とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

その1

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だれでも歓迎! 編集
『とある上嬢の貞操騒動』



 休日の繁華街は、夕刻になっても多くの人でごった返していた。
 日差しが西の町並みにかかり、空がにわかに幻想的な色を示し始めるそんな時刻、繁華街を一人の少女――上嬢当子が歩いていた。
 今の服装は、白のオフタートルのセーターに、ジーンズとスニーカーという格好。
 カジュアルな中に、女性らしさがプラスされて、その美少女然とした容姿と相まってすれ違う人々の視線を釘付けにする。
 しかし本人は、そんな周りの様子は何処吹く風で、彼女にしては珍しく軽快に人込を避けながらすたすたと歩いてゆく。
 この繁華街に来た時は神裂と一緒だったのだが、彼女とは先程分かれたばかりだ。
 一緒に歩いていた時は、美女&美少女と言う取り合わせはよほど人目を引いたのだろう。
 最終的には芸能人張りの騒ぎにまで発展してしまい、2人はやむなく目的地まで人の少ない裏通りを歩かざるをえなかったのだ。
(やっぱ神裂は目立つよなぁー。美人だし、それにあのエロい格好だし)
 神裂とは別の意味で、自分も十分人目を引くのだが、やはり本人は全く気付いていない。
 そんな上嬢と神裂は、少し前まで、上嬢の住む寮で食事会などと言う不思議な会合をしていた。
 事の発端は、早朝に偶然神裂とであった事がきっかけだった。
 そこで、常日頃から神裂とインデックスを会わせたいと考えていた上嬢は、神裂を自宅での朝食に誘ったのだ。
 そして初めてその申し出に神裂が答えて、今回の食事会が実現した。
 最初は朝食だけと言う約束だったのだが、食後にゲームやら雑談やらしているうちに、あっと言う間に昼になってしまい、そのまま昼食もと言う話になり、昼食も3人で食べたのだ。
(それにしても神裂のヤツ、すげー嬉しそうだったなぁー。きっとインデックスに会えて嬉しかったんだろうな)
 大成功に気を良くしてちょっと思い出し笑いなどする。
 すると周りで見とれた人が、次々ぶつかったり躓いたりしてプチ災害が発生するが、やはり当の本人は全く気が付いてはいない。
「あっ! そう言えばさっきのアレってどーなってんだぁ?」
 急にショーウィンドウの前で立ち止まると、セーターの襟をぐいと引っ張り、鏡のようになっている箇所に自分の首元を映す。
「チクッてして……あっちゃー、赤くなってるよ」
 鏡の向こうの上嬢の右鎖骨の辺りに虫刺されに似た赤い痕が付いている。
 指で擦ってみたが肌が赤くなるだけだったので、すぐに擦るのを止めるとまた歩き出す。
「なぁ~にが「インデックスの真似をしてみたのですが何か問題でもありますか?」だぁ~」
 眉間に皺を寄せて、先程言われた言葉を反芻する。
「神裂ってあんなヤツだったかー? あの茶目っ気がどっから来るのか聞いてみたいもんだ、マジで」
 どうやら、鎖骨の赤い痕は神裂がつけたらしい。
 と言うか別れ際に無理矢理ハグして、露になっていた上嬢の右の鎖骨にキスマークを付けたのだ――これは明らかに確信犯である。
 もちろん鈍感少女上嬢は神裂の行為を、本人の言ったとおり『インデックスの真似』と信じ込んだらしい。
 因みに『インデックスの真似』と言う言葉の意味、上嬢は『カミツキ』と受け取ったが、実は、本人は気が付いていないが、左の首筋には昨夜インデックスが付けた同様の痕があるのだ。
 つまり、これは一つの『宣戦布告』である。ここで誰が誰にとはあえて語る必要は無いと思う。
「お! 美味そうなケーキ♪ あ! こっちはプリン♪ ふふ、折角だからインデックスに何か買って帰るか」
 自分が争いの火種を抱えている事を知らない彼女は、先程のささやかな悩みも忘れて、ショーウィンドウ越しに見えるお菓子と、それをおいしそうに食べるインデックスの姿に思いをはせながら寮に向かって歩くのだった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「は、離れなさい黒子っ! そんなにまとわり付いたら歩けないでしょ!」
「いやーん、お姉様ぁ。折角のデートですもの、黒子は一分一秒たりともお姉様から離れたくありませんですわ」
 繁華街の喧騒に負けず劣らずやかましくも堂々といちゃつくカップルが二人。
 共に休日にもかかわらずきちっと制服を着込んでいる辺り、学校の厳しさが解ろうと言うものだろう。
 それもそのはず、ベージュのブレザーの胸に見えるワッペンは、かの名門お嬢様学校である常盤台中学のものである。
 学園都市と言う場所柄からか学生も多く、皆がその2人に向けるまなざしも羨望の色が濃い。
 それ以外にも、髪の短い方のちょっとラフな物言いや、ツインテールの妖しげな物言い、そして熱烈なスキンシップ――ツインテールの女の子が一方的にまとわり付いているのだが――に奇異の目を向ける人も少なくは無いのだが。
 特に奇異の視線にいたたまれなくなったか、髪の短い方――御坂美琴は腕やら腰やらに絡みつく黒子と呼ばれたツインテールの少女を引き剥がそうと、本気でグイグイと押す。
 すると、押された方――白井黒子は離れまいと更にその手に力を込める。
「ぐぬぬぬ――しつこい黒子ぉ! アンタいい加減にしなさいよぉー」
 顔など押すものだから、可愛い白井の顔が壮絶に歪んでいるのだが、本人むしろ楽しそうだ。
「うひゅひゅ――ひわでふわ、おねぇひゃま♪」
 流石に相手の口に親指を引っ掛けるのは如何なものかと思うが、お互い気にしてい無い様子で、相変わらず取っ組み合っている。
