並木道を、手を繋いで歩いた。
律の手は私のより小さいけれど、包み込むような暖かさがあった。
横顔も、照れくさいような嬉しそうなどっちとも取れる表情。
なんだか懐かしくて、くすぐったくて。
嬉しかった。
横顔も、照れくさいような嬉しそうなどっちとも取れる表情。
なんだか懐かしくて、くすぐったくて。
嬉しかった。
「澪」
「うん?」
「……ごめん。あと、ありがとう」
「なんなんだよ」
「その、今までの事全部謝っとこうと思って」
「うん?」
「……ごめん。あと、ありがとう」
「なんなんだよ」
「その、今までの事全部謝っとこうと思って」
律の横顔は突然真面目になった。
いっつもおちゃらけて笑ってるくせに、ふと見れば真剣な顔。
律はそうだった。そんな奴だった。
いっつもおちゃらけて笑ってるくせに、ふと見れば真剣な顔。
律はそうだった。そんな奴だった。
律のそんな顔を横で見るのは、久しぶりだった。
でも、この感覚は何度もある。
でも、この感覚は何度もある。
――いつか目にした、君の――
「二年の時、迷惑掛けてごめん」
「それはもういいよ。私も悪かったんだ」
「受験に失敗してごめん」
「……それも」
「大学辞めさせちゃってごめん」
「それは私の判断だろ」
「苦しい思いさせちゃってごめん」
「お互い様」
「それはもういいよ。私も悪かったんだ」
「受験に失敗してごめん」
「……それも」
「大学辞めさせちゃってごめん」
「それは私の判断だろ」
「苦しい思いさせちゃってごめん」
「お互い様」
歩みを進める度に零れる律の懺悔。
それを私は、何の気なしに受け止めた。
律の顔は真面目だけど、前ほどの重みは感じない。
律は自分なりに、けじめをつけようとしてるだけだと思う。
だから。
それを私は、何の気なしに受け止めた。
律の顔は真面目だけど、前ほどの重みは感じない。
律は自分なりに、けじめをつけようとしてるだけだと思う。
だから。
「でも、ありがとう」
律はこっちを向いた。
ちょっとだけ微笑んだ顔が、夕日に照らされてとても輝いていた。
ちょっとだけ微笑んだ顔が、夕日に照らされてとても輝いていた。
「律。今日から……私、またお前の家に帰るよ」
半年ほど過ごした律の家。
実際、律の家で過ごすのは八年以上だ。
だから律の家は、もう一つの私の家だ。
実際、律の家で過ごすのは八年以上だ。
だから律の家は、もう一つの私の家だ。
「快気祝いに美味しい物作るぜ」
「おい、そこまでしなくても」
「いいっていいって」
「おい、そこまでしなくても」
「いいっていいって」
律は少しの沈黙の後、空を見上げて続けた。
「正直さ、この四日間本当に辛かったんだ。
もちろん梓やムギの言うように、私たちはお互い苦しめ合ってたかもしれないよ。
澪は私を苦しめてなんかないと言い張ったって、実際苦しんでたし。
でも、それは澪の事が大好きな証拠なんだって思う。
それぐらい澪の事好きなんだ。
もちろん梓やムギの言うように、私たちはお互い苦しめ合ってたかもしれないよ。
澪は私を苦しめてなんかないと言い張ったって、実際苦しんでたし。
でも、それは澪の事が大好きな証拠なんだって思う。
それぐらい澪の事好きなんだ。
だから、一緒にいられないの嫌だったし。
でも、屋根裏を整理してて。
アルバム、見つけたんだ。
澪と私の。
アルバム、見つけたんだ。
澪と私の。
それを見てたら、よくわかんないけど、すっごい泣けて。
澪と一緒にいることがどんなに楽しかったかとか。
幸せだったことや、嬉しい気持ち。
全部溢れてきて。
澪と一緒にいることがどんなに楽しかったかとか。
幸せだったことや、嬉しい気持ち。
全部溢れてきて。
苦しいとか、辛いとか、どうでもよくなって。
今まで悩んでたこと、全部どうでもよくなって。
ホント、なに馬鹿な事にウジウジしてんだってなってさ。
写真の中の澪が語りかけてくるみたいな、暖かい気持ちになったんだ」
今まで悩んでたこと、全部どうでもよくなって。
ホント、なに馬鹿な事にウジウジしてんだってなってさ。
写真の中の澪が語りかけてくるみたいな、暖かい気持ちになったんだ」
律はずるかった。
一々私を感動させる言葉を投げかけてくる。
今の私は、律の久しぶりに会えた嬉しさで心が緩い。
簡単に涙が出てきそうなほどだった。
一々私を感動させる言葉を投げかけてくる。
今の私は、律の久しぶりに会えた嬉しさで心が緩い。
簡単に涙が出てきそうなほどだった。
でも今は堪えた。
さっきもだったけど、私は泣くと喋れない。
律と話す時間が欲しい。
さっきは私がずっと泣いてたから、そんな時間もなかった。
さっきもだったけど、私は泣くと喋れない。
律と話す時間が欲しい。
さっきは私がずっと泣いてたから、そんな時間もなかった。
それにさっきから律は語り過ぎだ。
今まで溜めこんできた想いを吐きだすように、饒舌だった。
