とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第十戦-1

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ryuichi

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 何もない空間だった。
 病室のような白い壁。
 照明器具もないのに、自ら僅かに発光して周囲を照らす高い天井。
 それから、同じく病院にありがちな丸椅子が一脚、部屋のこちら側にポツンと置かれている。
 そして――それだけだった。
「………………」
 垣根帝督はそうしてこの奇妙な空間を一通り見回してから、取りあえずの疑問を抱く。
 ここはどこか、と。
 それと同時に、ならば今まで自分はどこにいたのか、という疑問にもぶち当たる。
 あの学園都市第一位、『一方通行』。
 アレと戦い、そして敗北した。
 それが垣根の最後の記憶だ。
 黒翼の攻撃によって全身を切り刻まれ、十数発目の攻撃で記憶まで寸断され……それからはずっと視界も利かない真っ黒い海のようなところを漂っていたような気がする。その時間は、永遠に思えるほど長いようでも、一瞬に思えるほど短いようでもあった。
 そしてただつらつらと考え事をしていると、唐突に黒い海が消え、代わりに白い病室が現れた。
 ――記憶を遡ったものの、まるでヒントは見当たらない。
(この空間のことは保留するなら、次におかしなのは身体か。俺は確かに一方通行によって全身滅多切りにされた筈。『ピンセット』が右手ごと持ってかれたのは覚えてる、まず右手はないと考えて間違いねぇ)
 しかし実際に右の拳を開閉すると、そこには確かに感覚がある。
(学園都市の技術による再生? いや、そんなもんじゃねぇな、これは。というか、この感じはどこかで……あぁ、何だそうか)
 一つ得心がいったとばかりに溜め息を吐く垣根。
(空気中に『停滞回線』が存在しねぇ。そんな状況が有り得たのは、三沢塾ビルと…………自分の脳内だけだ)
 自分が夢を見ているのに気づいた瞬間に感じるのにも似た、はっとするような感覚を得て、垣根のすべき事は決まった。
(ここが俺の部屋(脳内)なら、俺を訪ねてきたゲストを招いてやらねぇとな)
 思い、垣根は用意された丸椅子に腰掛けた。

「初めましてだね、垣根帝督」

 目前に何かが居た。


 光り輝くような金髪。
 すらりと伸びた長身。
 ゆったりとした白い装束。
 正確な性別は分からないが、少なくとも外観の見た目だけなら女性的に見える。
 ひどく表情が曖昧で、まるで喜怒哀楽の全てを内包しているよう。
 それでいて人の持つ感情とは明らかに異質なものを根幹に秘めた、極めてフラットな顔つきをしている。

 ついさっきまでは影も形もなかった筈のそれは、垣根が座っているのと同様の、やはり存在しなかった筈の白い丸椅子に腰掛けていた。
 丁度部屋のこちら側と向こう側で、顔を突き合わせる格好になる。
「ようこそ本日のゲストさんってか。んで、テメェは一体誰…………いや、『何』だ?」
「ほう、鋭いな。因みに君の意見を聞かせてくれないか?」
「礼儀のなってねぇ訪問者だな。だが……」
 一瞬考え込むような仕草をして、
「そうか……へぇ」
 垣根はすぐに頭を上げた。
「早いな、答えが出たか」
「あぁ、名前通りのトンデモファンタジー生物じゃなくて拍子抜けだ――『ドラゴン』」
 狭い空間内に声が反響し、やがて小さく消えていく。
 それほどの間を置いてから、パチパチパチ、と気のない拍手が起こった。
「御名答。まさかノーヒントで正解とはな。『ドラゴン』が示す物に何か当たりでも付けていたのか? あぁ、それと『ドラゴン』はあくまでコード。間違いではないがな。私のことは、良ければ『エイワス』と呼んでくれたまえ」
「エイワス……」
「しかし、成る程。こういう登場の仕方もあったわけか。状況が状況だけに出来なかったが、一方通行だったらどうだったかな。一発で私の正体を看破できただろうか」
「……どうしてそこであの野郎の名前が出る」
 途端に低い声で問い詰める垣根に、エイワスは調子を変えずに答える。
「さっき会ってきたのだよ、彼と。どうにも私と会いたがっていたようだったからね。探していただけとも言えるが」
「サービス精神旺盛なヤツだ」
「その精神でここにも来たつもりだが?」
「…………」
 言葉を返さない垣根に対して、エイワスは床を蹴って丸椅子を時計回りにゆっくり回しながら悠々と語る。
「ちなみに言うと、私は一方通行とちょっと手合わせをしてきたのだよ。半分成り行き、半分故意に。なかなか面白い展開になったのだが、残念ながら、と言うべきか、彼は私を倒せなかった。そして、彼は彼の目的のために学園都市を離れた。つまり、今現時点で、学園都市最強の名を冠する者は垣根帝督、君に他ならないのだよ。おめでとう。どうだ、学園都市第一位となった感想は?」
 一周して戻ってきたエイワスが、垣根の顔を見据えて言う。
「……それがどうした。一位の野郎がどこへトンズラここうが興味ねぇよ。それ以前に、その一位に勝った野郎に『あなたは最強です』と言われて『どうも恐縮です』と返すと思ったかクソ野郎」
「そう息巻くなよ。それがどうした、興味がない――か。その通りではあろうが、しかしこれは君の持っていなかった情報だ。君が一方通行に負けてからの、君が外界から隔絶されてからの情報。そしてまた、君が万全であれ、君個人では決して獲得出来なかったであろう情報でもある」
「何が言いたい」
「答え合わせだよ。或いは君から見れば辻褄合わせでしかないかもしれないが。君の世界にこれまで何が起こってきたのか……順を追って話していこうということだ」
「何だそりゃ、まるで物語のエピローグみてぇな口振りだなぁオイ」
 鼻で笑う垣根に、
「その通りだよ垣根帝督。君のストーリーはとっくのとうに終了している。だからこそ、私がやってきた。お疲れ様、お開きの時間だ」
 エイワスはさも当然とばかりに返答する。


