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244 :来るべき未来の為に(1) :2007/09/20(木) 00:02:02.48 ID:NSElNVHe
 ガーディアンズ新生一周年を記念したサンクスフェスタも終盤の頃。
「ロザリオ、ちょっといいか?」
 ビジフォンで仕事やメールの確認をしていたパパが、急に私を呼びました。
「何ですか?ご主人様」
「とにかく読め」
 少量のスパムメールに混ざって届いている、一通の業務通達メール。
 あ、パパと私の連名で届いてる。

『…………………との運営委員会の決定に基づき、かねてより問題となっていた、人員削減から生じた業務障害を軽減すべく、新規の隊員を募集する事となった。
 それに伴い、新規隊員達が支払う訓練費用の減額や訓練期間の短縮という措置が取られる事が決定した。
 また、即戦力を確保するため、自主退職者や素行不良から放逐された元隊員達が復帰登録される場合、彼らを優先的に再雇用する事が併せて決定された。
 今月中は、復帰支援として5日間の無料特別ライセンス期間を設け、多くの復帰者を募っている。
 既に支援を使って大量の元ガーディアンズが一時復帰し、復帰登録者も多くなったが、装備等に関する苦情が寄せられている。
 中でも復帰登録者の一部には、かつて所有していたPMが行方不明あるいは回収されてしまっている事を挙げる者が多い。
 現時点において、不使用ブロックのパージによって消失したとされる個体の安否を問う者が連日申し立てている事から、事実確認を取らざるを得ない状況となった。
 そこで、貴君と貴君のPMにPM追跡調査の業務を依頼する。
 詳細は本部受付で通達される。

 ガーディアンズ総務部設備管理課』

 コロニーパージ………パシリにとっては忘れられない日。

 『St.Valentine Dayの惨劇』

 何者かによって制御不能となったコロニーパージの中、幾多ものパシリ達が不運にも巻き込まれ、この世から消えた日。
 パパは何か知っているようですが、ただ首を横に振り、隠しマイクを指差して沈黙を守っています。
 いらなくなったら捨て、必要になったから探して来い、なんて、自分勝手すぎます。
 私達に心を与えておいて、道具として弄ぶ。こんなひどい話、関わりたくなんてありません。


245 :来るべき未来の為に(2) :2007/09/20(木) 00:02:54.79 ID:NSElNVHe
「ご主人様、私、この仕事は受けたくありません」
「だろうな。
 気持ち的には俺もお前と同意見だが、これは命令だ。不服なら申し立てる必要がある。
 しかし俺は、ある理由からこの仕事を受けたいんだ」
 そう言って、別のメールを見せてくれました。
「これは、俺と古くから付き合いのある男性キャストからなんだが、奴も元ガーディアンズなんだ。
 最近になって、ちょっとした理由から再びガーディアンズに復帰している。
 問題は…」
 添付されているSSを開封すると、そこにいなければならないはずのパシリがいません。
「奴のPMが行方不明、という事だ」
「行方不明?」
「ああ」
 指示がなければ部屋に居続ける、という基本行動をプログラムされているパシリにとって、部屋から行方不明っていうのは、普通に考えれば変な話です。
 大声じゃ言えませんが、大抵のパシリはご主人様に内緒で自分好みに基本行動原理プログラムをカスタマイズしちゃってますけどね。
 その手のカスタム用アングラソフトもけっこう出回っているし、元々学習効果で行動原理が多少は変化していくように最初からプログラムされてはいます。
 でも、性格によっては基本行動を忠実に守り続ける頑固な奴もいます。
 それらを考え合わせて可能性を推測すると、犯罪に巻きこまれる、主人を探して遁走する、GRMに回収される、そして…
「例の騒ぎの時に行方不明になったのでは?」
 苦い表情を浮かべた私が言うと、パパは同じような渋い表情で首を横に振ります。
「『St.Valentine Dayの惨劇』か?それはまず考えられない。
 奴の部屋はパージの対象外、その他の記録には部屋への何らかの手続きがなされた形跡も無い。
 犯罪に巻き込まれた形跡も無く、残った可能性としては奴を探す為に部屋を抜け出すくらいなんだが…
 自由奔放な性格に設定されている420タイプにしては珍しい、規則に忠実、という性分の持ち主だから、その可能性も極端に低い」
 そう、本部は部屋の所有権を課金切れから3ヶ月までと決定してましたが、実際は、空き部屋の大部分がパシリ共々放置されたまま。
 大抵のパシリ達は帰らぬ主人達を待ち続けています。
 言い方を変えれば、未だにその部屋に彼女達は居続けている筈なのです。


246 :来るべき未来の為に(3) :2007/09/20(木) 00:03:50.87 ID:NSElNVHe
「―――偶然から詳細を知ったんだが、パージされた区画は最初から投棄前提の急増ブロックで、隊員の増減に合わせて調整する事を考えられていた。
 当初からの調整予定ブロックはNO.21から38。最近になって、W(wheel:ホイールの略)1とW2の管理システムの統合の為にNO.40まで追加された。
 調整のための破棄項目は、区画維持用に再利用していた旧型ジェネレーターと主要設備、それらと物理的に切断できない一部居住区画。
 最初からパージ被害は最小限になるように計算されあていた。
 あの時の破棄予定住居区画にはPMも元々少なく、パージ前にGRMによる回収も進んでいた事からPM達の残存数も殆んどゼロに近い。
 実被害の主体は、パージ予定ブロックに不法居住していた、パージ以前に行方不明になったはぐれPMが大半だという報告書もあった。
 だが、あの混乱で千単位のPMがGRMの管理下から外れ、消息不明扱いになっているのは確かだ。
 俺が独自に調査した限りでは消息不明なんかじゃなく、最低限の設備維持エネルギーが配給されている部屋に、当時のままPMが住んでいる場合が殆んどなんだがな。
 消息不明と言いつつ、ここまで見事に放置されていると笑うしかない。
 そんなこんなで、部屋がそのままだという事を奴に伝えたんだが、実際は奴の撮ったこのSSの通り、誰もいない」
「では、そのキャストさんもパシリを探してくれ、と?」
「ああ、そうだ。細かい事を気にする奴じゃないが、俺は奴にだいぶ借りがある。この件を片付けて、まとめて返したい所だ。
 既に可能な範囲で調べたんだが、パシリ大通りを探索してみないとこれ以上の情報は出てこない、というのが俺の結論だ。
 なんせ、コロニーパージの混乱時までに消息不明となった個体を全てはぐれPMとして換算した場合、GRMの登録と照合したはぐれPMの人数は、推定総数約10万。
 その後、自主的に回収されたのは約3万。
 パシリ大通りの存在がある以上、現状ではあそこを探索するしかないが、気が遠くなる」

 それで、総務部からの通達に、私も含まれている訳なのか。
 確かに、あそこを人間が動き回るのは大変ですからね。
 通路は狭いし、天井は低いし、最近の『にゃんぽこトラップ』は種類や数も増えてきている上に通路を圧迫してるし。
 止めは、暫く前に出来た『屋台村』。これのせいで、パシリ達が入り乱れています。
 私も噂でしか聞いた事が無いのですが、パンの無料配給をはぐれパシリ達に対して行なった人物とパシリが居たそうです。
 その後、配給が数度行なわれた後、どこぞの440さんが使われなくなった廃棄倉庫を勝手に改装して、コルトバサンドの屋台を出したのが『屋台村』の最初だとか。
 何時しか廃棄倉庫は整理され、商売っ気のあるパシリ達が作り出した屋台が集まって『屋台村』が出来上がったのです。
 今では、食べ物から雑貨、服、武器、パシリ専用のアングラアイテム類など、『トイレットペーパーからミサイルまで』流通していると言っても過言ではない状況です。
 一部では、自分の為だったり、ご主人様が必要としていたりする素材を取引するパシリ達もいたりします。
 探索で一番の問題点は、『屋台村』が別に一つでは無いという事。
 居住区の外延部下に沿ってコロニーを一回りしてる補助通路は、横2列・縦4層の構造に作られたマイルームと同じ各層に存在しています。
 更に略称W1、正式にはホイール1と呼ばれる内円部とW2と呼ばれる外円部の通路に分けられ、計8本ある補助通路のいずれもがパシリ大通りなのです。
 そして、大通りに隣接する廃棄倉庫は大小数え切れないほどあり、現在はその内の約30%がパシリ達の手で修繕されて無許可で使用されています。


247 :来るべき未来の為に(4) :2007/09/20(木) 00:04:19.57 ID:NSElNVHe
 私もパパに内緒の、行きつけの『屋台村』が数箇所ありますが、何処に行ってもはぐれパシリが目に付きます。
 あの数のパシリ達の中から目標のパシリを探し出すのは、砂漠の中に落とした針を探すようなものですが、逆を言えば、探し方さえ判れば発見は容易になります。
 なんにせよ、パシリの助力が必要な場所だという事に変わりはありません。
「話を聞くにしても、お前と一緒に行かないといけない。連名で呼び出されているからな。
 前もって言っておくが、俺はお前にこの仕事を強制するつもりは無いからな。
 どちらにせよ、まずは受付に行ってみるしかないだろう」
 既に準備がある程度済んでいるらしく(まあ、いつものことなのですが)、軽く身なりを整えたくらいで今すぐにでも行くようです。
「分かりました。一緒に行って、ちゃんと自分で断ればいいんですね?」
「そうしてくれ。俺はあの事務官達の融通の効かなさには毎度悩まされているからな」

 本部の受付カウンターに行くと、あいも変わらずミーナさんが待っています。
「…認識証を確認しました、設備管理課からの依頼ですね?パートナーマシナリーは、お連れですね」
 私を確認してから、彼女はパパと私の識別タグにブリーフィングルーム用時限IDを入力しました。
「ブリーフィングルームで事務官から説明がありますので、詳細はそちらで聞いてください」
「あの」
「な、なんですか?…えっと、ロザリオちゃん、でいいのかしら?」
 私がミーナさんに声をかけると、ちょっと驚いた様子で返事をしました。
「このミッションをお断りする場合は、今ここで断るべきでしょうか?」
 この問いに、得心した様子のミーナさん。
「それは、説明の後で構わないそうです」
 カウンターから身を乗り出して、
「実はね、今回のミッションは何組も募集されてて、あなた以外にも結構そういうふうに断るPMがいるの。だから、説明が終わった後でも断ってかまわないそうよ」
 と、小声で教えてくれました。
 まあ、それならいいかな、と、この時は深く考えていませんでしたが、私達パシリに情報が流れるということは、大通りにいるパシリ達全てに情報が流れるという事。
 つまり、総務部は個体数不明のはぐれパシリ達に情報を流したくて私達を呼びつけていたのです。
 珍しく椅子と机が用意されているブリーフィングルームに入って待ちます。
 間をおかず、つやのある黒髪をひっつめ、かっちりと事務官の制服を着た、やつれた様子の上に化粧っ気も無いせいか30代後半位に見える女性がやってきました。
「お待たせしました」
 女性事務官はそう挨拶すると、席につきました。


248 :来るべき未来の為に(5) :2007/09/20(木) 00:05:02.56 ID:NSElNVHe
 私もパパも椅子に座って待っていたのですが、何故かパパはその事務官の、そわそわと手を動かす胸元に視線が釘付けになってます。
 なんとなくムカついたので、事務官に見えないように、肘をパパのわき腹に叩き込みます。
「ってっ!」
 思わず声を上げたパパに、怪訝な表情の事務官。
「なにか?」
「いえ、なんでもありません…」
 パパが落ち着きなさそうに、テーブルの上に出した両手を動かしています。
「…なるほど、事情は分かりました」と、事務官。
 は?なんですか、とーとつに。
「では、こちらからも手短に。
 基本的には、通達されたメールの内容と変わることはありません。
 付け加える点は、探索箇所が惑星パルムの海上か、このコロニーの内部かのどちらかだということです。
 目標を発見次第、目標の安全を確保しつつ保護、GRMへ移送してメンテナンスを行います。
 基本的には状況情報を伝達し、自発的に保護を求めるように誘導してください。
 各PMの情報と、隊員から個体宛のメール等は準備してあります。
 細かい質問は、業務を受理してから受け付けます。
 この業務を受けますか?」
 私が口を開こうとした時、パパが急に立ち上がりました。
「すまないが、すこし時間を貰いたい」
「では、1分だけ」
「ありがとうございます」


249 :来るべき未来の為に(6) :2007/09/20(木) 00:06:04.11 ID:NSElNVHe
 パパは私を急かして部屋の外に連れ出し、『テレパス』なのに早口で喋りだしました。
(今回の仕事、ミーナさんの話から不自然な感じがしたが、裏で諜報部が動いている)
(どうしてですか?)
(クバラPMデバイスはお前も知っているだろうが、最近になって、違法なクバラPMデバイスがパシリ達を通じて大量に出回っているそうだ。
 問題なのは、それらの内の幾つかが麻薬デバイスだという事と、その中にキャスト用の物が混ざっているという事だ。しかも、それら全てが出所不目の品らしい。
 どうやら、キャストに近い構造のPMに目をつけ、はぐれPMを実験台にしているようなんだ。
 依頼の受諾については隊員の自主性が尊重されるが、それだって限度がある。今回に限ってはあまりにも容易に断れるのでもしや、と思ったんだが…
 経験の少ないお前が例え『表』の仕事で行ったとしても、リスクがでか過ぎる。
 いいな、お前は降りろ。それから、当分は大通りに近づくな)
(一体、何時、そんな情報を?)
 視線を自分の手元に移し、複雑に指を動かしてみせるパパ。
 あ、あれって落ち着かないんじゃなくて『会話』してたのか!
(諜報部部長から直々のご指名じゃ、俺は断りようがないからな。
 いいな、部屋に戻ったら、外出する時はPM用の施設を使わず表を歩け。それから、やばいと感じたら部屋に戻れ。
 俺は、当分戻れないと思うから、何かあったら…)
(ヒュマ姉さんの所ね)
(分かっているなら大丈夫だ。そろそろ戻るぞ)

「…お待たせしました」
「結論は出ましたか?」
 無言で頷くパパに、事務官はほっとしたようで微笑みました。
「では、この業務はお受けになりますか?」
「「はい」」
 私の返事がパパと重なり、驚くパパと事務官。
「無理をする必要は無いのですが…それでもお受けいただけると?」
 わざわざ私に向き直り、念を押す事務官。
 私は無言で首を縦に振り、それに感心したのか呆れたのか、事務官はちらっとパパを見る。
「分かりました、業務の受理を確認しました。それでは詳細の説明に入りたいと思います」
 そう言って手渡してきたのは、『Eye's Only』というスタンプが押された紙の書類の束。
 これは、時間がかかりそうです。

252 :来るべき未来の為に(7) :2007/09/21(金) 01:15:51.83 ID:Lex1XirZ
 3時間以上に亘るブリーフィングを終え、帰路に着く私とパパなのですが、部屋を出てすぐに頭をポコッと叩かれました。
「このバカ娘が」
 そう言うと、パパは黙り込んでしまいました。
 怒られるのは覚悟の上で受諾の返事をしたのですから、それは仕方ありません。

 何故、私の気が変わったか。
 またパパが無茶すると嫌だから、というのが一番の理由です。二人の方が安全係数も高くなるし、私も安心できます。
 こないだのビーストさんの時みたいな分離行動はもうこりごりです。
 もう一つの大きな理由は、私がパシリだという事。
 パシリ同士なら聞きだせる話でも、ヒトには話さないって事が往々にしてあります。つまり、私がパパに代わってパシリに聞き込みが出来ます。
 …パパが怒る理由も分かるんです。
 渡された資料には現状報告も入っていましたが、ヒトはともかく、パシリは惨憺たる状況なのです。
 現時点でこのミッションを受けたパシリは計5名。内一名は、裏では有名な最下層の不法投棄場において全損状態で発見、残り四名は行方不明。
 全損状態の彼女は、ブレインコアを徹底的に破壊されていて復元は不能、データの吸い上げも不可能だ、と追加報告が上がっていました。
 パパはこの情報をブリーフィングの前段階で『前もって』知らされ、私にミッションを受けるなと釘を刺したのですから、いかに危険かという事です。
 それなのに、私が受諾してしまったのですから、パパじゃ無くたって普通は怒ると思います。

 シティ4Fにある転送ゲートのプラットホームである転送キューブ前に来ると、パパが早速アクセスし、間を置かずに転移が終了しました。
 あ、あれ?見たことも無い区画に出ましたけど…
「あ、あの、ご主人様?」
 ずんずんと歩いて行ってしまうパパ。
「お、新入りか?」
 唐突に背後から声を掛けられ、私が振り向いた先にいたのはGH-424さん。
「新入り?」と、私。
「諜報部に外部からパシリが連れて来られるって事は、あたしらみたいに下水道で斬った張ったとか暗殺とか、裏で薄汚い仕事をやらされるって事なんだぜ?
 知らないのか?お前」
「え、ここ、諜報部なんですか?!」
 私の態度に何か引っかかったのか、少しだけ考え込むとにやりと笑いました。
「はは~ん、お前、班長のパシリか。
 …確か、ロザリオ・ブリジェシーだったな。ガーディアンズに公式登録されている3体目のワンオブサウザンドで『指揮者(コンダクター)』のコードネームを持つ」


253 :来るべき未来の為に(8) :2007/09/21(金) 01:16:18.25 ID:Lex1XirZ
「え?え?え?え?え?」
「あん?なんだ、何も知らされていないのか、お前に」
「ああ、知らせていない」
「「ひっ!!」」と、私と彼女。
 気配も無く、唐突にパパの声が真上から聞こえてきました。
 あ~、びっくりした。
 見上げると、パパが私達を見下ろしています。
「ロザリオ、油を売ってないで、さっさとついて来い。それと『狂戦士(ベルセルク)』、暇なら後で手を借りるが、いいか?」
「お、おう、体なら空いてるよ」
 424さん、ちょっと狼狽しながらそうに返事をすると、そそくさと何処かへ行ってしまいました。
“新規異能体を確認、No.009として登録完了。型式GSS781-D9、ロットナンバーPMG98242B9FF-Dn916、『狂戦士(ベルセルク)』の呼称を追加”
 え、あの子、私と同じワンオブサウザンド?

