗を腕で拭い、マスターはボクに微笑みかけます。
「それじゃ、戻ろうか」
「はい、マスター」
いらないものを売ったりとかの雑多な事を手早く済ませ、ボク達はマイルームに戻りました。
MAGとかいうシミュレータが、期間限定ですが、開放されているおかけで、遠出しなくても戦闘訓練が出来るので助かっています。
「…やっと戦闘値が30になったね、ソル」
帰って早々、ボクのパラメータチェックをしたマスターは、嬉しそうに言いました。
「450になってから、長かったですよ~」
色々と恥ずかしい思い出がフラッシュバックしてきます。
あれとかこれとか…
「その姿がすっかりなじんじゃったけど、よくがんばったね、エライ!」
ボクを抱きしめて、撫でてくれるマスター。
何かというとボクを抱きしめるせいで、顔をマスターの胸に押し付けられるのにも、もうすっかり慣れてしまいました。
ただ時折、興奮しすぎると手加減を忘れられ、ボクは何度怪我をしたことか…
見た目じゃ判らないのですが、かなりの馬鹿――じゃない、怪――と、とにかく力強い抱擁をしてくれることがあって、ボクの悲鳴と破損警報がしょっちゅう鳴り響きました。
マスターが精神コマンド『てかげん』を手に入れたのは、ほんの二、三日前です。
「さて、やっとあんたがあんたの姿に成る時が来たね、ソル。
デバイス、出して」
「はい!」
倉庫から470デバイスを取り出してマスターに手渡します。
「どうぞ、マスター」
「じゃ、行くわよ」
ボクが口を開くと、そっとデバイスを入れてくれました。
モギモギ・・・
ボクは光に包まれ、次の瞬間には馴染み深い470へとメタモルフォーゼが完了していました。
「やっと『はじめまして』だね、ソル」
「はい、『はじめまして、マスター』」
わざと芝居がかったお辞儀をして、僕はマスターとちょっとだけ笑いました。
「さてと。それじゃ、出かけようか」
突然、そんなこと言い出すマスター。
「出かける、って、今帰ってきたばかりですよ?」
「ソルが470に成ったお祝いしようかと思うんだけど、嫌?」
僕はあわてて首を横に振りました。
「そ、そんな事ないです!」
「じゃ、決定!ヒュマ助さんの飯店でお腹一杯食べよう!」
ニコニコしながら、僕の手をとって部屋から引っ張り出すマスター。
…?、何だろう?
何か、妙に引っかかります。
僕が470に進化したことを喜んでいるのは確かなんだけど…
明るく振舞っているのは分かりますが、何かの決意を隠しているように思えてなりません。
この所通いつめている飯店に着くと、マスターは料理をいくつも注文し、デザートのケーキにデコレーションまで頼んでいます。
「なんて書きますか?」
「え~と…『進化オメデトウ!』、でよろしく。あ、最後に『!』を忘れずに入れて」
看板娘の一人である422さんが注文伝票の片隅にさらさらと文章を書き、注文を確認して下がっていきました。
今までのマスターは外食ばかりな上に偏食が過ぎるので、僕が450になってからは偏らないように毎食作っていたのですが、三人前位を平らげた上で「物足りない」と言って改めて食べに行っちゃうので、最近は僕も作らなくなってきました。
流石にマスターを見かねた教官が、安くて、美味しくて、ボリュームがあって、なにより栄養バランスがいいから、って、ここを教えてくれましたけど、二週間ほどで全メニューを制覇してますからねぇ…
「マスター、せめて料理の一つも作れるようにしませんか?自分で作れば、好きな物がいっぱい食べられますよ?」
毎度の外食でかさむ食費の事もあったので、僕がそれとなく言ったのですが、マスターは苦笑いしながら手をぱたぱた振ります。
「いいの、いいの。作っても、どうせ生ゴミと化しちゃうんだから」
「ですけど…」
ついつい、諦めにも似たため息を吐いてしまいます。
意外な事に、マスターは料理が破壊的に下手くそです。
手先は人並みよりは器用なヒトなんですが…どうしてこう極度の料理音痴なんでしょう?
普通の食材が、怪しい色合いの産廃になったり、こないだなんて…
止めよう、これ以上考えると、ブレインコアが異常な演算結果にフリーズしてしまいます。
それに…
「まぁ、また教官を毒殺しかけるよりはいいか…」
「なんですってぇ?!」
僕の呟きがしっかりと聞こえてしまったようで、凄い形相でにらまれてしまいました。
「マスターがお出ししたお茶を一口含んだ途端に顔面蒼白になって、駆け込んだトイレで嘔吐する、っていう状況は、普通は毒殺しかけたって言いませんか?」
今度ははっきり言うと、言葉に詰まったマスター。
「そ、それは、だって…」
「あ、それで思い出しました。
あの後に教官が、『後で料理教室に放り込むから、その時はあいつを逃がすな』って、僕に言ってましたよ」
僕がすまし顔でさらっと言うと、今度はげんなりとした表情になるマスター。
「やだなぁ。でもそれって…」
「―――お待たせ…」
話の途中で、モノトーンカラーの430さんが最初の料理を運んで来ました。
「と、とりあえず、その話は後でね、ね?
