2.
その日も私はいつものようにショップの店番をしつつ、
合間を見てはご主人様の最近のミッション記録を覗いていました。
留守番中にお客さんが来ないときの、私の密かな楽しみです
(誤解のないよう言っておくと、ご主人様の許可の上でのことなので、覗き見ではないです)。
ご主人様はよくこの記録と一緒に、どこから誰が撮っているのか、
ミッション中の風景を写したスクリーンショットを持ち帰ってきます。
綺麗な風景や珍しいアイテム、それからちょっと可笑しな場面……。
ガーディアンズコロニーの、それもごく一部の場所と人しか知らない私にとって、
この画像記録は何より楽しい“おみやげ”なのです
(私が何気なく『この世界のことをもっと知りたい』と言ったら、
ご主人様はもっとたくさんの写真を持ち帰ってくれるようになりました)。
(すごいなぁ、モトゥブにこんな場所があったんだ)
昨日の記録。ご主人様はモトゥブの坑道を抜け、北方大陸まで行ってきたようです。
(私も、いつか行ってみたいな)
なんて思いを馳せながら、ビジフォンに映し出されたページをスクロールしていきます。
一昨日の記録。その前の日記録。その前の前の日の記録。……そして。
(あ……)
六日前、ご主人様が凹んでしまったあの日の記録。
その中の一枚のスクリーンショットが目に留まりました。
ご主人様たちに混じって、その半分くらいの背丈の少女が写っています。
踊り子のような衣装に身を包み、鋼爪を右手に果敢にモンスターに飛び掛かる姿。
――GH420。通称にゃんぽこ。
ご主人様のお友達のひとり、ニューマンの少女に仕えるパートナーマシナリーです。
周知のとおり、私たちパートナーマシナリーはアイテムをたべることで進化を重ねて、
最終的には小型のヒト型マシナリーとして完成し、そうしたPMは、
各々のマスターと一緒に、武器を手にしてミッションに参加することが許されます。
(あの子が420になって……結構経つんだな)
写真の420とは、まだお互い赤球の101だった頃からの知り合いで、
彼女はひと月ほど前に最後の進化を迎えました。
ほぼ時を同じくして、キャストさんのPMも、ビーストさんのPMも。
完成したみんなは、口を揃えて言いました。
マスターと一緒に、いろんな場所に行くことができて楽しい。
マスターと同じように、泣いたり笑ったりできるのが嬉しい。
何より、マスターと同じ場所に立って戦えるのが、嬉しいって。
焦る必要はないと思います。ご主人様だって、きっとそう言うと思います。
けれど……できることなら、少しでも早く、私もヒト型のマシナリーになりたい。
ご主人様と一緒に、草原や緑林や荒野をゆきたい。
ご主人様と同じように笑いたい。
そして、戦うご主人様の隣に立って、その力になりたい。
ご主人様は、ウォーテクターです。
最初こそフォース一直線かに見えたご主人様ですが、途中から特に苦手だった剣術を練習し、
ハンターとしての経験を積んで、ウォーテクターのライセンスを手に入れました。
だけど、その太刀筋は私から見てもまだまだ危なっかしくて。
ああ、私があなたのかわりに、それとも一緒に剣を執って戦えるからだなら。
もし、私がパートナーマシナリーとして完成したそのときには……
星霊さま。どうか、まだ作業用のアームに過ぎないこの手に、剣を。
“ご主人様の願う世界”を目指すため、その力添えをするための、頑強な剣を。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさい、ご主人様」
ご主人様が帰ってきたのは、夕方の5時過ぎでした。
「ああ、またそんなにボロボロになって……」
「新しいミッションに行ってきたんだけど、やっぱり結構手強くってさ。
そのかわり、そこそこいいものが拾えたけどな」
ご主人様はナノトランサーから赤いアイテムボックスを4つ程取り出して、私に見せてくれました。
「わ、これ……宝石だ。こっちのは高純度の鉱石ですね。それから……」
私が赤い箱の中身を物色していると、どこからか、ぴろん、という電子音が。
「ん、誰だろ」
ご主人様が携帯端末を取り出します。メールの着信音だったようです。
「……。悪い、もうちょこっとだけ出かけてくるよ」
「あ、はい。どちらまで?」
「リニアラインの連絡通路。さっきパーティ組んだ人から呼び出しだ」
「またミッションですか? 今日はもう休んでも……」
「いや、ミッションの誘いじゃないよ。そんなに時間かけずに戻れると思う。
……にしてもこの人、ちょっと感じ悪い人かと思ったけど、意外といい人なのかな。
『さっきのミッションで世話になった礼がしたい』、だってさ」
「そうですか。わかりました、気をつけて」
「うん。……ああそうそう、これ今日の。見てていいからな」