 それにしても、このような状況でも、誰にもぶつからずに着実に移動しているのがすごい。
 ま、流石に前方からけたたましく人が近づいてくれば、気付いた方は危険を感じて避けてくれるのだから、お互いぶつかるはずも無い。
 そんな事をしながらでも、美琴のアンテナは的確にある人物を捉える。
「あっ、おーい!!」
 周りの通行人が振り返るような大声で、手を振って呼びかけるが相手の反応は無し。
「おーい!!!! おいってばぁーー!!!!」
 美琴はさらに大声を上げるが、相手は目の前を通り過ぎて行ってしまう。
「っのぉー!! 何でいっつもいっつも無視するのよア・イ・ツはぁぁぁあああ!!」
 お決まりのスルーに早速ブチ切れる美琴。前髪からバチバチと放電が始まる。
「や、余所見は御止しになってくださいな、お姉様ぁ~ん♪」
「わひゃ!?」
 目尻はつりあがり、輝きがひときわ大きくなる――と、瞬間に白井が背後からむんずと美琴の胸を鷲掴みにした。
 美琴の頭の上で「パチン」と乾いた音がして電気のきらめきも消え去る。
「な、何すんのよ黒子っ!」
 極悪な笑みを浮かべる白井と、これ以上胸を揉まれまいと隠しながら距離を取って対峙する美琴。
「うふふ。黒子と一緒に居るのをお忘れになっては困りますわ、お姉様」
 さらに白井が両手をわきわきと動かす。

 美琴は顔を真っ赤にしながらも、白井の行動に目を光らせる。
 何しろ相手はレベル4の空間移動能力者なのだ。目を放した隙に何処に飛ぶか解らない。
 いや、本人が飛ぶならまだしも、彼女は人でも物でも自在に瞬間移動できる。
(さっきは胸を揉まれただけで済んだけど、次は――ま、ままま、まさか!? い、いや黒子なら有り得る)
 何を予感したのか、やるしかないと美琴が覚悟を決めようとした時、白井が邪悪な笑みを引っ込めると肩の力を抜く。
 次に、ふっとため息をついて髪をかき上げる。
「少しは落ち着きになられましたか?」
 白井の言葉に唖然とする美琴。
「な? それじゃアンタ私を落ち着かせようと――」
「ま、実益も兼ねておりましたけれど」
「やっぱりかい!」
 「はぁぁぁ……」と盛大にため息をついて、美琴はすっかり白井のペースに巻き込まれている自分に少々呆れてしまう。
 そんな美琴の方を向いて、白井は口元で両手の合わせて指を組む。
「まったく、黒子がここに居りますのに他の方にご執心とはさびしいですわ」
「ア、アアア、アンタ、まだそんな事言って――」
「ま、あの方が相手では黒子に勝ち目はありませんですわね」
「だ、だから何でそうなるのよ!」
 次々と図星を指されてうろたえる美琴を見て、白井は満足そうに頷くと、今度はくるっと背を向けて、お尻の辺りで先程と同じように両手の合わせて指を組んだ。
「うふふ。それにしても、お言葉ながら申し上げますけれどお姉様」
「な、なによ?」
 白井の呼びかけに、今度は何を言うのかと美琴は身構える。
「そろそろ、あの方をお名前で呼んて差し上げたら如何ですか?」
「!!!!」
 最大級の爆弾を投下されて真っ赤になり言葉も出ない美琴。
 結果は見えているとばかりに白井は美琴の方を振り返ろうともしない。
 そして何事も無かったように、何時もの調子で喋りだす。
「折角自分のお気持ちを自覚なさったのですから少しは素直になりませんと――黒子が先に頂く事になりますよ?」
 美琴に見えない位置でにっこりと笑った次の瞬間、白井は美琴の目の前から消えた。
「あ、黒子、あんにゃろー好き勝手言いやがって……まさか!?」
 美琴はハッとするとある方向を向いた。
 そこには既に遠くに離れてしまって見えないが、先程美琴が声を掛けた人物――上嬢当子が歩いている筈である。
「こぉんのぉー!!」
 美琴は気合の掛け声と共のにその方向へ走り出していった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「おふっ!?」
 上嬢は、急に背中に重みがかかって前に2、3歩よろめく。
 その後、ぎゅっと首に何かが巻きついてきて一瞬息が詰まる。
「上嬢さぁぁ~ん♪」
「し、白井ぃ!? おま、ど、何処から?」
 突然の出来事にうろたえる上嬢に対して、背中から抱き付いた白井は、首に絡めた両手にぐっと力を込めると上嬢の体を引き寄せて、うなじの辺りに顔を埋める。
「うふふ。上嬢さんの御髪(おぐし)はいつもいい香りがしますわぁ」
「うはは、くすぐったい! や、やめ、しらっ! やめろって!!」
 上嬢は、首に掛かる白井の手を外そうとするが、首筋にかかる白井の息がくすぐったくて力が入らない。
 そのうち、上嬢はあまりのくすぐったさに体が丸まってきてしまうと、白井をおんぶするような格好になり、上嬢より背の低い白井の脚は宙に浮きぶらぶら揺れる。
 白井のお世辞にも長いとは言えない制服のスカートがめくれて、相当あられもない姿を晒す事になるのだが、欲望の虜と化した白井にはそんな事は全然気にならない様子だ。
「止めろだなんて酷ですわ。ンンー、この香、ホント癖になりそうですわぁ」
「んぐぐ……苦しいし……くすぐったい……ひゃわ!?」
 上嬢は、首は絞まるわくすぐったいわで、次第に力が入らなくなり、終いに悲鳴を上げてしゃがみこんでしまった。
 そんなチャンスを逃がす白井ではない。
「うふふ、地に足が着けばこちらのものですわね。今度はこちらの具合を――」
 上嬢がしゃがんだお陰で地に足が着いた白井は、次の標的『胸』に手を出そうと首の拘束を解くと、息も絶え絶えの上嬢の胸に手を伸ばそうとした。
 白井の、蕩け切った笑みと、わきわきと動く指がこれから何が行われるかを如実に表していた。
 その魔の手を止めるものは皆無――と思われたその時、上嬢に救世主が現われた!
