玄関の戸は鍵が掛かっていない、どうやらどちらかが既に帰宅しているようだ。
戸を開けて履き物を脱ぎつつ、揃えられた一足の靴を確認する。これは、ルリのもの。
視線を巡らせて部屋の中を見ると、こちらに背を向け炬燵に入る小さな後ろ姿が目に入った。

足に冷え切った短い廊下を進んで居間へと向かう。
そして彼女に近づき、帰宅した旨を伝えようとするが寸でのところで思い留まる。
ルリは目を瞑り、不定期に首を上下させている。睡眠中。

「…………」

少し思案したのち、あの時とった行動と同じ様にルリに背中側からそっと羽織らせる。
こちらの方が用途に適している為、今回は、毛布。
しかし最大限注意したつもりだったが、その行動により発生した僅かな衝撃に拠ってルリを覚醒させてしまった。

「…ぅ~ん……あ、帰ってたんですか……お帰りなさい」
彼女は目を擦りつつ言う。
そして背中に掛けられたものに気が付き、此方を見て短くだが柔らかく微笑んだ。
「いつのまにか寝てしまいましたね……これに入っていると……どうしても…」
ルリは言い切る前に手で口を押さえ、抑えた欠伸をする。
見る間にルリの両の目尻には大粒の涙が溜まる。
単なる生理現象によって分泌されたものだと理解しているが、
何とはなく炬燵の上に置いてあったティッシュ箱を取ると、ルリの目を拭いてやる。

「…ありがとうございます、何だか今日は優しいですね」
「そう……?」
優しい……のだろうか、ただ状況に応じて動いただけ……。

「あ、座る前に着替えちゃって下さいね、制服、皺になりますから」
その言葉に一つ頷く。
最近は帰宅時にこのやりとりが習慣化している。


ルリに言われた通り、立ち上がるとクローゼットのある部屋へと移動する。
人が居なかった所為か先程の部屋より幾分か気温が低い。
制服の上下を脱ぎ、部屋着へと着替える。できるだけ体温を失わぬ為手早く済ませた。
そこへ音も無くルリが現れ、脱ぎ捨ててあった制服をハンガーに掛け、クローゼットに仕舞う。
これも習慣化している。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

このやりとりは彼女達と暮らし始めてからルリに言われ、学習した。
自然とできるようになるまで苦労したが。

ルリは返事をしたのち窓に近づいて外を眺める。視線の角度からいって、暗くなった空を観ているようだ。
暫く観ていた後、何を思ったか彼女は少し背伸びをしつつ窓に向かって吐息をかけ始めた。
吐息の中に含まれる水蒸気が温度の低いガラスにぶつかり、結露となって薄く白く表面を曇らせる。
手のひら大に曇りが拡がるとルリは息を吐くのを止め、今度は指をガラスに直線的に走らせている。
そして此方を見ずに、指を動かしつつ語り掛けてくる。

「……もうすぐ…姉さんの季節ですね」
「……何?」
意味を判じかね、彼女の顔を見つめる。

「ほら……」
ルリは窓ガラスを指し示す。
そこには少し簡略化して描かれた六角の幾何学模様が夜空に浮かんでいた。


(……ユキ)


声には出さず、口の動きだけでルリは私の名を呼ぶ。そして照れ隠しをするかの様にはにかみ笑う。
そんな彼女を見ていると何故か私の頬も緩んでいた。





| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー