1:お出かけはおべんとうをもって
「出かけるぞ、ついてこい」
今日はとある月曜日、珍しく出かけなかったパパが、店番をしていた私にそう言いました。
「今日は例のイベントに行かないんですか?」
ファミ通カップとかいう、全員参加型の報酬つき訓練ミッションが始まって既に2週間目、ほとんどの人が通いつめていると言うのに、一体何処に行くつもりなんでしょうか。
「遠出をする準備をして、モトゥブで待ってろ」
「は~い。特に何か必要になりますか?」
「それは俺が用意するから問題ない」
あ、そういえば、ここ最近は遠出なんてしてないから、パパもお昼ご飯なんて忘れてるかも。
「それじゃあ、急いでお弁当を用意しますね」
私がそう言うと、パパは私の頭を撫でてくれました。
「…なら、少し頼まれてくれ」
「なんですか?パパ」
朝もまだ早く、パパ以外に誰もいないので、そう返事をします。
「三惑星の料理で、折り詰めを作ってくれないか?」
「折り詰め、ですか?」
私はちょっと面食らいました。
普段はお弁当を用意するって言っても、コルトバサンドとかオルアカドッグ、オニギリとかの手軽な物のリクエストが多いのに、今日はどうしたのかな?
「ああ。
そうだな、大体3、4人分くらいがいい」
「はい、3、4人分ですね。
何か食べたい物はありますか?」
一瞬、複雑な表情を浮かべて考え込んだパパですが、
「…辛すぎるものは避けてくれ、後はお前に任せた」
と言うと、私と同じ目線の高さになるように座りました。
「お前、最近料理が上手になってきたな、あいつみたいに」
「えへへ、そうですか?」
私が照れ隠しに笑うと、パパもうっすらと笑みを浮かべます。
「ああ」
「実は、ママのレシピで勉強してるんです。お客が来ないとき」
パパは軽く首をかしげて少し考え込むと、何かに気がついたのか、ポンと手を打ちます。
「………そうか、この間のニューデイズ風の煮物は」
3日前の料理のことを、今頃になってやっと気づいたパパ。
ちょっと遅すぎですけど、気がついてくれたので何も言わないでおきます。
「うん。ママの料理を練習して、上手に出来たから晩御飯に出したの」
「そうだったのか。すまん、言われるまであいつのレシピとは思いつきすらしなかった」
まったく、一杯練習してがんばって作ってるのに。
でも、練習してて困っちゃう点が一つだけあります。
それは、お手本にしているママのレシピが根本的に間違ってて、とんでもない味になっちゃう料理がたまにあるってこと。
料理の数々をいつも試食してくれるのはヒュマ姉さんとルテナちゃんなのですが、あまりにもひどい味の料理になった事がニ、三度あって、それを食べたヒュマ姉さんが昏倒、医務課に運ばれた事があります。
あのひどい味は…う、思い出したら、気持ち悪くなってきた………あの味の記憶データを消去、消去……
料理のせいで姉さんが倒れた事は、パパには内緒ですし、姉さん自身にも口止めされてたりします。
毎回試食に協力してくれる二人には、とっても感謝してます。
急に遠くを見る視線になったパパ。
料理の事から何かを思い出したようですが、不意に何かを思いついた様子で、私に視線を合わせます。
「じゃあ、ちょっと注文だ」
注文されたのは、ママのレシピファイルにも載ってた、一般家庭では割とポピュラーなパルム風のシチュー。
煮込むのにちょっと時間はかかるけど、パパならすぐに作れる料理なのに、なんで自分で作らないのかな?
「久々に食べたいんだが……出来るか?」
不安げに聞いてくるパパに、私は自信満々で頷きました。
「出来ますよ。最初に作ったんだもん、今じゃ得意です」
「じゃあ、たのむ。じいさん、喜ぶな…」
おじいさん?モトゥブに行くって行ったけど、その人に会いに行くのかな?
「それじゃ、用事を済ませて、そのままモトゥブの空港前で待っている。
お前の料理が出来上がるくらいの時間はかかるから、あわてなくていいぞ」
私の返事を待たずに入り口に向かうパパ。
「はい。行ってらっしゃい、パp…」
パパが入り口の扉に近づく直前に、ぷしゅ~、と扉の開く音。
あ、お客さんが来た。
危ない危ない、『パパ』ってそのまま続けて言っちゃうところだった。
「おっと、失敬」
パパはそう言って、出会い頭のお客さんとすれ違い、そのまま出て行きました。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
「おや、ご主人様はお出かけ?」
パパと面識がない常連さんが、私にそう言いました。
「はい、用事があるので外出すると、たった今」
あわてて外を覗いてご主人様を探す常連さん。
この部屋のすぐ近くに転送ゲートのプラットホームがあるので、既にパパの姿は見えないと思います。
「そうか、困ったな」
「どうかしましたか?」
「いやね、あんたのご主人様を探しているっていうビーストのおっさんがいてね。
知っていたら、呼んで来て欲しいって言うんだよ。
ここは不慣れで迷うから、代わりに頼めないかって。
まあ、暇だし、ここに用事もあったんで来たんだが、入れ違いで出てった今の人がそうだったのか。
――もう、追いつかんな」
「行き先なら知ってますけど」
私の言葉にほっとした様子の常連さん。
「おお、そうかい。んで、何処へ?」
「途中は知りませんけど、モトゥブへ行きましたよ。
私もこれからお弁当を作って、後を追います。
所で、ご用件は?」
「あ、ああ。…セール品、残ってる?」
こないだ、パパが大量に仕入れたというか、イベントで拾った武器のことですね。
星4武器を、量販店に売却するより安い1000メセタで大放出してましたけど。
「すみません、すぐに売り切れたんです。イベント最終週まで、入荷は微妙かと思います」
「そっか、残念だなぁ。んじゃ、じゃましたな」
「毎度ありがとうございます。またのお越しを~」
常連さんは用事が済んだとばかりにさっさと帰られました。
私は鼻歌を歌いながら、店番をスペアパシリさんに任せてキッチンに向かいます。
さて、気合をいれてお弁当作るぞ!パパに「おいしい」って言わせるんだ♪
―――モトゥブ、フライヤーベース前―――
「―――おっそいなぁ、ご主人様。何処行っちゃったのかなぁ…」
会心のお弁当が出来上がって、待ち合わせの場所まで来たのに、パパがいません。
10分ほど待っても現れないので、ガーディアンズ支部に顔を出してみました。
「―――分かった、分かったって、もう少し待ってくれ」
受付の口の悪いお姉さんと誰か揉めてます。
あれは―――
「ご主人様?」
身内以外には滅多に怒らないパパが、何かあったのか怒っています。
「どうしたんですか、ご主人様?」
私が声をかけると、受付のお姉さん―――確か、マナさんという名前でした―――がほっとして私に声をかけました。
「パシリの嬢ちゃん、あんたからも言って、ちょっと止めてくれ」
話を聞くと、どうやらパパが前もって手配を頼んでいたフライヤーを間違って別な人に手配してしまったそうです。
今は人が少ないとはいえ、空いている機体はそう多くはありません。
「私用で借りたいから、早めに頼んだのに」
「悪かった、あたいが悪かったから、もう勘弁してくれ」
話を聞くと、私用という無理難題を言った手前、機体が空いたらという条件で借りる約束をしていたのに、という事らしいです。
ピコンッ♪という、いい音がカウンターから聞こえましたした。
「だから…っと、来た来た。やっと手配できたよ、あんたの機体」
「次からは…」
「分かってる、気をつけるよ」
へとへとなマナさんを尻目に、私とパパは支部を出ました。
すっかり疲れたのか、いつもの「星霊に導いてもらいな!」を、今日は言ってくれませんでした。
なんかマナさん、かわいそうです。
空港に向かって移動する私とパパ。
いつもと違ってゆっくり歩くパパの脇を、私は自分の歩幅で普通に歩きます。
急がない時のパパは、私に歩調を合わせて歩いてくれるし、時々手を繋いでくれます。
今日も私がそっと手を伸ばすと、手を繋いでくれました。
怒る事も多いけど、いつもやさしくしてくれるパパ。
時々、何故私はパシリじゃなくてヒューマンの、パパの本当の子供としてこの世に生まれて来れなかったのか、と真剣に悩む事があります。
普段から意識してパパの仕草を真似たり、データ上にあるママの仕草をしてみたりしますが、いくら振る舞いを似せても私はパシリ。ヒューマンにはなれませんし、これ以上外見が成長する事もありません。
唯一の救いは、私の顔立ちがデータに残っているママにかなり似ているという事。
でもやっぱり、パパと本当の親子のように見られたい。
パートナーマシナリーを示すこの服じゃなくて、せめて…
「普通の服なら、親子に見えるかな…」
「…なんだ、どうかしたか?」
考え事から無意識に漏れた私の独り言が、パパに届いたようです。
「い、いえ、何でもないです」
「?……ん?そうか」
何かが視界に入ったのか、そちらに目線を向けるパパ。
それは、小さな娘さんを腕に座らせて歩く、父親らしき大きなビーストの男性。
あ、そっか、私、あっちを見てましたね。
「………流石にあれは無理だぞ?」
「…そうですか」
ちょっと落胆したような返事をしてしまいました。
ちょぴりやって欲しいと思っていたんですね、私。
突然、歩みを止めるパパ。
それに合わせて私は歩くのを止めました。
「………まぁ、これなら出来るか」
パパはおもむろに片膝をついて、私を手招きしました。
「左肩に前を向いて乗ってみな」
「え?えと、こうですか?」
パパの太ももを踏み台にして、椅子に腰掛けるように左肩に座ってみます。
「足は揃えろよ?…よっと」
私の揃えた両足を左腕で抱えると、パパがゆっくり立ち上がりました。
すると、私の視界がじょじょに広がります。
「わぁ……高ぁい…」
いつもと同じ街が、違って見えます。
これがパパたちが見てる『世界』なんだぁ。
「頭に掴まるのはいいが、髪は引っ張るな。痛い」
「ご、ごめんなさい、ご主人様」
気がつくと、パパの頭に反射的にしがみついていました。
そのままフライヤーベースまで、普通に歩き出すパパ。
時折、道行く若い女の人や子供が私を見て「や~ん、かわいい♪」とか、「親子みたい~」とか、指を差して言ってます。
自分の事を言われているので、ちょっと恥ずかしいです。
「…良かったな。親子みたい、だとさ」
独り言、しっかり聞こえてたんだ、やっぱり。
パパの顔を覗き込むと、いつもよりやさしい微笑みを浮かべています。
それを見たら、なんだかとっても幸せな気持ちになりました。
パパの頭にギュッっと抱きつきます。
「えへへ♪」
今日は一日、笑顔でゆるみっぱなしになりそうです。
2:観光旅行はGフライヤーに乗って
私を肩に座らせたまま、パパはフライヤーベースの格納庫まで来てしまいました。
格納庫の片隅に行くと、初老の男性ビーストの整備員の一人がこちらにやってきます。
「…あんたが、こいつを借りようって奴か?」
整備員の人が親指で指差した先には、オレンジ色の派手なGフライヤーが一機。
「ああ、話はいってるはずだ」
「荷物はあれで全部だな?」
貨物リストをチェックしながら、パパに確認を取る整備員さん。
荷物?何を運ぶのでしょうか。
ナノトランサーで入りきれないほどの物なのでしょうか?
「そうだ。手間をかけさせてすまない」
「気にするな、それが仕事だ」
「じゃあ、ありがたく借りていく」
「おう、壊すんじゃねぇぞ!!」
「言われるまでもない」
整備員さんに背を向けて、親指を立てるパパ。
「…私用で壊した日にゃ、借金まみれだって」
パパが小声でそう言いました。
「大体、ブルースが黙っちゃいないよ」
それを聞いて、機体を良く見ると…ブルースさんのパーソナルマークがちっちゃく描かれています。
小さな声で、パパに尋ねてみます。
「…パパ、これを借りていって大丈夫ですか?」
「基本的には定期航路を飛ぶだけだし、他に無いんじゃしょうがない。
大体、今はブルースも例のイベントで手一杯だし、機体は空いてる。
貸して貰えたという事は、向こうも了承済みって事だ………どうせ、燃料費は俺持ちだしな」
あ、そうか、私用だから、燃料代は自腹なのか。
ここに来る途中、「普通にレンタル・フライヤーを借りればいいのでは?」と聞いてみたら、「距離が遠いから、普通のじゃ間に合わない」って言われてしまいましたし…
何処まで行くつもりなんでしょう?
「それより」と、私を下ろしながら、派手な広告がプリントされたROMカードを手渡してくれました。
「少し、そいつを見ておけ。
行きたい所があったら連れてってやるぞ」
「なんですか?これ」
「北極地域の観光案内だ」
観光案内、って、今日はただの観光旅行ですか?
「なに、用事が済んだら夜まで時間はあるし、たまには観光もいいと思ってね」
首をかしげる私に、苦笑を浮かべてパパが言いました。
「そんなに気にするな、ただの息抜きだ。
一人で出かける位なら、お前も連れて行こうと思ってな。
普段は、何かと言うとお前を部屋に置き去りにしてるし、ミッション以外に一緒に出かける機会も殆んど無いしな。
たまにはこういうのもいいかな、と思ったんだが…嫌だったか?」
私は激しく首を振って、それを否定しました。
そういえば、ママのお墓参り以降、ミッション以外では一緒に何処にも出かけていません。
「それに、見せたい物もある」
「見せたいもの?なんですか?」
「それは着いてからの…いや、行きがけのお楽しみだ」
一体なんでしょう?少しワクワクしてきました。
―――Gフライヤー機内―――
二人がかりで手早く発進シークエンスを行い、機体はなめらかにモトゥブの空に舞い上がりました。
航路に沿って二時間くらい飛んだあたりで、やたらと大型のパーソナルフライヤーが目視できるようになってきました。
「お、そろそろだな」
パパは航路から機体の高度を下げて、地表が確認しやすい高さで水平飛行に移りました。
この辺はそろそろ北極圏に近い地域ですけど、一体何が見えるのでしょう?
パパが軽く機体を左に傾けると、ほんの一時だけ翼端から出た飛行機雲が、空に緩やかな弧を描き始めます。
「左、10時の方向を見てな」
そう言われた直後、煌きと共にまず視界に飛び込んできたのは、信じられない量の水が流れている川。
え?モトゥブに大河?それに…
「…………わぁぁぁぁぁ!」
荒涼とした大地と凍土の境界線近くに『それ』はありました。
荒野に近いせいか、溶け出した凍土から流れ出た水が信じられない幅の大河となっていて、それがそのまま大裂溝帯に滝となって落ちているのです。
飛び散る水しぶきがいくつもの虹を作って、幻想的な世界をかもし出しています。
そして、その谷間に広がる森林地帯。
「全長10Kmに及ぶ大裂溝帯と、それに流れ込む滝、その二つが作り出すいくつもの虹、そして、その谷間に広がる、モトゥブ本来の自然が残る森林。
モトゥブの奇跡、“幻想の谷”だ」
「すごぉい、きれ~………」
上空からのほんのわずかな観光時間でしたが、自然が作り出したその光景に、私はすごく感動しました。
でも、パパがここに立ち寄った本当の目的は、雄大な自然を見ることではありませんでした。
パパがフライヤーの操縦を自動に切り替えて席を立つと、少し変わった敬礼をして外を見ています。
視線の先を追うと、なにやら巨大な記念碑らしき物が見えました。
その時は何故か、あの記念碑について、パパに聞くのは躊躇われました。
「本当はちゃんと寄りたいが、今日はかんべんな…」
寂しそうな、懐かしそうな顔をして、そう呟いたパパ。
谷から離れ、機体の高度が航路にまで戻ってから、私はもらった観光案内を見てみました。
先ほどの記念碑がちゃんと映像付きで載っています。
<英霊の碑:500年戦争で死んだ人々を祭るための巨大なモニュメント。
その全体には、戦争で死んだ戦士たちの名前が全て刻まれています。
毎年の終戦記念日には、ひっそりとですが慰霊祭が行なわれます。
モニュメントの地下には、当時のヒューマン達の基地を改造した、
巨大な墓地が存在します。
今でも、当時の戦争を生き延びた戦士のキャストたちが亡くなると、
ここに埋葬される事があります。>
お墓、基地の跡…そっか、パパがずっと昔に暮らしてた場所の一つなんだ。
口には出さないけど、昔の事を教えてくれてるんですね。
パパにだって、いろんな場所で、いろんな人達と過ごしてきた場所がいっぱいあるはずです。
そして、楽しいだけじゃなく、辛く悲しい思い出が残る場所もあるでしょう。
それらを、時間が許す限り、私にひとつずつ教えてくれるんですね。
多分、これからずっと、こうやって…
いつの間にか、機体の下は厚い雲海になっていました。
“幻想の谷”から更に小一時間ほど飛んだ辺りで、再び機体の高度を下げ始めます。
「さて、そろそろ目的地に着くぞ」
機体が雲海を潜り、重い色合いの雲の下に出ると、雪と氷が荒々しい地形を封じ込めた銀世界が現れました。
雲の切れ間から差し込む光に照らし出された、全てが凍りついた大陸…ここがパパの目的地。
不意に、切り立つ山々の間にぽつんとオレンジ色の光が見えました。
良く見ると、その光の周囲だけ開けた平らな場所です。
「あそこですか?」
「ああ」
切り立つ山肌の間を、機体がゆっくりすり抜けて行きます。
狭い場所なので慎重に機体を滑り込ませると、垂直降下させるパパ。
着陸した場所はかなり狭い場所で、Gフライヤーより大きな機体は入りそうもありません。
すぐ脇の山肌はくり抜かれていて、いろんな種類のフライヤーが収納されているのが見てとれます。
パパが管制塔と短いやり取りをすると、もこもこの防寒服に身を包んだフライヤーベースの管理要員が二人ばかり走ってきました。
その間に、シールドラインを市販のギイセンバとメイガ/レインボウに付け替えるパパ。
「お前も対寒冷地用に、シールドラインのフォトン属性を変更しておけ。
ここには普通のフライヤーベースにあるような機密型搭乗用設備なんて無いから、街に入るためには一度機外へ出なけりゃならんし、外気温は年平均-20℃、対策しておかないと人工皮膚なんてひとたまりもない」
ひ、ひぇ~!なんですか、その気温!もう6月ですよ!
あわてて調整をしようとしましたが、上手く切り替えられません。
見かねたパパが、躯体調整用のキーボードで設定してくれました。
「あぅ、ごめんなさい」
「戸惑うのも仕方ない。ここは一年中こんなもんだ」
「い、一年中?!」
「今日はまだ-5℃くらいだから、それでも暖かいほうだ。夜には最低でも-20℃にまで冷え込むぞ」
うあ、信じられない世界。
「俺の経験上、属性%と同じマイナス温度までなら何の問題もなくいられるが、それでも、起きて意識のある間だけだ。
下手に眠ったり、気を失うと、そのまま凍りつく。
ここの自然は、生き物に容赦しない」
「そっか、それで管理要員の人達はもこもこの服を着ているんですね?」
「その通りじゃよ、パシリのお嬢ちゃん」
「ひゃぁっ!」
搭乗口の通路から、いきなり声をかけられてびっくりしました。
「…じいさん、脅かすなよ」
ひょっひょっひょ、と笑う、やや背の曲がったビーストのおじいさんがそこにいました。
オレンジ色のもこもこな防寒服に身を固めて、今はフードを外しています。
「久方ぶりじゃのう…なんて、呼べば良いかね?」
「あ~、そうだな…」
「ご主人様、この方は?」
私がいるのを忘れて話し込みそうな雰囲気だったので、あわてて割って入ります。
「ああ、紹介が遅れたな。ここの全施設を管理している責任者で…」
「グリーガズ、と申しますじゃ、パシリのお嬢ちゃん。
まあ、なじみのもんらは『管理人の爺さん』とか『爺さん』ですませますがの。
ここはモトゥブ最北の街、寒冷地帯の観光施設じゃて」
「グリーガス様、ですね。私はパートナーマシナリーGH-412、識別名称をロザリオ・ブリジェシーと申します。
どうか、ロザリオとお呼び下さい」
私がそう言ってお辞儀をすると、グリーガス様もお辞儀をしてくれました。
「ロザリオさんよ、どうかこの爺の名は呼ばんでくれんか。どうにもむずがゆくていかんわい」
「そうですか?良い名前だと思うのですが…では、おじいさんと呼ばせていただきます」
「すまんのぅ。わしもお嬢ちゃんと呼ばせてもらうで、問題は無いかの?」
「はい」
「挨拶はここまでにして、機体を格納庫に入れたいんだが」
パパがやんわりと割って入ります。
外を見ると、コクピットのガラスはうっすらと霜に覆われ始めていました。
「おお、すまんすまん。では、御大、後はやりますで」
「管理室で待たせてもらっていいか?」
「ゆっくりしていきなされ。後でお茶でもいれるでな」
おじいさんに格納庫への機体の収容を任せて、パパと一緒に機外へ出ます。
緩やかに吹く風、刺すように冷たい空気。
「ん~~~~~~~~っ!!」
さ、寒い!!!!!
あまりの寒さに躯体が縮こまって動きません。
パパが私をひょいとお姫様抱っこすると、管制施設に向かって走り出しました。
「だから気を抜くなといったろうが」
走りながら、パパは小さく口を開けて私に言いましたい。
「こここここここ、ここまで寒い、なんんんんて、ははははは、初めて知りました」
気温差が激しすぎて、発声ユニットまで正常に機能しません。
「意識をシールドラインに集中しろ、氷系の攻撃を喰らったみたいに凍りつくぞ」
「は、ははははは~い!」
フォトンリアクターからの配分を防御系へ最大に回して、やっと安定しました。
この寒さだから、おじいさんたちは走っていたんですね。
―――最北の街、統合管理施設内―――
すぐに風の当たらないエリアに入れましたが、それだけで5度は体感の気温差があります。
そして、抱っこされたまま、統合管理施設の中まで来てしまいました。
「ふぅ、ここならもう平気だ。どうだ、初めての極地の洗礼は?」
やっと暖かい場所に来て、にやにやしながらパパが言いました。
「………く………」
「く?」
「くそ寒いぃぃぃぃぃぃい!!!!」
………はっ、すごい言葉遣いをしてしまいました………
おそるおそるパパの顔を見ると、唖然とした表情。
「…ぷっ……くっくっく……あっはっはっはっはっは!!!」
続いて大爆笑です。
「くっくっく……お前がそこまで言うんじゃ、よっぽど寒いんだな……くっくっく………」
私を抱っこしたまましゃがみこみ、笑いの発作をこらえるパパ。
私は今までの寒さを忘れるくらい、恥ずかしさで躯体が熱くなってしまいました。
暫くそのままいると、発作が治まったパパが私を下ろしました。
「…お前と出会ってから大した時間が経ってないが、そんな言葉遣いになるほど寒かったか。そかそか」
パパ、まだ顔が笑ってます。
「んもう、ひどいですよご主人様、私をからかうなんて」
「すまんすまん、初めてここに来た連中のこの反応がいつも楽しくてな」
「…そうなんですか?」
「ああ」
一緒に管理室に向かいながら、パパが話をしてくれました。
私みたいに悪態をついて叫ぶ人、暫く動けなくなる人、走って宿に直行する人、お酒で暖をとる人、色々いるんだそうです。
「悪態つける奴が、一番元気だよ」
そう話を締めくくると、目の前が統合管理室です。
「こんにちは、邪魔するよ」
中には中年の男性ビーストが一人、事務機器に向かって何かの記録をしています。
「……おう、あんたか、久しぶりだな。又、例の荷物かい?」
椅子に座ったまま上半身だけ振り向いて、返事をしてくれました。
「ああ。そろそろ切れる頃だと思ってな」
「助かるぜ。ここじゃ、どれも貴重品だからな」
「…そういえばご主人様、あの荷物はなんだったのですか?」
私がパパにそう聞くと、中年ビス男さんが席を離れて私を覗き込みました。
「おりょ、あんた、今度はガーディアンズに入ったんだ」
中年ビス男さんが中腰のまま、私を見ながら確認するように言いました。
「こ、こんにちは」
「おう、こんちは」
私がおずおずと挨拶すると、威勢のいい挨拶が返ってきました。
私を覗き込む顔が厳ついのでちょっとびっくりしましたが、やさしい目をしたおじさんです。
「この旦那はな」
ちらりとパパに視線を向けるおじさん。
「貴重な薬や食い物とか、ここじゃ手に入れにくいが他じゃ楽に手に入る物を、こうやって時折届けてくれるのさ。
観光客相手用の備蓄は定期便でなんとかしてあるが、なんかあった時に俺たち住人全部に安定して回るほどではないからなぁ」
その話を聞いた私は、よっぽど怪訝な表情をしていたのでしょう。
「なんでそんなことをしているのか、って顔だな。
簡単に言うと、ここがこの旦那の第二の故郷って奴なんだよ」
「………え―――――――っ!」
驚きの余り顎が外れる、そんな表現が正にぴったりな、意外な事実を知りました。
ここが、パパの第二の故郷って…寒くて、辺鄙で、すごい場所ですよ?ここは。
かっかっか、と笑うおじさん。
「驚くのも無理はない、普通のヒューマンじゃこんな所になんか住もうなんて考えやしないからな。
ま、旦那もなんだかんだ言って40年以上も俺達一族と一緒に暮らしていたんだし、それだけ長く住んでれば縁の深い連中だって沢山出来るさ。
そうさな、俺なんざガキの時分に、随分旦那に遊んでもらったクチの人間だぜ?