私にも、律に伝えたいこといっぱいあるのにな。
今まで溜めこんできた想いを吐きだすように、饒舌だった。
私にも、律に伝えたいこといっぱいあるのにな。
でも。
でも、嬉しかった。
でも、嬉しかった。
「だからお礼に澪に美味しい物作るから。楽しみにしとけ」
「買い出しは?」
「うちにあるもので勘弁してくれ」
「それに美味しい物って、いつも律の料理はおいしいぞ」
「……またお前はそういう事を」
「嘘じゃない。律の料理はすっごく美味しい。そこらのレストランじゃ相手にならないよ」
「て、照れるから、やめろよな」
「買い出しは?」
「うちにあるもので勘弁してくれ」
「それに美味しい物って、いつも律の料理はおいしいぞ」
「……またお前はそういう事を」
「嘘じゃない。律の料理はすっごく美味しい。そこらのレストランじゃ相手にならないよ」
「て、照れるから、やめろよな」
赤くなって顔を逸らす律。
可愛かった。
そんな表情を、今までも何度も見てきた気がした。
可愛かった。
そんな表情を、今までも何度も見てきた気がした。
――照れてる君も――
さっきから感じるこの既視感は偶然じゃなかった。
だって、さっきからふとした瞬間に歌詞が浮かぶんだ。
過ぎったメロディが、なんだか懐かしくて。
言葉にしたいけど。
まだいいかなって思った。
だって、さっきからふとした瞬間に歌詞が浮かぶんだ。
過ぎったメロディが、なんだか懐かしくて。
言葉にしたいけど。
まだいいかなって思った。
「そんなに気合入れなくても、律の作った物ならなんでもいいよ」
「いいや、今日は豪華にしてやるからな。久しぶりに一緒にご飯食べるんだから」
「いいや、今日は豪華にしてやるからな。久しぶりに一緒にご飯食べるんだから」
そう言って拳を握りしめる律。
「ふふっ……そこまで頑張らなくてもいいのに」
でも嬉しい。
久しぶりに一緒にご飯を食べれること。
一緒に、って言葉がどんなにすごいかよくわかった。
久しぶりに一緒にご飯を食べれること。
一緒に、って言葉がどんなにすごいかよくわかった。
私は律と一緒じゃなきゃ駄目なんだなって。
一緒にいることが、幸せで仕方ないんだって知ってるから。
一緒にいることが、幸せで仕方ないんだって知ってるから。
メニューを独り言と一緒に考えている律。
私はそんな律に、切り出した。
私はそんな律に、切り出した。
「律」
「ん?」
まだまだ言いたいことはあるけど。
今はこれだけ言いたかった。
今はこれだけ言いたかった。
「ありがとう」
しばらく歩いていたら、駅が見えてきた。
並木道も終りに近づいていて、人通りも減ってきた。
その時だった。
並木道も終りに近づいていて、人通りも減ってきた。
その時だった。
少し先の駅から、誰かが出てきた。
ゆっくりな足取り。茶髪。髪留め。それでも大げさな歩き方。
ゆっくりな足取り。茶髪。髪留め。それでも大げさな歩き方。
「なあ律……もしかしてあれさ」
「――唯だ」
律の顔から笑顔は消えた。
一瞬だけ引き締まった。
一瞬だけ引き締まった。
律の悩みはほとんどなくなったかもしれない。
だって律は、私に会ってくれたんだから。
律を苦しめていたはずの私に、律は会ってくれた。
それぐらい、苦しみから逃れられたと律は言った。
だって律は、私に会ってくれたんだから。
律を苦しめていたはずの私に、律は会ってくれた。
それぐらい、苦しみから逃れられたと律は言った。
だけど、律の痛みや悩みが完全に消えたわけじゃないと思う。
それはわかってる。私にだって痛いほどわかる。
律はまだ、完全に皆の事を信じたわけじゃなかったんだ。
それはわかってる。私にだって痛いほどわかる。
律はまだ、完全に皆の事を信じたわけじゃなかったんだ。
でも――。
前方に小さく見える唯は、空を見上げて動かない。
まだこっちに気付いてない様子だった。
まだこっちに気付いてない様子だった。
「律……」
私はきゅっと強く律の手を握った。
「澪……」
律は少し驚いたような顔をして、こっちを見た。
律が唯を見て、少しだけ不安になったのかもしれない。
だからそれを取り除けないかなと、想いを手に込めていた。
律はゆっくりと微笑んで、言った。
律が唯を見て、少しだけ不安になったのかもしれない。
だからそれを取り除けないかなと、想いを手に込めていた。
律はゆっくりと微笑んで、言った。
「ありがとな……多分、今度は大丈夫。
前もこうやって澪と手を繋いでたけど、結局皆に会わなかった。
多分勇気が足りなかったし、中途半端な気持ちだったんだ。
だけど今回は……心が楽だから。
『以前の私』……澪の好きな、私の好きな『田井中律』で、話せるよきっと」
前もこうやって澪と手を繋いでたけど、結局皆に会わなかった。
多分勇気が足りなかったし、中途半端な気持ちだったんだ。
だけど今回は……心が楽だから。
『以前の私』……澪の好きな、私の好きな『田井中律』で、話せるよきっと」