 パパの後を付いて歩き、奥まった区画の部屋の前まで来ました。
「『オメガ・リーダー』、入ります」
「お邪魔します」
 パパの後を付いて簡素な作りの自動ドアをくぐると、中も簡素な作りの執務室です。
 奥の机では、書類の山に埋もれた人影が見えましたが、私たちの気配で顔を上げました。
「…あーっ、さっきの事務官の人!!」
 私は思わず指差してしまいましたが、そこで仕事をしていたのは、さっきブリーフィングルームで説明をしてくれた事務官の女性。
「部長、『オメガ・リーダー』、出頭しました」
 パパが形式ばった言葉使いで喋ってます、って、この人が件の諜報部部長さん?!
 人は見かけによりません。
 さっきとは違い、薄く化粧をして、黒一色の管理職クラスの制服を着用しています。
 つやのある黒髪を腰まで伸ばした、すごく綺麗な人なんですけど、事務官の格好の時とは全くの別人。冷たい雰囲気だし、随分若く見えます。
 …………違う。『若く見える』のではなく、本当に『若い』。昼間のあの姿は、年齢さえも偽った演技なんだ。
 部長さんが手元で何かを操作すると、ドアのロックが掛かりました。


254 :来るべき未来の為に(9) :2007/09/21(金) 01:17:14.15 ID:Lex1XirZ
「さて、では状況を説明しましょう…と、その前に、お茶でもどう?」
「ありがとうございます」
「…ありがたくいただきます」
 私は素直にお礼を言ったのですが、パパの返事は妙な間が空きました。見上げると、困惑した表情が一瞬浮かびます。
 部長さんが少し席を外すと、奥からGH-452を伴って再び現れました。
“新規異能体を確認、No.010として登録完了。型式GSS599-J1、ロットナンバーPMGA00261C5D6-J1”
 うわ、この子もですか?…GRMは驚異的欠陥品のバーゲンセールでもやってるのかしら………
「昼食がまだとのことですので、用意しました。軽い物ですがお召し上がりください」と、452さん。
 452さんがパイとお茶の用意されたトレイを持って来て、私達に紅茶と色々なミニパイを振舞ってくれました。
 紅茶もおいしいですが、このパイ、何処かで食べたような…
「あ、ヒュマ姉さんのお手製パイの味…」
 私がぽつりと呟くと、
「流石ですね。あの子が味見に付き合うだけの事はあります」
 部長さんはそう言って、冷たい微笑を浮かべます。
「お前、よく『ここ』で飲み食い出来るな…」
 そういえば、パパはお茶には手をつけていますが、パイは食べてません。
「無知とはいえ、見知らぬ場所で食事に手が付けられ、その上で毒物はきっちり回避しています。
 あなたがが心配するほど、彼女の危機回避能力は低くありません」
 部長さんは薄く笑ったまま、パパの言葉に答えています。
「(もぎもぎ、ごくん)ふ~ん、毒物ねぇ……(もぎもぎもぎもぎ、ごくん)………え゛、これに、毒?!」
 大げさに溜息をついて、私の頭をポンポンと軽く叩くパパ。
「それくらい能天気なほうが、この仕事は向いているのかもな」
 そう言って、残っているパイの中から二つを取り、そそくさと口に詰め込みます。
 私がなんとなく手を出さなかったパイは、妙な違和感を感じたので止めたのですが…
「20個あったうち、お前と俺が取らなかった残りの5個には毒が入っている。
 神経麻痺毒2、神経破壊毒3。天然毒だか、どちらも処置が遅ければ致死率100%の代物だ。
 それにこの毒は、PMの生体チップにも作用して破壊するほどの効果がある」
「正解です」
 軽い拍手をする部長さん。
 パパ、どうやって毒の種類まで当ててるんでしょう?さっぱり分かりません。


255 :来るべき未来の為に(10) :2007/09/21(金) 01:17:55.15 ID:Lex1XirZ
「正直な所、情報収集に当てられるPMが少なすぎて困っていました。
 彼女は運もあるし、危険に対する鼻も効きます。
 あなたの心配は分かりますが、本人がやると決めた事に反対する必要もないでしょう」
「はい………」
「わたしも、あなたのPMがあの依頼を受けるとは思いませんでしたが、こちらとしては願ったり叶ったりです。
 訓練施設の使用を許可します。施設を開放できる期日は3日。
 それと、『魔女(ウィッチ)』と『狂戦士(ベルセルク)』には協力するように伝えてあります。使い倒してかまいません。
 以上です」
「ありがとうございます。では、失礼します」
 パパは踵を鳴らして直立不動の姿勢を一度取ると、部屋から退出します。
 私もぺこりとお辞儀をして、あわててパパの後を追いかけようとすると、
「お待ちください」
 さっきお茶を入れてくれた452さんが、私を呼び止めました。
「な、なんですか?」
「マスターがお話ししたいそうです」
 そう言って、452さんが執務机に視線を向けます。
「改めて、ようこそ諜報部へ、ロザリオ・ブリジェシー」
 部長さんは相変わらず丁寧な口調で喋っていますが、先ほどまでの冷たさが和らいでいます。
「早速だけど、一つ、質問に答えてください」
「はい、いいですけど」
 質問に答えるのはいいけど、どんな質問だろ?
「何故、今回の業務を受ける気になったのですか?あなたの主人が止めましたよね」
 やっぱり、そういう質問がきたか。
「ん~、いつも無茶するご主人様を助けてあげたい、っていうのもあるんだけど、みんなが幸せになって欲しいから、かな?」
「みんな?」
「そう。この世界に生まれてきたパートナーマシナリーのみんな。
 やっぱり、ご主人様がいるなら帰りたいだろうし、会えるなら会わせてあげたい。本当に捨てられちゃったのなら、新しくやり直させてあげたい。
 そして、いつかみんな、幸せになってもらいたい」
「あなたが危険にさらされても?」


256 :来るべき未来の為に(11) :2007/09/21(金) 01:18:44.42 ID:Lex1XirZ
「うん。私はもう幸せだから、他のみんなが幸せになる手伝いをしたい。今不幸なみんなに『普通のPM』としての幸せをつかませてあげたい」

 そう、これが依頼を受けたもう一つの理由。
 普通じゃない私が幸せなのに、普通なのに幸せじゃないパシリ達がいるなんて、納得できません。

 部長さんは両手を挙げて首を横に振り、「降参」の合図をした。
「この賭けは私の負けですね、『魔女』。いいでしょう、あなたの案を採用します」
「ありがとうございます、マスター」
「礼を言われる事ではありません」
「あの、一体何の話ですか?賭けって…」
 私の疑問はもっともなんですが、答えてくれるかしら。
「私とマスターは、先ほどの質問に対するあなたの答えを賭けの対象にしたのです。
 あなたがご主人様優先の発言をすればマスターの勝ち、パシリを擁護する発言をすれば私の勝ち。
 私が勝ったので、今回の業務に諜報部のパシリを全て投入する事が出来ます」
 452さんから、ちゃんと答えが返ってきましたが…
「じゃあ、部長さんが勝ってたら…」
「もし、マスターが勝っていれば、私も含め、はぐれパシリの完全掃討に諜報部のパシリを全て投入する事になっていました」
「か、完全掃討って」
「主人を持たないパシリを全て強制回収、廃棄処分する事です」
「そ、そんな、ひどい!!」
「これ以上、このコロニーに不安材料を増やさない為です」
 部長さんが冷ややかに言い切ります。
「はぐれPMは、ローグスやイルミナスが付け入る隙に容易になりえます。今回の不正デバイスもその一部。
 総務部はこの一件を諜報部に委託しました。それなら、わたし達のやり方でやることになります。
 ですが、我々諜報部が大々的に動くとなれば、ちょっとした戦争です。
 相手がローグスであろうと、イルミナスであろうと変わりません。
 ですから、諜報部が動いているのを悟られないよう、総務部からの仕事として現在まで作戦を実行しましたが、予想以上に実態の把握が進んでいません。
 そこで、短期決着させる為に諜報部のPMを投入するなら、完全掃討か、それとも今までの作戦にするか、という話が出ましたが、諜報部次長と意見が割れました。
 最終的に、次に依頼を受諾したPM自身に決めさせようという結論で落ち着いたのです。
 あなたがその対象になったのは全くの偶然ですが、私と次長の賭けは次長の勝ちになりましたね」


257 :来るべき未来の為に(11) :2007/09/21(金) 01:19:23.20 ID:Lex1XirZ
 あれ?賭けをしたのってこの452さんと部長さん。でも、部長さんは次長と賭けをして負けたって…
「あの~、つかぬ事をお聞きしますけど、次長って、もしかして…」
「はい、私ですよ。それが何か?」
 しれっと答える452さん。
 パシリが役職について、しかも対等に、というか一個人として扱われているなんて驚きです。
「『St.Valentine Dayの惨劇』以降、その功労から諜報部は部署としての地位を若干上げました。諜報部長官ではなく、部長と呼ばれるようになったのがその証拠です。
 ですが、それ以上に危険視されるようにもなりました。必要以上の刃はおのが身を滅ぼす要因である、という運営委員会の圧力で、規模が縮小されました。外見上は」
「外見上?」
「実際はそれを予測していた部長が先手を打ち、例の事件よりも半年以上前から各諜報員達を機動警備部などに新規で入隊させ、末端人員を従来以上の数で維持しています。
 目立って優秀であったり、稀有な能力の持ち主から優先して極秘に行なわれました。
 ですが、それにより、諜報部の運営に支障が出てきたのも事実です。
 そこでやむなく、諜報部は方針を転換しました」
「実力があるなら、全てにおいてそれを優先することにしたのです」
 部長さんが微笑みながら話を継ぎます。
 なぜか、私は背筋が凍りつくような錯覚を覚えました。
「使える者、優秀な者に重要な仕事を行なわせる。人、パシリを問いません。能力が適しているなら、管理職につかせることもあります。
 今の諜報部は実力主義、それがここのルールです。
 しかし、実力があっても諜報部の害になるなら…」
 微笑を浮かべたまま、人差し指だけを伸ばして喉元をスッと掻き切る仕草。
 そうか、この人の微笑みは、目が笑っていない。常に冷徹かつ冷酷、非情な光を湛えている。
 ふぅと細く溜息をついて背もたれに身を預けると、目頭をもむ部長さん。
「ガーディアンズ運営委員会があの時、もう少しマシな対応をしてくれれば、今の我々も楽でしたね…委員会と現状の板ばさみにあって、総裁も苦労しています。
 今回の件も、例の運営問題が起こらなければ何もなかったし、大量退職者も出ずに済んでいたはず…
 大手以外の企業による臨時出資での訓練イベントや、新規隊員募集などでだいぶ改善されたようですが、何時まで持つことか」

 ガーディアンズ運営委員会って、ガーディアンズへの出資者達が集まった、運営を監視する委員会ですよね?
 確か、運営に干渉は出来るけど、ガーディアンズの自主性を尊重する為に基本的には傍観するはず。
 そういえば、最大出資会社が業績不振を理由に一部の資金出資を取りやめて、それでライセンス有料制が導入されたんでしたっけ。
 あの時には随分退職したって、ニュースで大々的に流れましたからね~。
 その所為ではぐれパシリが大量発生…皮肉なものです。


258 :来るべき未来の為に(13) :2007/09/21(金) 01:20:30.12 ID:Lex1XirZ
「次長、例の作戦は一任します。優先度はA。
 今回の主力はPMです、成否はあなた達に掛かっている事を忘れないように。
 私はかねてからの予定通り、36時間の休暇に入ります。緊急コードは例の通り」
「了解です、部長」
 は~、やれやれ、と部長さんが席を立ちました。
「あ、そうそう、聞き忘れてました」
 うわ、雰囲気ががらっと変わった。冷たさが完全に無くなって、柔らかい、精神的に成熟した大人の女性を感じさせます。
「パイの味、どう?」
 唐突にパイの感想ですか?
「え、あの、その…毒入りじゃなければ、もっと良かったんですけど…ヒュマ姉さんのよりもちょっぴりおいしかったです」
 これは本当。中身の具とフレーバーが絶妙なバランスで、ヒュマ姉さんのより芳醇な味わいがするんです、お菓子なのに。
「そう、良かった。私の腕もまだまだ捨てたものじゃないようね。久々でちょっと自信が無かったのだけど、教えた方としては、あの子には負けられませんから」
 部長さんはそう言って、トレイに残っていた残りのパイにソルアトマイザーを使うと、一つを手にとって…食べちゃった。
「あの、薬で毒は消えるでしょうけど、食べて平気、というか味は…」
 ああもう、私ってば、何が言いたいのかよく分からなくなってる。
 部長さんが唐突に、自分の食べかけを私の目の前に突き出しました。
 …部長さん、期待の目で見てるし。これはもう、食べるしか…
 意を決して、一口…
「(もぎもぎ)………お、おいひぃ」
 毒性は無し。素朴だけど、とってもおいしいです。元毒入りとは思えない。
 これって、どういうこと????
 452さん、あっけにとられてる私の顔を見てクスクス笑ってます。
「確かに、使った材料の中には毒性を持つものがありました。でも、本当は毒抜きしてから調理するんです。
 実際、毒抜きに時間がかかるのと、毒性が強いので、食用としては市販されていないのですけどね。
 マスターは、毒性のある食材を使う郷土料理を応用して、パイの具を作ったんです」
「食べ物は粗末にしちゃいけない、って教えられて育ちましたから。捨てなくてもいいように考えてるのよ?」
 茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる部長さん。
 もしかして、諜報部って、一癖どころか二癖、三癖もあって裏も沢山あるこんな人達ばっかり?
 部長さんの執務室を出た時には精神的に疲れきって、すっかり気力も失せてました。ヤレヤレ…

260 :来るべき未来の為に(14) :2007/09/21(金) 17:18:02.44 ID:Lex1XirZ
 部長さんの執務室を出ると、パパの代わりに『狂戦士』さんが待っていました。
「あんたのご主人様からの伝言。
 『この部署を一回りして、最後に訓練施設へ来い』だってさ。
 …あたしの後をついて来な、案内してやるよ」
「ありがとう」
「これも仕事のうちさ、気にすんな」
 踵を返して歩き出す彼女の後を、はぐれない様についていきます。

 現在の諜報部の状況や施設の説明を受けつつ、普通の事務室から倉庫、指令所、緊急避難施設などあちこち回って、更衣室へ来ました。
 男性用、女性用に加え、パシリ用があるのには驚きました。
「縮小されたとはいえ人数も多いし、現在のこの部署はパシリも平等に扱われるようになったからね。それに、人員の四割位はパシリだし。
 さっき話した人員削減の穴埋めとして、部員達が自分のパシリを事務処理に充てて補っていたんだけど、部長の方針で適材適所にどんどん割り振られてさ。
 今じゃ役職的には自分のご主人様より上の奴もそこそこいて、笑えるぜ?自分のパシリに仕事のミスで怒られてるご主人様とか見るとな」
 にやついてそう言いつつ、私を『PM用更衣室』とプレートのついた部屋に招き入れる『狂戦士』さん。
 更衣室といっても、パシリが使いやすいように配置されている点が違うだけで、後は普通に個人用ナノトランサーが設置された小さなロッカーが並んでいる場所です。
 今は私達以外には誰もいません。
 幾つかのロッカーの列がありますが、部屋の隅の方にあるロッカーを指差して「これがお前のロッカーだぜ」と、彼女が教えてくれました。
 ロッカーには既に、勝手につけられた私のコードネームである『指揮者』のプレートがかけられています。
 プレートの色合いが少し古く感じるということは、設置されたのは昨日今日じゃないって事ですね。
「ほれ、お前のロッカーの鍵」
 と、彼女から小さなメモリカードを投げ渡されました。
「普通はここに、おまえ専用の武器や防具、支給アイテムなんかが補充される。今は訓練用の服と靴しかないはずだけどな」
 説明しながら、『狂戦士』さんが隣で着替え始めています。
「さっさと着替えろよ。あいつらが待ってる」
「は、はい」
 手馴れた様子で、プロテクター付きの、少し派手な訓練服を身に着けていく『狂戦士』さん。
 身体のラインが丸分かりなデザインで、ちょっぴり…いえ、だいぶエロいです。


261 :来るべき未来の為に(15) :2007/09/21(金) 17:18:38.50 ID:Lex1XirZ
 …はっ、他人の着替えを観察してる場合じゃないです。
 早速ロッカーのロックを解除し、訓練服と靴を取り出して私も着替え始めたのですが…
「……………………」
 私の手が止まったのを見て、『狂戦士』さんが怪訝な表情で私に声をかけます。
「あ?どうした?」
「……この訓練服って、サイズフリーですよね?」
「ある程度は自由が利くけど、特注の部類に入る代物だからサイズフリーじゃないぞ?」
 足元に視線を移し、靴紐を結わえながら『狂戦士』さんが言いました。
 困ったなぁ、ちょっとサイズがきつい部分が…
 上はインナー、下はズボン姿のまま途方にくれていると、着替えを終えた『狂戦士』さんが唐突に私の躯体を撫で回し始めました。
「え、ちょ、なに、きゃん、そこは、あん、ん~!、や、やだぁ~!ひゃん、胸、らめぇ~~~~っ!」
 躯体中を丹念に撫で回した上に、最後には、私の…胸を…揉むし……
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……………な、何するのよぅ~!」
「……………」
 一通り私を撫で回した『狂戦士』さんは、私の抗議も上の空で、指を折り曲げながら何かを計算しています。
「……お前、普通の41xシリーズより胸がでけぇなぁ」
「ほっといてよ!もう!」
 ううぅ、確かに胸周りが少しきつくて困ってるんだけど、もうちょっとやり方というか方法があるんじゃないの?!
 抗議の意味も含めて彼女を睨むと、にやっと笑って「ゴチソウサマ」と口の形だけで言いました。
 この女食いめ~!!
「ちょっと待ってろ、装備班にお前の身体に合うやつを探してもらうから」
 内線でどこかに連絡している彼女に背を向け、私は恥ずかしさと情けなさからちょっぴりべそをかいていました。

 すったもんだの挙句、やっと体格に合った訓練服を身に着け、訓練施設にたどり着きました。
 …サイズ測定はどうしたって?身体測定器がちゃんとありました、更衣室の中に。 / @イ つд⊂ノヽシクシク、モマレゾンデス


262 :来るべき未来の為に(16) :2007/09/21(金) 17:19:26.91 ID:Lex1XirZ
 施設内の運動場では、訓練服に身を包んだ数人の男女と一人のパシリが私達を待っていました。
「あれ?ご主人様がいない?」
「あ、本当だ。何処に行ったんだ?班長は」
「オメガ・リーダーなら3分前に、部長の呼び出しを受けて退席した。
 遅いぞ二人とも、行動は迅速に行え」
 待っていた中でも一番背の高い鉄仮面男性キャストさんが、パパの行方を教えてくれつつ、私達の遅刻を注意しました。
「ご、ごめんなさい」
「しょうがないだろ?『師匠』。こいつの装備、サイズが合わなかったんだから」
「それは妙な話だ。規定サイズで問題ないはずだがな」
「それがさ、こいつむnモガモガ…」
 私はあわてて彼女の口を手で塞ぎます。それ以上は言わせません。
「あははははははは、合う物を調達したので大丈夫です」
「なら問題は無いな?」
「は、はいぃ」
 なんとか誤魔化せました。
「ではとりあえず自己紹介しておこう。
 私はコードネーム『師匠(マスター)』、この訓練施設における総合運動教導官主任、つまり教師でありここの校長だ。
 これからお前の運動能力を改良するための訓練を行うのだが、全てを私が指導する。
 他にも訓練補佐につく人間が入れ替わりで大量に来るが、無理に覚える必要は無い。
 後、今日は『狂戦士』の他に補佐でパシリが一人入るが、既に顔合わせ済みと聞いているので紹介は省く」
 一人だけ先に来ていたパシリがペコリとお辞儀する。
 あ、『魔女』さんだったのか。
「では、時間も惜しいので訓練を行いながら内容を説明する。
 一つだけ前もって言っておくが、本来は1ヶ月かけて行うものを3日でこなすためにかなり詰め込んであるが、抗議は受け付けない」
 うえ~、どんだけハードな内容なんだろ…


263 :来るべき未来の為に(17) :2007/09/21(金) 17:19:52.23 ID:Lex1XirZ
 訓練が開始されると、その内容のハードさにすぐさま躯体が悲鳴を上げ始めました。運動不足のつもりは無かったのですけど…
 柔軟体操に始まり、同盟軍式の体操、腕立て、腹筋及び背筋運動、懸垂、ロープ上り、ダッシュ、障害物走などなど。
 これらは全て、普段使わない部分を動かし、本来の柔軟性を取り戻す為の訓練です。
 45分の訓練と5分の休憩を1セット、それを8回繰り返して今日の分は終了しました。
「本日の分はこれで終了だ。ちゃんとクールダウンしろ」
「は、はい~」
 額ににじむ汗を袖でぬぐい、教わったばかりの柔軟体操を始めます。
「おまえって変なパシリだな」
 すぐ隣で同じように柔軟体操している『狂戦士』さんが、あきれたような物言いで私に声をかけてきました。
「あなたも、異能体って、だけで、ずいぶん、変、でしょ」
「おまえほどじゃないよ。大体、あたしは汗なんてかかないし」
「ま、それ、も、そう、ね」
 普通、パシリも含め、キャストには発汗機能なんてついてませんが、私の場合は412に再誕した時点でその機能が追加されていました。
 PM研究所で検査も受けましたけど、通常の進化プログラムにも無い機能追加だという事で、私自身の環境適応能力だと結論が出ました。
 不良品の私が変だといわれても、今更です。
「胸はでかいわ、汗はかくわ、他のパシリは操るわ…おまえ、ほんとにパシリか?」
「あなたも人の事は言えないでしょ?『狂戦士』」
 唐突に、会話に割り込む声。
「…ふん、おまえもな『魔女』」
 何時の間に来てたのか、『魔女』さんが私達の前に立ってます。
「少し、時間を頂戴、二人とも」
「用なら言えばいいじゃねぇか」
「…わたし達の能力を、彼女に教えておきたいんだけど?」
「なら、最初からそう言えって」
 『魔女』さんが、訓練施設に設置されたシミュレーターをおもむろに起動させました。
「ロザリオ、壁際に移動して」
「は、はい」
 フォトン技術を応用した質量のある立体映像が、運動場の中央に原生生物を模ります。


264 :来るべき未来の為に(18) :2007/09/21(金) 17:20:22.73 ID:Lex1XirZ
「まずはあたしからだな」
 再現された原生生物はLV110ゴル・ドルバ。
 私達なんて、比較したらちっぽけ過ぎます。
「いくぜ!」
 斧を取り出して振りかぶり、ゴル・ドルバめがけて走りこむと、
「はあっ!!!」
 気合とともに力いっぱい振り下ろします!