そんな付き合いのある連中が一杯いる街に長く暮らしていたって考えれば、そこは立派に第二の故郷だろ?」
なるほど、確かに第二の故郷と言っても過言じゃないですね、それは。
「それに、そういう連中は、旦那の事を色々とよく知ってるしな。
おちびさんも知ってるたぁ思うが、旦那は歳をくわねぇ。
そんな旦那が例え何処かに住み着いたとして、周囲の連中に普通のヒューマンじゃないって判ると面倒だから、外じゃ転々を住居と職を変えなきゃならねぇんだ。
その分の苦労を外で何とかしようとするよりは、馴染みの多い、辺鄙な辺境のこの街で暮らしたほうがよっぽど楽なんだとさ。
ま、ここ数年は訳あって街から離れているけどな、それでも気疲れしたりとかで外が嫌になると、物資を運ぶって理由を付けちゃ時々ふらっと戻ってきて、息抜きしていくのさ。
な、旦那?」
「お前も言うようになったな、え?」
両腕を組んで、懐かしそうな顔でそう答えるパパ。
「そりゃそうだ、俺だっていつまでもあの頃みたいなガキじゃいられねえよ…
もうすぐ初めての子供が生まれるんだ、気合が入るってもんじゃないか」
「そうか、やっと子供が出来たか……おめでとう」
「ありがとよ、旦那。それよりも、生まれたらガキの顔を見てもらわねえと。
この歳までできねぇなんて思わなかったからな、もう待ち遠しくて………」
パパとおじさんの話は10分ほどで終わりましたが、その間、私は黙ってそのやり取りを聞いていました。
パパがこんなに楽しそうに話すのを見たのは初めてです。
いつもは見せない表情を見せるパパ。
私はそれらを忘れないように、記憶領域にしっかりと保存しました。
3:観光旅行はおまけが一杯
「いやいや、お待たせしましたな」
防寒服を脱いだおじいさんがやっと戻って来ました。
管理室にいたビーストのおじさんは、話が終わると「交代の時間だから」と言って、5分ほど前に部屋を後にしていました。
「気にするな、こっちも勝手に邪魔しているんだ」
「そうは言いますが、そろそろ昼時…うん?」
おじいさんが鼻をひくひくさせて、何かの匂いを嗅ぎとったようです。
「いい匂いがしますな…」
「だろうな。じいさんに昼飯の差し入れを持ってきたんだ。向こうに用意してある」
部屋の隅にある小さな休憩スペースに、三人分の昼食が用意してあります。
おじいさんが来る前に、私が折り詰めとシチューを温め直しておいたのです。
食欲をそそる匂いが、ここまで漂ってきます。
「さあ、冷めない内に召し上がって下さい、おじいさん」
おじいさんを誘って、三人だけの昼食会です。
広げられた料理の数々におじいさんは喜んでいましたが、シチューを口にすると、驚きの表情を浮かべました。
「こ、これはまた懐かしい味じゃ…」
「そうだろうと思ったよ」
パパは既に、深皿によそったシチューを空にしていました。
「どうだい、久々に食うと美味いだろ?」
「ええ。ですが御大は、このレシピを忘れた、と以前に言っとりましたな?」
確かに「久々に食べたい」と言ってましたけど、それは初耳です。
「ああ、確かに。
俺が教わったレシピにあった肝心の隠し味をすっかり忘れちまって、この味が再現出来なくてね」
そっか、ママがパパにこのシチューのレシピを教えたんだ。だから、ママのレシピを知っている私に頼んだのね。
もっと早く言ってくれれば、いくらでも作ったのに。
「今回のこれは…」
パパが、隣に座って食べていた私の頭をぐりぐりなでました。
「シチューも含めて、全部こいつが作ったんだ」
「あう、痛いですぅ」
「あ、すまんすまん」
撫でるのに手加減はしているのでしょうが、ちょっと強すぎです。危うく、食べかけのサラダを取り皿からこぼす所でしたよ、もう。
「ほうほう、この料理全部をですかの。お嬢ちゃん、いい腕をしとるの」
「ありがとうございます」
「どれも程よい味加減じゃし、量も適度じゃしのぅ」
あっという間に全ての料理は平らげられ、私は食後のハーブティーを淹れました。
「いやいや、美味かった」
おじいさんは満足そうにお腹をさすっています。
「このシチューを食べると思い出しますな、ここの再建を始めたあの頃を。
辛く厳しい時代じゃったが、活気があってな。
事故や怪我も絶えなったが、散り散りになっていた部族の子孫たちが戻ってきてくれたし、毎日がお祭りのような雰囲気じゃったのぅ。
人が増えて皆がひもじくなってくると、少ない食材を工面して、御大がよくこのシチューを作ってくれなすった。
あの当時、わしらが何とかやってこれたのは、このシチューのおかげなんじゃよ」
空になった深皿を懐かしそうに眺め、おじいさんはそう話を締めくくりました。
―――極北の街、西区画。旧市街地保存エリア―――
食事も終わり、パパの用事も済んだので、おじいさんにお別れを言ってから観光街へ連れて行ってもらいました。
真っ先に連れて行ってもらったのは、歴史資料館です。
「お前、渋いな…」と、パパ。
普通は、氷河のドーム広場とか、極地にしか住まない原生生物の観察エリアとかに行くのが主流で、殆ど来館者がいない施設だという話です。
「おじいさんの話が気になったからです」
館内に入ると、お客どころか誰もいません。
受付すらコンピュータ制御の、無人施設です。
「パパは、何故ここで暮らしていたんですか?」
館内を移動しながら無人なのを確認して、私は話を切り出しました。
休憩スペースに設置されているベンチにまで来ると、パパは無言で座り、私もそれに倣いました。
「一言で言えば、贖罪だな」
「贖罪?」
「ああ」
パパが視線を泳がせ、何かを見つめました。
私も視線を追い、それを見ます。
再開発初期の頃の映像が、いくつも流れているモニターが置かれていました。
「ここの部族は、500年戦争の終末期に一度滅んでいる。
原因は不明とされているが、そうじゃない。
ここを滅ぼしたのは…」
『そう、君だったねぇ』
モニターに割り込みが掛けられて、痩せこけて顔色の悪い、見たこともないヒューマンの研究員風の男が写りました。
音声は、館内放送のスピーカを使っています。
『インフィニットと呼ばれるようになった君が滅ぼしたビーストの部族は、いったい幾つになるのかね?
私が知っている限りでも10は下らないよ。
中でもここは、最大級に破壊された街だったね。
戦争終結後、君は単身ここに戻り、現在は資料館と呼ばれているこの建物を拠点に復興作業を始めた。そうすれば自分の罪が赦されるとでも思ったのかい?
まあ、そんなことはどうでもいい。
今の我々の目的は、君と、そこのパシリだからね』
「イルミナス、か」
『ご名答!』
ヒッヒッヒッヒ、と品の無い笑い声が響きます。
「今更俺に、何の用だ。それに、こいつに用があるというのも聞き捨てならんな」
『なぁに、簡単な事だ。
現在の技術を使って君を今一度研究し直す、それだけだ。
そっちのくずパシリは元々我々の物、返してもらうだけの話だが、問題があるのかい?』
「ある。どっちもお断りだ」
ドシュッ!
一体何時抜いていたのか、左手にはクッポ・ウピンデが構えられ、真横に向かって撃ち込まれていました。
そちらを見ると、2体のGH-411が肩口を撃たれて感染状態で転がっています。
クロスボウにセットされているのはヤック・メギガLV20。
「すまんな」
ぽつりとパパが呟き、もう一度撃つと、二人は活動を停止しました。
『くずパシリが2体程度じゃどうにもならんね。やっぱり、残り9体を一度に差し向けようかな?』
「好きにしろ。この程度じゃ、コルトバにも劣る」
クロスボウをしまうとベンチから立ち上がり、動かなくなった411を両方とも抱えると、出口に向かおうとします。
『まあいいさ、どうせ今はこの街からは出られないんだ。ゆっくりやらせてもらうよ』
唐突に、モニターが元に戻りました。
「行くぞ、ロザリオ。中央地区なら、連中も襲えないからな」
「ま、待ってくださいぃ!」
あわててベンチから立ち上がり、パパの後を追いました。
大股で歩くパパは結構早いから、気をつけないと置いてかれるんですよね。
「ところで、その二人はどうしますか?」
パシリを二人も抱えていては、戦闘になった時に対処できません。
「ここに置いていく」
パパはそう言うと、資料館ロビーの入り口付近に設置されている案内用ビジフォンの脇、何も無い壁に無造作に手を当てました。
“個体認証完了、ハッチを開放します”
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン、ゴン
壁の一部が床に沈み、隠し部屋が現れました。
うわなにそれ、ほとんど詐欺ですよこれは。
自動で照明が点くと、見える範囲の設備は型遅れですが、中は普通の居住スペースです。
「奴が言ってたよな、ここの建物を拠点にしていた、って。
つまりここが、昔の俺の家って訳だ」
慣れた様子で中に入って行くパパに付いて行くと、居間らしき部屋に二人を横たえます。
ここでやっと、この二人をちゃんと見ることが出来ました。
まあ、411なので帽子とカラーリング以外は殆ど違いませんが、聴覚ユニットだけが410より少し大きめです。
おまけに、激しい損傷といものがありません。
二人とも、右肩と左胸の鎖骨のやや下辺りに小さな銃創…
あ、鎖骨の下って、エネルギー分配・制御ユニットがある場所。ここが損傷したら、躯体各部がバランスを崩した出力エネルギーで自壊しないように自動停止します。
「…そうなるように狙った訳じゃない、偶然だ」
パパが、むっつりとした表情で言いました。
「俺はこいつらを『殺す』つもりで撃ったんだ」
でも、これならこの二人は記憶の障害も無く、また動けるようになります。
「パパ、ここに置いて行って平気なんですか?」
「問題ない。俺以外には普通に開けようが無い」
すごい自信ですが、どこにそんな根拠があるのでしょう?
「この部屋の管理コンピュータは、俺が持ち歩いているんだから」
「は?」
「入り口にあるのは、ロックシステムだけ。俺という鍵と管理コンピュータを揃えないと、ここの開閉機能は動かないように最初から作ってあるんだ。
侵入したいなら、ロック機構を解析するとか分解するよりも、壁や床、天井をぶち破ったほうが早い。
もっとも、構造体は軍用シェルターを再利用したものだから、壊すのも面倒だけどな。
大体、この世に一つしか無い特殊なコンピュータに合わせて作ったロックシステムだってのに、それを正常に機能させるコンピュータを改めて作るのがどんなに馬鹿馬鹿しいか、お前でも分かるだろう?
おまけに、その制御プログラムはともかく、キーは俺の生体情報とコンピュータのデータなんだぞ?全部再現するのにどれだけの手間を必要とするか、俺も見当が付かん」
なるほど、例え必死になって中に入ったとしても、あるのはただの部屋。これじゃ確かに、内部を知ってる人間は誰も入ろうとは思いませんね。
おまけにこの施設、というか町全体が地下空間に作られているから、空調も何もかも機械制御式。管理するにはコンピュータが必要だし、無ければ住む事も出来ないと言う訳ですね。
「さて、と。そろそろ行くぞ?」
「は~い」
資料館を出ると、大して行かないうちにパシリの姿がちらほらと見かけれます。
確認できた数人は全員が上位機種です。
「バレバレだっての。スリーマンセルで動くPMなんて、目立つだけだって」
パパが小さい声で私にだけ聞こえるように呟きます。
なるほど、言われてみれば確かにその通り、一定の間隔で、3人のパシリが入れ替わりながら追跡してきます。
「よし、人ごみを利用して、ちょっとまくぞ」
「はい」
「ついでに遊戯施設にでも行くか」
この事態にもかかわらず、未だ暢気な台詞を吐くパパ。
「だいじょうぶかなぁ?」
「なに、今すぐに襲わないって事は、外のブリザードが収まるまでは何も仕掛けてこないって事だ。
騒ぎになっても、連中自身がここから逃げ出せないって意味だしな」
「ブリザード?!」
別段インフォメーションで確認したわけでもないのに、何故分かるのでしょう。
「あの妙な男が言ってたろ、『どうせ今はこの街からは出られないんだ。ゆっくりやらせてもらうよ』って。
ここは、外部との移動手段がフライヤーしかないんだ。
そして、あの台詞。
それを考え合わせれば、容易に想像がつくのさ」
「なるほど、長年住んでたからこそ、すぐに分かったのですね?」
「そういう事だ」
中央区画の氷河ドームが近づいてきたせいか、人通りが多くなってきました。
「はぐれた時の合言葉でも決めるか」と、パパ。
「そうですね…」と、私も口では言ったものの、適当なものが思いつきません。
「深く考えなくても平気だ。…『パパ』と『ロザリィ』でいいだろ」
「え?人前で『パパ』って呼んでいいんですか?」
これにはちょっと驚きました。
普段は『絶対に言うな』って言うのに、今日は逆に『呼べ』って。
「まぁ、目立つだろうが、これほど確実な事もないだろ?
大体、お前の場合は俺を呼んだその後に必ず飛びついてくるしな。
それに…」
ちょっと寂しいそうに微笑んで、私を見下ろすパパ。
「お前の愛称はあいつと俺とお前しか知らないからな、間違えようが無いさ」
「うん、そうだねパパ」
私もパパも自然に手を伸ばし、二人は手を繋ぎました。
「さて、なにから行くか」
「アイス・スライダー!」
「あの長ぁ~い、氷河の中を滑るチューブ状の滑り台か!」
「うん、面白そう!」
「専用のそりに身長制限無かったか?」
「大丈夫、ちゃ~んとしらべたもんw」
「マニアックだなぁお前…」
それからほんの2時間ほどの間、私とパパは追っ手も忘れて遊びました。
戦いの無い楽しいひと時。
毎日がこんなに穏やかならいいのに…
4:出会いは唐突に
「あ、あれ?妙な所に来ちゃったけど…ここ、何処?」
次の遊戯施設に行くのにパパと一緒に歩いていて、激しい人ごみであっという間に通信範囲外まではぐれてしまいました。
パパと合流したかったけど、これ以上人波に流されたくなくて、とにかく歩きやすい所を選んで歩いていたら、中心部からかなり外れの方に来ちゃったみたいです。
おまけに、どう見ても危なそうな裏路地です。
裏路地と言えばまだ聞こえがいいのでしょうが、要は掘り抜きで岩肌がむき出しの細い地下道と言う場所です。
パーティ用の通信機器範囲からはとっくに外れてしまっているし、それより狭い『テレパス』の有効半径からも外れています。
「へっへっへ、かわいいお人形が歩いているぜぇ~」
更に細い、薄暗い路地からそんな声が聞こえて来ました。
声の感じからすると、どうやら大人のようですが…
「へぇ、ほんとだ。ご主人様からはぐれてしまった、て奴だなぁ」
いひひひひ、と品のない笑い声が聞こえてきます。
「どれ、人形って奴はどんな声で鳴くのか、試してみようや」
「いいねぇ、そりゃ」
「うけけけ、かまうこたねぇな、そこら辺へ引っ張り込んで剥いちまえ」
「そうだな、それがいいや」
声のする路地は二つ、両方からいかにもゴロツキ風の男性ビーストが4人、出てきました。
「金も無くて困ってたが、おっきする息子を慰めるのにいいものが転がり込んできたぜぇ?」
そ、それって、いわゆる貞操の危機、という事ですね?
にじり寄ってくるゴロツキさん達。
こ、困りました、パパが『PMが人間に武器を向けるのはご法度だ』と言っていましたが、こんな事態でもダメなんでしょうか?
ゆっくりと詰め寄ってくるゴロツキさん達。
得体の知れない恐怖感から、躯体がすくんで動きません。
「ほ、こいつ、生意気にセイバーなんて出してるぜ?」
「んだよ、ガーディアンズのパシリかよ」
「ちょうどいいぜ、いつだったかのお礼をこいつに返せるってもんだ」
反射行動でレイピアを引き出して構えましたが、切っ先が震えています。
「こいつ、よわよわだぜ?震えてやがんのw」
「けけけ、ほんとだ、ダメダメなパシリだぜ。これじゃ主人てのもたかがしれてんな?」
「だなw」
「遊んだ後に、切り刻んじまおうぜ?」
下品な声で笑いあうゴロツキさん達。
パパのことを馬鹿にしている。怒りたい!でも、すごく怖い…
「はっ、隙ありだぜ!」
右手を蹴り上げられ、レイピアが飛ばされます。
怖くて躯体が動かない。パパ、助けて!!!!
恐怖に目を閉じた瞬間、素手が肉を撃つ音が響きました。
「たかが人形相手に大の男が4人がかりとは、ビーストの質も落ちたな」
え、誰?
目を開けると、筋肉の壁が私とゴロツキさん達の間に立っていました。
見上げると、モトゥブの服に包まれたごっつい筋肉の壁の先に、金髪が短く刈り込まれた頭と先端の少しちぎれたビースト特有の右耳がかろうじて見えます。
「けっ、俺たちの邪魔をするんなら、容赦しないぜ!」
筋肉の壁の向こうでフォトン武器が起動する音が4つ聞こえます。
「ふん、その程度の腕と武器では、わしの肌が焦げるかどうかも怪しい!」
「なんだとぉ?!」
ビュビュッ、ビュン、ビュン!