「ハイ! そこまでぇー!!」
「うわっ!?」
「はぶっ!?」
 美琴だ。彼女は、2人の間に割って入って、早速引き離しに掛かる。
 上嬢はセーターの首元を前に引っぱられ、白井は顔面をがっっと捕まれて突き飛ばされて――
「うぁた、たた!?」
「痛っ! あんまりですわ、お姉様ぁ~ん」
 上嬢は、美琴に襟を捕まれたまま地面に両手両膝を付いて四つん這いに、白井は地面に尻餅をつく羽目になった。
「アンタが悪いんでしょ! 天下の往来で……ハ、ハレンチな事してくれちゃってぇええ!!」
 絶叫を上げる美琴の顔は真っ赤である。
 まるで自分が白井からセクハラされた時――いや、その時以上に真っ赤な顔をして白井を睨みつける。
「嫌ですわぁー、お姉様、やきもちなどお焼きになられて。お姉様にはちゃーんと、あ・と・で、同じ事をして差し上げる予定でしたのに」
 ほほほと、口元に手を当てて楽しそうに笑う白井。
 対する美琴は、白井に軽くあしらわれて更にヒートアップした。
「ぁぁぁぁあああ、アンタ、人聞きの悪い事言ってんのよ!! だ、だだ、誰が、コイツにやきもちなんか!!」

 すっかり忘れ去られた「コイツ」こと上嬢。
 襟首など捕まれているものだから、立ち上がることが出来ないで居る。
「おーい、御坂ぁー」
「大体アンタの頭の中はそればっかりなの? 少しは女子中学生らしい事考えられないの?」
 呼びかけるが返事は無い。
「御坂美琴さーん、って、もしもーし」
「言動から服装からエロエロエロエロって――アンタはさかりの付いた男子学生かなんかか!」
(うわー、マジでシカトって辛い――御坂が怒るのも解る気がしますですよ。)
 ひとしきり過去の過ちを反省するが、このままでは襟が伸びてしまうので気を取り直して再度呼びかける。
「美琴様、美琴お姉様ぁ~♪」
「な、何よ!? ぅぅうう、煩いわねっ!」
「お? やっとこっち向いてくれた」
 やっと心が通じたと喜ぶ上嬢。
 対する美琴は、普段ありえないような呼び方で上嬢から名前を呼ばれたので、ドキドキしてしまう。
「襟、襟放してくれ」
 四つん這いで手が使えない上嬢は体をゆすってアピールする。
 遠くで白井が「め、女豹のポーズ!? い、いやらしい腰使いですわぁ……」と小さく呟くが2人には聞こえない。
 それより美琴が掴んだ襟が伸びて、美琴からだと上嬢の右肩が露になっている。
「あ、あ、ご、ごめん、今放……す……」
 突然美琴が電池でも切れたかのように言葉を発しなくなる。
 襟は今だ放されず、その手が小刻みに震える。
「どうした御坂?」
「…………」
 異変を察した上嬢は声を掛けるが返事は無い。
「でゅおぇ!? み、御坂さん?」
 再度声を掛けようとした所で、上嬢は物凄い勢いで引き起こされた。
 気が付くと鼻先も触れんような位置に美琴の顔がある。
「み、みみみ、御坂さん? あああ、あんまり顔が近いと、流石の上嬢さんもドキドキしてしまいますが」
 顔を真っ赤にして体を硬くする上嬢。
「アンタ……これ……何?」
 対する美琴の声は何処までも冷たく平坦で、その台詞と相まってまるで浮気の証拠を見つけた妻のようだ。
「へ?」
 間の抜けた上嬢の返事に、美琴の目尻が釣りあがる。
「この『キスマーク』は何って聞いてるのよぉぉぉおおお!!!!」
「ひぎぇ!? あ、危ねぇ!!」
 美琴が急に大声を上げると共に体から静電気と呼ぶには、目に見えて物騒な光が飛ぶ。
 上嬢は、至近距離で飛び交う電撃に生命の危機を感じて、咄嗟に右手で美琴の腕を掴んで電撃を中和する。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「へ? ええええええーーーー!!」