――ほら、あったかいうちに食べよう?」
「は、はぁ、いただきます」
う~ん…モギモギ…なんか誤魔化されそうな気がしますが、ま、いいか。
お祝いのケーキまで綺麗に食べ終わった僕達は、支払いを済ませるとセントラルテーブルまで散歩に出かけました。
「…来てないか」
中心部にある大型オブジェの前できょろきょろしたかと思うと、ポツリと呟いたマスター。
「どうかしましたか?マスター」
「え?ああ、ちょっとね」
「ご主人様との待ち合わせが『ちょっと』の一言で片付くんですか?」
背後から突然声をかけられ、あわてて振り返ると、そこには412さんが一人、ひっそりと立っていました。
ID確認すると、この412さんはロザリオさんです。
その彼女がご主人様と呼ぶからには、教官と待ち合わせなんでしょうが、そんな話はマスターから聞いていません。
でも、こんな場所にわざわざ呼び出してるのですから、それなりの理由があるはずです。
彼女は僕に視線を合わせると、柔らかく微笑みます。
「久しぶりね、ソルくん。やっと470に戻れたんだ」
「お久しぶりです、ロザリオ姉さん」
挨拶の中で、つい反射的に『姉さん』と呼んでしまいました。
「…『姉さん』って呼ばないで、なんか恥ずかしいから」
頬を薄く染め、ちょっぴりもじもじする彼女。
「あ、ご、ごめんなさい」
「…ま、呼び易いなら『姉さん』でもいいわよ」
それなら仕方ない、といった様子で小さく笑うと、マスターを見上げる姉さん。
「カエデさん、お久しぶりです。
早速ですが、結論から言うと、ご主人様は来ません」
その一言に、愕然とした表情を浮かべるマスター。
「どうして?!」
「指導教官以外にも仕事があって、そっちが忙しいんです。
ニューデイズへの渡航許可を直接出すことは出来ませんが、私がご主人様の代わりとして付いて行く事で許可が下りてます。
謹慎中のあなたに、誰もつけずに惑星への渡航を許可できないので、本部側から提示された妥協案です」
それを聞いたマスターは、深いため息をついて両手をあげました。
なるほど、どおりで他の皆みたいに他の惑星で実戦訓練しないわけだ。
「いいわ、行けるならどんな条件でもかまわないわよ」
「では、早速行きましょう」
くるりと向きを換え、スペースポートへと足早に歩き出す姉さん。
僕達は黙ってその後を追いかけました。
結局、ニューデイズのフライヤーベースに着くまで、僕達三人は一言も喋りませんでした。
その後も二言、三言のちょっとしたやり取り以外は口を噤んだままです。
マスターがフリーミッションの手続きを終え、僕達が向かった先は『緑林突破』でした。
ですが、それすらも最低限の排除しかしないで通り抜け、タンゼ巡礼路の中継地点へ。
「今度はこのミッションだけど、途中で放棄するから」
硬い表情でそれだけ言うと、今度は『胞子の丘陵』を受諾しました。
「故郷の村に向かうのね?」
ロザリオ姉さんが静かに言うと、一瞬間が空いてから、マスターは頷くことで肯定しました。
「あたしの事、ソルにもちゃんと話したいし、村の様子も見ておきたいから」
「なら、急ぎましょう。日暮れは早いわよ?」
「分かってる。ここはあたしの生まれ故郷なのよ?」
表情が和らぎ、クスッ、と小さく笑うマスター。
一通りの装備を確認すると、僕達は巨大なキノコの森の奥を目指して走り始めました。
そして、途中でミッションを放棄し、生い茂った草を掻き分けつつ、かつての踏み分け道を歩くこと約一時間。
「着いた、ここよ」
妙に小奇麗な村の入り口に着きましたが、マスターに案内されて中に入ると、手入れがされていないのが一目で分かるほど荒れていました。
「――ウィルス濃度は自然レベル、問題ないわ」
姉さんが歩きながら、SEEDウィルス検知器で確認していました。
不意に一軒の家の前で立ち止まったマスター。
「―――あの時のままか。
ソル、ここがあたしの家よ」
ゆっくりとした足取りで、その中に入っていってしまうマスター。
僕と姉さんが間をおいてその後に続くと、居間らしき場所で、マスターは目を閉じてたたずんでいました。
「思い出以外、ここには誰も、何も残っていない。
父さん、母さん、兄さん…ただいま」
膝からくず折れるように座り込むと、マスターはぽろぽろと涙を流します。