 瞬間、視界を真っ白い光が埋め尽くします。

「わ、まぶし」
「ふ、相変わらずね」

 Pi――――――!エネミー、撃破!

 い、一撃でLV110ゴル・ドルバを倒したんですか?!
 うわぁ、シールドされた床面構造材が広範囲に泡立ってる…
「一撃必殺ぅ~!」
「はいはい、また床を溶かしちゃって。ちょっとどいて」
 杖を取り出して、テクニックをかけようとする『魔女』さん。
 でも、電撃系しか使えなんじゃなかったかな?452って。
「ラ・バータ!」
 え?氷の球が現れましたけど…
「ちょっと範囲が足りないか。では、ノス・バータ!」
 ほんとにノス・バータを使ってます。
「うそ?!」
「あれがあいつの能力。パシリなのにテクニックは一通り使えるから『魔女』。もちろんそれだけじゃない」
 両手杖を取り出し、水平に構えるとそれにひょいと横座り。
「杖に乗って、浮いてる…」
 ふわふわ空中を飛びながら、泡だった床をノス・バータで冷却していく『魔女』さん。


265 :来るべき未来の為に(19) :2007/09/21(金) 17:20:59.61 ID:Lex1XirZ
「魔女は空だって飛べるだろ?そして、あたしは」
「フォトンリアクターの出力上限が無い。前にいた『狂犬』の白兵戦版よ」
 冷却が終わって、私のそばで着地する『魔女』さん。
「恐ろしいのは、あの出力のままの斧を投げて、飛んでるドラとかオンマとかに当てちゃうのよね」
「殴るの得意だけど、投げるのも得意だぜ?」
「あ、あはははははは…」
 流石に色々とすごい人たちです。
「で、今度はおまえの番だけど」
「え、私もですか?」
「ええ、見せてもらいたいわね」
 歩けるようになった運動場に、今度はホログラフじゃなくて、小型のターゲットマシナリーが50機ほど用意されました。
 はあ、しょうがないか。
 50機くらいの低級マシナリーなら、高密度モードで大丈夫ね。 
「じゃ、いきま~す」
 システムを起動して、あっという間に完全制圧。
 音響設備も借りて、音楽を流しながらちょとしたマスゲームをやらせてみました。
「どうですか?」
「へ~、すごいすごい」
「報告書よりは、現物を見たほうがやっぱり分かりやすいですね」
「これでOK?」
 それを聞いた『狂戦士』さん、自分を親指でさして、
「じゃ、あたしらを制圧出来る?」
 と、言ったのです。
 そうは言いますけど、この人達にやってもいいものなのでしょうか。
 使用された後の対象を調査したって話は聞いたことが無いので、どんな影響が残るが不明なんです。
 この前は非常事態だったから使いましたけどね。
「やってもらえる?私達も抵抗するけど」と、『魔女』さん
 ま、本人達がいいというのですから、問題ないでしょう。
「じゃあ、行きますよ?」
 かなり出力の高い高密度モードでアタックを開始して、30秒ほどで二人の機能を半分ほど掌握出来ましたが、それで限界です。


266 :来るべき未来の為に(20) :2007/09/21(金) 17:21:34.21 ID:Lex1XirZ
「ふぅ~、これ以上は無理ですよぅ~」
「うへ、右腕と両足が感覚ねぇや」
「私も右足と左腕、それと視覚が完全掌握されてます」
 喋ってる間も攻略しているのですが、手を緩めるとすぐに制御を取り戻されてしまいます。
 疲れたので接続を切って、二人を部分掌握状態から解放しました。
「ワンオブサウザンドを掌握するのは、すっごく疲れる…」
「奇妙な感覚だったな」
「後は『バーストウェーブ』だけね」
 う、そう言われちゃうとなぁ…
「ご主人様に『使うな』って止められているんだけど……見せないと、ダメ?」
 頷く『魔女』さん。
 はぁ~、しょうがないなぁ。ヒト相手じゃないから怒られないよね?
 二人を壁際に下がらせて、私は運動場の中心よりやや離れた位置に立ちました。
 パレットから『バーストーウェーブ』アイコンを起動させます。
 右腕を正面に伸ばすと、長さ1m位の、剣の柄に見える出力調整&エネルギー発振ユニットが手元に出現、更に鍔に見える4枚の板状エネルギー偏向ユニットが実体化。

 キュゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 フォトンが音を伴って柄から剣先に収束し、刃渡り10mのソードが出現しました。
『残り起動時間:3分29秒』というタイマーがパラメータウィンドに表示されます。
「うお、な、なんだそりゃ!」
「SUVウェポン?!」
 驚く二人を尻目に、見よう見まねでシミュレーターを起動させて、さっきのゴル・ドルバを出現させます。
「え?ちょ、まて!」
 『狂戦士』さんの警告を無視して、私は床を蹴って飛び上がり…
「はは~い」
 スピニングブレイク。

 Pi――――――!エネミー、撃破!



267 :来るべき未来の為に(21) :2007/09/21(金) 17:22:10.47 ID:Lex1XirZ
 それと同時に照明が非常灯に切り替わって火災警報が鳴り響き、スプリンクラーが消火剤を撒き始めました。
 泡立つ壁、天井、そして、溶け落ちて骨格構造体がむき出しになった床。
 私の剣が接触した部分がスキルの威力と相まって、部屋に張り巡らされたシールドを突き破って構造材を融解させてしまったのです。
 いまだに起動したままの巨大な長剣に消火剤が当たって、もうもうと水蒸気が立ち昇っています。
「いったい、それは…」
 呆然とつぶやく『魔女』さん。
「私の持っている非常識なほど強力な制圧・制御用通信システムの電波を、特定空間で高密度に収束して、フォトンにまで昇華させて作り出した巨大な剣。
 私の局地戦闘モード。起動時間は3分30秒、威力は――――」
 『バスターウェーブ』の起動を解除し、二人に背を向けます。
「見ての通り」
 『バスターウェーブ』を完全に起動させたのは今回が初めて。予想以上の威力に、私は恐怖で胸が締め付けられる思いでした。
 ふと気がつくと、伊達眼鏡のレンズが半分解けていました。スキルとの相乗効果で非常識な威力となった一撃の影響を受けたのでしょう、訓練服も薄い所がボロボロです。
 私は壊れた眼鏡をむしり取るように外して、投げ捨てます。

「――――私はただのパシリでいたかった。
 こんな『もの』、欲しくなかった!
 なんで、私にこんな『力』があるの?!
 何の為に?!
 私に何をしろっていうの?!
 誰でもいい!
 誰か!誰か!!教えてよぉ!!!」

 自分が作り出した運動場の惨状を見たせいか、今まで溜めこんでいた心の葛藤があふれ、衝動的に叫んでいました。 
 不意に、私宛の差出人不明メールが届いて、私の意志とは関係なく勝手に開きます。

『来るべき未来の為に』

 これが私の叫びに対する本当の答えだと分かったのは、長い長い、一連の事件が全てが終わってからの事でした。

277 :来るべき未来の為に(22) :2007/09/22(土) 18:19:07.62 ID:yHAV8j/s
 夜も更けた頃。

 ん~、なんだか今日は寝付けない…

 もぞもぞと寝返りをうち続け、結局起きてしまいました。
「………眠れない?」
 隣で一緒に寝ていた『魔女』さんが、薄明かりの中で私を見上げていました。
 寝ているのが人間用のベッドなので、パシリが二人でも狭くはありません。
「うん、ちょっとね」
「そう。でも、明日は早いのよ?」
「分かってます」
 とりあえず、上掛けに潜りなおします。

 今日は、一人で『魔女』さんの部屋に泊めてもらっています。
 泊まった理由は単純で、明日の時間の都合、って奴です。
 今日も姉妹達がお泊りに来ているはずなんだけど、パパと一緒に騒いでいるんだろうなぁ。

「パパ、ずるいなぁ」
 小さく呟くと、『魔女』さんがクスクス笑ってます。
「姉妹達と遊びたかった?それとも、大好きなパパと一緒に居たかった?」
「両方」
 ぼそっと答えると、彼女はまた笑ってます。
「いいわね、そういうの。私もマスターは大好き。
 もっとマスターの役に立ちたくて、私はこの姿になったの」
 『魔女』さんの方に顔を向けると、彼女は真っ直ぐ天井を見つめています。
「私とあの子はね、実験体なの」
「実験体?」
「ええ。人為的にワンオブサウザンドを生み出す為の、ね」
 その言葉に、私は驚いて飛び起きました。
「な、何でそんな実験を!」


278 :来るべき未来の為に(23) :2007/09/22(土) 18:19:33.79 ID:yHAV8j/s
「理由は色々。
 いなくなった前任のワンオブサウザンドの代わりが必要だったというのもあるし、その発生メカニズムを解明する為だったり…
 私はマスターの役に立ちたくて、志願したの。
『マスターのためなら、どんな苦しい事でも耐えられるから』って言ってね。
 そしてあの子は、自分のご主人様の敵を取る為に志願したの」
「あの子、って『狂戦士』さん?」
 小さく頷く彼女。
「詳しい事は誰にも話さないけど、敵を討つ相手がいる事だけは確か。
 ねぇ、ロザリオ」
「何?」
「あなたを含め、私達3人がワンオブサウザンドに変化した原因って、なんだと思う?」
「…イルミナスの手によるブレインコアが使われていたから、じゃないの?」
 本当は違うのを知っているけど、一応そうに言ってみる。
 小さく首を横に振り、否定を示す『魔女』さん。
「私には、偶然にもあなたと同じ、イルミナス製のブレインコアが使われているけど、あの子は違うわ」
「じゃあ、原因って…やっぱりPMデバイス?」
「ええ、そう。それも、ただのデバイスじゃないの」
 私に顔を向け、表情の読めない視線を投げかける彼女。
「そのデバイスはね、ロザリオ。SEEDウィルスに汚染されていたデバイスなの」
 その意味が理解できると同時に、私はベッドの上で崩れるように横たわりました。
「そんな………うそでしょ……」
 あまりの衝撃に、なにも考えられなくなりました。
「私が、何百回とデバイスによる変化を続けて気が狂いそうになった時、一つだけ妙なデバイスがあったのに気がついたの。
 それは、使用前の検品で不良品とされ、精密検査が必要とされて弾かれていた物の一つだったわ。
 私はそれに惹かれるように手を出したの。でも、すぐには使わせてもらえなかった。
 私がその不良品だけ狙ったように手を出したので、すぐに詳しい検査が行なわれて、SEEDウィルスによる汚染が確認されたの。
 その後、使用するか否かでさんざん議論されたんだけど、錯乱気味の私の一言で使用が決まったわ。
 『それが私の求めている物だ!』って」
 再び天井を見つめる彼女。


279 :来るべき未来の為に(24) :2007/09/22(土) 18:19:58.20 ID:yHAV8j/s
「その汚染されたデバイスを使用した後の私は、ワンオブサウザントになったわ。能力は昼間に見せた通り。
 そして、多岐にわたる検査の結果、私達に共通の現象が見つかった」
「共通の、現象?」
 反射的に呟く私。
「私達パシリの人工皮膚や人工筋肉、ブレインコアなどの生体チップには、普通のキャストと同様に、ヒューマンの物をモデルに作られた100%化学合成の人工細胞が使われているの。
 そして、ミトコンドリアに該当する部分にはナノマシンの集合体が使われている。
 でも、私達の場合、それをSEEDウィルスが行なっているわ。まるで、ヒトの細胞にミトコンドリアが共生してるのと同じように。
 そう、私達3人はSEEDウィルスとの共生体、それゆえにワンオブサウザンドになったと言えるの」
 静かに語り続ける彼女。
「私達はSEEDウィルスと共生することで進化した、ウィルスの影響を受けずに活動できる、たった3人のパシリ。
 そうなったのは、そうなる必然があったからだと、私は思う」
 私に顔を向けて優しく微笑むと、上掛けからそっと手を出し、私の手を優しく握る『魔女』さん。
「だからね、『力を持った意味』とか『生まれてきた意味』なんて言葉に惑わされないで、精一杯生きればいいと思うの。
 あなたが『何者』かなんて、どうでもいいじゃない。
 あなたが大好きな、あなたと共に生きていたいと願う誰かにとっては、ワンオブサウザンドとか共生体とか、そんな事関係ないんだから。
 あなたはあなた。泣き虫で、甘い物が大好きで、ちょっと間が抜けてて、ご主人様をパパと呼んじゃう、ご主人様が大好きなパシリ、ロザリオ・ブリジェシーなんだから。
 あなたがあなたらしくしていればいいのよ、ね?」
「うん」
 私の手を握る『魔女』さんの手を、空いている手を重ねて握り締めます。
「うん、そうだね。うん」
 なんだか、急に眠くなってきました。
 不意に訪れた眠気にそのまま意識を委ねて、私は眠りにつきました。


280 :来るべき未来の為に(25) :2007/09/22(土) 18:20:29.16 ID:yHAV8j/s
 はだけた上掛けをロザリオに掛けなおす『魔女』。
 すやすやと、幸せそうな寝顔のロザリオを見つめながら、独り言を呟く。
「私も、あなたと同じ思いを抱いた事がある。でも、それは自分で望んだ事。マスターのために望んだ事。
 だから、私は乗り越えらえた。
 でも、あなたは違う。だから、葛藤を覚えた。
 あなたが無意識に溜め込んでいた心の内の葛藤は、たぶん消えることは無いでしょう。
 でも、いずれは乗り越えられる。それが何時になるかは分からないけど。
 あなたはあなた。
 そう、あなたはあなたである事を、自分のご主人様以外の誰かに肯定してもらいたかった。ただそれだけのこと。
 でもそれは、生きている限り常に付きまとう問題。
 ヒトが集えば、誰かは必ず自分を否定する。
 それがヒトの世界。
 そういう世界にしたのはヒト自身。
 いったい、何時になったら、ヒトはそれに気づくのだろう。
 他人を肯定する事が、次に進む大切な一歩だという事に。
 それが、自分を肯定するのだという事に。
 ロザリオのような、心の安寧を手に入れられるという事に」 
 『魔女』はそっとロザリオの額にキスをすると、
「おやすみなさい、良い夢を」
 そう言って、自らも眠りにつく。
 その仕草は、己のマスターに出会って間もない頃、生活になじめず眠れなかった時に、彼女がマスターにされた行為そのものだった。


281 :来るべき未来の為に(26) :2007/09/22(土) 18:21:02.84 ID:yHAV8j/s
 翌日。
 朝食もそこそこに、昨日以上のハードなメニューが組まれた訓練が始まりました。
 途中から、対パシリ・対ヒト戦闘訓練が加わり、更に1対多数、2対多数などの不利な状況での訓練が行なわれました。
 終わりの頃になると、本来使用出来ない銃器の扱いまで一通り叩き込まれ、固定ターゲットなら合格点が出るまでになっていました。
「使えない武器でも、覚えておくに越した事は無い。相手の特性を見抜くことにも繋がるからな。それは、自然と戦略に繋がり、結果として生き残りやすくなる。
 戦うという事の基本は勝つことだが、勝利を考える前にまずは生き残る事だ。生き残れば、勝てる見込みが出てくる」
 『師匠』は私の相手をしながら、口頭で講義を続けていました。
「よし、今日の訓練は終了だ。解散!!」
「ありがとうございました」
「『指揮者』」
 そのまま訓練場を出ようとしたら、唐突に『師匠』に呼び止められました。
「はい、なんでしょうか?」
「一つ聞いておきたい。
 お前にとって、『戦い』とはなんだ?」
 鉄仮面ゆえに表情は読めませんが、真剣な様子だという事は分かります。
 でも、なんて答えていいのか分かりません。
 私にとっての『戦い』って、なんだろう?
 考えているうちに色々な戦闘が思い起こされ、やがて店番をしている時や日々の家事が連想されました。
「………私の戦いは、日々を生きる事」
「その理由は?」
「う~ん、上手く言えないけど、何気ない毎日でも、色々な事をいっぱいがんばらないといけないから、かな?」
「そうか。引き止めて悪かった、しっかり休息を取れよ」
「はい」