 白井は美琴の言葉に驚きの叫びを上げる。
 まさかと思ったのだ。
 確かに上嬢の周りには何かと異性の影がちらつく。
 しかし、上嬢は奥手な上に朴念仁と称されるほどの恋愛不感症。
 そんな彼女を恋人にするには相当強引に行かねばならない。
 そして、そんな事が出来る異性の存在を白井は知らない。
 ただ最近、美琴が何やら上嬢への感情を自覚し始めたのは知っていたが、そちらは問題無しとして放置してある。
 むしろ双方気が熟した所を美味しくぺろりと頂こうかと思っていたくらいだ。
 それくらい余裕だったのに――
(嘘ですわ嘘ですわ。何処の馬の骨とも知らない殿方ごときに上嬢さんを落とせる訳がございませですの)
 例え美琴の言葉といえど、自分の目で確認するまでは信じない。
 そう考えた白井は、その悪夢をぶち殺す為に、立ち上がるのも忘れて上嬢のもとに向かおうとする。
 四つん這いで這いずる姿は、その悲壮感の漂う顔と相まって鬼気迫る勢いだ。
 そして背後から、上嬢の露になった右の肩甲骨の辺りを見て愕然とする。
「本当に……本当に上嬢さんに『キスマーク』がありますですの」
 確かに、そこには「これは俺のモノだ!」と言わんばかりに、堂々としたキスマークが残されていた。
 事実を確認してがっくりと肩を落とす白井。
「その驚きようは――黒子は犯人じゃないって事ね」
 美琴は、白井の沈み様を見て、彼女は犯人では無いと断定して白井に向けていた目を再び上嬢に戻す。
 白井ものそのそと、上嬢の背中から前に回りこむ。
 いつの間にか2人とも涙目である。
「あ、あの、どうしたんでせうか?」
 上嬢は、美琴を掴んでいた右手を放すと、そんな2人から距離を取る。
 何だかこれ以上この2人の前に居てはいけないと、本能的な何かが知らせてくる。
「「で、この『キスマーク』は、だ・れ・に、付けられた(んです)の?」」
「ひ、ひぇぇぇーーー!」
 上嬢は、後退って更に距離を取ろうとするが、それを見咎めた美琴から電撃が飛ぶ。
「うわっ!」
 それを必死に右手で受ける上嬢。
「何で逃げんのよ」
「い、いやぁ……急に用事を思い出しましてですね」
「きっとやましい事がある証拠ですわ。大体、お姉様とわたくしを置いて用事などと――はっ!? まさかこれから逢引に……きゃーーっ!!」
 白井お得意の一人漫才が始まり場が一瞬白ける。
 ここぞとばかりに上嬢は、2人から不貞(?)の汚名を返上しようと動き出した。
「お、おいちょっと待てってお前ら。何興奮してんだ? 上嬢さんにも解る様に説明しろ! 大体、『キスマーク』って何の話だ?」
 すると美琴は上嬢の右肩辺りを指差し――
「とぼけて逃げようっての? アンタの肩に付いてるそれよ!」
 と語気も荒く言い捨てる。
 すると白井も――
「そうですわ。そんな、そんな、ポチっと赤く。あぁーーーーっ。いや、いや、いやらしいですのぉぉぉおおお!!!」
 と、額に手をあてくるくる回ったり、かと思うと口元に両拳をあてて腰をくねくねしたりと、はなはだ気持ち悪い動きをする。
 2人の指摘の意味がやっぱり判らない上嬢はキョトンとする。
(「キスマーク」だぁ? そんなもんこの私に肩に付いてる訳な――)
 頭の中で否定しようとしたが、急にある事を思い出して言葉が出なくなったしまう。
 瞳は大きく見開かれ、顔は瞬く間に赤くなりこのままだと頭から湯気でも出そうな感じになった。
 無意識のうちに左手が例の部分を覆うようにあてがわれる。

「あ、赤くなりましたわ。キーっ! 羨ま……いえ、悔しいですわ!」
(何ですの? 何なんですの? わたくしも上嬢さんにあんな顔させてみたいですの!)