「やっぱり、死体も残ってない…
せめてお墓くらい、作りたかったのに…」
「マスター…」
なんて声をかけたらいいのか分からないままマスターの前に膝立ちになると、彼女は僕を強く抱きしめ、声を押し殺して泣き始めました。
「―――ソル。
この村はね、イルミナスがSEEDウィルスを兵器利用する為に、実験場として選んだ場所の一つなの」
突然、ロザリオ姉さんが話し出しました。
「連中が必要とした条件をたまたま満たしていたせいで、この村は実験という名のテロに遭った。
勿論、そんな事実は世間に公表されていないし、ここに村があったことすら、今となっては誰も知らない。
でもね、そんな事態になる前に、教団もガーディアンズもほんとは連中の動きをつかんでいた。
だけどあの時、SEEDウィルスを防御する術を持っていたのはガーディアンズだけ、しかも、ちょっと多めの人数を必要としたの。
…流石にガーディアンズ隊員を呼び出して行かせてたんじゃ間に合わなくて、ガーディアンズは仕方なく、対SEEDウィルスの切り札のうち、世間に公表出来ないけど時間が唯一間に合う、ある一つを投入したのよ」
そこで話を一旦止めた姉さん。
その顔を見ると、辛いことを隠すために能面のような無表情になっていました。
「それが、私と、私の12+1人の姉妹達。
そして、その私達を指揮していたのが、私のご主人様。
制圧ミッションは間に合うかと思われたけど、早い段階で連中に気取られてしまって、失敗してしまった。
この時点でワクチンがあればよかったんだけど、量産品の完成がタッチの差で間に合わなくて、後から搬送される事になってた。
結果としてウィルスが村に撒かれるという最悪の事態になってしまったけど、それでも、早い段階でワクチンが届けば何とかなるはずだったの。
でも、ワクチンが届く前に、村人達は変異を始めてしまった…」
「…研修でたまたま村から出かけていたあたしがここに帰って来た時には、殆どの人達が殺処分された後だった」
いつの間にか泣くのを止めたマスターが、姉さんの話を継いで喋りだしました。
「みんな、姿が変わり始めながら、『助けて!』って叫んでた。
あたしの家族も、お隣のおじさんたちも、あたしの教え子達も、みんな、SEED変異してしまった。
…あたしね、これでも学校の先生だったの。
なのに、あの子達に何も出来なかった。
声一つかけてやる事すら出来ずに、ただ立ち尽くしていた。
―――気がついた時には、パシリ達がみんなを、SEEDを処分した後だった。
そして、目の前にパシリがやってきて…」
「その時、私はカエデに言ったの。『今は死になさい。そして、みんなの分も生きて』って。
末期症状は出てなかったけど、村に撒布されたウィルス濃度がとても濃くて、ワクチン接種していたとしても有効かどうか怪しかった。
だから、この村で唯一人SEED化してなかったカエデをここから問題なく連れ出すには、一度は死体にするしかなかったの。
…SEEDウィルスも、流石に死体にまでは影響がないから。
その後の検査で、カエデは運良くウィルス感染していない事が判明したわ」
僕はただ黙って、二人の話を聞いているしかありませんでした。
「…ねぇ、ソル。
初めて一緒にお風呂に入った時の事、憶えてる?」
マスターが呟くように僕に尋ねました。
「はい」
僕が450に進化した最初の日、僕はマスターに無理やりお風呂に連れこまれました。
そして、真っ先に見せられた『もの』があります。
それは、裸になったマスターのみぞおち、腹、両太もも、そして左の首すじに残っていた、フォトン武器特有の傷跡。
脱衣場でそれを初めて見た時に、僕はあまりの精神的ショックにフリーズしてしまいました。
傷跡のどれもが致命傷で、こうして生きている事自体が不思議だったのです。
「あれはここでつけられた傷。あたしが生かされるために殺されたときの。
安全な場所で蘇生されたけど、この傷だけは消えずに残った。
その時から、あたしの心は歪んじゃったの。
SEED化したとはいえ、村人を殺したパシリが憎い!嫌い!
なら、死んだ村人の数だけパシリ達を壊す!
あの時何も出来なかったあたしが、死んでしまったみんなの代わりに出来る事!