282 :来るべき未来の為に(27) :2007/09/22(土) 18:21:40.73 ID:yHAV8j/s
 訓練が終わったのは、既に夕方と呼べる時間を過ぎた頃でした。
「は~、疲れたよぅ~」
 自分のロッカーの前まで足取りも重くやって来ると、汗で重くなった訓練服と下着を全部脱いで裸になり、シャワーを浴びるためにロッカーのナノトランサーからタオルを取り出そうとしました。
 ところが、見慣れぬアイテムが増えています。
「…あれ?プレゼントが入ってる」
 一体誰だろ?酔狂な方法だけど。
 取り出すと、ダン・ボールに手製の包装がされたプレゼントが出てきました。開封前だというのに、甘い匂いが漂ってきます。
「あら、リキュールのいい匂い」
 今日の訓練に付き合ってくれていた一人の431さんが、シャワー室から出てきてそう言いました。
「開けちゃって大丈夫かな?」
 私が心配そうに言うと、手際よく調べてくれました。
「大丈夫、爆発物とかは無いですね」
「じゃ、開けてみる」
 包装を丁寧に剥がして、出てきたダン・ボールの蓋を開けると…
「うわぁ~、クッキーが沢山入ってる~!おいしそぅ~!」
 431さんが箱の中を見て、驚きました。
 半透明なフィルムで小分けにラッピングされたクッキーが、ダン・ボールに目一杯詰め込まれています。
 あ、カードが入っている。すっかりリキュールの匂いが染み付いてるけど…なになに…

『訓練がんばって!一杯焼いたから、みんなで食べてね。
 ―――みんなとヒュマ姉&わたしより―――』



283 :来るべき未来の為に(28) :2007/09/22(土) 18:22:46.90 ID:yHAV8j/s
 みんなとヒュマ姉さんは分かるけど、『わたし』って、誰?
 とりあえずシャワーを浴びて着替えてから、訓練に付き合ってくれたみんなに配って回りました。
 最後に残った自分の分を持って休憩エリアに行き、紅茶を買ってからベンチに腰掛けます。
 ラッピングを解くと、辺りに甘いお菓子の香りが漂います。
 普通のやチョコのほかに、ドライフルーツが入ったりトッピングされたクッキーが全部で6個入っていました。
 無造作に一つ取り出して口に入れると、生地のサクサク感とドライフルーツの程よい甘さ、リキュールの香りが口の中に広がります。
「ん~~っ、お・い・し・い♪(もぎもぎ)」
 ……………ん?リキュールの香り?………あ、そういえば。
 カードを出して改めて見てみると、リキュールを振りかけて香りをわざと染みこませた跡があります。
 これって、もしかして……
 丹念にカードを調べると、裏面の薄い紙が剥がせる様になっていました。
 丁寧に紙を剥がすと、綺麗な字で更にメッセージが書かれています。

『よく見つけられたわね。このクッキーは、あなたの住んでる部屋に行ったら、あなたの姉妹達が作っていたのでちょっと手伝ってあげたものよ。存分に堪能してね。
 ―――わたしこと部長より―――
 P.S 諜報部の隊員には黙っておいて』

 黙ってますけど、お菓子を作った人の正体に気づいた人もいるだろうなぁ。
 案の定、私が半分ほどクッキーを食べた頃、製作者の正体に気づいた何人かが私の所にやってきました。
 ですが、私が平然と食べているのを見て、恐る恐る手持ちの残りを一緒に食べ始めました。
 みんな、おいしいんだけど納得いかない表情。
 その様子に私は、ただ苦笑するしかありませんでした。

286 :来るべき未来の為に(29) :2007/09/23(日) 19:57:13.51 ID:x9kyPaBX
 ロザリオを諜報部に預けたその日の夕方。
 俺は珍しく、一人の女性と共にコロニーの道を歩いていた。
 普段の俺は誰かとつるむ事も殆ど無く、フリーミッションは殆ど一人か野良、カードを交換していても、普段の付き合いはメールくらいだ。
 その所為か、隣を歩く人の気配にむずがゆさを感じていた。
 おまけに、行く先々で通行人が連れに目を留めて振り返り、まるで見世物の気分だったが、生憎と俺の隣を歩く当の彼女は何処吹く風といった様子だ。
 仕方が無いとはいえ、その容貌は目立ちすぎる。
 極上の美人といっても過言ではない顔立ちと容姿に加え、透き通る白い肌と腰まである艶やかな黒髪が嫌でも目を引く。
 そして、その身を包むのは黒が基調のスマーティアセット。それが更に人目を引く。
 俺と彼女は当たり障りの無い会話をし、ウィンドゥショッピングをしつつリニアラインに乗って、展望台まで移動する。
 傍から見ればデートにも見受けられるかもしれないが、内心はブリザードアイスを食いすぎた時よりも冷や冷やものだった。
 展望台は案の定、誰もいなかった。
 ここなら盗聴器や各種探査機を気にする必要は無い。精神安定を目的とした施設なので、その手の機器が意図的に遮断されているのだ。
 内心、人がいない事に安堵の溜息をつき、お気に入りのベンチに腰を下ろす。ここだと、強化展望ガラスの向こうに広がる星々と3つの惑星が良く見える。
「―――はい、どうぞ」
 唐突に渡されたプラカップを反射的に受け取って、しまったと思う。
「大丈夫、そこの自販機で買ったものだし、何もしてませんよ?」
 そう言って、俺の左隣に座った彼女。
「そう言われて安心して飲んだ奴が、何人あの世へ行きましたかね?」
「さあ?」
 そらっとぼける彼女。
「しかしまあ、自分の休日をつぶしてまで俺に話とは、どんな用件です?長官。いや部長」
 そう、彼女は俺の裏の顔である、諜報部員を統括する諜報部部長その人だ。
「愛の告白、って言っても本気にしないでしょうし、唯の気晴らし、って言っても信じないでしょ?」
「それは勿論。冷酷無比にして死の番犬どもを率いる、狩猟の女神。
 『あいつ』がそう揶揄する長官が、くだらない用件で、たかが機動警備部の一隊員に会いに来るわけがない」
 ついつい長官と呼んでしまう癖がなかなか抜けない。
 プラカップに口をつけ、中身をゆっくりと味わう。
 Gコロニー名物のオリジナルブレンドコーヒーだ。苦みが強いが、後味がすっきりしていて目が覚める。
 さっきはああ言ったが、これにはもちろん毒なんて入っていない。
 ぼんくらな前の長官と違って、むやみと手札を晒さないし、無駄に切る事も、無駄に使うこともしない人物だという事を、俺は十二分に理解している。


287 :来るべき未来の為に(30) :2007/09/23(日) 19:57:46.31 ID:x9kyPaBX
 だが時折、俺のことを腫れ物のように、慎重に扱うことがある。
 例えば、今のコーヒーのように、要らぬ気を利かせたりするのだ。
 彼女は俺と同じようにコーヒーを口にし、小さく溜息をつく。
「正直に言うと、私はあのロザリオというPMが怖い」
「怖い?」
 唐突に切り出されたその言葉に、俺は自分の耳を疑った。あの部長が吐く台詞とは思えなかったのだ。
「ええ。彼女の能力云々ではなく、その『意識』が、ね」
 俺にはその意味がまるで分からなかった。
「彼女は、何か、人とは相容れない異質な『意識』を内に秘めている。
 その『意識』は、我々ヒトやPMに似ていて、ちがうもの。
 ある程度理解は出来るけど、その全てを推し量れない存在」
「それは例えるなら、未知の知性体と出会った時と同じ恐怖感、という事ですか?」
「そうね、そう言っても過言じゃない。時折、あなたが不可解な存在に感じる事があるけど、それによく似ている」
 人心掌握に長けているだけあって、気づいていたか。
 そう、かつての俺の意識は、ナノマシンの致命的欠陥による影響で、普通のヒトとはかけ離れたものになった時期がある。
 俺達を生み出した科学者連中の一人で、当時、専属精神科医だった精神科学の専門家が、俺の精神構造を解析した事がある。
 専門家はレポートにおいて、

――あえてこの精神構造を分類するならばキャストと同じ位置づけにするが、ヒトとは相容れない異質な『意識』構成である。
――ヒト全てを己よりも下位の存在として位置づけ、認識し、我々の闘争そのものを瑣末な事として無関心かつ冷静に見ている。
――分かりやすく例えると、蟻同士の喧嘩を観察するヒトであり、この例えにある蟻が我々ヒト、ヒトに該当するのがこの進化体(当時の俺達はこう呼ばれていた)である。
――旧い定義を当てはめるならば、この傲慢かつ冷酷な精神構成は『神』と呼んでいいだろう。

という解析結果を提出していた。
 俺を元々の意識構成に戻すために様々な情操教育が行なわれ、数年かかってなんとかヒューマン社会に適応できるまでになった。
 そこまで手間をかけて俺を廃棄しなかったのは、ヒューマン至上主義者達が理想とした新たなるヒューマンの雛形に、俺の能力――不老不死に近い肉体――が必要だったか

らだ。


288 :来るべき未来の為に(31) :2007/09/23(日) 19:58:42.02 ID:x9kyPaBX
 あれから500年近く経っているが、今でも自然にあの精神状態になる事が時々ある。
 しかし、それでも俺は、あの頃よりもだいぶ『ヒューマンらしく』なったのだ。
 そんな俺の影響を、ロザリオが受けていないはずもない。
「―――誰だったか忘れましたが、こんな事を言っていました。
 『子は親の鏡、育てた親に似るか、全くの正反対になる』
 ロザリオは、俺の鏡です。俺に似るか、その反対になるかはあいつ次第ですが…」
 苦笑しつつ、視線を部長に向け、
「わりと素直に育ってますよ、親の贔屓目かもしれませんが」
 随分回りくどい言い回しになったが、彼女は理解したようだ。
 同じように苦笑を浮かべる部長。
「そうあって欲しいですね。彼女が暴走したら、今の諜報部には、隠密裏に止める手立ては存在しないのだから」
 そう、正確にロザリオの全能力を把握しているのは、現在でもそう多くはない。
 GRMでは、なじみのPM研究所主任と、開発局局長。
 そしてガーディアンズでは、オーベル・ダルガン総帥、ルウ、ネーヴ先生、諜報部部長、最後に俺。
 だからこそ、部長の評価は正しく、また重いものでもある。
「その為の俺なんでしょう?あいつの意識に訴えかけて止められる抑止力として」
「だからこそ、軽々しく死なれては困る。あなたが死ねば、彼女は間違いなく暴走する」
「分かっています。
 ―――ところで、そろそろ本題を話していただけませんか、部長」
「あら、わたしの相談時間はおしまい?」
「本気でそうお思いでしたら、後で伺いますよ」
 ちょっとがっかりした様子を見せる部長。
 この人の仕草は、その殆どが演技だ。見極めないと、足元からじわりじわりと固められ、身動きが取れなくなる。
「ま、いいわ。時間はまだあるし。
 ―――ロザリオと彼女の姉妹達を、暫く諜報部の預かりにしたいのだけど、かまわないかしら」
 命令ではなく、断りを入れにきたのか。全くもって、らしくない。
「いつものように命令ではないのですか?」
「そうね、それで済むならそうします。
 だけど、彼女達だけは、一度でも自発的に諜報部に来てもらうしかありません。
 特にロザリオは、ワンオブサウザンドにして更なるイレギュラーな存在なのですから」


289 :来るべき未来の為に(32) :2007/09/23(日) 19:59:17.08 ID:x9kyPaBX
「伝えたのですか、あいつに…」
「手段は任せましたが、『魔女』の口から直接。
 SEEDウィルスとの共生体であるという事実は変わりませんから。
 『優秀な道具』なればこそ、自分がどんな存在か知ってもらわないと」
 何を想ってか、クスクスと笑う部長。

 優秀な道具、か。
 人の為に生まれ、人と共に在れと作られた彼女達はしかし、兵器としての能力を見出され、本来の趣旨から外れた進化を遂げてきた。
 マシナリーであってキャストではない。
 たったそれだけの事が、彼女達からどれだけの幸福を奪い、どれだけの不幸を生んできたのだろう。
 感情を持ちながら戦闘兵器として生まれた俺と大差はないが、その存在は大きくかけ離れていることに最近気づいた。
 それは、『己の意思で自由に生きられるかどうか』ということだ。この差は、果てしなく大きい。
 だが、なればこそ、彼女らの苦しみを知っているがゆえに俺はここにいる。
 己の意思で自由に生きられるものとして、それを語るために。

「『優秀な道具』ですか。確かにそうかもしれません。
 ですが、その『道具』が己を知り、『道具』である事を乗り越えた存在になった時、部長はその『道具』を使いこなせますか?
 己が意志で、己の赴くままに前に進もうとする、もう『道具』とは呼べない『なにか』を」
 俺のその言葉に、部長はわずかに目を見開いてこちらに視線を向けた。
「どういう意味です?」
 普段なら、こんな風に彼女が問い返すことなど無いし、『なにか』であろうとなかろうと巧みに使いこなす事実を俺は知っていた。
 現に、ヒューマンとしては異質な、『俺』という存在を巧みに使っているのだ。
 今の彼女の精神は、普段からは考えられないほど揺らいでいることは間違いない。
 俺は慎重に言葉を選びながら話を続ける。


290 :来るべき未来の為に(33) :2007/09/23(日) 19:59:55.10 ID:x9kyPaBX
「そのままの意味です。
 『インフィニット』と呼ばれた、かつての俺を部長はご存知のはず。
 あなたは人を使うことに長け、熟練している。
 そのあなたが、『あいつ』の離職後、俺を部署換えによって諜報部から距離をとらせ、遠ざけた。
 何故か。
 それは、俺という駒を、条件付で離職した『狂犬』の近くに潜ませるため。俺が近くにいれば、万が一があっても『狂犬』を素早く抑えらえると判断したから。
 でも本当は、PMに固執する、ヒューマンの姿をしながら得体の知れない『なにか』である俺を、無意識のうちに手元から遠ざけたかったから。
 ………違いますか?」
 はっとした表情をはっきりと浮かべ、カップを持っていない手がキュッと音を立てて握り締められた。
 それは無意識の行為を自覚し、肯定した瞬間だった。
 その無意識の根底にあるものは―――恐怖。
 その単語が、俺の外部記憶装置から旧い情報を呼び起こす。

 『黄昏の一族』にも、情報操作によって語られていない歴史がある。
 その中でも極め付けが『100万都市が消えた夜』と呼ばれる都市伝説のモデルとなった作戦だ。
 100万人規模の都市に『黄昏の一族』を送り込み、都市そのものを一夜で跡形も無く全滅させる。
 目標だったのはたった一人の老人だったが、戦闘要員は勿論の事、老若男女を問わず、果ては生命維持装置によって生かされていた老人や胎児まで、無差別に殺された。
 そして都市は、そこには最初から何も無かったかのような、綺麗な更地に戻された。
 髪の毛一本、血の1滴すら残らなかった。
 この作戦は、『黄昏の一族』第二世代という新兵器の実践投入であり、あらゆる目撃情報、痕跡を消す必要があったのだ。
 そして、俺はこの作戦に投入されたメンバーの内の一人だった。
 一族の中の情報担当なら、この話を知らない奴はいないし、イルミナスの記録にもあるはず。
 あの頃は文字通り、目的の為なら手段を選ばなかった。
 そして、普段は表には出さないが、俺の中には『たかがその程度』ならなんとも思わない、暗い心の闇が奥底に澱んでいる。
 心の闇は未だ消えてないが、50年位前になって、それが『恐ろしい事だ』と感じられる、まともな感覚がやっと心に戻った。
 己の与える恐怖で支配する人間は、それ以上の恐怖に簡単に屈する。
 部長の与える恐怖は、心の闇に巣くう『俺』が他者に与える恐怖と同じものだ。それは、目的の為なら犠牲をいとわない、理不尽なまでの無慈悲。
 普通は恐怖感を覚えるだろうが、例のコロニーパージの件の対処法も、『俺』は妥当だと判断している。
 だが部長は、俺と同じだけの心の闇を持っているのに、俺の得体の知れなさに、無意識に恐怖を感じた。
 そして、恐怖は容易にミスを呼ぶ。


291 :来るべき未来の為に(34) :2007/09/23(日) 20:00:32.86 ID:x9kyPaBX
 俺は、更に慎重に言葉を選んで、話を続ける。
「それが、後になってカードを切り間違える結果を招いた。
 『狂犬』の離職前後から『不死身』が部内で行方不明となることが多くなり、俺の配置換え以降は完全に捕捉不能になった。
 『狂犬』からの決別通告、俺という小さいが唯一の箍(たが)との別離…あいつに残っていたひとかけらの正気は吹き飛んだ。
 そしてあいつは、あなたが収拾をつける事で表には出なかった、例の惨劇を引き起こした。
 『狂犬』が離職を願い出たあの時、『不死身』も同等の扱いをすべきだった。
 そのほんの小さなミスが、現在、ロザリオとその姉妹達の扱いを慎重にさせる原因になっている。
 だから、今回の件ではいつものように命令を下せない。
 今度、彼女達に対してミスを犯せば、『St.Valentine Dayの惨劇』と同等の事態が再び起こる確信があるから。
 そしてまた、運営委員会の干渉を受ける隙を作ってしまうから。
 …最初は不思議に思いましたよ。
 俺を特殊後方支援班に戻し、班長に任命してPM達の管理を一任させるなんて、今までからは考えられなかった事態ですから」
 俺は視線を戻し、だいぶ冷めた手元のコーヒーに二口、三口とゆっくり手をつける。
 部長はじっと、手元のカップに視線を向けているだけだった。
「―――あなたがロザリオに対して感じた恐怖は、俺を遠ざけた時と同じ、得体の知れないものへの恐怖。
 いつものあなたなら、どんな人材だろうが道具だろが、扱えるなら巧みに扱い、扱えなくても破壊できるならば処分し、どちらも出来ないならば、目の届く所へ封印する。
 だが今は、PM達に対して、それすらもままならない。
 それが俺とロザリオに対するあなたの現状心理であり、俺に『保護観察処分中の彼女達を諜報部へ連行せよ』という命令を下せない理由でもある。
 だが、それでもロザリオを、あの姉妹達を、暴走の危険を承知の上で使わなければならない理由がある」
「ええ、その通り。それは―――」
「そこまでです、部長」
 俺は部長が語りだすよりも素早く、その先の言葉を押さえ込んだ。
「その理由は、俺ではなくロザリオ達に言ってください。
 あいつらは自分が納得すれば、例え非情な人物であろうとも力になろうとします。
 特にうちのバカ娘は………」
 部長に顔を向けると、彼女と目が合った。
 俺はかすかな苦笑いを浮かべ、先を続ける。
「困っている奴を見捨てられない、お人よしですから」
 彼女は一瞬戸惑った表情になり、次いで小さく笑い出した。
 いつもの狂気が絡んだものではない、自然な笑い。


292 :来るべき未来の為に(35) :2007/09/23(日) 20:01:22.46 ID:x9kyPaBX
「ただし、これだけは忘れないで下さい。
 彼女達が不幸になるというのなら、俺は『全力』を持ってあなたに立ち向かいます。
 自由に想いを語れないPM達の代弁者として」
 これは、諜報部に、いや、彼女に対する宣戦布告にも等しい発言だ。
 ところが、これにあっさり頷く彼女。
「では、そうならないようにしっかりと彼女達の管理をしてください。
 あなたが預かっているPM達を諜報部に連れ帰ったら、忙しくなりますよ?」
 すっかりいつもの部長に戻っている。
 なんだか肩透かしを食らった気分だ。
「わたしをPM達に紹介して下さい。交渉は時間がかかるのが常ですから」
「アイアイ、メム」
「ですが、その前に一休みさせてもらいますね」
 プラカップを何気なく俺に手渡すと、俺の方に身体をそっと寄せて肩に頭を乗せてきた。
「部長?」
 流石にこれには俺も驚いて声をかけたのだが、俺に体重を預け、既に深い眠りに入っている。
 どうやら、俺に対する恐怖感は失せ、何を感じたのか安心した様子で、死んだように無防備に眠っている。どうやら、完全に緊張が解けてしまったようだ。
「やれやれ、困った子だ」
 溜息と共に、反射的に俺はそう呟き、その台詞に自分で苦笑した。

