けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

イノセント13

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mioritsu

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 次の日。
 私がいつものように大学の正面玄関から入ると、律が自動販売機の前で誰かと話していた。
「あ、澪だ。おーい、澪」
 律がそう呼びかけてくれなかったら、私はその場に立ち止まって鞄を落としていただろう。
 だけどそんな名前の呼びかけでなんとか立ち直り、私はゆっくりと二人に近づいた。
 律ではないもう片方の人が見知らぬ人だと悟る。
 私は緊張で喉が冷たくなっていったような気がした。
「おはよ澪」
「お、おはよう……」
 いつものように挨拶を交わす。だけど今だけは人前なので、私は思ったよりも全然声が出なかった。
 元より声が出る質ではないけれど、本当にいつもよりも萎んだような声だと自分でもわかる。
 律ではないもう一人は、髪留めをした茶色っぽい髪の女の子だった。
「おはよう、秋山さん」
「あ、えっと……おはよう、ございます……」
 その人は甲高い澄んだような声で挨拶した。打って代わって私は、どうしようもないくらい小さな声で返した。
 彼女に申し訳ない気持ちになった。
 律は彼女を紹介した。
「澪、この人は平沢唯さん。私たちと同じ桜高だったらしいんだぜ」
「よろしくね秋山さん」
 知り合い、だったんだろうか。平沢さんは、何とも言えない表情で私と律を交互に見ている。
 私は黙っているのもバツが悪くなり、小さく返した。
「……はい」
 同時に、平沢さんは腕時計を見た。
「私、人を待たせてるから、行くね!」
「そうなんだ」
「それじゃあね、二人とも」
 彼女は裏を感じさせない笑顔のまま手を振って、その場を去って行った。
 私と律は並んで、その後ろ姿を廊下を曲がっていくまで見ていた。
 律はそれからふぅと息を吐いて、私を見た。
「じゃあ、私たちも行くか」
「……うん」
「どした、元気ないぞ澪」
「なんでもないよ」
 誰のせいだと思ってんだよ。


 講義室に向かって廊下を歩きながら、律に質問した。
「律は、平沢さんと高校時代から知り合いだったのか?」
「んーにゃ。さっきが初対面」
「じゃあなんで話しかけようと思ったんだ?」
「いや、向こうが話しかけてきたんだよ。バスケ部の田井中さんだよねって」
 なんで律がバスケ部だったこと知ってるんだろ。
 律ってそんな、名前も顔も知らない誰かさんに名前を覚えてもらえるぐらい有名人だったのかな。
 そりゃ結構強かった(らしい)桜高のバスケ部の部長で、顔も良くって運動神経も良くて。
 明るくて、友達簡単に作れて……相手を想いやれて優しくて。
 そんな奴が有名じゃないわけがない。
 でも私は知らなかったんだ。
 幼い頃から、とにかくずっと誰かと一緒にいることから逃げてきたから。
 話しかけてきてくれるのは嬉しかったかもしれないけど、口下手で会話は続かなくて、すぐに皆私から遠ざかっていく。
 その度に私はごめんなさいと心の中で謝ってきた。
 だから本当に周りに疎くて、世間にも疎いし学校のことにも疎かった。
「私結構有名なんだな」
 律は感心するように言った。
 私としては、私が知らなかったことを皆が知っているという状況に怯えている。
 いつもそうだ。
 私と律は、同じ時間を過ごさなかったんだ。
 ずっと同じ学校にいるのに、一緒にいたのはこの一年だけ。
 それがずっと、呪いみたいにへばり付いてるんだ。
 律が見た景色を、私は見ていない。
 だから中学や高校時代に律と一緒にいればって後悔は嫌でもついてくるんだ。
「私は、知らなかったけどな」
「澪だって高校時代もっと活動的だったら有名人になれたかもよ」
「そ、そんなの私嫌だ」
「例えば、軽音部に入って学園祭で演奏するとかさ」
「……」
 軽音部なんてあったっけ。
 私はそんなささやかな疑問からぶち当たった別の疑問を投げかけた。
「律は小さい頃からドラムやってたんだよな? だったらなんで高校で軽音部入らなかったんだよ」
 歩きながらそう問うと、律は寂しそうに笑顔をなくした。
 私は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、ちょっとだけ後悔する。
 でも律はすぐに笑った。それからまたいつものように明るい声で返す。
「そりゃ入ろうと思ったぜ。でも、部員がいなくてさ」
「なんだそれ。どういう状況だよ」
「私が入学する前の卒業生で全員だったんだ。だから四月の内に部員を私含めて四人にしなきゃいけなかったんだけど……誰も来なくて」
 入学して私は、文芸部に入った。
 律には詩を書いていたとは言ったけど、正直そんなのどうでもよかった。
 桜高はほとんどの人が部活に入っているので、むしろ部活に入っていない方が目立つ。
 私はただ単に『部活に入っている』という事実が欲しくて文芸部に入ったのだ。
 文芸部では一応詩を書いて活動していたけど、友達もいなかったし……結局普通の生活をして終わったように思う。
 でも律は私と違って、やりたい! と思ったことができなかったんだ。
 それは、経験していなくても悔しかったんだろうなあって思った。
「……結局、どうなったの?」
 わかっていたけど、私は訊いた。
「軽音部? 廃部したよ。私もう悲しくってさー……まあでも、何か部活はやりたかったからバスケ部入ったけどな」
 悲しくってさ、という言葉に悲しさはなかった。
 でも一番悲しかったのは律なんじゃないかと思う。
 もし私が幼い頃から律と一緒にいて、いろいろ話して。
 お互い音楽の趣味が通じ合っていたら、軽音部に入っただろうか。
 それはわからない。
 実際幼い頃からずっと一緒にいたわけでもないし、もし私が音楽を律と一緒にやっていたとしても、
 やはりバンドをやるのは少しばかり奥手になって軽音部に入ろうとはしないかもしれない。
 文芸部に入ろうとするかもしれないし。
 だけど結局軽音部に入ってしまうんじゃないかと思う。
 多分、どんな世界であっても……私は律といることを選ぶ。
「そっか。大変だったんだな」
「澪ともうちょっと早く会えてたら、無理やりにでも入れてたのになあ」
 律は呑気にそう言った。
 そういう発言が、いちいち私を苦しめてるんだぞ。

