邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ 追悼戦、相対、閃光の騎士

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「……なんだぁ!?」

ブラックハウンドのパイロットは、驚愕の声をあげる。
輸送機の加速用のブースターと、操舵室を破壊して、墜落するまでの間に取りつき、ブツをつかんで運び出すつもりでいた。
しかし、輸送機の格納庫が突然開き、凄まじい速さで「何か」が飛び出してきたのだ。
無論、「何か」を駆るのはシズハである事を知る由もない。

「……っぐ、ぅ、ううう…!」

一方、シズハは機体の加速に身体を押しつぶされそうになっていた。
本来ならば専用の耐衝撃スーツと、機体に供えられた耐G軽減システムを起動してようやく操れる機体なのだ。
それを生身のままで、最初からアフターバーナーを全開にして出撃したのだから無理もない。
眼玉が飛び出てもおかしくないような圧力の中、シズハは慌ててシステムの起動ボタンを押した。

「……敵はっ…!?」

操縦桿を握りしめ、機首を上げて敵影を探す。
敵は高性能ステルス機、レーダーは頼れない。
だけど、このワイバーンなら――――。

機体に取り付けられたカメラが複数のウィンドウをディスプレイに映し、その中からブラックハウンドの姿を発見する。
この機体は元々の開発経緯故に、レーダーに頼らない空戦を最初から考慮されている。
しかし、こういう機能が存在するのは、資料で読んだブラックハウンドも確か同じ筈……。

「ずいぶんと華奢な戦闘機だなぁ!」
「……来た!」

ブラックハウンドはほぼ同時にワイバーンを捕らえ、回り込むように接近してくる。
戦闘機型のワイバーンでは最高速度は勝るが、機動力では勝ち目が無い。
隊長に言われた通り、逃げに徹するのが最善策である。
だが。

「……申し訳ありません、隊長」

眼下に沈みゆく輸送機の影が、シズハには愚策を選択させる。
だいいち、この機体が敵の眼に触れた以上、口止めせざるを得ないではないか。
敵は高性能ステルス機。
最初から逐次通信を行って、本国へ映像を転送しているような事が有ってはその意味が無い。
元々の目的が偵察ではなく、鹵獲ならばなおさらだ。

この場であの機体を沈めておけば、任務は成功する。

「……っくおおおお!!」

重たい操縦桿を全力で引き起こし、ブラックハウンドの軌跡を追うように円周軌道を取る。
丁度大極図のように、二つの飛行機雲がSの字を描く。
敵はロボット型、飛行しながら機銃の向きを自在に変えられる。
普通に考えればドッグファイトではこちらが不利だ。

「だったら、眼にもの見せて上げようじゃないか」

カメラが一度捕らえたハウンドの姿を、先ほどから逐次、目線を移動するように追い続けている。
シズハは操縦桿の頂点にあるボタンに親指をかけ、立て続けに4回叩く。

「……ミサイルだと?」

ハウンドのパイロットは鼻で笑うとともに、怪訝な表情になる。
レーダーにも温度センサにも映らないはずのこちらに、ホーミングミサイルとは。

「なにっ!?」

しかし、ミサイルはそれぞれ小さなブースターを展開し、稲妻のように軌道を変えながらハウンドへ接近する。
明らかにハウンドの姿が捕らえられている。

「……有視界ホーミング弾か!」

有視界ホーミング機能。
弾頭そのものにCPUと多数のカメラを設け、一度確認した敵影をカメラで追いながら軌道修正してくるミサイル。
日本の作ったデジタルカメラの、なんとかフォーカスだか言う機能が基になっているとか……。
つくづく、あの国は娯楽のためにしょうもない物を生み出すものだ。

「費用の割に効果が薄いってんで、まともに開発している国は無いという話だったが……」

ハウンドの携行武器をガトリングに持ち替え、ミサイルのが正面から追って来るように軌道を変えて、後ろ向きに飛び続ける。
自在に狙いと軌道を変えられるロボットタイプには、こういった事情からミサイル兵器がさほど有効ではない。
ハウンドもまた教本通りに、あっさりとガトリングの弾幕でミサイルを撃ち落としていく。