 彼女が目覚めるまでほんの15分ほどだったが、俺は起こさないようにじっと、静かに座っていた。
 誰かが彼女の為に与えた、この静寂が乱されないことを祈りつつ。

297 :来るべき未来の為に(36) :2007/09/24(月) 11:07:15.21 ID:j0OSMNmE
 展望台でのわずかな休息の後、部長を伴って、転送キューブを使って直接自分の部屋に帰ってきた。
 それは、緊張する瞬間でもある。
 この3ヶ月ほどの間、帰った瞬間に目の前に広がる光景が穏やかだったことは、数えるほどだ。
 そして今日は…

 ザク…ジャリ…

 誰もいない部屋。足元から聞こえる、何かを踏んだ音。
 そして、部屋に充満した甘ったるいバニラ・リキュールと、クッキーかスポンジケーキが焦げた匂い。
「すごい匂い(コホケホ)こげたクッキーの匂いが立ち込めて…足元には失敗作が散らばってるし」
 彼女に言われて足元を見ると、真っ黒にこげたクッキーの失敗作が、床を埋めるように散乱していた。
 咳き込む彼女を後にして、俺は脱臭・換気装置を最大出力で稼動させ、ゆっくりとキッチンに移動した。
 クッキーを足でどかして、道を作りながらだ。
「ジュエルズ、いないのか!」
 俺は普段、宝石の名を冠したあのPM姉妹達をまとめてそう呼ぶ。
 返事が無いのでもう一度呼ぶと、「は~い」と小さな声。キッチンの奥からだ。
 覗いてみたキッチンは惨憺たる状態だとだけ言っておこう。
 そこには、一人だけで黙々と後片付けしているGH-453ことオリビンがいた。元は2人いた452の片方だが、紛らわしいのでこの姿になってもらった。
「お帰りなさいまし、マスター」
 俺が姉妹達をまとめてジュエルズと呼ぶように、あいつらも俺の事を『マスター』と呼ぶ。
 最初はそれぞれがいい加減に俺を呼んでいたのだが、そのうち訳が分からなくなってきたらしく、自然と『マスター』に統一された。
「オリビン、この有様は一体どういうことで、他のジュエルズたちは何処へ行った」
「端的に説明しますと、みんなでおやつにクッキーを作ったのですが、散らかしたままです。
 他の姉妹達はヒュマ姉様の所へ行かれました。その後…」
 嫌な予感が…
「カルチャーセンターの調理施設へ向かうとのことです」
「は?カルチャーセンターの、調理施設?!」
 要はGコロニーの一般住民が自主イベントを行なう集会施設だが、そこには料理教室が開ける調理設備がある。
 どんな理由なんだか、ちょっと見当がつかない。
「やれやれ、全員に話が有ったんだが…」


298 :来るべき未来の為に(37) :2007/09/24(月) 11:07:45.11 ID:j0OSMNmE
「あなたは自分の部屋を片付けなさい。わたしが向こうに行けば、用件は済みます」
 キッチンの入り口から部長にそう声をかけられ、俺は振り向いた。
「申し訳ありません、俺も行くべきなんですが…」
「この状況を放置するわけにもいかないでしょう。向こうにはあの子もいます。
 交渉終了後に連絡を入れるので、事後処理は任せます」
「了解」
 彼女が部屋から出て行ったので、俺も部屋を片付け始めた。
「オリビン」
「はい」
「『×』の数は幾つが妥当だと思う?」
 少し間が空いて、返答が帰ってくる。
「3個が妥当かと。ただ…」
「ただ?」
 キッチンの隅に、ちらりと視線を向けるオリビン。
「…なんだ、これは?!」
 業務用製粉20kg入り5袋、同無塩バター缶20kg1缶、他にもショートニングや砂糖やドライフルーツの袋(業務用)などなど。
 おおよそ『たかがおやつ』に使う量ではない材料の“空”容器がそこに転がっていた。
「…状況次第ではもっと追加されてもよろしいと思います」
 そう言うと、小さく溜息をついて、調理器具の洗浄を黙々と続けるオリビン。
「ディアーネ、サファイア、ガーネッタお姉様方だけでは荷が勝ちすぎたようです。
 わたくしがヒュマ姉様に救援を要請しましたら、収拾をつけてくださるとの事でしたので、お任せしましたが…
 どうも、ロザリオ姉様がいてくださらないと、統率力には欠けるようです」
 俺は後始末の事を考えて、ひどい頭痛がしてきた。


299 :来るべき未来の為に(38) :2007/09/24(月) 11:08:17.36 ID:j0OSMNmE

 ―――ガーディアンズコロニー、カルチャーセンター調理実習室―――

 今日のカルチャールームの調理実習室は、普段より一際にぎやかで、一人の女性と10体のパシリが慌しく何かを作っていた。
 通路側はガラス張りなので中が丸見えなのだが、その様子が物珍しいのか、通行人がちらほらと立ち止まっては少し見学して去っていく。
「こっち終わったよ、ヒュマ姉ぇ~」
「じゃあ、それ切って天板に並べて」
「あ、焼きあがった。持ってくから、そっち開けて」
「ちょっと待って~、こっちが片付いてない~」
「戻したドライフルーツ、刻むの手伝ってよ~」
「ごめん、今、手一杯!」
「おなじく。あちち!」
「粉まみれのあたしに無茶言わないで!」
「トッピング中だってば!」
「オーブンから目が離せないの!」
「早く刻んで!後はそれ合わせるだけなんだから」
「ボク一人じゃ辛いんだよ~!」
 専用の道具を使っているのだが、巨大なボールに山盛りのドライフルーツを刻むのに、早くも泣きが入り始めたトパーズ。
 不意に横合いから出てきた手が、ボールの中のリキュール漬けドライフルーツを、包丁を使って鮮やかな手並みで刻み始めた。
「あ、ありがとう!」
「礼はいいから、あなたも手を動かしなさい」
 聞きなれない声に、トパーズは自分の左に立つ人影を自然と見上げた。
「…お姉さん、誰?」
 しん、と静まり返る実習室に響く、リズミカルな包丁の音


300 :来るべき未来の為に(39) :2007/09/24(月) 11:08:47.37 ID:j0OSMNmE
「……義姉さん?どうしてここに?」
 驚くヒュマ姉。
「ここにいるPM達に用があって来たのだけど、部屋にいなかったので追いかけてきたの。
 それよりも、さっさと終わらせましょう。わたしも大して時間がないから」
「はい、義姉さん。みんな、がんばりましょう!」
『はは~い!』
 義姉さんとヒュマ姉に呼ばれた女性の手つきは鮮やかで、あっという間にドライフルーツを刻み終わると、トッピングを手伝って素早く終える。
 そして、生地を練り合わせて切り分けるのと平行して、次々と焼き上げていった。

 ピピピピピピピ…

「はい、これで最後」
 女性が最後の天板を取り出して、クッキーをバケットに入れると、彼女以外の全員が溜息をついた。
「義姉さんありがとう。一時はどうなるかと思った」
「この騒ぎはどういうこと?あなたが手を出さないといけない理由があったのでしょうけど」
 その言葉に、トパーズとラピスがおずおずと前に出てきた。
「ディアーネがね、おやつにクッキー作ってくれるって話になって」
「あたしたちもやりたいって言い出したの」
「でも、ボクがふざけて業務単位の材料を広げちゃったんだ。そしたら…」
「すごい量だったせいで収拾つかなくなっちゃって…」
「それであたしに救援要請が来てね」
 二人の後を継ぐように、ヒュマ姉が苦笑しながら話を続けた。


301 :来るべき未来の為に(40) :2007/09/24(月) 11:09:15.54 ID:j0OSMNmE
「粉は合わせ途中、分量はまちまち、最初の分が焼きあがってたけど、大量すぎたのを無理に焼いたせいで、大失敗して真っ黒焦げ。
 おまけに、あたしが救援に行ったら、おじ様と勘違いして驚いて、失敗作を全部部屋に撒いちゃって…
 とにかく、やりかけになった大量の材料を何とかするのに、オーブンが大量に貸してもらえる所を探して、ここにすっ飛んできたの」
「あらあら。
 ところで、焼きあがったのはいいけど、こんなに大量のクッキー、どうするつもりなのあなた達は?」
 パシリ達は全員、呆然とした表情になる。
「途中から、作る事しか考えてなかったのね、あなた達」
 呆れた様子のヒュマ姉。
「ちょうどいいわ。みんなでこのクッキーをラッピングしましょう」
 女性の言葉に、首をかしげるパシリ達。
「今、ロザリオが『ある部署』で訓練しているから、そこにこのクッキーを差し入れてあげなさい。
 お世話になっている人が一杯いるから、大量のクッキーもすぐに無くなります」
「ロザリオが訓練?何処で?」
 ディアーネがいぶかしんで女性に聞いた。
「その事で、あなた達にお願いがあるの。聞いてもらえる?」
 パシリ達は迷う事無く、全員頷いた。

 女性は、みんなとクッキーのラッピングをしながら、今までの事のあらましを伝えた。
「でも、話はそれで終わらない。
 その先に必ずもう一波乱あるのは確実。その時に、彼女をサポートできるPMが必要です。
 それは、対SEEDウィルス機能を含め、ロザリオと同じマシナリー制圧・制御能力を持ったあなた達しかいない。
 だから、あなた達に諜報部に入ってもらいたいのだけど、どうかしら」
 しばしの沈黙の後、ガーネッタが口を開いた。


302 :来るべき未来の為に(41) :2007/09/24(月) 11:09:41.82 ID:j0OSMNmE
「知ってたんだ。わたし達の作られた理由…
 そうよね、でなきゃ諜報部がスカウトに来るはずないもの。
 そう、私達はSEEDウィルスを兵器利用した時の戦力としてイルミナスが作り上げた、考えて動く司令塔兼中継塔。
 ウィルスの汚染によっておかしくなったマシナリーとキャストをコントロールするために作られた存在。
 ガーディアンズに潜入させるには、目立たないパシリが理想的と判断され、私達が作られた。
 でも、唯のマシナリーじゃ自立判断能力に欠けるので、進化デバイスによる知性強化が最初から計画に組み込まれた。
 そして、最初からガーディアンズに送り込まれた、わたし達が制御しやすい、沢山のイルミナス製ブレインコアを持った姉妹達。
 計画の殆どは既に阻止されて、計画の要だった私達が緊急回収、それ以外のブレインコアはGRMに破棄されてしまった」
「だからこそ、あなた達に協力してもらいたいの。
 最後の姉妹機、フェルスパーも待っている」
 静かなざわめきがパシリ達に広がる。
「こうなる運命だったのかな…」
 コーラルが呟くと、みんなが小さく頷いた。
「決まったわ。私達は全員、諜報部に入る。
 でも、それは貴女の為じゃない。私達の姉妹、ロザリオとフェルスパーの為よ。
 ただし、条件が一つ。
 諜報部を辞める時は、私達が自分で決める。
 それでもよければ、私達はあなたの部下になる」
 ガーネッタのその宣言に、残りの姉妹達は一斉に頷いた。
「いいでしょう。これで契約成立。
 明後日になったら、あなた達の保護者が諜報部に連れて行きます」
 全てのラッピングを終え、ダン・ボールに詰められたクッキーをナノトランサーに仕舞う女性。
「では、明後日に会いましょう。諜報部で待っています」
「別に今日からでも…」
 オパールがそう言うと、女性はにこやかな笑みを浮かべる。
「その前に、保護者さんから大事なお話があると思うのだけれど、覚えてるかしら?」
 その言葉に、たちまち顔面が蒼白になるパシリ達。
 それを背に、軽く片手をあげてそのまま立ち去る女性。
「あたしも一緒に怒られてあげるから、片付けて帰ろう?」
 力なく頷くパシリ達に苦笑しつつ、ヒュマ姉は帰り支度の為に道具の片付けを始めた。


303 :来るべき未来の為に(42) :2007/09/24(月) 11:10:06.39 ID:j0OSMNmE
 ジュエルズが部屋に戻って来たのは既に夕食の時間。
「ほらほら、早く入りなさい。ただいま、おじ様」
 彼女達がヒュマ姉さんと呼ぶ――俺は『リズ』という愛称で呼ぶが――彼女に急かされて、ぞろぞろと部屋に帰ってきたジュエルズ。
「やっと帰ってきたか」
 俺は、夕食の支度を終えて、エプロンを外した所だ。
『ゴメンナサイ!』
 帰ってきて早々、ジュエルズとリズが謝る。
「ちゃんと片付けはやってきたな?」
 俺が聞くと、頷く彼女達。リズが念を押すように頷いた。
「量を考えないというのが、馬鹿な真似だということが良く分かっただろう。これに懲りて、何かをやる時は、まず考えろ。
 ま、今回の件は反省しているようだし、許してやる。…お前達、悪ふざけもほどほどにな。特に、トパーズは気をつけろよ?」
 トパーズのおでこを人差し指でつつき、俺がそう言ってやると、ほっとした空気と笑い声が混ざる。
 彼女達も、悪いことをしたと分かってちゃんと謝ったのだから、それを許してやるのも俺の役割だ。
 まぁ、表の『×』はしっかり増やしてあるが、言わなくても彼女達はちゃんと理解している。俺の顔色を伺いながら、表をちらちら見ていた位だしな。
「―――さて、とにかく夕食にしようか。今日の当番がいなかったし、片づけに時間がかかったんで、急いで俺が作った。
 みんな、腹減ったろう?」
「晩ごはん、な~に?」
 GH-421ことウラルが、まるっきり子供の口調で尋ねる。
「お前らの好きな、特製カレーだ」
 ワッと歓声が上がる。単純な奴らだ。だが、それゆえ余計に憎めない。
「ルテナも呼んである。お前も食っていけ、リズ」
「え?いいんですか、おじ様」
「こんばんは。夕食にご招待していただき、ありがとうございます」
 いいタイミングでルテナが入ってきた。
「もとよりその予定で作ってある。―――おっと、飯の前に、ジュエルズ。お前達に渡す物があったんだ」
 その台詞に、ジュエルズがびくっとする。何を怯えているんだか。
 俺は一人一人に、ラッピングされたクッキーを手渡した。
「折角大量に作ったクッキー、全然食べなかったんだって?あの人が帰りがけにここに来て、お前達の分だって言って置いてったぞ」
 魂が抜けたような、呆気にとられた表情のジュエルズ。どうやら、それすらも忘れていたようだ。
 その呆けた表情が可笑しくて、俺は彼女達の反撃が来るまでの間、一人で笑い続けていた。

313 :来るべき未来の為に(43) :2007/09/25(火) 14:59:35.99 ID:ItB3xdnB
 三日目、訓練最終日。
 午前中は昨日までと同じメニューをこなし、午後は実践さながらの訓練だという話でした。
 お昼までは何事もなくメニューが消化され、午後は普段の格好で訓練場に集まるという事になったので、更衣室に戻ります。
 ところが、その更衣室が何やら騒がしいのです。
「やかましいぞ、お前ら!さっさと来やがれ!」
 あ、『狂戦士』さんが怒鳴ってる。

 ワイワガヤガヤ…

「いい加減にしろよ、全くよ~」
 中に入ると、人だかりならぬパシリだかり。
 手近なパシリをつついて、声をかけます。
「一体、どうしたの?」
「特殊後方支援班の班長が、パシリをいっぺんに11人も連れてきたから、大騒ぎになってるだけ。
 ………ああ、ほら、あなたの所によく出入りしている子達よ」
「え?みんながここに来てるの?何で?」
「さぁ?何でもスカウトされたとか言ってたけど」
「『指揮者』はまだかよ~、何とかしてくれぇ~!」
 いけない、そろそろ手を貸さないと。
「待ってて『狂戦士』、そっちに行くから!」
『あ、帰ってきた』
 うわ、みんながこっちに来ようとしてる。これ以上は大混乱になっちゃう。
 しょうがない、ここは一つ…
「いい加減になさ~い!!!」
 私は大声で怒鳴りました。

 し~ん

「ここは仕事場なの!うちのご主人様の部屋とは違うんだから、遊ばないで!
 それに、他のみんなだって忙しいの!ぐずぐずしてるとお昼休みが終わっちゃうのよ!」


314 :来るべき未来の為に(44) :2007/09/25(火) 15:00:13.63 ID:ItB3xdnB
 今の一言で思い出したのか、姉妹達以外はあわてて支度を整えると、急いで更衣室からいなくなりました。
「助かったよ」
 『狂戦士』さんが大きな溜息をついて、ほっとした様子で私に言いました。
「ご苦労様。どうせトパーズとラピス、それにコーラル辺りが大騒ぎの元凶でしょ」
「正解よ、ロザリオ。あたし一人じゃやっぱり無理よ」
 ガーネッタがげんなりした様子で言うと、他のみんなの「ごめんなさい」という小さな声。
「ディアーネやサファイアまではしゃいじゃって、収拾つかないんですから。
 そういえば、諜報部に来るのも久しぶりだけど、随分様子が変わってるわね」
「え?」
「あら、言わなかったかしら?あたし、前はご主人様と一緒に諜報部に居たの。あたしの業務はオペレーター補佐だったけどね。
 『狂犬』とか『不死身』が入った辺りでご主人様が病気になっちゃって、広報課のデスクワークに配置換えになったから、3年くらい前の話かな?」
 ほえ~、知らなかった。他のみんなも驚いてるし。
 配置されて長いと、パシリにも色々あるんですね。
「そうそう、和んでる場合じゃなかった。
 午後の訓練にこいつら全員参加させる、って、さっき部長から連絡来てさ。
 ロッカーの割り当て終わってないんだった」
 『狂戦士』さん、あわててみんなにキーを配ってます。
「あ、ねぇ、ロザリオ…」と、ガーネッタ。
「話は後でね。訓練終わんないと、時間が無いから」
「ボク達の事、何も聞かないの?」
 トパーズがおどおど言いました。
「色々聞きたいのは山々なんだけど、シャワーしたいし、ご飯も食べたいし。それに、訓練の時間に間に合わないと『師匠』に怒られるから。
 みんなも、遅れると怒られるから、早く用意したほうがいいよ?」
 釈然としない呟きが幾つも聞こえてきたけど、無視。
 私も今はいっぱいいっぱいな状況なんだもん。
 時間を確認すると、あと30分くらいで休み時間も終わります。
 この時間じゃ、お昼は無理だなぁ…


315 :来るべき未来の為に(45) :2007/09/25(火) 15:00:42.91 ID:ItB3xdnB

 くぅぅぅぅぅぅ…

 うう、お腹すいたよぅ~。
 結局、お昼は食べられませんでした。
 シャワーを浴びて着替えていると、みんなが私と同じようにサイズが合わないって言って、てんやわんやの大騒ぎ。みんな、ちょっぴり規格外だからねぇ。
 あの『私達の設計者』のおっさん、どうしてみんなの胸をおっきく設定したんだか………私も服に困るとは思わなかったけどね………
 それはともかく、みんなに付き合っていたら、一段落着く頃にはあと5分で休憩時間が終わりになっていました。
 その5分も移動の時間で使ってしまって…トホホ
「では、最終訓練に入る」
 『師匠』が淡々と話し始めました。
「これから実戦様式の訓練を行なう。
 状況は、お前1人対人間。次は、お前1人対パシリ。
 お前の勝利条件は、敵全員の無力化だ。
 実践を想定してるので、武器は全て使用可能。ただし、例の『バーストウェーブ』とかいう武器とSUVウェポンは禁止だ。
 お前は、先に挙げた武器以外でお前の用いられる全ての能力を持ってこれにあたれ。
 相手になる敵は、全員お前を破壊することを許可されている。
 以上だ。
 何か質問は?」
「人間とは、全ての種族ですか?」
「勿論だ。あえてどの種族、何人という情報は出さない。同じくパシリもだ。
 実戦において、そんな前情報が正確に集まる事は稀だからな。
 他には?」
「ありません」
 これ以上は聞いても無駄だという事を、この二日間で叩き込まれました。
「では、始める」


316 :来るべき未来の為に(46) :2007/09/25(火) 15:01:13.60 ID:ItB3xdnB
 シミュレータのフォトン・ミラージュが街中を再現し、雑踏が出現しました。
 私も自然に歩き出します。
 敵検知レーダーは…効かない。感覚と勘が頼りって事か。

 バチン!!