「あ? これ? これはだなー、そのー、あのー……」
 白井の叫びに我に返り、言葉をつむごうにも何も出て来ない。
 上嬢は、「あはは」と無意味に笑って見せるが頬が若干引き攣っている。
「ア、ア、ア……アンタぁぁぁあああ!!」
「ひぇ!」
 地の底から響いてくるかのような美琴の声にびびる上嬢。
 今の上嬢ヴィジョンには、2人の背後にどす黒いオーラのようなものが見える――気がした。
 この2人に捕まったらどうなるか――上嬢には想像できない。いや想像したくもない。
 しかも美琴だけならまだしも、白井が居てはおいそれとは逃げられるはずも無い。
 上嬢は、無い頭をフル回転させて言い訳を考えるが、テンパった頭では妙案など浮かぶはずも無い。
 仕方なく犯人伏字で本当のことを話すことにした上嬢は腹をくくる。
「お、おい、ちょっと待ってくださいよ。こいつは女につけられたんだぞ! オ・ン・ナ! な、同性だぞ! 上嬢さんにやましい事なんかぜっんぜ……ん……?」
 上嬢の言葉が再び止まる。
 それは、目の前の2人が凍り付いてしまったからだ。
 上嬢にはまたしても良く解らないが、2人ともすっかり毒気が抜かれて「女……相手は女……」とぶつぶつ呟いている。
「おーい、美琴、白井ぃー」
 目の前でひょいひょいと手を振ってみるが反応無し。
(こ、これは上嬢さんに神様が与えてくださったビッグチャンスじゃないでしょうかしら)
「じゃ、御坂、白井。私帰るから」
 小さな声でその事を告げると、1歩、2歩、3歩と後を振り返りながら距離を取る。
 そして裏路地の入り口までたどり着くと、一目散に駆け出していった。
 後には上嬢が逃げ去った事も気付かないほど動揺している2人が取り残された。
(相手は女ですって……!? ふ、ふざけんじゃないわよぉ……で、でも、上嬢の相手が同性だったのは良かったかな。もしかしたら私にもチャンスがあるかも……って、何で私が受身なわけ? あんにゃろ、この美琴様を差し置いて何処のどいつと――)
 美琴が拳を握り締めると、前髪にバチッ、バチッと電気が踊る。
 かたや白井の方はと言うと――
(さ、流石高校生は進んでいますわね。わたくしとした事が迂闊でしたわ。ここは一つお姉様を落とす前に上嬢さんを……ふふふ、そうなれば上嬢さんを使ってお姉様を落とすことも容易いですわ。そうしたらお2人にあんなことやこんな事をぉぉぉ――)
 ピンク色の妄想が爆発する白井だった。
 そんな白井がいち早く我に返り上嬢にアタックを掛けようとするが――
「か、上じょ――あ、あれ? 上嬢さんがいらっしゃいませんわ!」
「え? ア、アア、アイツは!?」
 白井の叫びに我に返った美琴と2人で辺りをきょろきょろするが既に姿は無い。
「「逃げられた!?」」
 美琴はぎりりっと綺麗な歯を鳴らしてまだ人の波が途切れない商店街を見渡す。
 その時、ふと裏路地の入り口が目に止まった。
「黒子」
「解っておりますわ、お姉様」
 同じ事を考えていたのだろう黒子も頷くと、2人は裏路地に向かって走った。
「「捕まえて絶対に相手を聞き出す(しますわ)!!」」
( (そしてその後に自分を選ばせる!!))
 平和な商店街で、今壮絶な追いかけっこが始まった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「はぁ、はぁ……こ、ここまで来れば大丈夫か? そ、それにしても毎度毎度、不幸だぁー……」
 先程入った裏路地から大分離れた別の裏路地で、上嬢は走るのを止めてがっくりと肩を落として脱力する。
「しっかし女同士でキスしたとかされたとか騒ぎやがって――最近の女子中学生はそんなに溜まってるんですかねぇー」
 先程のやり取りを思い出して愚痴を零す。
 結局上嬢には、何故、彼女達が突然に怒り出したのか理解できていない様子だ。
 確かに、彼女達から非常に好かれている自覚が無いのだから、愛情の裏返しから来る怒りの爆発など気が付くはずも無い。
 ただ、上嬢の意識の中に『自分が同性にも愛される』と言う発想が無かった点を責めるのは些か酷であろう。
 彼女としては、恋愛対象はあくまで異性である。
 恋愛感情に疎くて、フラグは立てられても全く回収出来ない彼女でも、最後はきっと白馬の王子様が自分を迎えに来てくれると信じているだ。
 決して、ポスト妹の純白シスターとか、凄腕ウエスタン剣士の聖女様とか、超電磁砲少女とか、神出鬼没のツインテールとか、他にも居るのだが、同性をそれと意識した事は無い。
 だから、抱きつかれようと、キスされようと、全身まさぐられ様と、押し倒されようと、危機感を感じないのだ。
 兎に角、今は怒れる美琴と白井から逃げる事が重要な上嬢は、息を整えると再び裏路地を歩き出した。
 これだけ逃げても、まだ追っ手が気になるのだろうか? しきりに後ろばかりを気にして振り返る姿は、小動物のようで保護欲をかき立てられる。
 それにしても、これだけ注意を払っていても何かが起こるのが彼女の真骨頂と言えよう。
 上嬢は、ふいに横手から現われた一団に気付かずその中の1人とぶつかってしまった。