「やはりな、その程度か!男の風上にも置けん下劣ども!!我が拳を受けるがいい!!」
目の前から滑るように筋肉の壁が動き、四度の打撃音がしました。
お、おっきなビーストさんだぁ…
私を助けてくれたのは、人間としてはほぼ最大身長に近い男性ビーストさんです。
その攻撃は、一発で一人を熨してしまっています。というか、やりすぎです。
4人のゴロツキさん達は、危険な量の血を吐き出しています。
おそらく腹を殴りつけられたのでしょうが、胃袋が破けているのでしょう、地面に這い蹲って吐血を続けています。
襲われたのはともかく、私は彼らが死ぬ事は望んでいません。
あわてて駆け寄って、ゴロツキさん達にレスタをかけます。
とりあえず吐血は止まりましたが、医者に治療してもらって安静にしていないと命にかかわるでしょう。
「…ほう、敵に情けをかけるか。こんなクズどもにかける情けは塵芥にも劣るが、助けた本人が望むなら仕方ない。
人形、怪我は無いな?」
感謝と怒りと理不尽さがない交ぜになった感情が湧き上がり、それに吐き気を覚えたまま、助けに入っくれた男性ビーストさんに振り返りました。
「はい、ありがとうございました」
すごい棒読みでお礼を言いました。
良く見れば、男性ビーストさんも身体に傷を負っています。
「ぬ、傷は気にするな。唾でもつけておけば治る程度の浅い傷だ」
私は無言で、この人にもレスタをかけます。
「身体を盾にするほどの事ではないと思いましたが?」
私の淡々とした言葉に、何がおかしいのか大声で笑い出しました。
「なに、無茶と我慢が戦士の仕事、何かを守るために身体を盾にするのは当然の事だ」
そう言って笑いを収めると、私をひょいと持ち上げて腕に座らせました。
「とりあえず、路地の出口までは送ってやろう。そこから先は、迎えを呼ぶがいい。
わしにはやることがあるのでな」
「やること、ですか?」
「…知りたいか?」
私は少し迷って、それでも首を縦に振りました。
理由はありませんが、聞いておく必要があるように思えたのです。
「ならば、語ってやろう。…わしが死んだら、知る者もいなくなるしな」
厳つい顔に険しい表情を浮かべ、ビーストさんが淡々と語りだしました。
「わしは、かつてのこの街に暮らすビースト部族の長だった…」
私の頭の中には色々と疑問が浮かびましたが、それを聞くのが躊躇われる雰囲気なので、頷いて続きを促しました。
「その頃は、戦後に500年戦争と呼ばれた大戦の末期で、一族郎党も色々と戦争に明け暮れていた時期でもある。
そんな折、わしは隣の部族を助けるために数日の間、部下を率いてこの街を離れた。
救援が間に合って隣の部族は何とか助かり、わずかに生き残った部下と意気揚々と帰ってきた」
ビーストさんからすごい音の歯軋りが聞こえました。
「だが、帰り着いた街は既に廃墟と化していたのだ。
廃墟を捜索すると、そこにたった一人だけ生き残っていた少女が、こう言った。
『いくら倒しても起き上がるヒューマンの戦士に、部族の戦士たちは倒されて、誰もいなくなった』と。
数日、たった数日の間に、わしの故郷は、部族は、一人のヒューマンの戦士に滅ぼされてしまったのだ。
わしは復讐を誓った。部族を、故郷を滅ぼしたそやつを必ずこの手で仕留める!と」
いくら倒しても起き上がるヒューマン、それってパパみたい…いえ、きっとパパなんだ。
でも、ここで言うわけにはいかない。喋ったら、私とパパの事まで分かっちゃう。
「…わしはすぐさま捜索を行なったが、そのヒューマンの戦士は見つからなかった。
月日は瞬く間に流れ、1年が過ぎ、2年が経ち、3年を超えた。
そんな折、不思議な連中がわしの所へ来て、こう言った。
『お主の探す相手は、ヒューマンの身でありながら遥かに長く生きる輩だ。
我らも彼奴を探しているが、既に見失って3年が経っている。
悲しいかな、限りある命の人の身に、時間は味方をしてはくれない。
だが、お主が真に復讐を望むなら、我らが手助けしよう。
彼奴を我らが探し、その間はお主を眠らせて、時が来れば目覚めさせよう』」
もしかして、ヒューマン原理主義を唱えるイルミナス?
それともイルミナスの中の一派閥であり、パパたち『黄昏の一族』を生み出したヒューマン至上主義者?
どちらにしろ、怪しい連中だということに違いはありません。
「…流石に普通は不審に思うだろうが、わしはそれでもかまわなかった。
藁にもすがる思いで、俺は連中と手を結んだ。
いかにも不審な連中だが、不思議な事に約束が破られた事はない。
実際、これまでにも何度か情報が手に入り、今までに何度か目覚めたが、詰めが甘くて結局はダメだった。
次の機会を待つ為に眠る事で未来に渡れるが、それでも時間が限られている。
わしがこの戦闘力を維持したまま眠れるのも、肉体年齢を考えればあと数度が限界………
それまでにはなんとしても見つけ出す。
そして、絶対にわしの手で復讐を、そやつとの決着を着けたい!
今も、昔も、それだけだ」
「…でも」
私は自然と口を開いていました。
「もし、復讐を果たせなかったら?自分が倒されてしまったら?その相手が見つからなかったら?死んでいたら?
あなたはそれでもかまわないのですか?」
ビーストさんは、むっつりと黙り込みました。
「…………そうさな」
ゆっくりと、言葉を選びながら、ビーストさんはその決意を口にします。
「殺しあうのが戦士の宿命。
俺は戦士として、部族の長として、滅びた部族の復讐を誓い、そやつを倒すことだけを生きがいにしてきた。
だが、どんな理由であろうとも、相手に刃を向けるということは、己が死ぬことも覚悟しているということだ。
だから、例えそやつとの戦いに破れ、復讐が果たせずそこで死んだとして、本懐を遂げられなかったことに未練はあっても、殺されたことに恨みを抱く気は無い。
もし、戦士として生きている間に出会うことが出来なければそれも天命、受け入れるしかあるまい。
それに、死んだ相手に復讐は出来んし、死者を辱める趣味はない」
この人、最初から死ぬ覚悟で復讐を誓っていたんですね。
一度は滅びた故郷の為に、もう戻らない部族の民の為に、復讐を誓う。
それに、誓いが果たせない時は全てを割り切れる、強い心を持ってる。
私怨かもしれないけど、決して悪い人じゃない。
だから、パパには会って欲しくない。
既に終わった戦争の為にこれ以上誰かが死ぬ必要なんて、あってはいけない。
あっては、いけないんです…
「…さて、ここまで来れば問題ない」
気がつくと、人通りの多い普通の道が目の前にありました。
話をしながら、だいぶ移動していたようです。
ビーストさんは道を背にして、私を下に下ろします。
「ではな、人形よ、主の所まで帰るがいい。
わしは、行かせて貰う」
「ありがとうございました。お別れの前に一つだけ」
私はビーストさんを呼び止めました。
「なんだ、人形」
「私は人形ではなく、GRM謹製パートナー・マシナリー、通称パシリと呼ばれるモノです。
タイプGH-412、機種型式GSS998-B5、個体ロットPMGA00261C5D7-B5、識別呼称をロザリオ・ブリジェシーと申します」
「人形ではなく、パシリか…分かった、次からはそう呼ぶことにしよう。
名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だが、わしは名を捨てた身だ。
すまぬな、ロザリオとやら」
軽く頭を下げると、ビーストさんは人ごみにあっという間にまぎれて消えてしまいました。
その後、間も無くパパと合流できましたが、わざわざ危険な所に迷い込むな、と、がっつり怒られました。
でも、バッテン3個はひどいです…私が悪いわけじゃないのに…
5:姉妹達との遭遇
「さ~て、そろそろ片付けるとしようか」
天候が回復するという公共放送を聞き、人込みから外れた休憩広場で準備運動を始めるパパ。
「でも、下手な場所だと皆さんに迷惑がかかりますよ?」
当たり前の事ですが、いくつかの遊戯施設を回りながらあちこち見ましたけど、戦闘しても問題ない区域はありませんでした。
あとはそれこそ管理区画とか、一般区画とかで探すしかないですが…
「その辺は大丈夫というか、連中もそこにいると思う場所がある」
「何処にそんな場所が?」
「ここの地下だ」
「地下って、ここも地下ですけど?」
私の突っ込みに「まぁ、そうなんだが」と、パパは話を続けます。
「正確に言うと、ここから2階層ほど下になるが、再開発時にあえて手を入れずに残した旧市街の一部がある。
再開発前から各種廃棄物処理設備や墓地があって、当時の設備を修復して現在も使用されている。
基本的には無人だし、造りは非常に頑丈だ。
なにせ、シェルターとしての機能を持ち合わせているから、ちょとした戦闘くらいでも壊れる事は無い。
おまけに、当時の防衛設備が丸々残っている。
それに、まだ使えるコンピュータのメインフレームがそっくりそのままあるから、連中が潜伏するにも向いた場所だ。
俺達から見て唯一問題があるとすれば、連中の脱出が容易なルートがある事くらいかな?」
「どんなルートですか?」
「旧いリニアラインの路線跡だ」
体操を終えたパパが、携帯端末にデータを出してくれました。
旧式フォーマットのファイルを苦労して立ち上げると、地下路線マップが表示されました。
モトゥブという惑星の地下を、路線が縦横無尽に走っています。
「資材や人の運搬を行なうための地下路線が集中して作られた時期があって、その名残だ。
戦争の前には、既にこの規模で出来上がっていたらしい。
地下資源の採掘に力を入れていた時期に作り上げたらしいが、坑道の再利用ゆえにコストも僅かで済み、資源以外にも人の移動に便利だという理由から、通常の交通手段としても使用されていたそうだ。
現在は完全に使用されていないし、設置されていた設備を資源として再利用する為に主だった物は回収されてはいるが、トンネル自体は残ったままだ。
ま、戦時中に大部分は破壊されたという話だけどな。
少なからず、記録上でこの街に繋がっている路線のトンネル跡は全部残っているし、その内のいくつかは、落盤や山肌の崩落などで地表にむき出しになっている部分がある。
…原生生物の侵入を防ぐために塞いで回った記憶はあるが、現在の状況は分からない。
もしかしたら、塞ぎ忘れている場所もあるかもしれないし、改めて掘り直されているかも知れないから、推測の域を超える答えは出ないけどな」
この都市のマップデータも出してもらって、記憶領域に保存しました。
最初からこうにすれば、道に迷う事も無かったですね………怒られ損です。
…あ、それで思い出しました。
「……パパ…あのね」
そう、聞かないといけない事がありました。
「なんだ?」
「すごくおっきくて、がっちりした体格の、まるで筋肉の壁みたいなビーストさん、知ってる?」
「ビースト…男か?」
「うん、そう。
短い金髪で、上につんと立った耳で、右の耳の先っぽが少し千切れてるの。
…………ここにあった部族の長だったって、言ってた……」
たちまち険しく真剣な表情になるパパ。
「……何処で会ったんだ?ロザリィ」
「さっき、迷子になった時」
唐突に私を力いっぱい抱きしめるパパ。
「……お前が、無事で、よかった」
「パパ、痛いよ…」
ん?…パパが、震えてる?
「奴の強さは普通じゃない。
膂力もすごいが、敏捷性、反射神経、動体視力、どれをとっても桁はずれだ。
あいつを実力で押し返せるのは、現時点では本気を出したネーヴ校長くらいしか俺も知らない。
間違っても、お前は手を出すなよ……」
「うん、……でも」
パパの腕をゆっくりと解き、正面に向き合います。
「あの人、いい人だよ?」
迷子の時の事をかいつまんで話しました。
「……ああ、そうだな。
そんなあいつを復讐に駆り立てるようにしちまったのは、俺だからな。
恨まれても仕方ないが、俺も奴とやり合って死ぬつもりは無い…簡単に死ねはしないが、可能性が無い訳じゃないからな。
万が一にでも俺が死んだら、お前は逃げるんだ、いいな」
「パパ……」
「そして、コロニーに帰って、リズに保護してもらうんだ」
「ヒュマ姉さんに?」
「ああ、万が一の場合、だぞ?」
こんな念の入れよう、なんか変です。
「そんなに、あのビーストさんは強いんですか?」
ほんの少し躊躇いを見せて、パパは口を開きました。
「昔、リズと同じように俺のナノマシンを分け与えた兄弟が一人だけいたんだ。
投与後、俺と全く同じ能力が発現したその兄弟は、戦場でしぶとく生き残った。
だが、ある攻略戦で、生き返れないほどの損傷を受けて、モトゥブの土となった。
その傷を与えたのが、俺を追い続けているビーストの父親だ。
偶然にも一度だけ手合わせした事があるが、その強さは奴と同じかそれ以上。
つまり…」
ゆっくりと立ち上がるパパ。
「俺も同じ運命をたどる可能性があるという事だ」
「………」
「だが、現状では四の五の言ってられん!
最低でも、あの妙な男のPM達は始末しないといけないからな。
執念で追ってくるビーストの方は、まあ…奴には悪いが、俺の手におえないなら……逃げる!」
先ほどの悲壮感漂う言葉とのギャッブに、私はあっけにとられました。
「……いいんですか、それで?」
「かまわん!生き残ってなんぼだ!
それに…」
私の頭を優しくなでてくれるパパ。
「お前を一人ぽっちにさせたくない。
今の俺の生きがいは、家族であるお前と共に人生をまっとうする事だからな」
私は、何故か流れ落ちる涙を隠すために、パパの脚に抱きつきました。
「じゃあ、とっとと済ませて、さっさと逃げましょう」
「よし、それじゃ誘い出すか」
「はい♪」
私達は旧都市部へ向かいながら、パシリたちをおびき寄せる為に、わざと人気が少ない場所を選んで移動し続けました。
尾行する気配が感じられるようになったのは、旧都市部に入る前にある一般区画での事です。
「……釣れたな」
「釣れましたね」
「今、何人いる?」
センサーのレンジを精密モードのまま最大にして、人数を確認………あれ?