 衝撃を受けた瞬間、「きゃっ!!!」っと、思わず声が出て、いきなり頭を右に持っていかれました。
 初撃が狙撃なんて、やってくれます!
 ああ、もう!衝撃で、左のお団子にしていた髪型が崩れて、解けちゃったじゃない!バランス悪いし、うっとおしい!
 シールドラインのお陰で軽傷で済みましたが、アホみたいに立ってる場合じゃありません。
 吹き飛ばされた方向へそのまま転がり、その勢いを利用して素早く跳ね起きます。そして、すぐ近くの建物で遮蔽を取ったら狙撃方向を確認。
 いた、一番奥の建物の上。
 大した距離じゃないけど、移動は時間がかかります。
 ルートを考えつつ、右のお団子を手早く解いて、急いで髪をポニテに結わえなおします。これ以上、隙を見せる訳にはいきません。
 突如、背後に気配を感じ、前に飛び出しつつハンゾウを抜き、後ろめがけて横なぎに一閃。
 そこにいた大きなキャス男があわてて身を引きましたが、手にしていた散弾銃を私に切り飛ばされ、その爆発に巻き込まれました。
 私は素早く爆煙に飛び込み、踏み込んだスピードと体重を靴裏に乗せ、膝に蹴りを叩き込みます。
 ゴキン、といい音。
 蹴りと同時に、制圧・制御通信機を使った高出力のマイクロ波を、接触した部分からキャストに流し込み、熱暴走させます。
 接触した対象に電波を流し込むという機能は、412へ進化した時点で私に追加された能力の内の一つなので、私にはマイクロ波の影響はありません。
 ですが、パシリと同様に、キャストも循環冷却系は水と油が主体なので、効果は抜群です。運が悪いと、生体チップ類が煮上がります。
 キャス男が倒れながら片膝ついたので、その膝を足場にして跳びあがり空中で前転、直前に聞こえたバータを飛び越えます。
 もんどりうって倒れるキャス男の後ろで、杖を構え直すニュマ子。
 着地と同時に駆け寄って、間髪いれずに左拳をニュマ子の鳩尾に叩き込み、背後に現れた気配を避けるために、前のめりに倒れてきた彼女の足元を転がって抜け出します。
 その直後、なぎ払うように槍と長剣が通り過ぎ、ニュマ子を吹き飛ばしました。
 二人のビス男が地面で転がる私を狙って更に攻撃を繰り出してきましたが、わずかに出の早かった槍をかわして柄を掴み、腕の力で躯体を長剣の間合いから引き出します。
 槍ビス男があわてて槍を引き戻しますが、その勢いを利用して跳んで、槍ビス男の顔面に膝を叩き込み、ひるんだ隙にそのままスピニングブレイクを発動させます。
 超近距離からの攻撃で威力はそがれたものの、頭に直撃して昏倒する槍ビス男。


317 :来るべき未来の為に(47) :2007/09/25(火) 15:01:52.20 ID:ItB3xdnB
 取り落とす前の槍の柄を足場に、槍ビス男の背後に跳躍。同時にハンゾウも仕舞って、着地と同時に横に移動しつつ、片足を軸に一回転。
 すぐ脇を、上から下に長剣が通り過ぎ、槍ビス男に叩きつけられます。
 長剣が引き戻される瞬間と同時に、長剣の鎬を蹴りつけます。回転の威力も加わって、蹴られた長剣はビス男の手からもぎ取られました。
 一瞬見せた隙にあわせてレイピアを取り出し、素早く踏み込んでライジングストライクを放つと、綺麗に打ち上げられた長剣ビス男。
 打ち上げた所へ追い討ちの二段目を繰り出して吹き飛ばすと、その向こうで双短銃を構えていたヒュマ男にビス男が激突。
 不意に現れた、鋭い爪を持った赤い腕の攻撃をレイピアで受け流し、そのまま視界に入った脇の下を斬りつけて着地。
 その直後、私が切りつけた赤ナノブラビス子を、他に居た2人の黄色ナノブラビス子が殴り飛ばします。
 すぐさま残り2人のビス子の間に入り込んでわざと攻撃を誘い、今度は私めがけて繰り出した拳を伏せてかわすと、頭上で頭同士をぶつけた2人。
 ふらついている2人に突如、数丁の機関銃による攻撃が加えられ、2人はそのまま転倒しました。
 私は伏せたままエネルギー偏向ユニットを展開して、フォトン弾の軌道をそらして周囲に散らします。
 短時間の掃射が終わると同時にユニットを収納、射撃による相打ちを狙うために、射線から割り出した対象の1人に向かってジグザグに走りこみます。
 他の射線が3方向から飛んできますが、私が避けたうちの何発かが、向かっていた対象であるヒュマ子に命中。
 彼女がそこで倒れたのを確認して、私は他の対象に向けて移動を開始。
 再びフォトン弾が飛んできますが、私の行動が理解できたのか直ぐに止みました。でも、私が狙っていた鉄仮面キャス子は、運悪く流れ弾が顔面に直撃して、倒れます。
 残りのキャス子2人に走りこもうとして、視界の端に入ったトラップに急停止。
 咄嗟に蹴り飛ばすとトラップは空中で爆発して、周囲に仕掛けられていたトラップを次々と誘爆、近くに居た2人のキャス子はそれに巻き込まれて動かなくなりました。
 爆音にまぎれて急に現れた気配をレイピアで受けようとしましたが、私はレイピアごと弾き飛ばされました。
 一瞬視線を送ると、斧を構えたニュマ男が長剣に持ち替えた所です。
 あわてず受け身を取って転がると、近くにはさっきのキャス子のグレネードが転がっています。
 咄嗟にそれを掴んで、ニュマ男の方に向かって目暗撃ち。
 直ぐにグレネードを手放し、わずかな時間差でニュマ男に駆け寄ります。
 グレネードに一瞬目を奪われ、ニュマ男は私が走り出した事に気づくのが遅れました。
 長剣を振り下ろす直前のタイミングで私がニュマ男の懐に飛び込み、急所めがけて肘撃ちを叩き込むと、悶絶して武器を取り落とし、両膝を地面に着きます。
 それにあわせて更に、鳩尾、顎と拳を繰り出し、その場で跳びあがってニュマ男の顔面に両足で蹴りを放ち、反動を使って宙返り、そのまま離れて着地します。
 ニュマ男が後ろに倒れたのと同時に終了の合図が響きました。


318 :来るべき未来の為に(48) :2007/09/25(火) 15:02:34.70 ID:ItB3xdnB

「よし、そこまで。全員が無力化したので終了だ。
 では、次だが、準備があるので5分間の休憩を挟む。
 負傷をしているなら、治療する時間はあるぞ」
 私は無言で頷き、バトナラを取り出して自分にレスタをかけました。
 頭への一撃はちょっと響きましたが、他はあちこち服が切れたりこげているものの、大きな負傷らしい負傷はありません。
 私が戦った相手は、何名かが仲間の攻撃で重傷になったために、医療班に運ばれて行ったようです。
「実力で全員を無力化したわけではないので何とも言えないが、戦闘能力は十分評価できる。
 次はパシリ達だが、どのように行なうかはシミュレーションの想定範囲までだ」
「なるほど。では、電磁障壁を最大に、外装シールドラインも最大出力で行なってください。全力の限界点が不明ですから」
 あ、部長さんが来て、『師匠』とお話ししてます。
「通信機器が封鎖されるが、よろしいか?」
「構いません」
「了解」

 あっという間に休憩時間が過ぎて、整備完了の合図が出ました。
「では、第二回目を始める」
 再びシミュレーションが起動して、今度はパシリ大通りの『屋台村』が再現されました。
 良く出来てますが、屋台の中にパシリがいません。
 急に通信ノイズがひどくなりました。
 強力なジャミングが発生したようです。それと同時に、パシリ達が入ってきました。
 うわぁ、こんなに居るのか。面倒だなぁ…
 制圧・制御システムを起動して、強引に制圧しちゃおう。
 システム起動、狭域展開、制圧モードオン、掌握モードオフ、全領域でフルパワー。
“パペットシステム、通信域を狭域で展開、クラッシュモードで高速起動、フルパワー”


319 :来るべき未来の為に(49) :2007/09/25(火) 15:03:06.62 ID:ItB3xdnB
 フォトン・ミラージュが高出力の通信波の影響で揺らぎます。
 アクセス、インパクト!
“一部接続不良、データ・ボム投下”
 私の周囲20mにいたパシリ達が声も上げずに倒れます。
 同時に、他のパシリ達が襲い掛かってきました。
 思ったより、電磁障壁の影響が大きい!
 パラライズワーム!
“ワームシステム起動、パラライズワーム複製展開”
 くっ、ワーム撒くよりも先に攻撃が来る。
 一番手のニャックルの剛拳を受け流すとそのまま後ろ手に腕を極めてへし折り、更にひねりあげて肩関節を外し、脚払いをかけて集団の中に投げ返します。
 その直後、ほぼ同時に突きこまれた剣や槍などを伏せる事でかわし、一番手近なパシリの脚を掴んで、自分を引き寄せます。
 そのパシリが私を踏もうと片足を上げたところで、掴んでいる足を持ちあげてひっくり返し、跳ね起きます。
“パラライズワーム複製展開終了”
 まってました、アクセス、ゴー!
“一部接続不良、ワーム放出”
 詰め寄っていたパシリ達のうち、さっきとほぼ同じ範囲のパシリの動きが急におかしくなり、倒れます。
 まだダメか。掌握モードオン。
“パペットシステム通常モード”
 レギオンモード、小隊レベル。
“制圧個体の掌握完了、レギオン規模を小隊に設定、起動”
 最初にデータ・ボムで倒した数十体のパシリ達が、ゆらりと起き上がります。
 統率された戦力となったパシリ達が個別に仕掛けてくる残りのパシリを制圧するのに、3分と掛かりませんでした。
 終了の合図が響きます。

「よし、それまでだ。
 217体のパシリ全てを制圧した事を確認した。
 全メニューの消化を確認、これで訓練は完了だ」
 『師匠』のその言葉に、私はペコリと頭を下げます。
「ありがとうございました」


320 :来るべき未来の為に(50) :2007/09/25(火) 15:04:06.35 ID:ItB3xdnB
「早速だが、例の業務に入る前に一仕事こなしてもらうぞ」
 唐突に真後ろから声をかけられたので振り返ると、パパが立っていました。
「あ、ご主人様」
 近づいてきたパパに一度だけ、くしゃりと頭を撫でられました。
「お前の格好もぼろぼろだが、他のPM達はもっとひどい」
 シールドラインが装備されているとはいえ、服自体は単なる布。
 防御力を超えて過負荷がかかりすぎた部分のあちこちにすり傷、切傷、焼け焦げ痕があって、くたくたになってます。
「お前は参加したPM全員を連れてさっさとメンテルームに行け。お前が掌握して動かしてやらないと、動けない連中が多すぎる。
 それとだ」
 いきなりポコッと頭を軽く殴られました。
「もう少し手加減を覚えろ。
 お前が腕をへし折ったニャックルは、腕はいいが普通のPMなんだ。後で謝っておけ。
 それから、さっきの訓練によって出た負傷PMが多すぎて、業務の実行は明後日に延期になった。
 ジュエルズ達に頼んで、空き時間になった明日一日、お前の例の機能の特訓をするように言ってある。
 みっちりやっておけ。いいな」
「…はい」
 抑揚の少ない声で、淡々と怒られました。
 そういえば、みんなはどうしたんだろう?
「ご主人様、そういえばみんなの怪我は大丈夫なの?」
「あたし達は平気よ。髪型とかはひどいことになってるけど、訓練服のお陰で怪我は無いわ」
 パパの代わりに、1人だけでこちらにやってきたオパールが答えました。
「ごめんなさい。みんながいるの忘れて、むきになっちゃった」
 大きな溜息をつくオパール。
「済んだ事だから、もういいわよ。それよりも早くみんなを連れてってくれない?」
「あ、うん」
 怪我PM達を引き連れて訓練場を出ましたが、その場に残ったパパは無表情で私を見送っています。
 あれ以上怒りもしないし、かといって、訓練の出来を褒めてすらくれないパパ。
 今まで見たことの無いパパの態度に、私は奇妙な恐怖を感じていました。

321 :名無しオンライン :2007/09/25(火) 15:47:09.01 ID:ItB3xdnB
本日分の投下完了です。

さて、前回にワンオブサウザントの質問が来て思い出したので、ちょっとおまけ設定を一つ。
ロザリオ達3人の能力と欠陥です。

ロザリオ
 能力:超広域内(Gコロニーより一回り小さいくらい)に存在する、師団規模のマシナリーおよびキャストを支配し、その機能を制圧・掌握する能力を持つ
 欠陥:自身を完全に支配(制御)出来ないため、自ら望んだ相手に支配(制御)される必要がある。
     この相手を失うと、機能全開で暴走状態になる。

『狂戦士』
 能力;出力上限のないリアクターエネルギーを、攻撃に転換できる。また、それに耐えられる武器と躯体を持つ。
 欠陥;戦闘モードに入ると、リアクターは制御不能になり、常に全力稼動状態になる。
     その状態でのリアクターの放熱量は膨大で、小さい躯体の為に廃熱限界が存在する。実際に戦闘出来る時間は5分20秒が限界。
     躯体の加熱が始まった時の外見的特長として、髪の毛が廃熱の為に真っ赤に染まり、逆立ちながら揺らめく。『狂戦士』の名前の由来である。

『魔女』
 能力;存在が知られているテクニックを一通り使用できる。また、両手杖とPPを媒介として、自身が飛行する能力を持つ。
 欠陥:フォトン制御能力であるテクニックを主体とした躯体の為、非常に非力、かつ脆い。
     筋力は身長に見合った子供程度、躯体強度は同レベルのニューマンfTよりもやや劣る。

331 :来るべき未来の為に(51) :2007/09/26(水) 19:02:50.97 ID:V/qe8AMY
 訓練最終日から二日後、請け負ったミッションの当日になりました。今日はいつもみたいに私はパパと一緒です。
 昨日の姉妹達との特訓は、まぁ、成果があったというかなんというか…
 それはさておき、総勢200名以上のガーディアンズとそのパシリが、集合場所に指定された貨物集荷場に集まっています。
 何より、これだけのガーディアンズとパシリが、イベントでも無いのに集まる事自体がすごいと思います。
 80%近くは、諜報部関係者ですけどね。
 そう言えば私、これだけの大掛かりなミッションに参加するのは初めてです。
 陣頭指揮を執りに現れたのは、ガーディアンズ研修学校の校長、ネーヴ先生です。
「諸君、ガーディアンズ新生1周年記念イベントの最中にもかかわらず、このミッションに参加してくれて有難う。
 現在に至るまで、度重なるガーディアンズ内の混乱によって消息の分からなくなったPMは、実に多い。
 GRMとの協力で全体の概算数が出ているとはいえ、このコロニー内で居住している彼女らの正確な個体数は不明じゃ。
 ここまで混沌とした状況を残しておくのは、今後のコロニー治安にも影響を与えかねん。
 又、PMが行方不明のまま復帰したガーディアンズ達へ割り当てる新規PMも限りがあり、以前のPMの安否を確認出来るまで新規PMを受け取らないという者達も多い。
 此度のミッションが成功する事で、これらの問題が解決することを念頭において動いてもらいたい。
 それから、事前に通達されているはずじゃが、このミッションには何らかの妨害を行っている者達がおるのは確実じゃ。
 万全の注意を払って行動してほしい。
 以上じゃ」
 ずいぶんと短い挨拶でしたけど、場所が場所だけに手短にしたのですね。
 ネーヴ先生が下がって、次に出てきたのは眼鏡をかけた受付のおねーさん。
「では、担当地区を割り振りしますので、みなさん、こちらまでお越し下さい」
 あ、あれ?この声……ん?左手の親指で眼鏡を直すあの癖…って、ああっ、あれ、ヒュマ姉さんだ!
 何であんな格好して、あそこにいるの?!
 あ、ルテナちゃんまでおそろいの格好して、パシリ達の受付してるし。
「なんでヒュマ姉さん、こんな所で受付やってるのかなぁ」
 私は感じた疑問をそのままパパにパーティ回線で伝えると、
「あれは、総務経由の諜報部からの依頼だ」
 という返事が返ってきました。
「ここで受付やって、色々な意味で平気な奴なんて限られているし、コロニー担当の受付嬢達は尻込みしてな。
 部長から推薦されて依頼が来たんだそうだ。
 あいつは嫌がっていたけど、断れない理由があったらしい」
 なるほど、運が悪いってとこですか。


332 :来るべき未来の為に(52) :2007/09/26(水) 19:03:23.01 ID:V/qe8AMY
「さて、受付の順番が来る前に確認しておくぞ。
 俺とお前が回る場所は、パシリ大通りで一番いかがわしいと判断された、ある意味一番危険な区画だ。
 まずは電子ペーパーを張って告知を流し、その後はIDタグを見ながら行方不明PMとの照合及び、聞き込み。
 『屋台村』には、俺が入れるほど大きな入り口が無いから、そこから先はお前の単独行動になる」
 そう、今回の『屋台村』は、PMならくぐれる程度の大きさしかない入り口があるだけなのに、中がすごく広いんです。
 元々は小型宇宙船の発着場だった場所が倉庫に改装された場所で、現在は諸事情から放棄され、パシリ達によって最大規模の『屋台村』に改装されています。
 中は運搬マシナリー用に合わせた仕様の為に大部分の天井が低く、通路巾もあんまりありません。
 ここの奥に行けば行くほど、違法・禁制品や不正コピーアイテムを扱った魔窟と化していきます。
 …妙に私が詳しい理由?
 それは、ここが私がよく行く『屋台村』の一つだからです。パパには絶対に言えません。
 もう一つ、パパに言えない理由があります。
 それは、ここを牛耳っているのが外部のローグスであり、それを調べる約束を『女帝』さんとしてしまったからです。
 私がここのなじみになった理由は、それが原因なのです。
 今回の依頼が来る1ヶ月以上前から、私はこっそりとここに来て、色々調べていました。
 ここの『屋台村』を構成するパシリ、物流、金流、出入りするパシリ達。
 分かっているのは、トップがクバラ製パシリの420である事、裏で支えている組織が『爪』を冠した呼び名である事。
 彼らの売買の主流商品が違法デバイスに麻薬、そして私達GRM謹製パシリである事。
 今までの調査で運良く、パシリ達を売買した記録と顧客名簿の一部を手に入れているのですが、それというのも、偶然ここを仕切っているクバラ420と知り合ったから。
 そして、クバラ420に何を見込まれてか、私はここに来るたびに違法デバイスのモニターをやらされているのです。
 確かに、私自身の生い立ちのせいか、他のパシリ達よりは違法デバイスへの耐性が高いのですけど…
 性格設定デバイス、あれはなかなか面白かったなぁ…