「うは!?」
「あ」
 上嬢が背を丸めて歩いていたので、上嬢の頭が丁度相手の胸の辺りに当たる。
(声の感じと、当った感触は明らかに女性、しかもこの声は確か――)
「あなたの方から腕の中に飛び込んでくるなんて運命を感じます、とミサカ一〇〇三二号は幸せを噛み締めながらあなたをギュッと抱きしめます」
 目の前に輝くオープンハートのネックレスを見て、自分を抱きとめたのが御坂妹だと気付く。
「うぶぶ……こ、こら御坂妹……やめろって」
 上嬢は上目遣いに顔を見ようとしたが、御坂妹に頬擦りされてしまう。
「何故、そういう役回りは一〇〇三二号にだけ回ってくるのでしょうか? とミサカ一三五七七号は一〇〇三二号へ羨望のまなざしと共に問いかけます」
 2人の隣から、御坂妹と同じ顔、同じ格好の女の子――ミサカ一三五七七号が、やはり御坂妹と同じ声で、しかしほんの少しだけ羨ましそうなニュアンスを乗せて言葉を発する。
「これは運命です、とミサカ一〇〇三二号は力強く断言します!! ただ、他のミサカ達の気持ちも理解しています、とミサカ一〇〇三二号は理解力のある所を示します。なので、手放すのは名残惜しいですが一三五七七号に上嬢さんを貸して上げます、とミサカ一〇〇三二号は身を引き裂かれる思いで上嬢さんを手放します。そして、思いやりのあるミサカも如何ですか? とミサカ一〇〇三二号は心の広い所を積極的にアピールします」
 それに答えるように御坂妹が、まくし立てるように喋る。

 そこには上嬢へのアピールも含まれていたのだけれども、当の本人は「え? 何?」とか言いながら御坂妹に変わって、今度はミサカ一三五七七号に抱きしめられる。
「うわぁぁぁ! な、何なんだこの状況は!? か、上嬢さんは抱き枕になった気分!?」
 ぎゅっと後から抱きしめられてジタバタする上嬢を抱えるミサカ一三五七七号。
「そういう涙ぐましい努力の積み重ねが実を結ぶのですね、とミサカ一三五七七号は上嬢さんの抱き心地に満足しながらも、一〇〇三二号の行動力に賞賛の言葉を述べます。しかし、残念ながら今回は実を結びませんでしたね、お疲れ様でした、とミサカ一三五七七号は夢見心地ながらも、一〇〇三二号にねぎらいの言葉を述べます」
「やはりあなたは何処まで行ってもあなたなのですねこの朴念仁、とミサカ一〇〇三二号は複雑な胸の内を隠して可愛さ余って憎さ百倍とばかりにあなたを糾弾します」
 御坂妹は、前髪の辺りにピシピシっと火花を走らせながら、ビシッと上嬢の鼻先に右の人差し指を突きつける。
「ひぇ!? 何ですか? 何なんですか? 何を怒ってらっしゃるんですかぁー!?」
 上嬢は、突きつけられた指と、御坂妹の顔を忙しく交互に見る。
 するとそこにもう一人、御坂妹と同じ顔をした女の子が顔を出す。
 その両手には、どこのブランドとも知れない紙袋とミサカ達愛用の学生鞄が握られていて、それをことさら強調するように持ち上げてみせる。
「ミサカの出番は荷物持ちだけで終わりですか? とミサカ一〇〇三九号は己に降りかかる不幸を全身でアピールします」
 ミサカ一〇〇三九号の言葉を聴いた御坂妹は、電撃を引っ込めて顔だけミサカ一〇〇三九号の方に向ける。
「それはじゃんけんに負けた一〇〇三九号が悪いのでしょう、とミサカ一〇〇三二号は一〇〇三九号の運の悪さを冷静に指摘します。ただ、そのままでは少し可愛そうですね、とミサカ一〇〇三二号は一〇〇三九号の流れるような動作で荷物を取り上げます」
「それでは上嬢さんをどうぞ、とミサカ一三五七七号は一〇〇三二号の指示に従い上嬢さんを一〇〇三九号の方に突き飛ばします」
「うわっ!?」
 言葉通り上嬢の体がミサカ一〇〇三九号の胸の中に突き飛ばされる。
「それでは行きます、とミサカ一三五七七号はこれも一〇〇三二号の指示通りに、一〇〇三九号ごと上嬢さんを優しく抱きしめます。そして、これで一〇〇三九号も幸せになりましたか? とミサカ一三五七七号は少し恥ずかしいのを我慢しながら問いかけます」
 すると、それに答えるようにミサカ一〇〇三九号もミサカ一三五七七号の背中に腕を回す。
「幸せ……ですが何だか変な気分です、とミサカ一〇〇三九号は説明の付かない気恥ずかしさを隠すように上嬢さんの肩に顔を埋めながら答えます」
 ミサカ一〇〇三九号は言葉通りに恥ずかしいからなのか、それとも上嬢の肩に顔を埋めているせいなのか、小声でもそもそと喋る。
 上嬢は肩に掛かるミサカ一〇〇三九号の息遣いがくすぐったいのだろう。喋るたびに「ひゃふ! やめれミサカ」とか言いながら2人の間でもぞもぞしている。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 暫くはじゃれあう3人を黙って眺めていた御坂妹だったが、急に紙袋を地面に置くとその一つの中からリボンの付いた黒いケースを取り出す。
 すると、それに気が付いたミサカ一三五七七号が御坂妹に声をかける。
「それは例のアレですね、とミサカ一三五七七号は期待を込めて一〇〇三二号を見つめます」
