ガッシュガッシュ、ガッシュガッシュ…………
「はぁ…………疲れましたよ~、ご主人様ぁ~」
古風にも、デッキブラシとモップで通路を延々と掃除している私とパパ。
掃除を始めてから、かれこれ5時間は経過していると思いますが…
「すまんな。あと少しだ、ほら」
あ、ほんとだ。
残りは赤黒い靴跡一つを残すのみとなりました。
「乾いた血糊を落とすのが、こんなに大変だったなんて…………」
でも、最後の一つだと思えば力も入ります。
もくもくと洗剤とブラシで靴跡を擦り落とし、モップをかけ、改めて薬品を使って拭きなおして、掃除は完了しました。
「終わったよぅ~」
「お疲れさん」
しかし、血まみれの何かを引きずった約30mほどの跡(靴跡付き)は、スプラッタな光景でした。
よくもまあ、すぐさま保安部に通報が行かなかったものです。
パパもパパで、生き返るとすぐに血まみれDFオブジェを引きずっていくのですから、錯乱はしていたのかも知れません。
「マイルームはリフォームチケットで何とかするとして………あの裁判記録は、開示される前に何とかしないとなぁ」
「やっぱり、ご主人様の事をいろいろと嗅ぎまわる人が出ますか?」
「それをごまかすのは特に問題は無いんだが…」
すれ違っていくガーディアンズの数人に一人は、こちらを見てはクスクス笑って通り過ぎていきます。
「遅かったかな、こりゃ………」
一体何のことでしょうか?
答えは、その日の夕刻に分かりました。
ビジフォンのニュース番組を付けっぱなしにして、パパと二人で夕食の食卓を囲んでいたのですが…
ニュースキャスター女(以下N女):『…というわけで、前代未聞のPMによる主人殺害事件は、おざなりな捜査や証拠物件の提示不足、更に殺害されたとされる隊員が生存していたという事で無罪とされたわけですが』
ニュースキャスター男(以下N男):『それよりも注目したいのは、PMに自らを「パパ」と呼ばせるという、コミュニケーションに隊員独自の習慣があったと言うことですね』
N女:『ぶっちゃけ恥ずかしい趣味ですね』
N男:『ですねぇ』
(ニュースキャスターが喋っている間、公開映像として以下の光景が流されています。
法廷の入り口に立つパパ。
何かを叫びながら、パパに勢いよく抱きつく私。
私の一言でちょっと狼狽気味のパパ。
パパの脚に抱きつき、涙と鼻水でひどい顔の私のアップに切り替わる。
再びカメラが切り替わって、呆れながらも私の頭を撫でているパパと、抱きついたまま撫でられれている私の姿。)
ぶはっ!!!!ゲホゲホゲホ…
流されている映像に、思わず吹いてしまいました。
は、は、は、恥ずかしぃなぁ、もう。
って、あやや、やっちゃいました。しかも吹いたのがトマトスープのスパイシア仕立て。
「…食卓が大惨事だな…」と、パパ。
私の吹いたスープで、テーブルとパパの服が赤く染まってしまいました。
「またハトーリ・ハン・ゾークとかいう奴が来たら面倒だから、早い所片付けようか」
「面倒とは失敬でござるな」
「きゃっ、何時の間に!」
何時の間に来たのか、空いている席にちゃっかり座ってスープを飲み干すニンジャーな人。
「食事の最初からずっとここにいたでござるが…このスープ、なかなかの美味でござる。お代わりを所望して良いでござるか?」
シュン、ジャキッ!