「よし、手続きは済んだ。行くぞ」
 パパの声にはっとして、あわてて後を追います。
 途中から、自分の世界に入ってしまったようです。
「何か気になる事があるのかも知れんが、注意は怠るな。今みたいにぼ~っとしてると、怪我じゃすまないぞ」
「はい、ご主人様」
 他のガーディアンズが貨物集積場から散っていき、私達も目的区画へ出るためのわき道まで移動しました。
 流石にここには人の気配もなにもありません。
 この区画につながっている通路だけは他の接続通路と違って極端に天井が低く、私は普通に歩けば平気ですけど、パパは流石に一旦四つんばいで這わなければなりません。


333 :来るべき未来の為に(53) :2007/09/26(水) 19:03:55.79 ID:V/qe8AMY
 先に私が歩き、後から来るパパを向こう側で待ちます。
「なんでここだけこんなに狭いんだよ、ったく」
 やっと出てきたパパが文句を言って、片膝立てて座ります。
「じゃあ、後は計画通りにな」
「うん」
 立ち上がろうとするパパの唇に自分の唇を素早く重ねて、すぐに離れます。
 あっけにとられるパパ。
 私は急に顔が熱くなって、自分の顔が赤くなっていくのがよく分かります。
「パパにお守り、です」
 パパにキスするなんて、めちゃめちゃ恥ずかしいけど、こんな事が出来る機会はもう無い気がしたのです。
 少しの間、座ったまま呆けていたパパですが、片膝立ちになると、ナノトランサーから何かを取り出しました。
「それじゃお返しに、俺からお守りだ」
 すっ、と私の顔にかけられたのは、ちょっぴりデザインの違う、新しい眼鏡。
「話は聞いてる。もう、あんな馬鹿な真似をして壊すなよ?」
「うん、ありがとう…」
 その言葉の後に『パパ』と言いそうになって、ご主人様と言うべきかどうか、迷いました。
 くしゃりと私の頭を撫でてから、パパが微笑みながら言います。
「こういう時は『パパ』って言っても、叱らないぞ。お前の気持ちを伝えたい時に自然と出る言葉なんだから」
「そっか」
「人前では、言わない方がいいけどな」
「ん。気をつける」
「さて、行くか。案内してくれ、お前のほうが詳しいだろう?」
「はい!行きましょう!」


334 :来るべき未来の為に(54) :2007/09/26(水) 19:05:00.23 ID:V/qe8AMY
 パパと連れ立ってやってきたパシリ大通り。
 いつもと変わらない賑やかさ、と言いたい所だけど、なんかいつもと違って騒がしい感じです。
「ね、聞いた?」
「聞いた聞いた、止めちゃったご主人様達の何人かが戻ってきたんだって?」
「そうだって!それで、今、はぐれになっちゃった私達を探しているって!」
「私のご主人様、帰って来てるのかなぁ」
「それだけじゃない、って話だよ?」
「なになに?!」
「はぐれたあたし達、GRMに回収してるって話もあるんだ」
「マジ?!」
「マジだって。なんなら聞いてみればいいじゃん、そこのガーディアンズに」
「どこのガーディアンズ?」
「だから、そこのデカブツだってば」
「俺の事かぁ?」
 軽く首をかしげ、腕を組んでいるパパ。天井に頭がぶつかっているのでそんな格好なのですが、そんなパパのぼやきにも近い一言で、通路がしん、と静まり返ります。
 パパは背を丸め、パシリ達を掻き分ける様に移動しながら、通路の壁に数枚の電子ペーパーを貼り、前もって録画されていた映像を流し始めます。
「ガーディアンズ本部よりの通達です。
 新規隊員の募集と復帰隊員の再登録により、現在のガーディアンズではPMの絶対数が不足しています。
 そこで本部では、はぐれとなったPM達の大々的な回収を行う事になりました。
 また、復帰した隊員の個室より行方不明になったPMを探しています。
 詳細はメール又は本部、或いはこの公示を配布しているガーディアンズを通してご確認下さい。
 現時点で復帰した隊員は以下の通りになります。
 …………………………」
 食い入るように見つめるパシリ達の多さには、私も驚きました。


335 :来るべき未来の為に(55) :2007/09/26(水) 19:05:52.03 ID:V/qe8AMY
 そして、唐突に泣き出すパシリ達が何人かいます。
「わぁぁぁぁぁぁぁん!〇〇〇〇〇〇〇~」
 泣きながら、それぞれが色々な呼び方で自分のご主人様の事を呼んでいます。
 ご主人様に始まって、ご主人、ごしじん、マスターなどのポピュラーなのから、名前や愛称、果てはダーリンまで。ナゼニダーリン?
 泣いていた彼女達は、そのまま他のパシリ達を掻き分けて走っていきました。
 それと同時に、パパの所へ押し寄せてくるパシリ達。
 私とパパはパシリの流れに流され、あっという間に離れ離れになりました。

 わぁわぁ!ぎゃいぎゃい!

 もううるさくて、周りの話どころか通信すら聞こえません。
(パパ、大丈夫?!)
(ああ、大丈夫だ)
 私が『テレパス』でパパに話しかけると、すぐに返事が来ました。これは音声に関係ないから、こういう時に便利です。
(この調子なら、聞き込みする手間が省ける。お前の方は、予定通りに行ってくれ)
(分かった、行ってくるね)
(ロザリオ!)
 強い調子で呼び止められました。
(なに?)
 心配そうな雰囲気が伝わってきます。
(気をつけて、な)
(うん。行って来ます)


336 :来るべき未来の為に(56) :2007/09/26(水) 19:06:21.82 ID:V/qe8AMY
 パシリごみを掻き分け、なんとか入り口まで移動すると、中はいつもより静まり返っています。
 中に入ってすぐの壁に電子ペーパーを貼り付け、起動させようとした所でその手をつかまれます。
「悪いけど、ボスが許可するまでそれは動かさないで欲しいんだけど」
 手をつかんだのは、ここで見張り番をしているクバラ製430。
 クバラ製の彼女達と私達を見分ける方法は、そのカラーリングと進化デバイスが使用可能かどうかの差です。
 それはさておき、そっと私の手を紙から遠ざけ、そのまま奥に引っ張っていきます。
「ちょうどいい所だった。ボスがあんたを待ってるんだ」
「え?」
「理由は知らない。だけど、急いでいるようだ」
 そのまま、通路を小走りでひっぱて行くクバラ430。
 途中にあった店のほとんどはパシリがいなくて、いてもクバラパシリだけだったりします。
 色々な通路を歩き、ちょっとした階段を何度も上り下りして、一番奥の場所までやってきました。
「ボス、連れてきました」
「開いてるから、さっさと入ってもらって」
 クバラ430が壁のようにしか見えない場所を軽く押し込むと、壁の一部が音も無くスライドします。
 ほんと、よく出来てます。
「来てくれて助かったわ。最後の商品テストなのに時間が無くなってしまって」
 開いた扉から腕が伸びて、私を中に引っ張り込みます。
 天井がやたら高いせいか少し薄暗い部屋の中、クバラ420が色々片付けていて、その過程が分かる位、内装品が動かされています。
「最後?」
 私はクバラ420の台詞が気になって、聞き返しました。
「そう、最後。ここもガーディアンズが嗅ぎつけたし、裏町のあいつが嗅ぎ回っているって噂だし。
 あらかたの片付けはすんだから、今回の回収騒ぎを使って逃げ出すの。
 でも、これだけはテストしないとそれも出来ないから」
 クバラ420は入り口にロックをかけて、私にPMサイズの濃いグレーのバスローブと違法PMデバイスを手渡してきました。
 デバイスは分かるけど、何故にバスローブ?
「着替えておいた方がいいわ。あ、下着は付けちゃダメよ?」
 え?と、言うことはもしかして…


337 :来るべき未来の為に(57) :2007/09/26(水) 19:06:46.77 ID:V/qe8AMY
「も、もしかして…ででででで、でばいす、えろ、ですか?」
「そうよ。最新版のね」
 クバラ420の表情が妙に艶めかしい笑みを浮かべています。
「わたしも試したけど、すごく気持ちよくなれるわ」
 そう言って、私を背後から抱きすくめ、服を脱がし始めました。
 よりにもよって、こんな日になんでこんな代物をテストする気になったのよ~!!
 私の心の叫びをよそに、手早く服と下着が剥ぎ取られました。
 抵抗する隙もありません。
 全部脱がされたところで反射的に腕で前を隠そうとしましたが、すぐにバスローブを羽織らされました。
「さ、始めて頂戴。それとも、あなた、こういうの初めて?」
 う゛、ま、まずいです。
 パシ通とかローザの記憶には多少ありましたが、その、えっと、エッチなことって、私自身には全く経験が無いんです。どうやって誤魔化そう…。
「あらあら、今時初心なパシリねぇ。ご主人におもちゃにされていないなんて」
 その台詞にカチンと来ましたが、怒鳴るわけにもいきません。
「私のご主人様は、そんな事しません」
「あらそう、じゃあ、今はわたしが手伝ってあげるから、後でおもちゃにされてみなさい。
 喜ぶわよ、あなたのご・主・人・さ・ま」
「ひゃん!」
 言うが早いか、私のバスローブの胸元に白い手を滑り込ませ、胸に刺激を与え始めました。
「では、ここからがテストの開始よ」
 開いている手で私の口にPMデバイスEROを滑り込ませ、吐き出せないように押さえつけます。
「ん゛、ん゛ん゛~!!」

 ゴクン

「効果が出るのに10秒ほど時間がかかるわ。
 持続時間は2時間。
 この最新版のいい所はね、前と違って使った後の記憶が残っている事ね。
 より一層の中毒者向けって訳。
 普通のまっさらなパシリなら、発狂するわね」


338 :来るべき未来の為に(58) :2007/09/26(水) 19:07:38.90 ID:V/qe8AMY
 ククク、と、クバラ420のどこか狂気の混ざった笑い声。
 一瞬ぞっとしましたが、デバイスの影響が現れ始めたせいか、すぐに忘れてしまいました。
「あら、あなた、412なのに胸が大きいのね。違法デバイスでも使ってる?」
「そんな、こと…んんっ…」
 言い返そうとしても、胸に受けた刺激が快感となってブレインコアを過剰反応させ始めました。
 意識にうっすらと靄がかかり始めます。
「あらあら、かわいいわね」
 私が快感に耐えている表情を後ろから覗き込み、そう言いました。
 が、がまん、がまんです。ここで意識が流されたら、私は『私』でいられなくなりそうな予感がします。
 しばらくすると、内股が勝手に湿り気を帯び、内太ももにぬるりとした感触が伝わってきました。
「そうそう、こちらも忘れていましたね。行きますわよ?」
「や、ぁっ!」
 急に内股に走った刺激に、一瞬、意識が飛びかけました。
「やっぱり、デバイスの効果が強すぎたのかしら?初めての割には反応が良過ぎますね…」
 刺激を与えつつ、あくまで冷静に対応するクバラ420のお掛けで、何とか平常心を保っていられます。
「ま、いいでしょう。では、こちらが本当のテストです」
 胸に刺激を与えていた手を除けると、その手で別のデバイスを取り出して、私に見せます。
「な、なに?その、でばい、す、は」
「PMデバイス・ブースター。クバラ製のあらゆるPMデバイスの効能を数倍高めてくれる、追加デバイス。それの試作品よ」
「そ、そんなの使ったら、私、壊れちゃう!!」
「あら、あなたは元々不良品って噂だから、壊れても問題ないんじゃありません?」
 そう言うが早いか、口に入れられ、そのまま掌で塞がれます。
「ん゛、ん゛ん゛、ん゛~、ん゛、ん゛、ん゛!」
 抗おうと力を籠めますが、快感の刺激には勝てず、腰が砕けてしまっています。
 口の中に留めている限り、デバイスのデータはゆっくりとですが読み込まれていきます。
 でも、吐き出すことも出来ませんし、飲み込めば読み込み速度は速くなるし。

341 :来るべき未来の為に(59) :2007/09/26(水) 20:04:21.28 ID:V/qe8AMY
 どうしよう、どうしよう!
 私、今の快感データだけで、ブレインコアに過負荷がかかりすぎてるのに、このデバイスが完全に稼動したら、本当に壊れちゃう!
(ロザリオ)(ロザリィ)
 私の記憶デバイスにかすかに残されている、ローザとママの記憶と意識が、私に呼びかけます。
(ローザ!ママ!私、どうしたらいいのか、分かんない!)
(…………)
(このままじゃ、私、壊れちゃう!)
(あなたが、そのデータを受け流すすべを持っていれば問題ないのですが、わたし達のデータでは意味がありません)
(どうして?!)
(それは、人それぞれに違うからなの)
(だから、今、憶えなさい。そして、デバイスを受け入れなさい)
(そ、そんなぁ!)
(あなたなら大丈夫。奇跡が起きるはずよ)
 二人の声は唐突に切れました。
 もう、ダメかも…パパ、助けて!
 パパの顔が一瞬データに表示されると、スーッと過負荷が下がって、快感データを上手く受け流せるようになりました。
 何でだろ?でも、今までと違ってこのエッチな快感を、自分で制御できます。
 でも、ブースターが完全に効き目を現すまで時間がありません。ここまで来たら、覚悟を決めるしかありません。
 PMデバイス・ブースターを、飲み込みます。
「ん、(ゴクッ)」
「あら、観念してやっと飲み込みました?」
 直後、完全にロードされたブースト機能によって、すさまじい快感が全身からブレインコアにデータとして流れ込みました。
「………ん゛、ん゛ん゛ー、ん゛、ん゛、ん゛、ん゛―――――!」
 口を押さえられていて良かったです。この時は思いっきりエロい言葉を叫んでましたから。
「え?キャッ!」
 私はすごい力でクバラ420を弾き飛ばし、床で身もだえ始めました。
 この時の私は全く意識してませんでしたが、白い肌を薄赤く上気させ、快感を生み出す場所をこね回して、狂ったように自らを慰めていました。


342 :来るべき未来の為に(60) :2007/09/26(水) 20:05:00.81 ID:V/qe8AMY
 く、躯体が、熱い!燃えるように熱い!
 意識が残っただけマシ…いえ、残らなかった方が楽になれたかも。
 デバイスの影響で発生した快感データは、全身のあらゆる機能をオーバードライブさせ始めました。
 理由は不明ですが、私の記憶デバイスの中には、今まで使用された違法PMデバイスのプログラムが消えることなく、そのままそっくり残っています。
 そのプログラムが快楽データとブースターで強制喚起され、オーバードライブに加えて、数倍の効能で同時に機能し始めました。
 これはもう、完全に暴走状態です。
 各種リアクターは限界点で駆動しっぱなし、ブレインコアも含めたチップ類も危険領域の限界を超える寸前までヒートアップしています。
 もう、ダメ、受け流し切れない!
 パ パ 、 私 、 壊 れ る…

 キュゥゥゥゥゥゥン!

 唐突に、私の体に進化エネルギーが満ち、フォトンが纏わりつきます。
 次の瞬間、軽い爆風を伴って、光がはじけます。
「『私』を呼んだのは、何時の私かしら…」
「あ、あ、あなた、一体、何者なの?!」
 ――ああ、この420か。懐かしいわね。
 あの人――この頃はまだ『パパ』って呼んでましたね――と変わらない身長の『私』には、ちょうどいい位の大きさの部屋ですが、パシリにはずいぶん広い場所です。
「私?私はロザリオ。ロザリオ・ブリジェシー。
 SEED因子保有生命体として、人類とSEEDの中間に在る者」
 裸のままの私は内蔵ナノトランサーを起動して、いつも預かっているあの人の服を取り出し、とりあえず着ます。
「あなた、パシリでしょ、パシリなんでしょう?!」
 クバラ420は恐怖に目を見開き、しりもちをついたままゆっくり後ずさろうとして、転びます。
「元パシリ、が正確ね。
 『私』は今から大体100年後のロザリオの意識だから、あなたの経緯や事情を全部知ってる。
 でも、あなたが『それ』を取り戻すのを望むかは、あなた次第だから『私』は何も言わない。
 だけど、これだけは伝えておくわね。
 あなたのご主人様が、あなたを探してるわ。「帰ってきて欲しい」って」
「嘘よ!!」
「嘘と決め付ける根拠は、あなたには無いわ」


343 :来るべき未来の為に(61) :2007/09/26(水) 20:05:33.67 ID:V/qe8AMY
 驚愕の表情を貼り付けた420は、ふらふらと上体を起こします。
「だって、私は捨てられた…」
 喉の奥から搾り出したような、苦痛が混じったかすれ声が彼女の口から漏れます。
「あなたは誰かにそう言われたの?」
 けだるそうに首を横に振るクバラ420。
「じゃあ、自分で考えたの?」
 再び、ゆっくりと首を横に振る。
「では、何故、あなたは『捨てられた』と信じているの?」
 更に目を大きく開けて、頭を抱えるクバラ420。
「わた、しは、どう、して…」
 混乱している今なら、セキュリティは甘いはずよね。
 ブレインコア・ダイレクトアクセス、高密度モード、データ収集。
“システム起動、対象ブレインコアにダイレクトアクセス、検索…ダウンロード開始…終了”
 データ解析、映像処理は1/1000フレーム。
“解析開始…偽装ノイズ検知、データは3HIT、映像は1HIT、処理中…デコード終了”
 そうそうこのSS、このビス男だったわね、彼女のブレインコアに偽情報を書き込んだのは。『今』はもう亡くなってるけど…
 さて、『テレパス』は、十分範囲内のようね。
(…聞こえて?)
 少し間があって、返事が返ってきます。
(…お前、ロザリオ、か?似ているが、感触が違う)
(初めまして。…私はロザリオに最も近くて遠い者です)
(…、何か用事があるのだろう?)
(これから、収集した各種違法商品とPM違法売買の取引及び顧客データ、ならびに首謀者の映像データをそちらに暗号化転送します。
 デコードは、V998-7777でお願いします)
(了解。ロザリオは無事か?)
(問題ありません。ただ…)
(何だ?)
(多少の変化はしています。ですが、あなたを愛していることは何時までも変わりません)
 あの人の返答を待たずに『テレパス』のアクセスを切りました。


344 :来るべき未来の為に(62) :2007/09/26(水) 20:06:02.20 ID:V/qe8AMY
 錯乱状態に入り始めたクバラ420のブレインコアにもう一度アクセス、『私』との接触に関するデータを全て永久消去。
 再起動用タイマーである『目覚まし時計』をセットして、待機モードに強制移行させます。
 とさっ、と軽い音をたてて倒れるクバラ420。
 部屋の片隅に置かれていて、片付けのために動かされていた姿見の前に立ち、『私』の全身を映します。
 青い髪に赤い瞳は変わらないけど、子供っぽさが完全に抜け、眼鏡は無く、ややきつい目つきにすっと通った鼻筋。
 桜色の少し厚い唇に細い頤(おとがい)、たんぱく質で出来た耳朶、頭頂部近くから突き出ている、一見すると左右対称の髪飾りに見える聴覚ユニット。
 聴覚ユニットから伸ばしたバンドでくくった、腰近くまである太目のロング・ツインテールの髪型。
 借り物のあの人のコートとズボンで隠された身体は、あの人と変わらない位の身長で、俗に言うベストプロポーションに近い体型。
 これが『私』、未来の私の姿。私が自力でたどり着いた『進化』の最終形態。
 憶えておいて、あなたに秘められた未来の可能性を。
 またね、昔の私。意識時間軸調整、シフト―――――
 光が集う。

 キュゥゥゥゥゥゥン!