「そうです。例のアレですよ、とミサカ一〇〇三二号は返事します。そして、ミサカは上嬢さんに用があります、とミサカ一〇〇三二号は上嬢さんに呼びかけます」
「え? 何だ御坂妹?」
 ミサカ一〇〇三九号とミサカ一三五七七号が拘束を少し緩めたので、2人の間で身を捩って御坂妹の方を向く。
「どうぞこれを手にとって開けてください、とミサカ一〇〇三二号は手に持った箱をあなたに手渡します」
「え? 何これ」
「何も怖いものはありませんからどうぞ開けてください、とミサカ一三五七七号はあなたに箱を開ける事を促します」
 と、右からミサカ一三五七七号。
「早く早く、とミサカ一〇〇三九号は気持ちを抑えきれずにあなたに箱を開ける事を催促します」
 と、左から内容の割りにちっともわくわく感が伝わってこないミサカ一〇〇三九号。
「あ、あぁ……」
 何となく釈然としないながらも、リボンを解いて箱を開ける。
 すると中から――
「おおー、チョーカーじゃん」
 確かに箱の中にはゴールドの編込みチョーカーが入っていた。
「私ってこういうのしないから良く解らないけど、いいんじゃねーのこれ?」
 御坂妹に笑顔を向ける。
「そう言っていただけると嬉しいです、とミサカ一〇〇三二号は好感触に自信を感じながら感謝の言葉を述べます」
 と、御坂妹は軽く会釈する。
「気に入っていただけたようなので早速着けてみましょう、とミサカ一〇〇三二号はあなたの手からその箱を受け取ります。そして、きっと似合いますよ、とミサカ一〇〇三二号は手に取ったチョーカーを恭しく両手に持ちます」
「え?」
 そう言うと御坂妹は、唖然とする上嬢の手から箱を受け取ると、中からチョーカーと、一緒に入っていた鍵のようなパーツを手に取ると、箱はまた袋の中に、パーツはスカートのポケットに仕舞う。
 そして、チョーカーだけ両手に持つと、上嬢の方に向き直る。
「さ、着けてあげますから顎を少し上げてください、とミサカ一〇〇三二号ははやる気持ちを抑えながらあなたに準備を促します」
「え? わ、私になの? 何で? お前らからこれ貰う理由が解らねーよ」
「予想通りの反応ですね、とミサカ一〇〇三二号はあなたの反応は織り込み済みだったことを告白します。では準備をしてください、とミサカ一〇〇三二号は予定通り作戦開始を宣言します」
 すると、御坂妹の言葉を合図に、上嬢の左右から手が伸びて来て、顎の下に手を差し込むと、くいっと上を向けられる。
 そこに御坂妹が近づくと、さっと上嬢の首にチョーカーを巻き付けると、金具を止めてしまう。
「さ、付け心地は如何ですか? 苦しくありませんか? 、とミサカ一〇〇三二号は優しく状態を確認します」
「ちょっとまだ馴れねーけど、苦しくは……無い、かな?」
 首を前後左右に動かして調子を見るが、特に問題ないようだ。
 改めて見ると、上嬢の肌や黒髪にぴったりマッチしている。
「やっぱりこれを買って正解でした、とミサカ一〇〇三二号は目利きの良さを自画自賛します」
「これは妹達(シスターズ)全員で検討した結果ではありませんかこの抜け駆け野郎、とミサカ一三五七七号は一〇〇三二号の発言に訂正を求めます」
 じっと無表情に御坂妹の方を見る。対する御坂妹もミサカ一三五七七号をじっと見つめる。
「お、同じ顔で喧嘩とかやめよーな。上嬢さん間に挟まれてるのも忘れないでぇー」
 悲鳴を上げる上嬢。

「そんな事より現時点での作戦の成功を喜びましょう、とミサカ一〇〇三九号は2人に冷静になるように求めます」
「おわっ!?」
 上嬢の左手を引いたままのミサカ一〇〇三九号がにらみ合いをする2人の間に割って入る。
「そうでした。あまりに事が上手く行過ぎて有頂天になっていました。申し訳ありません、とミサカ一〇〇三二号は即座に頭を下げて謝罪します」
「私も言い過ぎました、とミサカ一三五七七号は深々と頭を下げて謝罪します」
(よ、よかった。こんな所で2人でビリビリされたら上嬢さん黒焦げ確定でしたから)
 心の中で安堵する上嬢だったが、実は状況はあまり変わっておらず、相変わらず両サイドから妹達(シスターズ)に挟まれている。
「で、これどーすんだ? 私、こんな高価そうなもの貰えねーぞ。てか……これ、どーやって外すんだ?」
 上嬢は、ちょっとだけ自由になった両手で外そうとするが、ビクともしない。
「ふふ、それはこれが無いと外せません、とミサカ一〇〇三二号はスカートから取り出した鍵を誇らしげにあなたに見せます」
「んな!? 鍵って、これ首輪かよっ!!」
「首輪ではありません。あくまで「チョーカー」です、とミサカ一三五七七号は事実を有りのままに伝えます」
「愛は時には束縛的なものなのです、とミサカ一〇〇三九号は心を込めてあなたの耳元で熱く囁きます」
「ひゃ!? あ、愛ですか?」
 息が掛かる程の位置まで、ミサカ一〇〇三九号とミサカ一三五七七号が顔を近づけてくる。
「心拍数の上昇及び異常な発汗、とミサカ一〇〇三二号は作戦成功に歓喜する心を隠して冷静に報告します。上嬢さん、チョーカーを外して欲しければ私たちの言う事を一つ聞いてください、とミサカ一〇〇三二号はこのチャンスに畳み掛けるように提案します」