「3人?おかしいな、さっきまでもう少しいたのに…」
「ふん、なるほど……」
唐突に進路を変えて、路地に入り込むパパ。
この路地を、貰ったマップと照らし合わせて見ると…あ、なるほど。
「旧都市の警備区画、ですね?」
「散開して俺達を誘いこむつもりらしいからな、反対に撃って出るさ。
警備施設に敵がいればよし、いなければ施設を利用しておびき出す。
気になるのは、あの妙な男が指揮しているわけではなさそうだと言う事だ…」
「そうですよね、妙に手馴れた感じがすると思います」
「と、言う事は…」
「「例のビースト(さん)が指揮を執ってる」」
「ご名答~!」
シュバッ!
撃たれたと認識する前に、咄嗟に私とパパは更なる路地に飛び込みましたが……別々の路地に分断されました。
絶妙な間合いで連射されてしまって、さっきまでの道に飛び出すどころか顔も出せません。
「うふふふ…どう?そこから出られないでしょ」
ルテナちゃんで見慣れた、特徴ある矢が飛んでいきます。
これを放つパシリは今の所GH-442だけ。
『厄介な奴がここに回されたな…』
姿の見えないパパの声が、パーティ専用回線から聞こてきます。
『先に進むには、あいつを倒すか分離行動するしかないが』
『私の奥の手は?』
『…やってみてくれ』
『はい~』
GRMでのパシリのメンテナンスのお手伝いでよく使うようになったので、このシステムも能率よく起動するようになりました。
“パペットシステム、起動開始”
…この名称は気に入りませんけどね。
“通信システム、オールグリーン。制圧・制御システム、高密度モードで起動、フルコンタクト。
通信圏内に3体を確認、座標確認……”
うあ、いけない!後二人が後詰で近づいてる!
『パパ、奥から来ます!』
『分かった、こっちは何とかするから、お前も対処するんだ』
『はい!』
“目標一体が圏外へ離脱”
パパが動いたんだ。
しょうがない、後で合流するしかないです。
“目標を二体に固定、ジャマーを検知”
ジャマーを持ってるって事は、このパシリ達はイルミナスに作られた私の姉妹、私と同系機なのね…
“ジャミングが開始されました、接続不能”
く、P・T・S起動!
“全周波数帯検索……完了、接続可能帯域確認”
アクセス、インパクト!
“接続完了、データ・ボム投下”
「「ぎゃんっ!!!」」
さして私から離れていない二箇所から、二人分の悲鳴が重なって聞こえました。
フルアクセス、コントロール。
“躯体操作を実行、コマンドをどうぞ”
「ふぅ…こっちに来て、二人とも」
射撃によって封鎖されていた通路に私が出ると、弓を撃っていた442と、私が飛び込んだ路地の奥から422がやってきました。
ちょっと足取りはおぼつかないようですが、それ以上の問題はなさそうです。
システムリブート。
“2体のブレインコアを再起動します”
「ん、あ……ここは…」
「ん~、と…」
「気分はどう?」
私が声を掛けると、ぎょっとした表情を浮かべる二人。
「あ、No.6……」
「…パール、パールだぁ♪」
422はいきなり私に飛びついて、頬擦りしてきます。
「パ~ルお姉ぇさま~」ゴロゴロ
至福の表情でじゃれついて来る422。
「え、あ、こら、ちょ、ちょっと~」
「こら、No.11。そこまでにしなさい」
442がやんわりと422を私から引き剥がします。
「はぁ…ありがと…くすぐったかったぁ」
「ちぇ~」
指を咥えながら、名残惜しそうな表情の422。
「端的に聞くわね。私達、負けたのね?」と、442。
「はい、この通り」
442の意識を無視して、彼女の手で私の頬を優しく撫でさせます。
感覚のフィードバックを有効にしてあるので、彼女の手を伝わってくる私の頬の手触りと、頬を撫でられた感触が同時に伝わってきます。
さっきの頬擦りは、二重に感覚データが重なって、すさまじい威力でした。
「あらら、躯体が乗っ取られちゃってるのか」
「ボクも?」
分かりやすいように、422に歌のモーションを取らせると、「を、を、を、を、を、おっもしろ~い」と喜ぶ始末。
「気持ち悪いでしょ?制圧を解きま…」
「ダメ、解かないで!」
何故か私を止める442。
「なんで?」
「あなた、知らないの?」
「なにを?」
呆れて物も言えないといった様子の442が、大きな溜息をつきました。
「NO.6…」
「私を勝手な呼び方で呼ばないで。
ロザリオ・ブリジェシーっていう、ちゃんとした名前があるんだから、名前で呼んでよね」
後から考えれば、おそらくすさまじい気迫で言ったのだと思いますが、442はたじろぎながら頷きました。
「ご、ごめんなさい…ロザリオ。
私達の事はあなたもある程度は知っていると思いますけど、AA級知性体、つまり普通のキャストと変わらない知性を有しているのは知っていますね?」
「それ位は知ってますけど」
「でも、依然としてパシリとしての強制力を受けているのは事実なんです」
強制力?一体、何が言いたいのでしょうか。
「私達は、パシリに有効である“マスターコード”によって、行動を制御・規制されてしまうのです」
パシリを生み出したGRMが、商品としての安全性に万全を期する為の最終安全策として出した答え、それが“マスターコード”システム。
私たちパシリが制御不能状態になった時など、緊急時に使用するのを目的とした安全機構で、外部から強制介入する為の動作制御コードと躯体制御システムで構成されていて、最初から躯体に組み込まれています。
このシステムは、躯体に対してブレインコアより上位の命令権があって、どんなパシリもこれの介入を阻止できないようになっており、メーカー側で設定された、いうなれば穏便な最後の『抑止力』という事になります。
これを無視できる個体は、壊れているか、既にパシリではありません。
「それは普通でしょ?元々パシリなんだから」
「そうですか?普通のキャスト達にはそんなものは存在しませんよ?」
「それはそうでしょうけど…」
「正確に言うと、『そんなものの効果を受けない』自我を持っているんです」
言いたい事は分かりました。
キャストと同じ知性を持っているのに、何故か未だに“マスターコード”の影響を受けている、その影響を無視出来るほどの自我が確立されていない。
「でも、現実は“マスターコード”の影響を受けてますよね?」
「そう。ただし、あなたの制圧下にいるうちは全く影響を受けていないんです」
「じゃ、もしかして、さっきまでの攻撃って…」
「思い切り操作されていたんです。NO.11も含めて」
彼女は事細かに説明してくれましたが、要点だけを言えば、短波領域の通信にマスターコードを乗せて、彼女達をコントロールしていたという話です。
今でも流れている、と442は言いました。
私も気になったので、その周波数帯を探ります。
―――うっ、耳障りな何かが聞こえます。
無理やり言葉にすると、「従え、‘#($=”’を制圧せよ」でしょうか。『‘#($=”’』は私を指し示すコードらしいのですが、言葉にするにはちょっと限界です。
「耳を澄ませて見たけど、ずいぶん耳障りでやかましいのね」
「あ、あなた、平気なの?!」
「うん、耳障りだけど、無視すればいいんだもん」
「…奴の仮説、正しかったのね」
「仮説?」
何か、気になります。
「No.…いえ、ロザリオ。
ワンオブザウザンドとしてのあなたの存在は、あたしらの生みの親――研究員風の男をモニターで見たでしょ?あいつよ――も知っていたのよ」
「嘘?!」
「本当よ」
一体何処から話が漏れているのでしょう?
パパは「大丈夫だろう」とは言ってましたが、「噂が立つ前に話が伝わっているのは問題がある」とも言ってましたね、確か。後で調べないと。
…しかし、あの品性のかけらも無さそうな奴が生みの親って…パパに黙ってぶち殺そうかしら…
「ワンオブサウザンドの条件、それは奇跡的『欠陥』品であるということ。…あなたの『欠陥』は何?」
唐突にそう振られても、分からないんですけど。
「知らないです」
「奴の仮説は、『常識をはるかに超えたマシナリー制圧・制御能力の代わりに、他者からの制御を全く受け付けないという欠陥』なのではないか」
「そ、それってつまり…」
「ロザリオ、あなたはあたしらと違って、“マスターコード”の影響を受けたりしないし、直接の入力も効果が無い。
そして最悪の場合、自身の躯体制御も出来ない可能性があるって事、だそうよ」
「そ、そんなことないです!
いつもマニュアル通りだけど、日常メンテだってしてもらってるし、それに、ここに来た時にだって、シールドラインの属性出力調整をしてもらって、ちゃんと…」
私は大慌てで否定しました。
「誰にですか?」
誰に?誰?………
………あ、そうか、そういう事か。
私は私自身が決めた相手の制御しか受け付けないって事なんだ。
そうね、パパなら別にいっぱい触られても嫌じゃな……あれ?なんだっけ、なんか忘れて…パパ?
あ、いっけない、すっかり忘れてた!!
「そうだ、ご主人様!」
あわてて通路の奥に走り出しました。
「あ、あたしも行く~」
「あたしもです」
私の後に付いて走ってくる二人。
「何?付いて来なくたっていいのに!」
走りながらなので、大きな声で言いました。
「そうもいきません!他の姉妹達も私は助けたいんです!」
「あなた達、名前は?!」
いちいちタイプで呼ぶのは面倒なので、名前を訊いてみました。
442はちょっと面食らった表情の後、微笑みながら「オパールよ!」と名乗りました。
「あたしはトパーズ!」と、422。
「誰がつけたか知らないけど、いい趣味してるわね!」
「それはそうよ、ご主人様がつけてくれた名前ですもの!」
「あたしも~!」
「帰りたくは無いの?そのご主人様のところに!」
「もう、いないわ!やめちゃったの、ガーディアンズ!」
「じゃあ、もし自由になったら、どうする?!」
私の何気ない一言に、二人は急に立ち止まりました。
私もそれに合わせて立ち止まります。
二人とも何も言わずに、目に一杯の涙を貯めて泣くのを堪えています。
私は二人に近づいて、そっと抱き寄せました。
少しでも、二人の悲しみを受け止めてあげたくて。
「ちょっとくらい、泣いたっていいんだよ?」と、私は小さく呟きます。
…なんでかな、私が泣くといつも抱きしめてくれるパパの気持ちが、ちょっとだけ分かった気がする。
二人は棒立ちのまま、小さな声で泣き出しました。
まるで、誰かに聞かれては困るかのように。
「ご主人様ぁ」と呟きながら静かに泣く二人。
二人が泣き止むまでの少しの間、私はただただ抱きしめていました。
6:復讐者は姉妹と共に
「ここを真っ直ぐ、次を左、テレポートを飛んで、真正面のスイッチを、撃つ!」
オパールが指示する通りに、旧市街地の警備区画を移動する私達。
目指すは、旧防衛中央指令室。
二人の話によると、そこに例の男が陣取っているといいます。
ですが、ここの構造は非常に面倒です!
区画自体は広くないのに、幾つもある部屋、扉、転送装置にスイッチ。
そして、時折現れるYG-01Z BUGの大群と、ナヴァルにラプチャ、ヴァンダ。
今は、狭い部屋に5体のヴァンダが待ち構えていました。
「なによ、これ!」
私が悪態をつきながら必死に応戦していると、トパーズが怒っているのを隠すことなく返答します。
「あのバカチンが、塞がっていたリニアラインの瓦礫を全部取っちゃったんだよ!」
「例のおっさん?」と、私。
あんな奴は、おっさんで十分です。
「そう!『これで安全に脱出出来るぜ』とか言いながらね!」
外から原生生物達が入ってこないようにわざわざ塞いであった路線跡の瓦礫を、一部ならともかく全部取っちゃうなんて、馬鹿ですね。
「きゃっ!」と、オパールの悲鳴。
すぐさま声のほうに視線を向けると、オパールにヴァンダのディーガが直撃して、しりもちをついたところです。
そして、右手にピケーが実体化しました。
どうやら、武器の持ち替えが間に合わなかったようです。
それが最後の一匹ですが、私が彼女と敵の間に割り込むには位置が悪すぎますし、攻撃も届きません。
「隙あり!」
既に回り込んでいたトパーズがグッダ・ブレッバでボッカ・ダンガを放つと、ヴァンダの頭を綺麗に吹き飛ばし、断末魔も上げずにヴァンダは倒れました。
「あ、ありがとう、トパーズ」
しりもちをついたオパールが、ほっとした様子で言いました。
「まだだよ、オパール」
シュン!
え?転送音?
現れたのは、特徴のある牙の生えた大きな口、長い身体にしては短い4本の脚、とさかのような背びれに長い尻尾…
「…ドルァ・ゴーラ!」
私は思わず大声で叫びました。
「あっちゃ~、こんな所まで入ってきたんだ~」
トパーズがしかめっ面で武器を構えなおします。
次の予定通過ポイントは…こいつの向こう側にある扉。
ん?よく見ると、ロックが開放されてる!