「………………」
「? どうぞ、自由に質問したまえよ」
 黙り込む垣根に、小首を傾げて問うエイワス。
(……こいつの意図が分からねぇ。こいつの言葉が真実だったとして、こいつに何のメリットが………………だが、他人の脳味噌に介入してくるようなやつだ、あながち大言壮語でもねぇだろ)
 そう結論付けると、垣根はエイワスの視線を真っ向から見返す。
「……まずは、テメェが何なのかを教えろ」
「ふむ、不確かな情報源からの情報は信用できないと。しかし、私とて発話して解説する以外に私という存在をexa解ppp……説明することは出来んぞ? それにそれでさえ一方通行との会話ではなかなか上手い具合には……」
「御託はいい。俺にとって有用な情報を話せ」
エイワスの言葉を遮る垣根。その顔には、傍若無人なかつての面影が戻っていた。
「調子を取り戻した、か。いいだろう。まずは存在についてだな。君の気づいたとおり、私は人間ではない。私は学園都市に住む能力者達の生み出すAIM拡散力場とミサカネットワークを媒体として存在している。アレイスターの超能力開発の目的の一つは私を…………あー、『現出』させることでもあった。そして、実体を持たないが故、AIM拡散力場を媒体としているが故、こうして君の脳内に現れることもできる」
「幻想御手、0930……いくつか似たような話があったな」
 垣根は突飛な話にも慌てる素振りなくついていく。
「よく調べている、勤勉だな。次は……私の立ち位置か。簡潔に述べると、そうだな。第一に、私はアレイスター側の、学園都市最深部の存在――正確には違うが、まぁいいだろう――つまりは君の敵にあたる存在だ。第二に、私という存在はアレイスター・クロウリーにとって非常に重要な存在だ。アレイスターの『プラン』にとっての核と言っていい。アレイスターと直接交渉をしたい君にとっては、私を生iv捕縛ch……ちっ、面倒だな。まぁつまりは君が起こした反逆行動のゴールにいたであろう存在ということだよ。一方で、第三に、私が一方通行や君の前に現れ、こうしてつらつらと物事を語るのは、単に私の興味でしかない。私がここにいることに、アレイスターの意志は関係ない」
 右手の指を順番に立てながら、エイワスは説明していった。
「協力関係って感じか」
「私は別段、アレイスターの目的に積極的に協力したい訳ではないがね。アレイスターの本当の目的を教えて欲しいかい?」
「必要ねぇな。どこにそんな発言を挟む文脈があった?」
「だろうな」
「次の問いだ」
 完全に自分のペースを取り戻したのか、会話の主導権を握った垣根は間髪入れずに次の話題に移る。
「垣根姫垣は今どうなってる?」
「そう来ると思っていたよ。むしろ真っ先に聞かなかった方が不思議なくらいだ」
「俺の話を聞いていたか? 質問への回答以外で口を開くな」
「彼女の状態は変わらない、君が又聞いていたまま。今も眠り続けているよ、君の知らぬどこかでね」
「…………、」
 再度、俯いて黙ってしまう垣根。
「質問は終わりか? まだまだあるはずだろう」
 そこへ、垣根の忠告にひるまないエイワスが逆に問うてきた。
「例えばそう……どうして君が、君の妹がこれほどの悪夢を体験することとなったのか」
「…………おい、それはどういうことだ」
 垣根が籠もった声を出した。
 エイワスのその言葉だけで、およそエイワスの言おうとしていることを推測出来てしまったのだ。
「まさか、今までのことは全部テメェらのやらかした茶番だとでも言うつもりか!?」
 憤慨する垣根に、エイワスはなおも口調を変えずに、しかしどこかそのフラットな表情に「楽」の色を強めつつ、ゆっくりと答えた。
「言っただろう。答え合わせ、そして辻褄合わせだと」


「とは言え、何も能力からして仕組まれていたわけではないよ。君たち兄妹はそれぞれ素質を持っていた。『超能力者』と『原石』としてのな。『超能力』と『原石』というのは単なる分類であって、実質にそれほどの違いはないがな……むしろ、君の能力は『原石』に――正確には垣根姫垣の能力により近い。それもあって、君は垣根姫垣の能力を除去出来たのだろう。無論、それでも一能力者の手際とは思えないほどの所業なのだがな、『原石』能力の除去というのは」
 相変わらず話の本筋に関わりのなさそうなことを述べるエイワス。
 しかし、垣根はそれを止めない。いや、止めるだけの余裕がないのだ。
「君たちは紆余曲折を経てこの学園都市に来た。ふむ、ここが第一の答え合わせか。君たちは『置き去り』としてこの学園に来た。『そういうことになっている』」
「……、」
 ピクリ、と垣根の眉が震えた。
「実際はこちらから招いたのだよ。と、言っても君たちの両親に『置き去り』という裏技がある、と教えただけに過ぎない。最終的な意志決定は君たちの両親による」
「……あぁそうかよ。良かったぜ、『実は両親は子供たちを愛していたのでした』みたいな安い設定のホームドラマを聞かなくて済みそうだ」
「それもそれで面白かったとは思うがな。しかし、重要なのはそこではない」
「『どうしてテメェらは俺たち兄妹をピンポイントで学園都市に引き込んだのか』」
「その通りだ。そして答えは簡単。君たちに『超能力者(レベル5)』と『原石』の素養があることが分かったのだよ。なんとも、学園都市側からすれば、研究材料のバーゲンセールだ」
 あっさりと、エイワスはこれまでの垣根の考えを覆すようなことを言った。
「おい待て! 俺が『超能力者(レベル5)』だと分かった!? 学園都市に入る前に!? それに『原石』の能力も……」
「『素養格付』。君のたどり着けなかった学園都市攻略のピースの一つだ。一つ秘密を暴露してしまえば、超能力の素質というのは、能力開発をする前に既に分かっているものなのだよ。もっとも、その検査は本来は学園都市に入ってきた後に行われるのだがな。君の場合これが事前に行われた。君の妹が『原石』であったためにね」
「答えになってねぇぞ!」
「簡単なことだ。超能力は学園都市で脳をいじればすぐに開発できるのに対し、『原石』は『採掘』する必要がある。それでいて、なかなか興味深い能力を持っていることが多い。当時はまだまだ上位の能力者が少なかったのもあって、『採掘』が盛んだった。それに君の妹は引っかかったのだよ。そして、まぁ人間というのは血の繋がりにジンクスを感じているからな、『原石』の兄である君もついでに一連の検査を受け……『超能力者(レベル5)』だと判明したのだよ」
「姫垣の方がメインだったってのか……! いや、そりゃおかしいぞオイ。だったらどうして木原幻生が手を出したあの時まで姫垣は放っておかれた?」
「やはり鋭いな。話が早い。まぁ、一つには単に君の存在が大きすぎたというのがある。言っただろう、『原石採掘』は上位レベルの個体を確保できない間のお遊び。本命が見つかったのだから、遊びに費やす時間は無駄なだけだ。実際、『超能力者(レベル5)』が足りてきてからは、学園都市は積極的な採掘を止めてしまった。だが、」
「だが、その理由はそれ程重要ではない、かよ」
 苛立った表情で、垣根がエイワスの言葉を先回りする。
「ふふん、その通りだ。成る程、話の先読みに関しては君は一方通行よりも優秀だな」
「流されるがままの受け身系人間と一緒にすんじゃねぇよ」
「受け身系、ね……。さて、それでは二つ目の理由を話そうか。それはアレイスター自身、垣根姫垣が『原石』であることを学園都市の研究者たちに隠していたからだ。隠し、来るべき時のために未開発のままで保存しておいた――いや、おこうとした。結局、あの木原幻生に気付かれてしまったことでその計画は瓦解、その上君によって『原石』能力自体が失われてしまった。アレイスターにとっては踏んだり蹴ったりだったろうな。君はアレイスターの『プラン』を一つ挫いたのだよ、なかなか痛快ではないか?」
「…………………」


 垣根が沈黙した。だがその沈黙は驚愕からではない。何かを黙考しているがために沈黙だ。
「どうした? さっきのように、先を催促しないのか」
「……相槌が欲しいなら素直にそう言えよ、寂しん坊かテメェは。『問題はその計画だ』、だろ」
「そうだ。では本題を告げよう。君に、君たちにとって不幸だったのは、まさにその計画。それは、一方通行を天ang神av上reeereに上ga格evvvelllleさせること…………締まらんな、まぁいいだろう。必要のない情報は話さない約束であったしな。要するに、君の一方通行との戦いは予定されていた。アレイスターとの直接交渉権、ピンセット……どれもこちらで用意した餌だ。君の敗北は予定されていた。木原幻生との一戦で君の力は予想を超えて伸びたが、それを含めてさえ、君に一方通行を越えることは出来ないと算出されていた。その後、君についてのあらゆる研究ノウハウを駆使して、『未元物質』に非常に近い次元の能力を持った『原石』垣根姫垣を素体として、第二の『未元物質』を作ることが――『第二未元物質(ダブルセカンド)計画』が予定されていた。『暗闇の五月計画』は知っているのだろう?その『一方通行』を『未元物質』に置き換えて、更に発展、特化したものだと思えばいい。そして――『第二未元物質(ダブルセカンド)』も、垣根姫垣もまた一方通行と戦い、敗れ、一方通行の成長のための贄となることが予定されていた」
 正確にはそれさえもアレイスターの計画の一部であり、更に上位には『上条当麻』という無能力者の存在があるのだが、ここでそれを言っても大した意味を持たないだろう。
 上条当麻については話さないままに、一拍置いて、エイワスは全てを総括する文言を口にする。
「君たち兄妹の生はただひたすら一方通行のために、そしてアレイスター・クロウリーのためにのみあったのだよ」
 真っ白い小さな部屋の中に、エイワスの言葉が響く。それは先程自身の放った受け身系という言葉と合わさって垣根に突き刺さる。
 垣根帝督の行動は、全てアレイスターが操る糸によって『動かされていた』だけに過ぎなかった。
 受け身なのは、自分も変わらない。
「………………だが」
 長い沈黙の後に、垣根が口を開いた。
「だがそれでも、ヒメはもうその計画からは除外されている。アレイスターの手の下からは離れている。そうだな?」
 話の根幹はそこではなかった。垣根にとってもっとも衝撃的な事実はそれではなかった。そうである筈なのに、垣根は過去を一切無視して現在のことを問うた。
 その真意にエイワスは気づきつつも、平然と答えを返す。
「あぁ、垣根姫垣も『原石』能力を失った今となっては単なる無能力者と変わりはない。わざわざ学園都市に刃向かったり、『超能力者(レベル5)』と1対1の勝負を申し込んで正面突破でもしない限りは、危険人物として学園都市から認識されることはないだろうね」
「なら十分だ」
 垣根は、きっぱりとそう言い切った。
「姫垣が学園都市の都合で弄ばれる要因はもう存在しない。だったら問題はねぇ。テメェが俺の脳内に来てるってことは、俺はまだ生きてるってことだ。ちょいとおはようの挨拶がてら、アレイスターの顔面ぶん殴って姫垣の居場所と治療方法を聞き出せばいい。やることは何も変わらねぇよ」
「そう言ってくれると、思っていたよ」
 一層表情に「楽」の色を濃くして、エイワスは丸椅子から降りた。そして部屋の壁際へ寄ると、そこをコンコン、と軽くノックした。途端に、その場所に40インチのテレビ程の大きさのスクリーンが現れる。
 そこに映し出されているのは――
「これが今の君の姿だ、垣根帝督」


 ぱっと見た印象で言えば、そこは物置だった。しかしより細かいところへ目を向けると、それは間違った認識であるとわかるだろう。
 まず目を引くのは部屋の中央にある三つの容器。それぞれにネバネバした液体と、そして『人間の脳味噌の断片』が入っていた。丁度、三つが合わさって一人の人間の脳ほどの大きさになるだろう。
 続いて、その三つの容器とチューブで繋がれているのは、いくつかの巨大な直方体の機材。まるで冷蔵庫のようなそれらの装置は、常時家電にありがちなブォーンよいう低い音を響かせている。
 そして、それらの容器や機材は最終的にある一つのものに接続されている。液体で満たされた円筒形の容器内に浮かぶそれこそが、垣根帝督の……否、かつて垣根帝督の肉体だったものの残骸。四肢はなく、頭も『ある』とは言いがたい。むしろ、ただの肉塊であった方がよっぽどましであっただろうグロテスクな何か。
 今の垣根帝督の姿は、と問えばこう答えるしかないだろう。
 ――この部屋全体が垣根帝督だ、と。

「どうする? 君は切り分けられた脳と申し訳程度の肉片になり、交渉材料も全て失った。垣根帝督、それでも君は垣根姫垣を救うためにもう一度同じことが出来るのか?」
 表情にははっきりと出ないものの、まるで垣根の反応を楽しむようにその顔を下からのぞき込む動作をするエイワス。
 ここが、限界。
 今まで何とか踏みとどまっていたようだが、垣根の感情はここで暴走する。垣根が一方通行にしたように、そして一方通行もまたエイワスにしたように、がむしゃらに攻撃をしてくる。エイワスはそう踏んでいた。
 だが。
「当たり前だろうが」
 垣根帝督は、なおも毅然とした態度で答えた。
「ほう?」
 予想外、といった調子の声を出すエイワス。おそらくここでの会話において初めての反応だ。
「具体的な方法を聞かせてもらいたいな」
「簡単な話だろうが。自由に動く身体も、交渉材料も……『今まさに俺の目の前にあるぞ?』」
「…………」
 エイワスは言葉を返せない。それは、人間らしく表現するなら――絶句した、というのが正しいのだろう。
「テメェの身体を乗っ取る……いや、意識をか? まぁ細かいことは乗っ取ってから調整すればいいだろう。兎に角テメェのコントロールを奪い、それ自体を交渉材料にしてアレイスターとの直接交渉に臨めば、豪華なディナー付きでゆっくり語り合えるんじゃねぇか?」
「……面白い。実に面白いことを考えるな、君は。確かに、君は一方通行とは違うのかもしれない」
「気づくのが遅いな。まぁ俺もテメェがその程度のドッキリしか用意してなかったとは気づかなかったがな。どうした話したがり。もうネタ切れか?」
「……私を乗っ取るというのは不可能ではないだろうな。君はAIM拡散力場への干渉にも長けているようだし、何よりその能力があれば『そういう物質』も作れるかもしれない。私の本質はどうあれ、私の構成要素自体は『この世界のモノ』に過ぎないからな」
「決まりだな。その身体、その立場、使わせてもらう。『利用できるものは、利用し尽くす』、それが俺と『あの野郎』のスタンスだ」
 言い、垣根もまた丸椅子から立ち上がると、一歩前へ出る。
「やれやれ、エピローグだと言ったのにな。ふふん、だがこれは良い方向に予想外だ。どの道君とは手合わせするつもりではあったが――君に戦う意志があるのならばその方が楽しめる」
 エイワスもまた、一歩前に出る。
 そして、裸足の足で床をなぞる。
 途端に、グォン! という不快な音が鳴り響き、まず白い部屋の四方の壁と天井が消失した。
 だだっ広い空き地のようになったその空間に、今度は『床からビルが生えた』。
 それは植物の成長の記録映像を早回しで流すVTRのように、ぐんぐんと上方へ向かって伸びていく。
 やがて垣根の脳内(そこ)に形作られたのは、学園都市の一区画。


「懐かしいだろう。君が一方通行と戦い、そして敗れた場所だ」
「ご丁寧にどうも」
 言うと同時に、垣根はその背に三対六枚の羽根を出現させる。
「だが、今回負けるのはテメェの方だ」
 その言葉を合図に、学園都市第二位『未元物質』垣根帝督と、学園都市最重要機密『ドラゴン』エイワスとの戦いが始まった。

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