「へ? い、言う事?」
「そう一つだけです、とミサカ一三五七七号は耳に触れる位置まで唇を近づけて囁きます」
「ひゃ!?」
「難しく考える事はありません、とミサカ一〇〇三九号も耳に触れる位置まで唇を近づけて囁きます」
「ひぃぃー」
「さあ観念して軍門に下りなさい、とミサカ一〇〇三二号は鼻先が触れ合うくらいに顔を近づけて、あなたに選択肢が無い事を伝えます。心拍数更に上昇、瞳孔も開き気味、とミサカ一〇〇三二号は――」
「わ、解りました。解りましたあぁ!!」
 どうしてもこの状況から逃れたかった上嬢はついに折れて、やけくそ気味に叫んだ。
「やりました成功です、とミサカ一〇〇三二号は嬉しさのあまりミサカネットワークにこの事実を配信します」
「妹達(シスターズ)から今その場に居合わせなかった事の不幸と、代わりに頑張って欲しいとの激励の言葉がひっきりなしに飛び交っています、とミサカ一三五七七号は言葉に出さなくても解る事をあえて興奮気味に報告します」
「何でそんな面白そうなイベントにさそってくれなかったのですか、と一九〇九〇号から苦情が届いています、とミサカ一〇〇三九号は一九〇九〇号の言葉を代弁しました」
「それは後で彼女を連れてゆけば解消されるでしょう、とミサカ一〇〇三二号は冷静に判断します」
 何やら自分の一言に妹達(シスターズ)が珍しく感情露に色めきだっているのに、少し戸惑いがらも上嬢は覚悟を決めてこう言い放った。
「えぇ~い!! それではこの愛玩奴隷上嬢当子に何なりとお申し付けするがいい!!」
 その一言に、場の空気は完全に凍りつくのだった。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

「ア・イ・ガ・ン・ド・レ・イ?」
 何とかその言葉だけを口にしたミサカ一〇〇三二号。
 そんな状況はお構い無しに、こうなった時の上嬢は献身的(ノリノリ)に動き出すのだ。
「まずは、この体勢で出来ることは少ないので、目の前の御坂妹の肩を揉んで快適になってもらおう」
 言うが早いか手を伸ばすと、くるっと御坂妹を180度回転させて後ろから両肩に手を掛けると、絶妙の力加減で揉み解す。
「あ、何を……するのです……そんなぁ、とミサカ一〇〇三二号は気持ちいいのでもうどーでもいいです」
 それを最後に、上嬢に肩を揉まれる御坂妹は、「ん」と「あ」と「そこ」しか言葉を発しなくなる。
「な!? 一〇〇三二号が機能不全を起す『肩揉み』とは一体!? とミサカ一三五七七号は隠し切れない驚きを吐露します。しかし、気持ち良さそうなので、次はミサカにもおねがいします、とミサカ一三五七七号は期待を込めて言って見ます」
「仰せのままに」
「ミサカ一〇〇三二号しっかりしろこの色ボケが、とミサカ一〇〇三九号は進展しない状況に苛立ちを込めて一〇〇三二号を蹴飛ばします」
「「!?」」
 ミサカ一〇〇三九号の行動にギョッとする上嬢とミサカ一三五七七号。
「ぐはっ!!」
 御坂妹にあるまじき声を上げて、2、3歩前に進むと、お尻を押さえて、こちらをくるっと振り向く。
 その目尻には涙が浮かんでいる。
「いくら妹達(シスターズ)と言えどやっていい事と悪い事があるだろうこのバカ女、とミサカ一〇〇三二号はお尻が割れていないか確認しながら怒りを露にします」
(いや、割れてるだろ普通)
(かなり錯乱しているのですね、とミサカ一三五七七号はミサカ一〇〇三二号を心配します)
「そんな冗談はもう沢山ですから本題に入ってください、とミサカ一〇〇三九号は『ちぇいさー!!」』と言わなかっただけ感謝しろと言う気持ちを露に一〇〇三二号に正気に戻って欲しい旨を伝えます」
「も、もう少し余裕を持って……すぐ本題にはいります、とミサカ一〇〇三二号はミサカ一〇〇三九号の必殺の右足から目を離さずに答えます」
 それを聞いて右足を下ろすミサカ一〇〇三九号。
「では、愛玩奴隷上嬢当子さんにお願いします、とミサカ一〇〇三二号は妹達(シスターズ)を代表して言います」
「何なりとお申し付け下さい」
「私たちと町をデートして下さい」
「デ、デートぉ?」
 その言葉に驚く上嬢は思わず自分を指差す。
「デートって女の私とデートして何が楽しいんだ?」
「それを決めるのはあなたでは無く私達です、とミサカ一〇〇三二号は言葉を返します」
 御坂妹の正論に自分を指した指がくるくると泳いでしまう。
 そして、ふっと一つため息をついて頭上を見上げた後、右手を胸に沿え畏まってお辞儀をする。
「畏まりました。謹んでデートをお受けいたします――で、どうするんだこれからすぐデートか?」
 すると、妹達(シスターズ)はそれぞれ拳を握り上嬢に気付かれないように小さくガッツポーズをする。
「「「早速お願いします!! とミサカは力強く答えます!!」」」
「うわっ」
 見事にハモった妹達(シスターズ)の声にちょっとびっくりする。


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