ご主人様は部屋の外へ繋がる扉に向かいながら、ポケットから一枚のディスクを取り出しました。
「ミッション記録ですね。ありがとうございます」
「じゃあ、行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃい」
投げられたディスクを両手で受け取りつつ、私はご主人様を見送りました。
今日のミッション記録。
ご主人様はパルムの奥地、デネス・レリクスへ行ってきたようです。
スクリーンショットを追ってゆくと、最初はご主人様ひとりだったパーティに、
徐々に人が増えて、時々抜けて、入れ替わってゆくのがわかりました。
草原を抜けて、湖畔を進み、プラントを抜けて、デネス湖で少し休んで……。
(むむ)
休憩中の写真の中に、ご主人様と親しげに話す、同年代のヒューマンの少女の姿がありました。
ついでに、『久しぶりに気の合う相手に出会う。カードを交換』というメモが。
「……」
どうしてでしょうか。写真の中のご主人様はとても楽しそうなのに、私はなんだか面白くないです。
心臓部で重たいガスが燻っているような。……なんでしょうね。この感覚は。
と、そんな時、玄関から来客を知らせるチャイムが鳴り響きました。
「おーす。帰ってる?」
扉を開いて現れたのは、ご主人様のお友達のニューマンさんでした。
長くおろした髪にくりくりとした大きな瞳がよく似合う、可愛らしいひとです。
「あ、こんにちは。すみません、さっき帰ってきたんですけど、またすぐ出かけちゃって……」
「そっか」
「はい。何か、ご用でしたか?」
「いいよいいよ。あとでメール投げとくから。……ん? なんか見てんの?」
ニューマンさんは私がビジフォンにかじりついているのを見ると、トコトコと駆け寄ってきました。
「あ、これは」
これを勝手に他人に見せていいものか、なんて思っているうちに、
ニューマンさんは私の隣に立って、ビジフォンを覗き込みます。
「あー、アイツのミッション記録ね。なんだ、こんな奥のほう行くなら、私ら呼びなさいよ」
その言葉に、微かに胸が痛む。
「この前のこと、気にしてるんだと思います。その……」
あなたたちの足を引っ張ってしまったから――ご主人様は、そういう人だ。
「そんな気にしてないわよ、私らは。まあさすがにこないだのはアレだったけどね。
でも、こっちだって損得効率ばっかでやってるんじゃないもの。
せっかく友達で、同じガーディアンズやってんだから、一緒になんかしたいじゃない?」
ニューマンさんは微笑みながら、画面上のページを切り替えます。
ミッション記録は、デネス・レリクス内部のものへ。
「……あれ?」
突然、彼女の手が止まりました。
「どうしました?」
その表情は硬いものになっています。
画面上の写真は、ヒューマンの少女と二人だけになっていたご主人様のパーティに、
新たに2名のメンバーが参加したところを映し出していました。
ひとりは、白い装甲に身を包み、双短銃を手にしたキャストの男性。
もうひとりは、金髪のヒューマン男性。小剣を持っています。
どちらも、かなり高レベルのライセンスの持ち主のようですが……、
――ああ、ご主人様がさっき言っていたメールの送り主は、きっとこの人たちのことだ。
見るからに目つきがよろしくなく、確かに感じ悪いかもです。
「こいつら、有名な初心者狩りじゃない!」
「……、え」
ニューマンさんの言葉に、私の心臓部にあたるフォトンリアクターに、
不自然な重みがかかったような感覚が走りました。
「なんでこいつらが、こんなところにいるのよ……」
これがヒトで言うところの“嫌な予感”というものでしょうか。
「あの、このひとたちって」
「……新米ガーディアンズのパーティに押しかけては金品を巻き上げてる、サイテーの連中よ。
ガーディアンズ内部にいる分、ヘタなローグスなんかよりよっぽどタチが悪いわ」
胸の奥の重みが、増してゆきます。
「最近は初心者に限らず、低レベルのガーディアンを割と無差別に襲ってるみたい。
こいつらに逢って大怪我したって話も、いくつか聞いたわ」
一瞬の沈黙。
重みが、さらに増していって。
「……え、と。例えば、なんですけど」
痛みを伴いはじめて。
「その。ミッション後にメールで呼び出すとか。そういう、手口は」
「まさにこいつらの常套手段ね。……キミの口からそういう言葉が出るってことは、あのバカ……」
耐え切れなくなったココロが、罅割れました。
「あ……あ……」
気がつけば、フォトンの翼が、金属のアームが、不自然な振動を繰り返していました。
――自分が震えている、ということに気づくまで、私は数瞬を要しました。
「待ってて。今、助けを――」
聴覚センサーはすでに、ニューマンさんの言葉を拾っておらず。
「…………ご主人様っ!!」
私は、がむしゃらに翼を羽ばたかせ、部屋を飛び出していました。