「何を平然と、他人の部屋で晩飯食ってやがるんだ、お前は」
パパがそっけない口調で言いつつ、エビルツインズを素早く取り出してニンジャーな人に突きつけています。
鈍い一般の人でも分かるくらいの殺気を放っているパパ。ぶち切れてます、完璧に。
「いやいや、夕食の匂いにつられて出てきてしまったのでござるよ」
「そうかい。じゃあ、そのSS全部置いてさっさと失せろ」
「何のことで…ああ、やめて!後生だから先祖伝来の頭巾をはぐのだけはかんべんでござる!」
パパがすっとぼけているニンジャーな人の頭巾に手を突っ込むと、出てくる出てくる、何十、いえ、何百名…ちゃんと数えないと分かりませんが、沢山のガーディアンズ達のSSが出てきました。
落ちてきたうちの一枚を何気なく手にとって見てみ…………
「!!!!」
「あ、そ、それは、拙者の秘蔵の一枚…うおっと、しまったぁ」
「こ、こ、こ、この、ドスケベ!!!!!」
シュン、ズバン!
「ふはははは!甘いでござるよ!」
むう、抜き打ちのレイピアを軽々と避けられてしまいました。
「ここは潮時のようでござるな」
「逃がしません!!!」
「さらばだ!奥義『微塵がくれの術』!」
シュン、ドカーン!!
「げほっ、ゴホッ…な、なんですか一体」
部屋中に煙と硝煙と血の匂いが充満してます…って、部屋の中はまた血まみれですか、もしかして?!
すぐに換気装置が作動して、煙が晴れました。
「大丈夫か、ロザリオ」
平然とした様子のパパが、床に片膝ついて何かを見ています。
「ご、ご主人様は平気ですか?」
「俺は大丈夫だ。床はまた大惨事だがな」
「床?」
言われて初めて『それ』に目が行きました。
血まみれの人型?一体なんでしょう…………あ、頭巾かぶってる。て、事は…
「これ、ニンジャーな人、ですか?」
「まあ、そういうことになるかな」
そう言って、血まみれのニンジャーな人からおもむろに何かを取り外すパパ。
「それ、なんですか?」
「ああ、ただのシールドラインだ」
なんだか状況がよく飲み込めませんが………
「本気で『微塵がくれ』なんて漫画とかにしか出てこない術をやるとは思わなかったが…あの術、普通は死ぬし。
念のために、血肉が飛び散らないようにシールドラインをくっつけてやって正解だったな」
ええと、パパの話によると、漫画とかで時々出る技で、自爆することで自分の血や肉を煙や硝煙と一緒に撒き散らして敵の目を欺きその隙に仲間を逃がすという技だそうです。
そうなると嫌なので、血や肉が飛び散らないように、パパが隙を衝いてニンジャーな人にシールドラインを装備させたそうです。
「ほら、シールドラインを装備すると、爆発物で死んでもバラバラにならないだろ?」
まあ、確かにそうですが、何か納得いきません。
「運が良いのか悪いのか、こいつもまだ生きてるし、保安部に突き出すか。覗きと盗撮の常習犯のようだしな」
「そうですね…」
保安部を緊急通報コードで呼び出し、ニンジャーな人を引き渡しました。
パパがニンジャーな人から取り上げたSSも証拠物件として引き渡したですが、その内の実に9割が女性隊員やパシリの入浴中の盗撮でした。
偶然私の見た奴は、パパにも内緒でもみ消しました………自分の入浴シーンを他人に見せたくはないですから。
翌日の夕食時。昨日と同じようにニュースを流しっぱなしにして食事をしていると、
N女:『…あの恥ずかしい趣味の隊員がパシリと共に覗きと盗撮の常習者を捕まえる。
以上のニュースをお送りしました』
むせ返るパパと私。
N男:『昨日に引き続き今日も登場ですか』
N女:『パシリ裁判の証人であったこの犯人ですが、大量のエロSSを持っていたそうですね』
N男:『うらやましいかぎりですねぇ』
N女:『うらやましがるなよ、変態』
はぁ~~、と深い溜息をつくパパ。
「嫌な呼び名が定着しちまったじゃねぇかよ、まったく」
ああ、なるほど、これを警戒してたのか。
その効果のほどが分かったのは翌日からでした。
その後数日間、パパは知り合いに、私は店に来た客にからかわれ続けたのでした。
ああうっとうしい。
―――おしまい―――