その横っ面を叩くように、ワイバーンが機首を向けて機銃を放つ。

「これで、挟みうちの形に……!」
「そう簡単に行くか、餓鬼め!」

ハウンドはくるりと身をひるがえすと、型に備え付けられたシールドで機銃を受ける。

「……機銃が利かないの!?」

シズハが面食らうまもなく、ハウンドはまっすぐ接近し、既に眼と鼻の先に居る。

「戦闘機とな、人型兵器の戦い方を間違えるなよ。……無傷で鹵獲が理想だったんだがな」

ハウンドは手に持ったガトリングを、まるで棍棒のようにワイバーンに振り下ろす。
ガツン、と交通事故のような音と共に、ちょうど首の付け根を叩かれたワイバーンは、あっさりと機体をお辞儀させて失速した。

「うっ……!」

衝撃をもろに食らったコックピットの中では、シズハが蒼い顔で身体をシートベルトに食い込ませる。
ぼたぼたぼたっ、と、計器の上に鼻血が飛んだ。
縦に横にと、重力的に無理のある軌道の連続。
もしかしたら内蔵が破れていても不思議ではない。

眼前に、夕日を映す水面が迫る。
輸送機はとっくの昔に、この赤い鏡の中に沈んで行った。

「………隊長っ……」

下がりっぱなしの高度計を視界の端に収めながら、衝撃でディスプレイに張り付いたスピカ勲章を剥がし、それごと操縦桿を乱暴につかむ。
アクアウィッチ。
かつてワイズマンを助けてくれた天使が、はたして自分にも微笑んでくれるのだろうか。

「……蒼の竜は、堕ちない」

今から機首を上げるのは、たぶん無理だ。
水面がみるみる近づいて、移りこむ自分の機影が大きくなっていく。
背後をハウンドが追ってくる。
おそらくこのまま掴まれて、コックピットをこじ開ける算段か。

「……」

迷う暇は無い。
シズハは受け取った鍵を、中央にある鍵穴に差し込み、捻った。

がくん、とシートが一瞬浮く感覚。
操縦桿が折れ、ボードの中におさまって収納される。
代わりに自分の両側から、横向きの形で二対の操縦桿が展開する。

「……なんだ?戦闘機の装甲が折れているのか……?」

ハウンドのパイロットは、ワイバーンを追いながらその異変を察知する。
ワイバーンの機首が外れたかと思うと、主翼がWを象るように折り畳まれ、エンジン部ががしゃり、とせり出し、真下を向いてジェットを噴射する。
尾翼がまるでスカートのようにその下半身を覆い、次いで胴体から腕が現れた。

「……まさか、変形しているのか!?」

コックピットが胴体に収納され、機首のついていた位置から頭が飛び出す。
猫の子が着地するように四肢をしならせ、ワイバーンは全ノズルを下方に展開し、一度大きなジェット噴射で水面を吹き飛ばす。
瞬間、ハウンドの視界が水しぶきに遮られる。
宙に浮いた機首をまるで杖のように持って、水面を滑るようにして真横へ逃れるワイバーン。

「可変型……上層部の懸念は本当だったってことか!」

変貌したワイバーンの姿は、ハウンドに比べると華奢な人型を形どる。
取り外された機首を杖のように持ち、折り畳んだ羽を纏ったその姿は、ローブを羽織った魔女を彷彿とさせる。
飛沫を巻き上げながら飛び立つその姿は、大戦に参加した者たちにはまさしく、その場面の再現に見えたかもしれない。


「隊長……これが、これが……隊長の観た景色ですか」


コックピット内で、焦燥した姿のシズハは、一瞬、不覚にも夕日の明るさに心奪われた。
人の姿となったワイバーンの肩には、スピカ勲章と同じ、ブラスベルを持った天使が描かれている。




茜色に染まる水平線の彼方に、ベルの音が鳴り響いた気がした。