「二人とも、こいつ無視!扉が開いてる!」
「え?」
「了解だよ!」
私は武器を仕舞って、立ち上がったばかりのオパールの右手を取ると、壁沿いに走り出しました。
それに倣うトパーズ。
狭い部屋の中で方向転換するドルァ・ゴーラ。
う、器用な奴…
重い地響きを立てながら、私達に視線を向けると、軽く後ずさります。
「やばっ!」
私の後ろを付いて来ていたトパースの叫び声と同時に、私とオパールは勢いよく前に突き飛ばされました。
直後、重い衝突音と壁が崩れる振動が伝わってきました。
「あっぶなかった~」
私とオパールに覆いかぶさるように乗っていたトパーズの声。
私達3人が起き上がって見たものは、見事に崩れた壁と、瓦礫の下敷きになったドルァ・ゴーラの姿でした。
「ただの頭突きで、壁を壊しちゃうなんて」と、オパール。
「でも、ドルァ・ゴーラさまさまよ?」と、私。
崩れた壁の向こう、そこには『中央指令室』のプレートが掛かった入り口が見えていました。
「話が早くて助かるわね。あれから先は、時間との勝負だったから」
瓦礫を乗り越えて隣の部屋に出ると、オパールがそんなことを言いました。
「もしかして、時間制限付き?」
「4人いれば平気なんだけど、3人だとね」
なんでも、3つのレーザーフェンスとそれに連動したスイッチがあって、押している間は開いてるけど、離れると一定時間で閉まっちゃうという話でした。
「四人目が奥にある集中スイッチを押せば全部解除されるんだけど、あたしら3人しかいないから」
「あそこはめんど~!」
トパーズが伸びをしながら、やれやれといった様子で入り口を見ていました。
「あ~あ、ここも面倒だなぁ~」
「何の話?」
トパーズがぼやくので、私が尋ねると、肩をすくめる彼女。
「ま、入ってみれば分かると思うよ」
「そうね、百聞は一見に如かずって、こういうことよね」と、オパール。
「どっちにしろ、他の姉妹達が襲ってくるよ」
「それはそうね」
トパーズの言葉に、頷くオパール。
「じゃ、作戦立てる?」と、私。
とたんに二人とも「う~ん」と唸って、考え込んでしまいました。
「どうしたの?」
バリバリ頭をかきむしるトパーズ。
「あ~もう、あのバカチンを攻略する方法が思いつかない~」
「ねぇ、ロザリオ、残りの姉妹達を全部制圧できる?」
オパールが慎重に聞いてきました。
「あなた達と同じなら、少し時間が要るけど、大丈夫だよ」
私がそう答えると、何度か小さく頷いて、私に向き直りました。
「どれくらい時間が要る?」
「そうね…30秒位あれば、最低限の無力化は出来るよ」
「じゃあ、あたしとトパーズで時間を稼ぐから、お願いね」
「了解!」
「後はその場の状況に応じて動きましょう」
私とトパーズが頷くと、ヒロクテリじゃなくピケーを構えるオパール。
誰とも無く入り口の前に立ち、私がカウントタウンを始めます。
「3、2、1、GO!」
私達は、合図と同時に部屋に飛び込みました。
中央司令室の中はほどほどに広く、部屋の真ん中には円柱型のメインフレームが占領していました。
そしてその周りには、下半身が引きちぎられたように壊されてしまったパシリ達が6体。
鋭く息を呑む音が、隣の二人から聞こえてきます。
「み、みんな…」
唖然としたトパーズの声。
確認出来たのは421、431、432、441、451、452の6人。
「制圧なんて、する必要もないわね」
小さい声でそう言って、オパールは歯軋りしました。
「遅かったじゃぁ、ないか。くずパシリども」
ケッケッケッケと、虫唾が走る笑い声が辺りに響きます。
「何処?」
私が小声で尋ねると、オパールがピケーで『ある場所』を指します。
「メインフレーム、の上?」
私が目を点にして、首をカクッと曲げて聞き返すと、情けないといった表情で頷く彼女。
うっわ~、超古典的で典型的悪役スタイル。
今時、そんな所に上る天然記念物級の馬鹿って居たんだ~。
こんな奴、古典娯楽映像でも滅多に見る事が出来ないのに、現物を拝んじゃった。
「まだ私が見つけられないのかい?」
カツン、カツン、と妙に響く音がして、メインフレームの端に例のおっさんが現れました。
研究者たちがよく着ている服に白衣をだらしなく羽織った、やせっぽちの貧弱なヒューマンの男性。
「お前達にもちょっとした娯楽映像を見せてやるよ」
すると、左手の壁一面に設置されているモニターに、二人の男が切り結ぶ姿が映し出されました。
あれは!
「ご主人様!それに、ビーストさん!」
「ほぉ、奴と面識があるとはね。
お前、前に会ったこいつがここに居るくずパシリと同じだって知らなかったのかい?」
モニターに話しかけるおっさん。
『ああ、知らなかった』
向こうの映像に写るビーストさんが、戦いながら返事をしました。
弾かれたようにビーストさんから離れるパパ。
『お前、誰と話している』
『俺に復讐の場を与えた奴と、お前のくずパシリだ』
『ロザリィ、着いたのか!』
「着きましたよ、ご主人様!」
「返事をしても無駄だよ、やり取りが聞こえているのは奴だけだからね」
何が愉快なのか、あーっはっはっはっは!と、アホみたいに笑うおっさん。
「これで、あっちは勝手に片がつくだろう。
さて、お前達を生み出した父親としては、悪い子にはお仕置きをしないと…え?」
不意に目の前に現れた私に驚くおっさん。
遅い。
私は既におっさんに向かってライジングストライクの構えに入っています。
そう、声がパパに届いていないと分かった直後、私はメインフレームに向かって走り出していました。
ハンゾウを取り出すと、
「はは~い」
飛び上がって、スピニングブレイクをメインフレームに叩き込みます。
ガッ!!
予想通りに硬い外装。
そこに僅かに切っ先が突き刺さって、ハンゾウが引っかかりました。
それを支点にして、反動も利用しながら二回転目を続けると、躯体が更に上に持ち上げられます。
回転を利用して刃先を引き抜き、もう一度メインフレームに叩き込みます。
ガッ!!
上手い具合に、今度は最初より更に高い位置の外装に引っかかりました。
「ははは~い」
そこから更に同じ要領でスピニングブレイクの2段目を繋げます。
ドカッ!!
三回目は、メインフレームのてっぺんの外装に届きました。
ハンゾウの刃がメインフレームの頂点付近の外装に大部分食い込んで、ほぼ水平にしっかりと固定されました。
おっさんの足音から、天板部分は側面よりかなり薄いと予想しましたが大当たり!
更に、スピニングブレイクの反動を利用して宙返りし、ハンゾウの柄の上に立ちます。
おっさんとの高さの差は、これでゼロ!
足場にしたハンゾウの上でレイピアを抜き、全力でライジングストライクを撃ちます!
「な、どうやって…」
おっさんの疑問に答えてやる気なんて、全くありません。
ズバン!
気持ちいいくらい、綺麗に打ち上げました。
「これはおまけです!」
ドカッ!
更に2段目まで叩き込んで、メインフレームから完全に落としました。
どさっ、という重い音が下から聞こえたので覗きこむと、床の上に倒れて痙攣しているおっさんの姿がありました。
私が「やっちゃいました!」 と、下の二人に向かって手を振りながら大きな声で報告すると、呆れたような「お~」と言う声と、まばらな拍手が返ってきました。
メインフレームに突き刺さったハンゾウを回収する為に、一度ぶら下がってブレード部分を消します。
勿論私は自由落下しますが、途中で外装を蹴る事で落下方向を変えて速度を落とし、着地と同時に綺麗に受け身を取りました。
ゴテントウチとかいうやつです。
「500Rpはあるはずなのに、すごい方法で登りましたね」
降りてきた私に対して、呆れたように――実際に2人は呆れていました――感想を述べてくれました。
「まぁね。先手必勝です」
『ほう、くずパシリにしてはなかなかやるな』
画面の向こうでは、二人がまだ切り結んでいます。
「くずは余計です!」
画面に向かって怒鳴りつける私。
『ふふふふふ、気概のある奴のようだな。人の身なれば、妻にでも迎えてみたいがな』
「え?」
うわ、もしかして…
「うわ~、なんかヤバい奴だと思ってたけど…」
トパーズが画面から一歩引きます。
「お堅い事ばっかり言ってて、ホントはロリか!!!」
「ロリよ!!絶対、ロリ!!」と、オパール。
「「ロ~リ!ロ~リ!ロ~リ!ロ~リ!ロ~リ!ロリ親父~!!」」
口調を合わせて囃し立てるオパールとトパーズ。
『やかましいわ、くずパシリども!!』
ビーストさんが力いっぱい斧を振りぬくと、打撃を受けきったはずのパパが吹っ飛ばされて、墓標に激突します。
…墓標?
そうか、パパ達、地下墓地に居るんだ!
でも、何処の地下墓地だろ?
パパと連絡を取りたいのですが、司令室全体が電磁的にシールドされていて携帯通信機は機能していないし、『テレパス』も封じられています。
仕方ないので、私は監視カメラをコントロールしている端末を探して、部屋の中を右往左往します。
パパ達を写しているカメラの場所を確認して、急いで行かなきゃ!
その間に、オパール達は壊された姉妹を一箇所に集めだしました。
何処なんだろ、端末…………
逸る気持ちを抑えて丹念に調べていると、突然「うきゃっ!」と、オパールの変な悲鳴がしました。
「な、なに?どうかしたの?!」
私とトパーズがあわてて近くに行くと、彼女の右足をうつぶせのおっさんが掴んでいます。
「こ、こ、ここここ、こいつ、生きてる…」
内股でガクガク震える彼女の脚をしっかり掴んでいるおっさんの手。
私は躊躇無く、その腕を踏みつけました。
「ぐおっ」
気味の悪いうめき声をあげ、手を離すおっさん。
「私の攻撃と、あの落下で生きてるなんて…………運がいいようね、おっさんは」
「ゴキブリ並みにしぶとい」と、トパーズ。
「ケッケッ…ケッケ、今日は超星霊なんだぜぇ、ごふっ」
「…それ、先週です」
「な、なにぃぃぃぃ」
過去データを検索して事実を突きつけると、おっさんは驚愕の表情を浮かべたまま気絶しました。
パタ、ガチリ。
…あれ、ガチリ、って何の音?
トパーズがおっさんを蹴り転がして上向きにすると、何かのリモコンが転がり出てきました。
それと同時に、スクリーンのある壁が下に沈み始めました。
……………ギミック好きな設計者が作ったんですね、きっと。
ゴッ! ガギィィン! ドカッ! バカン! ジャリン!
開き始めた隙間から、重い剣戟の音と、岩か何かが割られる音が漏れ聞こえてきます。
ザシュッ!………ズズズズズズ、ズドン。
まだ写っている画面では、ビーストさんが避けた所為で、パパの一撃が何かのモニュメントを断ち切りました。
「クソッ!!」
「フンッ!」
斧がパパに当たりそうになった直後。
ズドン!
なに、今の閃光、爆発?!
画面も焼きついて、何も見えなくなりました。
半開きになった壁から爆煙が流れ込んできて、視界が塞がれます。
そして同時に、スピーカーからではない、二人の生の声が司令室の中に聞こえてきます。
「ちっ、ハンゾウが!」
「これで手持ちは尽きたな!」
「フッ、甘いな」
「うおっ!!」
ズガン!!!
「きゃっ!!!」
爆音に驚いて咄嗟に身をかがめると、煙を突き破って何かが飛んできました。
ドガッ!!
私の頭のすぐ真上、メインフレームの外装に深々と、金属の刃がついた両手斧が突き刺さっています。
「~~~~~~~~!!」
四つんばいでわたわたとそこから移動すると、ゆっくり煙が晴れてきて、やっと様子が分かるようになりました。
さまざまな花が植えられた明るい地下墓地ですが、花は蹴散らされ、幾つもある墓標はなぎ倒され、断ち割られ、砕かれ、無残な姿になっています。
そこで対峙する、パパとビーストさん。
「ご主人様!」
ちらりとこちらを一瞥する二人。
「邪魔が入るのは好かん!」
ビーストさんがそう言った直後、
ガシャシャシャシャ!
「「きゃぁぁ!」」という、二人の悲鳴が聞こえてきました。
何事かと思いオパール達の方を向くと、突然、私を押さえ込もうとする4つの腕が視界に入りました。
「うわ、なに?!」
今にも壊れそうな軋み音を立てて私達にしがみ付いているのは、壊されてしまった姉妹達の上半身!
顔を見ても、視覚ユニットはただのガラス玉、全くの無表情。
これは“マスターコード”で強制的に動かされているだけです。
姉妹達の成れの果ては、私達を絡め取るように、全身を押さえ込もうと腕を巻きつけてきます。
「この、離れろっ!」
必死に剥がそうとしますが、びくともしません。
強度を無視した出力命令のせいで、既に壊れている彼女達の各部からはうっすらと煙が上がり、人工細胞の焦げる匂いがします。
「こんな状態でも動くとは、所詮は機械よな。だが、今はありがたい!」
ビーストさんは、手近に転がっている一抱えほどの墓石の残骸を片手で軽々と掴み、パパに向かって投げつけました。
「危ない!」
この時の私は、叫ぶ以外のことを思いつけませんでした。
ところが、岩はパパに当たる直前に三枚に割られ、パパの姿が一瞬見えなくなりました。
「まだ手持ちがあったか!」
氷ジョギリを手に、スピニングブレイクするパパの姿。
「こいつは本当に取って置きだ!」
2段目で切っ先を当てつつ距離を詰め、3段目がビーストさんに直撃………え?!
ビ、ビーストさんが素手でジョギリの刀身を掴んで、パパを空中で止めている?!
「…フ、フフフ、惜しかったな、インフィニット」
「非常識な奴だな、お前!!」
「貴様に言えた事か!!!」
ビーストさん、ムチャクチャです!
7:復讐という暴力の名の下に
ビーストさんはジョギリの刀身を握ったまま、武器ごとパパを地面に振り下ろしました。
すさまじい勢いで地面に叩きつけられ、武器を手放した上に叩きつけられた反動で宙に浮くパパ。
ビーストさんはすかさずジョギリを投げ捨てると、浮き上がったパパの腕を掴み、膝蹴りを腹に叩き込みます。
そして、吐血するパパ。
一部にしろ、膝蹴りで胃が切れたようです。
よろめきながらも立とうとするパパの背後に回りこんだビーストさんが、パパの両腕をからめ取ります。
そして、背後から丸太のような腕で両腕を極め、締め上げます。
「フンッ!!」
気合と共に、骨の折れる鈍い音がパパの両腕の上腕部から私の耳に届きました。
「そお、らっ!」
そのまま、パパを投げ技の要領で後ろに投げ飛ばそうとするビーストさん。
パパも投げにあわせて跳躍して、反動で腕を引き抜いて奴の背後に立ちます。
腕が折れたから、締めが甘くなったんだ。
着地と同時に一回転、その勢いで蹴りを頭にめがけ放つパパ。
「甘い!」
ビーストさんは上半身をひねって、蹴りを放ったパパの右足の太ももに左肘を叩き込みました。
再び鈍い音。
今の音、右足も折れたんだ。
あれじゃ、もう戦えない!
パパはそのままひっくり返り、離れる為にこっちに転がって来ます!
「ご主人様!」
私はやっと姉妹の残骸を振りほどき、パパの傍に駆け寄って行きました。
「ご主人様!」
しゃがんでパパを起こそうとしたけど、
「どけ、ロザリオ。いや、あえて言おう、くずパシリ!」
その前に、ゆっくりとパパに近づいてくるビーストさん。
「貴様には話したはずだ!
こいつをこの手で殺さねば、我が部族の恨みは晴らされん!
どけぃ!!」
「いやです!」
暗い憤怒の光を湛えた目で、私とパパを見るビーストさん。
「そうか、死にたいのか。
こうして見れば、死神とくずパシリ、なかなか似合いのようだ。
わしからの餞別だ、そのまま冥府へ送ってやろう!!」
死神と聞いたパパが歯軋りして、つらそうな表情で視線をそらします。
死神なんて呼ばれるような事を本当にした、でもそれをすごく後悔してるのが良く分かります。
「うおおぉぉぉ!」
雄叫びと共に赤いナノブラストの姿に変身するビーストさん。
だからって…
パパが、死神なの?!
こんなに苦しんでるパパが、死神なの?
パパを、死神なんて呼ばないで!
大好きなパパを、死神なんて!
私はゆっくりと立ち上がります。
「…………私は………欠陥品………。
だから………くずパシリと呼ばれても……かまわない。
でも……でも!
ご主人様は…ご主人様は死神じゃ、無い!
ご主人様がどんな思いで、どんなに苦しんで、今まで生きてきたかを知らないあなたに!
死神なんて、呼ばせない!!
死神なんて、決め付けないで!!!」
私は変身したビーストさんに顔を向け、言葉を叩き付けた。
『黙れ、くずパシリ!
わしの悲願を聞いてなお立ち塞がるお前など、死神共々砕いてやるわ!』
大きく腕を振り上げるビーストさん。
私は、倒れたパパとビーストさんとの間に立ち、ビーストさんを睨みながら両腕を広げて立ちはだかりました。
心の中は、何かが煮えたぎっていました。
湧き上がる怒りと哀しみを抑えられなかったし、そんな気は既にありません。
激しい感情がブレインコアをかき回し、何かが頭の中ではじけます。
“『バーストウェーブ』システムの起動環境が整いました。武器選択アイコンに『バーストウェーブ』が自動追加されます”
武器?この際なんでもいい!
パパをいじめるこいつに、手加減なんてしてやらない!!
『くたばれ!死神ぃ!!』
いつもからは考えられない速度で戦闘情報が処理されていきます。
“セーフティ解除、戦闘モード起動”
「大好きなご主人様を!私のパパを!!言葉を武器にして!!!いじめないでぇぇ!!!!」
“バーストウェーブをパレットに登録、緊急起動、通信波出力最大、対電磁波シールド出力最大”
ビーストさんの巨躯から腕が振り下ろされると同時に、私は広げた両手を前に真っ直ぐ突き出し、
“通信波収束空間限定、誘導電磁シールド展開完了、目標補足”
「消えちゃえぇぇ!!!!!」
“コンデンサへのチャージ不足につき起動時間0.1秒、照射モードに変更。レディ、ファイア”
キュバン!!
一瞬のまばゆい光。
“起動完了、目標の消滅を確認。戦闘モード解除、セーフティ起動。各武器の全待機コンデンサへチャージ開始”
直後、生臭い爆風と蒸気、たくさんのフォトン粒子が広がりました。
蒸気の晴れた先には、ビーストさんが『無い』。
「…一体なんだ、今のは」
爆風に乗って雪のようにフォトン粒子が舞い散る中、あっけに取られたパパの声が聞こえました。
「『バーストウェーブ』…使用できたの…」
私が振り払った、パパの横に半壊して転がる、私の姉妹機からの声。
さっき振り落としたショックで、偶然にも、一時的に再起動したんだ。
「マシナリーを操作するための高密度通信機は、各種通信波長をナノメートル単位で正確にコントロール出来るし、波長に指向性を持たせてコントロールする事もできる。
そうやって波長と方向をコントロールして特定空間に集約すれば、マイクロウェーブと同じ効果が得られる。
それを更に強力に放射すれば…」
「瞬間的に対象は蒸発する、か」
「あたしら、他の姉妹は一機たりともそこまでの能力を持っていなかった。
コントロールできるマシナリーも数体が限界、ましてや今の技を使ったとして、二、三機がかりでせいぜいキャスト一人のブレインコアを壊すのが精一杯。
ま、その分、キャスト相手にはずいぶん重宝されてる」
キャストの対電磁波シールドは、宇宙空間でも十分耐えられる仕様です。
二、三機がかりとはいえ、それを突破して破壊するという事は、相応の出力があるということ。
でも、私のこの『力』は。
視認できるほどの高エネルギーに変換された通信波、それは私一人が発生させたもの。
ほんの一瞬、だからみんなは気づかなかった。
フォトンにまで昇華された通信波エネルギーが作り出した、全長10mの巨大な剣。
パパも知らない、私の、ワンオブサウザントとしての局地戦闘モード。
こんな力、知りたくなかった…………。
「…ご主人様、あれ以上の怪我は無い?」
私はパパの傍にしゃがんで、パパのナノトランサーを使って服を脱がせます。
診察すると、腹部に大きな痣と、きれいに両腕の上腕骨と右大腿骨が折れていました。
「少し、我慢してください」
私は全身を使って骨のずれを矯正し、セイバーやソードの柄を使って固定しました。
激痛が走るのか、パパは終始歯を食いしばって黙っていました。
矯正が終わったので、片手杖を取り出します。
「レスタ、レスタ、レスタ!」
筋肉や血管が再生し、骨が結合したはずです。
痣は消えましたし、裂けた胃の一部も塞がって、吐血も治まったようです。
軽く診断すると、ほぼ問題はないようでした。
「…もう動けますよ、ご主人様」
「すまん、助かった」
私が添え木にしていた武器を外すと、四つんばいになって喉に溜まった血反吐を吐き出し、その後によろめきながら立ち上がって服を着るパパ。
改めて座ったパパに、私はそっと抱きつきました。
「こんな無茶はもうしないで下さい、ご主人様」
「無茶と我慢が戦士の仕事だって、奴もそう言ってたろう?」
「心配しすぎで、私、壊れちゃいますよ?パパ」
私はパパの耳元でそっと囁きます。
そっとパパが抱きしめ返して、同じように耳元で囁きます。
「さっきは助かった。だが、あの技はヒトに向けて二度と使うな」
「どうして?パパ」
「死は生きているもの全てに平等に与えられる。
だが、その死も生きていた証拠があればこそだ。
相手を倒すのは仕方ないとしても、生きていた証を、存在を消す事だけはしてはだめだ。
それは相手を殺す以上の、命そのものを蔑む行為だ。
アレはそういう技だ。
よく覚えておくんだ、いいな?」
「…はい、パパ」
「俺のせいでまた一人、死んじまったな…」
例のおっさんを拘束し、動かなくなった姉妹機達をオパール達と回収しながら、パパは呟きました。
「あのビーストさんが死んだのはパパの所為じゃありません。
私がパパを助けるという理由をつけて、私があのビーストさんを殺したんです。
殺さずに止める事だって出来たのに、私は殺したんです、パパをいじめたあいつが憎くて…」
私はわざとパパと呼びました。
「ロザリオ、お前…」
「あのビーストさんがパパを殺そうとしたのはそうかも知れないけど、死んだのはパパの所為じゃありません。
それに、あのビーストさんは私がパパのパシリだって知らないときに、こう言いました。
『殺しあうのが戦士の宿命。
俺は戦士として、部族の長として、滅びた部族の復讐を誓い、そやつを倒すことだけを生きがいにしてきた。
だが、どんな理由であろうとも、相手に刃を向けるということは、己が死ぬことも覚悟しているということだ。
だから、例えそやつとの戦いに破れ、復讐が果たせずそこで死んだとして、本懐を遂げられなかったことに未練はあっても、殺されたことに恨みを抱く気は無い。
もし、戦士として生きている間に出会うことが出来なければそれも天命、受け入れるしかあるまい。
それに、死んだ相手に復讐は出来んし、死者を辱める趣味はない』
…過去に色んなことがあったのかも知れないけど、全ての不幸の始まりはあの500年戦争のせいです。
でなければ、パパだって普通のヒューマンだったはずだし、ママが撒き散らされたBC兵器の所為であの病気にかかることも無かったはずです。
そして、パパがあのビーストさんの部族を滅ぼすことも無かったし、ビーストさんがパパを恨むことも、私があのビーストさんを殺すことも無かった。
みんな被害者で加害者なんです」
「だけどな、ロザリオ。俺が、奴の部族を崩壊に追い込んだのは事実なんだ」
「パパが崩壊させた部族に対して、その罪を償いたいというのは分かります。
でも、だからと言って、全ての戦争の責任がパパにあるわけじゃありません!」
はっとした表情で私を見るパパ。
そんな気がしてた、ずっと。
パパは、背負う必要のない、戦争の責任までずっと背負ってる。
「パパは背負いすぎです、一人でなんでもかんでも…」
「そうじゃの、よくぞ言ってくれたよ、パシリのお嬢ちゃん」
すぐ近くには、管理施設にいたビーストのおじいさんが来ていました。
ここは、もうすぐ一般区画への出入り口です。
「…………長老」
パパはじいさん、じゃなくて、長老と呼びました。
この人って、一体何者でしょう?
「俺は……」
「よいよい、何も言わんでもな。
ぬしが、我らが部族を崩壊させたのは事実じゃ。
だが、我らはここでちゃんと生き残っておろうが。
失ったものは、時が埋めてくれる。
過ぎ去った現実は、歴史になる。
誤った歴史だと言うのなら、繰り返さない努力を惜しまないだけじゃよ。
もっとも、今回ばかりは、わしもじい様を止められなんだがな」
「すまん、俺もだ」
「あの、おじいさんのじい様、って、どういうことでしょう?」
「……………………、そうじゃな、語らねばなるまい、わしの過去をな」
そう言ったきり、後は無言で歩き出すおじいさんの後ろを、私達は黙ってついて行くしかありませんでした。
8:そして紡がれゆく世界
おじいさんが私達を連れてきたのは、歴史資料館のロビー。
おじいさんは、パパの昔の家の前に立つと、無言でパパに入り口の開放を促しました。
黙って入り口を開けるパパ。
応接室に動かなくなった姉妹達を並べ、後は空いているソファーや椅子に各々腰掛けました。
「あれは、50年ほど前の話じゃ…」
唐突におじいさんが話し出しました。
―――おじいさんの昔話―――
モトゥブではなく、わしがまだパルムで暮らしていた頃の事じゃ。
わしの父の元に、一通のメールが届いた。
発信地はここ。発信元の人物は、単に『F』となっていた。
当時のわしはまだ20代になったばかりの青年、母は40代じゃったが、父は60近い人じゃった。
わしが祖父と呼んでもよい位歳の離れていた父は、年老いていただけに昔のことには詳しく、わしの祖母から聞いたという、戦争時分の話を聞かせてくれた事も多かった。
そんな父が、届いたメールの発信地を見た途端、驚いていたよ。
「かの地は既に廃墟で、今は誰も住んでいない!