私の好きな律。
それは律の好きな律だった。
それは律の好きな律だった。
「今の律なら大丈夫だよ。だって私がそう思うんだ」
「……どういうこと?」
「ずっと律を見てきたから、律の気持ちの変化もなんでもわかるんだよ」
「……どういうこと?」
「ずっと律を見てきたから、律の気持ちの変化もなんでもわかるんだよ」
ずっと律を見てたから、なんでもわかる。
今の律の心の中も、思ってることもなんとなくわかる。
今の律の心の中も、思ってることもなんとなくわかる。
今の律の心の中は、多分それとなく澄みきっていた。
さっき律は言った。
『アルバムを見て、不思議な気持ちになった』と。
さっき律は言った。
『アルバムを見て、不思議な気持ちになった』と。
私も同じだった。
律の誕生日プレゼントを買いに行くアラーム。
その音が、私に過去の『律との思い出』を振り返させた。
律と同じ、『共有する記憶』に想いを馳せたんだ。
律の誕生日プレゼントを買いに行くアラーム。
その音が、私に過去の『律との思い出』を振り返させた。
律と同じ、『共有する記憶』に想いを馳せたんだ。
だからわかる。
律ともう一度会おうと思ったきっかけは、そんな律との思い出だ。
会えない四日間から、もう一度会おうと決めるまでの苦しみが全部消えるくらい、律との思い出を振り返ることは、これ以上ないほど心を満たした。
そして、律の事が大好きな事や、一緒に笑いあっていたいと再認識した。
そんな高揚したような、嬉しい気持ちになった。
多分それと、律は同じだ。
だからそっくりそのままなんだ。
私の気持ちが、律の気持ち。
今、私の心は満たされているし、不安も痛みもそれほどない。
会えない四日間から、もう一度会おうと決めるまでの苦しみが全部消えるくらい、律との思い出を振り返ることは、これ以上ないほど心を満たした。
そして、律の事が大好きな事や、一緒に笑いあっていたいと再認識した。
そんな高揚したような、嬉しい気持ちになった。
多分それと、律は同じだ。
だからそっくりそのままなんだ。
私の気持ちが、律の気持ち。
今、私の心は満たされているし、不安も痛みもそれほどない。
私にとって、『律ともう一度一緒にいる道を選べた』事が何よりも大きいから。
律と一緒にいられない痛みが、私の中の痛みの中で一番大きかったから。
だからそれが解消されただけで、随分と心は楽になった。
それも以前のように、『一緒にいても苦しい』という矛盾した想いじゃない。
一度律と距離を置いてわかった。
『一緒にいたことは苦しい』。でも『一緒にいないのはもっともっと苦しい』。
だから。
『一緒にいることで痛みを分け合っていた』んじゃないかって。
律と一緒にいられない痛みが、私の中の痛みの中で一番大きかったから。
だからそれが解消されただけで、随分と心は楽になった。
それも以前のように、『一緒にいても苦しい』という矛盾した想いじゃない。
一度律と距離を置いてわかった。
『一緒にいたことは苦しい』。でも『一緒にいないのはもっともっと苦しい』。
だから。
『一緒にいることで痛みを分け合っていた』んじゃないかって。
今、私は律と一緒にいる。
手を繋いでいる。
隣にいる。
傍にいる。
手を繋いでいる。
隣にいる。
傍にいる。
だから律は、大丈夫なんじゃないかって思う。
唯とも、『以前の律』――つまり今の律で接することができると思うんだ。
私が言ってるんだから、間違いないと思う。
唯とも、『以前の律』――つまり今の律で接することができると思うんだ。
私が言ってるんだから、間違いないと思う。
「私が傍にいるから……唯とも、話せるよ」
「……そうだな。澪がいるもんな」
「……そうだな。澪がいるもんな」
そう言ってニッコリ笑って、律は唯の方を向いた。
唯も、こちらに気付いている様子で、ちょっとずつ歩み寄っていた。
唯も、こちらに気付いている様子で、ちょっとずつ歩み寄っていた。
唯の顔が見える距離まで来た。
律は私の右手を強く握り締めて。
私も強く握り返して。
律は私の右手を強く握り締めて。
私も強く握り返して。
受験に失敗したあの日から、律と私ははたくさん苦しんだ。
これから先、私たちが苦しいと思う事がまったくないとは言い切れない。
これから先、私たちが苦しいと思う事がまったくないとは言い切れない。
だけど私は、笑顔を取り戻しつつある律を支えようと思う。
頼りになるけど、実は細い律の背中をずっと支えていようと思う。
そして、ずっと一緒にいるんだ。
律と一緒に。
頼りになるけど、実は細い律の背中をずっと支えていようと思う。
そして、ずっと一緒にいるんだ。
律と一緒に。
■
唯と話した後、私はムギにメールを送った。
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唯と話した後、私は梓にメールを送った。