「み、澪センパイっ!」
廊下で呼ばれたその声でふり返る。
「…ん?」
見知らぬ女の子が、リボンのついた可愛い袋を握り締めている。
意を決した様に一歩前に踏み出した。
意を決した様に一歩前に踏み出した。
「あ、あのこここれっ!」
「……あ、ああ」
「……あ、ああ」
これは……。
最近増えている。
何回か目になると流石にこういう事に疎い私でもわかる様になった。
最近増えている。
何回か目になると流石にこういう事に疎い私でもわかる様になった。
硬く目をつぶり突き出された紙袋。
耳まで真っ赤に染まってる。
ああ、……袋を持ってる手が震えてる。
耳まで真っ赤に染まってる。
ああ、……袋を持ってる手が震えてる。
こっちまで緊張する。
こういうの見ると。
こういうの見ると。
「お口に合うかわからないんですけど……!!り、律先輩に渡してもらっても…良いですかっ!!」
「…あ、ありが………………え?」
「…あ、ありが………………え?」
……え?
今。
何て言った?この子。
何て言った?この子。
「ゴメンなさい!あの、律先輩、最近全然捕まらなくて……3日前、律先輩に作って、流石にもう律先輩に渡さないと賞味期限が…」
「あ、…………ああ…」
「あ、…………ああ…」
律、律、律。
これだけ連呼されたら流石にようやく理解出来た。
仲の良い親友の私に渡してと。
大好きな『律先輩』にと。
大好きな『律先輩』にと。
…そういう、事、か。
ろくに返事も出来なかった。
パクパク口を開けてうなづいてとりあえず袋を受け取った。
嬉しそうに何度も何度もお辞儀するその子の姿を見送る。
パクパク口を開けてうなづいてとりあえず袋を受け取った。
嬉しそうに何度も何度もお辞儀するその子の姿を見送る。
……へたり。
その子の姿が見えなくなった途端力が抜けて座り込んだ。
その子の姿が見えなくなった途端力が抜けて座り込んだ。
うわあああ。何だこれ何だこれ何だこれ。
顔に血がのぼる。
動機が一気に加速する。
あの子……
り、律の事……好きなのか…っ!?
動機が一気に加速する。
あの子……
り、律の事……好きなのか…っ!?
態度、見りゃ分かる。
ただのミーハー気分で渡すだけならあんなに震えたりしない。
声だって…、裏返ってた。
ただのミーハー気分で渡すだけならあんなに震えたりしない。
声だって…、裏返ってた。
訳のわからない感情で息苦しくなる。
握りしめた紙袋がくしゃりと音を立てる。
慌てて持つ手をほどいた。
いかん。これは律に渡さなきゃ。
慌てて持つ手をほどいた。
いかん。これは律に渡さなきゃ。
律に。
…律に…?
…私が…?
きっとあいつはヘラリと笑って私の前で食べるんだ。
『モテる女は辛いな~』
とか、言いながら。
『モテる女は辛いな~』
とか、言いながら。
我ながら、自分の想像がリアル過ぎて嫌になる。
私はあいつにどんな顔して渡せば良いんだ?
私はあいつにどんな顔して渡せば良いんだ?
帰りのチャイムが、夕暮れの校舎に響く。
参った。
会いたいのに、会いたく無い。
会いたいのに、会いたく無い。
影の伸びる夕方5時。
私の足は亀よりも遅く部室に向かっていた。
私の足は亀よりも遅く部室に向かっていた。
部室。
ドアの前に立つ。
みんなの笑い声が聞こえた。
みんなの笑い声が聞こえた。
……律のノーテンキな声も、薄いドアを通して聞こえる。
『でもさー、憧れない?放課後、裏庭で♪みたいな』
『えー。なんだよ、その漫画みたいなの』
『ぶー、じゃありっちゃんはどんな告白のシチュエーションがお望みなのー』
『えー。なんだよ、その漫画みたいなの』
『ぶー、じゃありっちゃんはどんな告白のシチュエーションがお望みなのー』
ギクリとした。
思わずドアを開ける手が止まった。
思わずドアを開ける手が止まった。
……なんだ、このシチュエーション。
『私かー。どうだろうなぁ、わかんないけど……、なんつーか、好きってのが伝わればどんなんでも…』
『ほうほう』
『ほうほう』
聞き耳を立てるつもりじゃ無くとも、会話は耳に入ってくる。
ドアノブにかかったままぴくりとも動かない手は、じっとりと汗ばんできた。
ドアノブにかかったままぴくりとも動かない手は、じっとりと汗ばんできた。
『不器用でもカッコ悪くても何でも、好きってのを伝えてくれるのは嬉しいかな。ほら、告白って勇気のいる事だろうし』
『…り、律先輩がオトナです…』
『…り、りっちゃん!何、イイとこ持ってってんのーー!何、恋の伝道師気取っちゃてんのーー!!ずるいーー』
『べっ、別にそんなんじゃ…っ!!』
『…り、律先輩がオトナです…』
『…り、りっちゃん!何、イイとこ持ってってんのーー!何、恋の伝道師気取っちゃてんのーー!!ずるいーー』
『べっ、別にそんなんじゃ…っ!!』
騒ぐ部室の声が、喧騒が、一瞬遠くなる。
『不器用でも』
律は今、そう言った。
律は今、そう言った。
さっき。
ここに来る前、強く握ってしまった紙袋の中身が心配になり袋を少し開けて確認したのだ。
ここに来る前、強く握ってしまった紙袋の中身が心配になり袋を少し開けて確認したのだ。
中から出てきたのは、お世辞にも上手とは言えない不格好なクッキー。
形は崩れてはいなかった。
形は崩れてはいなかった。
ああ、この子は本当に好きなんだな。律の事。
私でもそう思った。
私でもそう思った。
不器用な頑張りは人の心を動かす。
「……反則だよ…ずるいっつーの……」
渡したくない。
律に、これを渡したくない。
律に、これを渡したくない。
一瞬でも、そう思ってしまった。
「………澪ちゃん?」
はっとして、振り返る。
ムギが、小首をかしげながらこちらに来た。
ムギが、小首をかしげながらこちらに来た。
「どうしたの、入らないの?」
ああ、まずい。
何というか今、人に見せれる顔じゃあ無い気がするんだ。
何というか今、人に見せれる顔じゃあ無い気がするんだ。
「……み、おちゃん…?」
感情の高ぶりと自己嫌悪。
それがぐちゃぐちゃになって、こみ上げて来た。
それがぐちゃぐちゃになって、こみ上げて来た。
「………え?」
ムギの肩に私の頭を預けた。
「……最悪だ…。私…」
手にした紙袋。
また力が入ってしまった。
また力が入ってしまった。
今度は多分割れてしまったかもしれない。