今更、一体、誰が、何の為に、どうしてわしの所へ、廃墟からのメールを送りつけてきた!」
勿論、送り主はここにいる御大じゃ。
メールの内容はこうじゃ。
『廃墟と化したこの街を復興する為に、この街に住んでいた住人の子孫を探して連絡をしている。
興味があり、復興に賛同するのなら、労力を提供して欲しい。
資金は調達済みであり、その意思の有無を確認したい』
父はひと月近く悩んでから、わしに話を切り出した。
「このメールの発信地には、かつて街があった。
そこには極北の民と呼ばれた部族が暮らしていたが、かの戦争で街は滅んだ。
生き残ったのは、その街で暮らしていた少女が一人と、たまたま隣の部族の援護の為に遠征していた最後の族長とその部下が数名だけ。
生き残った少女は、一人のヒューマンの男によって、街が滅ぼされたことを族長に告げた。
遠征から戻って街の惨状を見た族長は部族が滅びた事を宣言し、街を滅ぼしたヒューマンに部族の長として復讐を果たすべく、生き残っていた少女を伴ってそのヒューマンを探す旅を始めた。
旅は3年に亘って続いたが、ある時ふっつりと、族長は少女の前から姿をくらました。
彼が姿をくらました理由は誰も知らないが、行方不明になる前に、得体の知れない人物が彼の元に訪れていた事だけは少女も知っていた。
族長に同行していた少女は、旅が1年過ぎた頃に成人し、その後に族長と夫婦の契りを交わして妻となった。
そして、族長が姿をくらますより少し前に、彼の子を腹に宿していた。
幸か不幸か族長はその事を知らず、二度と彼女の前には現れなかったし、その後の彼を知る人物は現れていない。
やがて、族長を失って旅を止めた彼女は、安住の地を得ると、月日が満ちて男の子を産んだ。
年月は流れ、彼女は年老いて死に、生まれた男の子は成長して大人になり、今、お前の目の前にいる。
ここまで話せば分かるだろう。
お前は最後の族長の直系の子孫、孫なんだ。
そして、今は亡き母が父と交わし、私に受け継がれた約束がある。
『時を重ね、世代を跨ごうとも、部族を再興させる』
わしは若い頃、この約束を果たすために20年間努力したが、報われる事なく潰えた。
わしにとっては既に終わった話なのだ。
だが、ここにお前がいる。
どんな因果の巡り合わせか知らんが、新たな世代のお前がここにいる。
本当は、この約束をお前に伝える事無く死を迎えるつもりだったが、そうはさせてもらえないようだ。
なればそれも運命、わしもお前に約束を継がせ、そして、あえて先祖の慣わしに従おう。
よいか我が息子よ、わしは部族の長となる事をここで宣言し、お前を若き長として迎える。
部族には、老いた長と若き長がいる場合、若き長の決断に従うという慣わしがある。
つまり、お前にもこのメールに対して返答する権利が生じた。
ゆえに、わしはこの返答をお前にも求める。
長しかいない部族というのも滑稽でしかないが、送信者が例え知らなかったとしても、部族の長としての答えを求められたからには、祖先の礼節に倣い、わしも部族の長として部族の慣わしに従がおう」
まだ若かったわしは、強引に長の地位と約束を継がされ、随分悩んだ。
夢に向かって走り出したばかりの頃であったし、将来を誓い合った女性もいたのだ。
だが、わしはふと思った。
これがわしの生まれてきた宿命なのではないか、とな。
わしがこの約束を果たせば、次の世代に約束を強いる事も無く、父のように悩む事も無いのではないか。
これも何かのめぐり合わせならば、このチャンスを生かすべきだ、と。
後は知っての通り、この街を復興する為に人生を投じてきた。
そして、復興がある程度進んだ頃、数年に1度の割合で、じい様がこの街にやって来るようになった。
偶然から知り合ったが、それからは何度も話をすることが出来た。
わしがじい様の孫だという事も伝えたし、部族はこうして復興しているとも言った。
だが、じい様は頑なに復讐の誓いを取り消す事は出来ないと言い張り続けた。
ふとした事で復興を支援した御大がその復讐の相手だと知り、わしは状況を説明して必死にじい様を説得したが、結果はこの通りじゃ…
「俺は結局、奴から全てを奪っただけなのかも知れないな」
パパは、おじいさんの話の後にそう漏らすと、黙り込んでしまいました。
「そんな事は無いと思います」
オパールが、パパの前までやってきていました。
ナノトランサーから旧い型のメモリーチップを取り出すと、パパに手渡します。
「これ、あのロリ…コホンコホン…ビーストさんから私達姉妹全員に渡された物です。
もし、自分が負けて死ぬような事があれば、残った誰かがあなたに渡して欲しい、と」
一体、何が記録されているのでしょうか。
パパは無言で、この施設に残されている端末で記録を再生させました。
古い静止画像が、順々に流れていきます。
誰かの誕生、祝い、祭り、学校の様子、友人、恋人、家族、親戚、仕事の様子、結婚、葬式…そして、戦場。
事細かな大量の記録が、次々と現れては消え、消えては現れます。
極北の民の、膨大な歴史がそこにありました。
そして、記録の一番最後。
あのビーストさんが、カメラ目線でなにやら喋りにくそうに佇んでいます。
「グリーガス…」
パパが画面を見てポツリとつぶやきました。
グリーガスって、おじいさんと同じ名前。
最後の族長、グリーガス。
そっか、だからおじいさんは名前を呼ばないで欲しかったのか。
『あ~、あー、ゴホン。
この映像を見ている奴がいるということは、わしは既に死んでいるということになる。
復讐を果たせたかどうかは分からんが、わしは自分の人生を全うしただろう。
皆には迷惑を掛けたが、わしは満足している。ありがとう。
パシリたちよ。
心があるお前達を物として扱った非礼を詫びておこう。
すまなかった。
わしと同じ名を持つ我が孫、グリーガスよ。
集った部族の末裔をまとめあげ、街を復興させたお前は、わしが誇れる立派な男だ。
堂々とその名を名乗って生きるがよい。
お前にはその資格が、復興しようと決断した時から既にあったのだ。
無体な約束を継ぎ、果たした事に敬意を表する。
…わしとの約束で人生を狂わせてしまった我が息子でありお前の父、それと我が妻には、あの世で詫びるとしよう。
そして………いや、この旧き呼び名はよそう。
我が復讐の相手であり、街の復興者よ。
もし、生きてこの映像を見ているならば、わしは最大級の礼を述べたい。
わしに、故郷を返してくれて、ありがとう。
失ったものは大きいが、同じだけのものが帰ってきたことは感謝せねばなるまい。
そして、我が誓いに付き合わせたことを心から謝辞する。
ぬしの果て長き人生に、星霊の導きがあらんことを』
記録はそこで終わりました。
私はおじいさんに向き直り、謝るために頭を下げようとしました。
「止めてくれんかのぅ、お嬢ちゃん」
おじいさんはそれをやんわりと止めました。
「でも…」
「お嬢ちゃんがじい様を消してしまったのは分かっておる。
監視カメラで見ておったからな。
じゃがな、じい様は人生の終着点に自分で着く事は出来なかったのじゃ。
お嬢ちゃんは、じい様を復讐という修羅の道から救ってくれた。
だから謝る事は無いんじゃよ」
「でも、でも…」
私は、激しく湧き上がる罪悪感を押さえられませんでした。
「ロザリィ」
近くにいたパパが、私の頭に軽く手を載せます。
「その辛く苦しい思いを、心を忘れるな。
そして、誰かの幸せの為に生き続けろ。
それが、人を殺めてしまった本当の贖罪なんだ」
その言葉に、心の中に澱のように重く圧し掛かった罪悪感が、少しだけ軽くなったように感じました。
「俺も罪を背負っているし、お前も背負ってしまった。
人間なんて、誰しも何かの罪を背負って生きている。
でも、誰かがその罪を赦してくれる訳じゃない。
そして、その背負った罪が償えたかどうかは、死の間際に、それも自分にしか分からない。
だから、懸命に生きるしかないんだ。
俺も、お前もな」
「はい、ご主人様」
「それから、あいつを忘れないでいてやれ。
誰も恨まず、戦士として生涯を全うしたビーストの男を」
そういえば、何かを恨んでいるなんて、一言も言いませんでした。
「うん」
たった一言の返事と約束なのに、それだけで心が随分軽くなりました。
あのビーストさんを忘れない、それが存在を消してしまった私しか出来ない罪滅ぼし。
「さて、お前達はどうする?」
一通りの後始末を終え、私の姉妹達の中で動ける3人――オパールとトパーズ、それとパパを狙ったもう一人の452――に、質問するパパ。
「あの、その、えっと…」
3人が返事をするよりも早く、私が口を開きました。
「どうした、ロザリィ」
不思議そうに私を見るパパ。
う~ん、どう切り出したらいいんだろ。
「その、うんと…あのね、パパ」
ちょっと驚いた様子のパパ。
「なんだ、わざわざ『パパ』って呼ぶからには、無理難題か?」
「あのね、姉妹達みんなと一緒に住めないかな、なんて…
やっぱりダメだよね、ゴメンナサイ、忘れていいから、今言った事」
驚くパパと、3人の姉妹達。
「私達に気を遣ってくれて、ありがとう」
452――名前はガーネッタだと言ってました――が、静かにそういいました。
「そんなつもりじゃないの、ほんとにみんなと一緒に暮らしたいって思ったの!」
「無理しなくていいよ、ロザリオ」と、トパーズ。
「無理してないってば!」
「そうだな、お前は気を遣ってそんな事を言う娘じゃないよな」
パパが私達の目線になるように、あぐらをかいて座りました。
「どうしてそう思った?」
やさしいけど、真剣な表情を浮かべているパパ。
「うん、姉妹みんなとなら、もっと楽しく暮らせると思ったんだ。
喧嘩して、遊んで、競争して、一緒にご飯食べたりお風呂入ったり…
そういうのって、毎日がお祭りみたいでいいかな、って」
「そうか」
パパは視線を他の3人に向けました。
口では何も言いませんが、3人に返事を促しているのは確かです。
やや間があって、ばらばらながらも3人は頷きました。
「お前たちの気持ちは分かった。どういう結果になるかは分からんが、あちこちに掛け合ってみよう。
まずはその前に、全員を治してやらんとな」
そう、そうなんです!
結局、壊された姉妹は、修理すれば問題なく再起動できるんです!
よくもまあ、みんな綺麗な壊れ方をしたものです。
損をしたのは、重傷を負った、私達の生みの親だというあのおっさんだけ。
さっきガーディアンズの仲間が来て護送していきましたから、後でこってり尋問される事でしょう。
さてさて、パパの交渉の結果が出るのは2、3ヶ月先という話でなので、その間は姉妹達のGRMでの修理とリハビリに費やされる事になりそうです。
彼女達がパパの所へしょっちゅう泊まりに来る事については、保安部から随分と苦情が来ましたけど、総裁から「倫理的にOK!」とのお墨付きが出たので、当分は問題無いでしょう。
そんな訳で、今日もお泊り会です。
「ほ~い、ば~んごっはんだよ~」と、トパーズ。
エプロンをつけて、出来上がった料理を運ぶのはトパーズと私。
「お、うまそうじゃん♪」と、パパに撃たれた411の一人、ラピス。
「お、オコサマランチ?ハズカシイよ~」
これは、もう一人の411、サファイア。
「だってしょうがないでしょ、みんなの好みがばらばらなんだもん」
エプロンを取りつつキッチンから出てきたのは、重傷だった6体の中で最初に修理が終わった、431のディアーネ。
この子が一番料理が上手いんだよね、後で教えてもらおっと。
「チャーハン、ハンバーグ、スパゲティ、フライ、おまけにデザート、みんなまとめて作ると、オコサマランチになっちゃうのよ!」
「どれもおいしそう~」
「おいおい、トパーズ、よだれ垂らすな」
「はいはい、それではみんなで」
「「「「「いっただっきま~す!」」」」」
うん、みんなで食べるご飯はおいしいです♪
ワイワイガヤガヤ(モグモグモグモグ……ビミョーナアジ)
……誰?こっそりと、びみょ~な味って言ったのは?
後片付けで確認すると、トパーズのお皿の上からは、チャーハンの上に立ててあった金属製のちっちゃな三惑星旗(レア度:★★★★)が消えていました。
あああああ、私の宝物、調理用小物コレクションがぁぁぁぁ……リ⊃д⊂)シクシク。
折角、『屋台村』で掘り出し物見つけて買ったのに……喰うなよ、私の宝物。グスン。(ゴ、ゴメン:byトパーズ)
「そういえば、何でみんなは宝石に関係ある名前なの?」
食後のお茶を出しながら、私はふと思いついた疑問を口にしました。
「それに関しては、諸説紛々なのよ」
ディアーネがお茶を冷ましながら、そう答えました。
「偶然というのから、わざわざそういう名前をつけたパシリを選んだ、ってのまで含めて色々なの」
「ただ、これだけは言えるぜ」と、ラピス。
「あたしらのブレインコアのメインチップに使われている対汚染コーティングと、感情ユニットに搭載されている振動振幅素子に、名前と同じ輝石が使われているんだってさ」
「例えばボクはシトリードだよね」と、トパーズ。
「まだ修理中の432、ルビーナはルビナードですね」
サファイアが2杯目のお茶を飲みながら、のんびりいいました。
「じゃあ、私もそうなのかな?」
首をかしげながら問うと、皆も首をかしげました。
「それがどうもはっきりしないのよね」
ディアーネが、ぬるくなったお茶をやっと飲み始めながら、そう言いました。
「はっきりしないって?」
「あなたの記録に残っているのはパール、つまり、輝石だけど、鉱物石じゃないのよ」
「コーディングはともかく、振動振幅素子に使えるか、ってぇと、微妙な代物だからなぁ」
ラピスが腕を組んで首をかしげます。
なるほど、それは確かに微妙ですねぇ。
振動振幅素子は、大昔の時計によく使われていた振動素子によく似た物で、感情の触れ幅に個性を出すための揺らぎを作り出す、いわばパシリの個性化素子と言うべきものです。
「本当にパールなのかもね」
トパーズがぽつりと言いました。
「え?」
「もしかしたら、それがロザリオを異能体に変化させた原因の一つじゃないかと、ボクは思うんだよね。
生物が作り出した輝石、だから、他の姉妹と少し違っちゃったんじゃないのかな、って」
その言葉に、私は何故か納得してしまいました。
納得したら、なんだかどうでもよくなってしまいました。
「さあ、後片づけしたら、お風呂に入って寝ようね。
うちのご主人様、ちゃんとやらないと…」
「「「「「表にバッテンつけるんだよね」」」」」
あ、ハモった。
『ぷ…あはははははは!』
みんな笑い出しました。
そう、パパはご丁寧に皆の分のバッテン表を作って、壁に貼ってあるんです。
新しい家族なら必要だろ、って。
だからみんな、バッテン書かれる度に怒られても楽しそうです。
大人数になると流石に狭くなる展示スペースを片付けて、マットを敷き詰めると寝る準備完了。
「おっふろ~」
「あたしが一番だよ~!」
「あ~、ずる~い」
にぎやかに、でも、静かに夜は更けていきます。
―――深夜のマイルーム―――
「お帰りなさいませ、ご主人様」
部屋に帰ると、声に抑揚の乏しいスペアPM・GH-412の出迎えを受ける。
不思議なもので、ロザリオと同型なのに全く違う印象を受ける。
いい加減疲れているので、部屋にロックを掛けて店も閉じる。
「みんな寝てるか」
「既に就寝しております。お静かに願います」
「ああ、分かってる。ロックしたからお前も今日は休め」
「了解しました、ご主人様」
店舗部分の壁の中に専用の待機ラックがあり、椅子型のそれに自ら入ったのを確認して、保護用シートを首から下に掛けてやる。
「おやすみ」
「お休みなさい」
微かに笑みを浮かべると、スリープモードに入るスペアPM。
「ガーディアンズもPMにおんぶに抱っこだな、これじゃ」
そう呟き、一人苦笑いを浮かべた。
『お泊り会』に来ているPM達が寝ている展示部屋をそっと通り抜け、自分の部屋のベッドに腰掛けると、サイドボードに置かれた一枚の紙が視界の端を掠めた。
「ん?…フフ」
手に取ったそれには、12人分のPMの似顔絵と「パパ、おかえり~」の文字。
「ただいま。お前らの夢、叶うといいな」
小さく隅に書かれた「みんなと一緒♪」という言葉が、主人を失った彼女達の希望なんだろう。
しかし、どうなるかは俺にも予想は出来ない。
9月末にはイルミナスに何らかの大きな動きがあるというのが、ガーディアンズ本部の予想だ。
それまでは俺の提出した意見書を保留し、あのPM達は俺の保護監察下に置くという決定が下されている。
彼女達の身の取り扱いは慎重を期す、というのが総裁及び本部の見解だし、GRM側も、彼女達に下手に刺激を与えないようにしたいという話だった。
ただ、GRM側は、キャストに再誕出来るか、あるいはただのPMに戻せるかが判明するまでは、との条件付だったが。
彼女達の夢の行方は、皮肉な事に、彼女達を生み出したイルミナスの動向に掛かっている。
彼女達が今のまま「みんなと一緒♪」に居たいという夢。この夢が叶うかどうか、今はただ待つしかない。
「お前達の未来に、星霊の導きがあらんことを」
今の俺には、祈る事しか残されていなかった。
―――おしまい―――