そう思い込んだあたしは、それを希望にして、今まで生きてきた。
あんたに出逢うまでは」
そこまで喋って、マスターはやっと僕から離れました。
「マスターは僕達パシリが…」
不安に揺らぐ声色で、嫌いなの?と、続けようとした僕の唇を、マスターは人差し指で押さえて首を横に振りました。
「ほんとにそんな事、本心から思った訳じゃない。
あの時のあたしは、そうに思い込まなければ、立ち上がることすら出来なかったの。
でも今は違う。
あたしが本当に憎むべき相手が分かったから。
それに…」
ロザリオ姉さんの方に視線を向け、寂しそうに微笑みました。
「愛すべき隣人であるヒトを殺さなければならなかった、パシリの苦悩を知ったんだもの」
「!」
「…前から知ってたんだ。
ロザリオが、あたしの前に立つ度に、辛そうな表情を一瞬だけど浮かべてた。
今日、話を聞いて、その理由がやっと分かった。
一生懸命やったのに、助けられなかったばかりじゃなく、殺処分までしなければならなかった。
それが辛くて、苦しくて、後悔してるのに、でもあたしに話す事も出来ない。
自分が殺すことでしかSEED化から救えなかった相手になんて、こんな話、普通は絶対に話せないよ…」
それを聞いて、一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべた姉さんでしたが、それを無理やり押し殺すと、ナノトランサーから何かを取り出して、マスターに手渡しました。
「―――これ、死ぬ間際の、あなたのお兄さんから。
それから、『お誕生日おめでとう。俺と、お前の生徒達からのプレゼントだ』って。それをあなたに伝えてくれって」
マスターの掌に置かれたそれは、凝り固まった血にまみれてはいたけど、花をデザイン化した、一組の小さなシルバニア製イヤリングです。
「もしかしたら、この機会は一生来ないんじゃないかと思ってた。
あなたに手渡せて、良かった…」
無表情な姉さんの頬を伝う、一筋の涙。
「ありがとう、ロザリオ。
ありがとう、兄さん、みんな…」
イヤリングが置かれた掌をそっと握り、胸に押し頂くと目を伏せるマスター。
その表情は、だんだん穏やかになっていきました。
日も傾きかけた頃、村に隣接する墓地の中に、瓦礫で出来た大き目の墓標が一つ増えました。
その中には、遺体どころか髪の毛一本入っていませんが、代わりに血まみれのイヤリングが一つ、丁寧に収められています。
「…イヤリング、片方になっちゃうけど、いいの?」
ロザリオ姉さんが墓標を見据えながら、小さく言います。
「うん。
ここにみんなが居た証になるんだから、いいの」
マスターは、静かにですがきっぱりと言いました。
「―――兄さん、ね、元同盟軍の軍人だったんだ」
何を思ってか、そんな話をおもむろに始めたマスター。
「でも、色々あって、軍を辞めてガーディアンズになった。
結局は、ガーディアンズも折り合い悪くなって、辞めちゃったんだけどね。
その時、こう言ってた。
『ガーディアンズも、同盟軍も、俺の求めていたモノじゃなかった。
何が『守護者(ガーディアンズ)』だ!
モトゥブの連中すら、守れなかったじゃないか!
俺は結局、あいつらを殺すことでしか苦しみから救ってやれなかった!
俺は、殺したり破壊するためじゃなく、みんなを守れる力が欲しかった』
…あたし、兄さんが何を求めていたのか、最近になってなんとなく分かるようになった。
でもね、兄さんみたいに、ガーディアンズに失望したりしない。
あたしは、あたしが出来る事を、ガーディアンズとして精一杯やるつもり。
道を間違ったり、躓いて転んだり、いろいろあるかもしれないけど、それでもあがいてあがいて、少しずつ前に進もうと思う。
兄さんが目指していたところへ」
それは、マスターがその決意を宣誓した瞬間でした。
そして、それは僕にとっても決意の瞬間でした。
「…僕も一緒ですよ、マスター」
「ソル?」
驚いた表情で僕を見下ろすマスター。
「僕はマスターのお兄さんの代わりにはなれないし、ヒトでもありません。
でも、相棒としていつまでも付いていきますから。
だって僕は―――」
マスターの顔を見上げながら、
「――あなたの『パートナーマシナリー』ですから」
そう言って、微笑みました。
ちょっと間が空いてから、マスターはぽろぽろと涙を流しながら微笑みました。
涙にまみれたその優しい微笑を、僕は最重要データとして記憶領域に刻み付けました。
今のこの決意を、気持ちを、何時までも忘れないために。
「ありがと、ソル。
頼りにしてるからね」
「はい、マスター」
黙祷を墓標にささげ、僕達は村跡を立ち去りました。
この地を再び訪れるかどうかすら定かではありませんが、その時は、マスターの努力が少しでも実った時である事を僕は心から願っています。
そう、グラール太陽系に少しでも平和が訪れている時である事を…
―――終わり―――