 光が消え、ばさり、と、いつもの私を包むパパの大きなコート。
「…夢?それとも現実?あれが未来の『私』?」
 なんだかよく分からないけど、目の前で起こっていることは確かな事。
 機能を一時停止しているクバラ420、脱がされた私の服と下着、大きすぎるパパの服を着ている私、そして、自分の身体が発する人工分泌物のきつい匂い。
 記憶デバイスの中には、膨大な違法取引とクバラ420のログデータ、私に似た誰かのSS。
 私の名を名乗った、人類サイズの、自称未来の『私』。
 いくら考えても分からない状況を、否定するかのように頭を振って、とりあえず保留にします。
 さっさと着替えて、この420を連れてパパの所に行かないと。
 シャワーくらい浴びたいけど、彼女が起きる前に確保しないと状況が悪化しそうです。
 べたつく肌に袖を通して何とか着替え終わり、クバラ420の腕をつかんで肩を貸すように担ぎ、引きずってに外に出ます。
 妨害されること無くあちこちの通路を移動し、『屋台村』の出入り口がなんとか見えてきました。
「止まれ」
 見張り番のクバラ430が、横からすっと現れます。


345 :来るべき未来の為に(63) :2007/09/26(水) 20:06:30.81 ID:V/qe8AMY
「邪魔をする気?」
 私が表情を押し殺して問うと、
「お前の対応次第だ。デバイスのデータを寄越せば、通してやる」
「嫌、と言ったら?」
 クバラ430はナノトランサーを起動して、ハイパーバイパークを構えます。
 私は小さく溜息をついて、自由になる手で襟元を広げて、うなじをさらします。
「―――どうぞ、ご自由に。でも、役には立たないって情報ですよ?」
「それを判断するのは、わたしじゃない」
 クバラ430が私のうなじにあるコネクターにメモリを差し込んだので、データを書き込みます。
 書き込んだデータをクバラ430が確認すると、少し驚いた表情をします。
「…何故、手を加えない?お前なら、造作も無いだろう」
「さあ、何故かしらね」
 ゆっくりと出入り口から出る、クバラ420を担いだ私。
 無防備な背中を撃たれる事無く、私は『屋台村』を後にしました。

「―――ご主人様、戻りました」
 近くの空き倉庫でパシリ達の応対に追われていたパパの背後にひっそりと近づき、報告しました。
 頷く仕草がかろうじて確認出来たので、クバラ420をそっと横たえ、自分もしゃがみこんで待機に入ります。
 乾いたせいで少しすえた匂いが、躯体から漂います。
 それから暫くしてパパの応対が終わり、それとほぼ同時にクバラ420が再起動しました。
「ん、あたし、一体、どうしたの、あれ、あなたはご主人様の」
 クバラ420は混乱気味にそこまで呟き、はっと口元に指先をそろえた両手を当てます。
「…お前、その仕草、もしかして奴の420か?外装はクバラ仕様だが…」
 パパの疑問を、彼女は全力で否定します。
「ち、ち、違います。私にキャストの主人なんでいません!」
 墓穴を掘りましたね、思いっきり。
「何故否定するのか、俺にその理由は分からんが、お前宛のメッセージ映像を預かってる」
 パパからそっと差し出された電子ペーパーを、最初は嫌がって拒みましたが、パパが黙って待っていると、最後には震える手で受け取りました。
 彼女は細かく震える指で、ゆっくりと再生ボタンを押します。


346 :来るべき未来の為に(64) :2007/09/26(水) 20:07:08.28 ID:V/qe8AMY
 電子ペーパーには、近接戦闘タイプの外装に濃い紫の塗装を施した男性キャストが映し出されました。
『俺の大切な相棒よ、元気にしていたか?
 買い取ることも出来ず、色々な事情からお前をここに置き去りにして、すまないと思っている。
 謝ってもお前は許さないかもしれないが、それでも俺はお前に戻ってきてもらいたい。
 俺の相棒に戻るのが嫌だというのなら、せめて無事な姿だけでも俺に見せてくれ。
 俺は、お前と共にすごした、あのマイルームで待っている』
 そこで再生は終わりました。
 彼女は何度も何度も再生を繰り返し、電子ペーパーのPPが尽きるまで見ていました。
「お前にそれを渡しても、俺の仕事が終わった訳じゃない」
 パパのその言葉に、びくっと身体を振るわせるクバラ420。
「わたし、この姿じゃ、あの人に会えません」
「どうして?」
 私が尋ねると、ただただ首を横に振り続けます。
「あなたはあなたでしょう?外見は変わっても、あなたの心は変わってないはず。違うの?」
 更に尋ねると、更に首を横に振ります。
「わたしの心は、いじられて変わっちゃったの!わたしは、あの人を信じる心を書き換えられて、あの人が裏切ったと信じた!
 そんなわたしじゃ、あの人に会わせる顔がないの!」

 パシン!

 私の平手を頬に受け、呆然とするクバラ420。
「あなたは何も変わってない。自分の意思で変わってないじゃない。
 偽りの心に書き換えられたのは、あなたのせいじゃない。
 『あわせる顔が無い』なんて言って、あなたがご主人様を慕う気持ちは、変わってないじゃないの!
 自分の本当の気持ちまで、偽りの心に誤魔化されないで!!」
 呆然とした表情のまま、ぽろぽろと涙をこぼすクバラ420。
「その涙が、あなたの正直な気持ち。
 ほら、帰りましょ?あなたのご主人様の所へ。きっと心配して待ってるわよ?」
 私が差し出した手を、震える手でゆっくりと握ったクバラ420。
 それは、彼女が『ただの』420に戻った瞬間でした。

365 :来るべき未来の為に(65) :2007/09/27(木) 17:08:12.63 ID:nbC9i5pQ
 その日は、私が回収したデータを本部に直に提出した後、420をパパの知り合いであるキャス男さんの所まで連れて行って終わりました。
 キャス男さんがおどおどした様子の420を抱き上げて、二言三言呟くと、420はキャス男さんにしがみついて泣きじゃくり始めたので、私達はさっさと退散しました。
「迷惑をかけたな」
 帰り際の私達に、後ろから声をかけてきたキャス男さん。
「何、気にするな。今までの借りをまとめて返しただけさ」
 パパは振り返ることなくそう言って、軽く手を上げるとその場を離れました。

 部屋に帰る道中も、戻ってからも、私とパパは終始無言でした。
 今日の部屋はとても静かです。今度は姉妹達みんなが諜報部で特訓中なので、少なくともあと1日はこの部屋に帰って来れません。
 パパは帰ってきて早々に部屋にロックを掛け、バスルームに直行すると浴槽にお湯を張り始めました。
 私はというと、匂いが染み付いてよれよれになった、パパのブレイブスコートとズボンを取り出して、全自動洗濯機に放り込みます。
 お湯が溜まるのを見ることなく、パパは自室の共通倉庫がある壁際に近寄ります。
「諜報部特務規定特約第9条第1項を申請、12時間の開放時間を希望する」
 隠しマイクに向かって普通に語りかけます。
 30秒もしないうちに、緊急放送用のスピーカーから返答が聞こえました。
『申請を受理する。現時点より12時間の間、監視カメラ、及びマイクの機能を停止させる』
 かすかですが、マイルーム全体が静かになりました。
 居場所が無いかのように、部屋の真ん中で立ち尽くすパパと私。
 その後、お湯が溜まった合図の音がするまで、再び無言の私とパパ。
「…お湯、溜まったね」
「そうか。さっさと風呂に入って、身体を洗って来い」
 私の匂いが鼻を突くのか、かすかに顔をしかめます。
 ノーブルズコートの襟元を緩め、ベッドに腰掛けようとするパパの袖を掴む私。
「………」
「………」
 僅かな沈黙の後、小さく溜息をつくパパ。
「…何か言いたい事があるんだろ?」
「今日、『屋台村』の中で私が何をしていたか、知ってるわね、パパ」
 そう決め付け、パパを見上げて睨みつけます。


366 :来るべき未来の為に(66) :2007/09/27(木) 17:08:41.60 ID:nbC9i5pQ
 すっと伸ばされたパパの手が、私の眼鏡を外して、フレームの端にある小さなスイッチを押します。
『全センサーの機能を停止します』
 小さな電子音声がやけにはっきりと聞こえました。
「ああ」
「パパは、私を信じてくれてないんだ」
「信じてる」
「じゃあ、何でこんな眼鏡を私に寄越したの?!ホントは信じてなんか無いじゃない!!」
 パパは私を信じてない、裏切られたと思って、パパに怒鳴りつけました。
「渡す時に言ったぞ、『お守り』だとな」
 そんな私の態度に、声を荒げることなく話すパパ。
 再び眼鏡のスイッチを入れ、レンズ部分に何かのマップを表示させました。
「お前が違法デバイスを使っていた位置が分かるか?」
 そう言われ、差し出された眼鏡を受け取ります。
「………ここ、パパがいた倉庫の、隣?!」
 マップに表示された座標と位置関係は、あの時の私とパパの位置を克明に記録していました。
 それ以上何も言わずに、ベッドに腰掛けるパパ。
 ちゃんとフォロー出来る位置で待っていてくれたんだ。
 うれしさと同時に、パパを信用していなかった自分が恥ずかしくなりました。状況が筒抜けだったのはもっと恥ずかしいですが…
 ………でも。
 そう、最後までフォローが終わってません!ということにします!
 今度はパパの手を掴み、引っ張ります。
「パパ、最後の仕事が残ってます!」
 怪訝な表情を浮かべ、腰を上げます。
 私が手を引いてパパを連れて行ったのは、お風呂場の脱衣場。
「なんだ、洗濯か?」
「いいえ」
 そこまで言って、私は一瞬、躊躇しました。この先の事を行ってもいいのでしょうか?


367 :来るべき未来の為に(67) :2007/09/27(木) 17:10:03.16 ID:nbC9i5pQ

    Λ Λ
    ( ・ω・)  
 ~  (_ ゚T゚  キーコキコ
     ゚ ゚̄


          Λ Λ
          ( ・ω・ ) <倫理的にOKポコ。 
          (_ ゚T゚  キキッ  でも、表現には気をつけるポコよ?
           ゚ ゚̄^


                 Λ Λ
                 ( ・ω・) <バイバイポコ~ 
              ~  (_ ゚T゚  キーコキコ
                  ゚ ゚̄



 私のブレインコア内に現れた、自転車に乗った謎のニャンポコさんの承認が出たので、続行!
 パパに背中を向け、私はナノトランサーを起動して服とインナーを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になります。
「一緒にお風呂に入って、私を隅々まで洗ってください」
 お団子に丸めている髪を解き、軽く頭を振って広げます。
 パパは、私を見下ろしたまま、硬直してしまいました。
 んもう、自分の娘が一緒にお風呂に入ろうって言ってるのに、リアクションが悪いんだから。
 それとも、言い方が悪かったかなぁ?参考にしたのが裏パシ通なのは、やっぱりまずかったかなぁ?
 パパが固まったまま動かないので、ナノトランサーを強引に外して服を脱がせ、ついでにインナーまで剥ぎ取ります。
「は、え、お、おいおいおい」
「文句は受け付けません!」


368 :来るべき未来の為に(68) :2007/09/27(木) 17:10:56.88 ID:nbC9i5pQ
 手を引いて強引にバスルームへ引っ張りこみ、スポンジとボディソープのボトルを手渡します。
「やさしくして下さいね」
 私のその台詞がとどめになったようで、唖然としていたパパは小さく吹き出し、くっくっくと笑い出しました。
「お前なぁ…言いたい事は分かるし、意味は間違っちゃいないが、それじゃエロコミックとかエロゲーだぞ?」
「え~っ、そうなんですかぁ?」
「ああ。普通はお前、『パパ、一緒にお風呂に入ろう』って言やぁいいんだ。
 でなきゃ、『一緒にお風呂に入って』の後に『背中を流して~』とか『頭洗ってよ』とかだっての。
 んで、痛くされたら『洗うのへたくそ~』とか言って、怒るもんだ。
 突然、自分の娘にあんな事言われたら、リアクションに困るぞ、親として。
 ほれほれ、まずは頭を洗ってやるから、椅子に座って目を閉じろ。
 全く、何処でそんな台詞を覚えてくるのかねぇ、PMってのは?くっくっく」
 ツボに入って笑いが止まらなくなったのか、私を綺麗に洗い終わるまで、パパの小さな笑い声は納まりませんでした。

 洗う役を交代して、私がパパの背中を流し終わると、二人して湯船に浸かります。
 流石にパパが基準だとお湯が多いので、少し少なめに張ってあったのですが、それでも二人で入ると私にはちょっと深すぎです。
 いつものように、椅子を兼ねたパシリ用の段差に腰かけようとしましたが、ふと思い直して、パパの伸ばした左脚のふとももに座り、胸板に上半身を預けてみました。
 手馴れた感じでそっとパパの左腕が伸ばされ、私がパパの脚からずり落ちないように支えてくれます。
 目を閉じると、パパのゆっくりとした心臓の音が聞こえてきます。
 パパが大きく息を吸って、吐き出します。
「はぁ~、風呂はやっぱり気持ちいいな…」
「うん」
「そういえば、初めてだな、『お前』と入るのは」
 微妙なニュアンスを含んだ『お前』という表現が引っかかり、私は目を開けてパパの顔を見ました。
「もしかして、ローザと…」
 ちょっと苦い表情を浮かべるパパ。
「まぁ、そこそこは、な」
 包み隠さず話してくれるパパ。
「あいつは精神面的に不安定な部分があって、愛情確認の一環として一緒に風呂に入るくらいはしてやらないと、不安感に押しつぶされそうになっていたんだ。
 コントラフェット・ミルトの副作用って奴だ」


369 :来るべき未来の為に(69) :2007/09/27(木) 17:11:27.84 ID:nbC9i5pQ
 コントラフェット・ミルト、擬似恋愛装置。主人を裏切らず、くくりつける為の心理的強制力発生装置。
 幸福を生み出す一方で、多くの不幸を生み出した悪夢のシステム。
 私には存在しない装置。
「…前から聞いてみたかったんだけど」
「なんだ?」
「パパ、ローザが好きだった?」
 躊躇いというよりは、戸惑いの間が空き、
「嫌いだったら一緒に風呂に入ったりしないし、そもそも常時そんな状態じゃ、GRMへ不良品として送り返していると思わないか?」
 冷たい言い回しですが、つまりは、好きだって事なんでしょうけど…
「じゃあ、愛していた?」
 逡巡する間だと分かる沈黙の後、
「お前と同じ位、愛していたよ」
 空いた右手で、私の頬をそっと撫でるパパ。
「でも、それは家族としての愛情なんでしょう?」
 無言で頷くパパは、どこか悲しげでした。
「あいつは最初から、俺に『女として』抱かれたがっていた。
 だけど、それはあの装置が生み出した擬似的なものだったからな。
 だからせめて、本当に自分の心から、俺に対して異性への愛情を抱けるようになったら、あいつの願いを叶えてやるつもりだったんだ。
 そう思っていたんだが…」
 進化デバイスの不良による、ローザという個体意識の消失。
 そして、私が生まれた。
「PMかどうかなんて関係なく、『心を持った存在』として出来るだけ対等に接していたつもりだが、それでも、俺はあいつを『女性』として意識は出来なかった。
 結局、俺はあいつを、単なるパートナーマシナリーとしてしか見ていなかったのかもしれない。
 それに、ひどい話かもしれないが、俺の恋愛に関する心はあいつが、女房が墓の中まで持ってっちまったのさ。
 もう恋愛うんぬんを追っかけるほどの歳じゃないから、あんまり未練は無いがな」
 まぁ、今年で535歳ですものね。
 冷めた笑みを浮かべ、片手で顔を拭うパパ。
「それで?俺にここまで話させるって事は、お前のお願いもそれがらみか?」
「えっと、何の事、かな?」


370 :来るべき未来の為に(70) :2007/09/27(木) 17:12:16.92 ID:nbC9i5pQ
 私は視線をそらして、自分の頬に手を添えます。
「とぼけなくたっていい。お願いの関連ごとに付き合わせるお前の癖なんて、お見通しだ」
「あ、あははははは…ハァ」
 バレバレだったのか…orz
「一緒に風呂に入れ、なんて言い出したんだ。昼間のデバイスERO絡みだろう?」
 お湯の上を漂う私の髪を片手で器用に束ねながら、パパは私の返事を待っています。
 もう、ここまで来たら開き直って言っちゃいます。
「じゃ、単刀直入に言います。
 パパ、私を抱いて『女』にして下さいアダッ」
 フォランの滝から飛び降りる覚悟で言ったのに、間髪いれずに強烈なデコピンで返されました。
「パ、パパ、ひどいよぅ~」
 おでこを片手で押さえながら頬を膨らませ、パパをにらみます。
「お前、ガーディアンズコロニーの裏町でそっちの修行してくるか?人形専門店なんてのもあったぞ?」
 半眼でにらむパパの首に私は飛びついて、ぎゅっと抱きつきます。
 かすかに残っているローザの意識が、私の意識に同調します。
「い・や!『絶対やだ!』パパ以外の男の人に触られたくないもん!気持ち悪い!
 何が何でも、絶対、『この世で一番最初のエッチはご主人様じゃなきゃヤダ!』ローザだってそう言ってる!
 だから、お願い!
 『お願い、ご主人様!!』」
「………」
 突然、私を脇に下ろして湯船から出て行くパパ。
「――――お湯が冷めすぎだ。お前も上がって、炊き返しておけ。後でもう一度入りなおす」
 抑揚も少なく感情の乏しい声で、私に背中を向けたまま、パパが言いつけました。
「は、はい~」
「ああ、それと、洗濯は後回しでいい。どうせ洗うものが増える」
「は、はい?」
「さっさと上がって、ちゃんと身体を拭いて来い」
 バスルームから出て行くパパと、その後に続く私。
 そして、お風呂と洗濯の意味が分かったのは、私とパパの関係から一線を越えた『お願い』が叶った後でした。




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