 もっと早く出会えてたら。
 それが、本当に悔やまれる。

「もし律と軽音部入ってたら……」
 私は息を吐いた。
「……律と軽音部入ってたら、私、どうなったんだろう」
 一緒にいられなかった過去を、『もしも』で振り返るのはとても辛い。
 でも、気になることではある。
「……澪には、ファンクラブなんかもできたかもしれないぞ」
「なんで?」
 どちらかといえば律の方にできるだろ。
「美人だしー、可愛いしー、ときどきかっこいいしー」
「お、おい、やめろって……」
 律は冗談なのか本気なのか。
 でも、なった『だろうな』である。
 私は有名人になんかなりたくない。
 静かならそれでいいのだ。
 そこに律がいたらそれで。









 二人で昼食を食べていたら、また××さんがやってきた。
「りっちゃん、どう? 返事決まった?」
 返事というのは、その律のことが好きな『理学部の子』との食事会のことだろう。
 律はまだそれに出てもいいかという誘いに乗っていない。断りもしていないし、了解もしていない状態なのだ。
 当日まであと六日。
 もしどこかで食事するとなればやっぱり予約とか諸々の準備がいるのだろう。
 誘う側としては早く返事が欲しいのか。
「いや、まだ……だけど」
 律はチラッと私を見た。
 なんだよ、とは言えない。ただ、どうして私に一瞬でも目配せしたのかがわからなかった。
 やっぱりこの話題を私の前で話すことに躊躇があるのかもしれない。
「できれば明日までに決めてね。お店の予約とかあるから」
「お、おう……じゃあ明日にでも」
「わかった。じゃあ彼女にもそう言っておくね。それじゃーね」
 ××さんはそう言って、やってきた方向へ戻って行った。
 律は私に向き直って、黙々と昼食のフレンチサラダを食べ始める。
 私はその様子をただじっと見つめて、茫然としていた。
 それに気付いた律は、苦笑いした。
「なんだよ、顔に何かついてるのか?」
「いや、なんでもない」
「……澪、最近なんでもない多くねー?」
 律は呆れたように言うと、お茶を飲んだ。
 私はそれを、自分自身でも確かに知っていた。
 律に言っちゃいけないような事や、悟られてはいけないような気持ちが増えているかもしれなかった。
 だから、そういうものが無意識に表情に出た時、私は誤魔化すために『なんでもない』と言葉にする。
 だけど、やっぱり律はそんなのお見通しかもしれないし、何度も同じこと言っていたらさすがにおかしいと思うのだろう。
「なんでもないよ」
「ほらまた言った」
「本当になんでもないから……」
「いーやなんでもなくないね。澪ちゃんの悩みはりっちゃんの悩みだぞ」
 私の気持ちなんて何にもわかってないくせに。
 だけどそうは言えなかった。
 そりゃ私は私の気持ちを律に言っていないのだから、それを律が理解していないのは当然だ。
 その子の誘いに乗っかることは別に私に何の影響もない。
 別に律は誘いに了承してもいい。
 私にメリットもデメリットも存在しないはずなのに……心はそれを拒んでること。
 なんで拒んでいるのか、わからないことも。
 律に言う必要はない。
「ほら、言ってみろ」
「本当に何でもないんだ。律に言うほどでもないし……」
「私に言うほどでもないってことは、やっぱりなにか悩んでんのかよ」
 もうやめてくれよ。
「だから言うほどでもないって言ってるだろ」
 言ったら、何かが変わってしまいそうで嫌だった。
 言えばいいのかよ。
 その子のお誘い、断ってくれって?
 そしたらどうしてって律は私に言うんだろ。
 でも、私はその「どうして」に答えられないんだ。

 『どうして』、律にその子の誘いを断ってほしいのかわからない。
 私は私が、一番分からないよ……。


「……もういいよ」
 律は不服そうに食事を再開した。
 私は律に心の中で謝りながら、箸を持った。
 それから昼食の間は、まったく喋れなかった。







 2月8日 晴れ


 澪が何かに悩んでるみたいだけど教えてくれなかった。
 そんなに私、信用ないのかな。それはちょっとショックだ。

 お食事会、どうしよう。
 あんまり乗り気じゃないけど、でも気持ちはありがたい気もするし……。
 本当は澪と一緒がいいのだけど、それも言えないし。
 悩む。また澪に意見を聞くのも、どうかと思うし。

 あー、どうしようかな。


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